カテゴリー「♖ ミュージカル」の124件の記事

2024/02/03

怪盗紳士現る!

博多座にてミュージカル・ピカレスク「LUPIN~カリオストロ伯爵夫人の秘密~」の1月22日初日と24日マチネ、そして28日千穐楽を見てきました。

豪華なキャストとスタッフによるライトなエンタメ

華やかな出演者+小池修一郎×ドーヴ・アチアによる新作ミュージカル、果たしてどのような作品になるのかと思いましたが、豪華な演者とスタッフによる遊び心満載のライトなエンタメというかんじの作品でした。
名場面やあっという仕掛けがあるという訳ではなく、演者のパフォーマンスを愉しむ趣向で面白かったです。
「純潔」連呼とか女性参政権運動の描写などは感覚が古い気がしてどう受け止めたらよいのか戸惑うところもありました。

私は古川雄大さん目当てで見に行ったのですが、私が見たかった古川君とはちょっと違ったかな。ミステリアスなゴシック・ロマンス的な雰囲気を期待していたのです。ご本人はとても楽しそうに演じられていて、だんだんと見ている私も愉しくなりました。
ほかの演者の皆さんも楽しそうで、これはそういうところを面白がって見る作品なんだなと思いました。

真彩希帆さんのクラリス最高

劇中でいちばんツボだったのは、真彩希帆さん演じるクラリスです。
3階から躊躇なく飛び降りたり、自分をめぐって美男2人が戦うのを目を皿のようにして見物してたり、特段活躍したわけでもないのに「財宝は君のものだ」と言われたら遠慮なく受け取っているのも、挙動のいちいちがツボにはまってしまって、クラリスいいわぁと思いました。
なにより彼女には未来に目的があるのがいいなと思いました。夢を叶えるにはお金が必要なのです。
ロマンスを夢見たりもするけれど恋愛依存ではなくて、自ら責任のあるポジションに就いて自分の人生を歩んでいるのが凄く好きでした。
原作とはちがってこのクラリスなら長生きしそう!きっと幸せになりそう!と見ていて楽しくなりました。
どのみちルパンはアバンチュール(冒険)をやめられないのだから、クラリスも自分がやりたいことに夢中になるのがいいよねと。
真彩希帆さんの明るい個性が活きている役でした。もちろん歌は抜群。

柚希礼音さんと真風涼帆さんのカリオストロ伯爵夫人

カリオストロ伯爵夫人ことジョジーヌ役は柚希礼音さんと真風涼帆さんのWキャスト。
柚希ジョジーヌは博多座公演は初日の1回のみの出演でチケットが手に入るかドキドキでしたが、幸運なことに見ることができました。
スワローテールを翻してルパンと踊ったり、ドレス姿でルパンにタンゴを教えたりするミステリアスな悪女で、華と存在感が半端ないちえさん(柚希さん)にピッタリの役だなぁと思いました。柚希ジョジーヌを見終わった後は、同じ役を真風さんが演じるのが想像ができないなぁと思ったのですが、真風さんは真風さんでまったくタイプの異なる色香の漂う魅惑的なジョジーヌでした。
柚希ジョジーヌはモーションが大胆でどこにいても目を惹くセレブリティなかんじで、真風ジョジーヌはどの角度から見てもエレガントなマダムな雰囲気がありました。
なにより2人ともとても大部屋俳優には見えません。ゆえによくも化けおったなぁと思いました。才能ありすぎ笑。

立石俊樹さんのボーマニャン

「世界をこの手に」と歌ういかにも小池作品の悪役らしいボーマニャンは博多座では立石俊樹さんがシングルで演じていました。
キャスト発表の時にいちばん驚いたのがこのボーマニャン役のお2人(もう1人は黒羽麻璃央さん)でした。ルパンよりずっと年上なイメージがあるボーマニャンに若手俳優さんがキャスティングされていたので。
ですが舞台を見ていたらすでにルパンは怪盗紳士として世間に名を馳せている設定だったので(20歳そこそこの若造ではない)合点がいきました。
小池作品らしく、古川ルパンの美しき敵役がボーマニャンという設定なんだなと。
立石俊樹さんは去年の「エリザベート」のナルシスティックに悩めるルドルフ役がお似合いの役者さんという認識だったので、ボーマニャン役で躊躇のない悪役を活き活きと演じられていてさいしょはびっくりしました。
さらにどこから湧いて出たのか怪しい手下たち(黒鷲団)を率いて「俺はルシファー 神に見放された・・」と歌いだしたときは、どどどうした?!と頭がついていきませんでした。いきなりそんなあなた。いったい過去に何があったのかと彼の過去が気になりすぎて初見はその後のストーリーを見失いかけました。
全編を通してかなりクラリスに執着はあるのだけど、でもそれは恋とか愛情とかではなさそうで、ではなぜ?と私なりに考えた結論としては、自分が大好きゆえにクラリスが自分を選ばない現状が受け入れられないのではと。そのクラリスが選んだ相手であるがゆえにルパンに対する敵対心も強烈なのかなとも思いました。自分をないがしろにするルパン(認知のゆがみ)を叩きのめさないと生きていられないのかなと。
エギュイーユ・クルーズでの古川ルパンとの決闘シーンはとてもカッコよくて見入ってしまいました。うん、絶対にあるべきシーンだなとしみじみ思いました。古川雄大さんと立石俊樹さんがキャスティングされている意味をしっかりと回収していたなと。
ボーマニャンが行動してくれなかったらクラリスの愛よりアバンチュール(財宝発見と伯爵夫人の誘惑)に奔った挙句にまんまとしてやられて無様を晒すところだったルパン。歪で華やかな敵役として、主人公の面目を保つ役割を果たしたボーマニャンは最後まで良い仕事をしていたと思います。

加藤清史郎さんのイジドールと小西遼生さんのホームズ

イジドール・ボードルレ役の加藤清史郎さん、非の打ち所がない良い役者さんでびっくりでした。
歌も良いし間も良いしセリフも明瞭だしすばしっこい身のこなしも・・ホームズ役の小西遼生さんとガニマール警部役の勝矢さんとの連係プレーもいつも面白くて信頼を寄せて見ることができる役者さんに出遭ったなぁと脳内メモリに記録しました。
小西遼生さん演じるシャーロック・ホームズは、ルパンシリーズに出てくるホームズ(ショルメ)よりかはドイルの原作に近い気がします。ベーカー街221Bのワトソンに電報を打っていたりしてましたしコカイン常用など本家のホームズに通じる符号が。自分を出し抜く悪女に惹かれるところも本家ホームズっぽいかなぁと思いました。
でもおマヌケなかんじは本家とは別物で、いつのまにかイジドール君とコンビとなっていて面白かったです。ルパンを永遠のライバルと見做して自らの女装についてもルパンとのクオリティの差を検証しているところとかも小西さんがいい味を付けていてくすりとさせられました。
クラリスとルパンの愛の抱擁を阻む自分勝手な決闘宣言も、クラリスといっしょに『え?』となりました笑。でもたしかに見たいルパン対ホームズ笑。本家ではボクシングにフェンシングの名手で日本武術にも通じているし、ルパンもボクシングと日本武術の使い手ですしね。
ルパンが主役だから勝利はルパンのはずと見ていたら、いいかんじに投げ飛ばされて・・大団円への布石、古に張られた仕掛けを回収という超重要な役割を果たすんですね。毎回ちゃんとあの位置に飛ばされるの凄いなぁと感心しました。

古川雄大さんのアルセーヌ・ルパン

古川雄大さんのルパン、登場は腰の曲がった考古学者のマシバン博士で声もおじいさん、デティーグ男爵家の夜会ではアメリカ帰りの実業家ヴァルメラで若干声が高めなキザ男、アジトでの本名のラウール・ダンドレジーの時はピュアな青年のよう、赤毛の新聞記者のエミールは腕まくりのあまり冴えない風貌で、カンカンダンサーのアネットの時は声もうんと高くてしぐさも可愛い女の子になりきり、そして伯爵夫人の誘惑をためらいもなく受け入れるアルセーヌ・ルパンといくつもの顔を見せていました。
母親のアンリエットのような清廉な令嬢タイプを前にした時だけ、クラリスが感じた少年のような純粋な人格が顔を出すのかも。とはいえアルセーヌ・ルパンの人格でいる時間の方が長いし、それ以外のさまざまな人格にも変貌してしまうし、ラウールでいる時間はほんのつかの間のような・・。
このルパンとクラリスが今後もおつきあいするなら、そのつかの間を愛して、それ以外の時は自分がやりたいことに夢中になっていたほうがクラリスらしくいられるよ、とおせっかいなことを思いました。
ルパンもきっとそんなクラリスが好きだよねと。アバンチュール(冒険)は絶対にやめられそうにないから。
クラリスもルパンの女装にすこぶる協力的だったり(彼が歌えないキーを舞台裏で歌ってあげてるし)、面白いことには前のめりですよね笑。ルパンの冒険譚も面白がって聞いていそう。悲劇が似合わない2人でとても素敵だなと思いました。

その他キャストと千穐楽カーテンコール

そういえば、フレンチカンカンの場面、女性参政権運動のご婦人方とフレンチカンカンのメンバーを合わせると女性キャストの人数が足りなくない??と不思議に思っていたところ、カンカンに男性キャストも混じってる??と気づいたのですが、女性参政権運動のご婦人方にも男性キャストが混じっていたんですね。いやちょっとそんな気配は感じていたのですが・・汗。
カッコイイ黒鷲団にも女性がいて、皆さんなんでもできて素敵だなと思いました。
そして20世紀騎士団は良いお声の持ち主にしかボーマニャンさんの入団許可がおりないのかなと。秘密のお話のはずなのに皆さん声が通り過ぎ・・笑。

