見苦しくも生きよう。
御園座公演「綺譚桜姫」を見ました。
荻田ワールドの桜姫は無邪気な姫ではありませんでした。
彼女が生まれる前に吉田家で起きた凶々しい出来事、
そして彼女に生れついた凶々しい験(しるし)ゆえ
周囲に疎まれる人生を
すべて自分のせい(前世の罪業ゆえ)であろうかと思い悩み
齢十七にしていづこにも嫁ぐことを諦め
髪を落として得度して父母きょうだいの菩提を弔おうとする
健気でいじましい姫でした。
孤独で。
たった一度自分の閨に押し入り自分の身を恣にし、因果の種を宿させた(身篭らせた)男に
今一度まみえることをよすがとするほどに
孤独な姫でした。
・
父を失い家宝も家も失い都落ち。
ともに東に下る旅の途中で母さえも亡くし
我が子を育てるすべもなく近在に託し
出会った得高い阿闍梨によっていよいよ出家しようかというその時に
会いたいと願っていた自分を手篭めにしたくだんの男に出会います。
このなんという綺しき宿業―――
本来なら憎んでしかるべき男のことを会いたいと切望するのは
憎いのか恋しいからなのかもわからないただその執着(しゅうじゃく)の心が痛ましくて
その男と二世の契りを交わし
女として生きようとする、その救いのないほどの孤独さ一途さが
痛ましくもいじましくてたまりませんでした。
その過ち錯誤としか思えないような決断に、すべてを賭けようとする
彼女の初めての運命への抗い。
針の穴ほどもないような光にすがろうとする―――
その時彼女を絡めとっていた赤いえにしの帯が
彼女の身体からするすると解けていきます。
たとえ行く末が悲劇でも
見苦しくも運命に抗い
生の悦びを求めて己の力で生きていこうとする
桜姫。
それは人間の力ではどうしようもないこの世、
大きな力、自然、宇宙の前に
個の苦しみを抱え、
それでも力強く健気に、力のかぎり生きようとする
小さな愛おしい人間そのものでした。
見苦しくも小さくも愛おしい人に
この存在に
私は惹かれてやみません。
笑わば笑えと。
桜姫から迸しるなにかにとらわれています。
もっともっと見たかった。
これで終わってしまうのがもったいない―――
そんな気持ちを抑えられなくて
帰路の新幹線の中からこれを打ち込んでいます。
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