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2024/04/21

戦っていたの

4月14日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇雪組全国ツアー公演「仮面のロマネスク」と「Gato Bonito!!」を見てきました。

演じきった後の成長がたのしみ

全国ツアー公演ではありがちですが、柴田侑宏先生の作品を上演するには主要人物に役者が揃っていないなぁというのはやはり感じました。
恋愛巧者の主役の2人さえ出し抜くジェルクール伯爵の憎たらしいほどの自己評価の高さ「俺は出来る」感が、序盤の2人のやりとり(悪巧み)に説得力を与えるのだと思うのですが、ジェルクール役の咲城けいさんを頑張っているなぁと微笑ましく見つつ、いやいやいやこの役は「頑張っているなぁ」では期待値には届いていないんだなぁとも思いました。

2016/2017年に花組全国ツアー公演で2度上演された時は、主役の明日海りおさんより上級生の2番手(鳳月杏さん、瀬戸かずやさん)がいた頃だったので、いい塩梅にその二方がこのジェルクールに配役されていたんだったなとあらためて思いました。
とはいえそのほうが稀ではあるので、経験値の浅い人がいかにしてこの役をものにするのかというのが見ものでもあるのかなと思います。
臆せず自分の思う演技プランに沿って演じていると見えた咲城さんのポテンシャルは十分に感じられました。

彼女以外の下級生もおそらくここまでセリフがある役ははじめてなのかもと思える状態ではありましたが、このように実践で鍛えられるのが柴田作品の良さでもあるのかなと思います。お屋敷の下働きの3人組はこのツアーで芝居の間を自分のものにしていくだろうなと思いました。
この公演で卒業の千早真央さんが演じられるヴィクトワールはロベール(真那春人さん)とともにこの作品の要となる役で、2人の居方、眼差しがあるからメルトゥイユ侯爵夫人を多面的に見るきっかけにもなると思うので、卒業のその日まで役を深めて作品をより高めてほしいなと思いました。

私が観劇したのは初日から3日目。ツアー終盤のライブ配信ではどれだけ深化した芝居が見られるか、楽しみにしています。

2024年のいまだからこそ感じられた「仮面のロマネスク」

主役のヴァルモン子爵ジャン・ピエールが雪組2番手の朝美絢さん、ヒロインのメルトゥイユ侯爵夫人フランソワーズがトップ娘役の夢白あやさんという配役のバランスもあるのでしょうか、今回の「仮面のロマネスク」はなんだかいつもと違うなと思いながら見ていました。

法院長様(透真かずきさん)が自分の奥方を指して「これ」と言ったり、自分が留守のあいだ彼女をローズモンド邸に「預ける」と言うのを、「虎に翼」でいう「妻の無能力」の思想の一端だなぁと思ったりもしました。貞淑な妻とはこれを受け容れ弁えるのが当たり前で、トゥールベル夫人(希良々うみさん)もそういう人なのだろうなぁと。
いまの時代を生きているからこその目線で見ていたように思います。

ヴァルモンとメルトゥイユ侯爵夫人の「恋の駆け引き」感はそれほどでもなかった気がします。
お互い手玉に取りあっているという感じがあまりなかったというか、むしろ2人とも芯は真面目なんだなと。やっていることはあれですがどこかに一途さが見え隠れしていたような。
じゃあなんで2人はこんなことをしているの?と、いままであたりまえにわかっていると思っていたことがそうじゃないような新しい感覚の「仮面のロマネスク」だなぁという印象で、それはそれで面白く見ていたのですが、ラスト近くのメルトゥイユ侯爵夫人のセリフでハッとしました。
「私も戦っていたの」と独白する夢白メルトゥイユ夫人に。
このセリフの意味を今回ほどはっきりと感じたことはなかったなぁと思いました。彼女が何と戦っていたのかをこんなにはっきりと意識したのははじめてでした。

いままでは、それは仮面を被らないといられない彼女自身のプライドやおなじく本音を晒さないヴァルモンに対しての戦いのように漠然と思っていたのですが、「〇〇はかくあるべき」と縛り付ける世間とのあいだで駆け引きを挑み戦っていたのだとハッとしました。
女性は、既婚女性は、未亡人は、貴族は、(タカラジェンヌは)―――。
いまにも通じる戦いを彼女は続けていたんだなぁと、夢白メルトゥイユ夫人の誇り高い面(おもて)を見てそう感じました。

つねづね柴田先生は女性にやさしいなぁと私は思っています。
半世紀前の意味でいうところの「フェミニスト」。家父長制を大前提にしてその中で生きる女性に心を寄せ、彼女たちが生きやすい道を示そうとしてくれているのだなと感じます。
シャルドンヌ夫人(アルジェの男)やセシルの母ブランシャール夫人(愛羽あやねさん)のような弁えた年長の女性にどういう心持ちでいれば社会的無能力者とされる女性が苦しみ少なく心穏やかに生きられるかを説かせていたり、シャロン(琥珀色の雨に濡れて)やパメラ(フィレンツェに燃える)のような悪女と見做される女性の内心の純粋さを描いてみせて、そのように生きざるを得ない女性にやさしいなまざしを注いでいるように思います。

メルトゥイユ侯爵夫人もまたそういうキャラの1人だという認識でいたのですが、夢白メルトゥイユ夫人はこれまでとは違って見えました。
彼女は「そのように生きざるを得なかった」のではなく能動的に家父長制の価値観と戦っていた人だったのだと思いました。価値観に従ったふりをしながら壮絶に。
その覚悟をした人の顔だなぁと思いました。
2024年のいまだからこその視点を得て見えたものかもしれないし、演者もいまだからこそ湧き出づるものがあるのかもしれない。
おなじ脚本なのに演ずる人見る者のそれまでの積み重ねが、以前とは違うなにかを見せる。生で見ることに意味があるのだとしみじみと感じた演劇体験となりました。

美の圧に体感10分のショー

ショーは「Gato Bonito!!」。望海風斗さん主演で大劇場で上演された作品です。
生で見るのは初めてでしたが藤井大介先生らしさ満載でとても楽しかったです。

望海さんの時は相手役の真彩希帆さんともども「歌の圧」が印象的でしたが、この全国ツアーでは「美の圧」が凄まじかったです。
「私はマリア」で客席通路に佇む朝美絢さんにスポットが当たった瞬間、私が見たのは後ろ姿でしたが、その美しさに度肝を抜かれました。
ラテンの客席降りでは目の前で夢白あやさんと縣千さんが交差してあまりの美しき圧にどこを見るべきかと目が回り・・後になってなぜしっかりと網膜に焼き付けておかなかったのかと悔いることしきりです涙。
その後も美し過ぎるせいで人の心を煩わせてしまうことに悩む美しき猫様を堪能しあっという間に終わってしまいました。
楽し過ぎて美し過ぎて体感で10分のショーでした。
(もっと見て浴びていたかった―――!!)