千穐楽のカーテンコールでは最初から客席スタオベで、挨拶が長くなることを見越して古川君が着席を促したら、その横でぺたんと舞台上に座ってニコニコ古川君を見上げていた真彩希帆さんと小西遼生さんが可愛かったです笑。こんなお茶目ができる雰囲気のカンパニーなんだなぁと思いました。
そして千穐楽の1月28日はクラリスのパパ、デティーグ男爵役の宮川浩さんのお誕生日で還暦を迎えられたそうで、カーテンコールでは舞台と客席の皆でバースデーソングを歌いました。
宮川さんが帝劇の舞台に初めて立ったのが36年前、古川君が生まれた年だそうです。今年生まれた子が帝劇の舞台に立つまで自分も舞台に立ち続けると古川君が決意表明をされていました。
そんな古川君曰く『エモい』お話の流れから急に話しを振られた立石君、宮川さんへの思いをしっかりとお話されてて古川君的には苦笑だったようでした。(突然だから辞退されると予想されていたようです)
古川君のツッコミもよくわかってないようで場を『かっさらって』いた立石君、さすがだなぁと微笑ましかったです。舞台ではあんなに闇落ちしているボーマニャンを演じていた彼の素の雰囲気、そして宮川さんへの思いを知れて個人的には嬉しかったです。
こんなに和気あいあいとしたカンパニーで何か月も過ごして来られたのだなぁと思いました。

博多座の後は公演最終地で古川君の故郷でもある長野での公演が控えています。
公演日程発表時には長野公演に行く計画も立てたのですが、あれよと言う間に完売で諦めました。(真冬の公演でなければもっと真剣に計画したのに・・と思っていましたが長野公演千穐楽の配信が発表されて良かったです)
佳き大千穐楽を迎えられますように。

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2023/12/19

未来と引き換えに今を得たんだ

12月13日と14日に東京芸術劇場プレイハウスにてフレンチロックミュージカル「赤と黒」を見てきました。
今回は2泊3日で3演目の観劇旅行でしたので駆け足で感想を残しておこうと思います。

このフレンチロックミュージカル「赤と黒」は、主人公のジュリアンの生い立ちには触れられず、ナポレオンについてや世情についてもざっくりとしか言及されていないので、セリフや演者の表現からそれらを感じ理解していくことになるのですが、今回見た梅芸版ではジュリアンのセリフの中にあった「身の程知らず」という言葉がすべてに繋がっているようだと思いました。

ジュリアンはこの「身の程知らず」という言葉を幼い頃から何百回と言われて来たのではないかなぁと思いました。
本を読んでいるのが見つかった時、ラテン語を学んでいるのを知られた時、ふと憧れを口にした時、なにかに立ち向かおうとした時、等々。
なにをしても「身の程知らず」という罵倒がついてまわるそういう生い立ちを背負っている青年なんだなぁと。
それゆえ口を噤んで野心は心の奥底に秘め、注意深くそして誇り高く生きているんだなぁと思いました。
「身の程知らず」が原動力でもあるのかなと。それを実行していくことが。

町長家の家庭教師になること、町長夫人ルイーズと恋愛関係になること、由緒ある侯爵家の秘書となること、高慢な侯爵令嬢マチルドと恋愛関係になること・・ジュリアンにとってはどれもが「身の程知らず」な行いになるかと思います。これらのみならずジュリアンにとっては望むことすべて、生きることすべてが「身の程知らず」と思えるのかもとも思います。

そんなジュリアンが成し遂げた最高の「身の程知らず」が、真実ルイーズから愛されたという実感なのでは、と思いました。
騎士(シュヴァリエ)の称号を与えられ貴族に連なりラ・モール侯爵家の一員としてそののちも地位を上り詰め権力を手にすることのほうがよほど「身の程知らず」な野心に思えますが、ジュリアンにとってはそれと同等かそれ以上に「真実愛される」ということに価値があったのかなぁと、独房を訪ねてきたルイーズとの美しいシーンを見ていて思いました。
愛されなかった子どもが、いまこの瞬間満たされたのだなぁと。

ラストシーンは納得のようなせつなさのようななんともいえない感情を味わいつつ、作品全体から、いまもなお「身の程知らず」という概念が存在する世界への若い人の憤りのようなものも感じました。
それがこの梅芸版からうけた独自の印象でした。

東京芸術劇場プレイハウスに行くまで

フレンチロックミュージカル版の「赤と黒」は、礼真琴さん主演の宝塚歌劇星組版Blu-rayをお買い上げしてしまうくらいその楽曲が好きだったので、梅芸版の上演が発表され主演のジュリアン・ソレル役が三浦宏規さんと知ってこれはなんとしても見に行きたいなと思いました。
公演日程を確認すると梅田芸術劇場ドラマシティ公演が1月3日~9日。東京芸術劇場プレイハウス公演が12月8日~27日。
常なら関西公演に行くところですが、お正月休みは家族の帰省に対応しなくてはいけないし、お正月休み明けは有給も取りにくいので無理。
ということで、12月に人生初の東京芸術劇場に行く決意をしました。

蛇足ながら池袋は20年以上まえにサンシャインシティの某同人誌即売会に行ったのと3年前にヅカ友さんに某元ジェンヌさんのコラボカフェに連れて行ってもらったことがある程度という極めて不案内な状態でした。
池袋駅の改札を出てふと、3年前に案内してくださった方が「西口にあるのが東武百貨店、東口にあるのが西武百貨店」とおっしゃっていたことを思い出したことが、本当に役に立ちましたです涙。
あれがなかったら見当違いの方向に進んでいたかも。
ひたすら「TOBU」というロゴを横目に見て自分を励ましながら地下通路を進んで無事に劇場にたどり着くことができました。

演出他について

私にとってフレンチロックミュージカルの愉しみは、心躍る楽曲とそれを活かすヴォーカルとダンスのパフォーマンスです。
その点で礼真琴さんは最高。
そして三浦宏規さんもその歌唱力としなやかなダンスパフォーマンスできっと満足させてくれるにちがいない!と期待でいっぱいで観劇しました。

13日のソワレは席が1階前方の超端っこ。隣の席には布が掛けられていました。(見切れになるからかな?)
スピーカーが近いせいか音のバランスが悪くて、いまいち気持ちがのれませんでした。(心臓が圧迫されるような圧が・・)
ていうか三浦宏規さんの登場が思ったよりも少ない??
脳裏に宝塚版が残り過ぎて、自分で勝手に盛り上がろうとしたところで逸らされてしまう感覚に「え?」っとなってしまったりというのもあります。
演出がちがうのだから盛り上げる箇所がちがうのも当然なんですけど、初見はそれに適応できずもっと楽しめるはずなのにおかしいな?と不全感に陥ってしまっていたみたいです。

14日はとちり席のセンター。これはもう最高でした。
我ながら現金ですが前日の感想撤回でとても楽しめました。
音のバランスもよかったですし、アンサンブルの方たちのダンスパフォーマンスもそのセンターで踊る三浦宏規さんも正面から見るとその凄さがよくわかりました。
メインキャストが舞台中央の扉から登場してパフォーマンスがはじまる演出が多いので前日はそれが見えていなかったのだということに気づきました。
やはり何にも勝るセンター席です。
前日に一度観劇しており宝塚版との違いを体験できていたことも大きいのかもしれません。

宝塚版と梅芸版を両方見たうえで思うのは、宝塚版はキャラクターを象徴的にわかりやすく強調していたのだなということ、舞台美術や演出も上下奥行きを存分に使いダイナミックに派手にしていたのだなということです。
年齢層の偏った女性だけで演じる舞台なので美術、装置、衣装、メイクで演者を盛ることが求められるからだと思います。(宝塚ならではの裏方さんの力が不可欠)

対して梅芸版は舞台美術もシックでシンプル、衣装も落ち着いた色合いのコートやドレスで、自身の演技力で勝負する役者さんを引き立てるようになっているのだなと思いました。
シックだった壁がダンスパフォーマンスになると瞬間で深紅に変わったり、マチルドのキュートなドレスが彼女の動きでウエストあたりの素肌が見えたりと、細かな部分の意匠がキャラクターやパフォーマンスを光らせるのが素敵でした。
敬虔なレナール夫人の人柄を表現したような質素なドレスも夢咲ねねさんのスタイルの良さを引き立たせて見惚れる美しさで作品の上で納得でした。ジュリアンが知らず知らず惹かれ、ヴァルノ氏が羨みレナール氏が自慢に思う夫人なんだなぁと。

歴戦の巧者を集めたキャスト陣なので皆さん1人で場面を持たせられるし動かせる。役者さん自身のキャラクターもとても濃くて芝居部分はストプレを見ているようでした。
と思っていると内心を吐露するロックナンバーのヴォーカルがはじまる・・という感じで初見はそれも世界観に没入し難かった理由かもと思います。
方向性が見えなくて自分だけ置いて行かれたような心地になってしまったのかなとも思います。しかしその方向がわかって見ると個々のエネルギーの凄さとその集合体の素晴らしさに心躍りました。

まったくの私の主観ですけども、13日ソワレと14日マチネでは客席の雰囲気も異なっていた気がします。その雰囲気を察知する能力に長けた役者さんが13日ソワレは客席の反応を呼び起こすためにちょっとばかりやり過ぎなところがあったのではないかなと、14日マチネのすべてが転がるように滑らかに物語世界に引き込まれる舞台を見て思いました。

