カテゴリー「♕ 星組」の40件の記事

2021/12/14

薄紫のとばりの向こう。

宝塚歌劇団星組の愛月ひかるさんが、宝塚を卒業される12月26日まで残り2週間を切りました。

私にとって愛ちゃん(愛月ひかるさん)は宙組のホープだと思っていた人で、専科への異動はショックが大きかったです。
いろいろ思い起こすと、愛ちゃんにはいろんな夢を見せてもらったし、いろんな感情を抱かせてもらったなぁと思います。

真風涼帆さんが宙組のトップになったら、愛ちゃんに「花の業平」の藤原基経役とか来ないかなぁぜひ博多座で♡と勝手に思い描いたりしていました。
そんな無邪気な空想をしている頃に発表された同期であり花組2番手のキキちゃん(芹香斗亜さん)の宙組異動も青天の霹靂でした。愛ちゃんは2番手じゃないんだなぁと。(時系列でいうとこちらが先ですね)
じっさいに真風さんトップお披露目公演「天は赤い河のほとり」を見てみるとキキちゃんの軽妙さがとても好きになり、同期でキキ業平&愛基経やらないかなぁ博多座で♡と無邪気に想像したりもしていました。(懲りない)

いま星組に異動して立派に2番手をつとめている愛ちゃんを見ていると、ここに至るまでの時間がもうすこし早ければちがった道もあったのかなぁなんて思ったりも。
とはいえいまの愛ちゃんの透明でやわらかな表情を見ると、もうどんな繰り言もいらない気がするのですが、ひとつだけ。

卒業に際してCSの番組やDS配信などで愛ちゃんがしきりに語っている、下級生時代にもっと上級生に教えを請えばよかったという思いについて。
それだよなぁと思うのです。
愛ちゃんがどうというのではなくて、宙組の気風が関係していたりするのかなぁ。

宙組は約20年前に既存の4組からメンバーが集められてできた組で、集まったメンバーが元の組ではこうだったと主張しあったら収集がつかなくなるので、皆で新たなルールをつくっていこうとしたと元組長さんたちがおっしゃっていたのを公式メディアで聴いたり読んだりしたことがあります。
それぞれが別の組で受けた指導が異なるために、組全体の和を優先しようとすると、上級生が下級生を強く指導するということができにくい環境になっているのが問題だと。

和央ようかさんトップ時代の雑誌等を読むと、トップさんと下級生たちが分け隔てなく遊びに行ったりして楽しそうだなぁと思っていました。反面、舞台では上級生と下級生(他組経験者と宙組育ち?)ではっきりと分かれていた印象も強かったです。
組替えしてきたスターさんが気づいた点を指摘されても、指摘を受ける側が慣れていなくて戸惑ったりでなかなか定着していかなかったのかなと思います。

貴城けいさんは1年足らずの在籍でしたが、「日本物の雪組」で学んだことを日本物に慣れない宙組の下級生たちに残していこうとされたようで、通りすがりの下級生のお化粧も気になれば指摘されていたそうです。
それに食いついていったのが早霧せいなさんと言われていて、現在唯一宙組出身でトップスターになった方なんですよね。

上級生のほうから積極的に教えていく組もあれば、「見て学ぶ」気風の組もあると聞きます。ちがいはあれど、それぞれの組ごとにスターの育て方、生み出し方として確立したものがあるように思います。
そのちがいで組替えした後に齟齬がおきることもあるのかもしれません。そこをどうしていくかが長年の課題だったのかな。
タカラジェンヌとして楽しく在籍することと、期待を受けてスターになるために強く意識付けさせられて競争社会の中で厳しくストイックに稽古に打ち込むことを両立させるのは大変だろうなと思います。

下級生時代から抜擢続きの人は自分自身が期待に応えるのに精いっぱいで下級生に目を配る余裕がないのかなという印象を受けることもありますが、そんな方も学年が上がり余裕が出るにつれて下級生に自分がもてるものを伝えようとされているなぁとうかがえるようになっていくのを感じます。

人にもよるし学年や立場にもよるし、いつでもどこでもウェルカムではないかもしれないけれど、そこにいるのは宝塚を愛している人なのだからきっと教えを請いに来た下級生を無下にはしないのではないかなと思うのですが、それが難しい環境だったのかなぁ。愛ちゃんの性格だけがそれを阻んでいたとも思えないなぁ。

DSで物怖じせずに自分からいろいろ発信してくる蒼舞咲歩さんを愛しげに見つめながら愛ちゃんは下級生時代の自分を思い起こしているのかなぁと思いました。
いまの下級生にとっての愛ちゃんがそうであるように、下級生時代の愛ちゃんが教えを請いたかった人も輝ける星のような存在で、こんなふうに自分にまなざしを向けてもらうことは難しいことだったのかなぁ。

素直じゃないなぁと思えて、そのくせ正直者の愛ちゃんが私は好きでしたけど。
愛ちゃんが蒼舞咲歩さんみたいな性格だったら史上最強だったかもしれません笑。なぎ倒していきそう。
明るくてガッツのある蒼舞さんも素敵ですが、蒼舞さんを見つめている愛ちゃんがやっぱり好きですよ私は。

話が蛇行していますが、愛ちゃんは愛ちゃんのままでやっぱり好きなのですが、これからの宙組について思いをめぐらせると。
現在の真風さんも就任5年目に入るベテラントップさんで、ほかのスターさんたちもそれぞれに自分の個性を極めてらっしゃって何があってもどーんと受け止めてくれそうな気がします。
下級生にとってはいまこそ伸びるチャンスかもしれないと思います。
どうかこの機を逃さずに宙組からたくさんのスターが生まれますようにと願ってやみません。

そして愛ちゃんが愛情を残していく星組も、これからも見続けていきたいです。
(私自身のリソースは限られているのですが・・)

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2021/11/15

愛はさらにさらにさらに強く。

11月1日に宝塚大劇場にて星組公演「柳生忍法帖」と「モア―・ダンディズム!」の千秋楽を観劇し、引き続き行われた「愛月ひかるサヨナラショー」を見てきました。

開演間にまず座席に貼り付けてあったペンライトに、とうとうこの日が来てしまったかと覚悟をあらたにしました。
お隣には愛ちゃんを「誰がために鐘は鳴る」の新人公演から応援されている方が座られていましたが、ペンライトを手に取り添え書きに点灯する曲として「幸せの鐘の鳴る日」とあるのを目にしたとたん、「泣きそう・・」と目を潤ませていらっしゃいました。
ちなみにですが、添え書きにもう1曲「エル・ミ・アモール」とあったのを私は「マノン」のナンバーだと思ってしまって、曲がはじまって、あ、これじゃないやと思いバッグにしまってしまったのでした涙。
(「シークレットハンター」の主題歌は宝塚の曲でも1・2を争うくらい好きな曲なのですが、日本語タイトルの「大切な人」で覚えてしまっていました・・涙目)

