もうどこへも行くな。
10月26日と11月3日に博多座にて、宝塚歌劇月組公演「川霧の橋」「Dream Chaser -新たな夢へ-」を見てきました。
11月3日は千秋楽でした。
「川霧の橋」は23日に見た時よりもさらに深まっている印象をうけました。
月組の皆さん本当にお芝居が上手い!
舞台の上の1人ひとりがさまざまなキャラクターたちを魅力的に演じ、それぞれの場面で自分の役目をきっちり熟しつつ自らも光っていて、人の愛おしさに胸をふるわせながら見ていました。
そんな人々について思いつくままに書き残しておきたいと思います。
芸妓の小りん姐さん(晴音アキさん)は女性1人で芸で身を立てて生きているような小粋な姐さん。杉田屋の幸次郎(月城かなとさん)に想いを寄せながら傍観者でいる道を貫いている健気なところもあり。いまでいうところの「押し活」に近い想いなのかもしれないな。「押し」が幸せに笑っていてくれたら自分も幸せというような。
作中では状況説明も担っている役を、晴音さんはとても巧い塩梅で演じてらっしゃいました。お光(海乃美月さん)が若夫婦となった幸次郎とおよしに出会う場面では「とてもここには居られない」に毎回笑わせてもらいました。
杉田屋の杉太郎(蓮つかささん)は口跡もよくて気持ちよい人。朗らかで気遣いもできてコミュ力あり。大工としての腕は半次や清吉に劣るのかもしれないけど、コーディネーター、渉外担当として良い仕事をしてそう。じつはいないと困る人だと思うので、幸さんもっと大事にしてやってと思いました笑。
「杉太郎です」「千代松です」の場面は面白かったなぁ。
あの場面は一緒にいる千代松(柊木絢斗さん)も口跡よく芝居の間も良いので毎回笑いました。
鳶の小頭辰吉(英かおとさん)は着流しがすらりと似合ういい男でした。恋女房が自分を心配して迎えに来たのが男同士の手前決まりが悪くて叱りつけたりしながらも、寄り添いながら帰っていく姿は微笑ましかったです。
火消しとして纏を担って駆け抜ける姿もいい男でした。
杉田屋の女将お蝶さん(夏月都さん)は祭りのご接待をテキパキと采配する有能な女性。ほかの人より先に発言する人だし、言いたいことはすべて逃さずに言うタイプ。
うん、この人なら悪気なく人を傷つけて気づかないでいそうだなぁって女性を、夏月さんが説得力のある芝居で見せていました。
杉田屋の棟梁巳之吉さん(夢奈瑠音さん)は腕と人柄を見込まれて入り婿になったんじゃないかな。お蝶さんが惚れたのかもね。と思いました。
怒鳴りつけるような人柄ではなさそうなのにまちがいなく徒弟たちに尊敬されていることがよくわかる人物。次期棟梁の選び方をとっても皆を納得させてまとめるタイプなのでしょうね。彼が言葉を発すると場が締まります。
飛脚の権二郎(春海ゆうさん)は、はじめはふつうに酒好きのご近所さんなんだなぁと思っていましたが、じつは大事なところを担っている役でした。
源六(光月るうさん)が幸次郎を遠ざける時に近所の目があることを理由にしていたけれど、酔っぱらった権二郎の「妾宅からのお帰りですか」という軽口で、まんざらそれが口実ではないのだとわかりました。
酔っぱらいの戯言が、それを聴いた人から人への伝聞で、いつの間にかそれらしい醜聞になっていくことは人の世にはありがちすぎて。
そんなつまらないことに左右されてしまうのも人生だなぁとほろ苦く思いました。
そして、そんな酒に人生を売っ払って生きているような彼の職業が飛脚だからこそ、江戸から遠い大坂で清吉(暁千星さん)とばったり会い、後半の話へと展開するのだなと。
冒頭の祭りのシーンからすでに質の悪い飲み方をしていて、お酒のためなら恥も体裁もほっぽってしまう性格を春海さんはうまく演じられているなぁと思いました。
お甲(麗泉里さん)は、最初の登場では芸妓姿で「お金よりココ(気持ち)が大事」ときっぱり啖呵を切る気風の良い女性。
大火の後では河原で春を売る夜鷹姿となって「金が命の世の中さ」と世を嗤う。女性が生きて行くには信念などは後回しにしなければやっていけない無念さが滲んでいるよう。
