2019/12/04

おとぎ話の終わりは。

11月21日に東京宝塚劇場にて、花組公演「A Fairy Tale -青い薔薇の精-」と「シャルム!」を見てきました。
みりおちゃん(明日海りおさん)の宝塚最後の公演、はたしてチケットが手に入るのだろうかと思っていましたが、幸運にも友の会で当選して見納めすることができました。

お芝居「A Fairy Tale」は終演後、景子先生、これでもかと少女趣味をぶち込んで来ましたね(笑)と思って笑えてしまいました。
設定も舞台美術もセリフの端々も。過剰なほどに美しく清らで、自分が好まないものは世界観から排除してしまうそんな少女の夢。こそばゆいけど嫌いじゃないです。
本意でない政略結婚だったとはいえ、夫である相手に「あなたを愛したことなど一度もない」と言い切ってしまえるヒロインの強情な潔癖さ。これは遁世して夢見る少女小説家にでもなるしかありませんなと思ったらある意味正解で(笑)。
そういえば、寄宿学校でも授業中に妖精の絵を描いたり仕事を持ちたいなどと言ってクラスメイトの少女たちに引かれていたなぁ。夢想の中に生きてほかの少女たちからは孤立しているそんな子だったよね、シャーロット(華優希さん)は。
たぶん、このシャーロットというヒロインに共感する、あるいは自分を重ねてしまう宝塚ファンはすくなくないのではないかな。

なんだか笑えてしまったのはそんな心当たりが私にもあったからかなと思います。
そしてやっぱり終わりがハッピーエンドだったのも大きいかなと思います。(相変わらず権威主義で無神経なところがあるなぁ景子先生、、と思うところもありましたが。自分がハッピーでいるために踏みつけにしている存在に気づいてもいなさそうなところがあるなぁと。オールオッケーとは思えない部分が)

お芝居ラストのみりおエリュの振り向きざまの表情にいろんなものが過って見えたように思いますが、そのなかに悪戯好きのフェアリーの顔も見えた気がしました。
ああ、これもみりおちゃんが持っているもののひとつなんだなと思って、この期に及んで可笑しくなってしまったのもありました。
思い込み激しく一途に突き進んで破滅していく役がこのうえもなく似合っていたみりおちゃんですが、ほくそ笑む悪戯な妖精の顔もたしかに持っていたよなぁと。
端から見ていてちょっと辻褄が・・とか、えっこれで彼らが誰かのために生きていると思えるの・・とか、唖然とするストーリー運びであっても、心底から心を動かし嘘にならないところ、さすがだなぁと思いました。この純粋さがタカラジェンヌの鑑だなぁと。

この繊細な薔薇様が棲む世界を無邪気に愛した頃、遠く隔たり信じることが出来なかった頃、かけがえのないものと気づく頃。
妖精とは。
自分と重ねてみるとさまざま思うことが過るのは、みりおちゃんやそれぞれの役を演じきった花組の生徒さんたちの力によるものだったなぁと思います。いまの花組はすごく力のある組だなぁとしみじみ思います。芝居の良い組になりましたよねぇ。

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2019/12/02

薔薇の上で眠る。

11月23日に梅田芸術劇場メインホールにて、宝塚歌劇星組公演「ロックオペラ モーツァルト」を見てきました。

星組さん、こんなに歌が上手なんだとびっくり。私のなかではいわゆる“美貌枠”の生徒さんも、実力ある方々に引き上げられてか思ってた以上に歌えてて、これから星組さんを見に行ったらこのレベルの舞台が楽しめるってことかとポテンシャルの高さにわくわくしました。

作品自体は、私(わたくし)的にはあまり好みではありませんでした。
花組宙組の大劇場公演を見たあとだったのもあるかもしれませんが、やはり私は宝塚らしい舞台が見たいのだとあらためて思いました。

全体的に邪悪さも華も希薄で下世話さが強調されてて、宝塚でもなければロックでもないなぁと。
モーツァルトは卑俗な男なんだとは思うけども同時に愛される魅力もあると思うのだけど。
なんというか、モーツァルトには才能しか愛すべきところはないような印象を受けて、それはどうなの?と。
才能だけを愛されてほんとうの自分を愛されない孤独っていうのは芸術家あるあるだとは思うけど、彼もまた孤独なアーティストなんだろうけど、見ている観客には彼の愛すべき魅力がつたわるように描かれていてほしいなと思いました。

彼のピュアさ、信じやすさ、エキセントリックさ、身勝手さ、喜び、悲しみ・・・それらに心震わせられたかったなぁ。
孤独はすごく感じました。

世界観が矮小でスケールが小さく感じたのはなんでだろう。帰路ではそれをぐるぐる考えました。
親子間の愛情も姉妹間の確執も、どれも浅くしか描かれていないから、役者がやりようがないのではないかな。
なぜ、いまなおモーツァルトの人生が描かれ、人びとがそれに共感するのか。
とくにロックオペラとして描かれ、支持を得ているのはなぜか。
その答えとなるものとは真逆ななにかが散見されて楽しめなかったのではないかなぁと思います。
楽曲本来の活かし方次第ではそれも挽回できたかもしれないけれど、そもそも宝塚はそこは得意分野じゃないからなぁ。だからこそ、ストーリーの作り方が大事なんだけどなぁ。

1幕ラストの舞空瞳さんのダンスが印象的で幕間の脳内はその残像で埋め尽くされました。
フィナーレも素晴らしかったです。紫藤りゅうさんと極美慎さんのダンス場面は最高に好みでした(笑)。
そしてデュエットダンス! こんな心高鳴るデュエットダンスはひさびさに見るかもしれない。(コムまー以来かも???)
礼真琴さんと舞空瞳さんの新トップコンビを心から祝福した瞬間でした。
これからどんな作品を見られるのかたのしみです。

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2019/11/29

血路はこの手で開く。

11月22日と23日に、宝塚大劇場にて宙組公演「El Japón(エル ハポン) -イスパニアのサムライ-」と「アクアヴィーテ(aquavitae)!!~生命の水~ 」を見てきました。

「エルハポン」は日本物と洋物の両方の宝塚を楽しめる作品でした。つまり真風涼帆氏の魅力を二倍堪能できるってわけです。
なにを着てもお似合いの真風さん。登場後一瞬にして脱ぎ捨てるためにだけに着用したと思われる菊花の縫取りのマントとか!(笑)。

初日があけて1週間足らずだったのですが、作品全体の目線が定まっていないような印象をうけました。まだ演者の皆さんのエネルギーがどこに向かっているのか行方知れずというか。盛り上がりのないまま大団円になっちゃった?という印象。
真風さん演じる治道が、おのれの死に方をさがしているような気持ちに抑揚の少ない役のせいもあるかもしれないけれど、台詞が単調に聞こえて心に引っ掛かって来ないと言いますか。
藤乃(遥羽ららちゃん)との場面がいちばん好きだなぁと思ったのは、たぶんこの時の治道の気持ちがいちばんリアルに伝わってきたからかなぁと思います。
過去の場面と現在とで、治道の心情にもっと緩急がつくといいのになぁと思いました。

いちばん心動かされたのは、治道がカタリナ(星風まどかちゃん)をドン・フェルディナンド(英真なおきさん)の館から救出する場面でした。
あのときもこんなふうに愛しいひとの手を取って、敵から護り戦い、血路を開きたかったよね・・・。
かつて叶わず残した悔いを、いまこのとき実現できている彼の姿にきゅんとしました。一度は死んだ彼の心が息を吹き返す瞬間を見ているようで。
生きていたら、昔の自分ができなかったことができる日がくる。それを希望と呼びたいと。
ラストシーンにもその希望がかんじられて温かいものが心にひたひたと満ちてくるようでした。エリアル(桜木みなとさん)も藤九郎(和希そらさん)もきっと今日の自分が持っていないものに手が届く日がくるよねと。

願わくば、まどかちゃん演じるカタリナに最愛の夫を亡くした女性の憂いとか漂う情感とかあるといいのになぁと思いました。元気に働く宿屋の女将さんなんだよなぁ。
それから、肌を黒く塗り過ぎな気がしました。どういうルーツの女性だろう。

治道とカタリナ、とおく東の最果てから辿り着いたサムライとスペインの街道筋の宿屋の女将、まったくかけ離れた文化や死生観をもっているはずなのに、内側にはたがいに通ずる悲しみや虚しさを抱いている・・・。そのたがいの心のうちを見つめ合う視線が見えたら良かったなぁ。
喪服を脱ぐ決意をするところ、治道と街で逢うときの気持ち、彼女のなかの頑なな花蕾が段階を経てほころんでいくような色めきが見えたらなぁと思いました。
なにゆえ誰がためにフェルディナンドのもとへ行こうとしているのか。しめっぽい女性に演じないところは好きだったけど、ただ正義感の強い勇ましい女性に見えてはつまらないなぁと。
ラストで、彼女は心から治道とともに生きたいのかな、打算じゃないのかなと疑ってしまったのですよね。それじゃああまりに治道が間抜けに見えてしまうから。そんなことはないと思いたい。

