カテゴリー「♖ 東京宝塚劇場」の48件の記事

2025/07/23

糸の芯まで真赤に染まる

7月2日と17日に東京宝塚劇場にて「阿修羅城の瞳」「エスペラント!」を見てきました。これで私の「阿修羅城の瞳」生観劇は最後になるだろうと思います。

最高のエンターテインメントでした。
どこまでゆくのかどこまで極めるのか礼真琴!と。セリフ回しも間合いも殺陣も歌も、見得を切るときのつま先から頭のてっぺんまでも、どこをとっても胸がすく爽快感。満足と納得のリフレイン。このレベルのタカラジェンヌに私はもう二度と出遭えないかもしれないなどと思うなど。奇跡を見ているような心地がしました。

星組生の集中力も凄まじいなと思いました。どこにも隙がない。
宝塚大劇場公演からいちばん変化を感じたのが邪空(極美慎さん)でした。出門(礼真琴さん)への執着が尋常ではない大きさで彼の内側で渦を巻いているのが感じられました。
銀橋でのソロナンバーはオケとも相俟ってとってもロックテイスト増し増しでよかったです。
おなじく宝塚大劇場公演で存在意義がいまいち薄いと感じた毘沙門(天飛華音さん)と大黒(稀惺かずとさん)の存在感が見違えるほどに増していたのにも驚きました。2人ともセリフのタイミングがすごく良くてコミカルな表現(アドリブ)も場面に添っていて楽しかったし、鬼に身体を乗っ取られているときの打って変わった表情、立ち姿も目を惹きました。

宝塚大劇場公演の初見でつばき役の暁千星さんに感じた躊躇のようなものも東京公演ではまったく消えていて、愛嬌と妖艶さと凄味がその身から溢れ出る暁さんゆえの紛う方なきつばきが存在していました。
礼さんの出門からつばきへの愛、つばきから出門への愛が宝塚大劇場公演で見た時よりもいっそう深まっていて、この愛があるからこそのこのドラマなんだと納得しかありませんでした。

「阿修羅城の瞳」を見てつくづく思うのは、星組の娘役の層の厚さでした。
前作までは星組のザ・プリンセスな舞空瞳さんがいて、彼女に心奪われていたこともあって気づいていなかった自分の迂闊さにデコピンしたい気持ち。星組には素晴らしい娘役さんがこんなにいたのだなと思い知った心地でした。
詩ちづるさん演ずる桜姫は宝塚大劇場よりもさらにパワーアップしていてもう見ていて楽しくて仕方がありませんでした。
17日は賀茂白丞(朝水りょうさん)南雀(蒼舞咲歩さん)が揃って「さしすせそ」「たちつてと」を「しゃししゅしぇしょ」「ちゃちちゅちぇちょ」に拗音化して話すのが可笑しくて(古語の発音っぽくもあり)、それがまさかの江戸っ子の桜姫や出門にも移ったりもして笑ってしまいました。

少女役の茉莉那ふみさんの巧さには目を瞠りました。芝居も歌も、出門に斬られる勢いで弧を描いて駒のように回転し倒れるところは吸い込まれるように見惚れていました。
笑死役の瑠璃花夏さんも逢魔が時に手鞠を抱えて佇む姿、無垢な声音で禍々しい童歌を歌うところ、無垢な声色が俄かに魔を帯びるところ、どれをとっても独特の雰囲気を纏っていて思わず見入ってしまいました。

この公演を最後に専科に異動となる美惨役の小桜ほのかさん、この公演で退団する阿餓羅役の白妙なつさん、吽餓羅役の紫りらさんの巧さ、娘役としては珍しく武器をもって戦う場面も見事に演じて頼もしくも感じるにつけ彼女たちが星組からいなくなるのは痛手だなぁと思います。
でも新人公演で鳳花るりなさん、瞳きらりさん、詩花すずさんがこの難しい3役をしっかりと勤めていたのを見て、星娘の気概、技術はしっかり受け継がれているのだなぁという感慨も覚えました。
そんな彼女たちが本公演では鬼や桜姫の侍女たちの中にいて、あの巧さでもいまの星組ではそうなるのだなぁという層の厚さを痛感しました。新人公演で桜姫役だった乙華菜乃さんもおなじくです。

ショー「エスペラント!」はやはり選曲が好きだなぁと思いました。
「ニカの夢」~「チュニジアの夜」~「The Shadow of Your Smile」のナンバーと男役のカッコ良さがたまらなく好きでした。
黒燕尾の男役と夜会服の娘役の「Stardust」~「Smile」もハッピーで大好物でした。
スタンダードナンバーをクールに歌い踊る近年のタカラジェンヌに惚れ惚れしています。
今回もハイレベルのパフォーマンスを軽々とこなす星組生に圧倒されていたらあっという間に終わってしまうショーでした。

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2025/04/23

しのぶることのよわりもぞする

4月8日9日、18日に東京宝塚劇場にて宙組公演「宝塚110年の恋のうた」「Razzle Dazzle」を見てきました。

1月終わりの宝塚大劇場以来2か月半ぶりの宙組観劇でした。8日と18日は1階席、9日の三井住友カード貸切公演は2階席から観劇しました。
1階席で観劇した日はお芝居最後の客席降りでお名前を覚えたての下級生と触れ合うことができて楽しかったです。(2ヶ月半でお名前がわかる生徒さんが増えました!)

「宝塚110年の恋のうた」を見て宙組生の和物化粧が大劇場公演より格段に美しくなったなぁと思いました。
2018年の日本物レヴュー「白鷺の城」の男役さんたちは白塗りというよりも日本物のお芝居に近いお化粧だったので、今回のようなしゃべ化粧の宙組男役さんたちを見るのが新鮮で。
さすがに星組花組で日本物レヴューの経験がある芹香斗亜さんは大劇場公演から格別の美しさでしたが、次期トップの桜木みなとさんのお化粧(とくに目元)が以前よりも目を瞠るほど綺麗になっていて嬉しかったです。

大劇場公演で芹香さんが歌った「恋の曼陀羅」「琴時雨」と七夕の場面の一連がとても心に沁みて(鷹翔千秋さん水音志保さんの「恋の笹舟」風色日向さん山吹ひばりさんの「星逢一夜」がとくに好きでした)、東京公演観劇を待ちきれずBlu-rayも購入しましたが、18日の観劇では亜音有星さんの「砌(龍の宮物語)」に心奪われてしまいました。歌い方がかわったかしらと思うほど歌もとても胸に響きましたし、シケから滴るような色気、赤い口紅も目尻のラインも魅惑的でうわっと思ってそれからずっと亜音さんから目が離せなくなっていました。(大劇場のときからこんなでしたっけ・・?!)

日本物のレヴューはことさらに激しい動きがあるわけではないのだけれど、それだけに演者から醸し出される一瞬のきらめきによって見える世界が変わることがあるのだなと身をもって経験した気がします。(長らく宙組ファンなため日本物レヴューをリピート観劇する経験そのものがすくなくて気づかないでいままで過ごしてしまったかも)
宙組は組の立ち上げ前の香港公演以来20年以上日本物のレヴューの上演がなかったので、今回のショーは組ファンの私にとっても貴重な経験でした。
お化粧も含めて宝塚の日本物レヴューの華やかさや艶はほかではなかなか見られないものだと思いますので、この先もずっとつづいてほしいなぁと思います。

遠征中の4月8日の観劇後に演出家の谷正純先生の訃報を知ることとなり、芹香さんたち93期は谷先生の日本物レヴュー「さくら」で初舞台を踏んだのだったなぁと、その初舞台公演の後もののお芝居はこれまたトップスターの安蘭けいさん演じる主人公が騙し騙されるハッピーエンドのミュージカルコメディだったなぁと思ったり。
奇しくも初舞台公演とおなじく日本物レヴューと後もののハッピーエンドのミュージカルコメディで卒業していく芹香さんを思ってしみじみとあはれを感じたりしました。
去りゆく人びとが残してゆくものがこれから先の宝塚でも引き継がれていきますようにと願いました。

そしてあらためて芹香さんの退団公演が「Razzle Dazzle」で良かったなぁと思いました。
いまでも思い出すと涙ぐんでしまいそうになる「金色の砂漠」のジャー。自分が与えられる幸福と自分では与えられない幸福の狭間で平穏と秩序と愛のために彼が選んだ未来。
宙組デビューの「天は赤い河のほとり」でいまめくエジプトの将軍ラムセスの「ふたり並んでミイラになるまで」に心臓を射抜かれたこと。
2作目の「異人たちのルネサンス」以降はちょっとネジを巻きすぎたような役が多かったなぁという印象ですがそれもよき思い出。
そんないろいろが思い出されてこれが見納めなんだなぁと切なくもなりつつ、このとぼけた感じのレイモンドが愛おしくて、映画を愛する仲間たちに触発されて自分の未来を自分で決めていく彼を心で応援しながら、彼を応援するエキストラの仲間や彼と関わる人びとを愛しく思いながら、その思いを卒業していく芹香さんといま一緒に舞台に立っている宙組生に重ねて彼女たちのここからの未来が明るいものでありますようにと願っていました。