私は「誰がために鐘は鳴る」の頃はあまり宝塚を見ていない時期でもあり、CS
でも本公演、新人公演ともに見たことがなくて、記憶に間違いがなければ、サヨナラショーではじめて愛ちゃんが歌うのを聴きました。楽曲自体はタカラヅカ・スペシャルなどで何度か歌われていて知っているのですけど。
初新公で「誰がために」のロバート、しかも大空祐飛さんの役とは。プレッシャーも含めて大変だっただろうなぁ。それがこんなに堂々と情感を込めて歌えるようになって・・と新公を見てもいないくせに涙目の私。
私ですらこうなのですから、お隣の方はどんなに万感胸に迫っていらっしゃったことかと。聴きながらハンカチで目元を拭っていらっしゃる様子が窺えました。

つづいて流れてきたイントロに、え?え?と。これはシークレットハンター?? そっか初舞台公演! そっか星組公演!!
この時点でペンライトの添え書きの「エル・ミ・アモール」が「シークレットハンター」の主題歌のタイトルだとは気づいていなかったもので驚きとともに、大好きな曲をまさか愛ちゃんの歌声で聴けるとは思っていなかった私の鼓動は跳ね上がりました。
こんなふうに1曲1曲がきっと誰かの心に刺さっていたのだろうなといまになって思います。たくさんの人の心に爪痕を残していたのですよね、愛ちゃんは。

そして大階段の真ん中に立つ愛ちゃんの背後から男役さんたちが、「マノン」より「マドリードへ」のボレロ調アレンジの曲に合わせて降りてきて、黒燕尾の男役群舞へ。
逆三角形の頂点に愛ちゃん。愛ちゃんにピタリと揃えてくる星組男役さんたち。ザ・男役の美学。
黒燕尾の群舞が美しいのはカタチ以上に心映えが重要なのだということをあらためて見せてくれる黒燕尾でした。
愛ちゃんに向かって静かに熱いエナジーが注がれていることを感じることができる黒燕尾の群舞は息をのむほど美しかったです。
(この1回のために皆でお稽古を繰り返してくれたのだなぁ・・)

退団同期の皆さんが銀橋を渡りながら「Bouquet de TAKARAZUKA」の主題歌を歌い継いだ後に、まさかのこれは!!??
それが「うたかたの恋」のプロローグだとわかった瞬間、私はお隣の方にすがりついていました。まさかのまさか。
愛ちゃんが「うたかたの恋」が大好きということは下級生時代から聞いていましたし(それもちょっとやそっとの好きさ加減じゃないってことも)、専科異動から星組異動と激動だった2019年暮れの「タカラヅカ・スペシャル」で「うたかたの恋」のプロローグを舞空瞳ちゃんと演じたときには、心から良かったと思いました。これだけでも星組に異動できてほんとうに良かったと。
まさかふたたび、それも大劇場の大階段で!「うたかたの恋」のルドルフを演じる愛ちゃんを見ることができるとは。それもトップ娘役の舞空瞳ちゃんがマリー役で。しかも2発目の銃声まで聴けるとは。誰にお礼を言えばよいでしょう???(通りもんを贈答させていただきます!)
宝塚大劇場の大階段に白軍服で佇む愛ちゃんの姿、しっかりと脳裏に焼き付いています。

それからまた星組生で歌い継がれる「You Are My Sunshine」。「Ray」のこの場面大好きだったなぁと思い出してうるうる。
大階段の真ん中でトップの礼さんが美声を響かせ最高潮に達したところで、上手袖から愛ちゃん登場。裾の長い白い変わり燕尾? 後ろについているのはモフモフのフェザー? なんて素敵な。愛ちゃんだから着こなせる愛ちゃんのための衣装だぁ涙。
愛ちゃんを交えて星組生全員で歌う「You Are My Sunshine」のなんて温かいこと。みんなみんな好い人すぎて胸がいっぱいで泣いてしまいそうでした。

そして礼さんはじめ舞台の全員が白い衣装。あっ。
つぎは「不滅の棘」だと。これは私でも予測できました。
愛ちゃんと星組の皆さんが「バンバン」を歌い盛り上がりながら幕がおりた瞬間、ああよかったと思うことができました。
幸せそうに輝く愛ちゃんを見ることができて心がいっぱいになりました。
こんなに素敵なサヨナラショーで愛ちゃんを送り出してくれる星組の皆さん、関係者の皆さんの愛を感じることができました。
短い期間ではあったけれど、どうか愛ちゃんが在たことが星組の財産になっていますように。
東京公演のサヨナラショーはライブビューイングで見る予定ですが、またあの感動を味わえるのは幸せに思います。
どうか無事に千秋楽まで東京公演が上演されますように。心から心から祈ります。

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想い出はすべて宝石。

10月31日と11月1日の宝塚大劇場星組公演「柳生忍法帖」と「モア―・ダンディズム!」の前楽と千秋楽を見てきました。

「モア―・ダンディズム」はやはりあっという間のショーでした。
そのときはすっかり忘れていたのですが前楽はハロウィーンで、プロローグの大階段で礼真琴さんが「Happy Halloween!」と叫ばれて、ひゃあぁぁぁぁ♡となってしまい、それからもうパレードまでそのままのテンションで見てしまった気がします。
さらに油断していたらハードボイルドのキメで超クールに「Trick or treat...!」とつぶやかれてえっ?!いまTrick or treatっておっしゃった??ひゃぁぁぁぁ♡となってしまいました。

それを反芻する暇もなく次々と繰り広げられるクオリティの高いショーを楽しんでいたら、テンプテーションの場面で礼さんが「お菓子くれなきゃ」、愛ちゃん(愛月ひかるさん)が「いたずらしちゃうぞ」と。
このときもまったく予想していなかった私は不意打ちを喰らってしまって、こんなことがあっていいの???と現実を受け入れるのに時間を要しました。そ、そんなかっこよく言われましても・・と頭はパニック。だって「ダンディズム」ですよ?! クールでエレガントにそんな可愛らしいことを?? ちょっと素敵すぎて酸欠状態になりました。

学習能力を置き忘れてしまっていた私は、「ラ・パッション」の銀橋渡りで瀬央ゆりあさんが曲中で「パン・・」「パン・・」とおっしゃっているのに「えっパン???」と頭をハテナ?でいっぱいにしてよくわからないままノリノリで手拍子をしていたところ、「パンプキン大好き」と情熱的にキザっておっしゃったのでずずずーっと座席から滑り落ちそうになりました。
ここまで来たら少しは察しろって話ですが、本当にそんなふうに考えを巡らす暇もないくらい勢いのあるショーだったのです。
それに、礼さんたちがここぞという一瞬にバチッとアドリブをキメられるのに対して、瀬央さんはけっこう強引といいますか独特のテンポ感で発せられ、まさかという思いもありました。(独特のテンポ感といえば真風さんにも通ずるものがあるかもしれません。これもひとつのスター性なのかも??)

