カテゴリー「♕ 花組」の41件の記事

2025/12/11

俺のために

11月18日と23日にシアター・ドラマシティにて宝塚歌劇花組公演「DEAN」を見てきました。
主演の極美慎さんにとっては花組生として初の出演作品であり、初の東上主演作品でもありました。23日はドラマシティ公演の千秋楽でした。

感想を書こうとするも、自分の中で折り合いがつかず手が止まってしまうということを繰り返していました。
まず自分のなかのジェームズ・ディーンへの固定観念と目の前の舞台を擦り合わせることに苦戦しました。容姿も含めてあまりに映画のディーンの印象が強烈に残っていたことにいまさらながら気づきました。何十年も昔に抱いた印象がアップデートもされないまま自分の中に残っていたことに。

ジェームズ・ディーンの実像について考えてみたこともなく、若い頃は称賛の対象という世間の評価を疑いもなく受け入れていた私にとって、目の前の舞台で演じられるディーンという若者像をどう受け取るべきかで戸惑いました。
決して意外なわけではなくて、若い時の自分だったらさすがディーンだと思ったかもしれないけれど、いまの私には彼の有害性が目についてしまいそのことに戸惑ったのかなと思います。

自分を高く見積もり、脆弱な自尊心を守るためには降板もバックレもする、端から信頼関係を築けない。異性に好まれる自覚はあるのであの手この手で自分のペースに巻き込み思い通りにしようとするも、相手に意思があると思っていないので自分に反する意思をつたえられると絶望する。
力の勾配の上にいるときはやりたい放題、下のときは悲愴な面持ちで抗う態度をとりながらも言いなりで、そこに付け込まれてしまう。
大丈夫? 容姿はとても良いけどでも・・。
そんな印象の1幕でした。
2幕でやっと人との信頼関係が築けてきたかなぁと思った矢先のエンド。
最後まで撮影中の野卑な態度を誇示はしても俳優として演技のプランニングなどの描写はなかったので生い立ちに苦悩がある青年が素材として巧く使われただけに思えました。(監督にトラウマを突かれて激高する姿が真に迫っていると映ったとして、それは映画として高評価であっても俳優の評価としては本人は満足できるものなのかな、などと)

「エデンの東」の移動遊園地の場面を再現するディーン役の極美慎さんとピア・アンジェリ役の美羽愛さんの主演ペアはとても宝塚的な夢夢しさでときめきました。こんごも見てみたいコンビでした。
2幕のニコラス・レイ(一之瀬航季さん)とのやりとりは他者と信頼関係を築きはじめたディーンが見えてほっとしました。
エリザベス・テイラー(三空凜花さん)と彼女の子育てやピアとのことについて話すディーンも好きでした。
18日に見た段階ではがんばっているなぁという印象だったベン役の希波らいとさんが千秋楽では頼もしく成長していて目を瞠りました。
クセのあるPR会社の社長役で、役作りに苦戦したのだろうなと思いますが、23日の千秋楽ではなんかいい感じにディーンとのきずなが見えるなぁと思いました。
長身同士の並びも映えて、思わず極美さんと希波さんで「銀河英雄伝説」のラインハルトとキルヒアイスを見てみたいなぁと思いました。

自動車事故の場面のあとのヴィラ・カプリの場面では、一瞬これは『ディーンを演じた俳優』が登場したのかと思いました。フィッツジェラルドを描いた「THE LAST PARTY」のように。
亡くなった人もディーンのもとから去っていった人も、彼の周りに一堂に会するまぼろしのパーティ。彼らに親しみを込めて話しかけるディーン。
これは誰が望んだ夢なのかな。
24歳で彼は急逝したけれどもっと長く生きていたらどんな俳優になっていたのだろうと思いました。
幼少期に受け取れなかったものを、大人になり与える側となった彼が心の中の寂しい子どもの彼に渡せていたらいいのになと思います。

ヴィラ・カプリの場面がおわるとすぐにはじまったフィナーレで、舞台に1人タキシードで佇むディーンが、テーブルの上のバラ1輪を手に取る場面がとても素敵でした。
これはジェームズ・ディーンが好きだったという「星の王子さま」のオマージュかな。(極美さんも「星の王子さま」が愛読書だとカーテンコールで挨拶されていました)
私にはあのバラは壊れやすかったディーンの自尊心ではなかったかと思えます。
そしてもう彼は大丈夫なんだ。あのフィナーレはそんな意味だったのではないかな。
花男の面目躍如たる(だと私が勝手に思っている)タキシードの男役群舞のセンターにいる極美さんが嬉しかったです。
そしていかにも花組の娘役と思わせる美羽愛さんとのデュエットダンスも夢のようでした。
本編は消化できないままではありましたがフィナーレで多幸感いっぱいになって劇場を後にした公演でした。

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2025/07/27

つかの間のやすらぎ

7月20日に宝塚大劇場にて「悪魔城ドラキュラ」「愛, Love Revue!」を見てきました。
千秋楽にして初見でした。

「悪魔城ドラキュラ」は人気ゲームの宝塚歌劇化ということでしたが、プレイしたことがないゲームでしたし、正直なところ初見ではどのように愉しめばよいのかいまいちわからないまま終わってしまいました。

ビジュアルは最高でした。タカラジェンヌと宝塚スタッフのコスチューム&メイクの作り込みは想像の遥か上を突き抜けていくなぁと。
装飾過多なゴシック調のコスチュームが映えるタカラジェンヌの等身ときたら。
二次元から起こしたデコラティブなコスチュームを三次元の空気や重力をも味方につけて華麗に翻して踊る、立ち回る、舞台センターの主人公アルカード(永久輝せあさん)やリヒター(聖乃あすかさん)はもちろん、舞台後方の高みから厳然と見下ろすドラキュラさま(輝月ゆうまさん)も舞台端でポージングしているサキュバス(侑輝大弥さん)やマグヌス(希波らいとさん)はじめ、誰もが3Dのどこからみても隙なく美しい。これこそが宝塚だなぁと惚れ惚れしました。
そしてそれに加えてマリア役の星空美咲さんの歌声も。
近年のタカラジェンヌの実力レベルの向上には驚くばかりです。

世界観もドラマティックで宝塚に合っていて、演じている人たちもそれぞれのキャラクターとしての行動原理を理解してその思いを胸に舞台でその生を生きているのも伝わりました。
が、如何せんストーリーの構成が甘いというのかエピソードが弱いというのか、ゲームの1シーンやセリフの再現度は高いのだろうけれども人物の行動やそこにある葛藤がプロットをなぞっただけになっていて勿体ないなぁと思いました。
舞台セットもバウ公演のようで大劇場公演に期待するダイナミズムが希薄で、ほぼ演者頼りの印象でした。
宝塚歌劇、宝塚大劇場というリソースが活かしきれていないのが勿体なく思えて歯痒く感じました。
原作ゲームのファンで宝塚歌劇を初めてご覧になる方々に対して「宝塚、こんなもんじゃないっす」と弁明したくなるような、ただの宝塚ファンでしかないくせに謎の焦燥感が湧いてしまって、本当だったらもっと作品に没入していただろうものができなかったのかもしれません。私自身の煩悩ゆえの敗北かな。
そんな煩悩をひととおり通過して2度目からが愉しかったのだろうなと思いますが、1回しか観劇を予定していなくて残念です。
(東京公演の千秋楽ライブは楽しく鑑賞できるかな)

「愛, Love Revue!」は岡田敬二先生のロマンチック・レビューの23作目ということで、プロローグの宝塚の名曲「I LOVE REVUE」からはじまって、「初恋」「ラモーナ幻想」「愛の誘惑」「熱愛のボレロ」など時代を超えた懐かしい場面の連続で、その古めかしさをいまの生徒さんの感覚でパフォーマンスされるのが逆に新鮮に感じられました。
「愛の誘惑」の楽園の蛇さんの聖乃あすかさんの妖しい美しさに撃ち抜かれ、「熱愛のボレロ」の永久輝さんの三白眼に魅入られました。ラモーナの星空さんの歌声に安堵を感じるのも新鮮でした。

この3か月間主に星組「阿修羅城の瞳」に浸っていたこともあって、あらためて宝塚歌劇の振り幅の大きさを噛みしめています。
そしてどんなジャンルであってもビジュアル(演者自身も舞台美術も)が抜きんでていること、それこそが宝塚歌劇の真骨頂だなぁとも思います。
その中でも花組のビジュアルはハイレベルだと思いました。
この美しい花組に星組から極美慎さんが異動してくるんだなぁ。さらに目が幸せな組になっちゃうなぁと思うとこれからの花組公演も見逃せません。高齢の家族のこともあり遠征を減らす方向で考えているのだけどなぁ。困りました。(願わくはその如月の望月の頃)

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2025/04/13

真にあなたはグレート

3月30日に博多座にて「マジシャンの憂鬱」「Jubilee」の千秋楽を見てきました。
初日と千秋楽を含め4公演を見ましたが、お芝居もショーもひたすらに心を委ねて楽しめた公演でした。

