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2014/08/17

お姉様は私がお可愛うございましょう。

7月14日(月)、東京宝塚劇場宙組公演の休演日に東銀座へ行き
歌舞伎座七月大歌舞伎の夜の部を見てきました。

「悪太郎」、綺堂の「修禅寺物語」、鏡花の「天守物語」を見ました。


右近さんの悪太郎、可笑しかったです。
そして身体能力凄すぎです。
(なんであんなことできるの?)

狂言の「悪太郎」よりもさらに設定ディテールが明瞭なのは歌舞伎ならではかな。
舞台化粧とお衣装がついているのが新鮮でした。
狂言の大らかさはそのままに、さらに豪快で憎めないキャラになっているようでした。

迷惑な人にはちがいないのだけど、こういう人を笑える懐の深さ、寛容さこそ、
現代に必要なんじゃないかな。
なんて思いました。


「天守物語」を見たいと思ってチケットをとったので、岡本綺堂の「修禅寺物語」も
併演されると知ってうれしかったです。

夜叉王と姉娘の桂、ともに倫を外れても己の望むものを求めずにいられない業を背負った
父と娘のそれぞれが放つ一瞬の輝きを見せるところが見所だと思いますが、いまいち、
それが曇ってしまったというか、なにを見せたいのかが鮮明でなかったような・・・?

あの場面(夜叉王の「苦痛を堪えてしばらく待て」)で笑いが起きてしまうのは
やっぱり間が悪いのだと思います。
あとやっぱり迫力不足かなぁ。
夜叉王の業と桂の輝きがクローズアップされる大事な台詞だけに残念に思いました。
あそこで戦慄を味わいたかったなぁ。

またいつか見られるチャンスがあったら、そこがどう見えるかを楽しみにしたいと思います。


「天守物語」は、もうこの世界観が好きで好きで・・・。
そこにある世界を、この目で見、そこに気持ちをやれる至福。
富姫と亀姫の愛嬌あふれる言い合い、女童や侍女たちの戯れ言が
目の前で繰り広げられるさまに、涙が溢れました。
あちらの世界へ行きたくて。

3階の下手から見下ろすように見ていたのに、いいお芝居というのは
席など関係なく集中できるものなんだなぁと思いました。
舞台の上の1人1人が鏡花の世界にきれいに生きていて見蕩れました。

富姫の目線は明快。
自分の慾望も他人の慾望もまっすぐにお見通し。
可笑しいものは笑う。
道理に適わないことはぴしゃりと指摘する。
潔い人だ。
物事を深く読むことができるけれども、むやみに複雑にしない。
平らかに解き明かす。

そんな彼女だから図書之助の心の涼しさに心を打たれるのだろう。
そして、そんな彼女をもってしても恋は。
平らでない道をあえて選びすすませる。
理よりわが身より相手を思う。だから恋は美しい。
恋ゆえに闇に身動きできなくなる。

そんな心を愛でるところに美があり芸術があり感動があるのだなぁ。
この美しき世界を愛でる気持ちがあるかぎり、生きていかれる気がします。

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