カテゴリー「♖博多座。」の94件の記事

2017/07/29

グリーンライト。

7月21日に博多座にてミュージカル「グレート・ギャツビー」を見てきました。

もっと少女趣味テイストでエモーショナルな作品を想像していたらちがっていました。
ここをピックアップするんだぁと思ったり。――アンダーグラウンドの描写に思いの外尺が割かれているなぁとか。
脚本演出の小池先生自身の男のロマンを投影したのかな?
ひたすらクールなギャツビーを描きたかったのかな。

ギャツビーが歌うナンバーはどれも難しくて見終わったらメロディも歌詞もあやふやで口ずさめるフレーズがありませんでした。
ストレートに心に届くナンバーがなかったなと思います。
歌えるキャスト向けの作品だなぁと思いましたが、さりとて井上芳雄さんにも合っていない印象も受けました。
もしかしたら井上さんは声の調子が悪い日だったのかも。あれっと思う箇所がありましたしガサガサしている印象だったので。
声質的にニック役の田代万里生さんのほうが合っていたかなと思います。
いずれにしても日本語に馴染みにくい印象でした。


井上芳雄さんのギャツビーは、軍隊に馴染みアンダーグラウンドで成功した、男の世界で成功し男の理論で生きている部分が印象づく人物になっていました。
脚本演出がそうなのだと思いますが、胡散臭さとか得体の知れなさがあまり感じられなくて、デリケートなところを掴まれる感じがしなかったなと思います。
哀しくなるような滑稽さとか困惑、イノセントなところが強調される瞬間を垣間見たかった気がします。
ピックアップされる場面からしても、そもそも小池先生が描きたかったギャツビーと私が見たいギャツビーが違ったってことかなと思います。

とてつもなく身の程知らずで有能な空想家で、その類まれな能力とはアンバランスな素朴さや迷惑なくらいな自信と小心さとかを私はギャツビーに見たかった気がします。
そんな彼が手に入れようとしたものは何なのか。

彼はデイジーが夢のような上流階級のお嬢さんだから恋をして、彼女に相応しい富を得たいま、彼女と結ばれることだけを考えている。
再会のシチュエーションにこだわったり。
デイジーという夢と一緒に夢の中に住まうことが彼の望みなのかな。―― そこにある幸福の本質とかはあまり考えていなくて。
彼女の立場とか気持ちとかは深く考えていなくて、彼女に嫌われたくないとは思って思慮深くはしているけど、自分と結ばれれば彼女は幸せになるはずということを疑いもなく信じている。
その夢の帰するところ―― を私は見たかったのだけど、夢の実現のために払った犠牲の部分を強調する脚本だったなぁと思います。

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2017/07/20

売れるものなら亭主でも。

7月10日博多座にて、「売らいでか!」を見てきました。

花登筐さんの脚本はよくできているなぁと思いますが、やはり背景や価値観が古くてうーんと思うところが多々ありました。
井上順さんがチャーミングだから見ていられたけれど山内杉雄はなかなか腹立たしい男性の典型だなぁと思います。
キャストの皆さんが達者で魅力的で、セリフの掛け合いが可笑しくて引き込まれて見ましたけど。

身勝手な亭主を売って胸がすくかな?
亭主を買った名家の奥様よりも成功して、お金の無心に来られて溜飲が下がるかな?
あんな旦那さんとまたよりを戻したいかな?
私ならないなぁと思いました。


舞台は昭和31年。まだテレビも普及していない時代。
娯楽は年に1度のお祭りと、噂話。そんな町。
女は夫や夫の親にものも言えない。
弟よりも兄が優遇され、名士は名士の顔を保つことがなによりも大切。
それがあたりまえの町。