2階席に座った日はオペラグラスでラズルダズルのお客たちを見ると、それぞれがクラブの客として背景を持って舞台で小芝居をしている姿に目が離せなくなりました。上手側テーブルのレイモンド(芹香さん)たちを見なければと思うのに、ついついあちらのテーブルこちらのテーブル、階段の上やバーカウンターで談笑している人たちを隅々まで見てしまって・・もう目が足りない!となってしまいました。
映画撮影のシーンでもそうなのですが、舞台の上のひとりひとりが役として活き活きと演じている姿がストーリーの内容とも重なってなんだかとても幸せな気持ちでした。

お芝居終わりの客席降りでは、満面の笑みで両手タッチしてくれた生徒さんが「110年の恋のうた」の歌うま神社でソロで歌っていた風翔夕さんだ!とわかり、そのお隣は奈央麗斗さんだ!とわかる自分が嬉しかったです。
じつはここ数年でお顔がわかる生徒さんがたくさん卒業してしまい、もともと顔覚えが悪い私は一時大半の生徒さんがわからなくなってしまっていたのですが、またすこしずつお顔がわかるようになってきたことが嬉しくて。
別の日は背後で踊っていた風羽咲季さんに対して手を出そうとするもタイミングを逸しておたおたしていたにもかかわらず笑顔で応じてくださり、そのあまりのチャーミングさに頭のなかにお花が盛大に飛びまくりました。

「宝塚110年の恋のうた」の神がき(歌うま神社)の日替わりナンバーもいまの宙組生を知る貴重な機会となりました。
8日と9日は風翔夕さんが「My Life Your Life」(JIN-仁-)を、18日は天彩峰里さんと志凪咲杜さんが「石を割って咲く桜」(壬生義士伝)を歌っていました。
風翔夕さんはこの場面ではじめて認識したのですが、前述のようにその後の「Razzle Dazzle」の客席降りの際に、さっき歌うま神社で歌っていた生徒さんだと気づきお名前と顔を覚えることができました。
志凪咲杜さんは「Le Grand Escalier」のデュエットダンスで研3にしてカゲソロを歌っていた生徒さんとしてお名前だけは知っていたのですが、姿を認識したのははじめてでした。
天彩峰里さんはその次の祇園の場面でセンターでチョンパで現れるのを知っていたので、歌うま神社に登場すること自体に驚きました。その日の祇園の場面は天彩さんはセンターではなく下手前方に立ちチョンパになったので、なるほどこうするのかーと思いました。
芹香さんトップ時代の作品はたくさんの宙組生にスポットが当たるようになっていた気がします。おかげでまたあらたに生徒さんたちを知ることができました。日本物の経験とともにこれも芹香さんが宙組のためにのこしてくれたものだと思っています。

タカラジェンヌは役を演じる前にタカラジェンヌという虚構を演じているわけですが、その虚構を生きている時間が幸せと思える時間でありますように。
もうじき宝塚を卒業する芹香さん、水音志保さん、葵祐稀さんにも、宙組生の全員にもそう願っています。
そして卒業される3人のこれからに幸多からんことを。

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2024/12/09

この道が未来へと続いているから

11月20日に東京宝塚劇場にて星組公演「記憶にございません!」「Tiara Azul ーDestinoー」を見てきました。
9月22日の宝塚大劇場の千秋楽以来の観劇でした。
(その後12月1日に地元映画館にて東京宝塚劇場公演千秋楽のライブビューイングを見たのでその感想も混じります)

「記憶にございません」は開幕早々の黒田総理役の礼真琴さんのこれでもかという眼つきの悪い様子にうけました。ムラ(宝塚大劇場)ではここまで悪くなかったのにと思って。
記憶を失くして以降の彼の態度が真逆になるのがとても面白かったです。逆にこんなに誠実で人のよさそうな人がどうしてあんなに悪い人になっていたの??とそちらのストーリーが気になりました笑。

官僚の皆さんもいっそう誇張された芝居になっていてそれぞれのキャラクターを生きているかんじが面白かったです。いかにも星組だなぁと思いました。
演じている人びとが頑張っているだけに、ムラの観劇時から引っ掛かっている脚本上のあれこれが惜しいなぁと思わずにいられませんでした。
海難事故の犠牲者を「海の藻屑」というのはモズクの言い間違い以前に大臣の発言としてデリカシーに欠ける気がして笑えませんでした。

熊本のご当地アイドルが登場する意味も、彼女たちが投票を呼びかける仕事を請けて活動しているところまでは理解するとしても、特定の議員や政党の街頭演説に現れるのは変だなぁと思いました。
生活保護受給についての表現、特定の人物(国)にあてこすっているようなセリフやミソジニー臭いセリフなど一方におもねり訳知りに他方を踏みつけるセリフがどうにも苦手でした。

柳先生との場面も初歩から政治を学びなおしたいという黒田総理の真面目な一面が描写できればそれで良いと思うのだけど、論点ずらしなことをよいことを言っている風情で言い出す柳先生とそれに同調する秘書たちにモヤりました。
「負けて得とれ」は納得しているわけではないという思いが根底にあるわけで、議論を諦めて受容したフリをするのは不誠実だろうと思いました。もちろん交渉事においては必要な局面はあるとは思いますけども。
納得もしていないし相手の言も軽く考えているからまたすぐに蒸し返す。
いつまで経ってもハラスメントを自覚しないのもこんな人だろうと思いました。

書き出すとあれもこれもになってしまいますが観劇中はなるべくスルーを心がけて楽しみました。
やはり筋の運びや場面の配分はさすがだなぁと思います。
レストランでの家族の会話は何回見ても面白かったです。3人ともセリフの間が絶妙。瞬発力があって快感でいつまでも見ていたいラリーでした。

「Tiara Azul ーDestinoー」も何度見てもワクワクしてどの場面も大好きであっという間のショーでした。
銀橋の板付きチョンパの幕開きからもう大好き。いや幕開きの前に銀橋にタカラジェンヌたちが集まってくるところからそわそわとして好き。
2番手の暁千星さんが出て来て継いでトップスターの礼真琴さんが高い装置の上に登場するそのエスカレーション感がわくわくして好き。
極美慎さんオーナーのブティックの場面がぜんぶ好き。詩ちづるさんのドレス姿が可愛くて好き。ミュージカルみたいなダンスシーンが好き。

山車がどんどん迫ってくるようなカルナバルの場面の一連がぜんぶ好き。客席降りで踊るタカラジェンヌにわくわく。
心を寄せ合う礼さんと舞空瞳さんのシーンから、それを見た暁さんが夜の店でヤケ酒をあおってタンゴの場面になる流れが大好き。店内の人間模様に視線を奪われるかんじも好きでした。
礼さんと舞空さんの裸足のダンスに心がふるえました。舞空さんの表情がせつなくて礼さんの表情がやさしくて。
サリダデルソルの小桜ほのかさんの歌に涙腺をやられて、希望に満ちた星組生の表情、躍動感あるダンスに涙して、退団する4名をしっかりと目に焼き付けることができる場面が大好きでした。

礼さんを中心に娘役さんたちと踊る場面は、礼さんの歌もダンスもグルーヴ感最高でした。もっと尺がほしいくらい。娘役さんたちもかっこよかったです。ドレスの色と照明も印象的な場面でした。
男役群舞は皆キザが過ぎて思わず笑っちゃいました毎回。お芝居の松爺だったとは思えない金髪のイケメンの天希ほまれさんととても気持ちよさそうに踊っている蒼舞咲歩さんに目を奪われていた記憶があります。

デュエットダンスの前に大階段を1人で降りてくる舞空瞳さんは豪華な生地とレースでふくらんだドレスを纏っているにもかかわらずまったく重さを感じさせない足取り・・というか水面をすーっと進む白鳥のようでこのうえなくアメイジングでした。
銀橋で礼さんによってティアラを戴く姿を客席の皆で見守る演出はなんど見ても素敵で、星のティアラを冠したプリンセスとして私たちの記憶に刻まれたのだなぁと思いました。

千秋楽は映画館でライブビューイングを見たのですが、サヨナラショーはやはり構成が素晴らしいなぁと思いました。
トップ娘役の単独サヨナラショーで、相手役のトップスターがここまで絡む構成はなかなかないのではないかと思いました。ファンが見たいのはこういうロマンティックな世界観だと思います。
「めぐり会いは再び~」の『ミッドナイトガールフレンド』からの「ディミトリ」の『運命に結ばれて』の流れは涙を誘われました。
ラストナンバーになる『The Next Generation!』(めぐり会いは再び~)はライブビューイングの画面では星組生とハイタッチしていく舞空さんが映し出されていたけれど、大劇場で見た舞空さんと星組生をあたたかいまなざしで見つめていた礼さんを思い出して、いまこの時も舞空さんと星組生たちを見守っている礼さんが舞台袖にいるのだなと思いながら感極まっていました。
サヨナラショーそして大階段での退団の挨拶、カーテンコールでの言葉、礼さんと並んで緞帳前でしあわせそうに言葉を紡ぐ舞空さんの姿・・さいごのさいごまで心にあたたかいものが満ち満ちた千秋楽でした。