「マジシャンの憂鬱」は花組時代からショースターとして観客の心を自在に掌握してきた瀬奈じゅんさんがトップ3年目、歌唱力抜群のトップ娘役の彩乃かなみさんや下級生時代から実力を認められていた2番手の霧矢大夢さんをはじめとして役者が充実していた当時の月組に充てて作られた、難易度が高い作品だと思います。
舞台上で大事件が起きるわけでも恋愛模様がドラマティックに盛り上がるわけでもなく、過去にあったことや登場人物の心情を観客が理解することで笑いが起きたりほっこりとした感情を生む・・そんな作品でした。その機微がつたわらないと観客は何を見ているかわからないまま流れてしまう難しさがあると思います。

今回の博多座の演目が発表になったときは、新トップが就任したばかりの花組でハードルが高そうだなと思ったのですが、見事に演じきった今回の博多座メンバーには称賛の気持ちでいっぱいです。
こんなにストレスなしに見られた公演もなかなかないなぁと思います。正塚先生の作品なのになぁ。(マンスプ気味だったり女性の自尊心を傷つけてから持ち上げるなどする愛情表現が苦手なんです・・心を支配しやすそうなキャラをヒロインにするあたりも)

「マジ鬱」初演も若干そういうところもあった気がするのですが、17年ぶりの再演ではそれを感じずに見ることができて、なにがちがったのかなぁと考えましたが、やっぱりいちばんは2025年のいまの感覚を持つ生徒さんたちが演じたからではないかなぁと思っています。

だとするなら、おなじく正塚作品の「薔薇に降る雨」をいま演じたらどうなるのか見てみたいなぁ。とも思いました。
(あえて言わせてもらうと)主人公が「顔だけの最低男」だったあの作品が、2025年のいま上演されたらどんな感じになるのだろうと。
ヒロインにとっては過去も現在もキラキラした存在で、ビジネスパートナーには信頼されて、彼に助けられた人びとにはヒーロー的存在の主人公、そんな輝かしい主人公がフィアンセに対してはリアルに最低であるあるすぎて、下手な取り繕いもまたリアルで、その小さな綻びを前に佇む男女のなんともいえない空気が15年以上を経たいまも記憶に残っています。(おそらく作者の筆がいちばん走ったターンじゃないのかなぁ・・)
そのあたり、いまだったらどう見えるのかなぁと思ったりするのでした。
年経るゆえの愉しみとでもいいましょうか。
(フィアンセの名前がフランス人なのにヘレンだったりとか、いろいろツッコミたい作品でもあったのですが)
と・・世迷言はこれくらいにして今回の舞台の感想を・・。

永久輝せあさんは身のこなしのひとつひとつが美しいなぁと思いました。
お芝居では1910年代っぽいコスチューム(ダウントンアビーの初期くらいかな)、シルクハットにインバネスコートにスリーピース、ベルベットジャケットなどどれもがとてもお似合いでした。(宝塚のこの年代の衣装のバリエーションはほんとうにすごい!)
シャンドールがさりげなく柱(壁?)によりかかるポーズは毎回美しいなぁと惚れ惚れして見ていました。
ショーではザ・宝塚な夢夢しい衣装を着こなし(戴冠式でフレディ・マーキュリーが思い浮かんでしまったのはそのバレエ的な身のこなしゆえでしょうか・・)、黒燕尾でのターン、真っすぐに高く上がる脚。どの一瞬を切り取っても絵になるなぁと思いました。

星空美咲さんは歌声が絶品。
「マジシャンの憂鬱」は歌唱力抜群の彩乃かなみさんに向けて作曲された数々のナンバーを歌いこなす実力に感服でした。
そしてショーの戴冠式のシーンでの歌唱にも。
長身の娘役さんゆえドレスも映えて、堂々と舞台に立っている頼もしい姿には、「PRINCE OF ROSES」の初日の緊張の面持ちを記憶しているので、「こんなに立派になられて・・」と思わずにはいられませんでした。大劇場公演を見ていないので、トップ娘役として立派につとめあげている姿に感動したりして笑。

聖乃あすかさんがこんなにコメディエンヌだったとは知りませんでした。
近年私が花組で見た公演では、1人だけ時空の外にいてほかの登場人物とはセリフを交わさない役やシリアスな役を演じていたのでとても意外でした。
初見時、階段から登場したいかにもプリンス然とした姿に見惚れてしまったのですが、まさかそのエレガントな皇太子が・・。まさに殿下はパッショネイト笑。
可笑しみもありつつ皇太子妃をエスコートする姿はやはり甘やかで、記憶喪失の彼女への告白シーンにはじんわりと涙してしまいました。
ショーでもたくさん活躍されていて、とくに娘役さんたちの真ん中で美しく輝いていた姿が甘く鋭く印象的でした。
これからにますます期待したいなぁと思いました。

美羽愛さんはお芝居で皇太子妃として登場するまでにかなり時間がありましたが、パーティの客など別の役で舞台に出てくると思わずそのチャーミングな舞台姿を目で追っていました。
記憶を失った皇太子妃が精霊たちとカタコンベで踊る場面は儚くて可憐でと美しかったです。
記憶を失ったまま皇太子の聖乃あすかさんと愛情を交わす場面は名場面だなぁと思いました。
ショーでは極楽鳥として専科の高翔みず希さん凛城きらさんを翻弄するダンスが愛らしくて好きでした。

シャンドールの家の5人の居候たち。ラースロ役の羽立光来さんとジグモンド役の一之瀬航季さんは、舞台と客席の橋渡し的な存在でもあって、2人のセリフや慌てぶりで状況が理解できました。滑舌もよく良い仕事をされてました。
ラースロがシャンドールを気遣うヴェロニカのマネをするシーンはわかっていても可笑しくて楽しみでした。
舞台俳優のヤーノシュ役の侑輝大弥さんもいちいちセリフが芝居がかっていて面白かったです。お顔がはっきりして綺麗なのでモノクロのサイレント映画の俳優も向いているなぁと思いました。(ヴァレンティノみたいに人気が出そうだけど舞台俳優にこだわりがあるのかな)
占い師ギゼラ役の朝葉ことのさん、まずパーティでの歌声に聞き惚れました。グループ芝居でのセリフもいい塩梅で彼女の存在で良い感じにまとまっていて頼もしいなぁと思いました。
自称詩人というレオー役の天城れいんさんはかわいい雰囲気が役にぴったりだなぁと思いました。
シャンドールに別れのことばが言えない場面で、もうすこしシャンドールとの関係性が見えたらなぁと。(これはシャンドールの声かけにも言えるんだけど)
「自称詩人」でいつもメシのことばかり言っている・・それだけの情報でシャンドールに出会う(拾われる)までどんな生活をしていたのかとか勝手に想像できてしまったりして、あまたの空想をめぐらせすぎたかもしれません笑(想像ではちょっとランボーが入ってました)

専科の高翔さん、凛城さん、そして副組長の紫門ゆりやさんが芝居ではコミカルな間で楽しませてくれながら、パーティのシーンではまったく別の紳士の役としてとっても粋でロイヤルだったりするのもさすがだなぁと思いました。

下級生にいたるまで皆さんが素晴らしかったです。
私の脳内ではもうこれは「エリザベート」できちゃうんじゃない?ってなっていました。永久輝トート、星空シシィは当然。フランツは聖乃さん?(いやこんなに面白い殿下がやれるんだからルキーニもできちゃうんじゃない?)などなど。エルマー、マデレーネ、リヒテンシュタイン侯爵夫人、・・とどんどん脳内劇場がはじまって大変です。
いつか現実になる日がくるのでしょうか・・?

このメンバーに星組から極美慎さんも加わるのかと思うと花組眩しすぎない??と心配と期待でまた足を運ばずにいられなくなりそうです。

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2025/03/25

まさに殿下はパッショネイト

3月14日と20日に博多座にて宝塚歌劇花組博多座公演「マジシャンの憂鬱」「Jubilee」を見てきました。

お芝居もショーもやっぱり楽しい。
21日には遠方から観劇のために来福した友人たちと、ひとこちゃん(永久輝せあさん)が「ザ博多座」(博多座情報番組)で博多の楽しかった思い出として語っていた能古島にも行きました。
お天気も良くて菜の花がまもなく満開という感じでした。千秋楽の頃には島内のたくさんの桜が見頃になっているのではないかなと思います。
そのあとはお昼に博多駅で「めん鯛まぶし」を食べて新幹線と在来線に乗って門司港観光と盛りだくさんな大人の遠足を満喫しました。
地元に住んでいるけど知らないことばかりで誰よりもはしゃいでしまった気がします。遠方から友人が訪れる博多座公演は私にとって特別なイベントだとあらためて思いました。(来年はどの組が来てくれるのかなぁ)

さて肝心の公演についての感想です。
「マジシャンの憂鬱」は初日の硬さもなくなり、正塚作品特有のテンポ感もよくなっていっそう面白くなっていました。
正塚作品にありがちな「特性ゆえに自己肯定感低めのヒロインと彼女に対して支配的な面が垣間見える主人公」という関係性が初演ではもうすこし濃く感じられていた気がするのですが、星空美咲さんのヴェロニカは自分を顧みて落ち込むことはあってもそこまで自己肯定感が低くはなさそうだし、永久輝さんのシャンドールも相手の心を手玉にとるような感じが薄いので、わたし的には抵抗なく作品を楽しめた気がします。
人を食ったような抗いがたい魅力にあふれていた初演の瀬奈さんシャンドールと比較してしまうと博多座版はあっさりしている印象はあるのですが、そこが令和らしくて安心して見られるゆえんかなと思います。
初演の時は初演が最高だったけれど、いまはこの博多座版が好きだなと思います。