そんな感じで前楽はすこしも湿っぽくならずに高揚感のまま観劇を終えることができました。

「ダンディズム!」といえば「キャリオカ」の場面が大好きなのですが、今回の「モア―・ダンディズム」にもその場面があって本当に見ていると気持ちが高揚しました。
男役の端正な美しさ、娘役のしなやかな華やかさが舞台いっぱいに広がってこれぞ宝塚で見たかったもの♡と思いますし、構成の緩急も絶妙で天才~~~と思います。
強弱の「強」のところをどれだけ強く打ち出せるかが勝負なところでもあるので、いまの星組にこそピッタリな場面だなと思います。それだけいまの星組には男役にも娘役にも光る人が多いのだと実感しました。

「ダンディズム!」といえば“その2”、の「ハード・ボイルド」は、昭和から平成に年号が変わる直前に公開された昭和のやくざ者をオマージュした映画の主題歌(PARADISO)に乗せて男役たちがストライプスーツとカラーシャツといういかにもな出で立ちで歌い踊る場面。
歌詞はハードボイルドというより感傷的で自己陶酔的で聴いていてこそばゆくもあり。反社をこんなふうに解釈したかった時代だったかもと思います。
そして初演の頃ってちょうど濵マイクシリーズが流行っていた頃でもあったなぁと。映画に夢が詰まっていた過ぎ去った時代に憧れてオマージュしたくなっていた時代だなぁ。
憧れをそのままストレートに表現するのは気恥ずかしい時代だったのだけど、宝塚はあっけらかんと真っ直ぐに具現化しちゃってたんだなぁ。なんてことを思うのです。それができるのが宝塚で、作り手の夢を詰め込める世界でもあったのだなぁと(それはいまもかな)。
そして2021年のいま、それをどうだカッコイイだろうってやっちゃえるのが宝塚。それを成立させているのがいまの星組の力なんだなぁと思いました。
こそばゆさもあるけれどカッコイイからいっかって思います。つくづく宝塚歌劇って類まれな世界だなぁ。
オマージュのオマージュのさらにオマージュを成立させてしまう世界。

「おもいでは薄紫のとばりの向こう」「ゴールデン・デイズ」そして「アシナヨ」は、もう大劇場でこうして愛ちゃんを見ることはないのだなぁと思うと、千秋楽は言葉にならない気持ちが押し寄せてきました。
白や薄紫の浮世離れしたファンタジーの王侯貴族みたいなコスチュームがここまで似合う人は宝塚でも稀有だと思います。
ドラゴンだってやっつけてお姫様を救出できそう。流浪したってこの高貴さは失われることはなさそう。
この個性が宝塚にとってどれだけ価値があるか。
こんなに宝塚らしいタカラジェンヌが去って行ってしまうんだなぁ。
もって生まれたものも大きいと思いますが、それだけじゃない。長い年月をかけて自分のなかに蓄え、輝ける日々のすべてを賭して学び努力して、ここにこうして表現されているものなのだなぁと思うと、その指先、髪艶、肩幅、表情、etc.すべてが愛おしく胸に詰まりました。

「アシナヨ」で、礼さんに肩に手を添えられる場面は、愛ちゃんの表情がまるで娘役さんみたいだなと思っていましたが、千秋楽は男役も娘役も超越した「慈しみ」が光となって発せられているようでした。「愛」と「死」が融和すると「慈しみ」になるのかな。
そして愛ちゃんをそんな存在にしている礼さんに心からありがとうと思いました。
こんなに愛に包まれて卒業していく愛ちゃんを見ることができるなんて。

もうじき愛ちゃんにとってさいごの東京公演が初日を迎えますが、星組の皆さんとファンの皆さんの愛に包まれて幸せな公演期間を過ごせされることを心から願っています。
そして星組生として大劇場よりもさらにクオリティの高い舞台をめざし、さらに男役を極めてほしいなと願っています。

(サヨナラショーについて書きだすとまた長くなりそうなので、ひとまずこれで)

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2021/11/08

どれもみんな愛しい。

10月31日と11月1日の宝塚大劇場星組公演「柳生忍法帖」と「モア―・ダンディズム!」の前楽と千秋楽を見てきました。

「柳生忍法帖」は前回見た時に、ゆら(舞空瞳さん)の恋心が唐突に感じられたので、今回は十兵衛(礼真琴さん)が鶴ヶ城の門前に登場してからずっと彼女の様子が気になって見ていたのですが、彼女は沢庵和尚に反論する十兵衛の口上を真剣な顔で聞いていました。
まるで憎しみの表情にも似た恐いほど真剣な面持ちが、私にはなんだかせつなく愛おしく感じられました。

芦名一族の再興という目的のためには自己を犠牲にして当然という中で生きてきたゆらにとって、
十兵衛の言葉はあまりに衝撃的で容易には受け入れられなかったんじゃないかと思います。
堀一族の女たちの命を差し出して徳川を守らなくてはという局面に、彼女たちを見殺しにしてなんのための武士道かと言い放つ十兵衛から視線を逸らすことができなくなってしまったように見えました。なんとか平静を保とうとはしている様子だけれど。
彼女のこれまでの人生を全否定するような言葉を放った十兵衛に耐えられぬほどの苦しみを与え、その言葉は間違いだったと思い知らせることで自我を守ろうとしたのだと思うけれども、どんな苦しみの中でも揺るがぬ十兵衛の優しさを目の当たりにしてしまい、彼女はわかってしまったんだなと思いました。
自分が本当に望んでいたことを。十兵衛に揺さぶられ惹かれていたことを。芦名再興という名目のために自分が犯してきた罪も。
そんなゆらの最期がかなしくて愛おしくてたまりませんでした。
(あの場面を思い出すと頭の中に「アシナヨ」が流れてきて涙腺が・・彼だけが弔ってやれる人・・涙・・)

堀一族の女たちの運命は過酷すぎるものですが十兵衛みたいな信頼できる師を持てたことは羨ましくもありました。
武家の娘や妻として生きていて、女ゆえの代償(性的なことに限らず)
を一切求められない絆で結ばれた関係を持てるなんて、彼女たちにとってはなかったことではないかなと思います。家族思いの堀主水だって殿様が改心したら娘を差し出しても良いって言っている時代ですから。
安心して自分のままで向き合っていられる“先生”。生きる上でそんな尊敬できる人を持てることは本当に幸せなことだなと思います。
「先生、先生」と童心に返ったみたいに自分を見てほしいというように十兵衛にまとわりつく彼女たちを見ていると、やっぱり泣きたいような愛おしいような気持ちになりました。
そんな彼女たちとの触れ合いから十兵衛の中にも彼女たちがそんなふうにしていられるこの時を守りたいと思う気持ちが芽生えているのではないかなと
思いました。見返りなどいらない彼女たちが幸せでいてくれればよいという思いが。

