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2023/02/15

それでも私は命ゆだねる私だけに。

1月26日と30日に博多座にてミュージカル「エリザベート」を見てきました。
初日の数日後に観劇したときに感じた音響効果の違和感も気にならなくなり、千穐楽に向けての凄まじいくらいの熱と構築力に圧倒されました。
さらに1月30日ソワレの前楽と31日大千穐楽はライブ配信で見ることができました。

【26日マチネ】
  愛希シシィ古川トート田代フランツ甲斐ルドルフ涼風ゾフィー黒羽ルキーニ
【30日マチネ】
  花總シシィ井上トート田代フランツ立石ルドルフ涼風ゾフィー黒羽ルキーニ
【30日ソワレ】(配信)
  愛希シシィ井上トート佐藤フランツ立石ルドルフ涼風ゾフィー上山ルキーニ
【31日千穐楽】(配信)
  花總シシィ古川トート田代フランツ甲斐ルドルフ剣ゾフィー黒羽ルキーニ

生で見られなかった剣幸さんのゾフィーと上山竜治さんのルキーニも配信で見ることができました

コロナ禍で拡大、定着した文化ですがありがたいことです。

思い起こしてあらためて今回2022年版「エリザベート」はこれまでとはオケの感じが違っていたなと思います。
間とか余韻とかがあまりなくてサクサクと進んでいく印象。ロジカルでわかりやすい「エリザベート」でした。
これも時代の流れなのかな。

私はちょっとしたスキマの表情とか体の動きなど非言語的なところを楽しみたいので置いていかれそうになり、初見では戸惑っていたように思います。
大ナンバー後の拍手があるところはまだ呼吸の間があるのだけど、それ以外のところで息をつき終わる前に次にいってしまう忙しい感覚がありました。

特に井上トートの時は、ナンバーの中に歌のテクニックがてんこ盛りで体感時間があっという間でした。
ルドルフもあっさり死んでいたなぁと思いますし。
全体を通してこれまでに比べて若い「エリザベート」だったなぁと思います。

サクサクとわかりやすくロジカルになったことでいろいろと考えさせられること、気づかされることもありました。
まさに19世紀から20世紀へ時代が変換するときの軋轢を描いた作品なんだなぁということ。
あの時代の中央ヨーロッパで熾った火種が21世紀のいまも燻っているんだなぁフランツ・ヨーゼフの心労はいかばかりだったろうとか、プロイセンに対抗するためにゾフィーはバイエルン王家に連なる姪との縁組を画策したのだろうになぁとか、帝国主義(父)と自由主義思想(母)の狭間で苦悩しどちらからも見捨てられる皇太子ルドルフの心中とか。(味方と思っている人たちからも駒としか見られていない彼の現実を思うとなおのことつらい)

そして「生きる」ということは「死」に抗い続けるってことなんだなぁと。あらためて思いました。
個人を極めるってことはその「死」を常に意識するってことなんだなぁとも。
意識しているかしないかのちがいだけで、「死」はすぐ隣に佇んでいるものなんだなぁとも。こんな時代だからこそ強く感じた気がします。
(「死」に抗えないいのちがいかにたやすく消えてしまうかと思いを馳せて)

愛希れいかさんのシシィはナチュラルな人物造形が好きでした。
少女時代、
15歳のというちょっと難しいお年頃な感じも、一度自分を全否定された人が自尊心を取り戻し有頂天で慢心してる姿も愛おしい。
その慢心もひとときのものだと思うと抱きしめたくなるようなシシィでした。
「愛と死の輪舞」や「最後のダンス」ではトートやトートダンサーズとの重力がないかのような緩やかな、本当に糸で操られているかのようなモーションに釘付けになりました。(まさに「人形のように踊らされた私」ー)
腰かけようとしてルキーニに悪戯で椅子を引かれてしまう場面のあの姿勢から優雅に戻れるのも驚異的で大好きな瞬間でした。
一瞬たりとも目を離したくないシシィでしたが、ほかの方も見たいのでそれはとうぜん無理で。これはディスクを購入するしかないのか?と思案中です。

花總まりさんは永遠に宝塚らしいお姫様なんだなぁと思いました。
とてもわかりやすいお芝居と神々しさ。体が自由自在に少女から凛とした大人へそして老年期へと大きくも小さくも見える。
1幕ラストの振り返ったドレス姿は圧巻で。知っていたけど記憶をはるかに超えてそこに存在していました。
配信で見た大千穐楽、2幕は空間そのものが神がかっているように感じられました。万感の思いを込めた「私が踊る時」、モニター越しに見ている私もなぜか目に涙が溢れてきました。言葉では表せないなにかが伝わってくるのを感じました。
死(トート)が1人の人間に魅入られて予測不能に陥ってしまうことって本当にあるんだと。それを実感するシシィでした。
この素晴らしい役者が演じる素晴らしい役を見納めすることができて本当に幸せです。この記憶は永遠にとどめておきたいです。