それでもやっぱり心根は気持ちの良い姉御肌の女性のようで、芸妓の頃から妹分のように一緒だったお銀(花時舞香さん)たちを従えている。きっとなにかと目を懸けてあげているんだろうな。
なにより半次にお組の行方についての情報を教えてもお金は受け取らない。その情報はお酒一杯の値というのが彼女にとっての理、それを違えないのが矜持なのだろうなと。たとえ100%理想の生き方は無理でも通すところは通して生きようと抗っている。かっこいいぞお甲姐さん。
・
およし(結愛かれんさん)は冒頭のお祭りの時からなんとなく控えめにほほ笑んでいる人だなと思っていたら体が弱い娘だったのだなぁ。
あの場面の娘たちは皆長唄のお師匠さん(京三紗さん)のお弟子さんたちで裕福な家の娘なんだろうな。お光の家は習い事をさせる余裕はないから1人だけ着物が違うのだろうなと思うとちょっとせつない。
お蝶さんにしたらそういうところも自分の養女にしたらって思うのかもしれないなぁ。でもそれはお光の肉親を傷つける要らぬ情けなのだろうなぁ。なんて思ったり。
当人たちはなんの屈託もなく仲良くしていて、杉田屋の御新造さんとなったおよしはお光の身の上を聞いて泣いたという気の優しさを見せているし、お光もおよしの体を心配しているし。およしが「舟宿の娘なのにおかしいでしょう」というのは、お光に心配をかけまいと笑い事にしたい気遣いなのだろうなぁ。
そんな2人の幸次郎を挟んだ境遇のちがいに、見ていて遣る瀬無い気持ちになりました。
お組(天紫珠李さん)の大店の箱入り娘からの転落が胸に痛かったです。
「お嬢さん水溜りがあります」とお迎えの小僧さんに言われる場面は身震いするくらい好きでした。
水溜りで足を濡らすことがないようにと気遣われるほどに両親に愛情を注がれ大事に大事に育てられた、小りん姐さんも言っていたようなおんば日傘で沁み一つないお嬢さんが、世間を知らなすぎるがゆえに警戒すべきこともわからずに筋の悪い人間に騙されてあんなことになっちゃったのかなぁ。あの綺麗な帯も着物も騙されて取られてしまったのかなぁ。そして体を壊すほど身を売らされて・・・。
酔っぱらっておみつの家で寝かされる場面、将軍様だってという場面悲しかったなぁ。どんな目に遭ってきたのかと察せられて。そして背中が痛むほど胸を病んで。さんざん管を巻いたあとで子ども時代のようにおみつに甘えて寝入ってしまう。
でもどんなに荒んでも最期にはお嬢さん育ちの人の好さが出てしまうところ。あの世にいってもお光のことを守っているとおっとりとお嬢様口調で告げる場面・・。自身も言っていたけれど、最期は幸せだった頃の友だちやご近所のおばさんに看取られてほんとうにほんとうに良かったなと思いました。
半次(鳳月杏さん)は身の程を弁え上の人には従順で出しゃばらず自己犠牲的、憧れ仰ぐ女性に気持ちを告げることなく献身し、大義のためならどんなことでもやってしまう、とても日本人好みのキャラクターだなぁと思いました。往年の日活映画の主人公のよう。
階に片足をかけて客席に背中を向けて歌っちゃうとか。もしかして狙ってる???と思いました。
鳳月さんは芝居も歌もよくて、この半次という役をスマートに演じられてとても素敵でした。幸次郎を揶揄ったり大工仲間と戯れている時の朗らかさとは打って変わって、お組を探して渡り職人となってからの思いつめている風情に色気がありました。
ラストで殺気を帯びる場面は鳥肌もの。意を決して裾をまくり駆け出す際の凄味は見せ場でした。半さんあなたって人は・・と。
清吉(暁千星さん)は、あの瞳にやられました。
たぶんきっと杉田屋で修行していた時代から幸次郎に対するコンプレックスがあったのだろうなぁ。棟梁に対しても思いがつたわらない焦りが。それが「このままでは・・」につながったのだろなぁと思いました。