見返りは求めず注がれる愛情、十兵衛のこともそんなふうに育て見守る人がいることも見ていて嬉しくなりました。
沢庵和尚(天寿光希さん)、千姫様(白妙なつさん)、そして宗矩様(朝水りょうさん)♡ 好きだなぁと思いました。

愛ちゃんこと愛月ひかるさん演じる芦名銅伯のラスボス感は凄かったです。あまり表情を変えないのにその身の内には沸々と湧きあがる情念のようなものや、なにかとてつもないものが冷えて凝ってあるような。
まだ黒髪の麗しい頃には、ともに戦い散っていった芦名の者たちの辛苦や無念を思って感情を昂らせ泣きもしていたのに。齢100歳を超えたいまでは妄執だけで存在しているように見えました。

打って変わって双子のあの方は、同じお顏でありながら毒気のない苦し気な慈しみのまなざしで千姫を見つめ、堀一族の千絵(小桜ほのかさん)を見つめておられました。
法衣の頭巾がまるで狂言の美男鬘のようにも見えてそのアセクシャルな魅力に私は心奪われました。
かつての彼も泰平の世を築くためには1人の女の絶望は仕方がないことと口を塞ぎ黙らせた側の人。しかしこたびは、天下泰平のためになにがなんでも成し遂げようとしてきた天台相承を己の執着と見極めたなのだなぁと。こんなに偉大な大僧正であっても齢百歳を超えても、人との出会いによって悟ることがあるのだなぁと思いました。

仏法も武士道も同じところに行きつき、こうであってほしいという理想が描かれていることになんともいえない悦びがありました。心のうちにすこしずつ澱のようにたまっていたかなしみが癒されるような感覚を得ました。
こういう瞬間のために私はフィクションを求めているのかもと思います。

ラストの十兵衛が歌う歌には、彼という人が如実に表されているなぁと思います。なにかを探し求めて彷徨うことができる根底には、人を人として信じ慈しむことができる優しさがあるからだなぁと思いました。
その十兵衛と礼さんが重なって礼さんの優しさを感じた気がしました。そして礼さんや出演されていた皆さんのこの先の幸せを願いたい気持ちになりました。



「モア―・ダンディズム」そして愛月ひかるサヨナラショーについても書きたいことがあったので、記事タイトルを「アシナヨ」の歌詞からつけたにもかかわらず、「柳生忍法帖」の感想が長くなってしまってたどり着けませんでした・・。
10月からずっと観劇とプライベートで目まぐるしくてなかなかPCに向かうことができません。
星組のショーのことはもちろん、月組博多座公演千秋楽についてや花組「バロックロック」そして宙組「プロミセス・プロミセス」に全国ツアーとこれから観劇する舞台についても感想を書き残しておこうと思うのですが、記憶が朧になるまえに。
(続きは後日にきっと書くつもりです・・)

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2021/10/21

俺は人でいい。

10月16日に宝塚大劇場にて星組公演「柳生忍法帖」と「モア―・ダンディズム!」を見てきました。

「柳生忍法帖」はとってもエンタメでした。
原作を読んだことがないので、どんどん展開するストーリーにどうなるのかな??と思いながら見ていました。

主人公は言わずと知れた剣の天才柳生十兵衛(礼真琴さん)。
非道な藩主に弄ばれ、そのために肉親を失い居場所をなくした女たちの無念を晴らすため、指南役を引き受ける。

ヒーロー(十兵衛)が弱きをたすけるストーリーではあるんですけど、可哀想な人をただ守るんじゃなくて、無力な彼女たちが力をつけ強く生きられるように鍛え、学びを与えるという視点が素敵だなと思いました。あくまでも主体は彼女たちという体で。
女たちを叱咤激励しながらそっけなくも温かいまなざしを向ける十兵衛がいいなぁ。きっと十兵衛のことをそんなふうに育てた人がいるのだろうなぁと思いました。
おそらく生まれて初めてひとりの人間として扱われ、学びの場を与えられて生き生きとしている女たちの姿もいいなぁと思いました。

女性にとって地獄の世の中は、男性にとっても地獄だなと思いました。
力のある親の子どもに生まれなければ惨めに虐げられて生きるしかない地獄。
力を誇示する者に逆らえば、人間らしく生きることもできず、死ぬことでさえ人としての尊厳を貶められる地獄。

芦名一族も、過去の恨みを晴らして自分たちが復活するためにどんな非道なことでもする時点で、自分たちを滅ぼした者たちと同じなんだよなぁと思いました。
彼らの目指す先には救いがないなぁと。

そんな中で人々と触れ合いながら十兵衛が到達する境地がうれしかったです。
けっきょくのところお坊ちゃまなのだけど、それでも、たとえ現実は簡単にその希いどおりにはいかないものだとしても、ONE FOR ALLではなくALL FOR ONEを標榜して行動するヒーローを見たかったのだなぁ私は。
大野先生の書く本は、途中はまぁいろいろあれでもラストは(この世の中は、人間は)棄てたものじゃないなと思えるところが好きです。

礼真琴さん演じる十兵衛は、独りで求道しながら生きている人なんだけど、彼にはちゃんとその成長を見守りつづけている人がいるんですよね。
それが礼さん自身の立場とも重なって好きでした。
恋愛心理はおそらくどうでもよくて、特上の異性から好きと言われたらそれで一つの達成(上がり)なのが、大野先生の前作「エル・ハポン」でも感じたけれど少年漫画的だなと思いました。
「双六」なんですよね。それはそれでいっかと思えるエンタメ作品に仕上がっている感でした。

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2021/08/07

いちばん大切なものを手に入れた。

愛ちゃんこと愛月ひかるさんが「柳生忍法帖」「モア―・ダンディズム!」の千秋楽(2021年12月26日)で退団することが発表されました。
予感はありつつ外れてほしいと祈っていたのですが、現実になってしまいました。
ようやく世界が愛ちゃんに追いついたところだったのに。

人にも物事にも正直に本音で向き合う愛ちゃん。
甘くコーティングされた関係性を見ているのが好きな人には敬遠されてしまうのかなと悲しく思った頃もあるのですが、いま彼女を認めてくれる人がこんなにいることが素直にうれしいです。

先月バウホールで見た愛ちゃん主演の「マノン」は、学年の若い役者同士ならなんとなくほわほわと埋まって夢のような物語で終わっただろうところを、相手役の有沙瞳ちゃんともども
実直に緻密に演じて、エゴとエゴが絡んで導きあった因果が見える作品になっていました。
これまで愛ちゃんが演じてきた役やその役づくりを思い返すと単純な人物造形にはとてもならなかったのだろうなぁと思います。なにも考えていないなにも思っていない無心の役がいちばん演じにくいだろうなぁと。
ただ存在し動き見つめるだけで見る側の想像を掻き立て成立させてしまう圧倒的
真ん中タイプの役者さんもいますが、愛ちゃんも有沙瞳ちゃんもキャラクターを演じることに長けた役者さんで、これまでの来し方を経ていまがあるのだなぁとしみじみ思いました。