永久輝さんのシャンドールと聖乃あすかさん演じる皇太子ボルディジャールとの掛け合いもとても面白かったです。
さいしょは革新的で聡明な皇太子なのだなと思っていたら、場面を追うごとにちょっとあれ?となり、だんだん様子がおかしくなっていく感じが「気のせいではない」と確信した頃にはスパークしていて、くすくす笑いが大笑いへとエスカレーションしていくかんじがたまりませんでした。
2回目3回目の観劇ともなると「来るぞ来るぞ」というくすぐったさに耐えきれなくなる可笑しさで、「ボルディジャール待ち」とでもいう状態に陥っていました。
彼と礼儀正しくお付き合いできるシャンドールは本当に忍耐強くて紳士だなぁ。可笑しみはあるものの皇太子ボルディジャールもとても紳士で2人揃ってドタバタにも品があるのが素敵だなと思いました。

シャンドールもボルディジャールも自分の人生を一生懸命に生きている。ちょっと青臭さもあるのが博多座版ならではかな。まだまだたくさんの未知が2人の行く手には広がっている。そんな印象も受けました。
シャンドールとヴェロニカも、ボルディジャールと皇太子妃マレーク(美羽愛さん)も、それぞれに初々しさを感じるカップルだなぁとも思いました。
永久輝シャンドールの「好きですよ、あなたが」に(え?ええ?私?)となってるヴェロニカも愛おしいし、ボルディジャールの深い愛を感じて「このまま思い出すことができなくてもあなたを愛していていいですか」と尋ねる美羽マレークも愛おしくて、ふふふとなってしまいます。(きっと目尻がでろ~んとなっていると思います)

愛おしいといえば、ほかの人びととはテンポがちがう柴門ゆりやさん演じる司祭さんも。とてもおっとりとしていて驚いて大の字に気絶したり、そのテンポゆえ大事なことを言おうとしているのになかなか聞いてもらえなかったり・・。抜け目ない人びとの中でひとり俗世間とは異なる空気感を漂わせているのが面白かったです。この世界にはいろんな人が一緒に生きていて、いろんな価値観があるという正塚ワールドの人だなぁと思いました。
シャンドールの家に居候している友人たちも、ヴェロニカの同僚たちも、酒場にいる人びとも、貴族や王室に仕える人びとも、それぞれがちょっと個性的でちょっと利己的でそれぞれに自分の人生を生きているかんじも、正塚ワールドだなぁと思いました。

「Jubilee」もまた、舞台のひとりひとりがその瞬間「生きている」こと、舞台に立つことの歓びに満ちて、その命のエネルギーを浴びるような心ときめくショーでした。
クラシカルでありながら元気いっぱい、美しく崩さないダンスで魅了するのが永久輝さん率いる花組の特長になるのかなぁと思ったりもしました。
綺麗なターン、一直線に上がった脚。ひとりひとりが誰よりも高く、より美しくという矜持をもって舞台に立っているような、その姿が清々しくて惚れ惚れと見ていました。
生まれたばかりのこの永久輝さんを中心にした花組がこれからどのように円熟していくのか、その様を見届けたいなぁと思いました。

ことしの私の博多座花組公演観劇も残すところ千秋楽の1回となりました。
その後のロスがいまから思いやられます。
基本的に観劇は遠征のため組によっては縁遠くなりがちなのですが、こんごも花組を見つづけたいなと思いました。こんごだけに。(マジ鬱だけに)

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2025/03/14

欺き続ける孤独

3月8日に、宝塚歌劇花組博多座公演「マジシャンの憂鬱」「Jubilee」初日を観劇しました。
お芝居もショーもとても楽しくて幸せな時間でした。

「マジシャンの憂鬱」は、私が座った座席位置のせいもあるかもしれませんがさいしょのうちは音響が賑やかすぎて気になってしまったり、前の座席の方が片時もじっとしていないためにずっと視界を妨げられていたりでなかなか内容に集中できないでいたのですが、主人公のシャンドール(永久輝せあさん)が街角でヴェロニカ(星空美咲さん)に声をかけられたあたりから落ち着いて芝居を見ることができて、その後はさいごまで芝居やパフォーマンスを楽しく見ることができました。
正塚先生の作品はセリフを聞き逃さないことが大事なので、永久輝さんと星空さんの滑舌は聞き取りやすくて内容がすっと頭に入ってくるのがとてもよかったです。

初演の瀬奈じゅんさんのシャンドールはこなれ感と人を食ったような雰囲気が魅力的でしたが、永久輝さんのシャンドールは真面目だなという印象をうけました。ボルディジャールを放って逃げることは無理でしょうと。
初演の彩乃かなみさんのヴェロニカは重いものを背負っている気の毒な女性に感じていたけれど、星空さんのヴェロニカはさっぱりとしていて楽に見れたように思います。ちょっとズレている感じかとてもチャーミングでした。そのあたりはテイストが『令和』なのかなぁ。仕事に邁進する姿が素敵だなと感じました。そしてあの彩乃さんが歌ったナンバーを歌いこなしていることに頼もしいなぁ恐れ入ったなぁと思いました。

皇太子ボルディジャール役の聖乃あすかさんは滑舌は甘めでしたが、間や唐突な身体表現が面白くて独特な認知の仕方をするボルディジャールを魅力的に演じていて気がつくと引き込まれていました。
皇太子妃マレーク役の美羽愛さんは、カタコンベで登場した時のダンスが幻想的で目を奪われました。いつのまにかそこにいて心もとなく寄る辺ない風情にはアデルハイド(凛城きらさん)が庇護本能をかきたてられるのも納得でした。

墓守のシュトルムフェルド役の高翔みず希さんと妻のアデルハイド役の凛城きらさんは、ひと言発するだけで面白かったです。
じつはイメージ的に配役が逆(妻役が高翔さんで夫役が凛城さん)かと思っていたので登場のときはあれ?と驚きました。どちらでもできる専科のお2人凄いなぁと思いました。

細かい見どころがたくさんある作品なのでリピートが楽しそうです。

「Jubilee」は、大劇場や東京公演をご覧になった方々から良いショーだからお楽しみにと言われていたのですが、違わず華やかで心浮き立つ作品でした。
クラシックのアレンジ曲で構成されたショーでしたが、元気でカッコ良くてこれがいまの花組なんだなぁと。
若手の方々がダンスパートを目まぐるしいほど順々に踊っていく場面がよかったなぁと思います。
そしてやっぱり花娘の群舞はいいなぁ。一気に世界が爛漫と明るくなる気がします。なんでしょうねあれは。

個人的に初日を観劇するのは受け入れ態勢になるまでけっこう時間がかかる質なのですが、さいしょの強張りもあっという間に溶けてしまっていました。
見終わったとたんに次の観劇がたのしみ~と思いました。
いつもとはちがい、地元ならではの週1で観劇できる博多座公演期間を愉しみたいと思います。

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2024/02/22

たゆたえども沈まず

2月15日に宝塚大劇場にて花組公演「アルカンシェル」~パリに架かる虹~を見てきました。

観劇直後は唖然とするばかりでしたが、これはちゃんと怒るべきなんじゃないかと思えてきました。
この脚本にGOサインを出してしまう(出さざるを得ない?)、そこに宝塚歌劇を危機たらしめている要因が潜んでいるのではないかと。
なかったのは時間? それとも別の何か?

わざわざ「ドイツ占領下のパリ」~「パリ解放」という特殊な時代を物語の舞台に選んでいるのだから、密告、猜疑心、自己保身か正義かの葛藤など、極限状況で揺れる感情や人間模様を丁寧に緻密に描かないと意味がないと思いました。分断や集団による私刑を招く群集心理も。
そこからいまにも通じる普遍的な人間の有り様、人間の尊厳や崇高な魂を見出すことができたら素晴らしい観劇体験になっただろうに。
なぜこうなってしまったのだろうと思いました。

フリードリッヒの当事者意識のない能天気さ

永久輝せあさん演じるフリードリッヒ・アドラーは、ホーゼンフェルト大尉(WW2中にユダヤ系ポーランド人ピアニストのシュピルマンらの命を救うも終戦後にソ連の強制収容所で死去したドイツ人将校)を念頭に創作されたのかなと思ったのですが、このお気楽さはなんなのだろうと呆然としました。

「エンターテインメントは世界をひとつにする」をお題目に、ナチス上層部を欺いて禁止されているジャズを上演するように柚香さん演じるマルセルたちに提案しますが、自分が当のジャズを禁止しマルセルたちパリ市民を苦しめているナチス政権下のドイツ将校(文化統制官)である自覚のないこと、ディートリッヒの亡命を語る時の軽さにしても、戦争も虐殺も自分には関係のないところで起きている他人事のように認識している人物でした。
ただただ自分が好きなエンターテインメントをやりたいだけの人物。そのためにマルセルたちに危険を冒させることにも無頓着。
キラキラしたスローガンで情緒的に訴えるやり方は薄ら寒ささえ感じました。