CAST

三浦宏規(ジュリアン・ソレル) あの愚直で熱い「キングダム」の信だった人とは思えないほどすっとしていて大人しそうで、でも内になにを秘めているかわからない複雑な雰囲気を醸し出すジュリアンでした。(体型まで変わった??) 打って変わって抑えていた思いを爆発させる歌とダンスでは熱い内面の葛藤を激しく表現していて心奪われました。もっと歌って踊ってほしかったなと。
夢咲ねね(ルイーズ・ド・レナール) 一見敬虔そうでお淑やかな中流階級のお手本みたいな女性っぽいけれど内には激しい面も持ち合わせているのがよくわかるレナール夫人でした。密告書を全否定でバシバシとレナール氏に指示する場面が好きでした。シンプルなドレスの立ち姿や身のこなしの繊細さはさすが。獄中のジュリアンとのキスはキラキラの粉が舞い落ちていました。
田村芽実(マチルド・ド・ラ・モール) 2幕冒頭の可愛いのにお下品な顔芸のダンスパフォーマンスがとっても好きでした。ジュリアンが窓から入ってくる時の「コケるとこだった」「コケてたじゃない」は毎回?アドリブ?プライドは高いけれど不安定な心が痛々しくていいなぁ。この公演にはなかったけれど処刑されたジュリアンの首を抱えて接吻するシーンも見てみたかったです。終演後に若い観客の方が「めいめい、また幸せになれなかったね」と話していらして「うんうん、ほんとに」と思いました。
東山光明(ムッシュー・ド・レナール) ブルジョワ(中流階級)の滑稽さと悲哀を象徴するとてもスノッブな人物でした。でも小説(舞台)じゃなかったらそんなに侮られる人物じゃないだろうになぁ。名士であるために努力してて、それが家族の幸せにつながっているのだし、現実を生き抜くって大変なことだよねぇと彼なりの思いを歌うナンバーに「うんうんわかるよ」と思いながら聞きました。原作者に意地悪されている人だなぁと思いました。
川口竜也(ラ・モール侯爵) ラ・モール侯爵とマチルドを見てマチルドは「父の娘」なんだなぁとつくづく思いました。「パパみたいになりたい」シシィのように。父の価値観を内含し、よりそれを尖らせていく娘。それによって父を喜ばせ父に可愛がられ自尊心を満足させるもその「蜜月」は永遠には続かず、世間的に結婚させようとする父親に戸惑う。父が尊ぶ価値観に沿って俗物たちを見下して永遠に愛されていたいのにそこから切り離そうとする父への失望と抵抗、いら立ちが2幕冒頭のマチルドの尊大な態度なんだろうなぁと。それを甘やかす父ラ・モール侯爵。もうねーと思いました。そんな父が誉めるジュリアンに関心がいくのは当然。娘が自分から離れていくことを嘆いていたけれど、違う違う裏切ったのはそちらが先ーと思いました。いかにも娘に愛されそうな無自覚に罪深いパパでした。
東山義久(ジェロニモ) あやしい、踊るとカッコイイ、妙な存在感のジェロニモさん。客席とのやりとりも担当。2幕のはじまり、14日マチネはお客さんの反応がよくて嬉しそうに見えました笑。もっとジュリアンと絡むのかなと思っていましたがそうでもなかった? 神学校のくだりがないので、パリで著名なジェロニモさんがジュリアンをラ・モール侯爵に紹介する役割なんですね。飄々としているけれどジュリアンの立場をいちばん理解している人なのかな。ジュリアンの死、ジュリアンの生き方に感銘を受けてもいるように思いました。そしてどう思うかと観客につきつけてもいる・・。
駒田一(ムッシュー・ヴァルノ) テナルディエだ。いやいやヴァルノさんだ。あ、テナルディエ。ちがうヴァルノさん。を心の中で何回も繰り返してしまいました笑。ジュリアンの運命を狂わせる策謀家なんだけど悪者とまでは言えないのかなぁ。嫌なやつではあるけれど。おそらくブルボン朝~フランス革命~ナポレオン時代~王政復古~ナポレオンの百日天下~第二次王政復古と怒涛のような時代を生き抜いている人だからこそ、自分の才能や立場を鑑みてなりふり構わず足掻かなくては生き残れないと悟っているのかな。ヴァルノ夫人(遠藤瑠美子さん)とのナンバーがなかなか難曲そうでしたが流石でした。

エリザ役の池尻香波さんもとても気になりました。これから活躍される方なのかな。

思い切ってはじめての東京芸術劇場まで出かけてよかったなぁと満足の観劇となりました。

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2023/11/12

みんながhappy!

10月31日と11月2日に博多座にて宝塚歌劇星組博多座公演 「ME AND MY GIRL」を見てきました。
この公演は主役のビルと遺言執行人のジョン卿を、専科の水美舞斗さんと星組2番手の暁千星さんが役替わりで演じていました。
10月31日の観劇はソワレで水美舞斗さんビルの千秋楽、11月2日は大千穐楽で暁千星さんがビルを演じていました。

お二方とも初日に比べると余裕綽々。アドリブも満載でした。
11月2日の千秋楽では次回大劇場公演「RRR」のPRがチョイチョイ入っていて期待を膨らませました。
どちらのビルもパーティのレッスンの場面などで小桜ほのかさん演じるディーン公爵夫人マリアに対していく通りものアドリブを仕掛けて思わず公爵夫人も笑いそうになっていました。

暁さんビルは公爵夫人が目を離した隙に机の下にするりと隠れてしまいました。落ち着きのないビルならやりそうです。
急に消えてしまったビルに小桜さんは内心とても焦ったようですが、公爵夫人としてビルを探し心配し叱責していた小桜さんはさすがでした。
小桜さんの公爵夫人は怒っていてもどこか可愛らしいところがあるのですが、急に隠れてしまったビルにプンプンしながらもちゃんと舞台にいたことに内心ほっとしている様子もうかがえてさらにチャーミングさが増していました。
ジョン卿が30年以上愛し続けた理由がよくわかりました。
私も公爵夫人がさらに好きになりました。

この博多座公演でビルの役替わりという世にも稀なものを見ることができましたが、演じる人によってこんなにも印象が変わるのだなぁとあらためて思いました。
多動で落ち着かなくて礼儀知らず、でもその人間的な魅力で人々を巻き込んでしまう水美ビル。
危なっかしくて悪戯っ子、内省的で人々との関わりによって気づきを得て変わっていく暁ビル。
そんな印象をうけました。

「私が考える理想のビル」にしっくり合ったのは水美さんですが、暁さんビルと舞空瞳さんサリーの対はこれはまた「私の理想の一対」で、けっきょくどちらも好き❤というのが結論です。

舞空瞳さんはこの個性の異なる2人のビルとそれぞれに心を通わせて、はつらつと陽気に愉快に登場し、健気でせつない心情を歌にのせ、最後はメイフェアレディに大変身というヒロインのサリーを魅力いっぱいに演じていてとても素敵でした。
泣きそうなのに「笑ってるのさ」と言うときのお芝居などなど、本当に表情ゆたかで見ていて胸がきゅんとしました。

ジェラルド役の天華えまさん、ジャッキー役の極美慎さん、パーチェスター役のひろ香祐さん、ジャスパー卿役の蒼舞咲歩さん・・と役のひとりひとりが予想以上にクオリティの高いパフォーマンスで最高にたのしかったです。

それから輝咲玲央さんが演じたヘザーセットがもうこれぞ英国貴族の邸の執事!という感じがして内心たいへん興奮しました。
口には出さないけれど目がものを言っているところとか。目に映る人物ひとりひとりについて、尊敬、愛情、侮蔑・・等々思うところがあるようだけど、それを匿しつつ慇懃な物腰で余計なことは一切言わないかんじがとてもプロフェッショナルで好き❤と思いました。

そういえば、ふつう支配階級の人は邸の執事のことは敬称なしで姓を呼ぶと思うんですが、ジャッキーは彼を「チャールズ」とファーストネームで呼んでいたのが、なにか意味があるのかなと気になりました。邸の人間ではないから? 世代的なもの? なぞです。
それからアドリブだったのか、誰かが「チャーリー」と呼んでいたようにも思います。
(ミーマイは次々に物語が展開していくので思考を止める暇がなくて記憶が曖昧になります・・汗)

あんまりヘザーセットが好きすぎて彼の周辺、彼の反応だけを見ていたい気持ちも湧きましたが、そんなことは無理!(登場人物ひとりひとりが面白くて目が足りない!)
でも叶うなら「ヘザーセットの一日」とか「ヘザーセットの一週間」とか彼の目線でお邸の人々を見てみたいです。
(スカイステージでやりませんか?)

ところでプログラムによると舞台はメイフェアのヘアフォード家の邸宅ということらしいのだけど、冒頭で招待客がトランクを積んだ車に乗り込んでヘアフォード邸での休日の滞在を楽しみにしていると歌っていたり、彼らが領地内でクリケットやテニスやガーデンパーティをしていたり、ビルが狩りや乗馬をしていること、階下にたくさんの使用人がいること、領地内にパブがあることなど(パブの客がビルのことをご領主様と呼んでいる)を見ると、舞台となるお屋敷「ヘアフォード・ホール」はロンドンの邸宅(タウンハウス)ではなくてロンドンから車で小一時間くらいの郊外のカントリーハウスだと思うんです。
たとえば「ダウントン・アビー」に使用されたハイクレア城みたいな。

上級階級といっても皆が皆、カントリーハウスを所有しているわけではないと思いますし、時代的(1930年代)にもカントリーハウスは手放してロンドンに常住している貴族も多いと思うんですが、ヘアフォード伯爵家は領地とそこに歴史ある屋敷を所有している由緒正しい貴族ということだと思います。

その継嗣が他人のポケットからモノを掏るのが特技というランベス育ちでコクニー訛りの行商人ときては、反発が強いのが本当だと思うんです。
ジョン卿が難色を示すのは当然だし、ジェラルドが繰り返しビルの訛りについて言及し我慢がならないと口にするのもまあそうだろうなぁと思うのです。

ですが、ビルの信じられない無作法さを見ても兄の息子なら伯爵に相応しい紳士になる(血筋が必ずものを言う)と公言する公爵夫人も凄いし、お金持ちの伯爵であれば無作法さは不問にできるジャッキーも凄いと思いました。
2人ともとてつもなく器の大きい寛容な心の持ち主なんじゃ・・? それこそ血筋?

