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2022/10/22

おおフィレンツェ。

10月15日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇花組公演「フィレンツェに燃える」「Fashionable Empire 」をマチソワしてきました。

「フィレンツェに燃える」はいまから47年前、1975年に上演された柴田侑宏先生の作演出の作品ということで、タイトルくらいは見たことがあるものの、CS放送でも見たことがない、周囲にも見たことがあるという話は聞いたことがない作品で、まっさらな状態での観劇となりました。

座席に着くと、両隣の方がそれぞれお連れ様と初演をご覧になったお話をされていて、さすが関西のマダムはちがうなぁ。幼い頃からふつうにレジャーの選択肢に宝塚がある世界を生きておられるのだなぁと感嘆しました。
(前日に宝塚バウホールで「殉情」を見たこともあり、絶賛関西リスペクト中の私です)

物語の舞台は1850年代、イタリア統一運動が盛り上がる前夜のフィレンツェ。
星風まどかちゃん演じる若き未亡人パメラの白いドレスがヴィスコンティの「山猫」のクラウディア・カルディナーレのようでした。
(「落陽のパレルモ」でふづき美世さんが着ていたドレスでしょうか)
(もしかしてまどかちゃんにこのドレスを着せるためにこの演目が選ばれたわけではないですよね・・?)

柴田先生は貴族の継嗣を主人公にされることが多いですが、この「フィレンツェに燃える」で柚香光さん演じるアントニオも侯爵家の嫡男。時代が移り変わる中、家を守ることを自分の使命と考え疑わない人でした。
そんな彼が恋に落ちるのが元歌姫でいわくつきの若き公爵夫人パメラ。彼に思いを寄せるのがはねっ返りの伯爵令嬢アンジェラ(星空美咲さん)。
まったくちがう属性の女性2人から思われ揺れ動く主人公というのも柴田作品にはありがちですが、ほかの作品と様子がちがうのが、この主人公がきわめて純粋で容易く人から騙されてしまうような人物だと周りから思われていること。

この特性が曲者で、宝塚の主役がこれでいいのかと初見では戸惑ってしまいました。
柚香さんお得意の無条件に全方向カッコイイ人物では決してありません。
アントニオをよく知るアンジェラの身近の人たちはあきらかにその世間知らずぶりをもって、決して意地悪くではないけれども共通認識として彼を愛すべきお馬鹿さんだと思っているんだなとうかがえました。
彼のことを好きなアンジェラもそこは否定できないようでした。むしろ彼女にはそこが魅力なのかもしれません。

じっさい出会ったばかりの得体の知れない女性の身の上に同情し、打ち解け合ったから結婚する!と宣言してしまう人ですから、アントニオは。

そんな兄を心配して、パメラの正体を暴いて兄から手を引かせようとするのが、水美舞斗さん演じるレオナルド。兄とは違って自由奔放な弟という設定のよう。
パメラに対して、あんたは自分と同じ側の人間だと彼女の素性を見抜いていることを突きつける。それを聞いたパメラも我に返ってアントニオに自分を諦めさせる言動に及ぶ。

というのがヤマになる場面だと思うのですが、正直なところ水美さんのレオナルドが悪(ワル)に見えなくて。ん?そうなん?まぁそんならそういうことにしとこか、と思いましたし、パメラが観念するのも、そういう筋立てなのだと自分に言い聞かせて見ていました。
レオナルドがもっと粗野な人物に見えたらなぁ。
たとえば冒頭の夜会の場面でもっと下卑た雰囲気でパメラを見つめたり、父親と招待客の前で露悪的な態度をとって見せたり、ネガティブ方向の印象付けをしてほしかったなぁと思いました。
その印象があればこそ、旅立ちの日の父との和解と別れの感動が高まるのに。

理想を抱いて国家統一運動に参加する従兄弟のビットリオ(愛乃一真さん)に誘われ、断るところももっと何か見えてほしかったなぁ。
レオナルドは本心とはちがうことを口にする人物なはずなので。
彼の中で、何と何がせめぎ合っているのか。
ラストで義勇軍に参加するに至る心境につながっているはずだから。

彼のいちばん守りたいものは何なのか。
それは兄アントニオだと私は思うのです。穢れのない兄を守りたい。そのために自分がどんなに汚れても。
レオナルドとパメラに共通するのは、愛するアントニオのためには自分は悪者になってもよいと思っているところ。
だから2人は共犯になれるのだと思います。地獄までも。

木原敏江先生あたりの漫画を愛読していた私には、このセリフ、このシチュエーションでパッとイメージできる世界観があって。
どうかここまでたどり着いてーと、もどかしさで小走りしたくなる気持ちでした。
こんなに美味しい役なんだから、美味しくいただきたい欲でいっぱいになります。
美味しくなるはずの役と脚本なのにどうしてこんなにあっさりなのかと。エグ味はどこへ??
水美さんのレオナルドは冒頭から、自由だけれどとても兄思いの性格の良い弟に私には見えていました。