それから・・場面が前後してしまいますが、ショーで極美慎さんが銀橋で未来への決意を歌うナンバーが、いつもは極美さんのこれからの道に思いを馳せながら聴いていたのですが、なぜか千秋楽だけは作演出の竹田先生の心情のように聞こえました。孤独の闇を払い大劇場デビュー作を世に送り出して決意もあらたに自分の道を歩んでいく若い演出家のこれからに心からのエールを送りたく思いました。
タカラジェンヌのみならず演出家の先生にまで親心?になっていくのも、宝塚ファンの通るさだめなのかなと思いつつ・・笑。

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2024/09/01

儚さを抱きしめて

8月22日に東京宝塚劇場にて、宙組特別公演「 Le Grand Escalier」を見てきました。三井住友カード貸切公演でした。

航空性中耳炎から観劇

1公演だけの観劇なので飛行機で日帰りしたのですが、お盆前に罹患した新型コロナ感染症からの副鼻腔炎が治りきっていなかったせいか、機内で航空性中耳炎を起こしてしまい難聴状態での観劇となってしまいました。(新型コロナ感染症侮るなかれです💦)

症状としては世間の音がすべて遠く聞こえる感じだったので観劇に影響があるのではと心配だったのですが、劇場の音響の中で増幅された音は特に問題なく聞こえてほっとしました。(終演後に会った友人の声は記憶していた声と違って聞こえてあれ??となりました💦)

というわけなので私自身の聞こえのせいもあるかもしれませんが、前回(7/31と8/1)の観劇時よりも皆さん声がお疲れかも?と思いました。
瑠風さんが歌うのを聴くのは大劇場公演以来でしたが、「まことの愛」はとても慎重に歌われている印象でした。

芹香さんや春乃さんの歌も前回の観劇時よりも残響少なめに聞こえたのですが、やはりこれは私の聞こえの問題だったのでしょうか。それとも音響が変わったのか、はたまた座席位置のせいなのか。
考えても答えは出ないのですが、アコースティックぽいというか声の強弱など生っぽくてこれまでとちょっと違う響き方に聞こえて貴重なものが聴けた気がしました。

瑠風さんの復帰

今回の楽しみの一つは前回見られなかった瑠風さんを見ることでしたが、大劇場公演ぶりに見る瑠風さんが想像を超えて弾けていたのに驚きました。
「幸福を売る人」も「アイ・ラブ・レビュー」も大劇場とは全然ノリが違ってとても前のめりな印象、「マンハッタン不夜城」も軽快になってていいもの見たなぁと楽しかったです。
私の中で瑠風さんは真面目なイメージが強かったのですが今回で変わりました。これからもいろんな瑠風さんを見たいです。

春乃さくらさんに惹かれて

大劇場の舞台機構を使っての80分の特別公演ということもあって盛りだくさん、見どころ満載のショーでしたが、娘役さんたちの活躍がたくさん目に止まって見れば見るほど心躍りました。

トップ娘役が活躍する場面もいつにも増して多かった印象的ですが、春乃さくらさんの期待を裏切らないパフォーマンスとなにより舞台に幸せそうに立っているそのことにとても救われましたし幸せな気持ちになりました。
「HiGH&LOW」のKIDAで大好きになった娘役さんでしたが、この公演でさらにさらに大好きになりました。
どの場面の春乃さんにも惹かれましたが、公演を見るたびに好きになっていったのは「アイカランバ」です。
今回もセンターの扉からの登場で待ってました!と思いました。あの衣装の領布のようなものをひらひらさせるその動かし方が好きでリズムに乗る体の動かし方が好きで歌声、歌い方が好きで銀橋を渡るときの芹香さんとのコンタクトが好きで・・もう存在のすべてが好きでした。理屈を超えて。
なぜかこの場面の春乃さんを見ていると毎回遠野あすかさんを思い出したりもして。姿が似ているというのではないんですけど。

視線泥棒の鷹翔千空さん

ジャングルの蛇はもちろん、ずっと私の視線泥棒だった鷹翔千空さんの活躍も忘れることができません。瑠風さんの休演中はカーニバルの場面を出ずっぱりで盛り上げていたことも。
瑠風さんが復帰しての「アイ・ラブ・レビュー」は鷹翔さんのスウィング調の歌をまた聞くことができて、これこれこれを待っていたのよと思いました。
このクオリティの高いショーを支え、時に引っ張っていたのは間違いないと思います。

桜木みなとさんのクオリティ

桜木さんを芯にした場面のクオリティの高さも瞠目ものでした。終始レベルの高いパフォーマンスを見せていた桜木さんの存在があってこそのこのショーの満足度だと思います。
桜木さんセンターの作品(芝居もショーも)をこれからももっと見たいと切に切に思いました。

芹香斗亜さんと宙組

まだ芹香さんが新公を卒業するかしないかの頃のCSの対談番組で「怒るという感情がわからない」的なことを話していたことがいまでもずっと心に残っています。
個人の内面のことですのでその理由は分かりません。
ただ人前で演技をすることを生業にしている人にとってそれは大丈夫なの?と思い、それ以来なんだか気になるジェンヌさんでした。(私が見たのは初回放送から数年後かもしれません)
宙組に異動になった芹香さんは感情溢れる芝居をする人で、観客を楽しませることを自分も楽しんでいて、宙組の下級生を育てたいとも話すその姿に頼もしさも感じていました。
10代で入団して以来関わった様々な人の影響をうけて成長しいまの姿があるのだろうなと思いましたし、それをまた下級生に返すことで貢献していこうとしているのだろうなと、そんなふうに思いお披露目公演を楽しみにしていました。
今回の特別公演では、舞台の真ん中で力の限り歌い上げる姿、桜木さんとの絶妙なコンビネーション、それらをようやく見ることができたことに宝塚大劇場では言葉にならない感慨が溢れました。
そして東京公演ではそれを繰り返し見ることができる喜びを感じました。

あの頂へ

おなじ場所からおなじものを見ていたとしても人によって見えるものは違うのだと思います。
私が見て感じたものは私のもの。
90周年から100周年にかけて、100周年から110周年にかけて、1ファンとしても公演スケジュールがどんどんタイトになっていくのは感じていましたし、求められる技能がより高くなっていくのも感じていました。
それがどれほど劇団員やスタッフにストレスをかけていたか。
いま思えばそれは当たり前ではなかったのだと分かりますが、当時はタカラジェンヌってなんてすごい人たちなのだろうと称賛の気持ちで仰ぎ見ていたように思います。
それを知っているからこそ心の中が波立ちますが、その中でがんばってきた1人1人に心からの拍手を送ることでしか私は自分の言葉にし得ない気持ちを表すことができないと思いました。
いまここ(舞台)にいる人たちにも私がファンになって見てきたここにいない人たちにも送るつもりで精一杯の拍手をしてきました。
ここから高みを目指して頂を見つめる人たちへ。

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2024/08/19

どんなときも

7月31日と8月1日に東京宝塚劇場にて宙組特別公演「Le Grand Escalier -ル・グラン・エスカリエ-」を見てきました。

大劇場公演から1ヶ月

31日マチネと1日は念願の2階席で、大劇場公演を見て気になっていたところ(BLUE ILLUSIONなどなど)気づかなかったこと、を見られて感激しました。
31日のソワレはイープラスの貸切公演。生まれてはじめてのスマチケにドキドキしながら入場しました。

大劇場公演から1か月ほどの時間をおいての観劇だったのでだいぶ冷静に見られた気がします。やはり大劇場公演のときは情緒がおかしなことになっていたようです。
冷静に見てもクオリティの高い見応えある公演であることにはまちがいありませんでした。
そしてあらためて観劇して、いのちに関するナンバーがたくさん歌われていたのだなぁと思いました。だからこそ心にくるものがたくさんあったのだろうと思いました。
帰宅後身内のシリアスな問題に対応したり、まさかの新型コロナ感染症を発症したりでしんどいことが続いたのですが、そんなときに口ずさめる歌があることで私自身メンタルが救われました。

瑠風輝さんの休演

この数日前から瑠風輝さんが体調不良で休演と公式サイトで発表されており、私が観劇した両日も休演のままでした。
その瑠風さんが抜けた大きな穴を宙組の面々が総力を挙げて埋めていて、図らずも宙組のもつ強みを示す結果になったなと思いました。
「まことの愛」を堂々と歌い上げていた風色日向さん。
「パリはシャンパン」の洒脱なパリィ!の真白悠希さん。
山吹ひばりさん美星帆那さんと銀橋を渡りながら歌っていた雪輝れんやさん。
中詰めを含むカーニバルの1章まるごと、もともとの出番に加えて瑠風さんの出番もぶっとおしで歌い踊りまくっていた鷹翔千空さん。
「マンハッタン不夜城」でダンディだった瑠風さんとは打って変わって身のこなしのチャラいダウンタウンボーイが陽気で面白かった亜音有星さん。
鷹翔さんと風色さんのちょっと可愛くなった「アイ・ラブ・レビュー」。
などとくに印象に残っています。

代役のために本来の出番とは違うところに出演する慌ただしさや緊張感のようなものはもちろん感じましたが、大劇場公演と比べて舞台上のみなさんの表情が和らいでいるようにも感じられました。
大劇場では時折顔を覗かせていた悲壮感も薄らいで、シーンの情感そのものを感じられた気がします。
私自身もいろんなものを昇華することができた観劇体験になったと思います。

