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2019/11/02

アイスティルラヴユー。

10月31日に北九州芸術劇場大ホールにてNODA・MAPのお芝居「Q -A Night At The Kabuki-」を見てきました。

「贋作 桜の森の満開の下」 に比べると、目線がオトナだなぁというのが見終わった率直な感想でした。
歌舞伎で見たことのある場面、シェイクスピアの台詞、そしてクイーンの「A Night At The Opera」がタピオカで、NODA・MAPがミルクティーという印象でした。
ストレートプレイでQueenの楽曲をどう使うのかなと思っていたら、そうかこう使うのか。それも「オペラ座の夜(A Night At The Opera)」からだけなんだと。
「デス・オン・トゥー・レッグス」とか「シーサイド・ランデヴー」とか「アイム・イン・ラヴ・ウィズ・マイ・カー」とか「預言者の唄」とか「グッド・カンパニー」とか・・・何十年ぶりに聴くだろうと思いました。ベストアルバムにもライブビデオにも入っていなかった曲だから。ちょっと儲けもん。
ミュージカルや音楽劇に慣れている者としては物足りない気は正直しましたけど生じゃないのはしょうがないですね。

1幕は対立する両家、平家と源家のローミオとジュリエ(漢字だと瑯壬生と愁里愛)の悲劇の物語をなぞりながら、それをどうにかして阻止しようと未来のローミオとジュリエが奮闘するストーリーとでもいうのかな。
そうなった冒頭の場面がなぞでもあって。でもそれを考えるよりも目の前の展開が忙しくて。
若い2人(広瀬すずさんと志尊淳さん)の初々しい美しさ、それからの2人(松たか子さんと上川隆也さん)の吸引力。2人を取り巻く役者陣の達者さで、頭の中にハテナがいっぱいになりながらも、集中して見てしまいました。

2幕は2人が引き裂かれたあとの物語り。きっと見る人によって見えるものがちがうのだろうなと思うなぞめいたストーリー。
私には、かつての冷戦の世界観が見えました。平氏は拝金主義のアメリカ、源氏は人間を無名におとしめ抑圧するソヴィエト。
だからシベリア送り、強制終了所、極寒・飢餓・強制労働なのか。人間の尊厳はどこへ? そして飽食を貪る源氏の当主。
ラストシーンを見終わってそういうことだったのかと。
だとしたら、悲劇を阻止しようとしていたローミオとは何だったのだろう。
ジュリエは何を見ていたのだろう。
ローミオが手紙を託してから30年。手紙を託された者がパーティ三昧で渡しそびれた30年。
30年目に届いた手紙から何を読み取るのか、それを問いかけられたような気がしました。
それにしてもなぜ30年なのだろう。
「オペラ座の夜(A Night At The Opera)」のリリースが1975年。その30年前というと終戦の年。そこになにかを見出すのもありかもしれない。

物語りに登場する人びとは、立場や物語上の役割はあっても性格付けはとくにはない感じでした。役者さんの個性と技量と熱量で突拍子もない展開に必然性をあたえている。
この世界観にいてもあんな扮装でもなんの違和感もなかった羽野晶紀さんと橋本さとしさん。橋本さんのよく通る声、言いにくそうな台詞も明瞭に聞こえてさすがだなぁと。羽野さんの独特な声も良く通って、あの役たちにもリアルな気持ちが通っていることを納得させる力量すごいなぁ。
竹中直人さんは両極端な役の演じ分けがすごいなぁと思いました。どこに気持ちがある人なのだろうと思って見ていました。

松たか子さんは空気の読み方がすごいなぁと。ただそこにいるのが難しい役なのに。上川隆也さんの後半の熱演に目が離せませんでした。本領発揮だなぁと思いました。
広瀬すずさんのきっぱりと溌剌とした美しさは恋に命を懸けるジュリエットそのもの。そして彼女を真っ直ぐに見つめる志尊淳さんのローミオ。本当にロミオとジュリエットを見ているような気持ちになりました。2人とも身体能力もすごくてびっくり。若さっていいなぁ。
素晴らしい役者さんに囲まれて若い2人が思いっきり力を発揮している。
ストレートプレイに慣れない私が3時間という長い上演時間でも飽きずに見入ることができたのは役者さんの力量のおかげだと思います。(早口台詞でも明瞭な滑舌とか!)

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