カテゴリー「♖ ミュージカル」の136件の記事

2025/12/14

「SPY×FAMILY」

ミュージカル「SPY×FAMILY」(博多座) 11月30日 12:30

博多座の千秋楽を観劇しました。
原作は家族がアニメを見ていたのでおおよそ知っているかんじなのですが、子役の可愛らしさを全面に出したプロモーションにかなり抵抗があったこともあり、2023年の公演は見ていませんでした。
今回は宝塚退団後の和希そらさんを見たくて観劇を決めました。

アニメよりも大人っぽい真面目な仕上がりになっている印象を受けました。脚本演出のG2さんの良心を感じました笑。
原作はいろんな見方ができると思いますが、こういう読み解きも良いなと思いました。(ヒューマニズム強め)
森崎ウィンさん演じるロイド・フォージャーも和希そらさん演じるヨルも月野未羚さん演じるアーニャも、原作とはひとあじ違ってはいるのだけどそれも、これはこれでいいなと思いました。
森崎さんのロイドは冷徹感のなかにも甘さが強めで素敵でした。ヨルへの接し方もかなりスマート。独白ツッコミが面白かったです。
和希さんヨルは世間知らずのとぼけたとんちんかんなかんじに戦闘でのカッコ良さもあり掴みどころのない雰囲気に思わず笑いました。(ユーリとの場面は中の人ぜったいノリノリだと思いました)
月野未羚さんアーニャはセリフの間が最高で本当に心が読めているみたいでした。
瀧澤翼さんの思いっきり振り切ったユーリも面白かったです。
鈴木壮麻さんのヘンダーソン先生はヴィジュアルから何から完璧。
朝夏まなとさんのシルヴィアはフルメタル・レディの異名を持つクールさにどことなく漂うチャーミングさが加味されていて思わずふふっと笑ってしまいました。タグの付いたままのコートで踊るナンバーが大好きでした。
アンサンブルの方々もレベル高くて音楽的にもとても好きな作品でした。
(森崎さんと和希さんのハモりがなんともおしゃれに感じられて好きでした)

観劇したのは博多座千秋楽でしたが日曜日ということもあってか、お子様連れご家族連れが多かったです。上演前や幕間のロビーで聞こえてくる会話も観劇がはじめてらしき内容だったり。皆さんに良い観劇体験ができていると良いなと思いました。

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「マタ・ハリ」

ミュージカル「マタ・ハリ」(博多座) 11月2日 17:00


マタ・ハリ役の愛希れいかさんの千秋楽の公演を見ました。
女性スパイの代名詞「マタ・ハリ」の名前こそ知ってはいたものの、詳しいことは知らなかったので初演の頃から興味がありましたが未見でした。今回は博多座公演があるということ愛希れいかさんがマタ・ハリ役を演じるということで観劇を決めました。
3役がWキャストでしたが、マタ・ハリ/愛希れいかさん、ラドゥー/廣瀬友祐さん、アルマン/加藤和樹さんの回を観劇しました。

思っていた以上にしっかりとした筋立てで、想像以上にロマンティックでした(愛希さんと加藤さんの持ち味?)。
とても上質な舞台で満足感が高かったです。
マタ・ハリのダンスシーンは胸が震えました。
愛希さん、加藤さん、廣瀬さんともにミュージカルの舞台で活躍する姿を見始めて10年ほどになりますが、その頃に想像していた以上に素敵な大人の役者になっていたんだなぁと感じました。

これからもこの作品のような上質で大人のロマンを感じられる舞台をたくさん見られるといいなぁと思いました。

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2025/09/08

哀しみで女は殺せない

8月22日に梅田芸術劇場メインホールにてミュージカル「コレット」を見てきました。

地元の友人から誘っていただき公式HPを確認したところ、明日海りおさんが主演で花乃まりあさんのお名前も。これはぜひ見に来たいと思い、1遠征で雪組宝塚バウホール公演「ステップ・バイ・ミー」と合わせて見られるといいなぁと計画を立てました。
観劇が決まったあとで改めてキャスト陣を見直すと七海ひろきさんのお名前もあるではないですか。宝塚退団後の七海さんの舞台姿を見るのは2021年のエリザベート・ガラコンサート以来です。明日海トート、花乃シシィを見たくてコロナ収束前でしたが東急シアターオーブまで見に行った時のことを思い出しました。(幕が上がって舞台上に大月さゆさんの姿もみつけてさらにテンションがあがりました。89期が3人。エリザ・ガラコンにもマダム・ヴォルフで出演されてたなぁ)

・・と、ほぼキャスト目当てで見に行ったのですが、これがとても面白くて引き込まれる舞台でした。
オリジナル・ミュージカルというと真っ先に「スワンキング」が頭に浮かびちょっと心配もありました。女性キャラの描かれ方に共感できなかったのと音楽が真面目すぎるなぁと思った記憶があって。
「コレット」はその真逆で、明日海さん演じる主人公コレットはもちろん、ミッシー(七海ひろきさん)、メグ(花乃まりあさん)、シド(前田美波里さん)、ジョルジー(大月さゆさん)、シャルロット(可知寛子さん)、ボレール(コイタ奈央美さん)、イザベル(伊宮理恵さん)と登場する女性キャラが揃いも揃って個性的でイキイキとしているのがとても面白くて引き込まれて見てしまいました。
音楽もとてもおしゃれで気持ちが盛り上がりました。コレットが夢中で物語を書き付けるときのナンバーは明日海さんの魅力が眩しかったです。二度目の夫アンリ(吉野圭吾さん)の愛人イザベルのぶっとんだナンバーも印象的でした笑。どのナンバーも自然に心に入って来た気がします。
見終わってから「スワンキング」が「コレット」とおなじG2さんの脚本・演出で、音楽もおなじく荻野清子さんだったと知り不思議な気がしました。
「スワンキング」は頭では理解できても惹き込まれることがなかったのは、たとえ時代の先端をゆく気鋭の芸術家たちであっても19世紀の男性優位が当然の考え方に根付いたかれらの言動と、パターナリズムの下で無力化された女性の姿ばかり見せつけられたからかなぁと思ったりします。
一方「コレット」に登場する女性たちは、やはり20世紀初頭の男性優位の社会を生きてはいるのですが、女性1人で生きていけないのなら誰と生きるのかどう生きるのか、それぞれに自分で考え選んで生きているように見えました。

田舎育ちの世間知らず、夢見がちでありながらも行動力だけはある危なっかしい少女だったコレットが、パリでやり手の文筆家(ゴーストライターたちに自分の名前で小説を書かせている)ウィリー(今井朋彦さん)と結婚し、彼との生活や彼の仕事ぶりから人生や文学の学びを得ていき、自分を夢中にさせるものに打ち込み、タブーをものともせずに自分がやりたいと思う生き方を邁進していく姿はとても清々しく快かったです。明日海さんは物語に惹き込む力が凄いなぁと思いました。
夫に対抗するために夫の愛人シャルロット(可知さん)に教えを請う場面もとても魅力的でした。シャルロットもさいしょは面食らった様子だったのがだんだんコレットに惹き込まれ面白がってレクチャーしていくのが面白かったです。(こういうシスターフッドとても好きです)
アメリカ人のジョルジー(大月さん)とも彼女の誘惑のままに関係を持って悪びれないところ。けっきょくジョルジーはウィリーとも関係があり彼の思惑で動いていたというとってもベルエポック的なエピソードですが、爛れた感じになっていないのは演出の意図と明日海さんの持ち味なのかな。