それと今回のお芝居、ショーを通じてなのだけど音響が悪く感じました。
お芝居では効果音がやけに大きく響いて、逆にセリフがマイクに乗らず聞き取りにくくかんじました。
セリフが単調に聞こえたのはそのせいもあるのかも。ニュアンスの変化を拾いきれていなかったのではと思いました。
2公演、ぜんぜん別の席でそうかんじたのですが・・・。気のせいかな。

お話自体は好きなので、細部に引っ掛からずにお芝居をたのしめますように。(あのラストはなんどでも見たいです)

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2019/11/02

アイスティルラヴユー。

10月31日に北九州芸術劇場大ホールにてNODA・MAPのお芝居「Q -A Night At The Kabuki-」を見てきました。

「贋作 桜の森の満開の下」 に比べると、目線がオトナだなぁというのが見終わった率直な感想でした。
歌舞伎で見たことのある場面、シェイクスピアの台詞、そしてクイーンの「A Night At The Opera」がタピオカで、NODA・MAPがミルクティーという印象でした。
ストレートプレイでQueenの楽曲をどう使うのかなと思っていたら、そうかこう使うのか。それも「オペラ座の夜(A Night At The Opera)」からだけなんだと。
「デス・オン・トゥー・レッグス」とか「シーサイド・ランデヴー」とか「アイム・イン・ラヴ・ウィズ・マイ・カー」とか「預言者の唄」とか「グッド・カンパニー」とか・・・何十年ぶりに聴くだろうと思いました。ベストアルバムにもライブビデオにも入っていなかった曲だから。ちょっと儲けもん。
ミュージカルや音楽劇に慣れている者としては物足りない気は正直しましたけど生じゃないのはしょうがないですね。

1幕は対立する両家、平家と源家のローミオとジュリエ(漢字だと瑯壬生と愁里愛)の悲劇の物語をなぞりながら、それをどうにかして阻止しようと未来のローミオとジュリエが奮闘するストーリーとでもいうのかな。
そうなった冒頭の場面がなぞでもあって。でもそれを考えるよりも目の前の展開が忙しくて。
若い2人(広瀬すずさんと志尊淳さん)の初々しい美しさ、それからの2人(松たか子さんと上川隆也さん)の吸引力。2人を取り巻く役者陣の達者さで、頭の中にハテナがいっぱいになりながらも、集中して見てしまいました。

2幕は2人が引き裂かれたあとの物語り。きっと見る人によって見えるものがちがうのだろうなと思うなぞめいたストーリー。
私には、かつての冷戦の世界観が見えました。平氏は拝金主義のアメリカ、源氏は人間を無名におとしめ抑圧するソヴィエト。
だからシベリア送り、強制収容所、極寒・飢餓・強制労働なのか。人間の尊厳はどこへ? そして飽食を貪る源氏の当主。
ラストシーンを見終わってそういうことだったのかと。
だとしたら、悲劇を阻止しようとしていたローミオとは何だったのだろう。
ジュリエは何を見ていたのだろう。
ローミオが手紙を託してから30年。手紙を託された者がパーティ三昧で渡しそびれた30年。
30年目に届いた手紙から何を読み取るのか、それを問いかけられたような気がしました。
それにしてもなぜ30年なのだろう。
「オペラ座の夜(A Night At The Opera)」のリリースが1975年。その30年前というと終戦の年。そこになにかを見出すのもありかもしれない。

物語りに登場する人びとは、立場や物語上の役割はあっても性格付けはとくにはない感じでした。役者さんの個性と技量と熱量で突拍子もない展開に必然性をあたえている。
この世界観にいてもあんな扮装でもなんの違和感もなかった羽野晶紀さんと橋本さとしさん。橋本さんのよく通る声、言いにくそうな台詞も明瞭に聞こえてさすがだなぁと。羽野さんの独特な声も良く通って、あの役たちにもリアルな気持ちが通っていることを納得させる力量すごいなぁ。
竹中直人さんは両極端な役の演じ分けがすごいなぁと思いました。どこに気持ちがある人なのだろうと思って見ていました。

松たか子さんは空気の読み方がすごいなぁと。ただそこにいるのが難しい役なのに。上川隆也さんの後半の熱演に目が離せませんでした。本領発揮だなぁと思いました。
広瀬すずさんのきっぱりと溌剌とした美しさは恋に命を懸けるジュリエットそのもの。そして彼女を真っ直ぐに見つめる志尊淳さんのローミオ。本当にロミオとジュリエットを見ているような気持ちになりました。2人とも身体能力もすごくてびっくり。若さっていいなぁ。
素晴らしい役者さんに囲まれて若い2人が思いっきり力を発揮している。
ストレートプレイに慣れない私が3時間という長い上演時間でも飽きずに見入ることができたのは役者さんの力量のおかげだと思います。(早口台詞でも明瞭な滑舌とか!)

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2019/10/26

死ぬまで一緒だ。

宝塚歌劇宙組全国ツアー公演のショー「NICE GUY!!」は、初演の頃は宝塚をあまり見ていない時期で、生で観劇したことがありませんでした。
のちにCSで放送された時に宙組&大介先生のショーだ♡と期待して見始めたのですが、どうしても受け付けない場面がさいしょのほうにあり挫折してしまった思い出があります。

全国ツアー公演の演目が発表された時には、そのまま上演して大丈夫なのかしらと心配したのですが、その場面は新場面に替わっていて、苦手だった場面がなくなってあらためて生で見ると男役のカッコよさが満載で、再演が熱望されていたのも肯けました。

『NICE GUY!!』つまりテーマはズバリ男役!!という潔いコンセプトどおり、青木先生によるキャッチーな主題歌で男役がカッコよく歌い踊り、かつ笑っちゃうほどのキザを競うように見せつけられて目が足りませんでした。ショーの最初から客席降りも織り交ぜられ畳みかけるように心を掴まれてからパレードまで、毎回あっという間だった気がします。

ショーの副題に「Sによる法則」とあるように、歌詞のサビの部分がSではじまるフレーズになっているんですよね(ということは、初演はYではじまるフレーズだったのかな)。その歌詞がけっこう笑わせにかかっているなと(笑)。あ、もしかして私がキザに直面すると笑っちゃう性質だから笑ってしまうだけで笑わせるつもりではないのかな。でも「死ぬまで一緒だ」と微笑みながら歌う真風さんを見たら笑っちゃうしか。この現実を私はどう受け止めたらいいのか。ありえないものを見ているなと。
現実じゃないものがそこに在る。
嘘も本当にしちゃう力。それこそスターたるゆえん。

たくさんの幸せな嘘で成り立っている宝塚においては、嘘だってわかっていても信じさせてしまう魔力があってこそ、トップスターなのだなと真風さんを見ていると思います。
真風さんを見るたびに、「だまされないぞ」「だまされるものか」と心で唱えている私です。気を許したら一巻の終わりだと思っています。
だまされてはそれを打ち消し、だまされては打ち消すを繰り返しているうちに終幕となり、夢のつづきをまた見たいと思ってしまうのだと思います。
真風さんには気をつけよう。危険すぎる。

トップコンビの真風涼帆さんと星風まどかちゃんの痴話げんかの場面も大好きでした。
調子に乗ってカッコつけまくる真風さんの前場とのギャップがツボ。長身さんだからコミカルなポーズがなおさら独特のハマり具合でたまりません(笑)。
そしてまどかちゃんの「涼帆のせいよ!」(笑)。トップスター様を呼び捨て?!(これを言わさんがためのあえてのこのキャラ設定とシチュエーションですか大介先生??)
現実では絶対にありえない、これも嘘の世界。(見ているほうがドキドキ)
―― 嘘の中にある真実がほのかに見える感じにドキドキしたのかもしれません。
一歩まちがえたら悪趣味になりかねないけど、まどかちゃんの一生懸命なプロ根性と真風さんの器の大きさをご当地ネタとともに楽しめる場面でした。
このバランスが魅力のコンビだなぁと。
真風さんのホールド力がいまの宙組のベースだなぁとつよく感じる場面でした。

