どんな世の中になってもあの花だけは咲き続けますのやろな。
4月10日、大阪の上本町にある新歌舞伎座で『細雪』を見てきました。
長女の鶴子を高橋惠子さんが
次女の幸子を賀来千香子さんが
三女の雪子を水野真紀さんが
四女の妙子を大和悠河さんが演じていました。
遥か昔、この細雪の世界が大好きでした。
その想像でしかなかった世界が色と光を纏い形となって目の前にありました。
すべてが美しくて。
こんな話し方だったんだなぁ…。
正確な船場言葉のイントネーションを再現されているのかは私にはわかりません。
(奇しくも物語の舞台である蒔岡の本家があったとされる上本町にある劇場での
上演で、幸子役の賀来千賀子さんもアフタートークでそのことを気にされていました)
でも音になって聴こえるだけでも私は感動でした。
原作は作者の奥方がモデルといわれる次女の幸子と三女の雪子寄りの物語になっていて
昔読んだ時には、長女の鶴子と四女の妙子については
あまり良い印象ではなかったのですが、
この舞台では、鶴子と妙子にも愛情が注がれているように感じました。
ああ。鶴子はこんな思いでいたのだなぁ。
妙子はこんなふうに思っていたのだなぁと。
そう思いながら、彼女たちに思い入れながら観ることができました。
旧幕時代から続く船場の裕福な商家に育った価値観を譲れない鶴子。
家の全盛期の記憶はなく格式に縛られるのを嫌い“何か”をつねに求めつづける妙子。
「ふぅん」しか言わなくても周りが自分の良いようにしてくれると思っている雪子。
妹たちに振り回され姉からは責められその狭間でつねに誰かの心配をしている幸子。
それぞれの個性、それぞれの立ち位置がはっきりと見えました。
・
高橋惠子さんは好きな女優さんの1人で、
シネマ歌舞伎で観た「日本橋」の清葉さんがとても好きでした。
あのときは、江戸の一筋通った美人芸者さんでしたが
このたびは、上方の傾きかけた豪商のごりょんさん。
属する処は大きくちがいますが、
同性に頼りにされる矜持のある女性がよく似合ってらっしゃいました。
帯ひとつにも妥協できず、自身はもちろん3人の妹を
船場の舊家の娘として誇り高く生かせていきたいという気持ちがつよく伝わってきました。
4人姉妹の中では、生家が豪盛であった時代を身をもって知っている人で
その凋落もいちばん感じている人だと思います。
だからこそ時代の流れに抗い格式と誇りだけは守っていこうとしている人なのでは。
この鶴子さんが、私はとても好きでした。
いま私がもっともはまって見ているTVドラマ『ダウントン・アピー』のなかの
長女メアリーに立場が似ているかな?
賀来千香子さんはTVドラマでしか知りませんでしたが、
幸子としてとても納得でした。
雪子、妙子の姉としての責任感と、鶴子に対するときには姉を頼るような
甘えたな頼りない妹の面もさりげなく出されていてすばらしいなと思いました。
彼女が「鶴子姉ちゃん」と呼ぶときの思わずのいとけなさに
幼い頃からの姉妹の関係が見える気がしてとても好きでした。
姉妹の中にあっていちばんバランス感覚に優れていて、すべてに厳格な長女よりも
妹たちには親しみやすく相談しやすい『中姉ちゃん(なかあんちゃん)』。
それだけに姉妹に振り回されて。それでも心配する優しい人柄が感じられましたが、
そんな幸子が、妹2人のあまりの身勝手に、もう知らないとばかりに
涙して2階に駆け上がって部屋に閉じこもる姿に、
ああこのひとも『船場のいとさん』なんだなぁと思いました。
1人の人間にもいろんな立場や心情があるこということがとてもよく伝わってきました。
とくに幸子のような立場だと、日ごろから立ち位置が移ろって大変だなぁとも。
姉であり妹であり娘であり妻であり母であり。
雪子や妙子には、彼女の立場や気持ちはわからないだろうなぁ。
雪子は、たぶん原作とはかなりちがった描かれ方をしていたように思います。
原作よりも可愛らしい雪子でした。
なにを訊かれても「ふぅん」とはっきり言わない雪子。
はっきり言わなくても周りが自分の思い通りにしてくれるものと思っている。
優柔不断で人に押し切られるかと思いきや、実は黙って自分を押し通すタイプ。
そんなところは原作どおりでしたが、「ふぅん」の言い方が愛らしくて。
家族みんなが、彼女の「ふぅん」を愛しく感じているのが舞台ならではかな。
子供時代のお手玉のエピソードが彼女らしいなと思いました。
彼女が大切にしている綺麗なお手玉を、妹の妙子がほしがるものだから
とられたくなくて蔵の奥にこっそりと隠してそのまま忘れていたエピソード。
なんでも「頂戴頂戴」と口にできる妙子と、じゃああげましょうとはならなくて
何食わぬ顔で隠してしまう雪子。2人の性格がよく表れているなぁと思いました。
この舞台を見てはじめて、私は妙子さんの気持ちに思いを馳せました。
姉たちには昔あった栄華の具体的な記憶があり、極力それを手放すまいと
もしくはせめて格式だけは気概だけはあの頃のまま失わなずに生きたいと気張ったり
もしくは心の中で懐古の旅に出ることができるけれど、
妙子にはその記憶はないんですよね。
窮屈な格式はそのままでも、それに伴っていた栄華の記憶はない。
見たことがないものは思い出しようも取り戻しようもなく、
1人“何か”を探し続けているように思いました。