男装の麗人ベルブーフ侯爵夫人で愛称ミッシー役の七海ひろきさんは声が宝塚時代とちがっていてちょっと驚きました。男役の声というより高めの若い男性の声に近いような。声優としても活動されているんだったなぁと退団後のキャリアに思いを馳せました。
男装姿も宝塚時代と変わらずスマートでカッコ良くて、まさに長身の元男役だった七海さんにぴったりのキャスティングだなぁと思いました。
ナポレオン3世の姪として公爵家に生まれ侯爵を夫としながら同性愛者として、さらに当時の社会規範では同性愛以上にタブーとされた男装を貫き好奇の目に晒されながらも堂々と自分の生き方を選択しているミッシー。
『ぬくぬくとした自由なんてどこにもありはしない/自由と孤独をひきかえに切り開いて歩く棘の道 』とコレットに歌いかける言葉が重かったです。コレットに多大な影響を与えた人だなぁと思いました。
生きる糧を得るために労働する必要のない人だからできることもあるのかと思いました。

コレットがウィリーのもとを飛び出したあと、コレットにとって代わろうとウィリーのパートナーとなったメグ(花乃さん)。
そもそもウィリーってそんなに魅力のある男性なのかなと思ってしまうのは生きている時代が私と彼女たちとではちがうからかな。社会的地位や立派な身なり、自信にあふれた言動は、パートナー選びが生きる手段である当時の女性から見たら魅力的なのかもしれないなぁ。
なによりメグはコレットがウィリー名義で書いた小説の主人公クローディーヌになりたい人なんだろうなぁと思いました。「クローディーヌ」はコレットが自分を投影した小説なので、つまりコレットになりたいのだろうなぁ。ウィリーをパートナーとしたのもそういうことかな。
自分がコレットに代わって彼女が居た場所に座り、さらにコレットよりも上位に見せようと悪戦苦闘。あの手この手でコレットを陥れようとする様はまるでアニメの敵役のようでコミカルで面白くチャーミングにも見えました。花乃さんが宝塚の宙組時代に演じた賞金稼ぎの役なども思い出して懐かしい気持ちにもなりました。(七海さんが主演の1人だった作品でした)(花乃さんははっちゃけると面白可愛いんですよね)
コレットを陥れる作戦自体はぜんぜん上手くいっていないのに、ウィリーもなんだか楽しそうだなと思いました。いい悪役コンビみたいでした。(ロケット団みたい笑)

コレットにとってのシャルロット、ジョルジー、そしてミッシーと、フィジカルな関係があるかどうかは抜きにして、彼女たちは新しい時代を生きる女性としてコレットが階段を上っていく先に仰ぎ見た道標のような同性なのだろうと思います。
メグにとってはコレットがそれにあたるのかもしれないと思いました。
でもコレットが臆することなく彼女たちの懐に正面から飛び込んでいき何某かを学びとるのに対して、メグはコレットに嫌がらせをすることでしかアプローチできないのだなぁ。憧れる気持ちを拗らせているように思いました。
19世紀から20世紀へと時代は移り行き、都市で生きる人々を取り巻く環境や意識が大きく変容していくなか、新しい時代の雛型としての女性像もない。それを探し続け先鋒を歩き続けた1人がコレットなのだろうなと思います。
それでいて尖り過ぎてもいない自然体でチャーミングなのは田舎で母親シド(前田美波里さん)の愛情をしっかりと受けて育ったからかななどと思いました。旧時代の女性でありながら娘を古い型に押し込めようとせず、コレットが舞台やレポタージュに追われて小説を書けないでいる時代でもずっと小説を書き続けるよう助言する姿を見ていると、娘の本質を知る母としてその人生の実りを願うと同時に、彼女にとってもコレットは希望なのかなぁと思ったりもしました。母としても、もしかして1人の女性としても。

20歳で14歳年上の文筆家ウィリーと結婚、彼のもとから飛び立ち、時代の社会規範から外れた女性たちに学んだのちは、年下の男性たちから愛されるようになるコレット。社会的に認められ、経済的基盤もできてギブすることができるようになると自ずとそうなってしまうのかな?
ミュージックホールのダンサー時代のファンであるエリオに、語り部で終盤に正体がわかるベルトラン。ともに大東立樹さんが演じていました。
親子ほど年上で自分に正直すぎる掴みどころのない女性に憧れ恋愛関係になるってどういう感覚でどういう気持ちなんだろうなと思いました。

いまから100年前、世の中の価値観が大きく変わる時代を生きたコレットの生き様が主演の明日海りおさんと脚本演出のG2さん音楽の荻野清子さんらの手によって鮮やかに興味深く描き出された作品でした。
大人の感覚のミュージカルという点も新鮮でした。
2025年のいま見られてとてもよかったなと思います。

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2025/07/08

甘くて弱くて美しい

7月1日に東急シアターオーブにて宝塚歌劇宙組公演「ZORRO」を見てきました。
宙組新トップスター桜木みなとさんのプレお披露目公演でした。
観劇していちばん印象に残ったことは、こんなにトップスターに遠慮がない宙組生をはじめて見た!でした。

宙組のトップスターといえば1998年組発足時の初代トップスター姿月あさとさんからはじまって先代の芹香斗亜さんまで全員が、『すでに他組で活躍していたスターが異動した宙組でトップに就任した』パターンでした。
桜木さんが10代目にして初の宙組配属宙組育ちのトップスターな訳ですが、ともに新人公演のお稽古をしてきた、あるいは番手スターとなるまでの成長の過程を身近で見てきた人がトップスターに就任すると組子はこんなかんじになるのかぁと思いました。

さて「ZORRO THE MUSICAL」についてですが、宙組生によるフラメンコのパフォーマンスが素晴らしい作品でしたが、物語にはいまいち入り込めませんでした。
声でわかりそうなものなのに察しの悪いヒロインだな。マスクのオンオフでの二面性を表現しているのだろうけど、一方は情けない腰巾着、もう片方はマスクで顔がわからないじゃ主人公にときめかないなぁ。などなど。
なぜそうなるの?という疑問が解決されないままに物語がすすむので釈然とせず、登場人物の感情にリアリティを感じることができませんでした。
いちばんリアリティを感じたのは、父親に見捨てられた敵役のラモン(瑠風輝さん)の心情だったかなぁ。