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2019/09/26

将来のために。

9月8日に熊本市民会館、9月14日、15日、16日に福岡市民会館にて宝塚歌劇宙組公演「追憶のバルセロナ」「NICE GUY!!」を見てきました。

観劇の翌日には熊本城を観光しました。ボランティアの方にガイドをしていただき有意義な時間となりました。しかしとても暑い日でした(笑)。
復興中の熊本城の様子を間近に見ることができる加藤神社には、加藤清正の生前の口ぐせだという「後の世のため」という幟がはためいていて、前日「追憶のバルセロナ」で真風さんが演じていたフランシスコが芹香アントニオと誓い合っていた「将来のために」という言葉に通じるなぁと感慨深かったです。熊本城復興のために尽力している人びとや真風さんが熊本出身ということとも合わせていろいろ思わずにはいられませんでした。
(初演では退団される絵麻緒ゆうさんと成瀬こうきさんが交し合っていたセリフでもあるんですよね。正塚先生はここになにを込めたかったのかなぁとか考えてしまう印象的なセリフでした)

「追憶のバルセロナ」において、フランシスコ(真風涼帆さん)とイサベル(星風まどかさん)の関係とおなじくらい好きなのが、フランシスコとアントニオ(芹香斗亜さん)の関係です。
アントニオの考え方、立場がこの作品の世界観や作者の内心を表現していると思います。どうするべきか、なにを大切にして生きるべきかという問い。
無二の親友でありながら考え方が異なってしまった2人ですが、心からの信頼があればこそ、相手とはちがう考えをぶつけ合える2人の関係が好きでした。

命を懸ければなんでも守れると純粋な情熱に身を任せ戦争に赴いた若い2人が、現実の戦争の辛酸をなめ、1人は現実的な手段で生き残り、裏切者の汚名を着る覚悟で人命を救うために奔走する。
また1人は瀕死のところをロマの人びとに助けられ、社会の底辺で虐げられながらも仲間との強い絆のもと逞しく生きるその生き方に触れ(「ロマの女なんかどうにでもなると思ってやがる」のは決してフランス兵だけではないでしょう)、自分も草の根から人民に呼びかけ同志を増やし、ゲリラ的戦術でフランスの支配からスペインを取り戻す道を選ぶ。
再会するも考え方も生き方も対立する立場になっていた2人。けれど当時のフランスはとうにアントニオが共感した共和制や人道思想が通じる国ではなくヨーロッパ中を征服戦争によって蹂躙、支配しようとする国となっており、それを身をもって知ったアントニオもまたフランシスコと手を結びフランスに抗戦する立場に転ずる。

――というのが2人の生き方のおおまかな変遷かなと思うのですが、アントニオのセリフがバルセロナの状況を表し、またはフランシスコの心を大きく揺さぶるものでもあるのでとても重要だと思うのですが、芹香さんの滑舌が心配になるレベルで不安定なのが気になりました。これからますます重責を負う立場の人ですし将来を望まれている人だから放置せず専門家に相談されていたらよいけど・・・。
「妻になにをした!」というアントニオの咎めを聞いたフランシスコのマスクの下の表情が変わる瞬間が好きだったので、毎回あのセリフが明瞭に響くことを願っていました。
親友を思って歌う新曲はとても良かったです。歌唱力も雰囲気も。歌う時のシリアスめな表情が知的なかんじですてきでした。スマートかつ内心に憂いを秘める役が芹香さんにぴったりだなぁと。
歌がメインの作品なら不安はないのですよね。
個人的には、真風さんと芹香さんで「メランコリック・ジゴロ」や「愛するには短すぎる」などのバディ感のある、正塚先生の軽快なコメディを見てみたいと思っているので滑舌が改善されるといいなと思います。

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2019/09/20

それが惚れるってことじゃないのか。

9月8日に熊本市民会館、9月14日、15日、16日に福岡市民会館にて宝塚歌劇宙組公演「追憶のバルセロナ」「NICE GUY!!」を見てきました。

「追憶のバルセロナ」は正塚先生の作品としては珍しいコスチュームプレイで個人的に好きな作品でもあり、いまの宙組での再演はうれしかったです。
正塚作品独特の間やセリフでありながら現代劇ではなく時代物であることが、いつもよりさらに難易度を上げているかんじで、熊本で見た時はいまひとつ力不足かなと思う部分もあったのですが、1週間後の福岡公演ではそれもかなりこなれて、タカラジェンヌの吸収力と成長は凄いなとあらためて思う次第でした。

往年の柴田作品に対するオマージュでもありつつ、正塚先生世代独特の価値観も随所に見える作品だなぁと、そこに私は惹かれるのかなぁと思いました。
ロマのロベルトに言わせている『惚れた相手が行きたいならそれがどんな所でも一緒に行こうとするんじゃないのか。それが惚れるってことじゃないのか』とか。往年の柴田先生の作品を見て蟠っていたところに刺さってくるのですよね。
おとぎ話だよねとも思うし、戦後生まれの浅薄な理想かもしれないけど。でもそこが好きです。
理想はいつかかたちになるかもしれない。そんな希望が抱ける世界が好きです。

柴田先生の作品ならばきっと「酒場の女」と「良家の令嬢」という属性で分けられたそれぞれの女性は、その垣根の中から決して外へ出たりはしない。
青年貴族である主人公は、市井にある時は片方の属性の女性と燃えるような恋愛をして、みずからの本懐を遂げたのちは心を切り裂いてでもその熱情を断ち、戻るべき場所=もう片方の女性が属する場所へと戻っていく。
主人公目線からすれば、貴族の継嗣に生まれた者が、青春という刹那の時間を生きたのちに、生まれた時から授けられた重責を背負う覚悟をもつまでの心の軌跡を描いたということになるのかもしれないけれど、ヒロインを思うと私は釈然とはしないのです。
『私にはずっと結婚を待たせている心優しい許嫁がいる』と予防線を張って付き合い始めるとか、女性にランクをつけているからこそできるわけで。いまの時代にこういうものを見せられてどう思えというのかと。これがかつての男のロマンなのかとか? 主人公もつらいよねとか?
たしかに一瞬憂いを帯びた美しいお顏にだまされはしましたけど。でももう無理。(完全に「バレンシアの熱い花」を想定中)
かつての名作も、いま上演するなら内容は吟味してほしいと思います。
でもそうは言いつつ、往年の柴田作品ほどのクオリティの脚本が書ける人が現時点でいるかというと難しいのだろうなぁ。

ゆえに、こんなふうに次の世代の作家がオマージュやリメイクをする試みは面白い実を結ぶやもしれないなと思います。
この「追憶のバルセロナ」も初演は17年前。『ずっとそばにいてくれ、それがお前の力だ』『自分のことのようにあんたを思ってる』―― いまならこれが男女逆でもいいのになぁと思ったりもします。でも正塚先生だからそれはないな。いつか若手の女性作家さんの手で描かれる日が来るといいな。

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2019/07/31

教えて神さまほんとうの愛の在り処を。

7月12日に東京宝塚劇場にて宙組公演「オーシャンズ11」を見てきました。

前日に帝国劇場で「エリザベート」をマチソワ後に一緒に食事をしたヅカ友さんから、私がマチネを観劇している時に柚香光さんの花組次期トップスター就任決定の発表があったことを聞きました。
そっかぁ! 礼真琴さんに続いて95期から2人目のトップスターが誕生するんだなぁと。
そうえいば、琴ちゃん(礼真琴さん)の次期トップスター決定のニュースもムラの「オーシャンズ11」観劇中の幕間に知ったのだっけ。
あの時も95期凄いなぁと思ったのですが、その日帝劇で見た「エリザベート」の主演のちゃぴ(愛希れいかさん)も、マデレーネ役の内田美麗さん(麗奈ゆうさん)もヘレネ役の彩花まりさんも95期で、外部の舞台で95期大活躍中だなぁと思っていたばかりで、そこにさらに柚香さんのニュースで「95期凄い!」ともう何回目かわからないけど思ったのでした。

そして、その「オーシャンズ11」東京公演の感想を書こうと思っていた矢先に『FNSうたの夏まつり』という番組に出演した雪組の朝美絢さんの反響がすごくって、またも95期か・・・(笑)となっていたところで見つけた元宙組の朝央れんさんのこのツイートがぐっときました。

https://twitter.com/asao_ren_/status/1154347003666505728

朝央さんも95期。宙組公演「天は赤い河のほとり」で退団。
そうなんですよねぇ。95期が初舞台を踏んだ2009年はリーマンショック後の景気後退真っ只中。
初舞台公演中にパンデミック宣言された新型インフルエンザの国内初の感染者が神戸で確認され兵庫の小中高が臨時休校になるなどのニュースが毎日のように報じられてムラ界隈では外出を控える人々が多数、ムラ中のコンビニやドラッグストアからマスクが無くなる有り様で。そういう中で千秋楽を迎えた初舞台公演だったのでした。
そして2011年の東日本大震災・・・。宝塚の大変な冬の時代をその目で見て過ごしていた期でもあるんですよね、彼女たちは。