山内杉雄(井上順)は現実から逃げている無責任な男の人。
「高嶺の花」である地元の名家の奥様に憧れているのでこの町を離れたくない。
妻と娘と母親との家族4人の生活を営むには給金が少ないけれど、いまの仕事は辞めたくはない。憧れの奥様とのつながりがなくなるから。
家計が苦しくて妻が窮状を訴えると逆上して怒鳴る。
母に甘やかされ妻に甘やかされ、5歳くらいの娘にまで甘やかされている人。
いるよね、こんなふうにありとあらゆる女性から甘やかされるタイプの男性・・。
井上順さんのなんだか憎めないチャーミングさはそれを納得させるなぁと思いました。

浜木綿子さん演じる山内なつ枝は無責任な夫に泣かされ、キツイおしゅうとめさんにイビられる女の人。
結婚6年目らしい。
身寄りのない香具師の娘だとかで、夫もその母親もどこにも行くところのない女だと見下しているんだなぁと思いました。
彼女自身はここで一生懸命に生きて行こうとぐっと我慢して、何年も前の夫のやさしかった記憶を大切に夫の愛情を信じて家計の助けにと組紐の内職に精を出している健気な女性で。
なんだかなぁって。こういうの見るとイライラしちゃうよねって夫婦のありさまです。

こんな町にずっと暮らして、これから先もこれよりほかに選択肢がないと思っている町の人びと。
そんな閉鎖的な町の空気に抗い上昇志向なのが、地元の名家が営む会社の支配人の弟の弘(小野寺丈)とその恋人のきく子(大和悠河)の2人。
2人の画策によって急展開を強いられる杉雄となつ枝夫婦の物語でした。

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2017/05/22

帰ろうよ。

5月11日と18日に博多座にて宝塚月組公演「長崎しぐれ坂」と「カルーセル輪舞曲」を見てきました。

「長崎しぐれ坂」上演が発表になった時点で、なぜこの演目なんだろうという思いが拭えませんでした。
年に一度のこの時期だけは地元で数週間、好きな時に宝塚を見に行けることを楽しみにしている身としては。
でも生で見たら気持ちは変わるんじゃないかと期待して1回目の観劇をしましたが、やはり気持ちは盛り上がりませんでした。

博多座には盆もセリもあるのに一切使わず、書き割りとカーテン前の芝居の繰り返し。
まるで大衆演劇を見ているようで宝塚を見た時に感じる高揚を感じることができませんでした。
脳内麻薬に支配されるあの感じを楽しみにしていたのに。

昔のバスガイドのような轟悠さんのセリフ回しがもともと苦手ではあるのですが、今回の伊佐次はとくにそのクセが強烈なのもダメでした。
こざっぱりとした江戸言葉が聞きたかったのに。
どすを利かせればいいというものではないと思うのです。

轟さんもトップの珠城さんももの凄く熱演されているのは伝わってくるので、そんなふうに思う自分が嫌になって客席にいるのがいたたまれなくなってきます。
なんでこんな思いをしながらここにいるのだろうと。

とはいえ1週間前よりも格段に芝居が上達している暁さんに感動したり、愛希さんの和物のお化粧もきれいになっているのに気づいて嬉しくなったり。
有限の日々の中で精いっぱいに努力し成長されていく生徒さんを見るのは宝塚を見る喜びであり愉しみであることをあらためて思いました。
私がもとめる宝塚は、瑞々しい夢を見せてくれる世界であることです。
技術は及ばないところがあっても輝くものを持っている宝石たちを演出や舞台効果で手厚くフォローし輝かせて見せてくれる世界が好きなのです。
もちろんその手厚いフォローに甘んじず惜しまず自分を発する姿がそこにあってこそですが。

私としてはもっと宝塚らしく華のある舞台を期待していたのでがっかりではあるのですが、こんなに地味なお芝居でも、客席が集中しているのは、轟さん珠城さんをはじめとする出演者の芝居力が高いからだと思います。
皆セリフがクリアで聴きやすいです。

「カルーセル輪舞曲」は大劇場で見たとき以上に楽しくて、このショーを見るため、そしてお芝居で成長していく生徒さんたちを見るためにリピートするか、それともショーだけの幕見をするか、愛を試されている気がしています。