主役のディエゴに関しては、ロマの仲間と行動を共にしその人生観に触れて息苦しさから解放されたように見えるのに、恋人にはロマのイネスは選ばないんだなぁ。疑いもなく自分とおなじ支配階級の娘ルイサを選ぶんだなぁ。とそういうところもわだかまりを感じて推せない主人公でした。腰巾着をしている姿も必要以上にカッコ悪いのもあって。
そんなディエゴをかばって命を落とすイネスへのやるせなさばかりが募りました。心弱っている人をほうっておけない、ついついケアする立場にまわってしまうイネスに胸が痛くなったりしながらも登場人物のなかでいちばん好きでした。
自分をかばってイネスが亡くなったばかりなのに即ルイサと結ばれる展開もディエゴに惹かれなかった理由かもしれません。

好きだったところは、泉堂成さんのホアキンが登場するたびにいつも謎にかっこよかったこと。少年ディエゴの美星帆那さんと少年ラモンの梨恋あやめさんが可愛かったこと。幕開きの小春乃さよさんと嵐之真さんの歌。物乞いのときの不思議な歌(前回大劇場公演でお顔を覚えた風翔夕さんも歌ってた!)。フラメンコとジプシー・キングスを大勢で歌い踊るところ。1人ひとりが輝いていたところ。です。

パフォーマンスには満足で次回の大劇場公演が楽しみだなぁと思いました。
願わくは登場人物たち、そして演じている人たちにときめきが感じられる作品でありますようにと思います。

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2025/05/01

あじゃらかもくれん

4月15日に福岡市民ホールにてミュージカル「昭和元禄 落語心中」を見てきました。

福岡市民ホールは、福岡市民会館を継承するホールとして今年の3月28日に開館したばかり。「落語心中」はこの福岡市民ホールではじめて上演されたミュージカルとなるそうです。

原作のコミックは10年以上前に単行本の表紙の八雲に惹かれて1巻目を購入したのですが、2巻目は読んでいませんでした。
年配の噺家さんの「あたし」などのやわらかい江戸言葉が好きなので八雲はとてもタイプでしたが、落語をあまり知らないのでいまいち漫画に描かれている落語シーンにピンときていなかったのだと思います。

それから幾星霜・・古川雄大さんの芝居冒頭の老年の八雲は思い描いていた八雲そのもので、その彼が高座にあがっているシーンを見てやっとイメージが掴めたように思います。これを機に2巻以降も読んでみようかなと思いました。
和物の古川さんもTVドラマ以外では見たことがなかったので和服で舞台に立つ古川さんを新鮮に感じました。着流しの後ろ姿に見惚れながら、このキャスティングを考えた人は天才!!と思いました。
若造の見習いの頃から徐々に真打ちにあがってシニア世代まで雰囲気とともに心の有り様も変わっているのがわかりその心のうちを考えるのが面白かったです。
ルパンとはあきらかに違う昭和の雰囲気のインバネスコートの後ろ姿もよかったです。(インバネスじゃなくてトンビだったのかも)

みよ吉役の明日海さんは憑依系のお芝居がさすがだなぁと思いました。
アフタートークで明日海さん自身はみよ吉とはまったく違うというお話をされていたので、その話にうんうんと頷きながら、それでもみよ吉になりきってしまう明日海さんって凄いなぁと思いました。
芸者姿もドレス姿も美しくてそこも「やはり明日海りおさんだなぁ」とあらためて思いました。

助六役の山崎育三郎さんはイキイキのびのびと助六(初太郎)を生きているなぁという印象でした。四国で自堕落に生活しているところなど本当にこの助六という役(人物)が好きなのだろうなぁと思いました。
この舞台にかける意気込みの強さも助六をとおして感じられました。
どうやっても敵わないと思わせられるカリスマ性を助六が見せてこそ、八雲(菊比古)が彼にとらわれ続けることに納得がゆく大変な役だからこその演じ甲斐みたいなものを存分に味わい尽くしながら演じてらっしゃるのかなぁと思いました。
助六が深まれば八雲も深まらないと釣り合わない、そんな難しさと面白さがある作品だなと。
助六と八雲という個性がまったく正反対の男2人を、山崎さんと古川さんというまた個性の異なる2人の俳優が演じる面白さを堪能することができました。

観劇した日はアフタートークショーがあり、助六役の山崎育三郎さん、明日海りおさん、古川雄大さん、与太郎役の黒羽麻璃央さんの4人が登壇されて、育三郎さんが司会役でトークを回されていましたが、えっ大丈夫?なお話をされたりして麻璃央さんを除く3人で円陣を組んで作戦会議?っぽいことをされたり、天然でボケてしまう古川君にツッコミを入れられたりとても楽しいトークショーでした。
4人のうち3人がトート(経験者)で4人ともロミオ(経験者)というお話もされていて、凄いメンバーだなぁと思いました。
次回の「エリザベート」では明日海さんがシシィ、育三郎さんと古川君がトートだなぁと思いながら、そこに麻璃央さんもルキーニで加わったらいいなぁと思いました。

こんなぜいたくなキャストとスタッフで日本のひとつの芸能を題材にしたミュージカルが創られたことが素晴らしいことだなぁと思います。

CAST

山崎育三郎 初太郎 のちに 二代目有楽亭助六
明日海理央 みよ吉
古川雄大  菊比古 のちに 八代目有楽亭八雲

黒羽麻璃央 与太郎
水谷果穂  小夏
金井勇太  松田
中村梅雀  師匠(七代目有楽亭八雲)

阿部裕   江戸落語協会会長
村井成仁  銀治

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2025/01/11

普通のとなり

1月6日に博多座にて「next to normal」を見てきました。
私にとっての2025年の初観劇です。(ちなみに2024年の観劇おさめは「モーツァルト!」でした)

望海風斗さんが博多座に来るなら見なくちゃと思ってチケットをとってから作品の概要を知りました。(1年に1度は博多で望海さんを見たいですよね)
双極性障害の女性の役だと知って俄然興味が湧いて観劇を楽しみにしていました。そういうミュージカルってあるんだ!?ってかんじで。

冒頭から躁状態のダイアナと振り回される家族の描写。これは家族も疲弊しそう。だけどなんだろうな違和感がぬぐえない。
舞台を見すすめながら、ダイアナが抱えている問題は双極性障害以外にあるのではないかなと思えてきました。なにかとても違和感。

夫のダンはダイアナをいつも通っているらしいクリニックに連れて行くけれど、そこのドクターは薬の説明ばかり。ダイアナ自身を診ているようには見えないし、ダイアナも治りたがっているように見えない。
戯曲的な誇張もあるのかもしれないけれど、このドクターはダイアナには合っていないんじゃないのかな。(っていうかこのドクターが合う患者がいるのかな。とにかく向精神薬がほしいという人なら歓迎だろうけど)

ダンはダイアナを治療に通わせたら良くなると思っているみたいだけど、そうじゃないんじゃないかな。
ダイアナは苦しんでいるようなんだけど治ろうとは思っていないみたいでそれも違和感。躁状態のときだからかのかもしれないけれど。
ダンの説得に、ダンの彼女のために良かれと思う気持ちに抗うすべがないままに医者にかかっているだけみたい。
家族を疲弊させている自覚はあると思うんだけど、治療して自分の感情を自分でコントロールして自身もふくめて家族のひとりひとりが憂いなく前向きに生きていけるようにしたいと思わないのかな。
かかっているドクターがよくないのは不幸だなと思うけれど。自分からドクターを替えるように動いたり、それについてダンと正面から話し合ったりはしないんだな。
筋道が見えない、先の見通しができない、それがダイアナが抱えている困難(障がい)そのものなのかもしれないけれども。それってダイアナだけの問題なのかな。