ジャッキーのような英国の上流階級の娘にとって爵位と財産がある貴族の長男と結婚できるかどうかは人生の最重要課題。
なりふりかまわず「自分のことだけ考えて」行動するのは至極当然で、現代の受験や就活以上に一生を左右するシビアな問題なのですよね。
自分の力を100%発揮して幸福を掴もうと努力する心意気は立派だと思いました。
こんな彼女ならおそらくこの先の世界の変化にもついていけそうな気がします。仕事に就いても成功しそうです。

ビルだって「伯爵家を継ぎ愛するサリーと結婚してハッピーエンド」のその先は・・その領地やお屋敷を維持していくのはかなりの困難になりそうな時代です。
数年後には第二次世界大戦が勃発しますし英国もこの先いろいろな問題が待ち受けているわけで。
などど、ついつい暗いことも考えてしまいますが、ビルならなんでもやれそうだし、職業を持つことにも抵抗がないだろうし。セールスなんてお手の物じゃないかなと思います。
この時代にビルを第14代伯爵として迎えたことはヘアフォード家にとってなにより幸運といえるかもしれないなぁなんて想像しました。

サリーもジャッキーもたくましくて頼りになりそうです。
2人でメイフェアにブティックを共同経営したりしてたらいいなぁ。
あ、たぶんジェラルドは働いていないと思います・・笑。
でも彼は彼でなんとなくそこにいるだけでいいような・・誰かの対話の相手であったり時代を共有する仲間であったり、その存在が関わる人の安らぎになりそうだなと思います。なにより突っ走るジャッキーを引き留めたりは彼にしかできない役割じゃないかなと。

そんなふうに時が経ってもみんながハッピーでいたらいいなぁと想像しています。

2023年の10月に博多座でこの星組公演「ME AND MY GIRL」を見れたことはずっとずっと私の大切な思い出になると思います。

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2023/10/23

離さないよこの手を‥

10月9日と13日に博多座にて宝塚歌劇星組公演「ME AND MY GIRL」を見てきました。
この公演は、主人公の下町育ちの青年ビルと遺言の執行人である貴族の紳士ジョン卿を、専科の水美舞斗さんと星組2番手の暁千星さんが役替わりで演じるのですが、それぞれの初日を見ることができました。

それぞれの初日

10月9日の正真正銘の初日。
きっと出演者全員が緊張していたことと思います。(開演に先立って理事長の挨拶もありましたし)
けれどそんなことを微塵も感じさせない素晴らしい舞台で、ミーマイってこんなに泣ける作品だったっけ?と驚きでした。

カーテンコールの水美さんの挨拶で、開演前にサリー役の舞空瞳さんと顔を見合わせて泣きそうになっていた話をされて、えっそうだったのかと思いました。
ハットトリックも懐中時計の出し方もとってもスムーズでステップも軽やか、これが初日かと思うくらいだったのに。
でも言われてみると、水美さんは緊張するとテンション高めに陽気になる人なのかも。
それが、じっとしているのが苦手で片時もなにかしていないといられなくて人をからかったり悪戯をしたりと表面上はふざけている(ふざけるしかない)けれど、本当はとても考えていて心優しいビルという人物造形と重なって、物語の本質をわかりやすくしていたのかもと思います。

逆に暁さんは緊張するとおとなしくなるタイプなのかなと思いました。
10月13日の役替わり初日では、さいしょのうちは少々ぎこちなさも感じましたし段取りが大変そうだなとも感じました。でもまっすぐにサリーを愛するビルでした。
敵わない相手にも真正直に打ちのめされて傷ついても一途にサリーを愛する健気なビルが涙を誘いました。
対立する公爵夫人やジョン卿に対しても無意識に甘えているところがあって、それがチャーミングだなぁと思いました。彼らが次第にビルを愛していくのがよくわかりました。
そんな彼に別れを覚悟した公爵夫人が呼び掛けた「ビル」がとても心に沁みました。

わかりやすい演出

以前のヴァージョンと比べて物語がとてもクリアになっているように感じました。(以前のヴァージョンって一体どれやねんですけど)

記憶ですと執事のヘザーセットあたりの英国らしい慇懃なセリフがあったと思いますしビルももっと無礼なことや皮肉を言っていた気がしますが、今回の公演ではそのあたりが控えめになって物語の核心を追いやすく、セリフやナンバーの一つ一つが心に沁みました。
ミュージカルコメディなので笑いも大事なのですが、今回はテーマを人が人に持つ愛にフォーカスしていたのがとても効いていたと思います。

英国の貴族社会の奇妙さや労働階級との対比が滑稽に描かれていることがこの作品の面白さでもありますが、本国では常識でも日本ではあまり知られていない事柄をネタにしたものやサリーたちが話しているコックニーについてなど、日本語で演じるにあたって何を削って何を残すか、どう表現するかは大事かなと思います。

また初演の頃は問題視されなかった差別的なジョークなどはカットが正解だと思いますし、宝塚歌劇は観客がオトナなリアクションを取りづらい演劇でもあることも踏まえての取捨選択も必要かと思います。
再演を重ねるごとにそういった部分が洗練されていくのか、今回は細かなところで引っ掛からずに観劇できました。
(ジャッキーのラスト近くのアレはギリギリかなぁ・・)

そのほかに「ONCE YOU LOSE YOUR HEART」をはじめ、以前から訳詞がおかしいとの指摘がある作品ですのでそこはどうするのかなと思っていましたが、そのままの歌詞で歌われていました。
今回は焦点を人と人との愛情に絞って、それ以外のところに引っ掛かりをつくらない芝居が功を奏したといいますか、各登場人物の心情に心を動かされる作品になっていたので歌詞に違和感を持たずにすみました。
原作に忠実というより歌詞に合わせた宝塚版らしい心のやりとりの作品になっているなと思いました。

ザ・ミュージカル

メインの3人(水美さん、暁さん、舞空さん)が現在の宝塚でも屈指のダンサーであることはもちろん知っていましたが、やはりダンスシーンは期待以上に素晴らしかったです。
また、この3人だけでなくアンサンブルもダンサー揃いなのにびっくりしました。
「街灯によりかかって」でビルの両サイドの男役さんたちのダンス。そのあとの娘役さんたちも加わったダンスシーンはとても素敵で、わぁミュージカルだー!と心躍りました。
主題歌のタップダンス、「ランベス・ウォーク」、「太陽が帽子をかぶってる」、公爵夫人とご先祖様たちの「ヘアフォードの歌」、ビルとジョン卿の「愛が世界を回らせる」どのダンスナンバーも愉しかったです。
ダンスだけではなくて歌も素晴らしくて、お屋敷の階下で使用人たちが歌う「英国紳士(English Gentleman)」のコーラスは気持ちがよかったです。
「ヘアフォードの歌」の公爵夫人マリア役の小桜ほのかさんにも聞きほれました。
総じて歌・ダンスのレベルが高いことも観劇後の満足感の高さにつながっていたと思います。

舞空瞳さんのサリー

舞空瞳さんが演じるサリーは、まず登場でたいへん元気でガサツな下町っ子という風情を前面に出していて、その後の物語の流れにメリハリをつけていてとてもよかったです。
ビルとの阿吽のやりとりに深い愛を感じました。
最初の印象とかちがい、じつは学校でもよく学んでいて、でも自分の境遇もよくわかっていてそれに相応しいふるまいをしている、とても聡明な女性なんだな思いました。
生まれ育った町を受け容れ、その町でビルと一緒に愛を育んで生きていこうと最善を尽くしているところだったのだろうに、いきなりその柱であった愛するビルがかけ離れた世界の人間になってしまった。
愛するビルに最良の人生を送ってもらいたい、そこには自分の居場所はないのだと自覚していく流れがとてもせつなかったです。

キャスト

ビル・スナイブン(水美舞斗/暁千星) 水美舞斗さんのビルは次から次へと思いつくものを口にするような落ち着きのなさがいかにもコメディアンらしいビルだなぁと思いました。するりと懐中時計を差し出すタイミングも絶妙。いつもひとをおちょくって馬耳東風みたいな彼が実は心の奥では傷つき真摯な思いを秘めていることがわかるところのギャップがよかったです。サンドイッチのハムの比喩の身の置きどころないせつなさが無性に沁みました。サリーが幸せでないと彼も幸せでいられない魂の結びつきを感じました。「街灯によりかかって」の後ろ向きのステップがとても洒脱で思わずステキ!と心で叫びました。
暁千星さんのビルは隠し事ができない真正直さが見えるビル。笑顔で振り払いながらもヘアフォード家の人々の言葉が刺さり揺れ動いているのが見えるビルでした。サリーと生家の人々両方のために最善を尽くしたいけれどどうしたら良いのか混乱した彼がせつなさといろんな形の愛を受け取りながらアイデンティティを再構築していく物語に見えました。サリーが笑うと彼も輝くサリーの表情が曇ると彼も曇る合わせ鏡のようなサリーとビル。「街灯によりかって」の幻想のデュエットダンスが夢のような2人でした。

サリー・スミス(舞空瞳) 登場時のインパクトがとても強いサリーでした。それは愛するビルのキャラに合わせたものなのだ、見かけよりずっと聡明な娘なのだとわかると懸命にガサツにふるまっている彼女がいっそう愛おしかったです。
それからフィナーレです。こういうフィナーレを見てみたかった!と思いました。ラインダンスのレディルージュ、そしてデュエットダンスの前のソロダンス、存在感が素晴らしかったです。水美さんとのペアの時のピンクのドレス姿の可愛らしさ、暁さんとペアの時のアイスブルーのドレス姿の気品。うっとりでした。

ジョン・トレメイン卿(水美舞斗/暁千星) 水美さんは頼りない感じがチャーミング。優しさと包容力を感じるジョン卿でした。ビルに向ける瞳もサリーに向ける瞳も温かくて、この瞳で何十年もマリアをみつめていたんだろうなぁと。
暁さんは予想外にダンディで厳しさもあるジョン卿でした。ロマンティックな物語を紡ぎそうな甘さも魅力的でした。いかにも貴族らしい上品な立ち振る舞いは月城かなとさんを彷彿させるところもあり月組で培ったものが活きているのかなと思いました。
どちらのジョン卿もビルとのブラザーフッドが楽しくて「愛が世界を回らせる」が最高でした。

ディーン公爵夫人マリア(小桜ほのか) 若めの公爵夫人ですが、宝塚版はビルも若いのでその叔母だとしたら40代くらいに見えたらいいのかも。なにより水美さん暁さんのジョン卿ともお似合いですし。小桜さんは声がとてもよくて「フェアフォードの歌」も素晴らしかったです。ビルとのパーティのレッスンで笑いを誘い、彼が出ていく決意をした時にいつも呼んでいる「ウィリアム」ではなく「ビル」と呼び掛けるのが涙を誘いました。ラストのウェディングドレスはチャーミングでとっても素敵でした。