そのフリードリッヒの提案というのが、表向きはウィンナワルツのショーを上演していることにして、実際にはジャズの演目を上演するというもの。
そのために並行して2つのショーを構成・制作し、両方のショーができるように稽古をし、ナチスの前ではウィンナワルツを、それ以外ではジャズの演目を上演するという、思いつきはイージーだけど上演する側にはハードなもの。
これが露見すればどうなるか。相手は収容所送りや拷問もするナチスです。

フリードリッヒがマルセルたちにジャズを上演するよう説得する時に、「占領下のパリで観客の多くを占めるドイツ兵が求めているのはジャズだから」と言っていたことにもフリードリッヒの人間性を疑いました。
マルセルたちがどういう状況下に生きているかを理解していたらこういう言い方はできないでしょう。
フリードリッヒをとことん馬鹿に描こうとしているのか、もう訳が分かりませんでした。
そしてこの提案にのるマルセルたちもよくわかりません。
マルセルの側にそこまでしてもジャズを上演したいという動機があるように描かれていないので。

マルセルたちがジャズに自分たちの自由精神を託してなんとしてもやりたいと、表現者として手段を考え、それにフリードリッヒが協力する設定ならわからなくもないですが、あくまでフリードリッヒ主導なのが、その彼が自分の立場の自覚もなく、万一発覚した場合はどのような手立てがあるのかについての言及もなく、とてつもなく能天気なのが「どうゆうこと?」でした。

作品の見せ場として『ウィンナワルツのショーを上演する体でジャズショーを上演し、軍幹部の入場を知るや急遽ウィンナワルツに変更というスペクタキュラーな展開の場面を作る』のが目的なのかな?とも思いましたが(そうなら見てみたかったりはしたのですが)そういう場面はありませんでした。

加えて、彼のアネット(星空美咲さん)への積極的すぎるアプローチも疑問でした。
まともな大人なら、占領側のナチスドイツの将校である自分が被占領側の女性と特別な関係になるとはどういうことか、彼女がどういう目で見られるか考えられるはずなのに、その視点がないこと。彼女に対して本気であれば葛藤があると思うのにそれもないのかと。
自分のことしか考えられない、いつまでも大人になりきれていない人物なんだなと。ラストの言葉も含めてそう思いました。

占領下のパリで、人を踏みつけにしている側である自覚もなく(つまりナチスドイツに些かの非も感じていない)、自分に悪意がないから踏みつけにしている相手からも受け容れられると信じて疑わない様子も、虐げられている人びとの中から1人だけをピックアップして救出する残酷さの自覚もない、その独善さに何度も抵抗を感じました。
このキャラクターを「いい人」と描く脚本に疑問を抱かずにいられませんでした。

歴史的事実を軽んじていること/茶番が過ぎる

偽ってジャズをやっていることはすぐに発覚し、フリードリッヒは降格の上前線の任務に。
劇団は無期の公演中止でマルセルはSSによる厳しい取り調べ(拷問)を受け、星風まどかちゃん演じる花形歌手カトリーヌは交換条件をのまされて無理やり単独ドイツ本国に巡業へ。劇団員の1人ぺぺ(一樹千尋さん)は言動をとがめられて思想犯として子どもを残して強制労働収容所送りに。
結果はかくも悲惨です。

フリードリッヒの計画は最初から能天気すぎるし、占領軍を欺いたことが露見すればこうなることは当然予測できたことですが、にもかかわらず「のった俺たちもわるかった」と『フリードリッヒ無罪』みたいなダニエル(希波らいとさん)の軽いエクスキューズも含め、なんだこの茶番は?と思いました。
親を連行された少年イブ(湖春ひめ花さん)に対する周りの態度も鬼かと思いました。「思想犯として収容所に送られる」ということがどういうことか、歴史的事実の認識が軽すぎて容認できませんでした。
さらにその後のぺぺ救出茶番劇には、こんな描き方がゆるされるのかと疑問でいっぱいになりました。

公演中止が解かれたのち、一座の花形カトリーヌを失った劇団はアネット(星空美咲さん)を中心に華やかにラテンショーを上演。ジャズは禁止だけどラテン音楽はOKなんだそうです。
えーそうなんだ、あの危険極まりない無謀なジャズの上演とはなんだったのか状態です。
あれだけのことを引き起こしておきながら、どうしてもジャズでなければならなかった理由付けが弱すぎだと思います。

さらにナチスがジャズを解禁すると、それをフリードリッヒが自分たちの勝利のように言うことも、ちょっと待った、と思いました。
ナチスは彼らに屈したのではなく、ジャズの人気が侮れないことを察知してプロバガンダの喧伝に利用しただけ。いくらフィクションでもそこは曲げてはいけないと思います。
エンターテインメントをプロバガンダに利用するのに長けていたのがナチスドイツだし、日本においても宝塚歌劇が戦争に利用されていた時代もあるくらい。
能天気な「エンターテインメントは世界をひとつにする」は危険で害悪だと思います。

プロットをなぞるだけの2幕/占領下のパリの人々の解像度の低さ

1幕のあいだはまだ華やかなレヴューシーンや柚香光さん&星風まどかさんのトップコンビの美に目が喜んでもいたので、これを2幕でどう収拾するのだろう? フリードリッヒの背景や事情を知ったら納得できるのかも? などと思ったのですが、期待は裏切られ・・2幕はプロットをそのまま、なにも肉付けせずに見せられているようでした。
時間が足りていなかったのは間違いなさそうです。

なぜ上手く事が運んだのか、どんな葛藤がそこにはあったのか、主人公まわりの人々(劇団員たち)はそれぞれどんな背景をもつ人々でそれぞれに何を考えてそういう行動をしているのかの描写が二幕を通じてありませんでした。
レジスタンスに入るかどうか1つとっても人それぞれに葛藤や背景があるでしょうに。まるで部活の勧誘のような軽さで、露見したら拷問や収容所送りになるかもしれない重い決断であることも伝わってきませんでした。
ドイツに協力的な人、そうせざるを得ない人、反独感情が強い人、ユダヤ人への感情などさまざまな人がいるはずなのにそれもわからない。
そもそもなぜ彼らは占領下のパリにいるのか、パリを離れる選択だってできたはずなのに。家族は恋人は。
せめてアルカンシェルのダンサー役の帆純まひろさん、希波らいとさん、美羽愛さんくらいにはストーリーがあっていいんじゃないのかな。
せっかく見た目は目立っているのにもったいないと思いました。

パリ解放に至っても一様に喜ぶのっぺりとした人々がいるだけになっていて、あえてこの設定にする意味があったのかと疑問でした。
パリ解放後の対独協力者への私刑(特にドイツ兵の恋人を持った女性に対して)を知っていれば、アネットはもちろんカトリーヌも無事だったのかと心配になるのは当然だと思うのですが、その後についてはなにも触れられず、ハッピーエンドでめでたしめでたし。
人々が苦難を強いられた時代背景を拝借して実相とはかけ離れた安易な世界観で描くことに嫌悪感がありました。
積み重ねてきた歴史や命の重みを疎かにしていること、しかもこのやっつけ感に憤りを覚えました。

好きだったところ/まどかちゃんのドレス姿と役

柚香光さんのピエロのマイムはもっと見ていたいほどでしたし、このスーツ姿と完璧な後頭部も見納めかと思うとせつなさでいっぱいになりました。
星風まどかちゃんのお芝居の衣装は過去最高に好きでした。腰高で細いウエストに高い胸の位置、ゴージャスなまどかちゃんの体型にぴったりで。やっとまどかちゃんの美しい肢体にフィットしたドレス姿が見れたと嬉しかったです。
柚香さんとまどかちゃんが向き合っている横からのシルエットが美しくて愛おしかったです。
そしてまどかちゃんの役が、人生に仕事に責任をもって生き、愛し苦悩するカトリーヌという自立した女性だったのもエモーショナルでした。何か(誰か)に巻き込まれる役やキャンキャンした役が続いた頃もあったのに、見事に大人の女性の役で卒業するのだなぁと。

つくづくこんなにセンシティブで難しい時代設定でなくてもよかったのになぁと思えてなりません。
せめて占領下のパリでレヴューの火を絶やさないように奮闘する人々のお話ではだめだったのかなぁ。
永久輝さんは潜伏するレジスタンス運動家でエトワール歌手をめざず星空美咲さんと恋に落ちる設定とか。
もしドイツ人を絡めるなら、若いドイツ兵と淡い恋に落ちる美羽愛ちゃん、相手のドイツ兵は若手のたとえば希波らいとさんとか・・。(お2人が可愛くてとても目立っていたのにストーリーがなかったのがとても残念で・・)
ジャズやシャンソンなどあの時代ならではの音楽や歌でをふんだんにちりばめ、苦難の時代に屈しない人々の群像劇だったらなぁ・・(妄想)。

ともあれ東京公演では良くなっていることを切に願っています。

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2023/11/29

ナバーラ*式の構えだな

(*12月9日に鑑賞したライブ配信で演者の方々が「ナバーラ」とスペイン語風に発音されているのを確認したので、フランス語風の「ナバール」を改めました。引っ掛かってはいたのですがメリメが書いたフランス語の小説が原作だからかなぁと思っていました)

11月20日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇花組全国ツアー公演「激情」と「GRAND MIRAGE」を見てきました。