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2021/07/19

未来なんか君にやる今を僕にくれ。

7月5日と6日に宝塚バウホールにて星組公演「マノン」を見てきました。

愛ちゃん(愛月ひかるさん)の主演舞台を見るのは2018年の「不滅の棘」以来。星組での主演は初です。

1回目の観劇後に思ったのは、「なにゆえこのペアでマノンなんだろう?」でした。研15の愛ちゃんと研10の有沙瞳ちゃんで。
この2人の主演なら大人な恋愛を描いたものが見たかったなぁと。

愛ちゃん演じるロドリゴは貴族の若様。次男坊なので領地は継げないから将来は聖職者になるか軍人になるかかな。品行方正で将来を嘱望されている10代の学生。故郷に帰る途中で友人を待っている間に追われている少女を匿う。
少女の名はマノン(有沙瞳ちゃん)、自分を修道院に入れるという親の元から逃げ出し近衛兵の兄を頼ってマドリードに行くのだと言う。
出逢ったばかりのロドリゴに一緒にマドリードで暮らそうと誘ってしまう娘です。そりゃあ親は彼女を修道院へ入れようと考えるよねと思いました。

そんなことも思い至らないロドリゴ、純粋培養で育ったのか。出逢ったばかりの自分に躊躇もなく体を寄せてくる彼女にすっかりその気にさせられてしまって。
一目惚れなのはわかるけど、自分にかんたんに許すことをほかの男にだって許すだろうとは考えないのかな。
自分の気持ちを愛だと思っているけれど、支配欲と独占欲を勘違いしているだけじゃないのかな。
裏切り者のマノン!と罵るけれど支配させてくれないマノンに逆上しているだけじゃないのかな。
順風満帆な未来も自分を信じてくれる友人も家族もなにもかもすべて棄てて彼女のもとに奔る理由はなんなのかな。
すべては人としての未熟さゆえなんだろうか。

マノンはヒロインとしては面白味がないなぁと思いました。
カルメンのように強烈な自分を主張するわけでもない。貞操観念が希薄で享楽的で抑制がきかずに流されやすいだけ。魅力的とは思えないなぁ。男性には魅力的なんだろうか。都合がよいから?
その場面その場面でいちばん自分の欲望を叶えてくれる男性を見極める本能に長けていて、関心を引くのが巧い娘。
出逢ったあのとき、彼女の本能が選んだのがロドリゴ。若くてハンサムで見るからに裕福な名家の子息。
でもずっと彼女を満たし、いちばんであり続けるには彼はリソース不足だったから、その不足している部分を自分の働きで補おうとしたということだよね。ロドリゴと楽しく戯れて暮らせるならお金持ちの男の相手をしてもかまわなかった。
それをロドリゴが受け容れられれば彼女的には問題はなかった。彼がプライドと独占欲で計画をめちゃくちゃにさえしなければ。
今際の際でロドリゴに殊勝な口調で愛を告げるのは、自分のためにここまで来てくれた男性は彼しかいないからだよねと思います。

主演の2人が芝居ができるだけに綺麗事で誤魔化せないものが見えた気がします。
けっして純愛カップルではない、それぞれのエゴとエゴが招いた破滅が。
カタルシスはどこにもない作品だなぁ。
なにを描きたい作品だったのか。主演の2人は何を表現したかったのか。
見ればわかるという作品ではなく、見る人の心に問いを残す作品なのかなと思いました。

綺城ひか理さんが演じたロドリゴの友人ミゲル。
ロドリゴのために手を尽くす良き友なのに裏切られてしまう人。あのとき自分が遅れて来なければと責任を感じてしまっているのでしょうか。
彼が真摯であるほどロドリゴの不道徳さと後戻りが出来ないところまで来てしまった立ち位置が際立ちます。
綺城さんは前作のロミオ(礼真琴さん)に続いて今作ではロドリゴ(愛月ひかるさん)に裏切られてしまう親友の役なんだなぁ。
フィナーレ冒頭の歌とダンスがとてもカッコよかったです。

マノンの兄レスコー役の天飛華音さん、「エル・アルコン」のキャプテン・ブラックの人ですよね。今回も舞台センスの良い人だなぁと思いました。
それにしてもマノンといい、兄のレスコーといい、どうしたことでしょうこの兄妹は。レスコーは近衛士官だというしマノンの身なりにしても使用人たちがいることにしても、貴族ではないとしてもそれなりに良家の子女でしょうに。享楽的な性格ゆえに身を亡ぼして親はたまらないだろうなぁ。
でもロドリゴへの献身的ともいえる協力やマノンとの兄妹仲の良さを見ると、裕福でも家庭は複雑で頼りにくかったり露悪的にふるまってしまう訳があったりしたのかなぁと考えてしまいます。
本当に悪いやつならお金を仲間に渡さず着服してロドリゴを見捨てて遁走したでしょうに。命など懸けずに。

ロドリゴとマノンの隣人でマノンの援助者フェルナンド役の輝咲玲央さん、レスコーがマノンのパトロンにとみつけてきたアルフォンゾ公爵役の朝水りょうさん。ともに色気のあるおじ様役が素敵でした。
フェルナンドはマノンにつれなくされても嬉しそうなちょっと卑屈で歪んだ感じのあるお金持ち。アルフォンゾ公爵は高慢で男の沽券を傷つけられたら執念深く相手を追い詰める自己愛の強いヤバイ人。とそれぞれいわくのありそうな人物造形が面白かったです。英真なおきさんのDNAを継いでいそうなデフォルメの効いた悪役っぷりが星組らしいなと思いました。

レスコーの恋人エレーナ役の水乃ゆりさんはどこにいても目に付く華のある娘役さんでした。
エレーナは享楽的で教養のない街の女という雰囲気ですが、きっと感性や性格は悪くない娘なのだなぁと思いました。レスコーに、お金のために自分がお金持ちの相手をしても平気かどうかと訊いて膨れる場面はとても好印象で、そのときのレスコー役の天飛さんのつれないけれど彼女を思っているのがわかるリアクションも良くて、ここからレスコーへの見方が変わった気がします。
主演の2人とは対照的ともいえるカップルで微笑ましく、このあとのエレーナを思うと胸が痛みました。

ロドリゴが誤って撃ち殺したロペス(彩葉玲央さん)をはじめ彼が愛と呼ぶエゴを貫こうとしたために何人もの人が不幸になっているのだなぁ。
マノンの心を手に入れたと満足したあの一瞬(それすら私には思い違いに思えるけれど)の代償として。