2階に一桁しか観客がいない劇場、1階の両サイドが空いている劇場で公演をしてきた彼女たち。
その公演にも通っていたファンがいるんです。
その時期を全力で公演していた先輩の生徒さんたちがいるから今があること。
その劇場になんども通っていたファンがいるから今があることを忘れないでいてと思います。

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2019/07/22

誰のものでもない この私は。

7月11日帝国劇場にてミュージカル「エリザベート」を見てきました。

昨年新キャストに愛希れいかさんエリザベート、古川雄大さんトート、三浦涼介さんルドルフが発表になり、驚きとともになんとかして見たい気持ちが大きくなりました(これまでは帝劇のみの年は見送って博多座公演まで待っていました)。
1泊2日の東京滞在でメインキャストがかぶらない2公演を見て、宙組「オーシャンズ11」を見て、さらに家族のミッションも遂行できる唯一の平日ということで決めた旅程でしたが、自分の選択(ではなくて運の良さ?)を自慢したくなるような最高のマチソワができました。
【マチネ】愛希シシィ古川トート平方フランツ三浦ルドルフ剣ゾフィー成河ルキーニ
【ソワレ】花總シシィ井上トート田代フランツ京本ルドルフ涼風ゾフィー山﨑ルキーニ


昨年の宝塚歌劇月組公演「エリザベート」でちゃぴ(愛希さん)のシシィに心惹かれたのですが、やっぱり私はちゃぴのシシィが好きだなぁと今回観劇して思いました。
嫌なものは嫌(Nein!)という拒絶の強さだったりとか、自分の気持ちをなだめることが苦手そうなところとか。
人の言葉を都合よく信じてしまうところや期待とちがうと裏切りと捉えてしまう稚さやショックの大きさだったり。
裏を探らず表面に見えるものに真正面から対応して人間関係を険悪にしてしまうところとか。
いつもギリギリの細いロープの上を歩いて。自ら危険に早足で近づいて、潔いほど死と背中合わせな生き方しかできないところ。
もっと慎重に、もっと用心深く生きられたら、この人(シシィ)の人生はちがっていただろうにと思えてならないところ。
魂の叫びのような「私だけに」。彼女の真骨頂ともいえる「私が踊る時」。楽曲と芝居が面白いようにピタリとはまっていて。
1幕のちゃぴシシィは胸がすくくらい危機と隣り合わせで大胆で力強くて惚れ惚れと見ていました。

私はこのシシィが主体の物語が好きなんだなぁと思います。
生きるエネルギーに溢れて自我の塊のシシィが、つねに自分と相容れない誰か(何か)と取っ組み合いをするかのように闘い、自分の人生を生きて行くストーリー。
自分が望むままに行動することを否定され、受け入れ難くて泣き叫んでいるように見えたちゃぴシシィが「誰のものでもない、この私は」と自我に目覚めそれを肯定し、自分のやり方で自分の思い通りに人生を動かし勝ち誇る。
そして人生のピークから谷底へ滑落しまいと必死でしがみついている岩が一つまた一つ崩れ落ちるような後半の人生を蒼白の面持ちで生きつづける彼女の生き様の物語が。
けしてトートのせいで不幸になったのではない。
無意識に自らトートを傍らに呼び寄せているように見えるシシィでした。

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2019/06/11

どこなの?

さいきん夢を見ました。それは2月に福岡市民会館で見たお芝居「暗くなるまで待って」の夢でした。
なんで3か月も前に見たお芝居の夢をいまごろ見たのかなぁと思ったのですが、もしかしてさいきん見た舞台「アルジェの男」や「笑う男」に盲目の女性が出てきたことと3か月前の記憶が無意識でつながったのかな?

観劇後に自分がどんな感想を書いているのかなと過去ログを見たら・・・感想かいてない・・・😨
そうでした。あの日、「暗くなるまで待って」の福岡での唯一の公演日であり大千秋楽でもあった2月23日は、宙組博多座公演「黒い瞳」の千秋楽前々日の土曜日で大いに盛り上がっていた頃だったのでした。
「暗くなるまで待って」の会場である福岡市民会館から早足で博多座まで向かい、ニコライとプガチョフの橇の場面ギリギリ前に客席に滑り込んだのだったなぁ。(狙ったように1階特B最後列通路側が手元にあった・・・)
それから怒涛のように千秋楽まで突っ走り、頭は「黒い瞳」のことでいっぱいだった・・・。そんなわけで「暗くなるまで待って」の感想を書くどころじゃなかったのだったなぁ。

それなのに夢を見るんだ―――ちょっと不思議。記憶の幾重も奥の方にたしかに刻み込まれているんだなぁ。1回きりの観劇だったのに。
なんというか、五感で体感したみたいに。
研ぎ済まされた時間を過ごしたのだなぁと思いました。
スージー(凰稀かなめさん)の体験をあの空間で一緒にしたんだなぁ。一瞬一瞬を感じ吟味しその意味するところを考える体験を。
そして、やっぱり私はこのひと(凰稀さん)の芝居が好きだなぁと思ったのでした。
さらにサイコパス気味の役になりきる加藤和樹さんに震えあがり、そのタンクトップの鍛え上げられた肉体にびっくりしたのでした。・・・着痩せするタイプなのね加藤君・・・😨

ミュージカルのように短期間に繰り返し繰り返しリピートしたくなる作品ではないけど、無意識下に残る作品でした。
東京だとこんな作品を上演する劇場がいろいろあると思うけど、福岡で公演されたのは本当に稀有で幸運だったのだなぁと思います。

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2019/06/06

この世界 残酷だ。

5月26日に北九州ソレイユホールにて、ミュージカル「笑う男」を見てきました。大千秋楽の公演でした。

ストーリーも良いしキャストもすごくハマっていると思いましたが、なにかカチッと来なくて消化不良かなぁというのが見終わった感想でした。
ウルシュス(山口祐一郎さん)の歌をはじめ、どのナンバーも歌詞が示唆するものを深く考えたくなるのにそれを活かせていないかんじがしました。
主人公のグウィンプレン(浦井健治さん)が何に迷い何に惑わされ何に憤り何に目覚め何を求めたのか・・・わからない訳ではないのだけど、見ていてああなるほどとなる前にハイ次!って進んでいく感じで、展開に「間」がほしいなぁと思いました。
ナンバーも1人で歌うものが続いて、圧倒されるようなパフォーマンスを愉しむという感じでもなくて。それならやっぱり登場人物の内面をさぐらせてほしいなぁと思いました。
とくに私はウルシュスの気持ちを追いながら物語に浸りたいなぁと。そこには私の心に響くたくさんの金脈がありそうでした。

好きだったのはウルシュス一座のパフォーマーたちのやりとり。とても人間的で。かなしくもありやさしくもありたくましくもあって。イキイキとした場面だったなぁと思います。
なかでもデア(夢咲ねねさん)を励まそうと一座の女性たちが歌う場面は心に溢れてくるものがありました。彼女たち自身も見世物一座に身をおくそれぞれに訳のある人たちだろうに・・・。ああだからこそデアの心の痛みにこんなに寄り添えるのだなと思いました。
こんな心と心のやりとりがもっと見たかったなと思いました。
グウィンプレンもウルシュスもジョシアナ(朝夏まなとさん)も自己完結しちゃっているんだよなぁ。
作品の主題にあるものは好きなので再演されたらまた見たいなぁと思うのですが、そのときはすっと心に入ってくるといいなぁと思います。

朝夏さんの女優姿を見るのは宝塚退団後初だったと思うんですが、まったく違和感がありませんでした。考えたら傲慢でキュートなスカーレットを現役時代にたくさん見てるのでした(笑)。(緑の帽子のシーン可愛かったなぁ)
傲慢でひねくれもので素直なジョシアナ公爵役は彼女にとても合っていると思うのに、心情もたくさん歌っているはずなのに、はじまりから終わりに至るジョシアナの変化が不鮮明に思えたのはなぜかなぁ。彼女がいちばんグウィンプレンに影響され変わっているはずだよねぇ。
私はやっぱり貴族院の場面がすべてに向かってうまく作用していない気がするなぁ。それがジョシアナの見え方にも影響しているように思います。

宇月颯さんがウルシュス一座の女性パフォーマーとして参加されているのを発見してうれしかったです。ジャンプも高くてさすがだなぁと思いました。これからもまた舞台で宇月さんを見られたらうれしいな。
一座の場面はすごく好きだったし、デア役のねねちゃんとのお芝居もよかったです。「涙は流して」の場面をまた見たいなぁと思います。