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2017/02/02

ファビュラス。

1月23日博多座にて「シスター・アクト~天使にラブソングを~」のソワレを見てきました。

蘭寿とむさんを目当てに気軽に見に行ったのですがとてもよかったです。
1幕は蘭寿さんさすがスタイルいいな。お胸ホンモノだわ。退団後もお歌凄いレッスンされてるんだなぁ。なんて冷静に見ていたのですが、2幕は引き込まれるように見てしまって。
わかっているストーリーなんですが、シスターたちがカーティス一味から命がけでデロリスをかばうあたりは思わず涙していました。
私はやっぱり舞台の皆の意気が一点に集中してトルネードみたいに盛り上がるかんじが好きだなぁと思います。
そんなシーンに感動しちゃうんですよね。

エディ役の石井一孝さんはいるよねアメリカ映画にこんなキャラ(笑)と思える暑苦しいいいやつでした。
こんな自分にも人生で一度はヒーローになる瞬間が訪れると夢見ているあたりもアメリカンだなぁと思いました。

オハラ神父役の今井清隆さん、さすがいい声~~♡ ギンギラの法衣でお説教をしたり客席(信者?)キャッチも凄くて面白さ全開でした。最後までソロ歌がなかったのには驚きでした。もったいない起用だなぁ。

修道院長の鳳蘭さんもさすが。間の取り方とか声色の変化とか。強弱オンオフの切り替え鮮やかだなぁと思いました。笑わせるところはしっかり笑わせるし。
彼女がデロリスをかばう言葉には温かさがこもっていてじんとしました。

修道女見習いのメアリー・ロバート役の宮澤エマさんも素直な歌声で素敵な女優さんだなぁと思いました。
家に帰ってプログラムを見たらシスター役の方たちはこれまでいろんな作品で見たことがある方たちばかり。
シスター・メアリー・ラザーラスが春風ひとみさんだったとは気づかなかったsweat02
大月さゆさんにも気づかなかったぁwobbly
・・・それくらい気軽に見てしまったのでした。

こんなに豪華な出演者揃いで脚本も音楽も素晴らしい作品を気軽に見られるのも地元に博多座という劇場があるからこそ。
ありがたやありがたや・・(-人-) ことしはなかなか観劇遠征ができないので切実にそう思います。

カーテンコールでは客席も一緒に踊れて平日の夜なのにこんなに盛り上がって大丈夫?ってくらい楽しかったです。
なかなか帰らない客席のコールに応えて登場してくれた蘭寿さん、輝いていたなぁ。
また博多座に出演していただけたらうれしいなぁと思います。

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2016/09/13

いちど私の目で見てくれたなら。

博多座で上演されたミュージカル「エリザベート」を千秋楽を含めて5公演見ることができました。
昨年から新演出になっているとのことでしたが、これがすごく好くてもっと見たかったです。

同時期に宝塚でも宙組が「エリザベート」を上演していて7月後半とお盆前はそちらに遠征し、博多座のエリザはお盆明けからしか見られなかったのがいまとなってはとても残念です。
今月も宝塚へ行く予定があるのに、梅芸に行くスケジュールを考えていなかったのも残念至極。
でも自分なりに考え抜いたスケジュールだったのだから涙をのみます。
またこのキャストで再演されるなら遠征も考えようと思います。
なによりも博多座での再演を祈ります・・・。

城田トートと成河ルキーニがとても好みでした。
シャウトするトートがずっと見たかった。
トートとルキーニのパートはロックで聴いてみたいという夢が叶ってしまった感。
なんとなくグラムの匂いを感じました。ご本人たちには意識はないと思いますが・・・coldsweats01

城田さんのトートは計り知れない感じが快感でした。
人でない存在であることをつよく感じさせるトートでした。
他者の目、他者の意思を意識して行動することが人間が人間であるゆえんだとすると、そんなものは端から持ち合わせない感じがしました。
荒々しく傍若無人で、飼いならされない野性。
知性はあるのになにかおそろしく無心な存在。