お芝居もショーも余韻をかき集めてまたあの幸福感を欠片でも味わいたいと思える公演でした。
いまはただひたすらライブ配信を楽しみにしています。

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2023/11/29

ナバーラ*式の構えだな

(*12月9日に鑑賞したライブ配信で演者の方々が「ナバーラ」とスペイン語風に発音されているのを確認したので、フランス語風の「ナバール」を改めました。引っ掛かってはいたのですがメリメが書いたフランス語の小説が原作だからかなぁと思っていました)

11月20日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇花組全国ツアー公演「激情」と「GRAND MIRAGE」を見てきました。

「激情」は2016年に月組全国ツアー公演を地元で観劇した時の印象が強く残っています。
当時はトップスター就任前の月組2番手男役だった珠城りょうさんが主役のホセを務め、トップ娘役の愛希れいかさんがカルメンを演じていました。

今回の花組も2番手男役の永久輝せあさんが主役のホセ役。
現花組トップスター柚香光さんが次回大劇場公演の演目をもって退団を発表されているので、次期花組トップスターは未発表だけど永久輝さんで決定でこの全国ツアーが顔見世的公演ということなのかなあ。
実力、経験ともに永久輝さんはいつトップに就任されても大丈夫だしあとは発表のタイミングの問題かなと思っています。

今回のカルメン役は星空美咲さん。別箱公演や新人公演でのヒロイン役を幾度も務めていてこちらも実力、実績ともに問題なし。
ただ今回にかぎっては、カルメンがカルメンでなくては作品が成立しないけど大丈夫かなぁという心配はありました。

2016年月組版ではカルメンを演じた愛希れいかさんのしなやかで精気溢れるダンス。心を振り絞るような声。どうにもならない葛藤に激しく心が泣いているように聞こえた「カルメンはどこまでも自由なカルメンでいたいんだ!」に心を揺さぶられた記憶がいまも脳裏に刻まれています。
けれどその近代的な葛藤がどうにも私が思い描いていたカルメン像としっくりこなくて・・すごく心を揺さぶられとても共感を覚えたのだけど複雑な思いになった記憶があります。
のちに愛希さんのエリザベートを見てこれだ!と膝を幾度も打ち鳴らしたい衝動に駆られました。いま生きている場所に対する居心地の悪さ、抗ってもどうにもならない無力さに地団駄を踏んで泣いているような愛希さんが演じる女性像に私は心を掴まれるのだとわかりました。
ただそれは私の中ではカルメンではなくエリザベートだったんだなと。

そんなふうにカルメン像にこだわりが強いため、星空さんはどんなカルメンを見せてくれるのかなぁとドキドキしながら観劇しました。

星空さんのカルメンは、最初はとても幼いカルメンだなぁという印象でした。身のくねらせ方やフラメンコは頭の中の愛希カルメンと比べてしまってぎこちない気がしていたのですが、見ているうちにどんどんカルメンとしての生き様に引き込まれていきました。

束縛されるのは嫌。所有物にされて囲い込まれたくない。ホセが勝手に思い描く「彼が心地よい人生」の一部にされたくない。
先の約束なんてできない。いまこの刹那に心が動くものを追いかけたい。
幼さもありながら迷いなくがんがん突き進む、この強さはどこから来るのだろう・・。
星空カルメンの「カルメンはどこまでも自由なカルメンでいたいんだ」にガツンとやられました。

彼女の気持ちを無視して自分のために彼女を縛り付けようとするホセに嫌気がさしているのもエスカミリオに惹かれるのもよくわかりましたし、自分を貫き通して死んでいく自分に納得しているのもよくわかりました。

ホセはポテンシャルは十分にあるのに、それを他人が作った規律の中でしか活かせない、どの集団に属しても有能なのに「自分の外の何か」にしがみついていないと生きていけない「自分が自分の王」にはなれない人なんだなぁと思いました。
カルメンが「あたいはオオカミ、あんたは犬」と言うのが胸にストンと堕ちました。

自由なカルメンに魅せられながらも、彼女を既成の檻の中に閉じ込めないと不安でしようがなくて彼女の芯から目を逸らすホセ。
彼女の本質を潰しても自分の囲いの中に置いて自分が安心したい。結局カルメンにミカエラのように生きることを望んでいる。
根本的な価値観が「ナバーラ式」なんだろうなぁ。それならミカエラと結婚すればいいのにと思いながら見ていました。
けっきょく「男らしい」という借り物の規範に自分が縛られて「男らしく女を従わせるという幻想」に囚われて自滅したんじゃないかなぁと。

19世紀のパリに生まれ洗練された時代の先端を生きるメリメには、自分にはできない純粋で泥臭い人生を生きたホセへの憧れと共感があるのだろうなぁとも思いました。
現代を生きている私がカルメンに強く惹かれるものがあるように。

そのホセがカルメンを刺殺してから処刑されるまで。
舞台だとほんの刹那ですが、その時の永久輝ホセの瞳がとても印象的でした。
それまでとはまったく違う顔をしていて、ああホセはたどり着いたんだなぁと思いました。
メリメもこのホセの瞳に触発されて小説を書いたんじゃないかと思うほど。
そうかホセがこの境地にたどり着くまでの物語だったのだなぁと勝手に納得してしまいました。
永久輝さん凄いなと。

永久輝さんのホセも星空さんのカルメンも、2人を取り巻く人々もとても解像度が高くてクリアでした。
いままで漠然としていた「カルメン」という物語に一瞬眩しい光が当たって明るく見えたような感覚を覚えました。
書物の中では感じ得なかった19世紀の感触が一瞬掴めたような・・それが現代と交錯した瞬間を私は見たんじゃないかなぁと思いました。

ロマのカルメン、誇り高く勤勉で真面目といわれるバスク人のホセ、そこにブルジョワ青年でフランス人作家のメリメの視点が加わる。
交わるはずのない3人がスペインのセビリアで出遭う。
人物配置が決まった瞬間からもうドラマが起きないわけがないやんという神設定の物語だったのかとあらためて気づきました。

2016年の月組版では、ホセ役の珠城さんとカルメン役の愛希さんが激しく心をぶつけ合っているそばで、ふわふわしたモラトリアム青年のメリメがお花畑の人みたいで正直イラっとしたのを覚えています。
メリメが説明しているようなことは言われなくても珠城さん愛希さんの芝居でわかっているのにいまさら?みたいに。

ところが今回はそう感じませんでした。
脚本は変わっていないはずなのに。演じているのも月組版の時とおなじ凪七瑠海さんなのに。

今回のメリメは小説家だなぁという印象でした。
このホセとカルメンについて受容しリスペクトしながらも異なる文化を生きている人だったように感じました。
ホセ、カルメン、メリメのバランスの違いで見える景色が変わったのかなぁ。

月組版の時は私の気持ちが「ホセ」と「カルメン」に引っ張られて行っていたのかもしれません。それはそれでとても見応えがあってよかったと思います。
今回はメリメの存在を視野に入れることで引きの目線で「ホセとカルメン」を感じることができたのかなと思います。

同じ作品でもこんなに異なった印象や感想になるなんて、やっぱりお芝居は面白いなぁと思います。

「GRAND MIRAGE」は今年大劇場で上演したばかりの岡田敬二先生のロマンチック・レビューの新作の再演。
大劇場公演での観劇では、新作だけど新場面だけど既視感があるのが面白いなーと思った作品でした。

全国ツアー版では少人数になって主演コンビが変わって、どうなるのかなぁと軽めの気持ちで見ていたら、プロローグからうるうるしてしまって結局最後まで涙目のままの観劇になりました。

舞台の上のタカラジェンヌの皆さんが煌めいていて華やかで気品があって・・。それを間近に見るだけでこんなにも心震えるんだと思いました。
「岡田先生のいつものレビュー」なんて軽い気持ちで見てゴメンナサイでした。
「岡田先生のいつものレビュー」・・なんて貴い・・と感動しました。

全身紫陽花色のくすみパステルの夢夢しいスワローテイルにロングドレス。
こんなコスチュームが似合う人たちがこれだけ舞台に揃うってあり得る?
どれだけの努力をしたらこのコスチュームが似合うフェアリーになれるの?
と。

