この世のすべてを愛し続けたかった。
12月3日4日5日、福岡市民会館にて宝塚歌劇宙組全国ツアー公演「バロンの末裔」「アクアヴィーテ!!」を見てきました。
(の感想のつづきです)
「バロンの末裔」では初見の熊本公演で真風涼帆さん演じるローレンスに一目惚れ。
オスカー・ワイルドの作品に出てきそうな優雅で憂鬱そうで滑稽なほど貴族的、独特のテンポ感の美青年で、浮世離れしているかと思えば冗談も言う。「キャサリーーン、こまどりの巣をみつけたよーー」は身悶えするほど好きでした。
20世紀初頭、没落していく貴族も珍しくなかった中で、キャサリン(潤花ちゃん)も言うようにその領地や屋敷をこの若さで相続し維持していたローレンスの大変さは並大抵ではなかっただろうなと思います。
それこそ世間知らずの貴族を騙して財産を奪い取ってやろうとする輩は後を絶たない、そんな時代背景のお話。
相続税や維持費、生活費の捻出のために土地を切り崩し美術品を売却したり、慣れない事業に手を出したり。
莫大な持参金のために貴族たちがアメリカ人の富豪の令嬢たちと結婚していた時代でもあります。
ローレンスも領地を守るために富豪の令嬢と結婚するという選択肢もあったかもしれない。
でもそうはしたくなかったのだろうと思います。キャサリンとともに生きていくことが、彼の唯一の夢だったから。
持参金を期待できるわけでもないキャサリン(むしろ彼女の父はローレンスの援助をあてにしている)と生きて行くにはどうしたらよいか、誠実でロマンティストな彼は頭を悩ませただろうと思います。
そこを会計士のローバック(秋音光さん)に付け込まれてしまった・・。
自分の失敗で財産をすべて手放さなければならないとなった彼をいちばん苦しませたのは、もうキャサリンと手を携えて生きていくことができなくなった現実だと思います。
双子の弟エドワード(真風涼帆さんの2役)が帰郷して目にしたのは、心労で倒れて現実逃避しているローレンス。
その様子にエドワードはカリカリしていたけど、私はローレンスをかばいたくてしょうがなかったです。
貴族のおぼっちゃま育ちの現実とちぐはぐなところが滑稽であり悲しくて、それにどう考えてもこの幾年は彼の現実のほうが大変だっただろうと思えたから。(真風さんの長髪姿が大好物というのはおいておいても・・)
いまもなお甦るのは 煌びやかなあの頃
すぎていく時間さえもが 光り輝いていた
愛する君と2人で 素晴らしいあの世界に
手を携えて生きていくと うたがいもなく信じた
やがては君と2人で 美しいあの世界に
眠りのように朽ち果てると 無邪気に信じ続けた
この世のすべてを 愛し続けたかった
君が生きている この世界を
甘くてペシミスティックな歌詞を毎公演噛みしめて聴いていました。
かつてエドワードが家を出たときの心境、彼がキャサリンに想いを寄せていたことをローレンスが少しも察せなかったとは思えないのです。
それゆえ家の問題を弟には相談しづらかったのではないかと推察します。
この状況で弟の力を借りるということは、キャサリンの身の上についても彼なりに思案し尽くしているのではと思えて。
楽観的に未来を語るキャサリンに、君は一文無しになるということがどういうことかわかっていないと反論する彼にはもう彼女との未来を夢見ることができなくなっているのだなと思いましたし、現実逃避をしているように見えるのも、もし彼女が弟を選んだとしても2人が罪悪感を抱かなくてもよいようにダメダメを装っているのかとさえ思いました。(身贔屓すぎるかな)
エドワードにとっては愚昧なくせにすべてを持っている兄に見えるのかもしれないけれど、領地や屋敷を守り、そこに暮らす人々を守るという義務から逃げずに生きてきた人で、それらは彼が自ら望んだものではなく生まれながらに課せられたもの。夢といえばキャサリンと穏やかに暮らしていくこと。
そのキャサリンを失おうとしている彼が無気力になってしまっても責めるなんてできなくて。
エドワードもつらいかもしれないけど、ローレンスはもっとつらい立場なのだと思って。この悪夢を引き起こした原因はほかならぬ彼によるものなのだから。
幼い頃、洞窟の探検中に蝙蝠に驚いてキャサリンを置いて逃げ帰ってしまった後、きっと彼は自己嫌悪に陥ってしまっただろうなと思います。
キャサリンをおぶって帰ってきたエドワードを見ていっそう落ち込んだかもと思います。
その謝罪を込めて大切な宝物をエドワードにあげたりしたかもしれない。でもそれはエドワードにとってはつまらないものですっかり忘れ去られているかもとか。エドワードの知らないところで、彼の代わりに叱られたりしたかもしれないとか。
そんな想像をして勝手にローレンスにきゅんとしたりしていました。なんとなくそういう自己犠牲的なところがありそうで。
キャサリンに、たとえ君の想いが私に向けられていなくても私は君を愛し祝福することができると告げる彼を見ていると、やっぱりそうだよね、わかっていたよねと思います。
兄弟ゆえのおたがいの行き違いやわだかまりが、今回のことで解けていたらいいなと思いました。
祝賀パーティーでのエドワードを見ているときっとわかってくれたという気がしています。
キャサリンもローレンスのそんな優しさに気づいているから、彼の妻になろうと思えたのではないかと思います。
それは激しい情熱とはちがうかもしれないけれど、穏やかで深い愛情でむすばれている2人なんだと確信が持てました。
それぞれにせつないけれど、やっぱり私には3人にとってのハッピーエンドに思えました。
それにしても、好きな顔に挟まれて過ごしたキャサリンは幸せ者だなぁと思いました。
好きな顔だけど異なる美点をもつ2人に想われて。なんていうパラダイスかと。
まさしく夢ですね。
これからも、たまに帰郷するエドワードからローレンスへのあてつけのように贈り物をされたり賛美されたりしそうだし。
どんなお手紙の内容なのか、知りたいなぁと思います。
この後に起きる第一次世界大戦や世界恐慌でスコットランドも揺さぶられることになると思いますが、ローレンスたち、ことにキャッスルホテルで働くヘンリー(亜音有星さん)やスティーブンソン(優希しおんさん)たち若者は大丈夫かしら。
ウィリアム(瑠風輝さん)の銀行はどうなってしまうのかしら。
そして軍人のエドワードやリチャード(桜木みなとさん)は無事かしらと、その後の彼らを思って心配にもなったりします。
それくらい、作中の登場人物のひとりひとりに愛着のわく作品でした。
こんな舞台を見ることができて、ほんとうによかったです。
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