売れるものなら亭主でも。
7月10日博多座にて、「売らいでか!」を見てきました。
花登筐さんの脚本はよくできているなぁと思いますが、やはり背景や価値観が古くてうーんと思うところが多々ありました。
井上順さんがチャーミングだから見ていられたけれど山内杉雄はなかなか腹立たしい男性の典型だなぁと思います。
キャストの皆さんが達者で魅力的で、セリフの掛け合いが可笑しくて引き込まれて見ましたけど。
身勝手な亭主を売って胸がすくかな?
亭主を買った名家の奥様よりも成功して、お金の無心に来られて溜飲が下がるかな?
あんな旦那さんとまたよりを戻したいかな?
私ならないなぁと思いました。
舞台は昭和31年。まだテレビも普及していない時代。
娯楽は年に1度のお祭りと、噂話。そんな町。
女は夫や夫の親にものも言えない。
弟よりも兄が優遇され、名士は名士の顔を保つことがなによりも大切。
それがあたりまえの町。
山内杉雄(井上順)は現実から逃げている無責任な男の人。
「高嶺の花」である地元の名家の奥様に憧れているのでこの町を離れたくない。
妻と娘と母親との家族4人の生活を営むには給金が少ないけれど、いまの仕事は辞めたくはない。憧れの奥様とのつながりがなくなるから。
家計が苦しくて妻が窮状を訴えると逆上して怒鳴る。
母に甘やかされ妻に甘やかされ、5歳くらいの娘にまで甘やかされている人。
いるよね、こんなふうにありとあらゆる女性から甘やかされるタイプの男性・・。
井上順さんのなんだか憎めないチャーミングさはそれを納得させるなぁと思いました。
浜木綿子さん演じる山内なつ枝は無責任な夫に泣かされ、キツイおしゅうとめさんにイビられる女の人。
結婚6年目らしい。
身寄りのない香具師の娘だとかで、夫もその母親もどこにも行くところのない女だと見下しているんだなぁと思いました。
彼女自身はここで一生懸命に生きて行こうとぐっと我慢して、何年も前の夫のやさしかった記憶を大切に夫の愛情を信じて家計の助けにと組紐の内職に精を出している健気な女性で。
なんだかなぁって。こういうの見るとイライラしちゃうよねって夫婦のありさまです。
こんな町にずっと暮らして、これから先もこれよりほかに選択肢がないと思っている町の人びと。
そんな閉鎖的な町の空気に抗い上昇志向なのが、地元の名家が営む会社の支配人の弟の弘(小野寺丈)とその恋人のきく子(大和悠河)の2人。
2人の画策によって急展開を強いられる杉雄となつ枝夫婦の物語でした。
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地元の名家の奥様、神代里子(大空真弓)の描かれ方が酷いなと思いました。
33歳で2人の夫と死別したらこんな下種な目で見られて、こんな言われ方をするんだなぁ。
欲求不満の奥様に男をあてがうみたいな言われ方。
客席にもそう認識させる空気も嫌。
誰も味方がいない孤独な女性だなぁと思いました。
自分の女房を貴方だと思って抱いていたという杉雄の告白に、自分をその人と一緒にするなと直に確かめてみなさいと言ってしまうその心はすごく傷ついているのだと思いました。
誰も彼女のほんとうの気持ちなんか考えていないし、そんな中で自分を保ち愛していくことがどれだけ大変なことだろうと思いました。
そこにまったくスポットが当たらない描かれ方が痛ましいなぁと思いました。
彼女が杉雄を気に入った理由とか、手放す時の気持ちとか、いままで不就労だった人が忍者博物館の館長として働こうと思った動機とか、そこで初めて嬉しそうに笑っている心境とかに私は興味があったのですが、スルーされていて残念でした。
杉雄の母山内ぎん役の庄司花江さんはさすがだなぁ。持っていくなぁという印象でした。
キャラクターが立ちすぎて面白くて素敵でした。次はどうなるの?どうするの?と思って見ていました。
こんなおしゅうとめさんにはとても太刀打ちできない(笑)。
けど言われっぱなしかと思いきや意外と応戦したりかわしたりしているなつ枝さんは凄い。
それができるのは浜さんだからじゃない???と思いました。
庄司さんの強烈な言葉を吐いているその心の中を考えさせられる芝居が好きでした。
ぎんはどこかで今の生活はかりそめのように感じている気がしました。