美しさに感動できる体験なんて日常のなかでそうそうあるものではないのに。それをこんなに間近に感じられる幸せに涙しました。

カーテンコールの挨拶で永久輝さんが「皆さまが愛する宝塚、私たちが愛する宝塚を全国に届けてまいります」とおっしゃったことも胸に沁みました。
この幸せな体験がたくさんの方に届きますように。
そして花組の皆さんが健やかに全国を巡られますように。
心から祈っています。

「激情」CAST

ドン・ホセ(永久輝せあ) 
カルメン(星空美咲)
プロスペル・メリメ/ガルシア(凪七瑠海)

フラスキータ(美風舞良)
スニーガ(紫門ゆりや)
エスカミリオ(綺城ひか理)
ダンカイレ(帆純まひろ)
レメンダート(一之瀬航季)
ミカエラ(咲乃深音)
モラレス(侑輝大弥)

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2023/04/02

この復讐を遂げるまでは私には安らぎはない。

3月28日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇星組全国ツアー公演「バレンシアの熱い花」と「パッション・ダムール・アゲイン!」を見てきました。

専科の凪七瑠海さんが主演、相手役に星組トップ娘役の舞空瞳さん、そして星組選抜メンバーという全国ツアー公演には稀な座組による公演でした。
主演が専科の方であるせいか、ベタベタしていない感じが私には好印象でした。
ロマンティックだけれどもノンセクシャルな雰囲気はオールド宝塚のイメージに通じて。

「バレンシアの熱い花」は2007年の大和悠河さんのトップお披露目公演の演目で、大劇場の初日からつづく全国ツアー公演の千秋楽まで約6か月繰り返し観劇した懐かしい作品です。
あのラストをどう受け取るのが正解なのか、6か月間考え続け、公演が終わっても折に触れ考えていたけれど正解をみつけられないまま、そもそもなぜトップお披露目公演であの演目だったのだろうという思案の迷宮にはまり、その思いを胸にずっと埋めていた作品でした。
 
今回凪七さん(宙組下級生時代の懐かしい呼び方をさせていただくと)かちゃ主演の「バレンシアの熱い花」を観劇して私の中のなにかが成仏した気がしました。

かつてあれほどひっかかっていた箇所が気にならずに見終えたことに自分でもびっくりでした。
観劇直後は黒岩涙香の翻案小説を読んだような感覚に近いかなぁと思いました。西洋の物語の体をしているけれど精神と教養は古の日本人だよねと。

恋しい人の瞳に宿るものを「さらさら落ちる月影に映えてあえかに光る紫のしずく」と表現したりだとか「後朝の薄あかりに甘やかな吐息をもらす恋の花」だとか。後朝なんて平安王朝文学くらいでしか出遭わない言葉にスペインで遭遇するとは。
いやいやスペインであってスペインじゃない。時代も国も架空の、古の日本の中のスペインなんだなぁと思いました。

仇討ちを心に誓い敵も味方も欺いてうつけ者を装い悪所通いをする主人公って大石内蔵助みたいだなぁとも。
男の本懐を理解して身を退く下層階級の女性、主人公を待ち続ける心優しく清らかな許嫁、二夫にまみえずの貞女、道理のわかった御寮人、時代劇なんだなぁこれは。

身分の違いを超えて結ばれることなどありえないし、愛しい人への操を守れなかった女性は生き恥を晒してはいけない、まして何もなかったように彼と添うことはできない、そんなことを微塵も疑わず信じている人びとの物語として今回は見ていました。

かちゃをはじめ星組の皆さんが時代がかった巧芝居を見せてくれていたので、そういう世界観なのだという前提で見ることができたのではと思います。
その世界観の中での登場人物それぞれの行動に整合性を感じましたし、そんなままならない状況で傷つき懸命に生きている彼らの気持ちに沿って見ることができたのではないかなと思います。

そしてあらためて考えてみてこの作品は貴族の若様の成長譚なんだなぁと思いました。
若様が「一人前の男」になるための試練を克服するお話。
試練の1つは父親の精神支配から脱すること、2つ目には色恋を経験すること。
2つのミッションをクリアして戻ってきた彼は「男」として認められ、彼を待ち続けた許嫁と祝福のもと結ばれて二度と降ろすことのできない責任を背負って人生の次のステージへと進む。
――という封建社会での成長譚なのだと思います。

封建社会の中で如何に誠実に生きるか。その中で如何にすれば幸せでいられるか。
柴田作品で描かれるのはつねに封建社会の人間ドラマなんだと思います。

封建社会を描いた物語を見ているのだという視点が欠落してしまうと柴田作品は首をかしげてしまうことになるのだろうと思います。
身分を超えること、男女の立場を踏み越えること、すなわち秩序を乱すことが封建社会においてなによりも罪だということ。そこにドラマが生まれているのだということ。
その前提を踏まえて見る必要があったのだと思いました。
そして半世紀前の初演当時よりもその前提を丁寧に表現しないと現代人の感覚では戸惑いの多い作品だと思います。

記憶にある限り柴田作品には根っからの悪女は登場しなくて、むしろ身分社会の中では悪女だと思われる女性の健気さが描かれることが多い気がします。
そこが柴田先生の優しさかなと思います。
けれどどんなにその女性が健気で心映えがよかろうと決して身分を超えて結ばれることはないのです。その先に幸せが見出せないのが柴田先生の思想なのかなとも思います。
唯一主人公とヒロインが身分を超えて結ばれたのは「黒い瞳」かなぁ。あれは女帝エカチェリーナ2世のお墨付きを得るという前代未聞の大技をヒロインがやってのけたからなぁ。
(男女の身分が逆で女性が身分を捨てて結ばれるパターンだと、主人公ではないけれど「悲しみのコルドバ」のメリッサとビセントの例があったのを思い出しました)

どうしても身分の差は越えられない社会に生きている人々なのだということは理解できるのですが、フェルナンドがイサベラに愛を告げる時に許嫁のことを打ち明けるのはどういう了見から来ているのでしょうか。
許嫁を悲しませることはできない(=目的を果たしたら許嫁と結婚する)が、君への思いに偽りはないと言うのは。
自分たちの階級の優位を示して彼女との身分を峻別しているように聞こえるけれど、そういうことなのでしょうか。
許嫁は清らかな心優しい少女だが、君はそうではない。許嫁を悲しませることはできないが、君のことはそう思わない。
君のことは一時の情婦にしかできないが、本気で愛していると。(イサベラの身分なら喜ばしいことのはずだと思っている若様の思考?)
どういう意図をもって言っているのと思ってしまうけれど、つまりそれが身分制度というものなのかと。

ロドリーゴの「私のシルヴィアが死んだ」をうけてのフェルナンドの「私のイサベラも死んだ」は、もうこれ以後は二度と彼女にまみえることはないということを自分に言い聞かせているように聞こえました。
ロドリーゴには聞こえていないのですよね。
フェルナンドとイサベラ、それぞれがそれぞれの居るべき世界に戻り、その2つの場所は此岸と彼岸くらいに隔たりがあるということなのかなと思うのですが、イサベラと同じ身分のラモンとはその後もなんらかのつきあいがありそうなのにと思うと(「また遊びに来てくれ、遠慮するな」とロドリーゴの言葉)釈然としない気持ちも残ります。
男同士の身分の差よりも、男と女の立場の隔たりの方が越えられない世界観なのだなとも思います。

領主に貴族にその部下や使用人、下町のバルに集う人々、軍人に義賊に泥棒さんまで様々な属性のキャラクターが登場し、貴族社会と下町を対比させ、貴族の邸宅やバルや市街のお祭りの場面を配して宝塚歌劇のリソースを最大限に活かす工夫が施された秀作だと思います。
けれど、また喜んで見たい演目ではないなと思います。