あらためて宙組への想い

近年の週刊誌によるいくつかのタカラジェンヌのネガティブ報道から有料記事であっても購読したい熱心なファンがいる界隈として認知され、よりセンセーショナルな内容をもとめて噂の発信源を探られて、裏どりのない憶測や一方的な視点で誹謗中傷する記事が書かれファン心理が煽られた日々。その報道禍に何人ものタカラジェンヌや関係者が傷つけられてきたと思います。
反論する術を持たないが故に一方的に発信する側の言い分のみが真実のように語られる。
その渦中にあってひたすら芸に精進してきた彼女たちを目の当たりにして私は愛し続けること以外のことはできないと痛感しました。
変わりゆく時代の流れの中で沈むことなく宝塚歌劇が存続できたのは経営手腕に長けた創始者の存在も大きいけれど、なにより愛好家たちファンダムの支えがあったからこそだと思います。
そのファンの理想や夢の具現として存在してきたタカラジェンヌ。いつの間にか時代との齟齬が生じていたのに看過していたのは私たちファンも同じ。見るべきものから目を逸らして利己的な望みを叶えてくれる存在であることをもとめてきたファンにも担うべき責任があったと思います。そのことを忘れないようにしたいと舞台にいのち輝かせる彼女たちを見ながら心に刻みました。

2日間の観劇を終えて帰宅した翌日、瑠風さん復帰のアナウンスがありました。
あと1公演のみですが観劇する機会がありますので、大劇場公演以来の瑠風さんと復帰した彼女を迎えた宙組をしっかりと堪能し目に焼き付けたいと思います。

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2024/02/04

ホームズは生きていた

2月1日に東京宝塚劇場にて雪組公演「ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル」「FROZEN HOLIDAY」を見てきました。
昨年の11月に宝塚大劇場で見るはずの公演でしたが、中止になってしまったので1回限りの観劇になりました。

生田先生、アタマ沸いてる?

作者のコナン・ドイルと架空のシャーロック・ホームズの対話という興味深い発想に期待して見た「ボイルド・ドイル・オンザ・トイル・トレイル」は、生田先生アタマ沸いてる?という作品でした。
このかんじ、「Shakespeare 〜空に満つるは、尽きせぬ言の葉〜」の時と一緒だ・・期待が大きいとこうなるんだ・・涙。
生田先生の作品解説がすこぶる刺さって甚大な期待で見てしまい撃沈・・このパターンを何度か繰り返しています。
着眼や発想は面白そう!とっかかりも面白い!・・けれどいつしか行方知れずの迷作に・・迷い込んだ感覚に陥ってしまう。
今回、ポスターもプログラムも刺さりまくったためにその感覚が大きいです。
生田先生は自分ひとりで散々楽しんで、アウトプットする頃には飽きてしまうのかしら・・。

ルイーザやばいよ?

受け容れ難かったのは、過剰に妻にケアされて当然なドイルの感覚です。
妻ルイーザのあのテンションは心を病んでいるんじゃないかと思いました。
ひたすらドイルのことばかりに一生懸命で、彼を鼓舞するためにつねにハイテンションで明るく振舞い、彼ができない出版社との交渉にも出かけて、アルコール依存症で施設に入所しているドイルの父親にも会いに行き心を尽くす。そんな場面が次から次に織りなされていて。
家族的な幸福に恵まれなかったドイルの願いを知っているから。彼が医者であることより作家になりたいのを知っているから。本当に書きたいのはホームズシリーズではなく歴史小説なのを知っているから。
・・なのでしょうが、それにしても自分のことは一切捨て置いてドイルの希望を叶えることばかり。
いったいどうして?と思わずにいられませんでした。彼女の心の中には得体の知れない不安が巣食っているように見えました。まるでドイルの落ち込んだ顔を目にすることに強迫観念があるみたいに。
この人(ルイーザ)やばいよ・・?と思いながら見ていました。
いつかプツンといってしまうよ・・と。
(劇中で彼女自身については、日常のこともバックボーンにも一切触れられていないのも疑問でした)

精神がプツンといってしまう前に、ルイーザは病(結核?)に倒れてスイスに療養に行くことになりましたが、そこでもケアされるのは彼女ではなくてドイルのほう。
ドイルは彼女を療養させる資金は出しているのかもしれないけれど、彼女の心身のために何一つするではなく、反対にチアされてホームズシリーズを再開させる。
それがうまくいってルイーザの病気も完治して手を取り合って大団円??でしたが、これはもうドイルの妄想の世界だよねと思いました。
ルイーザが亡くなったことを認められない最後まで身勝手な人だったんじゃない?と。

家族に対してもおなじで、自分がほしかった家族的な幸福を再建するために豪華な容れ物を用意して、個々の気持ちはおかまいなしに呼び寄せようとする。
彼の夢を邪魔するでもなく自分の人生を生きている母親の立場も考えずに。

コンポジションは観客にお任せ

『現実を生きている人びとや、目の前にいる妻のこともまともに見もせず、対話もできず、妄想の中に生きているコナン・ドイル』を描きたい作品だったのかな?
シャーロック・ホームズたち、妻、父母、妹たち。物語を面白くしそうなピースをあちこちに置くだけ置いて、コンポジションは観客にまかせるパターン?
作者が散々ひとりで楽しんだ玩具を、ハイッどうぞ!こんどは君が好きなように楽しんでね!と渡されたようなそんな感覚になった作品でした。
役者も物語のピースも私には魅力的だっただけに戸惑いが大きいです。
(プログラムの彩風咲奈さんのドイル、どれもこれも好きです)
(次の作品解説にもまたわくわくして、こんどはと信じて見に行ってしまうんだろうなぁ)

「FROZEN HOLIDAY」

「FROZEN HOLIDAY」は雪組らしいピュアで美しいショーでしたが、雪に覆われた館のホリデーシーズンという縛りが強すぎて、各スターのもっと別の魅力も見たかったなぁと思いました。
時空を飛び越えてアジアンテイストな春節などもあったらよかったのになぁと。
夢白あやちゃんのいちごのショートケーキみたいなドレスがとても可愛かったです。
和希そら君の空気を操る感じが素敵でした。卒業さみしいです。

CAST

アーサー・コナン・ドイル(彩風咲奈) シャーロック・ホームズシリーズの作者
ルイーザ・ドイル(夢白あや) アーサー・コナン・ドイルの妻
シャーロック・ホームズ000(朝美 絢)ドイルの書いた小説の主人公
ハーバート・グリーンハウス・スミス(和希そら) 「ストランド・マガジン」の編集長

チャールズ・ドイル(奏乃はると) アーサー・コナン・ドイルの父
ヘンリー・シジヴィック(透真かずき) 心霊現象研究協会の現職の会長
ウィリアム・ブート(諏訪さき) 「ストランド・マガジン」の副編集長
ロティ・ドイル(野々花ひまり) アーサー・コナン・ドイルの妹
ミロ・デ・メイヤー教授(縣 千) 心霊現象研究協会に招かれてやってきたフランスの催眠術師
ビアトリス・エリザベス・B・ハリスン(音彩 唯) 「ストランド・マガジン」の編集部員
アーサー・バルフォア(華世 京) アイルランド問題担当大臣、心霊現象研究協会の会長

 

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2023/08/13

朝まで歩こう肩を組み。

8月4日東京宝塚劇場にて星組公演「1789」を見てきました。

終演直後自分は成仏したんじゃないかなと思いました。
もしかして私は迦陵頻伽の聲を聞いていたんじゃないかなと。
これが法悦というものなのかな。
自分の語彙では表現できない満足感に脳がバグを起こしておりました。

数日経ち幾分冷静になってきたので感想を書こうとするのですが、やはりなかなか言葉がみつかりません。
刹那刹那に感じた技術的な凄さや舞台の上の1人1人から漲っていたものを表現する言葉を知らない自分にがっかりです。
でも感動を書き残しておきたいのでどうにか書いてみようと思います。

1か月ちょっと前に宝塚大劇場で見たものとは別物だと感じました。
あの時は大好きなナンバーをようやく自分の耳で生で聴けたことに心が震えましたが、今回は1つの作品としての完成度の高さに打ちのめされました。
舞台の上にいる1人1人から漲るものが凄まじかったです。
オケも宝塚大劇場よりもドラマティックで色っぽい印象でした。(音の聞こえ自体は大劇場の方がよかったのですが)

「ロミジュリ」初演を観劇してから13年(私は博多座で観劇)、タカラジェンヌがフレンチロックミュージカルをここまでアーティスティックに上演する日が来ようとは。頭を抱えたあの時には想像もできませんでした。

あの時は宝塚とフレンチロックとの音楽性のあまりの乖離に頭を抱えてしまったのでした。
宝塚には音楽性よりも「宝塚らしいもの」をという思いをいっそう強く抱き、以来宝塚で上演されるフレンチロックミュージカルには食指が動かなかったのですが、礼真琴さんなら・・とロックオペラ「モーツァルト」を見に行き「ロミジュリ」を見に行き、そのたしかな実力と感性に心酔し礼真琴さんの星組で「1789」が上演されることを熱望して、いまここ。
そしてこの満足感たるや。

