王妃ソフィアの憂鬱。
「白夜の誓い-グスタフⅢ世、誇り高き王の戦い-」
すご~く題材はいいんです。役者もはまっているんです。
料理の前に最高の素材を見せられて、ルンルン♪で食卓で待っていたら
尻尾と頭がお皿に乗ってきて、
えええ~~~?美味しい身はどこに行ったの???状態なんです。
というわけで、私の頭の中は妄想でいっぱいなんです。。。
ソフィアはどんなことがきっかけで、グスタフに心惹かれるようになったんだろう??
と考えていたらどんどん逸脱してこんなことに。
(じっさいの舞台とは関係ありません)
・
「あなたはこの結婚に納得しておられるのですか?」
「納得などしておりません ―― かつての属国に嫁する日が来ようとは――」
「―― 属国ッ?!」
「父デンマーク国王のご命令とあれば致し方ありません」
「わかりました。納得していない者同士、せいぜい仲良くいたしましょう」
その麗しい白眉をゆがめ皮肉な笑みを残して、彼は踵を返してその場を立ち去った。
まるで彼の身体の一部であるかのように流麗な弧を描く黄金色のマントに風を孕ませて。
なんて美しいひとなのかしら―― とソフィアはその残像にため息を吐いた。
いまだかつて、こんなに美しい人間(ひと)に逢ったことがない。
まるで夢描いた騎士物語の麗しの白鳥の騎士のよう。
すこし憂鬱な瞳は、故国の宮廷で見たお芝居の悲劇の王子のよう。
「ご立派でございましたわ。ソフィアさま――
「あなたさまは由緒あるデンマークの姫君、侮られてはなりません」
ストックホルム宮殿の王妃のための居室。いくえにも重なる優雅なドレープのその奥で夢見心地に酔っていたソフィアに嬉々とした声をかけたのは、輿入れとともにデンマークから付き従ってきた女官レオノーラだ。
「でも、へちゃむくれじゃなかったわ・・・」
すこし咎めるように恨めしそうにそう言ったのは、まだデンマークの宮殿にいた頃ソフィアのもとにもちこまれたスウェーデン王太子の肖像画について、「こんなものは実物の100倍も200倍もハンサムに描かれるものなんです。実物はこの100倍も100万倍もへちゃむくれに決まっています」とこのレオノーラが言いきったからだ。
言われたことはすぐに信じる傾向にあるちょっと足りな純粋な姫君は、自分が嫁するのはへちゃむくれの王様。自分は世にもまれなる悲劇の王妃だと思い込んでいた。
なにしろ彼女が世の中でなによりいちばん好物なのは、空想のなかに住んでいる美貌の王子様だったから。
だからそのつもりで婚礼に挑んだのだ。
ベールをはずしてクリアに見たグスタフ3世陛下の神々しいまでの美しさに、だが彼女は我をわすれてしまった。
レオノーラに教えられたとおりの所作と物言いでデンマーク王女の威厳をたもつのでいっぱいいっぱいだった。
あの肖像画は実物のグスタフ国王とはまったく違う顔だった。
とおりいっぺんの無難なハンサムを絵に描いたらああなるのだろうと思う。
本物の国王陛下ときたら――― ぐふっっ☆ 思わず目が半月になり息が荒くなるソフィアであった。
「ソフィアさま」―― レオノーラがたしなめた。
「由緒あるデンマークの姫君はそんなお顔をなさってはなりません。よだれはお拭きになって―― いいですか、いつも毅然と。だれかれと親しげになさったり笑いあったりしてはなりません」
この姫君は困ったことに、嬉しいことがあれば巌のような強面の大臣にだろうが下働きのお針子にだろうが、おかまいなしに抱きついたり下々のおばちゃんのようにいやだぁ~と大笑いしながら背中や腕を叩いたりとスキンシップが激しいのだ。かと思うと眦をこれ以上ないほどに引き下げて何やらあやしい想念にとらわれて1人で息を荒げたりぐふぐふと笑っていたり。とてもではないけれどありのままの姿を、これが由緒あるデンマークの姫君ですとは、世間にお見せできない。
まして宿敵スウェーデン王室の人間になど。―― これが私に与えられた国家存亡をかけたミッション。―― 祖国の威信にかけても。思わず拳を力強く握り締めるレオノーラであった。
「よろしいですか、誇り高きデンマークの姫君はしたしげに愛想笑いなどしてはなりません」