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2022/10/22

おおフィレンツェ。

10月15日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇花組公演「フィレンツェに燃える」「Fashionable Empire 」をマチソワしてきました。

「フィレンツェに燃える」はいまから47年前、1975年に上演された柴田侑宏先生の作演出の作品ということで、タイトルくらいは見たことがあるものの、CS放送でも見たことがない、周囲にも見たことがあるという話は聞いたことがない作品で、まっさらな状態での観劇となりました。

座席に着くと、両隣の方がそれぞれお連れ様と初演をご覧になったお話をされていて、さすが関西のマダムはちがうなぁ。幼い頃からふつうにレジャーの選択肢に宝塚がある世界を生きておられるのだなぁと感嘆しました。
(前日に宝塚バウホールで「殉情」を見たこともあり、絶賛関西リスペクト中の私です)

物語の舞台は1850年代、イタリア統一運動が盛り上がる前夜のフィレンツェ。
星風まどかちゃん演じる若き未亡人パメラの白いドレスがヴィスコンティの「山猫」のクラウディア・カルディナーレのようでした。
(「落陽のパレルモ」でふづき美世さんが着ていたドレスでしょうか)
(もしかしてまどかちゃんにこのドレスを着せるためにこの演目が選ばれたわけではないですよね・・?)

柴田先生は貴族の継嗣を主人公にされることが多いですが、この「フィレンツェに燃える」で柚香光さん演じるアントニオも侯爵家の嫡男。時代が移り変わる中、家を守ることを自分の使命と考え疑わない人でした。
そんな彼が恋に落ちるのが元歌姫でいわくつきの若き公爵夫人パメラ。彼に思いを寄せるのがはねっ返りの伯爵令嬢アンジェラ(星空美咲さん)。
まったくちがう属性の女性2人から思われ揺れ動く主人公というのも柴田作品にはありがちですが、ほかの作品と様子がちがうのが、この主人公がきわめて純粋で容易く人から騙されてしまうような人物だと周りから思われていること。

この特性が曲者で、宝塚の主役がこれでいいのかと初見では戸惑ってしまいました。
柚香さんお得意の無条件に全方向カッコイイ人物では決してありません。
アントニオをよく知るアンジェラの身近の人たちはあきらかにその世間知らずぶりをもって、決して意地悪くではないけれども共通認識として彼を愛すべきお馬鹿さんだと思っているんだなとうかがえました。
彼のことを好きなアンジェラもそこは否定できないようでした。むしろ彼女にはそこが魅力なのかもしれません。

じっさい出会ったばかりの得体の知れない女性の身の上に同情し、打ち解け合ったから結婚する!と宣言してしまう人ですから、アントニオは。

そんな兄を心配して、パメラの正体を暴いて兄から手を引かせようとするのが、水美舞斗さん演じるレオナルド。兄とは違って自由奔放な弟という設定のよう。
パメラに対して、あんたは自分と同じ側の人間だと彼女の素性を見抜いていることを突きつける。それを聞いたパメラも我に返ってアントニオに自分を諦めさせる言動に及ぶ。

というのがヤマになる場面だと思うのですが、正直なところ水美さんのレオナルドが悪(ワル)に見えなくて。ん?そうなん?まぁそんならそういうことにしとこか、と思いましたし、パメラが観念するのも、そういう筋立てなのだと自分に言い聞かせて見ていました。
レオナルドがもっと粗野な人物に見えたらなぁ。
たとえば冒頭の夜会の場面でもっと下卑た雰囲気でパメラを見つめたり、父親と招待客の前で露悪的な態度をとって見せたり、ネガティブ方向の印象付けをしてほしかったなぁと思いました。
その印象があればこそ、旅立ちの日の父との和解と別れの感動が高まるのに。

理想を抱いて国家統一運動に参加する従兄弟のビットリオ(愛乃一真さん)に誘われ、断るところももっと何か見えてほしかったなぁ。
レオナルドは本心とはちがうことを口にする人物なはずなので。
彼の中で、何と何がせめぎ合っているのか。
ラストで義勇軍に参加するに至る心境につながっているはずだから。

彼のいちばん守りたいものは何なのか。
それは兄アントニオだと私は思うのです。穢れのない兄を守りたい。そのために自分がどんなに汚れても。
レオナルドとパメラに共通するのは、愛するアントニオのためには自分は悪者になってもよいと思っているところ。
だから2人は共犯になれるのだと思います。地獄までも。

木原敏江先生あたりの漫画を愛読していた私には、このセリフ、このシチュエーションでパッとイメージできる世界観があって。
どうかここまでたどり着いてーと、もどかしさで小走りしたくなる気持ちでした。
こんなに美味しい役なんだから、美味しくいただきたい欲でいっぱいになります。
美味しくなるはずの役と脚本なのにどうしてこんなにあっさりなのかと。エグ味はどこへ??
水美さんのレオナルドは冒頭から、自由だけれどとても兄思いの性格の良い弟に私には見えていました。

レオナルドは演技力で見せる難しい役だと思いますが、主役のアントニオは受け身の芝居で存在感を出さないといけないこれまた難しい役かなと思います。
純粋すぎて計算ではなく行動する。2人の女性に対しても。
まるで神の啓示を受けたかのように自分に使命を課す。
そんな理屈にはならないことを観客に納得させられる芝居を求められる役。
それでいながら愛すべき人物に見える芝居を求められる。

でも柚香さんにはその美貌という武器がある。
その瞳の揺らめき一つ微笑み一つで何百と想像をかきたてることができる人。
なのに、なにゆえ髭を生やした—!?と問い詰めたいです。
髭をつけることで動きに制約があるのか、口元が自由じゃなかったのが残念です。
髭がなかったらさらに見えるものがあったのじゃないかなぁ。もっと表情を読ませてほしかったなぁ。

星風まどかちゃんのパメラにももっとギャップがほしかったなぁ。
パメラの死に遣る瀬無さを感じさせてほしいです。
(欲しがり屋ですみません)

最も柴田作品らしさを味わえたのは、アンジェラたち三姉妹と母親のマルガレート(梨花ますみさん)の場面でした。
「バレンシアの熱い花」でもこんなふうに女性たちがパティオでお茶してたなぁとか。その会話で話題の人物や彼女たちの考え方などが知れるのが面白かったです。

カーニバルの場面では、アントニオとアンジェラの幸せを願うパメラのせつない本心を、同性の先達としてマルガレートは悟っているのだろうなぁと思いました。
おしゃべりで愉快だけれどもそういうところは心得ている頼もしい女性に思えました。
はねっ返りの娘アンジェラに向けられた「たまには自分の心に従わないと酷い目に遭いますよ」という言葉は、前日にバウホールで「殉情」を観劇したばかりの私の心に深く刺さりました。

そんなもののわかった女性なのに、長女のルチア(春妃うららさん)とレナート(聖乃あすかさん)のことに気づいていなかったのも笑いを誘いました。
マチネでは気づかなかったけれど、ソワレで注意してみているとレナートとルチアがさりげなく瞳を交わし合ったりしていて微笑ましかったです。

アンジェラ役の星空美咲さんはセリフを伝える力があるなぁと。言葉を発しながらどんどん気持ちが変化していくのがわかりました。
アンジェラのおしゃべりしながら自分の気持ちに気づいていくかんじは母親似なのだろうなとも思いました。