ジャクリーン・カーストン(極美慎) 美しかったです。まずは極美さんにジャッキーをキャスティングしてくださったことに感謝。「美しい」と思うこの気持ちって何なんでしょうか。いつかは答えが出ることなのでしょうか。美しいとはなんぞと自分に問いかけるほど美しかったです。相手によって態度をコロコロと変える抜け目のなさ、でも嫌な女に見えないのは彼女が自分の人生を主体的に生きようと必死なのがわかるからでしょうか。結婚相手を間違えないことはとっても大切ですよね! 綺麗事で自分を誤魔化さないところにも惹かれるのかな。水美さんビルと暁さんビルによっても反応がちがうのも面白かったです。フィナーレのタンゴも眼福。水美さんとのペア、暁さんとのペアそれぞれ見られてラッキーでした。(ウィッグもそれぞれに違ってどちらも素敵でした)
今回は美しい娘役姿を堪能させていただきましたが、存在感や実力も着実に身に着けている極美さんの男役姿も楽しみになりました。

ジェラルド・ボリンブローク(天華えま) 労働は不名誉だと思っているいかにも貴族の子息。オナラブルという儀礼称号保持者なので(以前のヴァージョンだとセリフでそのことに触れていた気がするのだけど今回は言及がなかったような)彼自身に受け継ぐ爵位はないみたいだけど、なにか偶然が重なれば転がり込んでくる可能性も0ではない・・かな。でもほぼ可能性はないのでしょう。だから継嗣が行方不明のヘアフォード家の財産を狙っていたのにビルが現れてしまい目論見は水の泡。そのうえフィアンセまで取られてしまいそうという踏んだり蹴ったりの状況なんだけど、その割には自分から動いてなにかをしようとは思っていなさそうなのがジェラルドという人物の面白さかなぁ。(そもそもヘアフォード家の財産を狙っていたのもジャッキー主導で彼は口車にのせられていただけかも) いかにも英国の貴族社会の一隅にいそうな青年を天華さんがいい塩梅で演じていて面白かったです。
そんな彼が初めて主体的に行動したのが例のアレなんでしょうね。前時代的な価値観が反映されていてやっぱりうーん・・とは思います(ほかに替わる象徴的な行為があればと思うんですけど)。
フィナーレの冒頭で公爵夫人役の小桜ほのかさんと一緒に歌う主題歌が小粋で素敵でした。センスのある人がどんどん起用されるのはいいなぁと思います。

パーチェスター(ひろ香祐) とっても楽しい家付き弁護士さん。彼が歌い踊るとヘアフォードの皆さんも一緒に踊る不思議。弁護士さんも奇妙だけどヘアフォードの皆さんも変わってるなぁと思います。
ひろ香さん良い味出してるなぁと思いました。財産のある貴族にくっついて生きる彼には役に立っているアピールはとっても大事なことなんだろうなぁと思いました。
ところで彼のファーストネームは本当にセドリックなのか問題は解決しているんでしたっけ。あれはビルが勝手に言っていることなのかな?(本国版では役名がハーバート・パーチェスターになっているのがずっと気になっています)

ジャスパー・トリング卿(蒼舞咲歩) 蒼舞さんのジャスパー卿はセリフを発するタイミングが絶妙で独特の可笑しみを醸し出していました。ヘアフォード家に彼がいることの意味は大きいなと。彼の椅子はいつも用意されていて何をするわけでもないけれど若い人たちが自らに問いかけて答えを出していく場に居合わせるそんな存在のよう。相手によって態度を変えるわけでもなく、そもそも相手の属性に気が回っているふうでもない、誰の利害にもならない。それがいいのかなぁ。「泣いているのかね」「泣いてないよ」というサリーとの禅問答みたいなやりとりに毎度涙腺がやられます。

チャールズ・ヘザーセット(輝咲玲央) お屋敷の執事。お屋敷の皆さんが大騒ぎしていても寡黙に端正に佇んでいる様子が素敵でした。以前のヴァージョンだとなにか慇懃なセリフがあったような気がしますが今回はそれもなく由緒あるヘアフォード家を陰で支える頼りになる執事という印象が強かったです。

メインキャストはもちろん助演、アンサンブルキャストの1人1人の力が感じられる公演でした。
今月は宝塚バウホールにておなじ星組の別公演「My Last Joke-虚構に生きる-」も見に行く予定なので、次の「ME AND MY GIRL」観劇は公演日程の終盤になってしまうのですが、どれだけ進化しているか楽しみにしています。

 

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2023/10/10

私たちは正しい扱いをうけると心を動かされがちになるのです

10月9日、博多座に宝塚歌劇星組公演「ME AND MY GIRL」の初日を見に行きました。
開演に先立って歌劇団理事長より急逝された歌劇団生徒への哀悼の意とお客様に心配をおかけしていることについての謝罪、そして今後は出演者の心身に配慮して公演を行っていくこと、その判断のもと博多座公演については予定通りに上演することなどのお話がありました。

歌劇団には二度とこのようなことが起きないように従業者のメンタルヘルス対策にしっかりと取り組んでいただきたいですし、変えるべき体質は変えていただきたいと思います。

それと同時に私たち宝塚ファンの在り方も、団員のメンタルに深く関わっているということを認識して改めるべきことは改める必要があると考えます。
「タカラジェンヌなのに」「娘役なのに」「男役なのに」「下級生なのに」と属性についての過剰な理想を投影して青年期にある彼女たちの個々の人格を否定してはいないか。彼女たちの健全な成長を阻害してはいないかと。

『私たちは正しい扱いをうけると心を動かされがちになるのです』
「ME AND MY GIRL」のサリーの言葉の一つ一つが心に沁みる観劇でした。

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2023/08/13

朝まで歩こう肩を組み。

8月4日東京宝塚劇場にて星組公演「1789」を見てきました。

終演直後自分は成仏したんじゃないかなと思いました。
もしかして私は迦陵頻伽の聲を聞いていたんじゃないかなと。
これが法悦というものなのかな。
自分の語彙では表現できない満足感に脳がバグを起こしておりました。

数日経ち幾分冷静になってきたので感想を書こうとするのですが、やはりなかなか言葉がみつかりません。
刹那刹那に感じた技術的な凄さや舞台の上の1人1人から漲っていたものを表現する言葉を知らない自分にがっかりです。
でも感動を書き残しておきたいのでどうにか書いてみようと思います。

1か月ちょっと前に宝塚大劇場で見たものとは別物だと感じました。
あの時は大好きなナンバーをようやく自分の耳で生で聴けたことに心が震えましたが、今回は1つの作品としての完成度の高さに打ちのめされました。
舞台の上にいる1人1人から漲るものが凄まじかったです。
オケも宝塚大劇場よりもドラマティックで色っぽい印象でした。(音の聞こえ自体は大劇場の方がよかったのですが)

「ロミジュリ」初演を観劇してから13年(私は博多座で観劇)、タカラジェンヌがフレンチロックミュージカルをここまでアーティスティックに上演する日が来ようとは。頭を抱えたあの時には想像もできませんでした。

あの時は宝塚とフレンチロックとの音楽性のあまりの乖離に頭を抱えてしまったのでした。
宝塚には音楽性よりも「宝塚らしいもの」をという思いをいっそう強く抱き、以来宝塚で上演されるフレンチロックミュージカルには食指が動かなかったのですが、礼真琴さんなら・・とロックオペラ「モーツァルト」を見に行き「ロミジュリ」を見に行き、そのたしかな実力と感性に心酔し礼真琴さんの星組で「1789」が上演されることを熱望して、いまここ。
そしてこの満足感たるや。

でもこれはメインキャストだけが巧くてもどうにもならないことだということも実感しました。
この10余年で宝塚歌劇の音楽性が大きく変わったこと。下級生に至るまで1人1人の体にこのリズムが沁み込んでいるんだということをしみじみと感じました。
あの時無謀ともいえる挑戦をし宝塚ファンに衝撃を与えた初演「ロミジュリ」のメンバー・関係者の手探りの努力があってこそのいまなんだなぁということも強く思います。
さらに、宝塚の番手主義とは相容れない群像劇をそのヒエラルキーを崩してまでも上演した、2015年のあの「1789」月組初演があったからこそ。

すべてはあの一歩から。生みの苦しみを経て、綿々と積み重ねられた努力の末に結実した一つの公演がこの「1789」であり、そしてこれから生み出されていく作品なんだなぁと深く思います。

話を今回観劇した「1789」東京公演に戻します。
大劇場の観劇時にはもどかしく思ったところも、今回の観劇ではまったく感じませんでした。
それどころか期待以上のものを体感することができて感激もひとしお。

ラストのロナンのせり上がりも心の準備ができていたので問題なしでした。
座席の位置も関係があったのかもしれません。今回は1階の下手端っこだったので人権宣言をじっくり堪能してからロナンが登場した印象でした。(大劇場では2階最前センターだったので人権宣言が終わるか否かで目に入って来たのが大いに戸惑った原因ではと思います。座席位置大事)

礼真琴さんは私の快感のツボを全部圧していかれました。
こんなふうに歌って聞かせてもらえたらもう思い残すことはござらん・・です。
いえチケットさえあれば何回でも見たいし聞きたいですが。

父親を殺され農地を奪われて衝動的に故郷を飛び出したロナンが、若き革命家たちやともに働く印刷工たち、再会した妹、フェルゼン伯爵らを通じて成長しながら恋をし、憎しみや疑念、葛藤を抱きもがきながら成長していく様が手に取るように伝わり物語世界にどっぷりとはまりました。

「革命の兄弟」のロナンと、デムーランとロベスピエールとのやり取りは1人1人のキャラクターの違い、立ち位置、考え方、受け取り方の違いがよく見えました。
理想主義でロマンティストのデムーラン。懐疑的で原理主義のロベスピエール。

ロナンが「俺にも幸せ求める権利がある」と言えば「当然だ」と肯定するロペスピエール。
ロナンの「やりたい仕事につく権利がある」にはデムーランが「勿論だ」。
さらに「誰が誰を好きになってもかまわない」には前のめりに「その通りだ」と返すデムーランに対して反応薄めのロベスピエール笑。
さらに「自由と平等」でその違いが際立ちます。