「激情」は2016年に月組全国ツアー公演を地元で観劇した時の印象が強く残っています。
当時はトップスター就任前の月組2番手男役だった珠城りょうさんが主役のホセを務め、トップ娘役の愛希れいかさんがカルメンを演じていました。

今回の花組も2番手男役の永久輝せあさんが主役のホセ役。
現花組トップスター柚香光さんが次回大劇場公演の演目をもって退団を発表されているので、次期花組トップスターは未発表だけど永久輝さんで決定でこの全国ツアーが顔見世的公演ということなのかなあ。
実力、経験ともに永久輝さんはいつトップに就任されても大丈夫だしあとは発表のタイミングの問題かなと思っています。

今回のカルメン役は星空美咲さん。別箱公演や新人公演でのヒロイン役を幾度も務めていてこちらも実力、実績ともに問題なし。
ただ今回にかぎっては、カルメンがカルメンでなくては作品が成立しないけど大丈夫かなぁという心配はありました。

2016年月組版ではカルメンを演じた愛希れいかさんのしなやかで精気溢れるダンス。心を振り絞るような声。どうにもならない葛藤に激しく心が泣いているように聞こえた「カルメンはどこまでも自由なカルメンでいたいんだ!」に心を揺さぶられた記憶がいまも脳裏に刻まれています。
けれどその近代的な葛藤がどうにも私が思い描いていたカルメン像としっくりこなくて・・すごく心を揺さぶられとても共感を覚えたのだけど複雑な思いになった記憶があります。
のちに愛希さんのエリザベートを見てこれだ!と膝を幾度も打ち鳴らしたい衝動に駆られました。いま生きている場所に対する居心地の悪さ、抗ってもどうにもならない無力さに地団駄を踏んで泣いているような愛希さんが演じる女性像に私は心を掴まれるのだとわかりました。
ただそれは私の中ではカルメンではなくエリザベートだったんだなと。

そんなふうにカルメン像にこだわりが強いため、星空さんはどんなカルメンを見せてくれるのかなぁとドキドキしながら観劇しました。

星空さんのカルメンは、最初はとても幼いカルメンだなぁという印象でした。身のくねらせ方やフラメンコは頭の中の愛希カルメンと比べてしまってぎこちない気がしていたのですが、見ているうちにどんどんカルメンとしての生き様に引き込まれていきました。

束縛されるのは嫌。所有物にされて囲い込まれたくない。ホセが勝手に思い描く「彼が心地よい人生」の一部にされたくない。
先の約束なんてできない。いまこの刹那に心が動くものを追いかけたい。
幼さもありながら迷いなくがんがん突き進む、この強さはどこから来るのだろう・・。
星空カルメンの「カルメンはどこまでも自由なカルメンでいたいんだ」にガツンとやられました。

彼女の気持ちを無視して自分のために彼女を縛り付けようとするホセに嫌気がさしているのもエスカミリオに惹かれるのもよくわかりましたし、自分を貫き通して死んでいく自分に納得しているのもよくわかりました。

ホセはポテンシャルは十分にあるのに、それを他人が作った規律の中でしか活かせない、どの集団に属しても有能なのに「自分の外の何か」にしがみついていないと生きていけない「自分が自分の王」にはなれない人なんだなぁと思いました。
カルメンが「あたいはオオカミ、あんたは犬」と言うのが胸にストンと堕ちました。

自由なカルメンに魅せられながらも、彼女を既成の檻の中に閉じ込めないと不安でしようがなくて彼女の芯から目を逸らすホセ。
彼女の本質を潰しても自分の囲いの中に置いて自分が安心したい。結局カルメンにミカエラのように生きることを望んでいる。
根本的な価値観が「ナバーラ式」なんだろうなぁ。それならミカエラと結婚すればいいのにと思いながら見ていました。
けっきょく「男らしい」という借り物の規範に自分が縛られて「男らしく女を従わせるという幻想」に囚われて自滅したんじゃないかなぁと。

19世紀のパリに生まれ洗練された時代の先端を生きるメリメには、自分にはできない純粋で泥臭い人生を生きたホセへの憧れと共感があるのだろうなぁとも思いました。
現代を生きている私がカルメンに強く惹かれるものがあるように。

そのホセがカルメンを刺殺してから処刑されるまで。
舞台だとほんの刹那ですが、その時の永久輝ホセの瞳がとても印象的でした。
それまでとはまったく違う顔をしていて、ああホセはたどり着いたんだなぁと思いました。
メリメもこのホセの瞳に触発されて小説を書いたんじゃないかと思うほど。
そうかホセがこの境地にたどり着くまでの物語だったのだなぁと勝手に納得してしまいました。
永久輝さん凄いなと。

永久輝さんのホセも星空さんのカルメンも、2人を取り巻く人々もとても解像度が高くてクリアでした。
いままで漠然としていた「カルメン」という物語に一瞬眩しい光が当たって明るく見えたような感覚を覚えました。
書物の中では感じ得なかった19世紀の感触が一瞬掴めたような・・それが現代と交錯した瞬間を私は見たんじゃないかなぁと思いました。

ロマのカルメン、誇り高く勤勉で真面目といわれるバスク人のホセ、そこにブルジョワ青年でフランス人作家のメリメの視点が加わる。
交わるはずのない3人がスペインのセビリアで出遭う。
人物配置が決まった瞬間からもうドラマが起きないわけがないやんという神設定の物語だったのかとあらためて気づきました。

2016年の月組版では、ホセ役の珠城さんとカルメン役の愛希さんが激しく心をぶつけ合っているそばで、ふわふわしたモラトリアム青年のメリメがお花畑の人みたいで正直イラっとしたのを覚えています。
メリメが説明しているようなことは言われなくても珠城さん愛希さんの芝居でわかっているのにいまさら?みたいに。

ところが今回はそう感じませんでした。
脚本は変わっていないはずなのに。演じているのも月組版の時とおなじ凪七瑠海さんなのに。

今回のメリメは小説家だなぁという印象でした。
このホセとカルメンについて受容しリスペクトしながらも異なる文化を生きている人だったように感じました。
ホセ、カルメン、メリメのバランスの違いで見える景色が変わったのかなぁ。

月組版の時は私の気持ちが「ホセ」と「カルメン」に引っ張られて行っていたのかもしれません。それはそれでとても見応えがあってよかったと思います。
今回はメリメの存在を視野に入れることで引きの目線で「ホセとカルメン」を感じることができたのかなと思います。

同じ作品でもこんなに異なった印象や感想になるなんて、やっぱりお芝居は面白いなぁと思います。

「GRAND MIRAGE」は今年大劇場で上演したばかりの岡田敬二先生のロマンチック・レビューの新作の再演。
大劇場公演での観劇では、新作だけど新場面だけど既視感があるのが面白いなーと思った作品でした。

全国ツアー版では少人数になって主演コンビが変わって、どうなるのかなぁと軽めの気持ちで見ていたら、プロローグからうるうるしてしまって結局最後まで涙目のままの観劇になりました。

舞台の上のタカラジェンヌの皆さんが煌めいていて華やかで気品があって・・。それを間近に見るだけでこんなにも心震えるんだと思いました。
「岡田先生のいつものレビュー」なんて軽い気持ちで見てゴメンナサイでした。
「岡田先生のいつものレビュー」・・なんて貴い・・と感動しました。

全身紫陽花色のくすみパステルの夢夢しいスワローテイルにロングドレス。
こんなコスチュームが似合う人たちがこれだけ舞台に揃うってあり得る?
どれだけの努力をしたらこのコスチュームが似合うフェアリーになれるの?
と。

美しさに感動できる体験なんて日常のなかでそうそうあるものではないのに。それをこんなに間近に感じられる幸せに涙しました。

カーテンコールの挨拶で永久輝さんが「皆さまが愛する宝塚、私たちが愛する宝塚を全国に届けてまいります」とおっしゃったことも胸に沁みました。
この幸せな体験がたくさんの方に届きますように。
そして花組の皆さんが健やかに全国を巡られますように。
心から祈っています。

「激情」CAST

ドン・ホセ(永久輝せあ) 
カルメン(星空美咲)
プロスペル・メリメ/ガルシア(凪七瑠海)

フラスキータ(美風舞良)
スニーガ(紫門ゆりや)
エスカミリオ(綺城ひか理)
ダンカイレ(帆純まひろ)
レメンダート(一之瀬航季)
ミカエラ(咲乃深音)
モラレス(侑輝大弥)

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2023/07/17

日傘さす人つくる人。

7月7日に宝塚大劇場にて花組公演「鴛鴦歌合戦」と「GRAND MIRAGE!」の初日を見てきました。

6月28日に星組公演「1789」を観劇した後、宝塚ホテルの部屋で何気なくCSを付けていたら、次回大劇場公演のPR番組で柚香光さんが着物の組紋のことなどを朗らかにお話しされていてなんだか楽しそうな作品だなぁと興味が湧いたのですが、「1789」にかまけて花組公演のチケットを手に入れていなかったことに気づいてがっかり。
その話を翌日ヅカ友さんにお話ししたら青天の霹靂のように初日に見に行けることになり(急展開)1週間後の再遠征と相成りました。

今回は諦めていたところからの奇跡のような出来事でしたがまず滅多に起きることではないし、こんな迂闊な人間にもチャンスがあるように観劇できなくなった人が譲りたい相手に譲渡できる公式のシステムがあるといいなぁと思います。