パメラ、そしてアントニオとレオナルドを付け狙う憲兵オテロを演じていたのは永久輝せあさん。
1人の女性に執着する昏い危ない眼をする役に説得力がありました。
彼をここまでさせるパメラという女性はいったい何をしてきた人なんでしょう。
オテロと一緒にフィレンツェに来たマチルド(咲乃深音さん)が酒場で男性客に絡みながら歌う姿は、冒頭のバルタザール侯爵家の夜会で好奇の目を浴びてパメラが歌っていた姿と重なって、パメラもこんなふうに酒場で歌っていたのだなぁと彷彿とさせられました。
こんな酒場の歌姫でオテロの情婦だった人が公爵夫人になったのかぁ。
そりゃあいろいろやってきただろうなぁと納得させる場面でもありました。

細部ではいろいろ楽しめたのですが物語のヤマがあっさりだったのがもったいなかったなぁと思います。
柚香さん、水美さん、星風さんの主要3人の本来の持ち味と役が合っていなかったのかもとも思います。
また、いまの音楽や舞台機構で隙間なく埋めている作品に慣れている目には、こんなふうに時間の流れと余白を役者と観客自身で埋めていく作品に戸惑いがあるのかもとも思いました。
さすがに50年近く上演されていなかった作品を再演するとなると超えなくてはならないハードルが高いなぁと思います。

つまらないわけではなかったのですが、なにかはまらない感覚に戸惑った観劇となりました。
公演を重ねてをいけばきっと良い方に変化すると思いますけど。
ということで千秋楽のライブ配信を楽しみにしたいと思います。


Fashionable Empire 」は大劇場で見た時も好みのショーでしたが、全国ツアーバージョンはさらに洗練されていてよかったです。
ビートが効いたかんじ、長尺のダンス場面はとくに好きでした。

大劇場と変わったところでは、MISTYの場面の侑輝大弥さんの女役のダンスがとても妖艶でスタイリッシュで印象に残っています。
大劇場では美風舞良さん、音くり寿さんが担当されていたところを歌われていた咲乃深音さん、湖春ひめ花さんの歌も素晴らしかったです。

「殉情」チームも全国ツアーチームも下級生が活躍されていて、お名前を覚えていくのもうれしいですし、これからの花組がさらに楽しみです。

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2022/04/06

And Music and Love and Romance.

3月28日と29日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇花組公演「TOP HAT」を見てきました。

見ているだけで幸福感に満たされる柚香光さんと星風まどかちゃんのデュエットダンスに夢見心地になりました。
いつまでも見ていたい。終わってしまわないで。そんな気持ちになりました。

恋するまどかちゃん(as デイル)、輝いてました。なんてまぁこんなに綺麗な女性になって(感嘆)。(研1さんから見ているもので感慨無量)
ジェリー役のれいちゃん(柚香さん)は組んでいる娘役さんを魅力的にする魔法をもっているみたい。
そして女性から平手打ちをされてこんなに素敵に見えるなんて只者じゃあないです。知ってたけど知ってた以上です。
毎晩夢で見たい2人だなぁ。目を閉じたられいちゃんとまどかちゃんが踊っている・・想像するだけで至福。

じつを言うと、初演を見ているのに1幕は細部をほとんど覚えていなくて、あれ?こんなだったっけ?そういえばこんなだったかも??などなど新鮮に見てしまいました。
CSで放送されることもなくて映像を見返すチャンスがなかったからかなぁ。
なんて思ったんですが、いやいやいや。2幕を見終わってわかりました。
たぶん初演の時も、2幕のまぁさま(朝夏まなとさん)とみりおん(実咲凜音さん)のダンスにうっとりして細かいことは全部忘れたんじゃないかな(笑)。あとは愛ちゃん(愛月ひかるさん)のべディーニの衝撃(笑)。
初演も再演もこの2幕のために1幕があったと言って過言じゃないかも。2幕を見たら1幕のことを忘れてしまう(笑)。

終演後に公演プログラム巻末の初演の写真を見て、あああこんなだった!と記憶がすこし戻りました。
かんたんな比較をすれば、宙組初演はシックでスタイリッシュで、花組再演版はキュートでスウィートかな。
(みりおんとまどかちゃんのドレスがまさにそんなかんじ)
初演はコメディが強めで、再演はロマンスが強めな印象かな。

翌日は劇場に着く前から楽しみで楽しみで。またあのペアダンスが見られるのかと思うと心ウキウキ顔面ニマニマしてました。(マスクよ今日もありがとう)
終演後は身も心もめろめろに溶けて液体になった私が客席の染みになっていたのではなかなと思います。
(送り出しのバンドが奏でる「TOP HAT, WHITE TIE~」を聞きながらなんとか人の形に戻れました)

ドリーミングな主演の2人に勝るとも劣らずラブリーだったのが、水美舞斗さんと音くり寿ちゃんが演じたホレス&マッジのカップル。
初演よりも若い役づくりだったかな。相手の言葉に対する表情などまだまだハネムーン感が漂ってました。
ホレスの貶し言葉に一瞬ズキッときてる表情のマッジにキュン。そこからさっと気を取り直して相手を貶す言葉を紡いでたような。
どこまでOKかまだまだ探り合いを残しているカップルの様子がちょっぴりスリリングで微笑ましかったです。
(初演はどこまでOKか熟知して戯れている大人のカップルだった記憶)

音くり寿ちゃんは芝居を引っ張る力があるなぁ。
デイル役のまどかちゃんと女同士の会話が面白くて可愛くて。2人同期ということもあって、なんか可愛い2人がわちゃわちゃしてる~♡ってとってもときめきました。
あんまり大人なマッジに作っていないところも効いていて、花組のこのキャストで演るならこれで正解な気がします。

れいちゃんジェリーと水美さんホレスのやりとりも同期ならではの気安さがいい感じに効いていました。
ジェリーってほんと自分本位でホレスの心配事に対しても上の空だったりするのに、そんなジェリーのために一生懸命になってくれるホレスってほんと好い人。
私の知らないところでホレスのために尽力してあげてないとジェリー許さんぞなレベルなのだけど、ホレス本人がいちばん気にしていなさそう。
とっても良いお金持ち。
デイルがハネムーンスイートに押し掛けてきた時のヘアーキャップとガウン姿のあれやこれ最高でした。

初演で愛月ひかるさんが怪演したべディーニ役の帆純まひろさん、面白可愛かったです。
デイルのことを真剣に幸せにしてあげようとしてたような気がします。人の好さが滲み出ててラストはちょっとお気の毒な気持ちになりました。
(初演の愛月べディーニは俺様感と変人感が強かったんだなと再認識・・笑)
「雨に唄えば」のリナ・ラモントにしてもこの「TOP HAT」のべディーニにしても、主人公たちのライバルがとんでもない目に遭わされながらも反撃しないから大団円で終われるんだけど、宝塚で上演するとなんともいえない後味も残るなぁ。演じた人への愛着もあるからかなぁ。

ハネムーンスイートで服を脱いでいく場面、スーツの下に着ているのは派手なインナーってことでいいのかな。
28日はイタリアのトリコローレにべディーニの顔入りで、29日マチネは甲冑の柄のようでした(騎士っぽいアドリブ付)。
デイルにあんな素敵なドレスをデザインする人なのに、自分のインナーはこうなの? 
盛り上がる場面にしたいのだろうけど方向性に疑問も感じました。
おなじことをやったとしても初演の衝撃は超えられないと思うし、だからといってエスカレーションするべきではないし、宝塚歌劇にとってもタカラジェンヌにとってもメリットがない気がして。