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2021/05/07

僕は怖い。

4月23日に東京宝塚劇場にて星組公演「ロミオとジュリエット」B日程を見てきました。

ムラでAB日程をそれぞれ見て、A日程はこの後ムラの千秋楽と東京の千秋楽をライブビューイングで見ることができるけれど、B日程はもう二度と見られないのかと思うと居ても立ってもいられず友の会にエントリーしたところ幸運にもチケットを手にすることができました。
(緊急事態宣言の再々発出により4/26以降の公演が中止となり、結果的に5/2にB日程の無観客上演のライブ配信をもう1度見ることができたのですが)

A日程とB日程、より宝塚度が高いのはA日程のほうだと思うのですが、B日程には私を中毒にさせる要素がありました。
愛ちゃん(愛月ひかるさん)の死はもちろんのことですが、礼真琴さんのロミオ、綺城ひか理さんのベンヴォーリオ、天華えまさんマーキューシオが作り出す関係性が好きでたまりませんでした。3人で歌う「世界の王」のハモリはとても心地よく、マーキューシオの「マブの女王」ベンヴォーリオの「どうやって伝えよう」そして皆で掛け合う「街で噂が」は、こんなふうに歌って聞かせてもらえるとはと。なんども聴きたくなるくらい好きです。
「決闘」はナンバー内のそれぞれのキャラクターの心情が、ムラで見た時よりもさらに鮮明に見える気がして、ロミオの気持ちを思うベンヴォーリオも見たいし、ティボルトにだけはムキになってしまうマーキューシオの狂気と挑発のぶつかりあいも見たいし、目が足りなくて困りました。

ロミオ、ベンヴォーリオ、マーキューシオの3人のバランス、モンタギュー家に連なる者とはいえバックボーンのちがう3人の若者がそれぞれに漠然とした不安や苛立ちを抱えてそこに存在する感じが好きでした。
“チーム・モンタギュー”としての絶秒な距離感。チームであることがいちばんのアイデンティティーであること。まだ社会的責任を負う必要のない青春の輝きと万能感のグルーヴ。それが綻びていくときの葛藤や希求や狂気、無力感。普遍的な懊悩を抱える若者像が胸に刺さりました。
私にとってそれが魅力でした。

それもみんな主演のロミオ役の礼真琴さんとジュリエット役の舞空瞳さんが安定の実力と魅力で舞台を引っ張っているからこそだと思います。
2人とも可愛らしくてピュアピュアしてて、夢見るロミオとロミオよりはちょっと現実的だけどやっぱり世間知らずなジュリエットの関係性が微笑ましくて、見ている私の頬は緩みっぱなしでマスクをしていて本当に良かったと思いました。
自分を16年間育ててくれた乳母さんが結婚していたことも思いつかないジュリエットの自分のことにしか興味がない若さが眩しくて。素直で我儘で自分がどれだけ守られているかも知らない舞空瞳さんのジュリエット像が大好きでした。

有沙瞳さんの乳母は宝塚大劇場で1か月前に見たときよりもさらに素晴らしくなっていて感動しました。彼女のジュリエットへの愛はどこまで深いのだろうと。
歌唱力のある娘役さんですが、ムラで見た時はさすがの有沙瞳さんでも乳母のアリアの音域の広さに苦労されているなぁと思ったのですが、東京公演では歌唱法を変えられたようで、余裕で歌いあげられているうえに情感が増していました。と同時に巧さに驕らず研鑽を怠らない姿勢に感銘をうけました。
キャピュレット卿役の天寿光希さんもムラとは歌唱法が変わったように感じました。娘に対して巧く愛情表現できない父親の心情がムラで見た時よりもより響いて胸が痛かったです。

基本的に関西での観劇が主なので、宝塚大劇場で1か月上演された公演を東京宝塚劇場で観劇する機会があるとそのパフォーマンスの深化に驚かされます。もっと頻繁に東京公演を観劇できたらどんなに良いだろうと思います。

じつは、今回の上京自体が昨年の2月の宙組公演「エル ハポン -イスパニアのサムライ- 」以来で、3月に観劇予定だった雪組公演「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」が公演中止となって以降ずっと東京公演の観劇を見送っていました。
今年の3月に第2回目の緊急事態宣言が解除され、以降はオリンピックに向けてワクチン接種もすすんで感染拡大も収まっていくのではないかという甘い見通しで今回の観劇を計画しました。
時節柄、空港も機内もホテルも細心の感染予防対策が取られ、私自身もできうる限りの感染予防を考え、公共交通機関の利用はラッシュ時を避け食事はすべてテイクアウトでホテルで1人で摂るようにしたのですが、まさかのまさか劇場であんなに会話が飛び交っているとは。
「会話はお控えください」と繰り返し繰り返しアナウンスされ、劇場スタッフの方々もいつもとはちがう強ばった表情で拡声器を使い会話を控えるように呼び掛けているのもかかわらず、ずっと談笑をやめない人たちがいて驚きました。
その会話を続けていることで周囲を不安にさせている事実を認識してほしいなと思いました。

帰宅後
第3回目の緊急事態宣言の発出により4/26以降の公演の中止が発表になり、予定していた宙組「恋千鳥」と「ホテルスヴィッツラハウス」、花組「アウグストゥス」の観劇が泡と消えて愕然としましたが、反面ホッとしたのも事実です。あの不安な客席に座らなくてよいのだと思うと。
どれだけ自分が注意していようとまったく気にしない人がおなじ空間に一緒にいるのだという現実。その不安が劇場から人びとの足を遠のかせてしまうかもしれないということをもっと重く受け止めてほしいと思います。
こんご公演が再開される折にはその不安が解消されていることを切に願います。

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2021/04/03

誰が誰だかわからないさ。

千秋楽も終わってしまいましたが、3月15日と16日に宝塚大劇場にて星組公演「ロミオとジュリエット」を見てきました。
なかなか終わらない感想のつづきです。

梅芸/博多座の初演を除いて、宝塚大劇場での上演のたびにこの「ロミオとジュリエット」にはなにがしかの役替わりが必ずあり、今回の上演もティボルト、ベンヴォーリオ、マーキューシオ、パリス伯爵、そして愛と死がダブルキャストでそれぞれA日程・B日程の2つに分かれました。
かつコロナ禍の感染症対策として出演人数に制限があり下級生がA日程・B日程に振り分けられました。
だからでしょうか、私が見てきた宝塚のいろんな演目の役替わり公演でも、ここまでA日程とB日程で印象が変わった公演もなかった気がします。

とくにB日程は、2番手であり二枚目も性格俳優的な役も演じることができる愛ちゃんこと愛月ひかるさんが、セリフのない死という役を演じた結果、これまでとは異色の「ロミオとジュリエット」になっていた気がします。

