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2009/10/11

きみのごたごた あなたのお楽しみ。

『ある結婚の肖像 ヴィタ・サックヴィル=ウェストの告白』を読みました。

「きみのごたごた」とは、ヴィタの恋愛沙汰のことを彼女の夫のハロルドが揶揄したもの。
「あなたのお楽しみ」とは、ハロルドの同性との楽しみをヴィタが揶揄したもの。

それぞれに同性の恋人を持つ夫婦。(ヴィタの場合は、男性も女性も)
けれども、誰よりも深く愛し合い信頼し合っていた夫婦なのです。

ふたりに共通していた倫理観。それは――
「他人に対して、とりわけお互いに対して思いやりをもつこと」
「自分たちの生まれながらの才能を心ゆくまで伸ばすこと」

ヴィタは、ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』(36歳にして360歳の両性具有者を描いた小説)のモデル。
自身もベストセラー作家であり、英国屈指の旧家サックヴィル男爵家の令嬢として生まれ、英国一ともいわれる庭園(シシングハースト・カッスル)を作った庭造りの専門家としても有名な上流階級の女性。

この本は、彼女自身による自身の同性とのスキャンダルの顛末を記した手記と、彼の次男であるナイジェル・ニコルスンの補足(ヴィタと夫の伝記)というかたちで構成されています。

十年以上前に初版を購入していたのですが、写真を眺めて、興味本位で中身をつまみ食い的に読んでいただけで、ほうっていた本でした。
当時の私は、女性同士の恋愛に対する理解力が乏しかったのだと思います。
いまだからこそ、感銘を受けた。そんな気がします。

ヴィタは、情熱的でときに大胆にもなれる女性。
魅力的な誘惑にとても弱い女性です。
そして、女性からも男性からも好まれやすい。
いつも恋をしている女性。

ヴァージニア・ウルフはこう書いている。
「……わたしは彼女が好きだし、彼女といっしょにいるのが好き、あの絢爛たるオーラが好き――セヴノークスの食料雑貨店でも、ヴィタはキャンドルのように光りかがやいていた」
それは、彼女の作品『オーランドー』そのもの。
『オーランドー』はヴァージニアのヴィタへの最高のラブレターだ。

ヴィタの手記は、そんな彼女が若い頃――結婚して子どもを2人もうけたあと、ヴァイオレット・トレフュシスという女性と駆け落ちししようとした前代未聞のスキャンダルについての顛末と、そのときの心境を綴ったもの。
夫以外に恋人をもつことは別にスキャンダルではない時代です。
夫を捨てて駆け落ちしようとしたことが、スキャンダルなのだそう。

ヴァイオレットは本当に、情熱のままの扱い難い魅惑的な女性。
自分の魅力の使い方を本能的に知っている女性。
彼女の母は、国王の愛人。
彼女は、自由になるために、男性(デニス・トレフュシス)と結婚する。
当時の上流階級では、未婚の女性には自由はなかったから。
結婚してはじめて女性は自分の好きに生きることができるとのこと。

強く惹かれながらも、エゴとエゴをぶつけあい傷つけあわずにいられないヴィタとヴァイオレット。
ヴァイオレットにとっては、自分以外のなにもかもを、相手が捨てることが愛の証のようです。
愛の代償は、喜びと裏切りと嘘。

そんなヴァイオレットとは正反対なのが、夫のハロルド。
彼は穏やかで、謙虚で、小心。

ヴァイオレットがもたらす刺激に惹かれ、情熱のままに生きる誘惑にかられるヴィタ。
ハロルドとの穏やかな精神生活に癒しをもとめるヴィタ。
自分の中の二つの顔に戸惑うヴィタ。

この駆け落ちは、ヴァイオレットの裏切りの発覚、つまり彼女が夫のデニスと肉体関係をもったこと(そういう関係を持たないという約束の上での結婚だったのに!!)がヴィタに暴露され、混乱したヴィタにより終止符が打たれる。
ここに至るまでの、2組の夫婦の狂騒。
ヴィタには、ハロルドがいたけれど、ヴァイオレットにはハロルドのような寛容な夫はいなかった。
デニスは、ふつうの男だったから。
とはいえ、ヴァイオレットはデニスが亡くなるまで、パリで一緒に暮らしていて、人からは「うらやましがられるようなカップル」だったそうだ。
ヴィタと別れてからも、「彼女は楽園の小鳥のよう」で「風変わりで華麗で刺激的な女性」として、パリのサロンの中心人物であったそうだ。

ふたりは、互いに再会を恐れていた。
出逢えば、どうなるかわかっていたからだと思う。
彼女たちは、「大人になった」のだ。

こののちもヴィタは、いつも恋をしている女性だったけれど、人生を破綻させるような危険な展開にはなっていないようだ。
ハロルドは、ヴィタの自由を尊重していたけれど、彼女の性質を知っている彼は、その情熱の激しさを気にかけている。
ヴィタとヴァージニアとの関係が深まっていたときも。

ハロルドとヴィタの間に嫉妬は存在しない。
あるのは、自由と思いやりと、共通の趣味(庭造り)。
エロスが介在しない関係ゆえに、時は穏やかに流れるのかも。

ヴィタは、ハロルドが外交官として海外に駐在していたときも、下院議員としてロンドンにいたときも、彼の「令夫人」として同席するようなことは一度もなかったという。
これは、パートナー同伴が普通ときく欧米では、珍しいことなのではと思うけれど、気にも留めていない様子だし、ハロルドもそれをヴィタに求めていない。
彼は、社交界では「男性が1人足りないときに招待するのに好都合な招待客」と思われていたらしいという。
絶対にヴィタを同伴しないので。
ヴィタの生涯を読んでいると、本邦の白洲正子氏などは可愛いものだと思えます。

やんちゃな妻に目を細める夫。
(夫のほうは用心深く小心な性質なので、そんな妻が小気味良いのかも)
見えてくるのはそんな関係。

そういえば、ヴィタは、ナイル川のように北上する川は、低いほうから高いほうへ流れていると思い込んでいたり、ハロルドが駐在している国の「シャー(君主)」の意味を「コサック騎兵隊」のことだと著作に書いたり、意外と「そりゃないだろう」というような思い違いをしていたりします。
そんなところが、ハロルドにはたまらなく魅力なのかも。

晩年のヴィタよりハロルドへの手紙。
「あなたの世話をするような教育を受けていないでほんとうによかったと思うわ。
わたしはけっして、あなたに頼まれない限り、わざわざコートの襟を直してあげるようなことはしなかったもの。
これこそ、お互いへの深い愛情は別として、わたしたちの結婚の基本原理なのだと思う。
(中略)
でも、避けられない最期の時が見えてきた今となっては、愛していればより多くの痛みがともなうのもたしか。
どちらかが先に死ななければならないなんて、とてもつらいことね。」

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