ベイツ役の輝月ゆうまさん、「プロミセス・プロミセス」に続いて特別出演を見ることができました。
不自然な役を自然に演じてるというか、客席に見せないといけないところは見せつつ、邪魔になってはならないところでは存在感を出さない、その塩梅が巧いなぁと思いました。
場面とリンクしないことを滔々としゃべる役でもあるので、何を言っているのかわからないと笑えなくなるのだけど、言葉がはっきりしていてセリフが生きていました。
大団円にもっていく場面も気持ちよかったです。

あと気になってプログラムでお名前を確認したのが2幕冒頭のウェイター役の愛乃一真さん。(で合ってるかな)
デイルに積極的にコナを掛けにくるかんじがイタリアーノらしくって、ベニスに来たんだなぁ感がしてニヤついてしまいました。
しかもいちいちキザな身振りで花組を見ている満足感もありました。美味しい役をここぞと愉しんでいるなぁ。
大劇場公演ではどんな役をされているのかな。

2幕は冒頭から、音楽もダンスも楽しくてここは天国なんじゃないかな?と思いました。「ピコリーノ」大好き。いよいよはじまるぞってかんじ。
ホテル・ベネチアのぜんぶが好きです。歌もダンスも小芝居も。タカラジェンヌの尊さをひしひしと感じる場面でした。

ここからラストまで名場面、名曲の連続で目も耳も心も大忙しでした。
いまの花組で「TOP HAT」を演ろうと思った人は天才だと思います。

(そして翌日私はドラマシティに花組別チームの「冬霞の巴里」を見に行きました。。。同じ場所の上と下で。。。花組の恐ろしさを思い知る私。。。)

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2020/12/02

この新しい星の世界で。

11月25日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇星組公演「エル・アルコン-鷹-」「Ray-星の光線-」を見てきました。

「Ray-星の光線-」は大劇場公演を見たときも、奇をてらうことのないストレートな演出で、シンプルにこれでもかの素材勝負のショーだなと思いましたが、全国ツアーバージョンはさらにその色合いが濃くなっていました。
舞台装置はいたってシンプル。笑いも取りに来ない。ひたすらにソング&ダンスという構成でありながら、一時も飽きさせることなく楽しませてくれる琴ちゃん(礼真琴さん)は最高にエンターテイナーだなぁと思いました。
中村一徳先生のショーは選曲がとても好きなのですが、もとめられているパフォーマンスは宝塚歌劇では限界があるとずっと思っていました。それゆえタカラヅカナイズされたパフォーマンスこそを愉しむものだと思っていた私の先入観を、琴ちゃんは気持ちの良いほど裏切ってくれました。

オープニングにロックな主題歌でアジテートしていくのは中村一徳先生のショーの定番で、「Ray」もたがわずそのパターンなのですが、梅芸で見た「Ray」は、オープニングからえっこれは?と思わず前のめりにさせられる衝撃的ななにかがありました。
バックビートのノリ方がちがうのでしょうか。シンプルなソング&ダンスにはちがいないのですが、琴ちゃんをはじめとするメンバーが、ロックはロックに、ジャズはジャズとして歌って聞かせてくれるので、何曲歌い継いでも単調に感じることなく愉しむことができました。さらにこのカウントでこんなに踊る???ともはやあっけにとられる身体能力とリズム感を惜しげもなく披露してくれて、あっという間の55分でした。(体感としては15分くらい)琴ちゃんについていく星組メンバーも凄いと思いました。

それから星組会(ファンクラブ)がリードする手拍子がどのナンバーにも合わせてきて、一緒に手拍子することで私自身も舞台上の人たちが奏でるパフォーマンスに参加しているような気持ちになれてとても楽しかったことも記しておきたいと思います。
ホール中を満たす興奮。感染予防対策のため歓声1つある訳でもないのに、手拍子と拍手だけで、ここまで舞台と客席は一体となれるのだなと思いました。
それも見る者の心を動かすパフォーマンスがあればこそ。
琴ちゃん率いる星組の可能性の大きさを感じ、明るい未来を確信しました。

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2020/11/27

鷹は海をめざし海に生き海へ還る。

11月25日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇星組公演「エル・アルコン-鷹-」「Ray―星の光線-」を見てきました。

「エル・アルコン-鷹-」は、最初はスペクタクルな礼真琴さんの歌声に酔いしれ、舞空瞳さんの脅威のドレス姿と(なんでしょうあの身頃の小ささ!そして腰から下のスカートのバランス♡)どういう体幹があったらそのポーズを維持できるの?という美しい身のこなしにほわあぁぁぁん♡となり、ティリアンとギルダとしての2人のセリフの掛け合いもなかなか小気味よくて、これは期待♡と思って見ていたのですが、作品自体の描かれ方が途中からどうしても受け付なくなってしまいました。
大昔に原作ファンだったあの頃の大切なものを踏みにじられてしまったような気持ちになってしまって。
第二部のショー「Ray」が最高に素晴らしくてこれだけでチケット代以上の価値があり興奮して帰宅したのですが。
ショーの感想はのちほど書くつもりですが、ここではどうしても書かずにいられない大昔のファンの繰り言を。

このお芝居の原作が描かれた1970年代はいまよりずっと女性蔑視な考え方が生きていて、「はいからさんが通る」の青江冬星ではないけれど「女は泣く」「女はサボる」、即物的、数字が苦手、感情的、大局でものを見ることができない等々と文筆家の人たちでも普通に書ていた時代でした。人間的に負とされる部分を女性という属性の特徴だとされて、それを有していることを「女らしい」と見做されていた時代でした。『婦に長舌あるは是れ乱の階なり』—— 慎みのある女性が尊ばれるのは自分が劣っているという立場をわきまえて決して男性が為そうとすることの邪魔をしないから。
まだまだそんな空気が蔓延る時代に、新しい時代の風を感じて生きていた当時の少女たちの中には「女らしい」と言われることに蔑みの目で見られてるような居心地の悪さを感じる者も少なくなかったと思います。
そういう少女たちが既存の文学の中にはない生き方を少女漫画の中に探り求め支持したのが、女性に生まれて軍人として生きる主人公の物語や、少年同士の友愛を描いた物語、動乱の時代をたくましく生きる女性のロマンスなどではなかったかなと思います。現実にはとてもいないような女性に献身的な男性が登場するのもポイント。

そんな時代に、女性に都合が悪い男性たちを描いて人気を博したのが「エル・アルコン-鷹-」等の作者である青池保子先生でした。
その青池作品には「女性嫌悪」が根底にあるとずっと思っていましたが、それは当時の「女性らしさ」という概念に対する嫌悪ではなかったかといまにしてみると思うのです。大事な局面で泣き喚き、任務の邪魔をし、即物的で色恋にしか興味がないとされる存在=「女性」への。

齋藤吉正先生の作演出による宝塚歌劇の「エル・アルコン」は、その原作にある女性嫌悪の部分をさらに別な方向に煮詰めてしまったようないたたまれなさがありました。
それは本来の原作の方向とは真逆ではないかと思わずにいられませんでした。

また原作のティリアンは、野望のためには手段を択ばない敵役ではあれど、部下を信頼し傲慢な上司には激しく憤り(そのプンスカ具合が好きでした)、時には水夫と一緒になって肉体労働をして窮地を脱したり、幾度も死にかけるピンチにも遭う。部下に「死ぬなよ」と声を掛けることもあれば、彼なりに人を悼みもする(自分が殺めた者だったりするけれど)。
そんなエピソードのなかに、それでも野望を捨てない理由や冷酷な所業をやってのける理由が見出せる、感情的で人間らしい面もふんだんにある、激しさと冷たさのギャップが魅力的な人物でした。ですが舞台のティリアンは立派な衣装を着込んでしじゅう抑えた声で話す人物で、彼を魅力的に見せるエピソードを芝居で見せる場面はなく、かわりに寒々しいモノローグで誤魔化されていて、キャラクターとしてちっとも魅力的に思えませんでした。

