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2018/09/13

御意に。

「1789 -バスティーユの恋人たち- 」博多座公演の書きかけの感想をようやくアップです。

2人の【マリー】と2人の【オランプ】について。


凰稀かなめさんは、彼女の持ち味とは真逆の陽気で無邪気なマリーを緻密な芝居で表現していました。
ちょっとした間の取り方、視線や体の向きなど、凰稀さんならではの黄金ポイントを押さえていくのが私には心地がよくて、やはり私は凰稀さんのお芝居が好きなんだなぁと思いました。

仮面舞踏会でネッケル(磯部勉さん)の登場を国王陛下に知らせる『ネッケルが』が好きでした。
たった一言ですが、その一言から感じ取ることができる凰稀マリーの人柄が面白くて毎回楽しみでした。

ほかの人たちとはちがって自分におべっかを使わず小言(正論)を申し述べてくるこのスイス人の実業家出身の大臣を、マリーはいかに忌々しく思っているか。そんなネッケルを重用する国王ルイ16世陛下(増澤ノゾムさん)に対する不満が、その一言にじつに籠っている『ネッケルが』でした(笑)。

彼の話なんて聞きたくないとばかりに、さっさと彼に背を向けて蝶々の指輪を弄ってみたりあくびをしたり。不真面目で自分に正直なマリーが面白かったです。
そして彼女の国家予算並みの浪費額について咎め立てしてくるネッケル対して不貞腐れた気持ちが表情に現れる(笑)。
優雅な王妃様なのであからさまに品のない表情をするわけではないのだけど、これ、ぜったい不貞腐れてるとわかる彼女ならではの膨れ面。
それに気づいてしまうと見ていて楽しくてしょうがありませんでした。すましているようでじつは表情豊かなところが大好きでした。

(ラインハルトでもバトラーでもオスカルでも、人から非難されるときに浮かべる凰稀さんの表情が、私は大好物なのだなと思います。反論できずにいるけれども表情が内面を語っているかんじが。自尊心高めな人が無防備に傷ついている表情が)

そんな恵まれた人らしいこどもっぽさを持つ彼女が、我が子を亡くし、さらには信じていた人たちが自分から去って行き、当たり前にあると思っていたもの、持っていて当然だと信じて疑ったことのないものが、本当はそうではないと気づいてからの本来の賢明さが表出したあたりの凰稀さんのマリー像がとても魅力的でした。

なにもか失ってから彼女が気づいたものの中で、凰稀マリーにとって比重が大きいのが、国王ルイ16世の人柄の魅力、そして彼への静かで穏やかな愛情なのではないかなと思いました。
凰稀マリーの特徴として、オランプへの『本当に自分が愛するべき相手を見極めることが一番大切なのよ』という言葉に実感がこもっているように感じられたのは、彼女がけして理性だけでルイを選んだわけではなく、ルイに愛情を感じている自分のたしかな気持ちから来ていると思いました。
愛をもってさいごまで彼についていこうと決意していることが全身から伝わってくるようで、マリーとルイのやりとりと交わす視線に、マリーの母性とルイのまるでドギマギする初恋の少年のようなためらいが胸に沁みて何回見ても涙してしまいました。

龍真咲さんのマリーは、明るく無邪気で軽やかな雰囲気のマリーでした。
1幕の「全てを掛けて」がノリノリで最高でした。
きっと、このマリーは真面目な話の最中でも、ノリのよい音楽が流れてきたらステップを踏んで踊り出しそうだなと思いました。(カーテンコールもノリノリだった。。笑)

2人のマリーのちがいが面白いなぁと思ったのは、フェルゼン伯爵(広瀬友祐さん)とのラブシーンです。
フェルゼン役の広瀬さんはどちらかというと、凰稀さんに近い重めな芝居をする方なので(今回はとくに役的にも重い愛を抱いているかんじで)、凰稀マリーとは波長が合っていて、2人がラブシーンを演じると半端なく重くなっていき、まさに2人の世界になっていました。

それを見慣れた目で龍マリーとフェルゼンを見ると、龍マリーはフェルゼンを通して『恋』に恋をしている少女のようで、フェルゼンもこの純粋な女性を守るという意識が強い感じでした。まるで壊れ物のように大切にしている感じがしました。
こんなにちがう印象になるんだなぁと。

