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2018/01/17

ひとりではさみしすぎる。

1月11日(木)に宝塚大劇場にて花組公演「ポーの一族」を見てきました。

シアタードラマシティで宙組公演「不滅の棘」を見た翌日でした。
同じ不老不死を描いていても置かれた立場がちがえばその意味もちがってくるのだなぁと思いました。

「不滅の棘」は一度は得たかけがえのないものを失った喪失の痛みが主人公のエロールを不信と孤独に陥らせ、癒えることのない愛の痛みが彼を苦しめていたように見えました。
この「ポーの一族」のエドガーはもう自分には手が届かなくなったものに飢えと憤りと絶望を抱いているように見えました。
肉体的に大人になって不老不死となったエロールと、永遠に未熟な少年のままでいるエドガーのちがいかなぁと思いました。

1回めは2階のセンターから見たのですが、冒頭の「ポーの一族」の大ナンバーに痺れました。
舞台の隅々にいたるまで華やかでダイナミックでこれぞ小池作品!と。
豪華な衣装を身にまとった美しい人びと。印象的なダンスのしぐさ。コーラスのフレーズ。
これから私が見ようとしているものこそまさに極上の美、永遠のいのちなのだと。
この作品を宝塚大劇場で見る意味を納得した瞬間でした。

舞台に息づく明日海りおさんのエドガー、柚香光さんのアラン、そして華優希さんのメリーベル。
ほんとうに少年少女にしか見えなくて。極上の美少年と美少女で。
手に入らないものをもとめて相手を傷つけずにいられないエドガーとアラン。
その血を流す心が見えるような苦しい2人の痛みへの共感。
そして見ているだけで幸福感に包まれるメリーベルの愛らしさと庇護の念を掻き立てられる脆弱さ。
この感じこそまさにかつて夢中になった「ポーの一族」だ・・・と思いました。

夢中になっていたのははるか昔のことで物語の細部はすっかり忘れてしまっているのに、メリーベルの「お兄ちゃま」で打ち震え、ほんとうにささいなセリフに、たとえばマーゴット(城妃美伶さん)の「やさしくしてあげてもいいわ」「かわいそうなお金持ちのみなしごになるんだもの」にあぁこれ、と思ったり。(覚えているものですねぇ)
クリフォード(鳳月杏さん)の言動に、そうそうこの人はこんな男だった!と思ったり。
エドガーが男爵(瀬戸かずやさん)に呼びかける「とうさま」に70年代の夢想家たちの自意識を思い出したり・・・。
彼らが生きて動いて言葉を話すことに感動し、かつてのあの時代の片鱗に触れ追憶し感慨無量でした。
こういう原作と宝塚歌劇のMixはいいものだとしみじみ思いました。

原作の記憶を呼び起こしてくれる役たちのなかでも、ことに仙名彩世さんのシーラが私はお気に入りとなりました。
「仮面のロマネスク」で彼女を見た時、なぜだかわからないけど花郁悠紀子さんの描く女性っぽいなぁと思ったのですが、その雰囲気が今回とてもシーラに合っている気がします。
そのもの腰や口調で大人の女性のやさしさや色香やにわかに醸す禍々しさを表現していて惚れました。
彼女がこの宝塚歌劇版「ポーの一族」に原作がもつ雰囲気―― 70年代の自意識に近づけてくれている気がしました。

1つだけ舞台を見ていてどうしても解せなかったのが、幼いエドガーと赤ん坊のメリーベルが老ハンナに拾われてから次に成長して登場する時、幕に「13年後」と投影されていたことでした。
エドガーは4歳で老ハンナに拾われ永遠の14歳で成長を止めるはずなのに13年後とはどういうこと???
それに13年経ったにしてはあまりにも言動が幼すぎて・・・どう考えても13年後は間違いとしか思えないと。
聞くところによると翌12日にはなくなっていたそうなのでああよかったと思いました。

