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2007/09/20

身分違い。(つづき)

(前記事へのコメントが長くなってしまったので、あらためて本記事に書いてみました)

時代背景を考えないまま、自分に置き換えて見ていた私は
「バレンシアの熱い花」のストーリーに、「はぁ~?」ってなってしまいました~
というお話のつづきです。

たとえば、前領主の家柄の大貴族の若様であるフェルナンドが
フラメンコバールに入り浸っていることとか、
私たちが繁華街に飲みに行くのとは全然意味がちがうってことがピンときていなかったり。

ただプレイボーイを装っているだけじゃなくて、彼は社交界ではおおっぴらにはできないこと
タブーの領域に足を踏み入れているのかも?(辛うじて若気の至りでゆるされる?)
母親(品位と正義感に溢れてそうな女性)に愛されている品行方正そうなお坊ちゃまキャラを脱ぎ捨てて…。

この時代設定なら劇中で説明がない限り、フラメンコの歌手イサベラはロマ族であり、
(ロマ=俗にいうジプシー、スペインではヒターノと呼ばれるそうです)
たとえ、ロマの娘と大貴族の若様が男女の関係になったとしても
結婚どころか正式な愛人?にすることもありえない時代だったようだとか。

時代はさらに暗い中世にさかのぼるけど、「炎にくちづけを」のルーナ伯爵たちが、
ジプシーに対してどんな態度をとっていたかを思い出したりしてみたり…。
ルーナ伯爵&レオノーラ側にいるのが、フェルナンドやマルガリータ。
マンリーコ(ホントは貴族の血筋だけど)&パリア側にいるのが、イサベラやラモン。
なんですよね。
炎の~時代よりは、人間的な時代になっているとは思うけれど、
まだ、貴族とそれ以外に格差のある封建的な社会であり、
やっと「国家」という括りで、貴族も平民も1つにまとまろうとしつつある・・・
でもまだ行ったり来たりしている時代なんですよね。

そういう前提がわかっていないと、2人が別れる結末が
「???」になっちゃうんでしょうね。

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コメント

そうなんですよね。
ロマの問題は現代のヨーロッパでもまだ現在進行形の
問題です。前ローマ法王ヨハネパウロⅡ世の肝いりで
ロマ達の定住化をはかり生活を安定させるお手伝いを
する活動の長についていたのが日本人で枢機卿をしていた
浜尾大司教です。

貴族なんだから愛人にしちゃえばいいじゃん。。。も
ダメだったとわかればあの別れはホントに仕方がない
別れだったと思えるわけで。ただ説明がない分ぱっと
見じゃ。???なんですよねぇ。

投稿: ichiyo | 2007/09/21 07:12

◇ichiyoさん、
語りだすと長くなるんですけど、
私たちの周りに「身分違い」な物語が少なくなっていますよね。
時代劇でさえも・・・(フレンドリーなお殿様が増えすぎ?(笑))
いつ頃からかなぁ。20~30年前くらいから?
NH○の大河ドラマで女性脚本家の作品が放映されるようになったあたりくらいかなぁ。
今に通じる人間模様(ドメスティックな部分に比重が重い?)を
歴史上の登場人物の人生に投影するような作品が多くなってきて
舞台が「幸楽」でもいいような“設定だけ大河ロマン”とか・・・(笑)
(それが面白かったりするんですけど)
それ以前なら、物語に織り込まれた「残酷な身分違いのエピソード」に
説明がなくても多くの人がピンときたのでしょうけど、
いまはやっぱりねぇ…と思うんですよね。
身分違いにかぎらず、「残酷さ」に対する実感(感覚・感情)が希薄な時代なのかな。
学校での平等教育に起因していると思うんですが、
私もそうだけど、ドラマを見ていても「正義感」が先立ち、
物語に入り込むより前に登場人物を批判してしまうことも多々あるしなぁ…。

沢山の方たちが力を尽くして下さっているおかげで、
私たちは幸せな時代を生きさせてもらっているのでしょうけど、
ドラマは作りにくいですよね。
コスチュームものは見たいけど、前提となる共通認識が昔とちがうから
作る側は大変だなぁって思います。

投稿: theo | 2007/09/21 08:37

theo さん、こんばんは。

そうですね!
身分違いの上、民族が違っていたのですね!
フラメンコの発達過程に目を向ければ、
薄々気付きそうなのに(迂闊でした~~~

イサベラは、単なる酒場のダンサーという視点で
観てました~~。
なるほど!ロマね!目からウロコです。

ではでは・・・明後日が、ラスト観劇です!

投稿: スナッチャー | 2007/09/21 19:46

◇スナッチャーさま、
私も公演がムラから東宝に行って1月以上経ち、
ようやくゆっくりいろいろと物語を考えられるようになった今、
ふと頭を過ぎってフラメンコの歴史なぞ調べて、あっと思ったんです。
歴史なんてわかっていなくても、昔の大人だったらわかることだったのかなぁ。
余計な言葉は足さないのが、そして見る者が察する余白を作るのが
柴田先生の美学・・・とはわかっていたのに、
かつての柴田先生との共通言語のちがいに、ちょっと自分にがっかりしていたところです。
翻訳、説明が必要な今日この頃の私…仮面のロマネスクあたりは、何も足さずにビシバシ感じるものがあったのになぁ。

明後日ご観劇ですか? 私も参じますよ。(^^)o

投稿: theo | 2007/09/21 21:10

ご無沙汰しております。
…コメントはしておりませんが、いつも拝見させていただいておりました。

身分違い。
ガーンときました。
わたし、先日1回きりですが観劇して、ラストに納得できずにいたものですから。
身分違いがわかれば、もっとすとんと胸におりてくるものでしょうか。よく考え直して、劇場で観劇したいです。
theoさんの考察は深くていつも勉強になります。というか、私の知識のなさ、読書量のなさを思い知っておりますが。今後も楽しみにしておりますのでどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: 藤娘 | 2007/09/22 20:20

◇藤娘さん、
こちらこそご無沙汰しております。

私も、「???」でしたから…。
だからずうっといろいろ考えているんです。。。
今回、2ヶ月ぶりに観劇いたしまして、
また思うことがありました。
それについては、また書いてみたいなと思っているのですが、
どう捉えたって、二股男は二股男ジャン!とも思っています(笑)。
しょせん私は悠河ファンなので、「そんなフェルナンドがいいのよ~♪」って思ってますけど・・・(^^ゞ

柴田先生は、表面的な倫理観云々じゃなくて、
人間(男性?)の内面をありのままに描きたかったのかなぁ。
なんて思ったりもしています。
それを受け入れる受け入れないは、受け取る側次第で良いのかな。
受け入れられないとはっきり言える女性が増えているような気がするのは、
昔よりも幸せな女性が増えたってことなのでしょうか。。。

投稿: theo | 2007/09/24 23:19

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