突然感情を爆発させたり、興奮したら自分の行動を止められなかったり(床にパンを拡げてサンドウィッチを作りまくったり)、その場にふさわしくないきわどい言葉を発したり、と異常行動といえばそうなんだけど、とんでもない浪費とか反社会的行為とか性的奔放でトラブルを起こしまくっているというわけではないみたいで。どういうきっかけでメンタルクリニックを受診したのかなとも思いました。
自分自身をやばいと自覚しているというよりは、抱えきれないもので心がいっぱいいっぱいなんじゃないの?と。
こうなるにいたった精神的負荷がなにかあるんじゃないのかなと。

と思っていたところ、ナタリーが言った兄は自分が生まれる前に亡くなっているという言葉にそういうことか!と思いました。
冒頭で18歳の息子から自分の昼間の行動について尋ねられたダイアナが思いつくままに答えたような内容を息子があっさり受け容れることに違和感があったし・・。
処方された向精神薬をトイレに流してしまうときにも都合よく現れてダイアナを唆していたし。
そうかイマジナリーサンだったのか。
ダイアナはなぜイマジナリーサンを生み出したのか、それが解けないと家族は前にすすめないような気がしました。

ダンは家族とは夫婦とは「かくあるべき」が強い人のように見えました。
「かくあるべき」から外れたことからは目を逸らす。息子ゲイブの死からも、本来のダイアナからも。(「かくあるべき」から外れた気分障害の妻には治療を勧めるのが夫として「かくあるべき」なのかな)
ダイアナは真実はとことん突き止めたい人なのではないかと思いました。原因や責任をはっきりとさせないと前にすすめない人なんじゃないかな。
それをしなかったから、その先にすすめなかったのかも。

ダイアナは若くして予期せぬ妊娠をしたことで人生が大きく変わってしまった。
妊娠出産という自分の体の変化を受け容れること、描いていた進路、歩むはずだった未来から外れて家事育児に専念することを受け容れること、そして扱い方もわからない赤ん坊の存在を受け容れること、を極めて短い数か月のあいだに一気に余儀なくされたのだろうなと思います。
ひとつひとつの変化を完全には受け容れきれないまま必死で育児をして、もはや自分のすべてになっていた生後8ヶ月の息子の死という現実に直面して、彼女にはもうそれを受け容れるキャパシティが残っていなかったのじゃないのかなと思いました。

夜通し泣きつづける我が子にパニックになってしまっていた彼女にダンは「大丈夫、きっと良くなる」と言ってなだめたのだろうと思いました。いま困難を抱える彼女にそう言っているように。
なにもわからず手探りで育児をしながら、幾度か医者にも相談して・・そのたびに心配ないと、乳児は泣くのが仕事だからとか乳児によくあるぐずりだとか言われていたのかなと思います。
(権威ある者の言葉に全責任を委ね自分では判断しないのがダンの癖のように思います)

ダイアナの母親は、少女の頃のダイアナのことを元気な子だったと言っていたそう。
娘のナタリーはダイアナに似ているのだと思いました。
ナタリーのようにダイアナも活発で才気に溢れ寝ることも惜しんでどんどん課題をやっつけてしまうような少女だったのかなと。
だからナタリーのことをダイアナはまっすぐに見ることができなかったのかもしれないなと思います。置き去りにした自分がそこにいるから。
ダイアナには置いてきた自分と向き合うことが必要なのじゃないかな。
置いてきた自分をいまの自分のなかに取り込んで、止まっていた鼓動を動かす作業が必要なのじゃないかなと思います。

抱えきれない目の前の問題に直面したときに「大丈夫、きっと良くなる」と根拠が稀薄でも自分にも家族にも言い聞かせて(難しいことは専門家に丸投げして判断を仰いで)有無を言わさず前にすすもうとするダンとは反対に、ダイアナは立ち止まって現実をしっかり自分で咀嚼して責任や根拠を明確にしたいタイプなのじゃないのかなと思いました。
ダンといるとダイアナは抱えきれないモヤモヤをいっぱい抱えてしまう気がします。ダンの長所ともいえる性質がダイアナと相性が悪そうです。
ここはいったん離れて、自分のことや、ダンについてや、息子や娘のことをいままでとはちがう目線で見て考えてみることがダイアナには必要なんだなと思いました。
だからこれは前向きなラストなんだなと。そう思いました。
普通じゃないけど普通のとなりで普通に生きようともがきながら生きている人びとが暮らしている。そうなんだよなぁと肯いてしまう作品でした。

CAST

ダイアナ/望海風斗
ゲイブ/甲斐翔真
ダン/渡辺大輔
ナタリー/小向なる
ヘンリー/吉高志音
ドクター・マッデン/ドクター・ファイン/中河内雅貴

(2025年1月6日博多座)

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2024/12/27

いのちのある限り求めつづける

11月30日に博多座にてミュージカル「モーツァルト!」を見てきました。
この日はツアーの大千穐楽でした。

感想を書こうとして前回この作品を見たのはいつだっけ?と記録を辿ったら2005年11月の博多座公演(19年前!)でした。
ああそれで、こんな内容だったっけ?と不思議なかんじがしたのだなと合点がいきました。
ヴォルフと父、コンスタンツェ、ナンネール、ほかの人物たち、そのそれぞれとの関係、そして男爵夫人の歌など、一つ一つが記憶していたものとはちがった印象でいまの私の心に映りました。
演出やキャストが変わったこともあるのでしょうが、なによりも自分自身の状況が変わったことが、そう思った一番の理由だったのかなと思います。なにしろ20年近くの歳月を経ているので。

博多座での上演自体が2005年以来19年ぶりの2回目のようですが、その間、帝劇にも大阪にも見に行っていなかったのも自分としては衝撃でした。
地元で公演がなかったこともありますが、中川晃教さんのヴォルフガングで正解を見た気がしていたのも遠征しなかった理由だったと思います。
(2018年と2021年は同時期に公演していた作品=「1789」とか星組ロミジュリとの日程調整も難しかったみたいです・・遠征の民のつらさ・・)

前置きが長くなりましたが、19年の月日を経て2024年版「モーツァルト!」を見た私の感想です。

古川雄大さんのヴォルフガングの解像度の高さに、なるほどそうなのかと肯きながら見ていました。
こんなに精神が幼くて気分の浮き沈みが激しく衝動的で自己管理が甘かったらトラブルばかりに見舞われて生きにくいだろうな。
本人に代わって管理してくれる人が必要なのに、そういう人とは距離を置きたいんだな。言いつけや約束を守る自信がないものね。正しい行いができなかったことを指摘され自己肯定感削がれるのはつらいものね。
「このままの僕を愛してほしい」んだよねと。
そのままが好きだと言ってくれたコンスタンツェにそばにいてほしかったんだなと。
だけど彼女は「彼女に見えるそのままのヴォルフ」が好きで。父レオポルドほどにはヴォルフのことを理解しているわけではなくて。だからすれ違ってしまうのはしょうがないなと思いました。