ベンヴォーリオとマーキューシオ、そして彼らに敵対するティボルトのパワーバランスが均衡に見え、作品自体の筋立てや登場人物それぞれの芝居をB日程ではバランスよく楽しめたように思います。
私自身が愛月ひかるというタカラジェンヌに思い入れがあり、また愛ちゃんの芝居が好きというのもあり、A日程だとどうしてもティボルトから情報過多になりがちで想像も膨らんでしまって、結果的にかなり消耗もしてしまうので、作品全体に目を配る余力が残らないというのもありますが、B日程は自由に新鮮に作品全体を楽しむことができました。
愛ちゃんの死を通して作品世界を見ることができたのも新鮮に感じた理由かもしれません。

それからB日程は全体を通じての音楽性もとても好きでした。こんな「マブの女王」が聴けるとは。
B日程を見たあと、もうこれを見ることができなくなるのかと思うと居ても立っても居られず、東京公演の先行抽選にエントリーしていました。
甘辛の法則ではないけれど、Aを見たらBが、Bを見たらAが見たくなるという無限螺旋のような役替わり公演でした。

ここからはA・Bそれぞれの役替わりについて、現時点で思いつくままに。

ベンヴォーリオは、原作によるとモンタギュー卿の甥でロミオの従兄弟。西洋の歴史物などを読むとアバウトに従兄弟の息子のことも甥と書かれていることもあるのでロミオの従兄弟か再従兄弟かな。いずれにしても親戚の子。

A日程の瀬尾ゆりあさんのベンヴォーリオは、幼い頃からロミオとともに育ってきた人みたい。ロミオを溺愛するモンタギュー夫人が息子の遊び相手として血縁のなかから選んで息子付きにした同い年の子どもというかんじ。きっと遊びもおやつを食べるのも一緒。子犬がじゃれ合うみたいに悪戯もいっしょにして、いっしょに叱られる関係かなと思いました。キラキラのロミオをそばで眩しく見て彼を誇りに思ってる。ロミオこそが彼のアイデンティティーになっている印象。まさにロミオは彼の王様だなぁと思いました。
ラストの霊廟の場面でロミオの亡骸を前に崩れて泣いている姿は胸が詰まりました。その気持ちを想像するのもつらくて。彼はこのあと大丈夫なのかな。

B日程の綺城ひか理さんのベンヴォーリオは、ロミオよりもお兄さんに見えました。モンタギュー夫人からロミオを諫める役目を仰せつかっているのかなと。生真面目にその役目を果たそうとしている部分と、キャピュレットとの諍いでは厳酷な面も垣間見えた気がします。友だちを守るためには容赦しない烈しさもあるのかなぁと思いました。
ふわふわしてすぐに心が此処(現実)じゃない何処かへ飛んで行ってしまいそうなロミオと、感情に支配されたら逸脱してしまう天華マーキューシオを、この地上に繋ぎとめる枷となっているのが綺城ベンヴォーリオかなぁと思いました。彼がいるから3人は友だちとして青春の時を過ごせたのじゃないかな。
2人の死で彼の青春も終わったのだなぁ。このあとは重責をひたすらに果たしていくベンヴォーリオに思えました。生まれ変わっていくヴェローナで。

マーキューシオは、ヴェローナ大公の甥。原作によるとパリス伯爵の従兄弟か再従兄弟でもある。ヴェローナでもトップクラスの高貴な血筋なんだけど、軽口を叩きモンタギューのロミオとベンヴォーリオとつるんで馬鹿をやってる若者。
モンタギューに入り浸っているのは自分の家よりは居心地が良いからかなと思いました。あまりエリートっぽくなくて子どもには居心地のよい単純さがあるモンタギューの家風が。

A日程の極美慎さんのマーキューシオは、たとえるなら親戚兄弟皆東大出身なのに、中学受験で失敗してドロップアウトした子どもみたいな印象でした。自棄になって荒れていたときにロミオとベンヴォーリオに出会って、ありのままの自分を受け容れてくれた友だちが彼の世界のすべてになった人みたい。2人といっしょにいることでまともに息ができ、彼らについてまわっている。根っこは1人になるのが耐えられない寂しがり屋に見えました。
そういう脆さを愛月ティボルトに見透かされて嬲られキレて、むきになって放った一撃がクリティカルにヒットしてティボルトを逆上させたのが命取り。狂った獣の牙にかかってしまった。
致命傷を負ったことも自分でもよくわかっていなくて、友だちの慌てぶりと気が遠くなる感覚で自分が瀕死だと悟ったよう。
奥手で自分に何も隠し事がないと思っていたロミオが、自分の知らないところで恋をして結婚してしまった。でもそういうところがあるやつだよなっていうのも、やっぱり酸欠に陥った頭でわかっているんだよねと思いました。
自分のことを分け隔てなく受け容れてくれたロミオ。おまえってそういうやつだよなって。だからジュリエットが敵の娘だろうがやっぱり分け隔てなく愛することができるやつだよなって彼は知っているのじゃないかな。だからこそジュリエットを愛し抜けと言い遺すのかなと思いました。ロミオに希望を託していつも気にかけてくれていたベンヴォーリオを思って事切れるせつないさみしい子犬みたいなマーキューシオでした。

B日程の天華えまさんのマーキューシオは、どんなに良い家に生まれても埋められないものがある人なのかなぁという印象でした。彼の苦しみや苛立ちはこの世に生きているそのこと自体にあるような。
ロミオには救いを見出しているような。ベンヴォーリオには安堵を。
大人に囲まれ大人の顔色を見ながら育ち、見えなくとも良い残酷な人間の本質が見えてしまう子どもみたいだなぁと思いました。信じたい人を信じられずに育った子どもみたいだなぁと。
不用意に相手の本質をついてしまうところがありそうな彼は、たぶん大人たちに嫌な顔をされてきただろうなと思うし、たしかにその言葉には毒があるなぁと思いました。彼の挑発に瀬央ティボルトがブチ切れるのがわかりました。
こんなにも人も自分も傷つけ信じることができない彼が、ロミオとベンヴォーリオと一緒にいるときだけは安心できたのかなと。
そんなロミオのことさえ詰るように本質をついてしまう。どうしてそんなに不器用なんだと。でもある意味自分もだし、ここには不器用な子どもしかいない。
ただ彼は確信してもいるのかな。自分が一生懸けてもできなかったであろうことをロミオならきっとやり遂げることができるはずと。それがマーキューシオにとっての救いなんだろうなと思いました。誰かを誠実に愛し抜くこと——それこそが彼にはどうしても埋められないピース、求めても得られないと思っていたことなのではないかな。だから今際の際で「ジュリエットを愛し抜け」と告げたのではないかなと思いました。

パリス伯爵は、ヴェローナ大公の親戚。だからマーキューシオとも親戚。原作でも家柄がよくハンサムでお金持ち、ただし子持ちで年若いジュリエットと再婚しようとしている男性。このくだりはミュージカル版にはないみたいなので、結婚相手としては申し分ないスペックの男性になってると思います。
また原作のパリス伯爵は、仮死状態のジュリエットが安置されている霊廟でロミオと鉢合わせて返り討ちに遭い殺されてしまいます。
モンタギューとキャピュレットだけではなく、大公の家も2人の未来ある青年を失ってしまう。
このままではヴェローナは次世代のリーダーたちをすべて失ってしまうという大公の危機感は大げさでもなんでもないのですよね。

