ローマです。
2021年の初観劇は1月9日、博多座で上演のミュージカル「ローマの休日」でした。
ほんとうは前日1月8日のマチネを見るはずだったのですが、積雪によるバスの運休により地下鉄の駅に辿りつけず、またタクシーも出払っていてつかまえられず、雪道を徒歩で4km歩くことはできずに観劇できませんでした。
風雪の増す中小一時間雪だるまになりかけながらバスを待っていたのに、バス停を1つ1つまわられていたバス会社の方に運休を告げられ呆然・・。
数日前から大雪の予報が出ており、一緒に観劇する友人が山越えしてくるためずっと心配していたのですが、まさか私の方が身動きできなくなるとは・・・なにがおきるかわかりませんです。
(あとで考えたら、こんなときこそ配車アプリを使えばよかったのでした・・!)
なんとか帰宅して気を取り直し、博多座に電話をすると別日に振替えてくださるということで、翌日1月9日ソワレの観劇となりました。
楽しみにしていた「ローマの休日」は期待の大きさに対して、あれ?となったのは正直否めませんでした。
それほど映画を繰り返し見た人間ではないのですが、見せ方や見せるところがちがうんじゃないかと思いました。
アンとジョーの心が近づき変化していく過程、投げやりで口から出まかせだけで生きていたジョーの葛藤と変化していくさま、アーヴィングとの友情、王女をとりまく人びとの思い、そして自分がすべきことを自覚し覚悟を決めたアンの威厳とせつなさ・・それらをもっと感じたかったなぁと思ってしまいました。思っていたよりもあっさりしている印象でした。
見たいところはここからなのに・・の前でシーンが終わってしまって。演出と私の感覚が合わないといいますか。
全体的に熱量も伝わってこないなぁとも思いました。コロナ禍というのも関係があったのかもしれません。客席のリアクションも薄いなぁと感じましたし。笑いどころはたくさんあったにも関わらず・・笑い声も控えてしまうのはしょうがないのかな。(昨年の「ダンス・オブ・ヴァンパイア」や「シスター・アクト」みたいに客席参加型のフィナーレがついた作品のようにはいかないですよね。お祭り好きの博多座だけにリアクションを控えめにすると極端になってしまうのかな)
イタリア人の誇張の仕方も好い感じがしないなぁと思いました。
映画には製作当時のアメリカとイタリアの格差(戦勝国のアメリカに対し敗戦国であるイタリアは社会情勢も不安定)やアメリカ人に向けたローマの名所などが描かれていますが、いまこの時代に日本人がその当時のアメリカ人視点の誇張した“イタリア人”を演じるのは面白いと思えませんでした。イタリア人役の人びとがイタリア語らしきものを話す演出も、片言を話すのも、この作品のテーマを損なっていると思います。
主人公たちがローマの異邦人であることを表現するとしてももっとほかにやり方があるだろうにと思いました。
もっとロマンチックに、もっとエモーショナルに描けたはずだよなぁと思えてなりません。
アーヴィングの出し方も・・・。傍観者でいてほしいところで出張ったり、(内面的に)寄り添ってほしいところであっさりしていたり。
これはもう私とは感覚が合わないとしか。
朝夏まなとさんのアン王女は、コミカルな間がいいなと思いました。客席を向いてニカッと笑うところが私のツボでした。
ジョーのパジャマやガウンを着る場面は、映画だと袖や丈が長いのが萌えだったはずなんですが、朝夏さんはふつうに着てる(笑)。なんならガウンなんてカッコイイくらい。これはこれでこのアン王女もありかな。
大使館に戻って決意を述べる場面は、顔をあげ凛とした立ち姿に決意が見えて王位継承権第一位の王女様なんだろうなと思える気概が感じられて感動的でした。
加藤和樹さんのジョー・ブラッドレーは、思い通りにいかない人生を背負った男性像がリアルだなぁと思いました。なんでも適当で口から出まかせばかりで誠意の欠片もないような彼が、アーニャのために一獲千金のチャンスを手放す決意を大騒ぎする訳でもなく淡々とするところもリアルで好きでした。ほかの誰に気づかれなくともアン王女だけに向けられた友情に変えた恋心と誠意がつたわりました。
良い作品なんですよね。名作の名に恥じない。
だからこそ私の感覚と合わないのが残念でした。
あとやっぱり生オケは良いなと思いました。
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