父レオポルドは息子の特性はよく理解していて、どうすべきかは示せるけれども、息子の気持ちを汲んで寄り添ってやることは得意じゃないみたい。
短絡的な息子に、そのままの彼をその特性ごと愛している父の深い思いを理解させるのは難しいことだなぁと思いながら見ていました。
狡さがなくては生きていけない世間を生きる人びとに簡単に騙され利用され尽くしていく息子の未来が父だからこそ見えてしまう。そうなってほしくはなかったから、自分の目の届く範囲にいてほしかったんだろうな・・と父の気持ちをしみじみと感じてしまったのは、いまの私だからこそだなぁと思いました。
ヴォルフを自由にしてあげればいいのにと思って見ていた19年前とはちがう感想を持ちました。
ただ自由に解き放ってあげればいいわけではない。それはいまだからこそわかります。

19年前は男爵夫人が歌う「星から降る金」に感じ入って感動の涙だったのですが、今回は「とは言っても・・」と思いつつ聞いている自分がいました。何より「王様は息子を愛していた」の歌詞が胸に刺さりました。こんなに奇跡のような、こんなに特性の強い息子をもってしまったら親はどうしたらいいのかな。
それにしても涼風真世さんの男爵夫人はキラキラとしていて、本当に特別な人なんだなぁと思わせられました。でも俗っぽさも見えて、そこが以前見た男爵夫人とはちがっていて惹かれました。

コンスタンツェ役の真彩希帆さんは、「LUPIN~カリオストロ伯爵夫人の秘密~」で演じたクラリスが面白かったのでどんなコンスタンツェになるのだろうと楽しみでした。
『推し』を目の前にして自分の妄想に耽るようなクラリスにいたく共感した記憶があります。
今回のコンスタンツェも1幕ではいまをときめくキラキラのヴォルフに気後れして距離を置いて眺めているような様子、才能ある姉にくらべて自分なんかと思っている風情がオタクっぽくて好きだなぁと思いました。
ヴォルフに「そのままのあなたが好き」と言うのも、タカラジェンヌのお茶会で憧れのスターへの告白タイムをいただいちゃって、気の利いた言葉も浮かばず振り切ったテンションのままとっさに口走ってしまった・・みたいなシチュエーションが思い浮かんで、既視感があるなぁなんて思ってしまいました。(どういう限定シチュエーション。。)

そんなコンスタンツェが2幕では、自分の存在意義がわからなくなって絶唱するところは、いったい彼女になにが?!と思いました。
いやいや。わかる気はしたのです。姉たちにくらべられ、出来が悪いと親に見下されて自己肯定感が低かった娘が、愛するヴォルフのために存在意義を示さなくてはと思えば思うほどなにもできなくて。やらなくてはと思えば思うほど逃げ癖が出てしまうそんなかんじなんだろうなぁと。
そんな不如意な現実もなにもかも忘れて無我の境地になれる、時間を忘れられる行為に没頭してしまう。
踊り続けることで到達する恍惚感は彼女に万能感を感じさせてくれるのだろうなと。
でも醒めると自分が放り投げたままの現実が目の前に。そのくりかえし。
しみついた負の行動パターンを変えられない。新しい行動に出る勇気をもてないのは成功体験が乏しいからだろうなぁとか。
ヴォルフに愛された理由もおそらく正しくは理解していなくて、なにかがきっと掛け違っている。彼にどうしてほしいかも言語化できていなくて。
そんな彼女をだれも助けてくれない。それどころか2人のあいだにあったものまで毟りとっていってしまう。
2幕までにどんなことがあったのかは描かれてはいないけれども、想像できました。

狡猾に見える人も居丈高な人物も、どの登場人物も時代を必死に生きていているのだなぁとそれはしみじみと思いました。生きていくというのは誰にとってもイージーモードではないんだと。
そんな世の中で才能(アマデ)とヴォルフとコンスタンツェはどう共生したらよかったのだろうと考えてしまうけれど。正解があるとしても、その通りに生きられる人など極々僅かなのだろうと思います。
それでも死ぬまでは生きていかなくちゃならないのだなぁ。そんなふうに思う作品でした。

大千穐楽の挨拶では、古川雄大さんが珍しく1人で長い間話つづけていたことが印象的でした。それくらい思いの深い作品なのかなと。
自分よりももっとこの役に相応しい役者がいるのではないかと思う中で主演のヴォルフガングを演じることになった2018年の頃の話や。(恐れながら私もそう思った1人です。それはまったくの見当違いだったと舞台を見て思い知りましたが)
そのときから父親役として成長を見守りつづけてくれた市村正親さんとの関係。さらにミュージカル俳優として駆け出しの頃にルドルフとトートとして対峙した山口祐一郎さんとのことや(なんと祐一郎さんから手を取られて一緒に『闇が広がる』のステップを披露!)。

古川さんの話を聞きながら、はじめてルドルフとしての彼を見て、なんという王子感だろうとドキドキしたことなども思い起こされて、その彼がいまここに主演として立っていることに深い感慨を覚えました。さらに今回同じヴォルフガングをダブルキャストで演じられた若い京本大我さんに先輩としてエールを贈られていることにも。
私が10余年ただただ劇場に通って観劇資金のためにちまちまと仕事をしている間に想像もつかないような努力を重ねて役者としても人としてもこんなに成長したのだなぁと尊敬の念が溢れました。(頼もしく成長されたなぁと思う様子もありながら周囲の人々が思わず見守りたくなるのではという雰囲気も相変わらずで、そういうところが魅力なのかなぁとも)

その後古川さんの紹介をうけて登壇された演出の小池修一郎氏の話はさらに長くて、さすが小池氏だなぁと思いました。
高みをめざして努力をつづけ成長を遂げていく1人の人と長く関わり見守りつづけることの喜びが感じられる話で、かつこの「モーツァルト!」という作品とも照らし合わせながら、どんなことがあろうと人は生きていかなくてはいけないという話に(話の内容は次々と多岐に展開していましたが)そうだよねぇと深く肯かずにいられませんでした。
作品に登場する人物にも、舞台上で演じる人びとにも、それを支える人びとにも、それぞれに生きなければいけない人生がある。きっと私自身にも。
と、そんな思いを心に刻んだ観劇でした。

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2024/11/30

すべての世代はその絶頂期において道を譲り若者を招き入れて良き日を分かち合わねばならない

11月11日に福岡サンパレスにてミュージカル「ニュージーズ」を見てきました。
この日は公演の大千穐楽で、ヒロインの星風まどかさんのお誕生日でした。

そもそもの観劇の動機は、星風まどかちゃんが地元に来る?!ならば見に行かねば!ということで、作品についてはほとんど知らないままでした。
幕が上がり、まず思ったのはみんな若い!ということ。よく動くなぁ、よく跳ぶなぁ!とまぁびっくり。
大勢で踊っている中にシスター姿の晴華みどりさんを見つけて嬉しかったです。相変わらず素敵だなぁと思いました。
劇場の女主人役に霧矢大夢さんも登場しておお~!っと思いました。懐深い役で謎の説得力がありました笑。

