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2010/10/16

上弦の月。

昨夜は、夜空にきれいな半月が浮かんでいました。

美味しそう・・・
ちなみに私は鎌倉半月の抹茶風味が大好き♪

じゃなくて。
浮かんでいたのは本物の半月。
お皿をちょうど真ん中で割ったみたいな。

そのさまを弓と弦に見立てて、弓張り月というと勇ましいですが、
片割れ月というと、ちょっともの悲しい。
そんなことを考える秋の宵。

「半七捕物帳【一】」を読みました。
1冊に14編収められていたので、だいだい一夜に1話ずつ。

日清戦争が終わった頃、新聞記者の「わたし」が
赤坂に住む楽隠居の半七老人に昔語りを聞きに行く体で話はすすみます。
いまは悠々と遊んでいる齢七十すぎの
「まだ元気のよい、不思議なくらいに水々しいお爺さん」であるこの老人こそ、
江戸末期に活躍した岡っ引きの半七親分なのです。

江戸の町に起きた、誰もが首を傾げる怪事件。
その謎を解いて見せるのが、半七親分。

人がいて社会があって、そこに事件は起きる。
人さまざま。思いさまざま。
悪人もいれば、そうでない人もいるけど
大事を企てようとするような人間がでてくる訳ではなく
些細なきっかけが、不可思議な事件になっていく。

裁くのは親分の仕事ではない。
あくまで、謎を明かすだけ。
お上への報告も親分の胸三寸なことも。

親分のキャラがいい。
ふつうでまっとうで聡明で人間に対して向ける目に温もりがある。
それは、老人の昔語りという体だからかもしれない。
いま思うと・・・という目線も入れられる。

著者の岡本綺堂の文体もいいです。
初出が大正6年だそうだ。
“てにをは”の遣い方が、いいなぁ。
ケレン味のない平坦な文章だけど、味がある。
選ぶ言葉が、現代とはちょっとちがっていたりして、それもいいなぁ。
言葉の端々、行間から醸し出される人間味と情感に
ほっとする。
聡明な人は時代が代わっても、聡明だ。

さて、今晩からは2巻目を読み始めます。

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