「鴛鴦歌合戦」は昔のオペレッタ映画が元ネタということだけは事前に知っていましたが、それ以外の知識も情報もなく、ただただ「柚香さんが公演について朗らかにお話ししている」という印象だけで観劇しました。
その光景が胸に刺さった訳が観劇してなんとなくですがわかった気がします。

ここ最近観劇した「ファクトリー・ガールズ」や「1789」とは真逆の世界観で、誰も世の中を変えようなんて思っていない!
彼らはユートピアみたいな世界に生きているから。
お米がなくてもヒロインは飢えないし可愛いおべべを着ているし、親のない子は優しい誰かに育んでもらえる。
まさに小柳ワールド。

取り巻きを大勢連れている大店のお嬢さんが恋のライバルで、父親は生活費を使い込んで晴れ着も買えないし、フェティシズム強めなお殿様には好かれてしまうし、なにより好きな礼三さんは態度をはっきりしてくれないし!ヒロインお春ちゃんの日常はなかなか困難。思わずがんばれ~~!と思ってしまう。

いやいや、父親が生活費を使い込んでしまってお米が買えないとか、その父親が奸計に嵌って大金を工面できなければ殿様の妾にされてしまうとか、現実的に考えたらかなり深刻な状況、経済的虐待だし性搾取未遂。がんばれ~とかヘラヘラ言ってる場合じゃないと思うんですけどそこはさらっとノンキな演出に。それこそがこの作品なのかな。

社会を変えなくてもヒロインを困らせている人たちが改心すればそれで解決。(登場人物は皆素直なので気づいたら改心も早い)
経済的な問題も思いもよらぬことで解決。(最初から匂わせているのでわかりやすい)

唯一変わらないのが礼三郎。
金持ちは嫌いだと言って決別を匂わせて彼女に決心させる。
礼三郎に対して自分が変わらないことを証明するために彼女は国家予算に匹敵するものをふいにする。
あれまぁ。(心の声)

この展開は往年の喜劇っぽくて懐かしいけれど。
自分が支配できない女性とは添えないってことか。
と今の世に見るとついそんな感想ももっちゃうかな。
そのお金で世の中に貢献して人々を幸せにすることもできるのだけど、社会的な責任を負うよりもささやかな幸せ、という人なんだよね礼三郎は。
たしかにお殿様の器ではないな。

ツッコミ出すといろいろあることはあるのだけど、見ているひとときは登場人物たちへの愛おしさに涙し、演じる人たちに対する愛しみが溢れて心が癒されました。
役として人として葛藤し魂を振り絞るような舞台に深く感動もしますが、このような演者の魅力を前面に出した「上質な学芸会」を楽しめるのも宝塚の懐の深さだなぁと思いながらほのぼのとした気持ちで帰路につきました。

結論「これはこれであり」。

(・・・がしかし、どのへんが「鴛鴦」で「歌合戦」だったのかな)

<CAST>
浅井礼三郎(柚香光) 涼しい顔をして自分の領域を守って生きている人。そこに皆が憧れて方々から縁談話が持ち込まれるのだと思うけど本人は嫌気がさしていそう。山寺で子どもたちに剣術の指南をしている姿がいちばん清々しくて彼らしくて目に麗しかったです。これを見られるのは山寺の尼さまたちだけなんですよね笑。
客席から登場して振り向いた時の懐から出る手が色っぽくて反則だと思いました。

お春(星風まどか) チェッが可愛い。お父さんがあんなだから生活の苦労を背負って強がって生きているところが愛おしい。時折こぼす少女らしい愚痴もまた可愛いのだけど、お父さんにしろ礼三さんにしろ、自分の世界に没頭するタイプだから一生生活の苦労は絶えなそう。この先も自分のほうを見てくれない礼三さんにやきもきしそうだし・・強くなるしか仕様がないなぁ。
料亭のお嬢さんおとみちゃんが傘を売ってというのに「うちは小売りはしてません!」って突っぱねるのが超絶可愛かったです。その後の2人のやりとりも。

峰沢丹波守(永久輝せあ) 「ぼくは若い殿様~♪」なんて歌いながら登場するお殿様ははじめて見ました笑。大好き。楽しそうに演じている永久輝さん大好き。はちゃめちゃな役なのに塩梅がわかっているのさすがだなぁ。途中からうっすらと悲哀を感じさせるところも巧いなと思いました。
殿様本人は軽い気持ちでもそれを聞いた家来はそれを叶えるために悪知恵を働かせ非道なこともやってしまいかねないので言動には気をつけましょうねと思いました。

秀千代(聖乃あすか) とにかく可愛い弟君。皆に愛される末っ子というかんじ。頭をふるふるふるとさせるところはたまらなく可愛かったです。ちょとした仕草でも客席の目が止まるのはさすがだなぁ。舞台にいると思わず目が行ってしまいます。
どうしてこんなにもやさしい兄おとうとが生まれるのでしょうか。(あの方のお子様だからかなぁ)

道具屋六兵衛(航琉ひびき) みんなに同じものを二つとない一品と売りつけて平気な顔でいるのが笑えました。自分が売りつけておいて買い取る時には偽物扱いで二束三文で平然としているのも。商いとはこんなものだから引っ掛かる方が悪いのだという前提なのですね。
この作品で卒業される航琉さんにたくさん場面があるのが愛を感じました。(宝塚のこういう学芸会っぽい愛情も嫌いじゃないです)

志村狂斎(和海しょう) ヒロインのすべての困りごとの原因をつくっているのはこのお父様だと思います。なのに憎めない役に作っているのは凄いなぁと思いました。
最後まで道具屋さんのこと微塵も疑っていないように演じる方が難しそう笑。
和海さんもこの公演で卒業されるのでラストがこの役でよかったなぁと思いました。(主役の柚香さんより舞台にいた記憶が・・)

麗姫(春妃うらら) ある意味お家騒動の黒幕??(可愛い黒幕だけど) 妄想劇場気味で愛するお殿様と倹しく市井で暮らしても良いって言うあたりは案外本気ですよね。
春妃さんも卒業されるこの公演で天然風味全開の可愛い奥方様の役でよかったなぁと思います。

遠山満右衛門(綺城ひか理) 娘の藤尾の恋心を知ってなんとかしてやりたい親ばか全開のお武家様で礼三郎の義理の叔父。
縁談の話の時に藤尾ちゃんを礼三さんにもっと近づけと唆すのが可笑しくて可愛くて好きでした。

藤尾(美羽愛) 親同士が決めた礼三郎の許嫁。礼三さんのことは憧れの君って感じなのかな。親に言われつづけて自分も礼三が好きという暗示にかかっているのかなとも思う素直で愛らしい武家のお嬢様。
恋煩いの病鉢巻で登場する場面は凛として新しい心境に立ったことを感じさせて印象的でした。(そんな娘に慌てふためくお父様も好き)
ラストでお春ちゃんとおとみちゃんとのわたしたちお友達になりましょうね♡は最高でした。

おとみ(星空美咲) いつも取り巻きを引き連れて登場するのですがそれだけで可笑しい。
お春ちゃんとの日傘を売る売らないの場面はもう1回(というかなんどでも)見たいくらい好きでした。
自分が恵まれていることを知らないで育ったとても素直なお嬢様キャラが愛おしかったです。
お春ちゃん藤尾さんとはしゃいでいる姿を見ると目尻が下がりまくりました。

天風院(美風舞良) 山寺の尼様。蓮京院様にお仕えしながらも礼三郎に見惚れていて夢見る夢子さんな面もあり可愛らしかったです。

蘇芳(紫門ゆりや) お家のことをとっても心配している家臣。お殿様があんなだから時には悪者にも回らなくちゃいけないし気苦労が多そう。愚痴もこぼしたくなりますよね。(わかります)

蓮京院(京三紗) 今回のMVPを差し上げたい。セリフに入る間が素晴らしくて聴き入ってしまいます。礼三郎さん良い男に育って見惚れちゃいますよね。(わかります)

「GRAND MRAGE!」は"ネオ・ロマンチック・レビュー”と銘打ったショーで、岡田先生のロマンチック・レビューとしては22作目だそうです。
新場面もどこか既視感があるかなというかんじです。

プロローグの紫陽花色のコスチュームが花組によく似合って素敵でした。
くすみパステル調が“ネオ”かなぁなんて思いました。

「彷徨える湖」の場面の星風まどかちゃんのダンスに釘付けでした。まどかちゃんのお腹がグランミラージュ!
名曲「SO IN LOVE」を永久輝さんが歌って、柚香さんまどかちゃんが踊るフィナーレのデュエットダンスは最高でした。

どんなに激しく踊ってもコスチュームがセクシーでも、上品さだけは絶対に崩れないのが宝塚らしくて素晴らしいなぁと思いました。
花組は舞台化粧が綺麗な組だなぁというのも再認識しました。

お芝居とともにショーも夢夢しくて明朗で「ザ・宝塚」を浴びたひとときでした。

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2023/03/07

ハプスブルクを頼む。

3月1日に東京宝塚劇場にて花組公演「うたかたの恋」と「ENCHANTEMENT-華麗なる香水(パルファン)」を見てきました。

「うたかたの恋」は小柳奈穂子先生による新演出がとても良いと聞いて楽しみにしていました。
書き加えられた部分によってそれまでふんわりしていた時代背景や状況が顕らかになり、私は夢物語を見る目線ではなく、史劇を見るようなシビアな目線で見ていたようです。
結果としてマイヤーリンク事件の後味の悪さを噛みしめることになりました。