主演のジャック役の岩﨑大昇さん、声が良く出るなぁ。大きいなぁと思いました。
大千穐楽ということでカーテンコールのあとに登壇した演出の小池修一郎氏によると、この公演中にもさらに大きく育ったとのこと。役者としても体格の面でもってことかな。(肩幅50cmを超えたとか!)
磨けば光るポテンシャルと真ん中に立てる風格が備わっていて彼が出演する舞台をこれから私はきっといくつも見るようになるんだろうなぁと思いました。

そしてヒロインのキャサリン役の星風まどかさん、臆することなく舞台に立つ勇ましさも健在でうれしく思いました。
彼女がヒロインを演じた「アナスタシア」が大好きでしたし、宝塚在団中は本格的なミュージカルで歌い踊るまどかちゃんをもっと見たいと思っていたので、退団して間もなくこのように活躍している姿を見ることができてうれしいなぁと思いました。これからもっともっと舞台でのびのびと輝く姿を見られることを期待します。

加藤清史郎さん(ディヴィ役)も相変わらず巧いなぁと。これからどんな役者に成長していくのか楽しみだなぁと思いました。
クラッチ―役の横山賀三さんは初めて見る方でしたが、役柄も相まってかなり惹かれました。今後の出演作も見てみたいなぁと思います。

ニュージーズ(新聞少年たち)の存在はこの作品ではじめて知ったくらいに無知でしたが、ニューヨークも19世紀末の闇を抱えていたのだなぁと作品を見ながら思いました。工業化や人口流入による住宅不足や生活困窮者の増加、労働環境の問題。頼る者もなく自分の力で生きていくしかない子どもたちがたくさんいた時代なんだなぁ。

ニュージーズを窮地に追い込む敵として描かれるピューリッツァー(石川禅さん)ってピューリッツァー賞のピューリッツァーだよね? 勝手に高潔な人物のイメージを抱いていたけれど、なかなかのやり手実業家だったんだなぁとか。
同様にセオドア・ルーズベルト(増澤ノゾムさん)ってあの‟テディ”のルーズベルトだよね?と。大統領時代にはパナマ運河の件でピューリッツァーとやりあっていたよね? この作品ではまだ州知事なのでそれはこののちの話になるのかなぁとか。
歴史上の人物が物語の中で描かれる姿に興味を惹かれました。

セオドア・ルーズベルトがワシントンやジェファーソン、リンカーンと並んでアメリカ人に人気の理由がいまいちピンときていなかったのだけど、この作品に描かれる役どころで、なんとなくその理由がわかったような気がしました。
警察の汚職と戦ったり生活困窮者の問題に取り組んだ人として人々の記憶に残っているんだなぁ。

セオドア・ルーズベルトには格言が多いというか、民衆受けする格好の良いことを言う人だという印象があるので、劇中のセリフも「彼らしいなぁ」と思いました。
曰く「すべての世代はその絶頂期において道を譲り若者を招き入れて良き日を分かち合わねばならない
自分の理想の人物になるために努力を惜しまず生きた人らしいなと思います。そういうところが尊敬されるのかなと思います。
同時にやっぱりそういう生き方ができる環境に生まれた人だよねとも思います。
ディズニー作品ゆえなのか、いくつかの綺麗事すぎる部分に「ふふん」と思ってしまう自分がいました。

作品の上ではピューリッツァーが悪者でセオドア・ルーズベルトが正義の人だけれど、ピューリッツァーがセオドア・ルーズベルトのやり方を批判するところはやっぱりジャーナリストらしくてなるほどと思いました。

大千穐楽の挨拶でピューリッツァー役の石川禅さんが、セオドア・ルーズベルトのこの言葉(すべての世代はその絶頂期において道を譲り若者を招き入れて良き日を分かち合わねばならない)を引用して、岩崎さんをはじめとする若い出演者の皆さんの未来に期待しご自分たち先達のなすべき道をお話をされ、霧矢さんや増澤さんたちがそれに肯いている様子が印象深かったです。

そして自身を含め舞台上にいる若い共演者たちにご期待くださいとこれから精進していくことを舞台で宣言する岩﨑さんの言葉に、時代は変わっていっているのだなぁとしみじみと思いました。
これからを担う若い舞台人の活躍に私も期待したいと清々しくも感慨深い思いに浸り、本邦のミュージカルの未来に明るい兆しを感じながら劇場を後にしました。

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2024/06/16

倒せドラゴン

6月5日と6日に東急シアターオーブにて宝塚歌劇星組公演「BIG FISH」を見てきました。

東京のみの上演だったので観劇は難しいかなと思っていたのですが、おなじ原作の映画が好きだったのと、それを礼真琴さん主演で上演するのならやはり見てみたいと、思い切って上京することにしました。

礼真琴さんと星組メンバーのパフォーマンスに圧倒される

いやはや礼さんが凄いのは知っていましたが、ここまで凄いとは! 何を歌っても踊っても見ていて聴いていて心地よかったです。
いつもわくわくする未知の世界に連れて行ってくれる礼さん、その礼さんが演じるエドワード・ブルームの語る物語にどんどん引き込まれました。
彼の語りにわくわくするかウソっぽく感じて鼻白むかで見ているほうの気持ちはぜんぜん違うんじゃないかなと思います。

礼さん以外の出演者も歌も芝居も達者な人揃いで終始感嘆しながら見ることができました。
パフォーマンスに関してストレスなく見ることができたぶん物語そのものに没入することができたのですが、それゆえに心がざわつく箇所がいくつかありました。

映画よりもかなり保守的な脚本

原作となる小説は読んだことがないのですが、おなじ原作の映画に比べるとかなり保守的になっている印象を受けました。それは現代パートの女性の描かれ方と父の息子の関係性に濃く表れていたと思います。(映画よりもミュージカルのほうが10年も後に制作されているのに・・です)

小桜ほのかさん演じるサンドラが私はしんどかったです。
エドワードの自分語りに登場する若き日のサンドラ(詩ちづるさん)以上に夢物語のようなサンドラで。

映画を見ていて、カールが実際は5mではなくて2mの大男だったように、サンドラもエドワードが語る夢のような南部の美少女が、いまは現代を生きるリアルな妻であり母であることで私はホッとするところがあったのです。
小桜さんのサンドラは「カールが実際に5m、いやそれ以上の大男だった」くらいの夢夢しさでした。