ダントンは人情派で寛容、ファシリテーター的なところもある。デムーランとロベスピエールがかなり強烈なのでその努力が不発に終わることもあるみたい・・天華えまさん演じるこの作品のダントンはそんな立ち位置かな。
「パレ・ロワイヤル」はそんな彼がよくわかるナンバーだなぁと思います。
「氏素性なんて関係ない」「学問がなくてもかまわない」――その意味のリアルがわかっているのは実は革命家3人のうちではダントンだけなのではないかなと思いました。
だからソレーヌも彼の言葉に耳を傾けることができたんじゃないかな。
デムーランとロベスピエールがそのことを理解するのはもっと後、ロナンという存在に関わって現実を突きつけられ、その行動力と人々からの信頼を目の当たりにしてからだと思います。

「サ・イラ・モナムール」での恋人との関係も三者三様で面白かったです。
同じ理想を目指していることが大事なデムーランとリュシル。そばにいて共に戦うのが当たり前なダントンとソレーヌ。
危険行動に恋人を連れていく気がないロベスピエール。そもそも志を共有するという気がないのかな。また後顧の憂いは断ちたい人なのかなと。

私が「1789」が好きな理由はやはりこの革命家たちにワクワクさせられるからだと思いました。
革命家それぞれがセンターに立つナンバーが、その大勢のダンスパフォーマンスも含めて心が昂るところ、三者三様の個性がはっきりしてそれぞれに異なったロナンとの絡み方が面白いからなのだということを実感しました。

大劇場で喉を傷めている様子だった極美さんも難なく高音で歌い上げていて最高でした。
「誰のために踊らされているのか」のダンスパフォーマンスは舞台上の全員がいっそう力強くなっていて、見ていてドーパミン的幸福感が凄かったです。依存性が高いナンバーだなと再確認。

暁さんの朗々とした歌声と礼さんとのハモリも最高。
声が安定しているからこそフェイクも効いていて心地よかったです。

大劇場公演では大人しめに感じた有沙瞳さんのマリー・アントワネットも印象がまったく違いました。
1幕では誰よりも華やかで無邪気にチャーミングだったアントワネットが、2幕では動じない威厳を身に纏い質素なドレスを着ても存在感が滲み出ていました。自分自身の人生を自分で選び択る決意に溢れた「神様の裁き」は感動しました。

オランプは居方が難しい役なんだなとあらためて思いました。
猪突猛進でロナンの人生を変えてしまう、無茶ぶりで父親を危険に巻き込んでしまう。一歩間違うと反感をもたれてしまいそうなキャラを舞空瞳さんはいい塩梅で演じているなぁと思いました。
これこそがヒロイン力かなぁと。

東宝版を見ていた時にも思っていましたが、オランプは平民なんだろうかそれとも下級貴族なんだろうかと今回もやはり思いました。
姓にDuがつくので貴族かなと思っていたのですがアルトワ伯がオランプに銃を突き付けられた時に「平民に武器を持たせるとろくなことはない」と言うのがちょっと引っ掛かったり。

お父さんは中尉ということなので、平民から中尉なら出世した方だと思うし平民の中では裕福な部類かなと思うけれど、貴族なら年齢的にも中尉止まりだと名ばかりの底辺の貴族ってことになるなぁと。
いずれにしても娘に王太子の養育係ができるほどの教育を受けさせているのは凄いことだなと思います。
そしてアントワネットは意外とそういう倹しげで教養の高い人が好きですよね。
マリア・テレジアの教育の賜物でしょうか。

「神様の裁き」を歌うアントワネットの背後で戯れるルイ16世と子どもたち。この後のルイ・シャルルの運命を思うと、この愛らしいマリー・テレーズがのちにアルトワ伯以上に怖い人になるのだと思うとなんともやりきれない思いになりました。
(マリー・テレーズにとって母はどんな人だったのだろう・・)

瀬央ゆりあさん演じるアルトワ伯は、大劇場よりさらにクセの強い印象でした。
妖しくてシニカルで。
国王の孫で王太子の弟として生まれ、国王の末弟として育つってどんな感覚だったんだろうと思わず考えてしまいました。
アルトワ伯の人生にとても興味が湧きました。
それから今のこの瀬央ゆりあさんにオスカー・ワイルドの戯曲の主人公を演じてもらいたいなぁと思いました。田渕作品なんて面白そう。
(いやそれって「ザ・ジェントル・ライヤー」やんって思いますが、いまの瀬央さんの「ザ・ジェントル・ライアー」を見てみたいなぁと)

どの登場人物も魅力的で、この作品を上演する星組は幸運だなぁと思いました。
作品を引き寄せるのも実力のうちだなぁとも。

幸せな体験に感謝です。

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2023/07/23

これはチャンス。

6月24日にキャナルシティ劇場にてミュージカル「ファクトリー・ガールズ」を見てきました。

出演者の1人1人が素晴らしくて脚本もナンバーも良くて作品ファンになりました。
いつかまた再演される時があれば見てみたいと思います。
その時自分自身がどう思うかも含めて関心があります。

サラたち女性の工場労働者が言っていることもとても頷けましたし、サラたちのラディカルな思想と行動がこれまで自分が地道に活動してやっと得た賛同者とのあいだに軋轢を生むのではないかと懸念し葛藤するハリエットの気持ちもわかります。

企業や政治家のイメージアップのために女性の自己表現を利用し、しかし根本的には女性差別を利用している経営者と政治家は、サラたちが核心を突きだすとその口を塞ぐために卑劣な画策をはじめる。
彼らが漏らす残酷な本音や彼女たちの葛藤の一つ一つが今日もなおあるあるで膝を打ちたくなりました。

彼女たちよりも上の世代の女性(ラーコム夫人)の存在がまた綿々とつづく問題の根深さを浮き彫りにしていたと思います。
サラたちの思いを理解し背中を押してもいたのに、経営者や政治家に真っ向から立ち向かうとなるととたんに止めさせようと必死になる。そんなことをしたらどんな酷い目に遭わされるか、女性として長く生きた分その結果が容易に想像できてしまうから。惨い現実を身をもって知っているからこその葛藤と行動だと胸が詰りました。

家族からの性的虐待を受けていた女性の描き方にしても1つの典型に囚われず、心を開けず神経症的になる人も逆に性的魅力を利用して上昇していこうとする人も登場するのが凄いなぁと思いました。
本当にエピソードや人物の行動に無駄がなく意味があり効果的に描かれていて心のうちで唸るばかりでした。

舞台が1840年代前半ということにも驚きがありました。
シシィ(エリザベート)はまだバイエルンで父マックス公爵と大道芸人の真似事をして戯れていた頃。
フランスはシャルル10世(アルトワ伯)が1830年の7月革命で退位してブルジョワジーが推すルイ・オルレアンが王位に就いていた7月王政時代。
イタリア統一運動をはじめヨーロッパ各地で1848年革命が起きる前夜で、どこも国情が不安定な時代。

新しい概念が生まれて「民衆」「国民」が主体的に生きる自覚をもった時代だと頭で理解しているつもりでしたが、こうして目の前で肉声でその体温ある身体で感情を込めて表現されてはじめて自分に降りてくるものがあり、その感覚はなんとも言えないものでした。

歴史というと国政やそれに関わった有名な人のことを学ぶことはありますが、そこに生きる人々ことはなかなか考えることはなかったなぁと。
サラたちのように自分の人生を生きて芽生えた疑問に向きあい、行きついた信念を胸にいま在る問題を変えるために立ち上がった人々のこと。その1人ひとりに物語があったのだということを。

長い歴史の中で綿々とつづいてきた不平等さは問題が根深いゆえに彼女たちが起こした行動で一気に覆ったわけではないけれど、サラやサラと一緒に行動した彼女たちの一歩があったからこその今日なのだということ。現代の私たちにはあたりまえに取り除かれている苦しみを受け、抗ってくれた先人がいてくれたからこその今なのだということ(そんな勇敢な彼女たちは舞台となったマサチューセッツ州ローウェルだけではなくて世界のいたるところに居たのだということも)に思いを巡らせてそのことを噛みしめ、いま在る先人からの恩恵を易々と手放すわけにはいかないと思いました。

舞台と同年代にはヨーロッパをジャガイモ疫病菌が襲い、それがアイルランドに悲惨な大飢饉をもたらしたそうです。アイルランドからアメリカへの移民が増加したのもこの頃で。
劇中でも女性たちとともにアイルランド系の労働者が半分の賃金で酷使されていました。そういうことも織り込まれていることにあっと目が覚めるようでした。

ちなみに日本は天保年間。大飢饉から一揆や乱が起き、天保の改革による綱紀粛正と奢侈禁止でエンタメ(芝居小屋や寄席など)が厳しく取り締まられていた時代。
そんなことにも思いを致すとますます大切にしたいものはなにかを、それを守るために進んではいけない道はと考えさせられます。


観劇して感想を書きかけてから数週間経ってしまいいまさら続きを書くのもと躊躇いましたが、いつかまたこの作品を観劇した時に過去の自分が何を思ったかわかるように残しておこうと思いました。

<CAST>

サラ・バグリー(柚希礼音)
ハリエット・ファーリー(ソニン)
アビゲイル(実咲凜音)
ルーシー・ラーコム(清水くるみ)
マーシャ(平野綾)

ベンジャミン・カーティス(水田航生)
シェイマス(寺西拓人)
ヘプサベス(松原凜子)
グレイディーズ(谷口ゆうな)
フローリア(能條愛未)
アボット・ローレンス(原田優一)
ウィリアム・スクーラー(戸井勝海)
ラーコム夫人/オールドルーシー(春風ひとみ)

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2023/07/14

いつか時代が変わったら。

6月28日に宝塚大劇場にて星組公演「1789-バスティーユの恋人たち-」を見てきました。

東宝版「1789」はこれまで見た中でいちばん好きなミュージカル作品と言っても言い過ぎではないくらい好きで、宝塚で上演されるなら礼真琴さん主演で見たいと願っていた作品だったので、星組で上演と知った時には飛び上がるほどうれしかったです。
タカラジェンヌの時間には限りがあり在団中に見たいと願う演目に当たるのは奇跡にも近いことだと思っています。たくさんの人が願ったからこそ実現した上演だと思います。