デア役の夢咲ねねちゃん、浮世離れした雰囲気で世界観を作り出してしまうのがさすがだなぁと思いました。まるで夢を見るような心地で私はねねちゃんのデアのことを見ていました。
ウルシュスはこの世は残酷だと主張しながら、このデアを儚く脆いものとして過剰に保護しようとするんですよね。そこにウルシュスが心の奥に閉じ込めた真の希望がある気がするのだけど。
彼の言う『残酷なこの世界』では生きていけないはずのデアを大切に守り育てたウルシュスの心の奥にあるものを知りたいなぁと思いました。
その心があるから人間は滅びずに存在していられている気がするのです。
その心が危機を迎えている気がするいまだから、この作品が投げかけている主題が響いてくるのではないかなと思います。

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2019/05/27

風が吹けば当てるかもしれない。

5月23日に宝塚大劇場にて、宙組公演「オーシャンズ11」を見てきました。
繰り返してしまいますが感動作ではないけど見て損はない楽しい作品だなぁと思いました。
かっこいい男役さんたちを見られるというのがなんといっても美味しいなぁと。

真風さんはお化粧が綺麗だなぁ。それに表情が大人っぽくてかっこいいなぁ。と思いました。
ほんと、求められている自分をわかっている人だよねぇ。自己プロデュース力が凄い。
ラスティががんがん行っている時はスッと引いたり。場を読むよねぇ。
テスが一生懸命に訴えている時は口を挟まず言い終わるまで待つ。・・みたいなところ好きです。
(私の頭の中で真風さんとダニー・オーシャンが区別できなくなっていました・・笑)
なんというか、真風ダニーは女性を鼻で笑ったりしないところが素敵だよねぇと思います。
抑制が効いているところが大人っぽくて色気があるなぁと。紳士だよねぇ。
・・・いやいやちょっと待って。紳士的でも詐欺師だった。気をつけなくちゃ。

人間的な魅力は半端ないけれど、冷静に考えたら前途ある若者たちを詐欺仲間に引きずり込もうとしたり、まだ人生経験の浅いピュアな女性に自分の価値観を押し付け判断力を揺るがせてコントロールしようとするろくでもない人じゃないの。
本能に従えと言うのも勝算があるからですよね。自分の雄の魅力に自信あり。相手に対する効力が自分にはあると確信あり。
そんな自信を持ち続けていられるのも、自分の力量を発揮する場数をいくども踏んできた経験があるからだろうなぁ。
でもほんとうにそうなのか。ダニーにだって結果はわかりはしないから常に一か八かの賭けであることには間違いはないのか。
確実性と不確実性の狭間でどんな顔でいられるか。そんなとき内心はどうあれ揺るぎなく存在して見せるところがダニーの魅力なんだなぁ。
いやだけど、その賭けに出る前に打てる手(心理戦)は打っているところはやっぱり駆け引き上手の勝負師なんだなぁ。
「風が吹けば当てるかもしれない」――― 風吹かせちゃうでしょ、自分で。
まだ若くて己の判断力に揺らぎのあるテスが勝てる相手ではないのよ。
なのに自分で選ばせた結果にしちゃうところが詐欺師の本領。ほんと用心しなくちゃ。
その人詐欺師のままけっきょくなにも変わっていないのよと誰かテスに教えてあげてほしい。
・・て余計なお世話か。彼女が場数を踏んでなんとかするしかないのかも。

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2019/05/15

愛はどこにいる。

5月9日に広島文化学園HBGホールにて、宝塚歌劇星組全国ツアー公演「アルジェの男」「ESTRELLAS~星たち~」を見てきました。
専科に異動になった愛ちゃん(愛月ひかるさん)の出演が発表になってから観劇遠征を思い立ち、チケットの手配に走ったのも遅かったし、初めてのホールでもあったのでどうなることかと思いましたが、行って本当によかったです。
(広島駅に着いて食べたお好み焼きも柑橘のパフェもお土産のお菓子〈ひとつぶのマスカット〉もめちゃめちゃ美味しくてまた食べたい!広島に行きたい!と夢見ています。まさに美味しい観劇遠征でした♡)

「アルジェの男」はさすが柴田先生の脚本という面白さと、星組メンバーの芝居力が活きて見応えがありました。
いまの感覚で見ると、登場する女性たちがそろいも揃って男性たちに都合がよいなぁと思えるのですが、書かれた当時を考えると、宝塚らしく柴田先生らしく破格に女性に優しい、女性たちへの愛おしみの気持ちのこめた作品だったのだろうなぁとも感じます。

往年の柴田作品には、酸いも甘いも噛み分けた賢夫人たちがしばしば登場しますが、「アルジェの男」にもボランジュ総督夫人(白妙なつさん)とシャルドンヌ夫人(万里柚美さん)という2人の大人の女性が登場します。
男性社会の中で確固とした居場所を築きひとかどの紳士に一目置かれる、タイプの異なる2人の女性は、こういう風に賢く男性に愛されれば女性は幸せになれると示しているようにも感じました。(いまこれが新作だと噴飯ものですが・・苦笑)
1974年の少女時代の私がこの作品を見たらそのようなメッセージを受け取っただろうなぁと思います。
そしてそれが柴田先生の女性たちへの愛なのだろうなぁと思いました。

「バレンシアの熱い花」に登場するマルガリータが大人になったらボランジュ夫人のようになるのかなぁ。イサベラが紆余曲折の末にシャルドンヌ夫人のようになる可能性もあるのかなぁなんて想像したりもしました。
「バレンシアの熱い花」の初演が1976年。まさに当時の柴田先生の理想の女性像なのだろうなぁと思ったり。半世紀近い歳月を経ての上演といのはいろんな感慨を呼び起こさせるものだなぁと思いました。
いまの少女たちにはどんなメッセージになっているのでしょう。訊いてみたい気もします。

主役のジュリアンを演じた礼真琴さん。やはり歌を聴かせるなぁと思いました。聴いていて心が高揚する歌い手さんだなと。
いまを感じさせるというのか、はしるようなクセになるような歌でした。それがジュリアンという若者の生き方に合っていたような気がします。

孤児で気にかけてくれる大人もいない。悪さをすることで仲間と連帯しているような若者。「コロシ(殺人)」と「タタキ(強盗)」以外はなんでもやったと豪語する。頭も良いし口も立つ(女の子に対しても)血気も腕力もある。でもこのままではいずれ街角で野垂れ死ぬだろうそんな若者。
そのことを彼自身がいちばんわかっているのだろうなと。そうはなりたくない。だから荒唐無稽とも思える野望を抱いているのだなと。そこからはじまる物語でした。
このままで終わるには知能もプライドも高い。けれどそのポケットにはなにもない。――With no love in our souls and no money in our coats(R.Stones)だなぁって。
野望が唯一の拠り所なんだろうなぁと思いました。

そんな若者が偶然にもチャンスを掴む。仲間たちに揶揄され袋叩きにも遭いながら信念のもと歯を食いしばって下積みから上を目指しているその眼光。綺麗事が言える身分ではない。利用できるものはなんでも利用しなくては目指すところへは辿り着けないとわかっている。礼真琴さんが見せてくれるジュリアンを非難する気にはとてもなれませんでした。
都会の裕福な家庭に育っていたら、心に闇を抱えることもなく自らの才能を発揮できていたのだろうに。

そしてパリで出逢う彼とは境遇のちがう若者たち。エリザベート、ミッシェル、ルイ、アナベル・・・。
彼らがあたりまえに手にしているものはすべて、彼にとっては自ら勝ち取っていくもの。
彼には、彼らが自分と同じ人間とは思えていないふしがあるような気がしました。彼らに共感すべき心を見出していないような。彼らの感情とは手玉にとり利用するためのもの。成り上がるための道具でしかないんだなぁと。

ボランジュの期待に応えるべく黙々と仕事に精を出し、自分が目指すところへ向かって着々とプランを練り実行していくジュリアン。愛を知らないジュリアン。
一緒に働いているミッシェル(紫藤りゅうさん)とはすこしずつ何かが芽生えてきているのかな?と思えていたその矢先に。
過去と現在が交錯し、過去のためにいまが砕かれようとして、いまのために過去を抹殺しようとして。
ついには自分がやったことの報いを受ける。
そのまえに一瞬でもサビーヌによって愛がいまここにあると知ったことが救いかなぁ。やっとジュリアンの空虚は埋まったのだろうなぁと思えたことが。
でもサビーヌの気持ちを思うとやりきれないなぁ。