古川雄大さんはこんな「死」が傍らにいたら思わず引き込まれてしまうなぁと思うトート閣下でした。怖いけれど魅惑的。正直に言うとシシィが羨ましいです。
古川トートと愛希シシィの「愛と死の輪舞」は夢見ていたそのもののような「愛と死の輪舞」でした。
「最後のダンス」はロックスターのようで心躍りました。
千穐楽の配信でどのシーンか忘れましたが凄いジャンプを決めているのを見て思わず変な声が出てしまいました。幻を見たのかと。
全編を通じて動機はシシィへの愛、そしてシシィとの同化なんじゃないかなと感じさせるトート閣下だなと思いました。

井上芳雄さんのトートは、プリミティブな思考がかたちを成したモノのようでした。
シシィを見て興味をもった瞬間が鮮やかにわかりましたが、アプローチ間違ってるよ~💦と思う、相手を怖がらせているのに、反応されるのがただただ嬉しいみたいな。コミュニケーションというものを知らない無知でイノセントな子供みたいなトート閣下でした。
前楽の配信では愛希シシィに全力で嫌がられているのがツボにはまってしまいました。
「死」という忌み嫌われるもの、しかしいつしか人が受け入れざるを得ないもの体現しているような。
シシィを追い詰めて追い詰めて、自分の腕の中でシシィの命が消える瞬間に愛というものを悟るみたいなちょっと悲しさを感じさせるトート閣下だったように思います。

ルドルフはお2人とも「エリザベート」で初めて見る役者さんでした。
立石俊樹さんのルドルフ
は夢見がちで高い理想にたどり着けなかった結果、現実に見切りをつけて、理想と心中するルドルフだなぁと思いました。
初見の古川トートとの時は、最後まで夢を見せてくれるトートに自分をゆだねて死出を選んだように見えました。その陶酔感が「うたかたの恋」のルドルフに近いなぁと。
チケット購入時はシシィとトートの組み合わせに頭がいっぱいでルドルフとの組み合わせを考えていなかったのですが、あとになって古川トートと立石ルドルフの組み合わせをもう1回見たかったなぁと思いました。
30日は井上トートとの組み合わせだったのですが、追い詰められ感が凄かったです。
「闇が広がる」でさんざん揺さぶりをかけられその気にさせられて、トートを信頼してからのあの失意はつらいなぁと思いました。

甲斐翔真さんのルドルフは、初見であの少年ルドルフがこんなに育って・・!と思ったのですが、次に見た時にはさらに大きく育っている印象でした。
鍛えた胸板から響く声が凄くて、井上トートとの「闇が広がる」はこんな元気な「闇広」は聞いたことがない!と新鮮でした。
古川トートとの組み合わせでは、死を寄せ付けない生命力を感じました。
そんな有望な皇太子がトートの画策により自由主義者たちの企てにまんまとはまっていくさまに、有能ゆえに正攻法しか知らない純粋さが徒となったのかなぁと。
そしてたとえ有能であっても時代の流れを押し返すことはできない厳しい現実を見せられたようでした。

ルキーニのお2人も「エリザベート」で初めて見る役者さんでした。
黒羽真璃央さんのキャスティングにはじめは驚きましたが、最初の観劇でお若いながら実力も備わっていて抜擢もなるほどなぁと思いました。
それから1週間を経ての観劇で、あれ?この間とは別のルキーニ?と見違えたほど濃い印象になっていてびっくりしました。表情、声色、仕草等々芝居の情報量が凄いことに。
コーラスの中での歌い方にもセンスを感じました。ルキーニにしては奇麗に歌いすぎるのかもと思わなくはないけれど好きだなぁと。
髭をつけてメイクを濃くして汚れた感じを出してもどこかスタイリッシュに見えるのも持ち味かな。
狂言回しのセンスがある人だなぁと、と同時に違う役でも見てみたいなと思いました。

上山竜治さんは配信でのみ見ることができたのですが、下卑たことろを強く出したルキーニで「偉そうなやつ」を憎んでいる生い立ちの納得感がありました。
作品全体を骨太に見せるルキーニで、黒羽さんとはまったくちがうこの個性もいいなぁと思いました。