でもこれはメインキャストだけが巧くてもどうにもならないことだということも実感しました。
この10余年で宝塚歌劇の音楽性が大きく変わったこと。下級生に至るまで1人1人の体にこのリズムが沁み込んでいるんだということをしみじみと感じました。
あの時無謀ともいえる挑戦をし宝塚ファンに衝撃を与えた初演「ロミジュリ」のメンバー・関係者の手探りの努力があってこそのいまなんだなぁということも強く思います。
さらに、宝塚の番手主義とは相容れない群像劇をそのヒエラルキーを崩してまでも上演した、2015年のあの「1789」月組初演があったからこそ。

すべてはあの一歩から。生みの苦しみを経て、綿々と積み重ねられた努力の末に結実した一つの公演がこの「1789」であり、そしてこれから生み出されていく作品なんだなぁと深く思います。

話を今回観劇した「1789」東京公演に戻します。
大劇場の観劇時にはもどかしく思ったところも、今回の観劇ではまったく感じませんでした。
それどころか期待以上のものを体感することができて感激もひとしお。

ラストのロナンのせり上がりも心の準備ができていたので問題なしでした。
座席の位置も関係があったのかもしれません。今回は1階の下手端っこだったので人権宣言をじっくり堪能してからロナンが登場した印象でした。(大劇場では2階最前センターだったので人権宣言が終わるか否かで目に入って来たのが大いに戸惑った原因ではと思います。座席位置大事)

礼真琴さんは私の快感のツボを全部圧していかれました。
こんなふうに歌って聞かせてもらえたらもう思い残すことはござらん・・です。
いえチケットさえあれば何回でも見たいし聞きたいですが。

父親を殺され農地を奪われて衝動的に故郷を飛び出したロナンが、若き革命家たちやともに働く印刷工たち、再会した妹、フェルゼン伯爵らを通じて成長しながら恋をし、憎しみや疑念、葛藤を抱きもがきながら成長していく様が手に取るように伝わり物語世界にどっぷりとはまりました。

「革命の兄弟」のロナンと、デムーランとロベスピエールとのやり取りは1人1人のキャラクターの違い、立ち位置、考え方、受け取り方の違いがよく見えました。
理想主義でロマンティストのデムーラン。懐疑的で原理主義のロベスピエール。

ロナンが「俺にも幸せ求める権利がある」と言えば「当然だ」と肯定するロペスピエール。
ロナンの「やりたい仕事につく権利がある」にはデムーランが「勿論だ」。
さらに「誰が誰を好きになってもかまわない」には前のめりに「その通りだ」と返すデムーランに対して反応薄めのロベスピエール笑。
さらに「自由と平等」でその違いが際立ちます。

ダントンは人情派で寛容、ファシリテーター的なところもある。デムーランとロベスピエールがかなり強烈なのでその努力が不発に終わることもあるみたい・・天華えまさん演じるこの作品のダントンはそんな立ち位置かな。
「パレ・ロワイヤル」はそんな彼がよくわかるナンバーだなぁと思います。
「氏素性なんて関係ない」「学問がなくてもかまわない」――その意味のリアルがわかっているのは実は革命家3人のうちではダントンだけなのではないかなと思いました。
だからソレーヌも彼の言葉に耳を傾けることができたんじゃないかな。
デムーランとロベスピエールがそのことを理解するのはもっと後、ロナンという存在に関わって現実を突きつけられ、その行動力と人々からの信頼を目の当たりにしてからだと思います。

「サ・イラ・モナムール」での恋人との関係も三者三様で面白かったです。
同じ理想を目指していることが大事なデムーランとリュシル。そばにいて共に戦うのが当たり前なダントンとソレーヌ。
危険行動に恋人を連れていく気がないロベスピエール。そもそも志を共有するという気がないのかな。また後顧の憂いは断ちたい人なのかなと。

私が「1789」が好きな理由はやはりこの革命家たちにワクワクさせられるからだと思いました。
革命家それぞれがセンターに立つナンバーが、その大勢のダンスパフォーマンスも含めて心が昂るところ、三者三様の個性がはっきりしてそれぞれに異なったロナンとの絡み方が面白いからなのだということを実感しました。

大劇場で喉を傷めている様子だった極美さんも難なく高音で歌い上げていて最高でした。
「誰のために踊らされているのか」のダンスパフォーマンスは舞台上の全員がいっそう力強くなっていて、見ていてドーパミン的幸福感が凄かったです。依存性が高いナンバーだなと再確認。

暁さんの朗々とした歌声と礼さんとのハモリも最高。
声が安定しているからこそフェイクも効いていて心地よかったです。

大劇場公演では大人しめに感じた有沙瞳さんのマリー・アントワネットも印象がまったく違いました。
1幕では誰よりも華やかで無邪気にチャーミングだったアントワネットが、2幕では動じない威厳を身に纏い質素なドレスを着ても存在感が滲み出ていました。自分自身の人生を自分で選び択る決意に溢れた「神様の裁き」は感動しました。

オランプは居方が難しい役なんだなとあらためて思いました。
猪突猛進でロナンの人生を変えてしまう、無茶ぶりで父親を危険に巻き込んでしまう。一歩間違うと反感をもたれてしまいそうなキャラを舞空瞳さんはいい塩梅で演じているなぁと思いました。
これこそがヒロイン力かなぁと。

東宝版を見ていた時にも思っていましたが、オランプは平民なんだろうかそれとも下級貴族なんだろうかと今回もやはり思いました。
姓にDuがつくので貴族かなと思っていたのですがアルトワ伯がオランプに銃を突き付けられた時に「平民に武器を持たせるとろくなことはない」と言うのがちょっと引っ掛かったり。

お父さんは中尉ということなので、平民から中尉なら出世した方だと思うし平民の中では裕福な部類かなと思うけれど、貴族なら年齢的にも中尉止まりだと名ばかりの底辺の貴族ってことになるなぁと。
いずれにしても娘に王太子の養育係ができるほどの教育を受けさせているのは凄いことだなと思います。
そしてアントワネットは意外とそういう倹しげで教養の高い人が好きですよね。
マリア・テレジアの教育の賜物でしょうか。

「神様の裁き」を歌うアントワネットの背後で戯れるルイ16世と子どもたち。この後のルイ・シャルルの運命を思うと、この愛らしいマリー・テレーズがのちにアルトワ伯以上に怖い人になるのだと思うとなんともやりきれない思いになりました。
(マリー・テレーズにとって母はどんな人だったのだろう・・)

瀬央ゆりあさん演じるアルトワ伯は、大劇場よりさらにクセの強い印象でした。
妖しくてシニカルで。
国王の孫で王太子の弟として生まれ、国王の末弟として育つってどんな感覚だったんだろうと思わず考えてしまいました。
アルトワ伯の人生にとても興味が湧きました。
それから今のこの瀬央ゆりあさんにオスカー・ワイルドの戯曲の主人公を演じてもらいたいなぁと思いました。田渕作品なんて面白そう。
(いやそれって「ザ・ジェントル・ライヤー」やんって思いますが、いまの瀬央さんの「ザ・ジェントル・ライアー」を見てみたいなぁと)

どの登場人物も魅力的で、この作品を上演する星組は幸運だなぁと思いました。
作品を引き寄せるのも実力のうちだなぁとも。

幸せな体験に感謝です。

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2023/05/23

幻のヌベラージュ。

5月19日に東京宝塚劇場にて宙組公演「カジノ・ロワイヤル ~我が名はボンド~」を見てきました。
ひと月前に宝塚大劇場で観劇していたので、過大な期待はせずに宝塚を楽しめたらいいなというつもりで臨みました。

バカラの場面など、大劇場公演では散漫に感じた箇所がイキイキとした場面に変わっていてやはり東京公演はいいなぁと思いました。
大勢口の場面が希薄な印象になってしまうのが宙組の悪い伝統だなぁと他の組を見た後など特に思います。
(「High&Low」の時は全くそんなことはなかったのですが)
私は宝塚大劇場での観劇がメインなので東京公演では良くなっているというのも、それはそれでなんだかなぁという気持ちになります。
このスロースターターな組気質が改善されることを切に願っています。

真風さんと潤花さんがパラシュートに乗っている場面は2人のこれまでを思うとやっぱりせつなくて、フィナーレのデュエットダンスは2人のあまりの美しさと輝きに気づいたら涙目になっていました。

演者が放つ刹那の輝きに感動はしたけれど、やはり作品自体はしっくりこないというか、引っ掛かるところがあって気持ちがうまく乗れませんでした。
プロローグの男役たちのスーツのダンスにはテンション爆上がりだったのに、場面が替わりジャマイカでボンドが女の子たちにマティーニとシガレットをもらい「サンキュー、ローズ、リリー」でやっぱりだめだこりゃになりました。
最初から最後まで気持ちのアップダウンが激しい作品でした。

マリンブルーのジャケットに白いパンツの伊出達の真風さんが若大将にしか見えない呪いにかかってしまったのは辛かったです。銀橋の歩き方もあの場面だけなんというかとても昭和で。作品の年代に合っているといえばそうなのかもしれないですが。スタイリッシュはどこに行ったん?と思いました。