現実との折り合いが悪い大人が、自分は世の中の誰ともちがうと夢想しがちな年ごろの年少者の夢を喰らって利用している様が浮き彫りになったように感じました。
ことに酒場で自暴自棄のルドルフが罪のないマリーを責める様子が、モラ男の典型を見るようで心理的アラートが誘発されたようです。
思い通りにいかないことに腹を立てている甘えたオトナと、見たことのない大人の弱さを直にぶつけられてそれを愛しいと感じ彼を支えられるのは自分しかいないと思い込んでしまった少女の図にぞっとしてしまったのです
(あなたしかいないのではなくて、みんなが手を退いてしまった男なのよ、その男は)

この甘えたでダメな感じが真実に近いルドルフなんだろうなとも思います。
それに対してマリーも現実的な人物に描かれていたなら別の受け取り方ができたのかもしれないのですが、旧時代の夢を一身に背負ったようなマリーだったので、ルドルフ役の柚香光さんが心の機微を繊細に演じるほど、マリー役の星風まどかさんが宝塚ファンが求めるマリー像に近づけるほどいたたまれなさを感じました
その立場、その美貌で夢見るマリーを有頂天にさせたあげくに死出の道連れにする正当性をどうやっても見出せなくて。

従来の「うたかたの恋」を見るとき、私は頭で主人公がおかれた状況や心情を補完しながら見ていたと思います。そうするのは、すでに初演の頃とは見ているこちら側の感覚や価値観が変わっていたからだと思います。
聡明で孤独な皇太子とけなげな少女の悲恋にロマンを感じ、頑迷な父帝や権力に固執する政敵を憎み、母后や伯爵夫人の機知に富んだ会話や人間味あふれる従僕たちのやりとりに人の世の機微を感じてひとときの夢を味わう作品だったのかな、もともとは。
でもいつしか見る側も努力をしないと楽しめなくなっていました。

時代が進み自分も年齢を重ねたことで、責任ある立場の大人がうら若い女性と情死を選ぶには納得がいく理由がないと受け容れ難くなり。
また同時代を描いた新しい作品での同名のキャラクターの描かれ方に触れることで、父帝がただの頑迷ではなかったのではと考えたり。
機知に富んで見える伯爵夫人のセリフも宮廷の薄暗いところで権力者を相手に女衒のようなことして生き抜く女性ゆえのわきまえた仕草なのだと知るようになると、あの狂言回しが「キッチュ!(まがいものだ!)」とせせら笑ったおとぎ話を無垢な気持ちで見ることは適わなくなってきたのだと思います。

そういうわけで、今回の新演出に期待を抱いて観劇したのですが、こもごも雑念が膨らみ純粋な目線で見ることができなかったのかなぁと思います。
柴田先生が脚本を書かれた時代の価値観や史観が支配する場面、新しく書かれた現在の価値観や史観による場面がパッチワークのように交錯し視点を定めることができないまま見終わってしまった感じです。
さらに同作映画にこんな場面があったなぁと思うとその映画の世界観に私の意識も一瞬飛んだりもして。
物語に浸るより、考察しながら見てしまいました。

「おとぎ話フィルター」が外れてしまったために、いままで気にしないようにしていた部分に気を取られたのもあります。
そもそもなぜジャンはヨハンじゃないのかなぁとか。
クロード・アネの原作がフランス語で書かれたもので名前もフランス式になっていたと思うので、柴田先生もそれに由ったのかなと思いプログラムを見ると、フランツ・フェルディナント大公も「フランソワ・フェルディナンド大公」になっていました。(だから恋人もゾフィーじゃなくてソフィーなのか)
名前の表記は原作にならってフランス名で統一しているのでしょうか。
それで今回の新キャラであるマリーの兄の名前もジョルジュなのかな。観劇時なぜゲオルクじゃないんだろうと疑問に思っていました。(母親がギリシャ系でマルセイユ生まれらしいけど←観劇後に調べてみました)

かと思うと、従来は「ヨゼフ皇帝」と表記されていたフランツ・ヨーゼフが新演出では「フランツ」(ファーストネームのみ)になっていて、これも不思議に思います。
舞台を見るのにどうでもいいことなのかもしれませんが、意味なくそうされている訳ではないと思うのです。その理由がわかれば喉の痞えも取れるのではないかといろいろ考えてしまいます。

こたびの新演出ではフェルディナント大公の恋人ゾフィー・ホテクも新キャラとして登場し、フェルディナント大公が彼女を「召使い」と紹介したのでそれにも、え?となりましたが(実際には彼女はフリードリヒ大公妃の女官をしていたボヘミアの伯爵令嬢だったのだけど)、これは貴賤婚をわかりやすくするために平民に改変したのかなと思いました。
この時代、ルドルフ皇太子を筆頭にハプスブルク家には大勢の大公殿下がいたそうですが、貴賤婚を選ぶ大公が次々増えていくのですよね。
彼らは家憲により王族以外との結婚が許されなかった(貴族もNG)けれど、それでは当時50名以上いたといわれるハプスブルク家の大公たちは結婚のチャンスを逃してしまうし、貴賤婚のたびに皇籍から除籍していては後継者の選定が難航していくのは顕らか。
フェルディナンド大公やジャン・サルヴァドル大公が自由恋愛で伴侶を選ぼうとしているのも時代の必然だなと思います。そんな彼らをルドルフが眩しく羨ましく思うのも肯けました。
これもまたハプスブルク帝国の崩壊を予感させるエピソードだなと思いました。

新演出でとくに好きだったところは、冒頭のプリンスたちのウィンナワルツです。
「うたかたの恋」というとプロローグでルドルフとマリーが歌う深紅の大階段、そしてそれに続く貴公子たちのウィンナワルツが最大の見どころですが、今回はそのウィンナワルツがさらに見応えのある見せ場になっていました。どのプリンスも麗しく、どのプリンスもダンスに長けていて、1人ひとりを眺めてうっとりしたいのに・・やがてこの場面が終わってしまうのを惜しまずにいられませんでした。

シュラット夫人がオフィーリアのアリアを歌う場面もよかったです。フランスオペラ「ハムレット」の音楽はこの作品の世界観にぴったりでした。(その衣装からして彼女は歌唱披露しただけでオフィーリアを演じたわけではないんですよね?)
バレエの場面も素敵でした。美しいものを見ることには価値があるのだとしみじみと感じました。
ザッシェル料理店にはこれまでもおなじみのロシアの歌手マリンカ、プラーター公園のタバーンには新キャラのミッツィと、歌姫に活躍の場があるのもいいなぁと思いました。
ミッツィってあのミッツィ?(ミッツィ・カスパル)と思うと、ルドルフの別の顔を思い起こしてしまい複雑な気持ちになってしまったのも否めませんが。

ルドルフを追い詰める包囲網がわかりやすく描かれたことで、柴田作品独特の「語らない中に語られているもの」が見えなくなってしまった気もします。
なにげないやりとりに込められた意味に気づいた時の面白さが柴田作品の真骨頂だったなぁと。
けれどいまの時代に「語らない中に語る」というようなことをすると、思いもよらない受け取り方をされたりもするので難しい。そういうことが通用しない時代になったんだなぁと思います。

それから柴田作品は、女性は分別をわきまえてどんなときでも微笑みを絶やさずけなげに振る舞いなさいのメッセージも強くて、いまこの時代にそのまま見せられると鼻白んでしまうのも確かです。当時はそのほうが幸せを掴めるという女性たちへの愛を込めたメッセージだったのかもしれませんが。(「バレンシアの熱い花」はどうなるのかいまから心配・・)

思えば、これほど宝塚の今と昔に思いを馳せられる作品もないなぁと思います。
そしてこれからの宝塚は、と思いを遣らずにいられません。


野口先生のショー「ENCHANTEMENT-華麗なる香水(パルファン)」は宝塚を見たぞという満足感に浸れる作品でした。
コスチュームが豪華な舞台は多々あれど、必然性などおかまいなしに次から次へと豪華なコスチュームを着替えて見せることができるのは宝塚しかないのではと思います。まさにそんなショーでした。

私がいちばん心に残ったのは、パリのベル・エポックの場面、盆の上を回る美男美女たちかなぁ。
聖乃あすかさんが凄まじいほどの美女でびっくりしました。
早くもここが私的クライマックス!と思ったところでしたが、次のNYの場面での柚香光さん登場で心が舞い踊りました。
やはり小粋に踊ってこそ花男。
中国の場面は艶やかで、ミュージカルナンバーの場面は洒脱で目にも麗しく軽快な黒燕尾も愉しくて、そしてデュエットダンスにうっとり。(影ソロもよかったです)
芳しいひとときはあっという間に終わってしまいました。

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2022/11/11

これで災難もなかったとおんなじだす。

11月4日と5日に宝塚バウホールにて花組のバウ・ワークショップ「殉情」を見てきました。

今回見たのは、一之瀬航季さん主演のバージョンでした。
前回帆純まひろさん主演バージョンを見て、かなり宝塚ナイズされているなと思ったのですが、一之瀬さんバージョンはさらに「宝塚らしい」作品になっていました。
同じ脚本でこんなにもちがって見えるのか!と驚きました。