黙っていらっしゃったら、それはごりっぱな美しい姫君なのに・・・。神様はなんて残酷なことをなさるのだろうとレオノーラはそっとため息をついた。
「お気づきではないと思いますが、あなたさまは笑顔になられると、それはそれは醜いのです。それはもう、ええっとええっと、、、」
「スズメバチが正面から微笑みかけてきたときのようにでしょう?」
「そう、スズメバチが正面から微笑みかけてきたときのようにです」
「わかっているわ。ちいさい頃からずっと言われているもの」
しょんぼりとソフィアはうつむいた。正面から微笑みかけるスズメバチがどんな顔なのかは知らないが、というか、スズメバチが微笑みかけるのかどうかも知らないけれど、いつも自信に満ちた態度で自分を導き頼りにしているレオノーラが力強く言うのだからそうなのだろう。そして笑った自分が醜いのもレオノーラの言うとおりなのだろう。
この世でもっとも美しい王様が同じ宮殿にいるのに、彼に笑いかけたら醜い自分を見られてしまう。
なんて悲劇なの―――。
視線を落として黙り込んだ王妃を見て、レオノーラはなんでスズメバチだったのかしらと記憶をたどっていた。
あれはロシアからの大事なお客さまが宮廷にいらしている日だった。その準備や身支度にいそがしい朝だったのに。姫君の着付けの仕上げはもろもろの支度が終わっていちばん最後にしなければ、どうせすぐにぐっちゃんぐっちゃんにしてしまうのだから――と思って、胴着とドロワーズを着せて待たせておいた。
そのはずだったのに気がついたら姫君の姿が消えていた。
汗みどろになってようやく探し当てた姫の居所は、宮殿のはじっこの厨房の外。仲の良い下働きの娘が山盛りの株を洗っているのを脇から邪魔していた。いやソフィアの名誉のためにいえば彼女は手伝っているつもりだったのだがレオノーラには邪魔をしているようにしか見えなかった。
ていうかなんで下働きの娘と王女が仲良しなのよっ―― レオノーラのこめかみに青筋がたった。もりもりとマグマのごとく。
しかも王女が人前もはばからず下着姿で ―― 真っ白かったはずの絹がレースが泥まみれじゃないの。
もうやめてやめて。
このお姫様は―― お姫様なんてだれもがなりたくてもなれるものじゃないのに。
その絹もレースも王女だから着られるのに。
その下働きの娘がその手をがさがさにして僅かな賃金を家族のために稼ぐかわりに、豪華なドレスで美しく着飾って外国の賓客の前に立ち、決してわが国デンマークを侮らせないよう国の威信をしめすのが王女の役目じゃないの。
その役目をないがしろにするようなこの所業はゆるせない――。
きつく叱って王女付きの私の役目を果たさねば。
そう思ってずんずんと王女ソフィアに近づいたそのとき、下働きの娘の傍らにある水桶の縁に大きなスズメバチが止まっているのに気がついた。
スズメバチがこちらを向いてニヤリと微笑んだ。―― ようにレオノーラには見えた。
大変だ。ソフィア様が刺されては―― 思うと同時に身体が動いていた。
反撃されないためには一撃で仕留めなくては。攻撃は最大の防御――!
気がついたら3センチもあろうかという蜂がレオノーラの足元で絶命していた。
だからスズメバチなのだ。他意はない。
ちなみにソフィア王妃は笑っても美しい。
けれどあの日レオノーラは誓ったのだ。
この先、かならずこの姫君に王女としての役目を担わせることを。
そのためには、見境もなくだれかれに愛想をふりまかせてはいけない。親しみやすい王室アピールなどくそくらえだ!
そしてソフィアにことあるごとに吹き込んだ。
「大変言いにくいことですが、私以外だれもおっしゃらないと思いますのでお姫様のために申しあげます。
「あなたさまの笑顔は醜いのです ――
「けっして人前で愛想よくニコニコしてはいけません。とくに大切なお方の前では――」
ソフィアは悩んでいた。
世界一美しい王様のおそばに近づきたいのに――
近づいたらぜったいにぜったいに私は自分を抑える自信がない ――
醜い姿を陛下に見られたくない――
純粋なお方なのである。
「ああ。わたくしはなんて悲しい王妃なんでしょう――」
王妃ソフィアの憂鬱な日々ははじまったばかりであった。
| 固定リンク | 0
コメント