デルフィーヌに対するボンドのセリフも
苦手でした。最初のとおりすがりのキスの場面から。どうだ俺は凄いんだぞとずっと言っているみたい。
ヒロインをもっと対等に対話ができる大人の女性に設定できなかったのかなぁ。ボンドが始終器の小さい男に見えて残念でした。

ムラで見た時よりもCIAのフェリックス・ライター役の紫藤りゅうさんの顔つきが変わったなと思いました。強くて正しいと自負する「アメリカの貴族」の末裔という印象。お金にものをいわせてストレートに物事を思い通りに動かす「世界のお坊ちゃま」。いかにも60年代のアメリカのイメージ。

対して瑠風輝さん演じるルネ・マティスが人が好すぎて英米に対して卑屈なのが気になりました。根は良い人でも時にはプライドの高さが垣間見えてほしいし卑屈ではなく皮肉に聞こえるくらいのエスプリがほしいな。
フェリックスの「マテリアル(物質・金)」とマティスの「エスプリ(精神・軽妙洒脱な知性)」の対比が見えてこそ、米仏の2人が配置されている意味があるのではないかと思います。
60年代はフランスにとって苦しい時代だけど人生の価値はお金だけではない、そんな矜持を人々は持っている。
「フランスは貧しいからこそ卑屈になることを拒否する」と戦後ドゴールは言ったそうですが(その高慢な気取り屋ぶりを実利主義者のルーズベルトは鼻で嗤ったとか)、ルネもまた内心に哲学と愛があるフランス人だと思いたいです。

トップコンビと長く組に貢献した組長さんの退団公演ということもあり、随所に過去作を彷彿とさせるセリフがあったり、演じる本人たちの関係性と照らし合わせて感傷的にさせる場面もあったのですが、作品として最も心に響いたのはミシェル役の桜木みなとさんが歌った歌(「夢醒めて」)でした。歌詞の言葉ひとつひとつが沁みました。
潤花さんが歌う「RED BLACK GREEN」も素直に胸にきました。

スメルシュの鷹翔千空さんはやっぱり身のこなしがカッコよくて、登場すると勝手に目が追っていました。
桜木みなとさん、鷹翔千空さん、花菱りずさんの役になりきった芝居が光って見えました。
(若翔りつさんもかなりの芝居巧者なのだけど役が残念すぎて)

ドクトル・ツバイシュタインの場面は東京でもこのままなのかーと残念に思いました。
ナチスに協力したドイツ人科学者が何をしたか、戦後その技術力を目当てに連合国側の米ソが何をしたか、そしてソ連が彼らに何をしたか。彼らの研究が戦後の世界になにをもたらしたか。そんなことが頭を過って。
易々とルシッフルのもとに行けるくらいだからソ連にとってもそれほど重要な人物じゃないよねとも思うし、実際そういう役だったんだけども思想が問題な人物なわけで、コミカルな仕立てにしているのがなおさらでとても無邪気に笑えませんしグロテスクに感じました。

皇帝ゲオルギーは立ち上がるとかも正直いらないよねと思います。ボンドのおじいさん設定も。アナグラムも別にあれでなくても。
退団者への餞の気持ちはわかるのですがよほど巧くやらないと世界観が壊れてしまうなぁと思いました。

イルカはやっぱり謎でした。
人命救助するイルカはいるけどイコール「イルカは人を愛する」とはならないと思うし。個体差だし知能が高い分残酷であったりもするし。なぜ急にジェイムズ・ボンドが夢見る夢子ちゃんみたいになるん?と。
理想をイルカに託してロマンを語っているの? でも私が真風さんのボンドに見たいロマンはそこじゃないんだなぁ。
同調するデルフィーヌもなかなかだなぁというか、ボンドがイルカの話題を出したらすかさず「私の名前はイルカって意味なの」と言い出したのは彼女だったし。そういう意味では2人とも夢見る夢子ちゃんでお似合いなのかも。
いや、ボンドは彼女のことをちゃんとリサーチしてて、名前に因んだイルカの話題を出すとすぐに食いついてくるとわかってやっている作戦に見えたらなるほどね~と思うのだけど、そうは見えない。案外本気ですよね。

真風さんは大人っぽい役が似合うと思われがちだけど、トニーやニコライ、フランツやローレンスなど純粋な青年役が素敵だと私は思っています。
今回のボンドみたいに人生経験の浅い女性をターゲットに見下している感じがする役は苦手だなぁ。おそらく私は小池先生のオリジナル作品の主人公が苦手なんだと思うのだけど、今回のボンドは究極に私が苦手な匂いがするのと真風さんはなぜかその私が苦手なところをより強調しちゃうんだろうなと思います。私に起因する問題だと思いますが。

「アナスタシア」のディミトリはいままで宝塚で見た主人公の中でも屈指で好きです。「神々の土地」のフェリックスも最高だったなぁ。麗しのルイ14世も好きだったし、屈折してたり変人だったりする真風さんの役も純粋な役と同じくらい好きです。
わたし的に、真風さんのラストがこの役なのが遣る瀬無いというのが引っ掛かっているのかなぁ。
もしかしたら私が見たかった真風さんの片鱗を今回の鷹翔千空さんに見出しているから鷹翔さんに釘付けになってしまうのかもしれないなぁ。
(これを書きながら録画していた2016年の宙組「バレンシアの熱い花」を見ているこの瞬間も真風さんのラモンのカッコよさに見惚れていました)

「007」だと期待しなければ、宝塚らしい退団公演だと思えましたし愛のある脚本だなとも感じました。
引っ掛かるところはあるけれど、真風さんが晴れやかに卒業されたらそれがいちばんだし。
と自分を納得させて劇場を出てスマホを開いたら、千秋楽の全世界配信のニュースが。
喜ばしいはずなのに手放しに喜べない。
最後の最後にやってくれるなぁ涙。

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2023/03/07

ハプスブルクを頼む。

3月1日に東京宝塚劇場にて花組公演「うたかたの恋」と「ENCHANTEMENT-華麗なる香水(パルファン)」を見てきました。

「うたかたの恋」は小柳奈穂子先生による新演出がとても良いと聞いて楽しみにしていました。
書き加えられた部分によってそれまでふんわりしていた時代背景や状況が顕らかになり、私は夢物語を見る目線ではなく、史劇を見るようなシビアな目線で見ていたようです。
結果としてマイヤーリンク事件の後味の悪さを噛みしめることになりました。

現実との折り合いが悪い大人が、自分は世の中の誰ともちがうと夢想しがちな年ごろの年少者の夢を喰らって利用している様が浮き彫りになったように感じました。
ことに酒場で自暴自棄のルドルフが罪のないマリーを責める様子が、モラ男の典型を見るようで心理的アラートが誘発されたようです。
思い通りにいかないことに腹を立てている甘えたオトナと、見たことのない大人の弱さを直にぶつけられてそれを愛しいと感じ彼を支えられるのは自分しかいないと思い込んでしまった少女の図にぞっとしてしまったのです
(あなたしかいないのではなくて、みんなが手を退いてしまった男なのよ、その男は)

この甘えたでダメな感じが真実に近いルドルフなんだろうなとも思います。
それに対してマリーも現実的な人物に描かれていたなら別の受け取り方ができたのかもしれないのですが、旧時代の夢を一身に背負ったようなマリーだったので、ルドルフ役の柚香光さんが心の機微を繊細に演じるほど、マリー役の星風まどかさんが宝塚ファンが求めるマリー像に近づけるほどいたたまれなさを感じました
その立場、その美貌で夢見るマリーを有頂天にさせたあげくに死出の道連れにする正当性をどうやっても見出せなくて。

従来の「うたかたの恋」を見るとき、私は頭で主人公がおかれた状況や心情を補完しながら見ていたと思います。そうするのは、すでに初演の頃とは見ているこちら側の感覚や価値観が変わっていたからだと思います。
聡明で孤独な皇太子とけなげな少女の悲恋にロマンを感じ、頑迷な父帝や権力に固執する政敵を憎み、母后や伯爵夫人の機知に富んだ会話や人間味あふれる従僕たちのやりとりに人の世の機微を感じてひとときの夢を味わう作品だったのかな、もともとは。
でもいつしか見る側も努力をしないと楽しめなくなっていました。

時代が進み自分も年齢を重ねたことで、責任ある立場の大人がうら若い女性と情死を選ぶには納得がいく理由がないと受け容れ難くなり。
また同時代を描いた新しい作品での同名のキャラクターの描かれ方に触れることで、父帝がただの頑迷ではなかったのではと考えたり。
機知に富んで見える伯爵夫人のセリフも宮廷の薄暗いところで権力者を相手に女衒のようなことして生き抜く女性ゆえのわきまえた仕草なのだと知るようになると、あの狂言回しが「キッチュ!(まがいものだ!)」とせせら笑ったおとぎ話を無垢な気持ちで見ることは適わなくなってきたのだと思います。

そういうわけで、今回の新演出に期待を抱いて観劇したのですが、こもごも雑念が膨らみ純粋な目線で見ることができなかったのかなぁと思います。
柴田先生が脚本を書かれた時代の価値観や史観が支配する場面、新しく書かれた現在の価値観や史観による場面がパッチワークのように交錯し視点を定めることができないまま見終わってしまった感じです。
さらに同作映画にこんな場面があったなぁと思うとその映画の世界観に私の意識も一瞬飛んだりもして。
物語に浸るより、考察しながら見てしまいました。