そしてその人に飼いならされない野性にエリザベートを感じました。
知性はあるのに他人の思いをくみ取れない性質。悪気はないけど思いやりのないところ。
群れで暮らす特性がエリザベートには備わっていない。
誰かに愛しまれようというつもりもそもそもなく、自分1人で生きて行こうという意思に貫かれた人。
花總さんのシシィからはそんな魂が感じられました。
少女時代のシシィがあんなに無邪気で愛らしいのも野生の仔の特徴だと思えば肯けるなぁと。

そんなシシィが深い孤独を意識するのは彼女に知性があるからだと思います。
みずから孤独を求めているのに孤独に苛まれる矛盾。
城田トートはシシィの人間関係による孤独ではなくて、彼女の本質による孤独を。彼女が彼女のままでこの世に生きることの苦痛を浮き彫りにしている気がしました。
その見つめる眼差しで。遠慮のない荒々しさで。

城田トートは花總シシィの“無意識”が具現化したもの。ある意味彼女の一部かもしれない。
“死”とは肉体の死ではなく、意識が無となることなのではないかなと。
そんなことを思わせるトートでした。

エリザベートをじぃっと凝視めるトートの昏い瞳。
彼の目にはエリザベートがどう見えるのだろう。どう映っているのだろう。
ここ(客席)で見ている私とはちがうものが見えているようで。その答えを私は安易に出したくはなくて。
ひたすらにそんな計り知れないトート閣下を見ているのが心地よかったです。

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2016/08/28

自分を殺してすべて王家に捧げること。

8月18日と23日、博多座にてミュージカル「エリザベート」を見ました。

2公演でトートとゾフィーの役替わりを見ることができました。
トートについては先に書きましたので、ソフィーの役替わりで感じたことを書いてみたいと思います。

18日のマチネは香寿たつきさんがゾフィー役でした。
この日のキャストは私がこれまで見たことがある「エリザベート」の中でもベストだと思える素晴らしいものでした。
ことに私はゾフィーにくぎ付けでした。
香寿さんの歌声は相変わらず素晴らしくて好きだなぁ。ゾフィーの歌はすごく彼女に合ってるなぁと思いました。
香寿さんが見せる強いゾフィー像は私が思い描くゾフィーそのものかそれ以上で、シシィが戦うべき「強固で古いしきたり」そのものに見えました。
とても理解しやすい世界観でした。

あまりにも香寿さんのゾフィー像が私の中でしっくりきたので、涼風さんのゾフィーを自分がどう思うのか正直ドキドキして23日マチネを見ました。

涼風さんのゾフィーはすっとした美しい女性でした。シシィに似ているなとも思いました。
なぜこんなに美しい人が美しいまま寡婦でい続けたのだろうとも。
いままで私が知っているゾフィー像とはちがうゾフィー像になんだか夢中で見ていました。

涼風ゾフィーは1人の女性としてシシィと対立しているように見えました。
息子について「私には隠さない」「強い絆で結ばれている」とシシィに誇らしげに言うゾフィーに私はかつて感じたことのない心のざわつきを覚えました。
フランツが「でも母の意見は君のためになるはずだ」とシシィに言ったのを聴いた瞬間、涼風ゾフィーの口角が優美に引きあがるのを見て思わずあっと思いました。このひとは女だと。これは女性として同性に勝利した笑みだ・・・。

ゾフィーもフランツもいままで何度も聞いてきたセリフを言っているのに、ゾフィーが変わるとフランツにもこれまでとはちがう一面が見えたような気がしました。
厳しく強い母に逆らえないというのとはちがう、彼の心の中にもこの母を守りたい気持ちがあるのでは、、、と。
ちょ、シシィ、これは手強いぞ。
母と息子の二十数年間の実在を感じてしまったというか。それに嫁いできたばかりのシシィは勝てないでいる。
シシィの戦いはここからのスタートだと思うと、ほんとうによく健闘したなと称えるばかりです。