彼女にとっては、シベリアに抑留されている長男が帰ってきて、その長男に嫁をとり一緒に暮らす生活が本来あるべきもので、そうじゃない今の生活はどうしても違う、受け入れられないものなんだなと。
その気持ちがなつ枝に対する態度になって表れているのかなと。
ほんとうは嫌う理由はないけど、現実を受け入れたくないからなつ枝のすべてにケチをつけているのかな。
などなどいろいろ考えさせられる、そんな単純そうで単純ではなさそうな心模様を感じさせられる芝居が好きでした。
この舞台を見ていて私がいちばん気分が上がったのが、誰あろうぎんさんが、それまでの襤褸から打って変わって、ファーの襟巻をして髪を綺麗に上げて大奥様然と登場した時なんですよね。
口調のキツさは相変わらずだけど、憑き物が落ちたような、なにかを受け入れたような、心持が一転しているのが感じられて。
身のこなしや顔つきの変化で見事に心のうちに何かが起きたことを納得させられて、私は思わず拍手してました(笑)。
こういうあっと言わせられる見せ方をされるのが好きです。
主役夫婦に関しては、やはり前述のように私はモヤモヤを残したまま終わってしまいました。
子どものために亭主を買い戻したみたいになっちゃったけど、なつ枝さんはそれでいいのかな。
なつ枝さん自身の気持ちはどうなのかよくわかりませんでした。
50万で売ったものを50万で買い戻す。上手い筋書きだけど、起きたことはなしにはできない気がします。
杉雄さんは神代の奥様のためになつ枝さんにお金を無心に来たのでしょう。
娘のことには心を動かされたみたいだけど、なつ枝さんのことはどう思っているのかな。
覚悟を求められて、自分の着ているものを1枚ずつ売ったりしていたけどそれだけだし。
きっと本性は何も変わっていない。
そんな人だけど娘の父親として必要ということなのかな。
なんだかなつ枝さんはもう次元の違うところで女性実業家として何もかもを背負って生きて行くのかなと思いました。
杉雄さんは女の意地の張り合いで売り買いされて一見気の毒なようですが、実のところけっきょく2回とも杉雄さんの望みどおりになっているんですよね。
世の中すべてが杉雄さんに甘い!(笑)
経済力を求めるなら杉雄さんは「足りない」亭主だし、それを求められると杉雄さん自身も不機嫌になってしまうけど、気の強い女性にとってのクッションのような役割を求めると杉雄さんはすごく向いているみたいだし、それが苦ではないみたい。
適材適所でたがいにそれが生きやすければ、それでたがいに相手を尊重して見下したりしなければ、それでもいいのかなと思ってみたり。
適材適所といえば、長男ということでなんとなく支配人だった太郎(加藤茶)はその立場を退き、子どもの頃から大好きな忍者に関わる仕事をすることができるようになったし、彼が退くことで弟の弘も念願の支配人になれて、兄だから弟だからじゃなく、それぞれが自分の望む道に進めて弘さんの心に刺さっていた棘も抜けたならいいなぁと思いました。
世間体を気にしてジタバタ悪あがきをしていた校長先生(荒木将久)が若い奥さん(山田まりや)と乳飲み子と幸せに暮らす姿は、世間から期待される尊敬される名士像とは違うけれど、幸せにすべき人を幸せにしていることがなによりだなぁと思うし、そんな夫婦を受け入れている町の人たちの姿によかったなと思いました。
私は太郎さんと神代の奥様が忍者の話できゃっきゃ言ってる様子を想像するとちょっと幸せになれたりします(笑)。
思わぬ展開の末になんとなくな大団円を迎えた人びとの中で、最初から一貫して着実に自己実現を達成しているのがきく子さんだなぁと思います。
なつ枝さんが成功した商売のアイディアは彼女のものだし、なつ枝さんを引き立て補佐して成功に導いたのも彼女。
そして最後には、冒頭で語っていた上京の夢も、会社の東京進出ということで果たすことになったし。
この町に残る人びととは1人別個に活躍していきそうなきく子さんの人生も面白そうだなと思いました。
訳のない人なんていない。
それをどう見せてくれるのか。
私は何に目が行くのか。何を見たいのか。何がうれしくて何が嫌なのか。
それを知ることができた舞台だった気がします。
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