登場の瞬間からあたたかいオーラで劇場を包み、春琴のことが好きで好きでたまらない大型犬のような一之瀬さんの佐助。
自分に対して全力で愛を注ぐ佐助に思わず綻びそうになる笑みを必死でこらえてツンツンする美羽愛さんの春琴のなんと可愛らしいこと。
私はこの"かいらしいこいさん”に心を奪われて目が離せなくなりました。

春琴の相弟子となりさらに春琴から羽織をもらって舞い上がらんばかりの喜びを噛みしめる佐助は、まるで恋の翼に乗ったロミオみたいでしたし、そんな佐助の気配を感じて嬉しさを隠し切れず頬を緩ませる春琴もまたジュリエットみたいでした。
なんてハッピーな、なんていじらしくも微笑ましい「春琴抄」なの?と蕩けるような心地で1幕を見終わりました。

こんなにハッピーで1幕了で、2幕はいったいどうなるんだろう?と思っていたところ。
相思相愛の微笑ましい甘酒屋の場面にはじまり、厄災は起きるのですが、結局は1幕にもましてハッピーな気持ちで終幕を迎え、私の中の「春琴抄」の概念が行方不明になりました。
これは「春琴抄」をベースにした「殉情」というハートウォーミングな別作品なんだなということで納得しながら劇場を後にしました。

でもホテルに戻って思い返しているうちに、なにか背筋が冷たくなってきました。
すべて佐助の思い通りに事が運んでいたんじゃないかと。

一之瀬さんはとてもあたたかみのある佐助で、春琴への愛が温泉のごとく滔々と溢れだしていて、その思いを隠さないし、意外にも能動的に先回りをして春琴を率先して導いていたような。
とても真ん中らしい「宝塚」的な主役だったなぁと思います。

帆純さんの佐助が常に春琴を立て、気難しい彼女の心を察することに神経を研ぎ澄ませ、理不尽にも忍耐していたように感じたのとはまるで印象が異なりました。

一之瀬さんの佐助は、春琴のわがままに応えるたびに彼女からの気持ちをご褒美として受け取っているように見えました。
帆純さんの佐助はこの上なく春琴を崇拝していて、自分だけに向けられる彼女の嗜虐心に至上の喜びを感じていたのかもと思います。なかなかに特殊な愛かなという印象。傍目から見ると割に合わないように感じるのだけど。

最終的に春琴という宝玉を得るためにその才や輝かしい将来とか、あまたのものを引き換えにしたように見えた帆純さんの佐助に対して、一之瀬さんの佐助は都度都度清算できているというか、むしろ黒字決算の印象で、着実に春琴を自分の手の内に収めていっているようでした。
帆純さんバージョンは見ながらリアルタイムに闇が深いなぁと思うところがありましたが、一之瀬さんバージョンは見ているときには気づかなかった闇に、あとになって気づく感じ。

春琴の気位の高さが誇りの帆純さんの佐助。
春琴の愛らしさが誇りの一之瀬さんの佐助。
どちらの佐助も、自分だけの春琴を永遠に手に入れたんだなぁ。

「これで災難もなかったとおんなじだす。」(怖)。


春琴も、朝葉ことのさんと美羽愛さんとではまるで違った印象でした。

朝葉さんの春琴は気位が高く弱い自分を絶対に見せることができない女性。主人と奉公人という身分のちがいを絶対に越えられない、越えると自分が崩壊するような人に見えました。
それゆえに苦しみ苛立って、佐助に辛く当たっているようにも見えました。(佐助はそれが喜びのようでしたが)

美羽さんの春琴はいかにも甘やかされた10代の少女で、赤子を里子にという場面も子どもが子どもを産んでしまったゆえの無知による悲劇のよう。
鬼は鬼でも無邪気な小鬼。そして自分にはぐれて心細くて自分だけを見てくれる佐助を必死で探しているような。

わがままを言うことで、佐助がどれだけ自分に献身してくれるか試しているようにも感じました。
そのたびに溢れんばかりの愛で返す佐助に満たされ、自分の価値を再確認し自尊心を満たしているようでした。
まるで際限なく愛情をほしがる子どものように。

あんなに両親に愛されていてもなお、満たされない空虚が彼女の裡には存在しているのかもしれない。
いとけなく世間知らずのわがままに見えて、その実散々傷ついて育ってきたのかも。
目が見えない者として扱われる疎外感や憐れまれ尊厳を傷つけられる経験や、自分には決して得られないものを持つ者たちへの嫉妬や。
敏感に自分自身や他人のネガティブな感情にヒリヒリとして日々を過ごしていたのかもしれない。
そんな心の裡の埋めきれない空虚を佐助の愛情を確かめることで埋めていたのかもと思います。
佐助が春琴を求める以上に、佐助を必要としていた春琴だったように思います。

それに利太郎はん(峰果とわさん)も気づいたのでは。
天下茶屋の梅見のあとで利太郎はんが「台無しやなかったなぁ」とほくそ笑む理由を私なりに考えたのですが、あれは春琴の弱点がわかったということでしょうか。

高慢な彼女のか弱い一面を垣間見たことで、春琴もまた巷の女性と同じように佐助を男性として必要としていると勘づいたのでしょうか。
わざわざ淀屋橋の春琴宅に出向いて高額な謝礼をちらつかせた意図は、贅沢な暮らしでお金が必要な春琴の心をぐらつかせてお金(自分)を取るか佐助をとるかを試そうとしたのか。
結局きっぱりと断られたうえ、佐助とダッグを組んだ春琴に嬲られることになって沽券を傷つけられ激高した挙句に惨い意趣返しを企むことにいたったと。
そういう流れでしょうか。
このあたりはいろいろ考えてしまいます。

結果として春琴は惨い仕返しをされ美貌を失ってしまい、そのことで佐助との関係も変わってしまう不安に慄きますが、自ら盲になることを選んだ佐助の真情を確信することができて、ようやく埋められなかったものが埋まったと。

ラストシーンはロミオとジュリエットの天国でのデュエットダンスに匹敵する多幸感に溢れていて、このうえないハッピーエンドを見た気分だったのですが、冷静に考えると、春琴はここから新たな地獄がはじまったように思います。
文字通り、佐助がいなければ生きていけない人生になってしまったから。
「もうおまえしかおらへんのや」

佐助の望みどおりに。——と思うと深い闇に背筋が冷たくなりました。
これもまた「春琴抄」の世界だったのだなぁ。


マモルとユリコは、鏡星珠さんと二葉ゆゆさんが演じていました。
2022年版で大きく変わったマモルとユリコですが、なによりも観客に作品を自由に見させてくれたところがよかったと思います。
下世話な好奇心や偏見で語らないところがなにより。

前回の観劇で、「春琴抄」は世に出ていない世界線かと思ったのですが、しっかり「春琴抄」について調べているって言っていたのですね。
フィクションの中でそこだけはノンフィクションの設定なのですね。そこはちょっと混乱するなぁ。

2人で「春琴抄」についてYouTubeで発信しているという設定ですが、観客が見るのはその発信の内容ではなくて、明治の佐助と春琴の物語と並行してすすんでいく、令和のマモルとユリコのラブストーリー。
といってもラブストーリーというにはあまりに健やかで、明治の2人との対比に思いを馳せました。

とても育ちが良さそうな令和の2人ですが、マモルにとってユリコは都合がよすぎてなんだかな。
という印象を、前回見た希波らいとさんと美里玲菜さんのペア以上に強く受けました。

心をぶつけあう前に謝って感謝して問題を不可視化する。
極力軋轢を生まないのが令和流なのかな。


春琴の両親は、どちらのバージョンも羽立光希さんと美風舞良さんが演じていました。
夫婦で立って並ぶ姿は、身長差もあって男雛と女雛みたいで素敵でした。
父親役の羽立さんは上背があり着物姿も素敵。芝居にも大店の主人らしい人格者の風情と娘を思う父親の心情がよく表れていました。
母親役の美風さん、朝葉さんの春琴を叱るときには腫れ物を触るようなどこか困惑気味、遠慮がちなところがありましたが、美羽さんの春琴には遠慮なくピシャリと叱っていて、春琴のタイプによって変わっているのが面白かったです。
そして美風さんのごりょんさん言葉が世界観にぴったりで心地よかったです。

峰果とわさんの利太郎さんはますます自由過ぎて、いっときも目を離せませんでした。
4日は、前回見たときに続いて「冬霞の巴里」のご夫婦と観劇被りでした。退団された花組の娘役さんたちもご観劇で、利太郎さんがいっそう飛ばしていて楽しかったです。
幇間役の太凰旬さんもイキイキと利太郎さんを唆していました。

お蘭は糸月雪羽さんが演じられていました。
とても歌がお上手で聞き惚れました。利太郎さんの扱いもお上手な大人っぽい姐さんでした。

高峰潤さん演じる番頭さん、仕事ができる男前で注目でした。
鵙屋の女中さんや丁稚さんたちを演じる下級生にもたくさんセリフがあり、ワークショップとしても良い公演だったと思います。
この公演で覚えた生徒さんたちを本公演でも注目したいと思います。

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