見たままに描くだけ。
「戯伝写楽」の感想、さっき書いたばかりなのに、
また書きたくてうずうず。
昨日から、いったいいくつアップしてるんだか。
でも書きたくてたまらない。
本当に・・・書いても書いても…(笑)。
朗らかでやさしそうで面白い橋本さとしさん。
東山義久さんとのボケッツッコミのくだり、本当に見ていて楽しい。
11日は、与七さんの「誰ですか」に素で「与作」って言ってた・・・(笑)
「与作ってだれやねん」
それからのぐだぐだが、最高で。
軌道修正しようとするほど迷子になってる・・・でもあくまでも
十郎兵衛と与七さんなんですよね。
お互いの心をさぐりつつも信頼しあってますよね。
いやもう、そのお2人のコミュニケーション能力の高さに脱帽。
で・・・キワメツケの与七さんの墓穴に・・・・・・・もう客席爆笑。
お腹がよじれそうな客席なのに、真横で我関せずと絵を描いてるおせいちゃん。
いやぁ~ お2人のおかげで、おせいちゃんの真髄を見たわ(笑)。
おせいちゃんにとっては「そんなこと」より「自分が描きたい絵」が大事、ですよね。
(彼ら2人が仲良かろーが、信頼しあってよーが、墓穴ほってよーが関係ない)
(以下、ねたばれすると思います)
・
人の心の機微に敏感で、サービス精神旺盛で
ボケツッコミのコミュニケーション能力に長けた橋本さとしさんは、
人間が大好きな人なんだろうな。
どんなことも好きになろうという博愛精神の持ち主っぽい。
寂しい気持ちを知っている人かな。
じつはさびしがり屋さん?(笑)
大和悠河さんは、独りでもケロッとしてる人ですよね、きっと。
何かに集中しているときは、自分が独りなことにも気づかないっぽいっていうか。
そんな様子を目にしたら、ふつうの人は、ついうっかりかまってしまうと思う。
ついついお世話したくなりそう。
お世話しなくちゃ、って気持ちにかられそう。
で、与七さんみたく「誰がしてあげてると思うんですか」と問うたら、
「え? 好きでやってたんじゃないの?」と真顔で言いそう・・・(^_^;)
「ごめんね、とか、いつもありがとう、とか、ないの?」と問うても、
「思ってないことは言えないしー」って言いますね、きっと。
思ってなくても言うのが、世の中のルールなんですけど(笑)。
掟破りですからねぇ…。
で、「したくなかったら、しなくてもいいんだよ?」って。
「そないなこと言うても、やらんわけにはいかんわい!」
「やらんかったら、あんたが困るんやないの?」って思ったら、
もうアチラのペースに飲み込まれてます(笑)。
与七さんは、わかってるっぽいですけどね。
えーと、
おせいちゃんを語ってたんでしたっけ、大和さんを語ってたんでしたっけ…(^_^;)
あ、大和悠河さんは、きちんと「ありがとう」が言える人ですよ。(←念のため)
(たとえ思ってなくても、宝塚でそう躾られ・・・)(うにゃにゃ。躾は大事ですよね、ホント)
おせいちゃんがいなくなって、一番喪失感を感じるのは与七さんかもしれない。
さて。
おせいちゃんは、ただ自分が描きたい絵を描いているだけなのに、
彼女に人生を変えられていく人たちが続出。
彼女が見せる夢と
彼女が見せる真実(まこと)に。
いつの時代も人は、嘘で塗り固められ、しばられた自分を解放したいと
切望しているものなのかな。
きっかけがあれば・・・・
浮雲さんは、その最たる人。
鉄蔵さんもそうだし、蔦重さんも。
十郎兵衛も、これからも同じように生きていくかもしれないけど
心のありさまは大きくちがうんじゃないかな。
与七さんはどうかな。
じつは、誰よりも早く、変わっていたのは彼かもしれない。
世のルールやしがらみなんて関係なしに、
見たいものだけに集中し、描きたいものだけを描き、
思うことだけ言葉にして生きる。
商売ではなく、衝動のままに。
ものを創る人たちの理想系がおせいちゃんかも。
だれもがそんな風に生きたいと切望しながら、
そう生きられないと思っている。
なのに、そう生きている女が目の前にいる。
どうします?
浮雲は自分を解放するためにああするしかなかった。
純粋無垢ゆえの残酷さをつきつけられて、鉄蔵はああなってしまった。
あの生き方を貫くなら、流れ者でいるしかないですね。
おせいちゃんにはそれが合っている。
花のお江戸に吹いた一陣の大風――― それが「写楽」という夢だったのかな。
そして、夢はつづきます。
いまも。
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