「おとぎ話フィルター」が外れてしまったために、いままで気にしないようにしていた部分に気を取られたのもあります。
そもそもなぜジャンはヨハンじゃないのかなぁとか。
クロード・アネの原作がフランス語で書かれたもので名前もフランス式になっていたと思うので、柴田先生もそれに由ったのかなと思いプログラムを見ると、フランツ・フェルディナント大公も「フランソワ・フェルディナンド大公」になっていました。(だから恋人もゾフィーじゃなくてソフィーなのか)
名前の表記は原作にならってフランス名で統一しているのでしょうか。
それで今回の新キャラであるマリーの兄の名前もジョルジュなのかな。観劇時なぜゲオルクじゃないんだろうと疑問に思っていました。(母親がギリシャ系でマルセイユ生まれらしいけど←観劇後に調べてみました)

かと思うと、従来は「ヨゼフ皇帝」と表記されていたフランツ・ヨーゼフが新演出では「フランツ」(ファーストネームのみ)になっていて、これも不思議に思います。
舞台を見るのにどうでもいいことなのかもしれませんが、意味なくそうされている訳ではないと思うのです。その理由がわかれば喉の痞えも取れるのではないかといろいろ考えてしまいます。

こたびの新演出ではフェルディナント大公の恋人ゾフィー・ホテクも新キャラとして登場し、フェルディナント大公が彼女を「召使い」と紹介したのでそれにも、え?となりましたが(実際には彼女はフリードリヒ大公妃の女官をしていたボヘミアの伯爵令嬢だったのだけど)、これは貴賤婚をわかりやすくするために平民に改変したのかなと思いました。
この時代、ルドルフ皇太子を筆頭にハプスブルク家には大勢の大公殿下がいたそうですが、貴賤婚を選ぶ大公が次々増えていくのですよね。
彼らは家憲により王族以外との結婚が許されなかった(貴族もNG)けれど、それでは当時50名以上いたといわれるハプスブルク家の大公たちは結婚のチャンスを逃してしまうし、貴賤婚のたびに皇籍から除籍していては後継者の選定が難航していくのは顕らか。
フェルディナンド大公やジャン・サルヴァドル大公が自由恋愛で伴侶を選ぼうとしているのも時代の必然だなと思います。そんな彼らをルドルフが眩しく羨ましく思うのも肯けました。
これもまたハプスブルク帝国の崩壊を予感させるエピソードだなと思いました。

新演出でとくに好きだったところは、冒頭のプリンスたちのウィンナワルツです。
「うたかたの恋」というとプロローグでルドルフとマリーが歌う深紅の大階段、そしてそれに続く貴公子たちのウィンナワルツが最大の見どころですが、今回はそのウィンナワルツがさらに見応えのある見せ場になっていました。どのプリンスも麗しく、どのプリンスもダンスに長けていて、1人ひとりを眺めてうっとりしたいのに・・やがてこの場面が終わってしまうのを惜しまずにいられませんでした。

シュラット夫人がオフィーリアのアリアを歌う場面もよかったです。フランスオペラ「ハムレット」の音楽はこの作品の世界観にぴったりでした。(その衣装からして彼女は歌唱披露しただけでオフィーリアを演じたわけではないんですよね?)
バレエの場面も素敵でした。美しいものを見ることには価値があるのだとしみじみと感じました。
ザッシェル料理店にはこれまでもおなじみのロシアの歌手マリンカ、プラーター公園のタバーンには新キャラのミッツィと、歌姫に活躍の場があるのもいいなぁと思いました。
ミッツィってあのミッツィ?(ミッツィ・カスパル)と思うと、ルドルフの別の顔を思い起こしてしまい複雑な気持ちになってしまったのも否めませんが。

ルドルフを追い詰める包囲網がわかりやすく描かれたことで、柴田作品独特の「語らない中に語られているもの」が見えなくなってしまった気もします。
なにげないやりとりに込められた意味に気づいた時の面白さが柴田作品の真骨頂だったなぁと。
けれどいまの時代に「語らない中に語る」というようなことをすると、思いもよらない受け取り方をされたりもするので難しい。そういうことが通用しない時代になったんだなぁと思います。

それから柴田作品は、女性は分別をわきまえてどんなときでも微笑みを絶やさずけなげに振る舞いなさいのメッセージも強くて、いまこの時代にそのまま見せられると鼻白んでしまうのも確かです。当時はそのほうが幸せを掴めるという女性たちへの愛を込めたメッセージだったのかもしれませんが。(「バレンシアの熱い花」はどうなるのかいまから心配・・)

思えば、これほど宝塚の今と昔に思いを馳せられる作品もないなぁと思います。
そしてこれからの宝塚は、と思いを遣らずにいられません。


野口先生のショー「ENCHANTEMENT-華麗なる香水(パルファン)」は宝塚を見たぞという満足感に浸れる作品でした。
コスチュームが豪華な舞台は多々あれど、必然性などおかまいなしに次から次へと豪華なコスチュームを着替えて見せることができるのは宝塚しかないのではと思います。まさにそんなショーでした。

私がいちばん心に残ったのは、パリのベル・エポックの場面、盆の上を回る美男美女たちかなぁ。
聖乃あすかさんが凄まじいほどの美女でびっくりしました。
早くもここが私的クライマックス!と思ったところでしたが、次のNYの場面での柚香光さん登場で心が舞い踊りました。
やはり小粋に踊ってこそ花男。
中国の場面は艶やかで、ミュージカルナンバーの場面は洒脱で目にも麗しく軽快な黒燕尾も愉しくて、そしてデュエットダンスにうっとり。(影ソロもよかったです)
芳しいひとときはあっという間に終わってしまいました。

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2022/04/23

俺の生まれはバルセロナ。

4月8日に東京宝塚劇場にて宙組公演「NEVER SAY GOODBYE」を見てきました。

新型コロナウィルスの影響で宝塚大劇場での上演回数が半減して、私が見ることができたのは千秋楽を含めて3公演。
そして東京公演はこの1回きりの観劇となりました。

ジョルジュ(真風涼帆さん)については先に感想を書きましたのでそのほかの感想をと思いますが、書き出すと終わりが見えないほど次々に湧いてくるものがあるので、時代背景に想いを馳せながらムラと印象が変わったなと思ったことを交えながら書いていきたいと思います。

まずプロローグのエンリケ(奈央麗斗さん)がヴィセント(芹香斗亜さん)にそっくり!とびっくりしました。
おじいさん似だったのねー。
ムラではそれほど思わなかった気がします。東京公演ではお化粧や髪型で寄せてきたのかな。(もしかするとムラで私が気づいていなかっただけなこともあり得ますが)
ペギー(潤花ちゃん)もおばあさんにそっくりだし笑、紛れもなく2人の孫なんだなぁと思いました。
こうして孫たちがスペインの地で邂逅できてよかったなぁとしみじみしました。

物語ののち反乱軍が勝利してフランコ独裁政権になったスペインの地を、キャサリン(潤花ちゃん)は二度と踏むことはできなくて、ヴィセントに会うこともジョルジュ(真風涼帆さん)の最期について話を聴くこともできなかったことを思うと、こうして2人が平和な時代を生きて会えて話していることが感動でした。
これもフランコ独裁政権が終わったから実現したことなんだなぁ。

ペギーが言っている1992年のバルセロナ・オリンピック、開催当時はよくわかってはいなかったんだけどそれでも歴史的なことが起きているんだなぁと思ったものです。
そこにはたくさんの人びとの想いが詰まっていたんだなぁ。

余談ですが、その開会式ではフレディ・マーキュリーがバルセロナ出身のオペラ歌手モンセラート・カバリエと一緒に歌うはずだったんですよね。前年に亡くなってしまわなければ・・
オリンピックの公式サイトにフレディ・マーキュリーとカバリエが歌っている楽曲「バロセロナ」を使用したモンタージュビデオがあったのでリンクしておきます。
ビデオにはジョルジュたちが過ごしたサグラダファミリアの1992年当時の映像や、バルセロナオリンピックスタジアムも映っています。
このスタジアムは、1936年の人民オリンピックに使用されるはずだったものを改修したのだそうです。ヴィセントやビル(瑠風輝さん)たちがこの場所でリハーサルしたんだなぁ。
(こちらも→ Freddie Mercury ft. Montserrat Caballe - Barcelona (Live in Olimpiada Cultural)  )

初演の時は、世界史の中の出来事だなぁという捉え方しかしていなかったと思うのですが、2022年のいまのこの世界情勢の中だからこそ1992年のバルセロナの人びとの歓喜の意味に想いを馳せることができる気がします。
そんないまこの時に見る「NEVER SAY GOODBYE」となりました。

物語は1936年に遡り、舞台はきな臭いヨーロッパとは遠く離れたアメリカ、ハリウッドのクラブ「ココナツ・グルーヴ」。
前年には「TOP HAT」同年にはチャップリンの「モダン・タイムス」が公開されたそんな時代なんですね。
(「TOP HAT」では英米と南欧との格差が感じ取れますし、「モダン・タイムス」は労働者をただの歯車として消費する資本主義社会を批判的に描いているように見えます)