鏡の間でオランプに「選ばなくてはいけないわ」と告げるシーンも、凰稀マリーはもうなにもかも悟ってオランプにも諭すように告げるのに対して、龍マリーの場合はオランプに言いながら自分自身にも告げているように感じられました。
あの、1幕の楽しいうれしい、退屈な話はだいきらい!を全身で表現していたマリーちゃんが、「いま目覚めた」のだなぁと、その落差、それを見ているだけでなんだか胸が熱くなって涙が溢れてしまいました。

その後のルイ16世とのやりとりでは、ルイのほうがこの龍マリーを包み込む感じを強く受けました。
この目覚めたばかりのひよっこの王妃を慈愛に満ちたまなざしで見つめる王様のやさしさがじわりと心に沁みました。

凰稀さんがフランス王妃として目覚めたのちの覚悟をきめた居住まいに焦点を当てて、そこに感動ポイントをもってきていたのに対して、龍マリーは「いま目覚めた」という瞬間をクライマックスにしている役づくりだったと思います。
それぞれの持ち味が活かされていて、さすがお2人ともご自分をわかった上での演技プランをもっていらっしゃるなぁと思いました。

それから2階から見た時に、国王陛下に跪いた龍マリーのドレスがとっても綺麗に広がっていて、わぁ素敵~と思いました。
たぶん記憶をたどっても凰稀マリーにはそのシーンはなかったと思います。(凰稀マリーを2階から見る機会はなかったのですが)
1つ1つの場面のしぐさ、演技がそれぞれちがう役替わりがとても面白かったです。

本当は人見知りで気心知れた取り巻きたちに利用され無茶な宮廷生活を送っていた人が静かな愛に落ちつく凰稀マリー。
明るく陽気で華やかな人が夢から目覚めてたったいまからこの現実を受け入れようと決意する龍マリー。
というかんじだったように思います。


2人のオランプちゃんもまったく違った個性で面白かったです。

夢咲ねねちゃんのオランプは、華やかで勇敢で職務に一途な女性でした。当時としては「新しい女性」だなぁと。そして一途すぎてどこか危なっかしい。
人間の怖さがいまいちよくわかっていない育ちの良さを感じました。
アルトワ伯に媚薬を嗅がされ朦朧となってトゥルヌマンorロワゼルにリフトされる場面で、いつも元気にラマールさんを蹴とばすのが見ていて面白かったです。

凰稀マリーが初日からしばらくは、夢咲オランプを相手にすると男前になっていて、あらあら・・(^^;でした。
オランプが勇ましいから、彼女より高位で居ようとするとそっち方向になっちゃうのかな?と。
1週間後に見るとなくなっていましたけども。ちょっと面白かったです。


神田沙也加ちゃんのオランプは、可愛らしくて王妃様をとてもお慕いしていていつも王太子を気にかけていて、誰かの役に立ちたいという気持ちが強い女性だなぁと思いました。
ソレーヌたちともすぐに打ち解けられそうだなと。
ラマールさんに拳銃を突きつけての「記念にもらっていくわ」が可愛くて可笑しくて大好きでした。

ロナンとの雰囲気も、沙也加オランプはかいがいしく補助的な役割をこなしている感じで、夢咲オランプは対等に見えました。
もしロナンとのその後があったとしたら、夢咲オランプはその都度その都度、いろんな軋轢と戦っていくのだろうなと思います。
勇敢に不器用に誠実に。
沙也加オランプはそういう軋轢は回避していくのだろうなと思いました。
なにより女性コミュニティの中で可愛がられて生きていきそう(笑)。

夢咲オランプはロナンの理想を胸に女性活動家として勇ましく生きて行きそうだし、沙也加オランプは慈善活動に身を挺していそうだなぁと思いました。

どっちのオランプもあったからこそ、この「1789」という作品をいろんな面から深く楽しむことができたと思います。
Wキャストの面白さを存分に味わえた作品。
だからこそ飽きることなく楽しめたのだと思います。
(というかまだまだ見ていたかったです)
(さらなる再演を期待しています)

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