幼い恋愛に突っ走ったり、舞や人形の創作に打ち込んだり、
贅沢な消費に男性を利用したかと思えば、丁稚から身を立てたカメラマンと恋に落ちたり
その人の死から世の中を学んだり。そしてバーテンダーの男性と暮らし始める。
それはもはや浮ついた暮らしではないけれど、姉たちの価値観からは大きく離れている。
雪子が幼い頃にはもう家は傾きかけていたのかもしれないけれど
幼い雪子にはあまり関係はなかったのだと思う。
相変わらず大店のごりょんさんである母の愛があり姉たちがいて乳母たち使用人に
取り巻かれて物言わずとも、周りが彼女の意のままに動いてくれていただろうから。
けれど物心つくころには母を亡くしていた妙子は、性格もあっただろうけれども
ほしいものはほしいと言わなくては手に入らなかったのかもしれない。
末の子にありがちだけれども、姉が誉められたことは、自分にもできる自分もできたと
主張しなくてはいられなかったのかもしれない。
それでもどうしても、船場の良家の人びとには雪子のほうが受けが良かったろうことは
容易に想像ができる。
だから妙子は自分だけの“何か”が自分が夢中になれる“何か”が必要だったのかも。
そんなことを思いながら見ていました。
姉妹をとりまく男性たちもまたそれぞれの立ち位置や性質が明確で面白かったです。
この舞台ではじめて鶴子にシンパシーを感じたように、
鶴子の夫である辰雄の気持ちにもこの舞台ではじめて思い至りました。
いちばん責任を背負い、苦渋の思いをしていたのでしょうね。
原作では、この旧き情緒と格式の世界にとっては敵のような人に思えましたが。
幸子の夫である貞之助はこの時代にこんなにフェミニストな男性がいるなんて
ほんとうに幸子は幸せ者だなぁと思います。
彼もまた幸子同様バランス感覚に優れた人だなぁ。
御牧さんはこんな人でしたっけ。原作読み直そう。
世間体よりも雪子本人を愛おしく思ってくれるスマートで穏やかな人に描かれてますね。
子爵様の庶子で、そのあたりも商家の蒔岡家としては申し分ない。
けっきょく「ふぅん」だけで雪子は明るい将来を掴んだってことかな。
啓坊(けいぼん)は妙子に振り回されてある意味かわいそう。
彼からしたら、きっと妙子は「痴人の愛」のナオミのように見えるのではないかなぁ。
でも自分を犠牲にして尽くすほどの覚悟はないあさはかで意気地のない人に描かれてて
それを見たら彼と一緒にならないでよかったなぁと思えますが。
板倉役の川崎麻世さんは、唯一悠河さんより背の高い男性でした。
宝塚の男役出身の女優さんにはありがたい存在ですよね(^_^;)
田舎の出で、啓坊の家の丁稚から啓坊の父に写真の勉強をさせてもらい
カメラマンになった板倉は、啓坊の家にも恩義があり、妙子とも“身分違い”。
妙子のために実家のお店の商品(貴金属)に手をつけて勘当された啓坊とともに
妙子の周辺に波乱を巻き起こす人物の1人。
妙子は彼らとの問題を経て姉たちとは違う人生を学んでいく。
姉たちが記憶している生家の盛りを知らない妙子は自分の価値観を
こうして自分で見つけていくしかないのだろうなぁと思いながら見ていました。
持っている価値観は姉たちとはちがうけれど、その気位の高さや美意識、
それらゆえに着るものへこだわりは蒔岡家の血筋だなぁと思いました。
そしてどんなにかけ離れた生活をしても、姉妹の絆で結ばれているのだなぁと。
時代は移り人が信じるものは変わっていっても春になればまた桜は咲く。
今は消え去ろうとも今を美しく。
そんな姉妹の矜持が見えた気がした満開の枝垂桜の下のラストシーンでした。
この日は終演後に高橋惠子さん、賀来千香子さん、水野真紀さん、大和悠河さんの
アフタートークがありました。
あの寡黙な雪子を演じた水野さんが語る語る(^_^;) じつは面白い方だったのですね。
悠河さんは、男役に戻らないように気をつけているという話をされていました。
お芝居中、セリフの第一音を強く発声してしまうクセが私は気になったのですが
あれもミュージカル役者さんのクセでしょうか。
それからいちいちポーズを決めてしまうところ。
長年身についたクセはなかなか抜けきらないもののようですね。
(十数年かけて身につけたものはそれ以上かけないと抜けないのかな)
でも悠河さんが出演するこんな作品をもっと見たいなぁと思うので
さらに女優さんとしてがんばっていただきたいなぁと思います。
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コメント
ご無沙汰しております


私は19日に観てきました。なかなかお会いできず残念です
悠河さんの舞台姿は久しぶりだったのですが、こういう作品に出演させて頂けるのは嬉しいなあと思って観ておりました。再演されると嬉しいのですが
投稿: e-co | 2015/04/23 14:56
◇e-coさん、
こちらこそご無沙汰しています。
なかなか観劇日が合ませんね~~
私も再演があるといいなぁと思っています。
(できたら博多座も・・・)
末っ子の役なので年齢的にリミットがあると思いますので
できるうちにぜひお願いしたいなぁなんて。
(雪子さんが若返ってしまったら、それに比例して妙子さんも・・・)
投稿: theo | 2015/04/23 22:13