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2018/08/28

いんへるの。

7月31日、宝塚大劇場にて花組公演「MESSIAH -異聞・天草四郎-」と「BEAUTIFUL GARDEN -百花繚乱-」を見ました。
同日の新人公演も見ることができました。

博多座の「あかねさす紫の花」であれほど夢中になった明日海りおさん主演のお芝居を楽しみに遠征したのですが。

「MESSIAH」は脚本がどうにもこうにもというかんじ。
3万7千もの人びとがなにゆえ死んでいったのか。
そこはすっとばして、ただ主人公を英雄にしたお話でした。
四郎に信仰がないことが全てを歪ませていると思いましたし、主人公が天草四郎である意味もキリシタンたちの物語である意味もなかったなと思いました。

見ていてなんども「それはないだろう」と思いましたが、とりわけありえないと思ったのは、藩の圧政に苦しむ天草のキリシタンに対して、彼らの信仰を全否定して四郎が蜂起を扇動したこと。
その四郎の言説に、キリシタンたちがたやすく感銘をうけて「メサイア!」と讃えだすところです。

地獄に堕ちることを恐れてなんになるのか。生きている人間さえ救えない神があなたがたを天国に導けるはずはない――― 四郎はそう言い切っていました。
死んだ後にはらいそに行ってなんになる。生きてこそではないかと。
四郎の言葉はまさしく悪魔の言葉です。

彼らの信仰をこてんぱんに貶しておいて、「神はいないのか?」と迷える彼らに、こんどはいきなり「神はいる!」と言い出す四郎。
あなたがたは漂着者である自分を救ってくれた。神にもできないことをしてくれたあながたの中にこそ神は宿っている――― と。
だから俺たちははらいそを築けるはずだ。皆が幸せになれる地を築こう。天草だけじゃなく島原の民にも呼び掛けて立ち上がろう!―――と。

凄い論法。凄いアジテーション。
これをあっさり受け入れ、「メサイア!」と讃えるキリシタンたち。――― これはどういう茶番かと思いました。

いったん相手の価値観をぶっ潰して、新たに途方もない考え方で上書きする。
それこそカルトのやり口。独裁者の手口ではないか。

扇動する四郎と、それを「メサイア」と讃える天草の民。
私にはとても気味の悪いものに映りました。

彼らがキリシタンだから、天草の民だから、そんな蒙昧な彼らを、海の向こうから漂着した四郎が啓蒙してやったということ?
その四郎の思いつきで3万7千もの領民が皆殺しになったことになるんですけど。

(それに地獄を「いんへるの」、天国を「はらいそ」と言っている人たちがなぜ救世主だけは英語読みの「メサイア」なんだろう)

誰かが四郎をメサイアにするために仕組んだという設定でも、いつかこの地に救い主が出現するという伝説が信じられていたという前提でもなく、信仰深いキリシタンとして描かれていた人々が、四郎のたったあれだけの言説で彼をメサイアと思いこむなんて、どれだけイノセントなの???

史実では籠城したものたちすべてがキリシタンであったわけではなく、またキリシタンの中にも棄教して投降した者もいたらしいのですが、この作品では全員がキリシタンで、全員が四郎とともに死んでいったことになっているようです。
それはそういう設定なのだとして――― 

皆殺しになってしまう経緯がまた耳を目を疑いました。

四郎は天草の人びとにもともとの彼らの信仰を捨てさせています。
「死が終わりではない」という教えを真っ向から否定して、自分の解釈を信じ込ませました。
棄教にもひとしい、改宗にもひとしいと私は思います。

四郎は生きてこの世にはらいそを築こうと皆を扇動しました。
そのために蜂起し、一揆をおこしました。
けれども、どう戦ってどう勝利して、どのようにはらいそを築こうとしているのかのビジョンがまるで見えませんでした。
まるで戦うことが目的であるかのようでした。

そして幼いこどもたちも一緒に原城に籠城。幕府軍に包囲される。
いやそうなるでしょう。ちょっと考える頭があれば。

敵陣へ出向いた山田右衛門作が必死に「生きるため」に、女こどもまでも殺されてしまうことがないようにと、幕府方の総大将松平信綱に慈悲を乞うて、智恵伊豆(松平信綱)から出された講和の条件が、四郎の首とキリシタンの改宗。
けれどその条件を知った四郎は、皆が改宗に応じるわけがないと言うのです。
誰とも相談せずに、最後まで戦うことを独断で決めてしまうのです。

ちょっと待った。
「生きてこそ」「死んでなんになる」と言って彼らを焚きつけたのはあなたですけど・・・。
そのために彼らは12万もの幕府軍を敵に回してしまったんですけど。
生きて、この世に「はらいそ」を築くために。

「神は“ここ”にいる」―― 1人ひとりの中にいると言った四郎の言葉を信じて彼らは四郎に従い蜂起した。
いまもまた、四郎が彼らが生きることを願って心を尽くして話せば、投降することに肯く人もいるのではないの?
表向きは改宗しても「神は“ここ”にいる」。だから生きろともう一度彼らに説くこともできるのではないの?
イノセントな彼らは従うでしょう。
蜂起する時はあんなに力強く扇動したのに、彼らを生かすために力を尽くすことはしないんだ。

そして右衛門作に「後世に俺たちのことを伝えてほしい、この世にはらいそを築こうとした誇り高き者たちのことを」と告げ、彼1人だけを原城から逃がす―― 
盛大に矛盾してやしませんか???

