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2009/02/28

ねがっていたこと。

以下は、ここの2006/9/14の記事より引用。

とにかく、宝塚歌劇団に望むことは
イメージを大切にしてほしいということ。
清く正しく美しくの意味ってなんなのか。
ブランドイメージが崩れたら、宝塚の意味はないでしょう。

どんなに実力・個性のある女優がひしめく劇団になっても
醜聞を糧にのし上がる世界があからさまに見えたら、
それはもはや宝塚じゃないし。

現実を見せるのはほどほどに
あくまでも非現実的なキレイゴトにこだわっていてほしいです。

ネバセイで、ハリウッドに対しクリティカルな立場をとっても
なんとか失笑せずにいられたのは、
このキレイゴトが辛うじてまだ通用していると思わせているからじゃないですか。
でなければ目くそ鼻くそを笑う…になった危険性も。
(これからそうなってしまう危うさが潜んでいるような気がするのが怖い…)


とことんキレイゴトを言わせていただけば
タカラジェンヌとは、「現象」「事象」「そこにあるもの」「もののあはれを知らせるもの」。
フェアリーは言いえて妙。
プリミティブな「俳優(わざおぎ)」とはこんなものかもしれないと思わせてくれるもの。
(本来のそれに近代的西洋的な倫理観を加味した「わざおぎ」もしくは「巫女」にちかいもの)

そんなふうに私は感じています。

――(中略)――

もちろん生徒さんたちは皆、宝塚という現実に身を置き真剣に現実と闘っているのでしょう。
イメージをおしつけられて迷惑しているかもしれません。(^_^;)
でもそこはプロ意識でどうぞよしなにっていうか。
(このへんが矛盾というか勝手というか二律背反ですみませんが…)

こんなふうにも思わせてくれる宝塚・タカラジェンヌのイメージを本気で守り通してほしいです。

どうぞお願いしますよ、ってキモチです。

危惧を感じながらも、ねがっていました。
一ファンとしての我侭にすぎませんが。

大好きな悠河さんがいる場所だからこそ、希みを捨てきれませんでした。

いまは、すべてがむなしく消えた気持ちです。

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