一説には原作よりもエドガーの年齢設定を上げているとも聞きましたが、それでは永遠に14歳の姿から成長しないために一所に長くいられないという物語の大前提が崩れてしまいます。
エドガーは永遠に14歳でなくては。
なにより明日海りおさんのエドガーが永遠の14歳に見えるのだから、年齢設定を上げる必要がどこにもない気がします。(周りの同級生の言動の幼さからしても14歳でギリギリなのではないでしょうか)

ほんとうに、明日海りおさんがいまこの時に宝塚に存在するからこそ上演できた作品だと、この奇跡の貴さに感動を覚えました。
フランス窓が開き、追い詰められたアランの前にエドガーが現れる瞬間の「動く絵」の美しさに震えました。
原作と小池修一郎と明日海りお率いる現花組との奇跡の邂逅。
すべてが揃ったからこその作品だなぁとしみじみと思います。

ラストのギムナジウム。
―― 「まさかね」。と。時を超え断片的に残された符号の一致に不穏な気持ちを掻き立てられた登場人物にシンパシーを覚えたんだよなぁ。
彼らはどこへ行くのだろう。また誰かに逢って、別れて、永遠を生きるのかとせつなく思ったあの頃とおなじ思いに浸りました。

(余談ですがTheoと書いてテオと読むのもここのブログ名も「小鳥の巣」の影響なんですよね)
(ぼーっとしていて気づかなかったけどあとでプログラムで確認したら学生の中にキリアンもテオもいたのですね)

少女漫画=少女たちに向けて描かれるものだけれども、大人の真実をさりげなく描いている原作が好きでした。その少年の目線だからこそ見える世界の真実を明日海エドガーを通してふたたび見ることができたことに満足でした。
そしてまた、かつて原作世界に耽溺する日々を送っていた頃の自分がこの作品を見たらどう思うのだろうと思いました。あまりに原作に思い入れ過ぎていたので拒絶した可能性もあるなぁと思います。大人になった今だからこそ見たいと思えるし感動できたのかもしれないと思います。
いまこの時の出会いに感謝です。
(宝塚ファンだったからこそ手に入ったチケットですよね)

しかしそれほど満足したのに、フィナーレを見たあとはその華やかさ眩さに恍惚となり細部の記憶がなくなっていてまともに感想が書けないでいます。
そんな自分に、やはり私は宝塚ファンなのだなと思うのでした(笑)。

大階段に立つ明日海さんの美しさ。なにあの髪型ってばギルティ。
いつの間にやらこんなにキザる人になっちゃって(笑)
さいきんの明日海さんはイキイキととっても楽しそうに踊るなぁ。

明日海さんを囲む花組娘役たち。見ているだけで幸せになる何かが出ます。
群舞の流線的な美しさとか。揃った横顔の向きとか。
劇中になんどか出てきたバラの巫女たちのダンスも花組らしい居方だなぁと思いました。

そして花組男役の群舞!もうキャーしかありませんでした。
センターでキザる柚香さん。やっぱり生え抜きの花男だなぁ。クールなウィンクにきゃ♡でした。
どの男役さんも一本もののお芝居で抑えていたパッションを大爆発させてとにかくカッコよくて。
下級生でも元気なだけじゃないところが花男だなぁと思いました。

そして明日海さんと仙名さんのデュエットダンスの素晴らしさ。
ちょっと役を引き摺っている風で、仙名さんの引きが強いのが素敵でした。
仙名さんは見た目の雰囲気よりパワフルに踊れる人なんだなぁ。
庇護欲をそそるような独特の魅力の明日海さんとの駆け引きのようなデュエットダンスにドキドキしました。
明日海さんと仙名さん、そして柚香さんとの3人のバランスがこんなに良いとは驚きでした。

さいきんの花組は前にも増して活気が漲っているなぁと思います。
新年早々客席で私もエナジーを充填していただきました(笑)。

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