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2016/08/25

自分のためにしたの。

8月18日と23日、博多座にてミュージカル「エリザベート」を見てきました。

やはり、シシィの描かれ方は東宝版のほうが好きだなぁ。彼女の本質がわかりやすく丁寧に描かれていて。
そして、宝塚版はシシィを中途半端にしてもトートに重きが置かれてるのだなぁとあらためて思いました。

花總さんのシシィは私が頭で考えなくても見ているだけで、彼女が何を求めている人なのかわかる。この世でこれほどまでに切実に自由を求めているという稀有な人物像をこんなにも自然に気負わず演じて見せることができることが凄い。
こういってはなんだけども、周囲がどんなふうに演じようともエリザベートとして揺るがないのが凄いなぁ。相対じゃなく絶対なのだ。絶対エリザベート感。なんなのだろうこれは。
実在したエリザベートの肖像とはちがって見た目は華奢な女性なのになぁ。


この東宝版の花總シシィを見ていて、彼女がもとめる『自由』とは「おのれの命を懸ける自由」なのだということがふっと心に入ってきました。
木登りをしたり綱渡りをしたり曲馬師のような乗馬をしたり、シシィはつねに冒険とスリルをもとめている。
『死』と隣り合わせの勝負を。トートを引き寄せているのはほかならぬ彼女自身なのだと。

皇太后ゾフィーとの戦いもハンガリーも彼女にとっては綱渡りと同じ命を懸けた真剣勝負。アドレナリンバシバシ。
子どもの頃からいつも彼女は『死』を傍らに綱渡りを続けている。懸命に生きるということはいつ『死』が迎えに来てもおかしくないということ。けれども絶対に『死』の思い通りにはならないという強い魂に支えられているということ。

そしてその『死』が顔を持ったら、城田トートや井上トートになるんだと。
なんだか深く納得できてしまったのです。この博多座エリザベートを見て。

彼女の人生はトートとの戦いそのものなのだと。
誰もが畏れる相手に怯むことなく挑みつづけるエリザベートに私は惹かれたのかも。

さいしょは木登り。それが宮廷の古いしきたりへの挑戦、ゾフィーとの戦いとなり。ハンガリーの件で自分を認めなかった人々を認めさせて。やがて夫の裏切り、身内の不幸、老い、孤独と彼女が戦うものは人生そのものに移り変わっていく。昔のようにかんたんに勝ち負けがつくものではない。

思い一つでもっと楽にもなれるのに、それを選ばず人生の苦しみ、受け入れ難い不条理と戦いつづける。誰のためでもなく自分のために。

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2016/06/16

嵐もこわくはない。

ミュージカル「エリザベート」。
いろんな見方があるだろうし解釈もあるでしょうけど、私は深い孤独を表現するエリザベート役者が好きです。

エリザベートの孤独とはなんなのか。
それはありのままの自分でいると周りの人たちからまったく受け入れてもらえないことじゃないかな。
誰ともわかりあえない感覚。
子どもの頃は母親や親戚たちに。
本人としては悪いことをしようと思っているわけではないのに、やりたいことをやりたいようにやるとすべてを否定されてしまう感覚。
不幸なことに彼女のやりたいことっていうのが、穏やかな秩序ある生活をしたい人たちには迷惑でしかないことばかり。
それもどうしてもやらなくちゃいけないっていうよりも、いまやりたいと思ったことをやらずにいられなくてやってしまうこと。
非難されるのもしかたのないこと。
そしてやりたくないことを我慢してやるのはもっと嫌。そこはとてつもなく頑固。

唯一彼女を理解できるはずの同じ血を持つ父親は、やっぱり自分のしたいことしかしない人だから、子どもたちの養育は妻に任せていつも家を空けている。
帰ってくれば一緒にやんちゃなことをやってくれるからエリザベートは父親が大好きだけれど、気まぐれな父は自分が可愛がりたい時にしか可愛がらない人。
少女時代のエリザベートは、母親たちのおぼえめでたい姉を尻目に、いま夢中になれる冒険(危険な遊び)や空想に逃げながらも、内心では自分を認めてもらいたい承認欲求の強い子どもだったのではないかな。