A日程の綺城ひか理さんのパリス伯爵は、たしかにジュリエットに退かれちゃうかも・・という役づくりをされていたと思います。ロミオが「気取り屋の間抜け」というのも肯けます。自分が年若い女の子に好かれないとは思ったことがない人なんだろうなぁ。
彼を見た愛月ティボルトも嫌そうな複雑な表情をしていた気がします。大事なジュリエットをこんな男に・・と思ったら遣る瀬無さがいっそう募ったのではないかなと。仮面舞踏会でも本気で彼からジュリエットを守ってて、そんなだからその隙にロミオに大事なジュリエットを浚われてしまう。
愛月ティボルトに余裕を失わせるには綺城パリスである必要がある気がします。

B日程の極美慎さんのパリス伯爵は、ハンサムで自分が大好きそうで素直そうで何事にも肯定的なかんじが私の好きなタイプのど真ん中で、彼を振っちゃうなんてもったいないなぁと思いました(笑)。ジュリエット、ちゃんと彼と向き合っていないからなぁ。もしロミオより先に彼と向き合っていたら。なんて思ってしまいます。
キャピュレット卿もなんでマスクを着けてなんて提案をするのかなぁ。まちがってるよぉ。ふつうのパーティでよかったじゃん。と思いました。
良縁にめぐり逢うチャンスがだったかもしれないのに、困難な相手と恋に堕ちてしまうのが運命のいたずら。ロマンスってものなのかなぁと別の意味で激しく納得しました。
B日程が好きだったのは極美パリスが好みだったのも大きいです。毒々しいキャピュレット家で彼を見ていると幸せな気持ちになれました。でもティボルトは彼みたいな人が生理的に受け付けないかもしれないなぁ。いやでもひょんなことをきっかけに打ち解けることができたかもしれないとも思えて。
ほんとうはちょっとしたことで考え方が変わったら、しあわせになれた彼らなのかもしれない。
そう思うとせつなさに溺れそうです。

書いているうちにまたB日程を見たくてたまらなくなりました。どうかどうか無事に見ることができますように。

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2021/03/30

報われぬこの恋にけじめを。

3月15日と16日宝塚大劇場にて星組公演「ロミオとジュリエット」を見てきました。
という感想を書いていますが、書き終わるまでに時間がかかって(そうなることは予想していました)
とうとう千秋楽となってしまい、ライブビューイングでA日程を見てしまって、脳みそからいろいろ溢れて整理がつきません。(これは予想外でした)

A日程を見てティボルトで頭がいっぱいになり、B日程を見たらでもこっちが好きかもとなったのですが、昨日29日にライビュでA日程を見て、やっぱりティボルトが~涙。。と。
ということで、いったんまた少々ティボルトについて書いてから、ベンヴォーリオやマーキューシオについて書いていたものを整理しようと思います。

ティボルトは憎しみが渦巻く街で叔父叔母から心理的虐待と性的虐待を受け育ち、純粋さも夢も心の奥深くに封じ込めることでギリギリ今を生きている若者。彼を庇護する存在はどこにも見当たらない。
それでいて「跡取り」とか「御曹司」という重責を背負わされている。
親や乳母に無条件に愛されて夢を語れるロミオやジュリエットとは育ち方がちがう。
だからジュリエットに夢を見るのだろうし、ぬくぬくと育ったロミオにはイラついてしょうがないだろうと思います。

無力感や絶望をなんど味わってきただろう。夢は潰され希望には耳を貸してもらえない。称賛されてきたことといえば敵を威嚇する態度と暴力、そして異性に対する魅力。それが自己肯定できるすべて。
ジュリエットを好きだけれど、愛されたことがないので、愛し方を知らない。愛され方も知らない。
彼女が愛するロミオを殺してその屍を前に告白しようなどど。憎まれる方法しか知らない憐れな子。

愛月ひかるさんティボルトは、葛藤の末に今は諦観し自分の立場をわきまえ周囲の期待に適応しているように見えました。本当の俺はちがうと思いながら。
いまでは敵からも一族からも恐れられるリーダー。些細な刺激をきっかけに衝動的にキレるけれど、ジュリエットを思う時はまるで別人。
あまりにジュリエットのことが好きすぎて、ロミオを憎いと思う以上に、ロミオと結婚したジュリエットに復讐したい「今日こそその日」に見えました。
彼にとってこの世で唯一の美しいものが壊れてしまい、彼自身も壊れてしまったよう。
ジュリエットの存在。ジュリエットを好きという気持ちこそが、彼がこの世にとどまる理由だったのではないかと思えてなりません。
禁断の愛を叫び、咆哮する彼の「けじめ」とは。
ジュリエットに告白するその日とは、自分にとって世界が終わる日だとわかっているのですよね。
それ以外の道もきっと考えていたはず。いつまでその別の選択肢をもっていたのか。いつからその道を考えなくなったのか。
「その日」を覚悟した彼にもう躊躇いのだろうな。人を刺殺することも死も。
昨日はつらすぎて、頭がぐるぐるしてしまいました。

16日に見た時の印象なのですが、瀬央ゆりあさんのティボルトは、予想以上に狂気に溢れていました。
狂いでもしないと人を憎めない、わかってほしいから皮肉屋になる、怯えを隠したいから冷笑する、そんな感じ。いまリアルに心から血を流している、そんな感じがして痛々しくて胸が痛むティボルトでした。
もっと繊細で機微のつたわる街に生まれるべき人だよね。生まれてきたことの痛みや悲しみが憎しみに変容しているよう。きっとまだ葛藤の只中にいるティボルトなんだなぁと思いました。
まだロジカルに処理できない。ジュリエットのことも。
舞踏会ではジュリエットを守ろうと一生懸命。そこよ、そこをもっとジュリエットに見せるチャンスがあれば・・なんて不器用なの・・涙。
彼に必要なのは対話だと思いました。こんがらがったもの、本当の自分を対話によって整理すること、その相手。恋人よりも友。
意外とジュリエットが良い話し相手になったかもしれないのに、彼女けっこう辛辣に指摘しそうよ、身内とか親友には!(ジュリエットに泣かされるティボルトが目に浮かびました)
でもこんなに棘を出しまくっていたら誰も近寄れない。それが彼の悲劇だなぁと思いました。

A日程だけ感想がアップデートしてしまった感があり、なんだかアンバランスだなぁと我ながら思いますです。
AB1回ずつ見て、千秋楽ライビュは大劇場も東京もA日程と知り、もう1度どうしてもB日程が見たくて友の会にエントリーした結果4月に見に行けることになりました。
深化したB日程を楽しみにしています。

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