そりゃあ、やりきったあなたは満足でしょうて。
でもせめて幼い子どもたち(自分がお世話になった家のきょうだいたち)をどうにか救ってやりたいとかいう葛藤はないの?

けっきょく、四郎はなんのために天草島原の民を率いて戦ったのだろうと。
信仰を守って殉教すればはらいそに行けるという考え方を、蜂起の段階で否定しちゃってるから、彼らが死ぬ理由はなくなっているし。

生きる為に戦おうと言ったのに、生きるための手段を何も考えず、皆に意思も問わず、生き残るチャンスも独断で潰し、幼い子ども共々戦いで皆殺しにされる道を選んで。
それなのに、さいごはキリシタンでもない四郎が死際に「はらいそ」が見えたなんて矛盾も甚だしいと思います。
あれでは皆殺しされるために蜂起したみたいだと思いました。
誰一人救ってはいない。
天草四郎とはなんぞ?
けっきょく大階段で骸を十字架にして見せたいだけじゃん。と思いました。


そもそもが天草四郎を倭寇と設定した意味もわからないし、漂着した夜叉王丸(四郎)が名前を聞かれて黙っていたら、益田甚兵衛が勝手に「今日から私の四人目の子、天草四郎時貞だ」とか言い出したのもびっくり仰天でした。
(え?いまのいまでどこから四郎時貞とか出てきたん???)

島原藩の手のものに追われて名乗らなくてもいいのに「天草の四郎だ!」と名乗ったために恩ある天草の人を窮地に落としてしまうし。
島原藩主松倉勝家に追われている流雨を天草に連れてきたのも四郎だし。(それで村人がキリシタンであることを疑われてしまう)
納得できかねる展開だらけ。
倭寇から四郎になる時にも、流雨への思いにも、信仰にも葛藤がないまま、ずっとよそ者のまま、天草の人びとを上から目線で翻弄しているように感じました。
独善的な行動で最初から最後まで天草に禍しかもたらしていない四郎がまるで「悪魔の子」に思えました。

登場人物の1人ひとりがどういう立場でものを言っているのか視点もブレまくり。
徳川家綱と山田右衛門作のあれはなんなの???

プランのとおりに人物の心を無視して書き進めたらこうなりましたってことなのか。
人物や宗教や思想にリスペクトとかなくて、ただやりたい「イメージ」があるだけですよね。
それがあの大階段かいな。
そのためにまた血の通わない脚本を、演者が命を削って見せられるものにしていかなくてはならないのかと。
そのことが私にはいちばんうんざりでした。

そのために人々が大切にしている信仰の名を利用するな。天草四郎を利用するなと思いますし、この作品が明日海さんの退団公演じゃなくて良かったとしみじみと思います。

言葉はきついですが、こんなだから海外ミュージカルばかりやらなくちゃいけなくなるんじゃないかな。
もっとクオリティの高いオリジナル作品を作る環境と余裕がないと宝塚も終わっちゃうんじゃないのかな。
宝塚は宗教とか人びとが大切にしていること、デリケートなことを軽々しく扱いすぎです。
これで海外から人を呼ぼうとか恐ろしすぎます。


花組の皆さんは美しかったです。
とくに幕府方の皆さんの美しさに惹かれました。
お芝居も熱演だし、コーラスもよかったです。
舞台美術もとっっても美しかったです。
でも正直それを堪能することができずに終わってしまいました。
堪能したかった。そのために心躍らせて遠征したのだから。


ショー「BEAUTIFUL GARDEN」はとってもビューティフルでアナスイなショーでした。
本当に花組は綺麗な人が多いなぁと。
リオ様的にはオールオッケーなところも楽しかったです。
でもお芝居を引き摺っちゃってて、あまり記憶がさだかではない・・・残念なことに。
(いつぞやの「炎にくちづけを」の時もそうだったなぁ・・・)

アイドル的なシーンの映像がいらないなぁと思いました。
見るつもりはないのについ映像に目が行ってしまって生の生徒さんを見逃してしまって残念でした。
舞台は生のパフォーマンスを見るためのもので、ああいうのはCS番組だけにしてほしいなと思います。


ショー、それから新人公演での舞空瞳さんが記憶に残っています。
歌、芝居、そしてヒロインらしい可憐さも。スタイルがよいのもびっくりでした。お顏ちっさ・・・とおもいました。
新公といえど皆さんお上手でそれもびっくりでした。

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