いまでは「エル・アルコン」がシリーズの代表作であり代名詞ですが、世に出たのは、麗しの女装海賊キャプテン・レッド(ルミナス・レッド・ベネディクト)が主人公の「七つの海七つの空」が先でした。そしてそのレッドは、当時はまさに“言わずと知れた”レッド・ツェッペリンのヴォーカル、ロバート・プラントがモデルでした。
彼の部下にはツェッペリンのメンバー、ジョン・ボーナム、ジミー・ペイジ、ジョン・ポール・ジョーンズがモデルになっているキャラクターがいて、その関係性を面白がって読んでいた記憶があります。
あの頃の英米のロック・グループへの少女たちの熱狂は、その音楽性以外にも、もしかしてそれ以上に、「男性だけのグループの関係性」というものに憧れと夢を募らせた結果なのではないかと思います。問答無用に自分の属性が劣った一方とされてしまう男女の関係よりも、男性だけの盟友関係に夢を見たのではと。
そんな頭の中だけ、仲間内だけの空想が漫画という二次元の中で具現化されていることをどうして喜ばないでいられましょう。愉しまないでどうしましょう。そしてさらに性別を超えた装いや性別にこだわらないセクシュアリティのキャラクターたちが支持された理由も、おなじところに根があるのではないかと思います。その表現もいまとなってはアウトかもしれませんが。
この傾向はキャプテン・レッドの末裔とされるキャラクターたちが活躍する別作品「エロイカより愛をこめて」の初期により強いかな。
「七つの海七つの空」のほうは、イングランドの海賊たちがチームとなり、もうひとりの主役ティリアンが率いるスペイン無敵艦隊を敗るアルマダの海戦をクライマックスとする物語を紡いでいきます。

この「七つの海七つの空」には当時の少女漫画らしくちゃんとヒロインが登場します。それが貴族の娘ジュリエット、舞台では桜庭舞ちゃんが演じていましたが、私はこのジュリエットの登場でさ———っと醒めてしまいました。桜庭舞ちゃんは演出どおりにカンペキに演じただけだと思うのですが。
原作のジュリエットはあんな頭が弱そうな話し方をする女の子ではないし「お嫁さん」に憧れる子でもありません。あんなふうにハートの照明をあびて笑い者にされるようなキャラクターでもありません。
結婚よりも自由と夢と海賊に憧れる17歳。意に沿わない人の花嫁になるところを海賊に攫われて、さらにレッドたちに救われてみずから海賊見習いになる女の子。原作漫画を読んでいた頃は、レッドと仲間たち、ティリアンとニコラスがいれば満足で、正直ジュリエットは邪魔に思っていました。バンドの中の紅一点ってかんじで居方が難しい立ち位置だけど、彼女なりにレッドたちの役に立とうと懸命に生きて、ティリアンに一杯食わせたりもしてる。レッドに淡い恋心を抱きながらも、それよりも仲間として役割を果たすことで彼らの中に自分の居場所を作ろうとする子。いまになって考えると彼女の気持ちがよくわかる気がします。だからこそ、宝塚歌劇であんな描きかたをしてほしくなかったなと思うのです。
シグリットもペネロープもあの時代を女性として懸命に生きているキャラクターだと思うのだけど、舞台での描かれ方にはまるで愛を感じられませんでした。むしろ「女の浅知恵」とでも言いたげな描かれ方でした。
原作では、愛の言葉を囁きながら自分の腕の中で刺殺したペネロープの最期にティリアンはくちづけをしていたし、その遺体の処理を「できるだけきれいにしてやれ」と命令したり、けっして心のない人間というわけではなかったのに。
ただいつも彼は死と隣り合わせの運命に挑戦し続けていたから、他人にも死と隣り合わせの人生をその手で与えてしまう。だからといって人を人とも思わない人間では決してないと私は思います。

さらに最もショックだったのが、ギルダの描かれ方でした。
原作のギルダは、まさに「女にはできない」とされていたものをことごとくやってのけるキャラでした。身体中にある創傷、それまでの少女漫画にありがちだったリカちゃん体型ではなく、長身面長で首筋もしっかりとしたバービー体型、スカートを翻して剣を揮う女海賊。誰にも屈することなく、ティリアンとも互角に戦い、敗れ、すべてを失ってもなお、ティリアンの命を狙い続けた誇り高き女性。ティリアンは彼女の最期に敵将として心からの敬意を払っていたのに、舞台での詰まるところ女でしかないような描かれ方がとてもショックでした。
そしてとってつけたような原作にはない安っぽい子ども時代のエピソード。あんな蛇足を足すくらいなら、その尺をつかって原作のエピソードを描いてほしかったと思います。原作ものを手掛ける以上は逃げずにちゃんと向き合ってほしいと思います。

そしてキャプテン・レッドも幼く作り過ぎている気がしました。
幼い頃から義父に虐待を受け、その愛人たちに囲まれて育ち、みずからの境遇を自分の力で切り拓くために野望を胸に士官学校から海軍に入隊し権力に近づく道を選んだティリアンと、豪商の息子として両親に愛されオックスフォードの法科で学び、父親が反逆罪で処刑されてすべてを失うも、心に復讐を秘めて仲間と海賊として生きるキャプテン・レッド。
育った環境はちがえど、ともにアルマダの海戦時で20代半ば。
レッドもいつまでも世間知らずの若者ではないだろうし、1年のあいだに人間として逞しくなったレッドがティリアンと対峙するからこそ、ティリアンもより大きく見え、その生き方に説得力がでるのでは。
初演のキャストがどうしても年齢差があるように見えたのかもしれないけれど、初演が必ずしもベストではないのだから、いまのキャストといまの感覚で作品に向き合ってほしいなと思いました。

原作はどのキャラクターも心をもった人間として描かれていました。だからこそ読みごたえがあり私は(おそらく多くの人が)夢中になったのです。
冷酷といわれたティリアンにも心があり、なぜそうするのかという理由を見出すこともでき、心酔することができました。
舞台ではただただ非道な行いを重ねるだけになっていたのが残念でなりませんでした。

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2020/08/13

どんな世界をつくるか競争ね、わたしたち。

究極の融和、ユートピア思想、それを渇望するわけ。
ちがいが争いを、分断を、不幸を招くと考えたから。
神の恵みが当たり前の人びとと明日には命がないかもしれない憐れなみなし子。

8月4日と5日、梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇宙組公演「FLYING SAPA -フライング サパ-」を見てきました。
以来ずっと心のうちでブコビッチ(汝鳥伶さん/穂稀せりさん)と対話をしているような気がします。
彼がめざしたもの。彼がわかってほしかったことを知りたくて。

ブコビッチと対話したオバク(真風涼帆さん)は宇宙へと冒険の旅に出ることを決意。
崩壊した共同体のシステムの再構築に関心を向ける人ではなく、未知をもとめて刺激的で外的リスクの多い人生をその足で歩いていきたい人なんだな。
たしかにそういう人だったと思います。SAPAの違法ホテルに目的地へ向かうでもなくぐずぐず停留していた人たちを一蹴したり、「自己責任」を口にして人助けは不本意そうだったし。レジスタンスとして活動していたのも誰かのため社会のためではなくブコビッチへの憎しみのため、それだけだったのじゃないかな。