1人の女性として現実を生きて、夫エドワードの言動に困ったり息子ウィルとのあいだで板挟みになりながらもエドワードを愛していることに揺るぎのない彼女の強さと人生の深みが滲むリアリティのあるサンドラとして「屋根はいらない」という比喩を聴きたかった。
小桜さんは実力のある娘役さんで、可愛らしい少女から「RRR」の悪辣な総督夫人までも見事に演じることができる方なので、きっと演出の意図通りに演じているのだと思います。
澄んだ美しい歌声で「私の中の2人」「屋根はいらない」を熱唱するサンドラはいまだに夢の中に閉ざされているように感じられて心がざわざわしました。(現実的な生活力は放棄して愛という依存で束縛する人だなぁと。『彼女には自分がいなければ』と思えるパートナーはそれがいいのだろうけど息子は・・)

星咲希さん演じるウィル(極美慎さん)の妻ジョセフィーンも見ていてだんだんしんどさを感じました。
世界を飛び回るTVジャーナリストの彼女がこんなマタニティドレスを選ぶのかな?とか、知的で相手をリスペクトし公正な感覚で夫やその家族に細やかな気遣いで接している彼女に対して誰もギブしていなくて、このままアラバマのこの家族の価値観に合わせていって大丈夫なのかなと。

身重なのに夫ウィルに対してひたすらギバーでいることもしんどかったです。妻というよりは母親のようでした。
ウィルには知的で彼の心を紐解く母親と夢々しいまま年を重ねた守ってやらなければならない母親の2人の母親がいるみたいでした。
自分のことで頭がいっぱいなウィルがジョセフィーンの優しさや有効なアドバイスを当たり前のように受け取ってその割に素っ気ないのも・・。もっと彼女のことをリスペクトしたらいいのにと思いました。

ジョセフィーンにしてもサンドラにしても現代パートの女性としてのリアリティに欠けるのは演じている彼女たちが宝塚の娘役ゆえというのもあるのかもしれません。
彼女たち宝塚の娘役が旧態依然の女性観を体現することから解放されないと、私は宝塚を見ること自体がしんどくなるだろうなと思いました。

父と息子

さらに物語全体に流れる「父と息子」の関係をことさらに特別視する雰囲気もしんどかったです。

「オフィスに閉じこもって仕事/俺にはとても無理さ/じっとしているのは死んでいるのと同じ」「芝刈りや料理や洗濯は向いてない俺じゃない」と、セールスの仕事で数週間家に帰らないエドワードが幼いウィルに向かって、自分が留守のあいだはお前が大黒柱として家と母親を守れと言うのもしんどかったです。自分はやりたいように生きて家に残す息子には呪いを掛けるんだと。
おそらく朝鮮戦争に召集されているのでエドワードは1930年代の生まれかなと思います。ジェンダー意識が強いのはこの世代の人なら普通かもしれませんが、2024年のいま舞台であえてこのセリフを使う必要があるのかな?と疑問でした。
なによりウィルが拗らせているのはこの父親のせいでしょう。

そんなウィルが、妻の妊婦健診につきあい超音波検査でお腹の子が「息子」であると知ったときの流れも胸がざわざわしました。
息子ってそんなに特別なんだ。
「父親と息子」の関係の構築はウィルにとって雲をつかむようなでも焦がれてやまない命題なんだろうなぁ。
満たされなかった子どもの自分を息子を介して満たしていこうとしているみたいだなと思いました。

ウィルの気持ちはとてもわかる気がしました。
エドワードは1対1ならとても面白くて素敵な父親だったけれど、成長して客観的な視点を持つと疑問も湧くし、世間を気にする視点を持つようになれば父親のことを恥ずかしく感じることもわかります。
でも根本は父親のことを好きだからこそ、そう思う自分が父親に対して申し訳なくなるジレンマもあるでしょう。つらいなと。

ウィルは賢い子どもだったし、優秀なまま大人になりいまは報道関係の職に就き世界中を回りニューヨークに住んでいる。
妻のジョセフィーンもおなじ業界の人で、結婚式の招待客も彼が交友関係をもった大学や業界の人びとなんだろうと思います。知的でリベラル寄りの。
そんな彼らに父親がどう思われるか・・? アラバマの片田舎でセールスマンをしながら家族を養ってきた父。いつもの荒唐無稽な自慢話さえしなければ彼には誇れる父親のはずです。
だからどうか自分の晴れ舞台である結婚式の場では黙っていてと願い、約束を取り付けたのに反故にされてしまった。
彼にとってはいちばんデリケートな話題を衆人の前で自分主体の話としてしまう父親に心底うんざりしてしまったよねと思いました。どうでもいい人ではない、本当は尊敬したい相手だからこそとても複雑なんだよねと。

映画だと老いて自分のホラ話の粗をさらに見え見えのホラ話で取り繕うみっともなく哀れにすら見える父親が、実は本当にビッグな人だったんだと認めることができた、そういう息子の心の救済の話だったんだ思うんですが、礼さんのエドワードは老いてもちっともみっともなくも哀れでもなく、むしろ素敵なので見る側が補正してしまって、少々ウィルに分が悪いなと感じました。

女の子もドラゴンと戦っていい

エドワードの語りパートの演出や各々の演者のパフォーマンスも面白くて楽しくて、殊に可愛い可愛い「アラバマの子羊」と「時が止まった」の流れが大好きでした。
憎々しいドン・プライス(蒼舞咲歩さん)や狼男のサーカス団長(碧海さりおさん)や大男カール(大希颯さん)、子ども時代のウィル(茉莉那ふみさん)などなど皆個性的でキャラが立ってて愛おしかったです。
弔問に現実の彼らが訪れるところはなんとも言えない気持ちになりました。
音楽はどれも素敵で時間が経っても口ずさんでしまうものばかり。
たのしいたのしいだけではないのが、きっとこの作品の魅力なのかなと思います。
深い作品だからこそ、いろんな見方で心に刻んでいていいよねと。

♪倒せドラゴン~城を攻めて~と反芻しつつ、女の子だってドラゴンと戦っていいんだぞ、戦わなくてもいいけど、と思いながら帰路に就きました。

CAST

エドワード・ブルーム/礼 真琴 どのナンバーも最高でした。礼さんの歌声で聴けて幸せでした。
ジェニー・ヒル/白妙 なつ 終盤からの出番ですが、その説得力たるや。さすがでした。
ベネット/ひろ香 祐 ブルーム家の家庭医でエドワードの友人。なんども聞いているエドワードの自慢話を面白がって笑ってくれる良い人でした。
サンドラ・ブルーム/小桜 ほのか 澄んだ美しい歌声に聞き惚れました。エドワードの声色をまねるところも巧いなぁと思いました。
ドン・プライス/蒼舞 咲歩 登場するたびに笑ってしまう間の良さ、コミカルで憎めない憎まれ役でした。
人魚/希沙 薫 優雅な手の動きに登場のたびに思わず見入ってしまいました。
ウィル・ブルーム/極美 慎 父への複雑な感情がよくわかりました。愛しているからこそわかりたいし理解してほしいんだなぁと。
エーモス・キャロウェイ/碧海 さりお 怪しくて胡散臭くて狼男になると愛おしくて大好きなキャラクターでした。
ザッキー・プライス/夕陽 真輝 お兄さんのドンの引っ付き虫で、いつも兄に倣って罵倒にもならない罵倒「魔女好き男めー」で去っていくのに笑いました。
魔女/都 優奈 凄く圧のある魔女でした。「RRR」に続いて歌声が聴けて嬉しかったです。
ジョセフィーン/星咲 希 こんなにセリフが多い役をされているのをはじめて見たかもしれないのですが、お芝居がとても巧い方でした。
ジェニー(若かりし頃)/鳳花 るりな 映画とはちがうところで登場するので、さいしょはあのジェニーとは気づいていませんでした。2度目に登場した時にあああー!となりました。歌もお上手だし、いろんな場面でアンサンブルで踊っているのも目にとまりました。
サンドラ(若かりし頃)/詩 ちづる 「アラバマの子羊」可愛かったー。ヤング・ウィルとエドワードを窘める場面もツボでした。
カール/大希 颯 エドワードと2人で旅に出るときのナンバーが好きでした。あの高さで姿勢で歌えるの凄いなぁと思いました。