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2019/04/28

夢を売る側に。

4月25日に宝塚大劇場にて宙組公演「オーシャンズ11」を見てきました。
この公演は、105期生の初舞台公演でもありました。

11時公演の幕間に礼真琴さんの星組次期トップ就任の発表を知り、2幕の初舞台ロケットを見ながら10年前のちょうどいまごろ私は95期生のロケットを見ていたんだなぁと、あの頃の初舞台生からトップスターが生まれる時が来たのだなぁと感慨深いものが込みあげてきました。
フィナーレでは、宙組95期現役生のずんちゃん(桜木みなとさん)、ゆいちぃ(実羚淳さん)、まりなちゃん(七生眞希さん)がクールに男役ナンバーを踊っている姿があり、10年という月日がこれほどにタカラジェンヌを・・・とさらに勝手に感動しておりました。

「オーシャンズ11」は、ストーリー自体は単純でとりたてて感動作ではないけれどノリの良いナンバーと男役のかっこよさを堪能できる嬉しい作品でした。
宙組にはいかしたいい男(役)がこんなにいたんだ。私が気づかない間に・・・。(なんで気づかないかといったら・・・まぁその)
下級生にいたるまでスーツやタキシードを着てキザったり自分なりの男役に果敢に向き合っている姿は清々しくも微笑ましくも頼もしくもありました。
数年後の姿が楽しみだなぁと思いました。そしてこの先の10年も私は宝塚を見づづけていられるのかなぁなどと感傷的になってみたり。

歌、ダンス、容姿、芝居・・・etc.etc.夢を売るタカラジェンヌが魅せてくれるものは様々ですが、この作品をもっとも引き立てているものは役者それぞれの「男役(娘役)としての魅力」だと思います。1人1人いかにキャラ立ちして自分の個性と絡めて魅力的に演じるかが肝だなぁと。
容姿・役作りに個性がある人ほど美味しいなと。それで明暗が分かれてるなぁというのが、初日から6日目に私が見た印象でした。
すでに爆発している人、いろいろ試して楽しんでいる人、掴みかけて試行錯誤しているように見える人・・・。

主演のダニー役の真風さんのさすがの男役力。
ユニセックスで妖しく美しい魅力を感じる男役さんは何人も覚えがあるけれど、男性のしなやかな色気を感じさせる男役さんはなかなか稀かと思います。それをまさに真風さんに感じました。
いつも余裕綽々に見える彼がテスにだけは必死が見えたりうっかり焦ってしまうところ、天を仰ぎ見るようなしぐさ、すこし崩した姿勢、テスに対して前かがみなところ・・・いちいちカッコイイ♡と思いました。

キキちゃん(芹香斗亜さん)ラスティのこの路線は美味しいなと思いました。
口数多くて調子よくて真風さんとのバディ感がいいなと。こういうタイプはちょっと真面目にものを言うとかんたんに株があがるのよ(笑)。
いいところをさらっていく役だけど、それをちゃんとものにしているから美味しいのだなぁと思います。
そういえば組内正2番手がラスティを演じるのは初なのだっけ。真風ダニーとの銀橋の掛け合いは新ナンバー、フィナーレの小池作品名物の歌唱指導と、過去のラスティ役より見せ場が増えていて瞠目。

ずんちゃん(桜木みなとさん)のベネディクトはこれまでになく苦戦しているかもと思いました。
テスに裏の顔を見破られて豹変した時の歌はクセがあってとっても良かったです。
そこにいたるまでのキャラクターの輪郭がはっきり見えなかったなぁと。

繊細な表情を見せるところはさすがなのだけども、その前段階の胡散臭さが薄いから神経質さだけが際立ってしまうかんじかな。
見せ場である「夢を売る男」の場面が公務員のように見えてしまったのだけど、シングルのスーツのせいもあるかなぁ。
アメリカの成功者って見た目をとても重視して自己プロデュースしているイメージがあるので、自分の弱点が見えるスーツは選ばない気がするのだけど。自分をどう見せたいのか謎だなぁこの人は・・・と思いました。
若々しく輝いて見せたいのか、安定感のあるマッチョに見せたいのか、スマートでインテリジェンスに見せたいのか。
何歳くらいの何系のアメリカ人の設定なのかな。浅黒い肌の意味はどういうことかな。名前からすると父系は英語圏の白人っぽいけど、ほかの遺伝子も入っている設定かな。
なにを原動力にのしあがってきた人なのかな? ギャンブル好きの父と陰で泣いていた母に対してどれほどの感情を持っているのか。それはネガティブなものなのか。愛着か軽蔑か。
ダニーにスロットマシンを揶揄されて「最高の機材を揃えているんだ」反論するところなど、凄くベネディクトのコンプレックスが現れているセリフだと思うけど、そこに違和感なく繋がると良いなと思います。
ダイアナに押し切られているのもどういう関係?と思いました。ダイアナのどこに魅力を感じているのか。名声? 要求がはっきりしたところ?
そしてなぜテスに執着しているのか。トロフィーワイフをほしがるマッチョには見えないし。(そもそもまどかちゃんのテスの魅力が明確じゃなかったのもあるけど)
「うーん、この人がわからない・・・」で1回目の観劇が終わってしまったので、次回の観劇でどう変わっているのか楽しみにしていようと思います。

ヒロインのテス役の星風まどかちゃんもまだまだいまいちキャラクターがはっきり見えなかったなぁと思います。
エコプリンセスはあのようなドレスを好んで着るだろうか?と思いました。そもそもまどかちゃんはねねちゃん(夢咲ねねさん)ではないのだから、まどかちゃんに似合うドレスで魅了してほしいなぁとも思いました。
健康的なミニのセパレーツとかベビードール風とかのほうが似合うんじゃないのかなぁ。手足が長いから。ラストの白いレースのドレスは素敵に見えました。
11時公演のフィナーレのデュエットダンスで、真風さんがまどかちゃんの顔に掛かっていた何かをほほ笑みながらとってあげていたのがとてもステキで、真風さんのこういう表情を見せてくれるまかまどコンビはやっぱり良いなぁとときめきました。

11メンバー以外のカジノの客たちもディーラーたちもエルチョクロもほんとに魅力があって目が足りなかったです。
自分の見せ方を知っている上級生はさすがでしたし、これからの生徒さんたちにとっては自分の見せ方を学べる良い機会なんじゃないかなぁと思いました。そういう意味では次回の観劇、リピートが楽しみな作品だなぁと思います。この作品後の次回作にそれがどう活きるかも。
愉しくて作品を通じて役者さんたちのポテンシャルを感じられてわくわくするという点で、この作品が宙組にあたってよかったなぁと思いました。

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2019/03/07

君はそういう幸せを追っているのか。

2月2日から25日まで博多座で上演された宝塚宙組公演「黒い瞳」の感想のつづきです。

「黒い瞳」の出演者が発表になったときに私が予想した配役と実際の配役がちがったのが、ミロノフ大尉、ベロボロードフ、ズーリン、パラーシカでした。
私の中で、ワイルドな髭面のコサックのベロボロードフと澄輝さやとさんが結びつかなかったのです。
あき様(澄輝さん)は軍服だろうと勝手に思って、ミロノフ大尉かなぁズーリンかなぁと・・・。
それがまさかのベロボロードフ!

初日はやはり澄輝さんが浅黒い肌で髭を生やしていることに違和感がありましたが、いつしかカッコよくて見惚れていました。
あのコサックの衣装に髪型にお髭でカッコイイのはもう神の技かと。
無造作にしているようでめちゃくちゃオシャレだと思いました。
フロプーシャ(春瀬央季さん)と並ぶと眼福極まりなかったです。(ははぁさては大将面食いだなと思いました)

ニコライ、プガチョフ、ベロボロードフ、フロプーシャの4人の反乱軍本陣の幕舎の場面、好きでした。
大将と貴族の若造を訝し見る2人の目線の圧が場面の緊張感を作りだしていたなぁと思います。
プガチョフも内心居心地が悪かったのではないかしら(笑)。だからさっさとあの場を離れてでて行こうとするのでは…。

プガチョフの挙兵前からの知り合いでずっと一緒にやってきたのに、世間知らずの貴族の若造をやたら依怙贔屓する大将に不満を持つのはわかるなぁ。
おたがい昔からの知己だと思っていたのに疎外感を感じてしまいますよねぇ。
ニコライの姿を見るたびにベロボロードフのイライラが増しているようでした。(嫉妬か?)
それが裏切りの動機の1つなんじゃないのかなぁ。
(プガチョフも無頓着だから・・・そのへん。理想高き人にありがち)

プガチョフを裏切りズーリンに斬られてしまうけれど、この人(ベロボロードフ)にはこの人なりの一貫した行動原理があったのだと思いました。


蒼羽りくさんが演じたマクシームィチは、ミロノフ大尉の部下で国境警備隊の一兵卒。純朴で人の好さそうな若者像がりくちゃんにとても似合っていました。
赴任してきたニコライの荷物を運んだり、パラーシカに呼ばれて暴れる山羊をなだめに行ったり。
このまま平和な時が続いていたら家族をたいせつにする兵隊上がりの農民として暮らしていけたのかな。
いやそれはやっぱり無理かな…時代が場所が生まれがそれをゆるさないだろうから・・・。