若い時から貫禄のある佐藤隆紀さんのフランツ・ヨーゼフ。
年を重ねていくごとにどんどん立派な皇帝になっていき、他民族国家の国父として内政や外交問題に懸命に立ち向かっているのだろうなと思いました。
その歌声が真面目さと懐の深さを物語っているようでした。
そんな立派な人物でも家庭を治めることは難しいことなんだなぁとも。
家族の1人ひとりが強烈だものなぁ。とくに奥方と母上がだけど。
「夜のボート」もしみじみと聴き入りました。美しく歌声が重なるほどに悲しくなるなぁと。

田代万里生さんのフランツは歌ももちろん素晴らしいですが、芝居がとても好みでした。
若き皇帝時代の「却下!」が凄く好き。ちょっとした可笑しみを醸し出すところもお上手だなぁと。
シシィへの深い愛を感じさせるフランツ・ヨーゼフで、それが妻に届かないのが悲しくなりました。
ちがうのよ、エリザベートはそういう人ではないのよと。そういう彼女を愛してしまったがゆえの悲劇の皇帝だなぁと。むしろそういう彼女だから愛したのかなぁと思うとせつないです。

「宮廷でただ1人の男」という形容がピッタリの香寿たつきさんゾフィー。ブレのない信念と厳格さが際立っていました。
そうやって自分を律し威厳を保つことで息子を守り皇帝に育てあげた人なんだろうなぁ。
本当は息子や孫を溺愛したいけれど心を殺して厳しく接しようと努めているように見えた涼風真世さんのゾフィー。時折見せるお茶目さが好きでした。
息子からも愛され強い絆で結ばれて
いるという自信が支えの人のようだっただけに、息子から決別を言い渡された時のショックは計り知れず心が痛みました。
正しく間違いのない皇太后様に見えた剣幸さんのゾフィー。人生を懸けて守ってきた君主制、ハプスブルク帝国の崩壊、そして一族の非業の最期をその目で見ずにすんだことは幸せだったのかもと。
配信のみでしたが、感情的に芝居をしなくても伝わる威厳や悲しみが素晴らしいなぁと思いました。

原田慎一郎さんのマックス公爵はおしゃれで自由人で娘が憧れるパパだなぁと思いました。
そしてお声がとても良い。歌も抜群にお上手で素敵でした。コルフ島でのシシィとのナンバーが毎回楽しみでした。

未来優希さんのルドヴィカ、陽気で一生懸命に家族のために頑張っているお母さんという雰囲気でした。
美人で優秀で皇太后にまで上り詰めた姉との差を縮めようと頑張っている側面もあるのかなぁ。
家政に全く無関心な夫に困りながら対応しているのも、私の親世代の母親たち(高度成長期)とダブって滑稽味と痛々しさを感じて親近感を覚えました。
そして打って変わって発散するマダム・ヴォルフの迫力のある歌声は毎回聞いていて楽しかったです。

秋園美緒さんのリヒテンシュタイン公爵夫人は気品があって仕事ができて憧れです。あの皇太后とあの皇后のあいだで忠節を崩さず働けるなんて只者ではないです。
彼女が歌う「皇后の務め」大好きです。どこをとっても非の打ち所がない秋園リヒテンシュタイン様のファンです。
以前のプログラムには伯爵夫人と表記されていましたが、いつの間にか公爵夫人になっているんですね。
リヒテンシュタイン公妃が女官をするとも思えないし、おそらく女官長エステルハージ伯爵夫人(リヒテンシュタイン侯女マリア・ゾフィー・ヨーゼファ)のことかなぁと思うので、伯爵夫人が正しいのではと思います。(ちなみに現在の国名はリヒテンシュタイン公国だけどリヒテンシュタイン家は侯爵が正しいらしいです)
リヒテンシュタイン家にしてもエステルハージ家にしても名門には違いないので、高位の女性であることはまちがいないと思います。
生家にちなんで「リヒテンシュタイン」とこの作品では呼ばれているのかなと。

いつにもましてストーリーがクリアに見えたからが、役者さんたちがいくつもの役を演じられているのに気づいてそれも面白かったです。
貴族の夫人や令嬢だった人が娼婦を演じていたり、大司教様だった方がカフェで弾けていたり笑。
千穐楽にはそんな役者の方々にも愛着が湧いていました。
他の作品に出演されていたら注目したいと思いますし、また皆さんがこの「エリザベート」にそろっているのを見られたらいいなぁと心から思っています。

自分の年齢や境遇等々で見方や目線が変わっているのも面白くて、何度見ても飽きることがないのも凄いなぁと思います。できれば生涯見続けたい作品です。
次はいつ見ることができるでしょうか。

 

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