そんな彼女の承認欲求を大いに満たしたのが皇帝からの思いがけない求愛だったのだろうと思います。
セロトニンの分泌増加でどんな問題ももう彼女を悩ませたりしない。
まさに嵐もこわくはない。
だから、先のことなど考えずに求婚を受け入れることができたのだと思います。その先にあるのは実家以上に彼女がありのままでいることが許されない場所なのに、そんなことは考えもせず。
フランツ・ヨーゼフの言葉も都合の良いところしか脳みそに入って来ないみたい。
彼に求められた高揚でそれ以外のすべてが見えなくなっている状態だろうなぁ。それほどあのときの彼女にはその事実が重要だったんだろうな。
でもそんな幸福感に満たされた時間は一時的なもの。その先には長い忍耐の時間が待っているもの。それを『責任』と呼ぶのだけども。

当然のように宮廷では彼女のやることなすことすべてが否定される。
「皇后だから」という理由で自分の行動原理を変える気などまったくないエリザベートにとってはすべてが耐え難い。
カルメンが「カルメンはカルメンなんだ」と言うのと同じように、自分基準で生きる生き方を変えられないし、たぶん納得いかないままに変えようとしたって心を病んでしまうだけ。
境遇に適応するためには適切なカウンセリングと根気強い愛の支えが必要な人だと思います。

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2016/06/11

祈りはやがて世界を変える力となる。

今年の宝塚歌劇宙組博多座公演『王家に捧ぐ歌』の千秋楽はもうとっくに終わってしまいましたが、もうすこしだけ思い出すままに書いてみます。

これまでの博多座宙組公演は私にとってエポックを画する出来事となっていたのですが、でもさすがに今年はそんなことはないだろうと油断していたらーーその予想は大きく裏切られてしまいました。
(油断していたからこそ楽日直前に大阪遠征を予定していたのです)

いちばんのトピックはひ孫ができたことです(笑)
誤解のないように書きますとひ孫のように愛着を感じる生徒さんができてしまいました。
これから宙組を観劇する楽しみが増えましたhappy01

楽の1週間前まではずっとエジプトの戦士に注目していましたのでエジプト側から物語を見ていたのですが、楽日はやけにエチオピア寄りの視点で見てしまいました。

なんだかウバルドがかわいそうでたまりませんでした。
この子は生きる喜びも知らないまま死んでしまったんだなぁ。神の名の下に清らかなまま・・・と思うと。

つらかったよね、半身のような妹アイーダの心変わりが手に取るようにわかってしまって。
心から信仰し大事にしている神様のその御業を否定されてしまって。
「虫けら」だなんて言われて。
アイーダひどいweep

アムネリス様にラダメスの凱旋を告げに来る伝令さんと同い年くらいなのかなぁと思うと、ウバルドの死が私にはとても重く感じられました。
あの薔薇色の頬を恋に輝かせる若者と青春も知らず散った若者と。
生まれ育った国がちがうというだけでこんなにも・・・。

楽の伝令さんは、アムネリス様の笑顔をいただけて踵を返して去って行くお顔がとても嬉しそうに輝いていました。何か手応えを感じたのかな。お顔に出過ぎよ(笑)と思ってしまうほど。
あの場面にほのかな明日への希望を感じたばかりだったから余計にウバルドの短い一生に心が揺さぶられたのかもしれません。

こののちあの伝令さんがいちばん青春を謳歌するのかも。あのままずっとエジプトが平和だったら。
伝令さん、あなたの幸せは皆の悲しみの果てにあるのよ・・と。
そしてあの伝令さんは、これを見ている私自身にいちばん近いところにいる人なんだなぁと思いました。
自分の子どもや孫たちひ孫たちには彼のような人生であってほしいなと思います。いつまでも。
だからこそ忘れないでいてほしいし忘れないでいたい。ウバルドたちのことを・・・と思いました。