たぶんだけど、日本人が人に何かを教える時って、口下手な子の気持ちは先回りして好意的に代弁してあげたりするけど、自分の考えを口にする子の意見は頭ごなしに否定したりする。そういうのがいっぱい積み重なってたんじゃないのかな~~って思ったりします。きっとこのまま居ても棟梁には自分の本当の気持ちは受け取ってもらえないんじゃないかなって。そういう人から自分をよく思われたりする部分で不器用な人なんじゃないかなぁ清吉はと思うのです。
そんな清吉が唯一幸次郎より優位に立てると思ったのがお光の気持ちを自分に向けさせることかなと。それは自分に対する賭けでもあったのだろうなと。だからお光の口約束をもらえて「勇気も沸いた」と。自分だって捨てた者じゃないと思えただろうなと思います。
幸次郎は幸次郎で、口下手ゆえの驕りで何も言わずともお光には自分の気持ちが伝わっていると思っているし。棟梁夫妻が縁談を持っていったらすぐに纏まると思っているし。なんでもかんでも好いことは向こうの方から転がってくる人生を歩んできた人の驕りだよねぇと。
断られたから余計に他に自分に相応しい娘はいないと思い詰めてしまった節もあるんじゃないかな。あっさりと結ばれたら、仕事に託けてほったらかしにしてたタイプなんじゃないのかな。と思います。
(23日に見て清吉贔屓になって以来、幸次郎に対するアタリがキツめなのは否めません・・苦笑)
仕事も人生もままならないのに、なぜか女性には困らない人っていますよね。どこかほうっておけない甘く危険な香りを漂わせる人が。清吉ってまさにそのタイプみたいで。上方でもモテてる。
きっとそこなんですよね、清吉にあって唯一幸次郎にないもの。安定をもとめたい人は幸次郎。ときめきをもとめたければ清吉って感じでしょうか。
お光だって、およしと夫婦になった幸次郎に会って今頃になって自分の気持ちに気づいたというけれど、いやいやいや。あれは幸次郎を永遠に失ったと気づいてはじめて幸次郎にときめいたのでしょ。それまでは幸次郎が他人のものになるなんて思っていなかったのでは。
お光も、安定よりときめきを選びたいロマンティストなんだと思います。
そして私もまたときめきをもとめたい人だった♡ ということで最終的に清吉が心に刺さっていたのでした。
江戸に戻ってお光に「誇りだ? そんなもんが銭になるか!」と叫ぶ場面、お光に怒鳴っているけれども彼の心の叫びだなぁと。彼の焦りや葛藤は若者の普遍的なそれに重なりました。
そしていまの暁千星さんで太田哲則先生が描かれた葛藤する若者像を見たいなぁと思いました。文学的な作品の主人公を見てみたいです。
そう思っていた矢先に「ブエノスアイレスの風」の主演が発表されたけれど、そっちじゃないんだよなぁと。同じ紫吹淳さん主演作なら「プロヴァンスの蒼い空」が見たかったなぁ。いまの暁さんには独りよがりの男性よりも葛藤する若者が似合いそうなんだけどなぁ。。と清吉が刺さった私は思います。
書き出すと取り留めもなくいろんなことが頭に浮かぶ作品でした。
ほかにもいろんな登場人物が記憶に残っているのですが、今月はやけに忙しくて書いては止め書いては止めしているうちに2週間が過ぎてしまって・・涙。
長唄のお師匠さんの京三紗さん、お光のお隣のお常さんの梨花ますみさん、お光の祖父源六さんの光月るうさんは、私が評するのもおこがましいくらい素晴らしく本当にこの世界観に茅町に生きていらっしゃるようでした。
ほかにも「ちがいますよー」のお稲ちゃんやお糸ちゃんたち、お常さんの連れ合いの菊三さんに娘のお千代ちゃん、火事で焼け出された人たちやお光を助けてくれた親子、それぞれが自分の持ち場で光っていて、小さな「おっ!」がいっぱいありました。
ほんとうに出演者全員で作り上げた名作だったなぁと思います。
この作品を博多座で見ることができて幸せでした。
この作品でお披露目ができた月城かなとさんにも良い門出になったのではないかなぁと思います。
新生月組の大劇場お披露目公演「今夜ロマンス劇場で」もぜひ見に行きたいと思っています。
| 固定リンク | 0
コメント