コサックでありながらミロノフ大尉の部下になった経緯はわからないけど、彼以外にもいるように描かれていたので仕事を得るため政府軍の国境警備隊に入隊しているコサックは少なくはなかったのかな。
そういう彼らのもとにコサックの長プガチョフの蜂起の知らせがもたらされる。気持ちは大きく揺らいだことだろう。
コサックの仲間が身内がこのロシアでどんな扱いをうけどんな暮らしをしているか。
世直しの英雄プガチョフの天下になったらきっと…と。大きな希望を感じたのだろうなと思います。

けれどもミロノフ大尉にひとかたならぬ温情をうけたとみえるマクシームィチは、自らのアイデンティティと大尉や恋仲のパラーシカを思う自分の気持ちとの間で大きく揺れ動いているのが伝わってきて見ていて辛かったです。
恋人に「生きているんだぞ!」と絶叫するシーンはニコライとマーシャとも重なり、幸運な主人公とはちがう彼の境遇がなおさら憐れを誘いました。

政府軍に見つかったらどんな無惨な目に遭うかわからないのに命懸けでパラーシカの頼みを聞いてニコライのもとにマーシャの手紙を届けに来るマクシームィチ。
プガチョフ軍に捕らえられたミロノフ大尉たちを正視できずにそっとその場から離れて行くマクシームィチ。
善良な彼だからこそ敵対する人たちにも思いをかけずにいられなくて、それゆえ苦しみ深く傷ついているのだなぁとりくマクシームィチを見ていて胸が痛くなりました。

シヴァーブリンの凶弾からニコライを庇った時のりくマクシームィチの微笑みを浮かべた表情は、ニコライを守り切った安堵に満ちていてやっと自分を認めることができたようで涙を誘われました。
ずっと罪悪感とアイデンティティとの狭間で苦しんでいた彼にようやく安らぎが訪れたようで・・・。

雪のコサックとして踊るりくちゃんは微笑みを浮かべて幸せそうで、きっとマクシームィチの魂も雪の大地に浄化してすべてを優しく包んでいるのだろうなぁと思いました。千秋楽が近づくにつれ、さらにさらに透明感が増していた印象です。

雪のコサックは、ベロボロードフだった澄輝さんやプガチョフ役の愛ちゃんたちも微笑みを湛えて浮世のすべての執着から解き放たれ、真ん中で互いを愛おし気にみつめあうニコライとマーシャを祝福するように優しく踊っていて、その姿に舞台美術の白い世界やロシア民謡の黒い瞳のアレンジの音楽も相俟って、見ている側の心も浄化されるようなカタルシスを感じました。
だから見れば見るほど好きになっていった気がします。

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2019/03/02

やつのさいごの顔を見守ってやりたいんだ。

2月25日、宝塚歌劇宙組博多座公演が千秋楽を迎えました。

初日から3週間とちょっと、かつてないほどの頻度で観劇しましたが、この日の舞台は出演者全員の集中力が凄まじくて、どこを切り取っても至高の千秋楽だったと思います。

プガチョフ役の愛月ひかるさんが「次はいつ、どんなかたちで逢えるかな、俺たちは」というセリフを発する場面の無音の客席に、劇場中が身じろぎもせず集中しているのがわかりました。

それを受けたニコライ役の真風涼帆さんも何か込みあげるものを堪えているように見えました。
政府軍がプガチョフを追い詰めていると聞き、マーシャにどうしても奴の最期の顔を見守ってやりたいんだとニコライがその心情を吐露する場面も、いつもに増して思いが込められているように思いました。
私はそこに真風さん自身の愛ちゃんへの気持ちが重なっているように感じられて胸がいっぱいになりました。

「口笛を吹き雪の上に歌を書こう」と歌いながら絞首台に向かうプガチョフの歌い終わりに鳴り止まない拍手。
真風さんも次のセリフを言うまでの尺を長めにとって客席の思いを受け止めてくれていたように思います。
主演の真風さんの気遣いがそこここに感じられた舞台でした。
(宝塚ファンが大事にしたいことをわかってらっしゃるなぁと思います。足らなくもなく過剰でもなくバランス感覚が絶妙)

愛ちゃんの底力と真風さんのトップとしてのキャパシティ、そして宝塚ファンの愛を感じた心に残る千秋楽でした。

どんな苦しい役であってもその役として苦しめるところが愛ちゃんの凄いところだと思います。
漠然と曚い雰囲気を醸し出すだけではなくて、ちゃんと板の上で苦しむことができる強さを愛ちゃんは持っている人だなぁと思います。

この博多座公演中に出逢った人から、どうして愛ちゃんはもっと早く本気を出さなかったの?と言われたけれど、私はいつだって愛ちゃんは本気で自分と向き合っていたと思っています。なかなか結果に結びつかなかったけれど、それがようやく実を結んだのだと思います。
遅いとか詰めが甘いとかは本人がいちばん感じているだろうし、それでもなお自分の弱点と向き合い続けている愛ちゃんが好きです。
だからこの博多座で愛ちゃんが見せてくれたものはとてもうれしかったですし、きっとこの次もこの先も輝いて見せてくれると信じています。
この先も良いことばかりではないことは彼女がいちばんよくわかっていると思います。
それでも進む勇気を愛ちゃんは持っていると信じています。
その姿を私は見届けたいと思います。


以下は公演期間中に書けないでいた「黒い瞳」についての感想です。

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2019/02/11

世間で君のことをなんと呼んでいるか知っているか。

2月2日(土)、宝塚歌劇宙組博多座公演「黒い瞳」「VIVA! FESTA! in HAKATA」の初日があけました。
初日から2月11日までほぼ1日おきに8公演を見た感想です。

「黒い瞳」は初日から完成度が高く見応えがありました。
“まかまど”こと真風涼帆さんと星風まどかさんのトップコンビには純愛ものが似合うなぁとしみじみ。

真風さん演じるニコライは、漠然とした表面的な華やかさや称賛に憧れる人生の経験値の浅い初々しい青年士官が、運命の出会いと恋によって、さらに恋人とわが身が命の危険に晒される酷しい経験を通じて、心逞しく成長する様が鮮やかでした。
「ウエストサイド・ストーリー」のトニーにも感じましたが、恋に落ち純粋に相手を想う役がとってもはまる方だなぁと思いました。大人っぽい外見とはうらはらに。そのギャップが魅力だなぁ。
初日から日を追うごとにお坊ちゃま感が増していて、好きだわぁと思います。そのお坊ちゃまが試練を経て責任ある大人になっていく感じがより鮮明になって。

大尉の娘マーシャを演じるまどかちゃんは、もうひたすらに愛らしい。まさに柴田作品のヒロインという印象。
冒頭の雪の少女の愛くるしさと躍動感溢れるダンスからがっちりと心を掴まれました。目を奪われます。
中盤までは、両親や恋人に従順な娘の印象ですが、愛のために大胆に行動するところからが見せ場かな。
ペテルブルクへの道を急ぐダンスも素晴らしい。トリオにリフトされるところはとても印象的でした。
踊れる娘役さんいいなぁ。
エカテリーナに陳情する場面もその必死さが伝わってきて毎回うるうるしてしまいます。

愛ちゃん(愛月ひかるさん)演じるプガチョフは冒頭から物語の手綱を握る役。トップさんと拮抗する2番手男役さんの大きさと華が必要な役。
愛ちゃんとうとう声変わりしたの?と初日に思って以来、日を追うごとにさらに低い声に余裕が出てきた感じ。声量も凄いですし、雄叫びのような太い声に艶が出ています。
愛ちゃんの低音に酔い痴れる日がくるとは。と胸を熱くしました。

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2018/12/06

古い小さな傷痛むように懐かしさが込みあげてくる。

12月1日と2日に福岡市民会館にて宝塚歌劇花組全国ツアー公演「メランコリック・ジゴロ」と「EXCITER!! 2018」を見てきました。

主演の花組2番手スターの柚香光さん、そして助演の水美舞斗さん、ヒロイン格の華優希さんと舞空瞳さんを中心とした若さスパークリングな熱く楽しい公演でした。
貸切公演を含めて4公演見ることができましたが、飽きることなく楽しめました。(それどころかもっと見たいと思うほど・・・)
お芝居だけでなくショーでもうるうるとしてしまったんですが、これってなんなんでしょうね。
命の輝きをいっぱい見せていただいたような・・・そんな気持ちです。