レオナルドは演技力で見せる難しい役だと思いますが、主役のアントニオは受け身の芝居で存在感を出さないといけないこれまた難しい役かなと思います。
純粋すぎて計算ではなく行動する。2人の女性に対しても。
まるで神の啓示を受けたかのように自分に使命を課す。
そんな理屈にはならないことを観客に納得させられる芝居を求められる役。
それでいながら愛すべき人物に見える芝居を求められる。

でも柚香さんにはその美貌という武器がある。
その瞳の揺らめき一つ微笑み一つで何百と想像をかきたてることができる人。
なのに、なにゆえ髭を生やした—!?と問い詰めたいです。
髭をつけることで動きに制約があるのか、口元が自由じゃなかったのが残念です。
髭がなかったらさらに見えるものがあったのじゃないかなぁ。もっと表情を読ませてほしかったなぁ。

星風まどかちゃんのパメラにももっとギャップがほしかったなぁ。
パメラの死に遣る瀬無さを感じさせてほしいです。
(欲しがり屋ですみません)

最も柴田作品らしさを味わえたのは、アンジェラたち三姉妹と母親のマルガレート(梨花ますみさん)の場面でした。
「バレンシアの熱い花」でもこんなふうに女性たちがパティオでお茶してたなぁとか。その会話で話題の人物や彼女たちの考え方などが知れるのが面白かったです。

カーニバルの場面では、アントニオとアンジェラの幸せを願うパメラのせつない本心を、同性の先達としてマルガレートは悟っているのだろうなぁと思いました。
おしゃべりで愉快だけれどもそういうところは心得ている頼もしい女性に思えました。
はねっ返りの娘アンジェラに向けられた「たまには自分の心に従わないと酷い目に遭いますよ」という言葉は、前日にバウホールで「殉情」を観劇したばかりの私の心に深く刺さりました。

そんなもののわかった女性なのに、長女のルチア(春妃うららさん)とレナート(聖乃あすかさん)のことに気づいていなかったのも笑いを誘いました。
マチネでは気づかなかったけれど、ソワレで注意してみているとレナートとルチアがさりげなく瞳を交わし合ったりしていて微笑ましかったです。

アンジェラ役の星空美咲さんはセリフを伝える力があるなぁと。言葉を発しながらどんどん気持ちが変化していくのがわかりました。
アンジェラのおしゃべりしながら自分の気持ちに気づいていくかんじは母親似なのだろうなとも思いました。

パメラ、そしてアントニオとレオナルドを付け狙う憲兵オテロを演じていたのは永久輝せあさん。
1人の女性に執着する昏い危ない眼をする役に説得力がありました。
彼をここまでさせるパメラという女性はいったい何をしてきた人なんでしょう。
オテロと一緒にフィレンツェに来たマチルド(咲乃深音さん)が酒場で男性客に絡みながら歌う姿は、冒頭のバルタザール侯爵家の夜会で好奇の目を浴びてパメラが歌っていた姿と重なって、パメラもこんなふうに酒場で歌っていたのだなぁと彷彿とさせられました。
こんな酒場の歌姫でオテロの情婦だった人が公爵夫人になったのかぁ。
そりゃあいろいろやってきただろうなぁと納得させる場面でもありました。

細部ではいろいろ楽しめたのですが物語のヤマがあっさりだったのがもったいなかったなぁと思います。
柚香さん、水美さん、星風さんの主要3人の本来の持ち味と役が合っていなかったのかもとも思います。
また、いまの音楽や舞台機構で隙間なく埋めている作品に慣れている目には、こんなふうに時間の流れと余白を役者と観客自身で埋めていく作品に戸惑いがあるのかもとも思いました。
さすがに50年近く上演されていなかった作品を再演するとなると超えなくてはならないハードルが高いなぁと思います。

つまらないわけではなかったのですが、なにかはまらない感覚に戸惑った観劇となりました。
公演を重ねてをいけばきっと良い方に変化すると思いますけど。
ということで千秋楽のライブ配信を楽しみにしたいと思います。


Fashionable Empire 」は大劇場で見た時も好みのショーでしたが、全国ツアーバージョンはさらに洗練されていてよかったです。
ビートが効いたかんじ、長尺のダンス場面はとくに好きでした。

大劇場と変わったところでは、MISTYの場面の侑輝大弥さんの女役のダンスがとても妖艶でスタイリッシュで印象に残っています。
大劇場では美風舞良さん、音くり寿さんが担当されていたところを歌われていた咲乃深音さん、湖春ひめ花さんの歌も素晴らしかったです。

「殉情」チームも全国ツアーチームも下級生が活躍されていて、お名前を覚えていくのもうれしいですし、これからの花組がさらに楽しみです。

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