その彼の無謀ともいえる旅にポルンカの人口の半分(15,000人?)の人びとが同行するというのがどうにも解せないのです。
いつの間にそれほどの人びとを束ねる艦長と認められる人になったのかな。
その15,000人とはどんな人たちなんだろう。タフで健康で夢のある人たちかしら。

私だったらオバクにはついていかないなぁと思います。福祉とか医療とかに感心がなさそうなリーダーだし。
ピカピカのキレイゴトと批判されても「誰も見捨てない」と言ったノア(芹香斗亜さん)とポルンカに残りたいなぁ。
ノアを批判したイエレナ(夢白あやさん)は「サーシャ(オバク)だったら」と言いかけたけど、オバクだったら「自分の身は自分で守れ」と言ったはずと言いたかったのかな。

そんなイエレナもオバクたちとは旅立たずポルンカに残るという。子どもが生まれるからと。それは口実かもしれないけれど、それが口実になるくらいには、子連れでは困難な旅ということなのだろうな。
誰でもが行ける旅じゃない。

そんな旅に行きたい人びと、行くことができる人びと・・・夢と自信に満ちた人びとを統率するオバクとともに旅立つミレナ(星風まどかちゃん)。
微笑ましいクーデターを起こしてポルンカに残り黴臭い民主主義とやらをやりなおすと宣言するイエレナ。ノアとともに。
それぞれに苦しみ自分を苛み抜いた2人がふたたび友情をわかち抱擁する場面が大好きでした。
「どんな世界をつくるか競争ね、私たち」と。
壮絶な15年間を過ごしてきた2人。愛についてはこれからたくさん学んでいくのだろうな。
そして憐れなみなし子ブコビッチと内なる対話を登場人物のだれかひとりでもいいのでしていてほしいな。ときどきは。

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2019/12/02

薔薇の上で眠る。

11月23日に梅田芸術劇場メインホールにて、宝塚歌劇星組公演「ロックオペラ モーツァルト」を見てきました。

星組さん、こんなに歌が上手なんだとびっくり。私のなかではいわゆる“美貌枠”の生徒さんも、実力ある方々に引き上げられてか思ってた以上に歌えてて、これから星組さんを見に行ったらこのレベルの舞台が楽しめるってことかとポテンシャルの高さにわくわくしました。

作品自体は、私的にはあまり好みではありませんでした。
花組宙組の大劇場公演を見たあとだったのもあるかもしれませんが、やはり私は宝塚らしい舞台が見たいのだとあらためて思いました。

全体的に邪悪さも華も希薄で下世話さが強調されてて、宝塚でもなければロックでもないなぁと。
モーツァルトは卑俗な男なんだとは思うけども同時に愛される魅力もあると思うのだけど。
なんというか、モーツァルトには才能しか愛すべきところはないような印象を受けて、それはどうなの?と。
才能だけを愛されてほんとうの自分を愛されない孤独っていうのは芸術家あるあるだとは思うけど、彼もまた孤独なアーティストなんだろうけど、見ている観客には彼の愛すべき魅力がつたわるように描かれていてほしいなと思いました。

彼のピュアさ、信じやすさ、エキセントリックさ、身勝手さ、喜び、悲しみ・・・それらに心震わせられたかったなぁ。
孤独はすごく感じました。

世界観が矮小でスケールが小さく感じたのはなんでだろう。帰路ではそれをぐるぐる考えました。
親子間の愛情も姉妹間の確執も、どれも浅くしか描かれていないから、役者がやりようがないのではないかな。
なぜ、いまなおモーツァルトの人生が描かれ、人びとがそれに共感するのか。
とくにロックオペラとして描かれ、支持を得ているのはなぜか。
その答えとなるものとは真逆ななにかが散見されて楽しめなかったのではないかなぁと思います。
楽曲本来の活かし方次第ではそれも挽回できたかもしれないけれど、そもそも宝塚はそこは得意分野じゃないからなぁ。だからこそ、ストーリーの作り方が大事なんだけどなぁ。

1幕ラストの舞空瞳さんのダンスが印象的で幕間の脳内はその残像で埋め尽くされました。
フィナーレも素晴らしかったです。紫藤りゅうさんと極美慎さんのダンス場面は最高に好みでした(笑)。
そしてデュエットダンス! こんな心高鳴るデュエットダンスはひさびさに見るかもしれない。(コムまー以来かも???)
礼真琴さんと舞空瞳さんの新トップコンビを心から祝福した瞬間でした。
これからどんな作品を見られるのかたのしみです。

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2018/08/23

だっておなじだもの。

7月30日(月)、8月8日(水)に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇宙組公演「ウエストサイド・ストーリー」を見てきました。

あまりに古典的なミュージカルをいまこの時代に見て感動できるのかなと一抹の不安があったのですが、まったくの杞憂でした。
いまだからこそ感動したとも思いますし、この作品の奥深さを感じました。


真風涼帆さんのトニーがどうしようかと思うくらいとっても好みでした。
タレ目で金髪で育ちが良さそうな青年。
(育ちが良さそうというのはお金持ちの息子ということではなくて大人から正しく教育を受けている感じがするという意味で)
ハンサムという言葉がこれほどぴったりな人がいるかしらという。
見ているだけで幸せ。とても魅力的でため息でした。
(どうも私はルイ、フェリックス、トニーの系統に弱いらしい・・・)

トニーはポーランド系移民の2世。父親は夜学に通い、母親はいつも台所にいるちょっと太めの女性らしい。
楽な暮らしではないけど(夜学に行くのは英語力をつけてもっと収入の良い仕事をもとめてかと)勤勉で家庭的な家で育ったのがトニーのよう。
そんな家庭が居心地が良いのか、澄輝さやとさん演じるリフは4年もトニーの家に居候しているらしい。
トニーの両親はリフの事情をわかっていて居候を許しているのかな。
(叔父さんがどうやらリフに酷いみたい。どういうことかしら)

空想で互いの両親を紹介する場面、マリアをママに紹介するくだりで怖気づいて照れ笑いするトニー。
紹介するんだ。怖気づくんだ。といちいち関心してしまいました。
それが彼にとってのあたりまえなんだな。そういう親子関係なんだなと。
「息子さんを厄介払いできるんですよ」というマリアのアドバイスが気の利いた冗談になる関係なのだな。
トニーもマリアも家族の愛情に甘えることができる子どもなんだな。
なんだか、ほかのジェッツの子たちの境遇を思うとせつなくなりました。

アル中の父親、ジャンキーの母親、コールガール、客引き・・・彼らの周りにいる大人たち、ヨーロッパ系の移民の2世3世にあたる人たちだと思うけれどまともな就労は難しく、子どもに十分な愛情をかける余裕がなさそうで。
『出ていけ』『クズ』などの罵倒を日常茶飯事のように浴びせられているのが伺えるジェッツの子たちの自己肯定感の低さがとても悲しく思えました。
彼らには「厄介払い」という軽口も心に刺さりそう。
身体障碍、精神障害、トランスジェンダーなどを馬鹿にしながら裁判官やソーシャルワーカーに扮した仲間が自分たちをその人たちと同じだとお道化る場面は見ているのがつらかったです。
自分たちはしょうがない、こんな育ちだものと言う。

トニーにとって不良グループに帰属してストリートで暴れていたのは若者の通過儀礼的なものだったかもしれないけれど、彼らにとってはここにしか居場所がない。
明日も見えない彼らには、いま、ここ、しかないのだなぁと思いました。“シマ”であるストリートとここにいる仲間がすべて。
親に甘えられない彼らが自分をさらけ出して甘えられる相手はジェッツの仲間だけ。
彼らを見ていると胸が痛くてしかたありませんでした。

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