日本初演の2015年月組公演では大役マリー・アントワネットをトップ娘役の愛希れいかさんが演じ、主人公ロナンの恋人オランプ役は別の娘役さん(早乙女わかばさん、海乃美月さん)がダブルキャストで演じていたので、星組版ではどうなるのだろうと上演決定後は配役をあれこれと想像する日々でした。
 
舞空瞳さんがあの王妃様の超絶豪華なドレスを纏ったらそれはそれは映えるだろうなぁ。でもやっぱり東宝版みたいに礼さんが演じる主人公ロナンの相手役として激動の時代を懸命に生きる“ザ・ヒロイン”なオランプを舞空瞳さんで見たいなぁ。でもどっちも捨てがたいなぁ。
ロナンを苛むペイロール伯爵は専科で礼さんの同期の輝月ゆうまさんだったらいいのになぁなどなど。

じっさいに発表された配役は意外でもあり納得でもありいっそう期待が高まるもので、これはチケットが取れるだけ見たいなぁと浮き立っていたのですが―― 蓋を開ければ当然の超人気公演で手に入ったチケットはたったの1枚・・呆然とするしかありませんでした。

その貴重な1枚もどうなることかと青ざめる事態が。6月2日に初日こそ開けたもののその翌日から出演者体調不良のため公演中止、当面はいつ公演が再開されるのかわからない状況となり、脳裡にはこの2年あまりのコロナ禍で経験した数々の出来事が過り震える日々を送りました。
けっきょく1か月間の公演期間のうちの半分が中止となって公演再開となったのは6月18日の15時半公演から。
もうこれ以上は1公演も止まりませんように千秋楽まですべて公演できますようにと祈り続けて観劇日に漕ぎつけました。

そんな顛末の末の待ちに待った観劇日。
客席に座るもさらに高まる緊張。
(なにしろ昨年は博多座で開演10分前に中止を告げられたトラウマもありますし)

幕が開き主人公の故郷であるボースの農民たちが絵画のように舞台に浮かび上がり、奏でられるイントロダクションに体温が一気に上がる感覚。
軍隊が国王の名の下に農民たちを虐げ礼さん扮するロナンが「肌に刻まれたもの」を歌い始めた瞬間さらに体中の血が沸き立ちそれ以降はひたすら「1789」の世界に圧倒されつづけました。見たかったもの聴きたかったものが目の前に存在する幸せに酔い痴れました。

礼さんロナンの素晴らしさも期待以上でしたが、若き革命家たちデムーラン暁千星さん、ロベスピエール極美慎さん、ダントン天華えまさんが想像以上に見応えがあり気持ちが爆上がりしました。
若きイケメン革命家が歌って踊ってこそ「1789」――1幕から「デムーランの演説」「革命の兄弟」「パレロワイヤル」と畳みかけるように好きなナンバーがつづきここからすでに涙目に。

暁さんはその声量と声の深みに驚きました。かなり下級生の頃から抜擢されていた方だけにその成長ぶりを目の当たりにして感慨深いものがありました。
2幕の「武器をとれ」でセンターで朗々と歌い上げる暁さんを見て彼女がデムーランにキャスティングされた理由に合点がいきました。配役発表されるまでは暁さんがロベスピエールだろうと思っていたのでした。

「武器をとれ」は宝塚では今回はじめて歌われるナンバーですが、その演説によりパリ市民が決起しバスティーユ襲撃へとつながる重要な局面で、壇上から市民を歌(演説)によって盛り上げ扇動する暁さんの堂々とした姿に心が震えました。
ちなみにですが、このデムーランこそ「ベルサイユのばら」のベルナールのモデルとなった人物なんですよね。この「武器をとれ」のシーンもベルばらに描かれていました。東宝版を観劇した時にどこかで見たことがある図だなぁと思ったのも然り。(詩ちづるさん演じる婚約者のリュシルはロザリーということになりますね)

もともと天華さんの実力は信頼しているのですが難しいパートも難なく歌い上げるのは流石、危なっかしい仲間たちに目を配るお兄さんみたいなダントンだなぁと思いました。
そしてたぶんおそらく私は「1789」のロベスピエール役者に心底弱いようで・・。悔しいけれど極美さんのロベスピエールに幾度と撃ち抜かれました。それはもう易々と・・。
2幕最初のロベスピエールの「誰のために踊らされているのか?」は超好きなナンバーなのですが、その日の極美さんは声を潰されているのかフレーズ毎の高音の第一声が全て出ていないようでした。(千秋楽のライブ配信ではすべて音程を下げて歌われていたのでやはり喉を潰されてしまったのかな)東京公演では元の声に戻っているといいなと思います。

有沙瞳さんのマリー・アントワネットはとても大人しめに感じました。
これまで宝塚や東宝で同役を演じた人たちが伝説的なトップ娘役(花總まりさん、愛希れいかさん)であったり華やかなトップスター経験者(凰稀かなめさん、龍真咲さん)だったこともありどうしてもその記憶と比べてしまうのかもしれませんが、有沙さんも「龍の宮物語」や「王家に捧ぐ歌」などで艶やかなプリンセスを演じてきた方なので威風堂々と華やかな王妃像を作って見せてくれるだろうという期待がありました。

初演ではトップ娘役が演じた役だったものが2番手の娘役さんが演じることになって、場面や持ち歌が減り比重が変わっているのだとは思いますが、それでもやっぱりかの「マリー・アントワネット」ですから圧倒的な輝きと存在感を期待します。有沙さんはそれができる役者さんだと思っています。たとえばかつて伶美うららさんはトップ娘役ではなかったけれど無冠でも記憶に残る大輪の花のように存在していましたので有沙さんにも期待せずにいられません。
この公演が最後となる有沙さんの最高の輝きをこの目で見たいです。

ひとりの女性として家族を愛して家族のために生きたいと願う2幕の「神様の裁き」のアリアは素晴らしくてとても心に響きました。そういうマリー・アントワネット像を目指されているのかなと思います。さらに1幕からのギャップを表現して魅了してほしいなぁと贅沢なことを願ってしまいます。
オランプに決心を促す場面もとても好きでした。

瀬央ゆりあさんのアルトワ伯は媚薬を用いて淫蕩に耽るようなタイプではなく冷静に虎視眈々と王座を狙う切れ者に見えました。彼の眼には兄ルイ16世は凡庸で無能な人間に見えているのだろうなと。
王妃の醜聞を利用して兄を失脚させるのが目的でそのためにオランプを見張らせているのであって恋情を抱いているようには見えないアルトワでした。
教会でオランプに媚薬を使おうとするのもオランプに執着があるわけではなく自分にとって邪魔な相手として危害を加えるのが目的かなと。
いずれロンドンから戻ったらいつのまにか王座に就いていそうだなぁと思いました。
これまでのアルトワ像とはタイプが違うけれど居住まいや目線が知的で含みがあって面白かったです。

輝月ゆうまさん演じるペイロール伯爵は鞭を振るったり蹴りを入れたりのタイミングが琴さんとぴったりで本当にロナンを甚振っているようで今回の「1789」の見どころの一つでした。(虐げられる琴さんの反応がとんでもなくリアルで凄すぎて瞠目でした)
大義に忠実で情け容赦ない軍人貴族だなぁと思いました。

ソレーヌ役の小桜ほのかさんはお上手なのは知っていましたけど、こんなに地声で凄味のある歌い方ができるとは。地声から澄んだ声への切り替えも素晴らしくて観劇後も「夜のプリンセス」が頭から離れませんでした。

フェルゼン役の天飛華音さん、ルイ16世とマリー・アントワネットがようやく心通わせる場面でのセリフの入り方が素晴らしかったです。
「しかし御一家が危機に瀕する時あらばこのフェルゼン命に代えてもお守りいたします」
本当に芝居センスのある方だなぁと今後も楽しみです。

オランプ役の舞空瞳さんのヒロイン力はやっぱり素晴らしいなぁと思いました。彼女が登場すると目が勝手に追ってしまいます。
けっこう理不尽なことや辻褄が??な行動もするのですが受け容れて見てしまうのはそのヒロイン力によるものだなぁと。
与えられた役割、職務に一生懸命なオランプの姿が舞空さん自身とも重なってきゅんとしました。

1幕ラストの「声なき言葉」の盛り上がりは宝塚版ならではの感動でしたし、2幕もまた「次の時代を生き抜くんだ」と言い残し息絶えたロナンを囲んで打ちひしがれていた皆が前を向いて高らかに述べる人権宣言は名場面だと思います。そこからのラストナンバー「悲しみの報い」に感動は最高潮――となるはずが、今しがた皆の嘆きの中で息絶えたばかりのロナンがピカピカの白尽くめの衣裳でせり上がりで登場した時だけはえええっと戸惑いました。

あそこはもう少し人の世の遣る瀬無さや、未来への希望にデムーランやソレーヌたちとともに浸っていたかったなぁと思います。
志半ばで彼は逝ってしまったけれど、そんな名もなき人々の願いと行動の積み重ねがいまの世の中の礎を作っているんだと。命を燃やした彼らの願いを踏み躙ろうとする力は今の世も隙あらば頭をもたげようとするけれど、それに負けてはならないのだという強い意思を噛みしめる時間をあと少しだけ持ちたかったなぁ。

キラキラのロナンの登場が早すぎて心が宙ぶらりんのまま享楽的なフィナーレを見たせいか今回のフィナーレは気持ちがいまいち盛り上がらずに終わってしまった気がします。
本編は本当に最後のタイミング以外最高だっただけにちょっと残念かなと思いました。

というものの最高の舞台を見られた満足感たるや凄かったです。
あと1枚だけ東京のチケットが取れたので無事に観劇できることを心の底から祈っています。

続きを読む "いつか時代が変わったら。"

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2023/06/03

グッナイ誰かさん。

5月28日に博多座にてミュージカル「ザ・ミュージック・マン」を見てきました。

初めて見たはずだけど知ってる。そんなストーリーでした。
映画を見たことがあるのか翻案のなにかを見たことがあるのか。
閉塞感漂う田舎町に胡散臭い来訪者が滞在して町の雰囲気が好転するというストーリーに既視感があるのか。
騙る男とお堅い女性のロマンスも最近なんども見ている気がします。