新作映画の製作発表パーティに集うセレブたち。そして紹介される出演者や関係者たち。
そのなかにラジオ・バルセロナのプロデューサーのパオロ・カルレス(松風輝さん)がいて、当時誕生したばかりの社会主義国スペイン共和国について歌い、海の向こうのヨーロッパでは労働者が国を動かす時代が到来したことを示唆。

私はパオロさんが片頬を上げて哂うのが好きで、見るたびに出た出たこれこれとニヤニヤしました。
人好きのする気さくな笑顔を相手に見せながら、見せていない方で哂ってる。同時に2つの顔をして同時に2つのことを考えているみたい。
言葉巧みに都合の悪い真実についてはすっとぼけて相手にとって耳障りの良い話を滔々としてその気にさせる。→スタイン氏(寿つかささん)はすっかりその気。
どんなピンチも言葉の言い換え、発想の転換で切り抜けていきそう。
いかにもやり手興行師な風情。いいキャラ作っているなーと思います。

時代の空気はハリウッドの若者たちにも影響を与えていて、キャサリンや仕事仲間のピーター(春瀬央季さん)も純粋に社会主義思想に理想を抱いているみたいで、ピーターはユニオンを作ろうと持ち掛けて仲間から渋い顔をされているし、キャサリンはそんな仲間たちに「情けない」と檄を飛ばしている。

この場面は都会に集う若い知識人のリアルが感じられるなぁと思いました。不満はこぼすけれど実際に行動を促されると尻込みしてしまう。とてもよくわかります。
彼らが歌い継ぐ洗練されたメロディもアメリカだなぁと思いました。こういう曲調は舞台がスペインに移ると聴けなくなるので噛みしめて聴きました。

そしてキャサリンが自分を鼓舞する勇ましい「ハッ!」が好き。この無謀で理想を食べて生きているキラキラしたかんじは嫌いじゃないなぁと。むしろ微笑ましくてフフッと笑ってしまいました。
当時の彼らにとって、ヨーロッパの情勢はどんなふうに映っていたのかな。自分たちとはかけ離れた遠い海の向こうの出来事? それとも共感? この頃はまさかスペインで内戦が起きるとは思っていなかったのだろうな。(だからこそマークたち一行もロケの下見を名目に物見遊山でスペインまで行ったのだろうし)

アニータ役の瀬戸花まりさんは歌うまさんなのは知っていましたが、ムラで見た時は曲調と声質が合っていないかなと思っていました。初演の毬穂えりなさんがとても豊かな声音で素晴らしかったので、どうしてもその記憶が呼び起こされて。
でも東京のアニータは歌い方から変わったみたいで、とても深みのある歌声が素晴らしくて聞き惚れました。
アジトをみつけてあげたり、ヴィセントの実家の片づけを手伝ったり、かと思うとキャサリンに出国の手配をしてあげたり、彼女が味方についていなかったら、彼らはもっと早くに破綻していたんじゃないかしら。
キリっとした頼もしさもあるのに、セリフのないところでは愛おしそうな眼差しでジョルジュたちをみつめているのもいいなと思います。
そもそもどうして彼女はジョルジュたちと行動をともにしているのかなと想像してしまいます。

テレサ役の水音志保さんは「夢千鳥」につづいての抜擢かな。ここ数年気になる娘役さんだったのでキャスト表にテレサとあるのを見てとても嬉しかったです。
2番手の芹香さんに寄り添っても遜色ないし、愛されている女性のきらめきや自分の踊りで生きていく強さとしなやかさも見て取れてとても好きでした。
美原志帆さんや音波みのりさんみたいな綺麗なお姉さま役ができる人になって、これからも楽しませてもらえたら嬉しいです。

キャスト表を見て楽しみにしていたもう1人、ラパッショナリア役の留依蒔世さん。歌声の迫力さすがでした。
ムラでの初見の時は、娘役さんのキーがちょっと苦しそうかな?と思ったのですが、ムラ千秋楽そして東京とどんどん声が安定して迫力が増していたので、東京千秋楽にはどうなっているのかと思います。(私はライビュでしか聞けないのが残念)
歌もさることながら、娘役さんたちを率いて、そして男役さんたちに交じっての市街戦も女性としてカッコよくて素敵でした。
フィナーレでもとてもしなやかで力強い娘役ダンスを披露していて、見応えのあるパフォーマーぶりで魅了されました。宙組になくてはならない存在だと思います。

そしてバルセロナ市長役の若翔りつさん。市長の内戦勃発を知らせる歌は初演では風莉じんさんの歌唱力に驚いた記憶がありますが、若翔さんもぶれることなく素晴らしかったです。こんなに歌える人とは知りませんでした。
「バルセロナの悲劇」でラパッショナリア役の留依蒔世さんと一緒に歌うところは聞いていて高揚しました。歌うまさんが合わさるとこうなるの??と。
あの場面はコーラスも最高で、その押し寄せるような歌声のうねりに涙を流して聴いていました。

故郷バルセロナを愛するヴィセントのソロ曲「俺にはできない」は、初演の「それでーもーおーれはのーこるー大切なーものをまーもるーためー」のほうがインパクトあって(いろんな意味で)わかりやすかったなぁと思います。
初演でヴィセントは脳みそ筋肉だけど愛すべき人、と強くインプットされている私はムラの初見で大いに混乱してしまいました。

ヴィセントは初演では2番手の役にしてはそこまで大きな役という印象ではなかったので(アギラールのほうが2番手っぽい役だなと思っていました)、ベテラン2番手芹香斗亜さんのために書き足しされるんじゃないかなーと思っていたのですが、場面として大きな書き足しはされていなかったようでした。
いちばん変わったと思ったのはソロ曲「俺にはできない」が、メロディも歌詞も別物になっていたこと。
ほかはココナツ・グルーヴの登場の場面で「オーレ!」と決めポーズをするだけだったところで、1フレーズ歌が入ったとかそんな感じ。戦場の場面が増えてくれたらいいなぁなんて思っていたのですが。

場面を増やさないかわりに、芹香さんのためにソロ曲で銀橋を渡ることにしたのだなと思うんですけど(初演では銀橋は渡っていないので)、そうするためには初演のナンバーでは長さが足りないし、芹香さんの歌唱力を活かすべくワイルドホーン氏に歌いあげ系の新曲を書いてもらったのだろうな。
曲のタイトルはそのまま、メロディアスな曲調に。歌詞も内容はほぼそのまま言葉数が倍以上増えてより抒情的に、感傷的になっていました。
そのためヴィセントという人が謎な人物になったように私には感じられました。

あの場面は、闘牛士たちがバックヤードで「闘牛の中心地のセビリアが反乱軍の手に落ちた」「俺たち闘牛士はこれからどうなる」と喧々囂々と言い合って「闘牛を続けるためになんとかして南部へ行こう」という話で纏まりつつある中で、ベンチに座ったままずっと黙りこくっていたヴィセントが「俺の生まれはバルセロナ」「俺は残る二度と闘牛できなくても」と闘牛士仲間と行動を共にしないで1人残ってバルセロナで反乱軍と戦う決意を言い放つんですよね。

「敵と味方か」ともヴィセントは言ってる。
闘牛士というのは王侯貴族や伝統と深く結びついている職業なのでしょう。
反乱軍は、社会主義国となったスペインで既得権益を失ってしまった王侯貴族や教会、ブルジョワたちに支持されて勢力を強めていったわけで、闘牛士たちはそうした反乱軍を支持する人びとの庇護下に入るために南部へ下ろうとしているということなのではと思います。
だからヴィセントの「俺にはできない」に繋がるんだと思うんですが、脚本上それに少しも言及しないので1人ヒロイックな妄想に耽って歌っているみたいな印象をうけてしまいました。

ヴィセントってジョルジュのことを子や孫に語り継ぎ、その命ともいえるカメラを、ジョルジュとキャサリンのあいだに宿った命に連なる孫のペギーに受け継ぐとても意味深いところを担うなど、ファンクションとしての役割は重要なのに、人物の肉付けや整合性に粗さが否めない描かれ方をしているので演じる芹香さんも作り上げるのに苦労したのではないかな。

セビリアはフランコ将軍たちが蜂起したモロッコからは目と鼻の先のスペイン南部の都市で、バルセロナはスペイン北部のフランス国境と接したカタルーニャ地方にある都市。整備された道路を通ってもおよそ1000Kmちかい道程。(Google map調べ)
セビリア生まれのファン(真名瀬みらさん)をはじめ、ホアキン(秋音光さん)、ラモン(秋奈るいさん)、カルロス(水香依千さん)、アントニオ(穂稀せりさん)、ペドロ(雪輝れんやさん)たちは、無事に戦火を掻い潜って南部に辿り着けたのでしょうか。

彼らにはイデオロギーなどどうでもよくて、純粋に人生を懸けた闘牛をつづけたいという一途な気持ちで命を懸けた行動を余儀なくされている。
どこをとっても戦争は残酷だと思います。
たとえそこに英雄がいたとしても美談にしてはいけないものだと思います。

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