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2024/06/09

未来がこわい

5月25日に博多座にてミュージカル「クロスロード」を見てきました。

やまみちゆかさんのパガニーニの漫画を面白く読んでいたので、パガニーニがどのように描かれているのだろうと興味津々で観劇しました。

まず思ったのは「ツインリードヴォーカルみたいだなぁ」ということです。中川晃教さんのアムドゥスキアスと相葉裕樹さん(Wキャスト)のパガニーニによる歌のバトルが繰り広げられている印象でした。
お2人以外も歌唱力に定評のある方々がキャスティングされていて、それぞれに難しい楽曲に立ち向かっている印象。
音楽に聞き惚れるというよりはスポーツ観戦のようなハラハラドキドキ感。歌い切ったパフォーマーに「よっしゃ!」と言いたくなる感覚でした。
いますこし楽曲に華やかさがあるともっと楽しめるのになぁと思いました。

才能があるゆえに自分の不出来がわかるのは辛いだろうなぁ。それをわかってもらえず期待される辛さも。パガニーニが闇落ちしてしまうのはわかる気がしました。
芸術に身を捧げて限りない高みを目指すのはある意味で悪魔と契約するようなものかなぁ。
ほかには誰もたどり着けない場所に1人で居るのは孤独だろうなぁなどと思って見ていました。

契約関係を結んだアムドゥスキアスとパガニーニはその後芸術的な問題で相反し、芸術とは音楽とは創造とはということがテーマになるのかな?と思っていたのですが、アムドゥスキアスとの契約は既定の演奏回数に達したらパガニーニの魂を自分のものにする、演奏は私(アムドゥスキアス)のためにだけに演奏する、ということで、なんか悪魔せこくない?と感じてしまいました。いやいやそもそも悪魔ってそういうものなのかな。
アーシャ(有沙瞳さん)の練習のために弾くのはカウントされるのに、母親が歌っていた子守歌を舞台で演奏するのはカウントされないというロジックもよくわからんなーと思いました。論理的に抜けがあるからこそ悪魔なのかな。
中川晃教さんはノリノリで楽しそうだなぁと思いました。

音楽的には凄いなと思いつつ、戯作としては期待ほどの面白味はなかったかなぁ。
とくにモヤったのはパガニーニと母親テレーザ(春野寿美礼さん)の関係性の描かれ方です。悪魔と対比させる母親という属性だけで存在していて生身の人間ではないなぁ。
テレーザの子どもはニコロ(パガニーニ)1人ではないし、子どもらを食べさせ育てなくてはいけないという現実のためには打算も必要だっただろうと思うのだけど、そういうことは見ようとしないし描かないんだなぁと思いました。
パガニーニのコンサートを後方の安価な席で見ているテレーザが隣に座ったアムドゥスキアスにわが子ニコロへの母の愛情を示す場面にはうるうるしましたが、そこに至るまでのテレーザの描かれ方がモヤりました。
娘であればこういう見方はしないだろうなと。これは息子にとって都合の良い物語だなぁと思いました。

パガニーニのパトロンであるイタリアの女大公であるエリザ(元榮菜摘さん)もまた都合良く描かれた登場人物だなぁと思いました。
ナポレオン・ボナパルトの妹である彼女に取り入ろうとする人びとに囲まれ傲慢に振る舞うこと、パガニーニの才能を気に入って独断で宮廷楽長に任命したり彼を兄ナポレオンに会わせようとすること。
決して望んだわけではない途方もない権力と立場を得たことと、それと引き換えに失ったものを惜しみ苛立つ心境はとてもわかるなぁと思いました。
パガニーニとの無責任でわがままな人間同士の男女の関係も、なににつけても「ナポレオン・ボナパルトの妹」であることに心の奥底で傷ついていることも伝わる人物でした。
良識を逸脱して人から陰口を叩かれる行動は一種の自傷行為だなぁと。
しかし、こんな闇深い内面を有した女性を登場させながら、「愛するがゆえに」彼に黙って自ら身を退く人物として描かれていたのががっかりでした。
いえ彼女の気持ちは痛いほどわかりました。がっかりだったのはそのことに気づいているのはアーシャだけで、パガニーニにはすこしも響いていないこと。
彼女から与えられるものはしっかり享受していながら、彼女の存在が不都合になったら、彼自身は与り知らぬかたちで彼女自ら退場しパガニーニは無傷のままなこと。
これってけっきょく母親テレーザのときと同じだなと思います。
彼女はパガニーニが都合よく放埓な性愛関係をもつために登場させた人物で、パガニーニと作劇にとって無用になったら退場させる、それでいいと思っている脚本にがっかりでした。

アーシャについてもおなじです。
気ままな猫を気ままに可愛がるように愛玩動物としての存在だなぁと。
すこし優しく接するとオーバーアクションで喜びを表現し、邪険に扱ってもなお彼だけを追いかけてくる存在。
彼が社会的に無責任で自堕落な行動をとってもそこを責めないし(女性関係にも口出ししない)、自己問答代わりの対話相手にもなってくれ、窮地を脱するヒントもくれる。そういうところはイマジナリーコンパニオンに近いともいえるかな。
面倒なことは求めず、彼が得意なことについての教えを請い、無条件に励まし彼自身を肯定してくれるとても都合の良い存在。
アーシャ自身のためではなくパガニーニのために存在する、それがアーシャでした。

パガニーニ自身はそんな都合の良い人びとたちに囲まれてケアされながらその誰とも向き合っていない。
彼女たちの人生なんてどうでもよい。
女性たちだけではなく、執事のアルマンド(山寺宏一さん、Wキャスト)ともそんな関係だったと思います。
これはパガニーニの姿に仮託したテイカーを描いた物語だったのかなとモヤモヤが残る観劇でした。

CAST

中川晃教 アムドゥスキアス
相葉裕樹 ニコロ・パガニーニ(Wキャスト)
有沙 瞳 アーシャ(Wキャスト)
元榮菜摘 エリザ・ボナパルト
坂元健児 コスタ/ベルリオーズ
山寺宏一 アルマンド(Wキャスト)
春乃寿美礼 テレーザ

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