楽のずんちゃん(桜木みなとさん)のウバルドを見て、しみじみと宙の子の芝居だなぁと思いました。こんな芝居が私は大好きだとしみじみ。

もう大好きだ。エジプトもエチオピアも。bearing

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2016/05/27

そののち、あなたさまに。

5月5日より博多座で公演中の宝塚歌劇宙組公演「王家に捧ぐ歌」の感想その2です。

今回の公演は主要キャストのラダメス、アイーダ、アムネリスが初日がはじまってすぐから安定していること、博多座という宝塚大劇場よりも小さめの劇場で、出演者も半分に減ったことなどもあり、メイン以外のキャストに私が目を向けるのもいつもより早かった気がします。

主要3役以外では、まずウバルド役の桜木みなとさんが目にとまりました。

大劇場でウバルド役を演じた真風涼帆さんは、当時星組から組替えされたばかりで新生宙組の2番手となった方。
その経験値と長身と色気でもって、執拗な眼差しで妹であるアイーダを見張っていたり詰め寄ったりする感じが危険な雰囲気で、まるで妹に欲情してるのかと思うほどでした。

対する桜木さんのウバルドは一気に若返った印象でした。アイーダ役の実咲凜音さんとは同期ということもあってか博多座では双子の兄と妹という設定となったのだとか。
アイーダとは兄と妹という関係よりもさらに近い、自分の欠けた半身への執着のようなものを感じさせるウバルドでした。

私はアイーダがエジプトに囚われてもエチオピア人の囚人たちに頼られ、戦の勝ち負けを問われたり、現実的にどうしようもないことを願われたりするのは、彼女が神とこちらをつなぐシャーマン的存在であるということなのじゃないかと思うのです。
兄ウバルドの側近カマンテ(蒼羽りくさん)やサウフェ(星吹彩翔さん)に多大な期待を寄せられていたり失望されたりするのも、彼女にそれだけ人の心を掴む立場と力があるからではないかと。王女にはそういう役目があるのではないかなと。斎宮斎院のような勝手に恋をしてはいけない立場なのかなと。
だから男である兄よりも、女であるアイーダのほうが大事にされているのかなと思えました。
(この物語の中の架空のエチオピアの話としてですが)

大劇場の真風ウバルドのときは、妹である王女は巫女的役割、兄は武力を司る王子、と役割が分かれているのかなと思っていました。
けれど博多座の桜木ウバルドに、私は妹に代わって巫子ともなりうる危ういまでの精神の純粋さを感じました。

だから神の御告げを聞いてしまうのかしらと。
とても清らかでまっすぐすぎる魂で信じ、憎む。フィジカルなものにとらわれない、思い込んだら寝食を忘れてのめりこむ危うさを感じました。

真風ウバルドの時はアイーダが敵国の男を愛するのが裏切りに見えたけれど、桜木ウバルドにとっては自分の半身ともいえるアイーダが、恋をして俗に染まり清らかな魂を捨ててしまったように見えることが裏切りなのではないかなと思えました。
そんな危うい王子を、カマンテとサウフェが支えているようにも見えました。カマンテはウバルドとアイーダが揃ってこそ憑座としての意味があると思ってるのかもとか、いろいろ想像してみたり。カマンテが陰でウバルドを唆す黒幕かなとか。

大劇場では、ウバルドはもともとエチオピアの戦士としてテロを決行する計画であったところに偶然神の御告げの夢を見て勢いづいたようにも感じましたが、博多座のウバルドはつねづね神との対話を請い求めていた人なんじゃないのかなと。そうしてようやく神の御告げを聞いて奮い立ったような感じを受けました。
真風ウバルドは自分の戦闘力を熟知しているようだったけれども、桜木ウバルドは自分の力量など測らずに打って出る危なっかしさがあるなぁと思いました。

アムネリスも役者でまったくちがって見えましたが、ウバルドももしかしたらアムネリス以上に役者が変わって見え方が変わったなぁと思います。ほんとうに面白いです。

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