「メランコリック・ジゴロ」は柚香さんと水美さんの同期コンビにとても合っていて掛け合いがとても面白かったです。ナンバー中のさりげないじゃれ合いも。

柚香ダニエルがふと見せる物憂げな表情に惹かれました。
ジゴロを気取って計算づくな生き方をしているようでも薄い皮膚の一枚下には繊細なものが流れていそう。
見る者の想像をかきたてる天性の魅力がある人だなぁと思いました。
オトナになりきれない余裕のなさ、その弱さを魅力にしてしまう人だなぁと。
ノスタルジックな主題歌を歌うときの純朴さと、身にまとったスマートな物憂さがミックスされてとても魅力的に感じられました。
歌詞を聴きながら、彼の過去を様々に想像していました。

計算高く生きようとしているけれどどうしてもお人好しなところが出てしまうダニエル。
ドライに割り切れるスタン。(たぶんそうでないとならない人生を生きてきたのだろうな)
田舎育ちのダニエルと都会育ちのスタンの対比がはっきり見えて面白かったです。

スタンはちゃっかりしてて一見薄情なことを言っているようだけど彼の言うことは一理あって、2人揃って捕まってしまうよりは、どちらか片方つまりスタンだけでも逃げて別動で問題解決にあたったほうが得策ですよね。
過剰な情けは掛けないのは信頼関係があってこそ。
ダニエルをわかっているからこそ任せるところは任せて自分のすべきことを冷静に見極めている。頭の回転が速い人なんだなと思います。
(とはいえ、まぁあれだけど・・笑)

水美スタンの軽妙さが面白くて好きでした。わかってて言っているのか無意識なのか?の絶妙なライン(笑)。
ちょっと危ない話やエキサイトメントな情報を持ち込んでくる陽気な友人の魅力。
柚香ダニエルと並ぶとお互いに魅力倍増でした。

「おまえ居直るとキツイな」というスタンの言葉が好き。
都会育ちな彼は世間慣れに関しては自分にアドバンテージを感じているんだろうな。
初心なところのあるダニエルに「世間ってもの」を教えてやるのは自分だと思っていそう。
でも、ダニエルのそのスレていない純なところを彼はけっこう好きなのではないかな。
おたがい自分にないものを持つ相手に魅かれあっているかんじ。
相手を認めつつも負けん気も発揮しあう同士。
2人の関係を探りながら見るのもたのしい作品でした。

マサツカ作品はややもするとマンスプレイングが鼻につくことがあって、この作品もまた相変わらず女は馬鹿だと思ってるよねーとは思うけれども、登場する男たちもまた主人公を含めてそれぞれが愚かな人間の1人として描かれているのが、人間への愛おしみと感じることができたような気がします。
答えを自分の中の常識の内に落とし込んでしまわない、問いかけは問いかけのままなのがいいのかなと思います。

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2018/11/14

あらしのよるに。

11月6日に博多座にて新作歌舞伎「あらしのよるに」を見てきました。

原作は読んでいましたから、まちがいなく泣いてしまうのはわかっていましたが・・・。
中村獅童さんのがぶがもう(涙)。
心の中で自分の抑揚で読んでいたものを芝居巧者に感情を込めてセリフにされてはもうどうしようもありませんでした。
見た目は強い狼なのに、心の中は優しいのが獅童さんのビジュアルにぴったり。
狼の本能として山羊のめいを食べたいと思うけれど、そんな自分を恥ずかしいと思い、たいせつなめいに嫌われるのではと身もだえして必死でがまんする姿。
自分はお腹をすかせているのに、めいが美味しい草をたくさん食べられるように見守ってあげる。
めいが安心して自分のそばにいられるように、本当の自分を面に出さぬように必死で耐えている優しさ。
「~やんす」という口癖はコミカルで自分を抑えようと身をよじる姿はせつないやら・・・。
記憶を失ってしまった場面での豹変ぶりはまさに役者さんだなぁと思いました。
(記憶がもどってホッとしました)

なにも知らぬげに無邪気にがぶを慕っていたように見えためいもまた、内心は狼であるがぶを怖いと思う自分を必死で抑えてなにも気にしていないように見せかけていて、そのことに深い罪悪感を覚えて悩んでいたことが3幕でわかって、それもまた心を揺さぶられて涙でした。
その気持ちは女性としてよくわかりました。
疑ってはいけないと思うのにちょっとした挙動に怯えてしまう気持ちとその罪悪感。
尾上松也さんのめいは、すごく中性的でそこがまたなんとも魅力的でした。

みい姫の中村米吉さんが愛らしいくも気高いお姫様で、登場するたびにいいなぁ♡となりました。
めいが打ち明けられない秘め事を持っているのを聴いた場面では、めいを信じて無理強いに告白させないフェアネスにいたく感心しました。
山羊の?上に立つに相応しい立派なお姫様。マイフェアレディ♡
みい姫の登場場面が楽しみでした。

客席には小さいお客様もちらほら見受けられ、客席降りではそんなお客様を可愛いお花に見立てて弄ってみたり。
近道と称して通路ではない客席と客席の間を無理やりに通って行ったり。
花道から小さいお客様をみつけて弄ったり。
がぶが義太夫の方に遊ばれたり。
客席を盛り上げ笑わせる演出やアドリブも満載でお子様が思わず立てる愛らしい笑い声も聞こえて微笑ましい空間になっていました。

絵本が原作でわかりやすい作品になっていましたが、見得を切ったり花道を飛び六方で引っ込んだりと、歌舞伎らしさもふんだんで、やはりこれは歌舞伎演目なんだなと思いました。
歌舞伎だからこその感情表現とこの獣たちの架空のお話の相性も抜群だなぁと思いました。

この作品を博多座で見ることができて本当によかったなと思いましたし、歌舞伎未経験なお若い方にぜひこの作品をすすめたいなと思いました。

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2018/11/10

なにかを探し迷い路をゆく。

11月4日と5日に宝塚大劇場にて、宙組公演「白鷺の城」と「異人たちのルネサンス」を見てきました。
5日は大劇場公演の千秋楽でした。

両作品とも、いつも見ている宝塚作品を思い描いていると初見で戸惑ってしまうところもあったのですが、4週間ぶりに見るとそんなことはまったくなくて、どっぷりと世界観に浸って見ていました。

「白鷺の城」は神泉苑のチョンパからなんだか涙涙で自分でも可笑しいくらい感動していました。
私はどうやら玉藻前(星風まどかさん)の心を勝手に想像してうるうるしてしまうようです。
吉備真備(真風涼帆さん)に恋をして遥々大陸から日本まで渡ってきたのに、気がついたら恋しい人はこの世にいなくて。
人で非ざるものが人に恋をして、けれども人とは生きる時間がちがっていて・・。そのせつなさ(涙)。
義長の最期を語る八重の姿にかつての自分を重ねて歌うところなどはたまらなくて。
葛の葉の場面もその心境を表す舞踊が涙を誘いました。
初っ端のチョンパの華やかさ、そして真風さんの安倍泰成の見目麗しさに心が大きく振り切ってしまい、さらにありえない美丈夫の吉備真備に魂が飛び出そうになってその居所が定まらなくなってしまっているせいか、その後はちょっと心を押されるだけで感情が高潮のように溢れてしまったのかもしれません

異種婚姻譚、転生譚というだけでも私は弱いのですが、こんなにも美しい人たち、美しい背景、せつない音楽でやられちゃあもう涙を垂れ流すほかにすべがありませんでした。
そして真風友景さんの包み込むような優しさ。たとえ恋しい相手であっても牙を剥いて見せる妖狐と知っていても心を開かせようと正面からみつめる瞳。
「あなたを手放さぬ」と言う強い意思に見ている私はドキリとさせられて。
そして玉藻がもうすこしで懐に入ってきそうなところで・・・。まるで1人異世界から来たようなほんと場違いな無三四めに~

友景と玉藻は悲劇で終わったけれど、百年以上の時を経て平和な時代の市井の男女に生まれ変わって祭りの夜に出逢うとか(泣)。
ともに人で、年の頃もほどよくて、それだけで(涙)。この世の出会いは奇跡に満ちているのだなと。
戦でも謀でもなく、祭りに情熱を傾けられる至福。
そんな2人の手を、かつて泣く泣く息子を突き放さざるを得なかった母だった人と同じ面影の人がニッコニコで繋がせるとか。
胸がいっぱいで笑い泣きでした。


そして「異人たちのルネサンス」。届かない向こう側。
私がこの作品を好きなのは迷いの中にいて辿り着けていない人に共感するからかもしれないなと思いました。

自分のメインテーマがわからず彷徨いつづける天才。
完璧主義なのかな。愚直なまでに求道者で。
真理を追い求め作品に完成のピリオドをまだ打てないでいるようで。

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«好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。