1957年の初演当時「ウエストサイドストーリー」よりも多くの演劇賞を受賞したという作品紹介に期待したのだけど、そっかそうだよね。
胸を抉る社会派バッドエンドより皆が笑顔のハッピーエンドが多くの人に支持されたのね。
純朴で保守的なアメリカの物語に安心したい人たちに。
でもこれをハッピーエンドと思ってよいのか私には疑問でした。

主人公にしつこくつき纏われるヒロインが気の毒だったし、怒ると揶揄されるのもなんだかなだったし。
なにが目的かもわからない男性が娘のまわりをうろついているのを喜ぶ母親とか地獄だなと思いました。娘を早く結婚させたい、男と名の付くものと伴侶にさせたい、それがあるべき姿だと信じているらしくて。

南部が舞台の物語だと娘の親は相手の男性の属性や資産にこだわる印象があったのですが、このヒロインの母親にはそれが微塵もなくて、むしろそれが恐ろしくもありました。慎ましく夫や家族に愛情を尽くし結婚がもたらす苦労を受け容れそこに喜びを見出すのがあるべき姿だと信じているようで。とてもピューリタン的といいますか、アイオワ(中西部)が物語の舞台というのも関係があるのでしょうか。(劇中で母親はアイルランド系だと言っているのでカトリックかもしれないのだけど)。

まだ10歳くらいの少女でさえも自分に相応しい相手を狭い町の中で見繕って行動しているのもなんというかぞわぞわしました。「おやすみなさいを言う相手」がいないかもしれない未来を仮想して嘆いてみたり。
独身の女性は不幸だと小さいうちから刷り込まれているのだなぁ。そしてそんな町なのだなぁと。
それを前提にして見ていかないといけないのかと、物語の最初から気持ちが暗澹としてしまいました。

若い娘の関心事はいつプロポーズされるかで、既婚女性の娯楽は噂話。ヒロインが小説を読むことさえ不品行だと非難されるコミュニティ。
そんな狭くて閉塞感のある町で26歳で未婚のヒロインは変わり者と思われているし噂に尾ひれがついて不適切な過去があるとも囁かれている。
見ているだけで具合が悪くなりそうな世界観。
そういうところに風刺を込めて演出することも可能なのに、ふんわりで終わらせている。ヒロインが「まだ未婚」なことや別のキャラクターの恐妻ぶりで笑いが起きていることからしても、むしろその価値観を受容した上で見せているのだなと思いました。
だからこそ、ヒロインが主人公を受け容れたことがハッピーエンドだと受け止められるのだと思いました。
ヒロインが主体的に主人公に惹かれて愛していく様を描くこともできるはずなのに(途中でベクトルの方向が逆になっていくともっと楽しそうなのに)中途半端な気がして残念でした。

不寛容で閉塞感漂う町を図らずも詐欺師の主人公が変えていくというストーリーなのだけども。
変わったようで変わっていないんじゃないかなと見終わって思いました。
マーチングバンドを手に入れていまは活気づいたけれど価値観はそのままで。
主人公さえも取り込んで、町は元に戻っていきそう。そんな怖さを感じました。
詐欺に遭ったのは私かもとそんなもやもやが残りました。


ハロルド・ヒル教授(坂本昌行)
プレゼン能力が高くて人々に夢を見せるのが巧い。まさに夢を売る男。その夢の対価として相応しい金額ならこれはこれでOKなんじゃない?と思いました。いままで彼が嫌われてきたのは夢が最高潮に達した時にトンヅラ、売り逃げしていたからですよね。それらしい指導者を招聘できていたらこれは成功するビジネスモデルでは。
むしろこんな才能のある彼がこれまで詐欺をやっていたことが気になりました。きっかけとか動機とか。坂本さん演じるヒル教授は根っからの悪人には見えないのでなにか過去がありそうで、それを知りたく思いました。
約10年ぶりに見た坂本昌行さん、肩ひじ張らず自然体で主役なのが素敵。声が良くてセリフが聞きやすくて難しい歌もするっと歌えていまここに生きている人という感じでした。
とても真摯なものを感じさせる方で、この人が悪い人のはずがない絶対トンヅラなんてできるはずがないと思って見ていました。詐欺をしていたのは彼の方なのに、町に残った彼を糾弾する町の人々のほうが邪悪にすら思えた不思議。(彼に肩入れして見ていたからかな)

マリアン・パル―(花乃まりあ)
凛として透明感があって素敵な女性。彼女の価値観や生きる姿勢が周囲に理解されないのが気の毒で胸が痛みました。
詐欺を働く男性と譲れない理想がある女性。そんな2人が相手に何を見出したのかそこがわからず仕舞いだったのが残念だったなぁ。
ヒル教授の正体を暴こうとするカウエルを阻止しようとする場面、それまでのお堅い雰囲気からいきなりコミカルになるところが好きでした。(ちょっとWMWのエマを思い出してしまいニヤケました)
10年前博多座で「銀河英雄伝説」のユリアン役ではじめて知った花乃まりあさんをまた博多座で見ることができてうれしかったです。(あのときの美少年がこんなに素敵なヒロインに)

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2023/04/10

愛にすべてを。

3月29日にシアタードラマシティにて宝塚歌劇星組公演「Le Rouge et le Noir ~赤と黒~」をマチソワしてきました。
ドラマシティでの前楽と千穐楽でした。

前日に上階の梅田芸術劇場メインホールで宝塚歌劇星組全国ツアー公演「バレンシアの熱い花」と「パッション・ダムール・アゲイン!」を観劇してからのこのフレンチロックオペラ「赤と黒」の観劇は宝塚歌劇の懐の深さを再確認するこのうえない体験となりました。

柴田先生&寺田先生による歌劇と岡田先生&吉﨑先生によるロマンチックレヴューという20世紀の伝統芸能とも呼ぶべき宝塚と、21世紀のまさに今2020年代の進化する宝塚の両方の公演を同じ建物内の上と下で、同じ星組公演で見られたことに興奮しました。

およそ半年前に次の星組の別箱公演が礼真琴さん主演でフレンチロックミュージカルの初演目と知り、これは絶対に見に行きたいと思いました。
2019年のプレお披露目公演「ロックオペラ モーツァルト」、2020年の「ロミオとジュリエット」と礼さんにかかるとフレンチミュージカルのナンバーはとてつもなく輝くということを経験していましたから。
いつか礼さんロナンで「1789」を見てみたいとずっと思っていて、それも次回の大劇場公演で叶うことになったのですが、その前にシアター・ドラマシティで別のフレンチロックミュージカルが見られるなんてと期待が高まりました。

今回は実際の観劇に先立ちライブ配信を見る機会があったのですが、コスパ良くまとめられた脚本でストーリー展開自体ににドキドキ感があるタイプの作品ではなかったため集中して見ることができませんでした。
いちばんの敗因は家族に遠慮して音量を控えていたためだと思うのです。
これは劇場で生の音楽を浴びなくてはと意気込んで劇場に足を運んだのですが、想像を超えるものを体感できました。

ロックコンサートのような音響にぴたりとハマるヴォーカルと巧みな歌唱。このグルーヴ。
そうそうそう。これこれこれ。
これを聴きたかったんだと思いました。
レナーテ夫人とのデュエットの時のリズムの刻み方など最高でした。

レナーテ夫人役の有沙瞳さん、マチルド役の詩ちづるさんも素晴らしかったです。
小説「赤と黒」を読んだのはかなり若い頃だったので、レナーテ夫人に同情はしたけれどマチルドのわがまま娘ぶりには反感を持っていたのだったなぁ。
いまだったら絶対に好きになっていたなぁ。などと思い詩ちづるさんのマチルドから目が離せませんでした。

ストーリー的にはジュリアンの家族や神学校のくだりが割愛されているので、彼の孤独や心の屈折、社会への復讐にもちかい野望などは見えなくなっていて、私のイメージしていたジュリアンとは印象が違うかなと思いました。
この作品で礼さんが演じるジュリアンは内省的で純粋な面が強く出ていました。
赤と黒の意味も、よく言われる勇者(レポレオン)/名誉の赤、聖職者/野心の黒ではなく、彼の内面を象徴するもののようでした。

礼さんは柴田侑宏先生がスタンダールの「赤と黒」を翻案してつくられた「アルジェの男」という作品でも主人公のジュリアンという貧しく荒れた生き方からその才を有力者に引き立てられ野望を抱いて階級社会を駆け上がっていく青年を演じていましたが、この「アルジェの男」の主人公が野心のためには躊躇なく女性の心を利用していたのに対し、今回のジュリアンはレナーテ夫人やマチルドの本心を疑い懊悩するところが新鮮でした。
人を信じられず女性に惹かれるも彼女たちを征服する(愛情の上で優位に立つ)ことで安堵しているところは、孤独な生い立ちを反映しているなぁと思いました。

1曲1曲が長尺のフレンチロックのミュージカルナンバーをクールにエネルギッシュに聴かせるという大仕事をやりながら、ナンバーに尺を取られた分紙芝居のように次々に変わっていく場面と場面を表情や身体表現といった非言語で表現し繋いでいく礼さんの凄さ。
とくに「間」、絶妙な呼吸とセンス、それらを自在にコントロールできる身体能力の高さによって表現される歌、ダンス、芝居に浸る至福を味わいました。
この礼さんに食らいついている星組生も凄い。

物語の終わりにジェロニモがジュリアンの生き様をどう思うかと観客に問いますが、前日に「バレンシアの熱い花」を見ているだけに、それを階級社会と秩序に結び付けて考えずにいられませんでした。

「バレンシアの熱い花」の主人公フェルナンドが終始、階級社会に疑問を抱かず生きているのに対して、ジュリアンは階級社会に生きる人々の欺瞞と腐敗を嫌悪し軽蔑している。それは持たざる者として生まれて異分子として上流社会に生きているからこその視点だと思います。
上流社会の欺瞞と空虚さに辟易とし不満を言い募る令嬢マチルドと共鳴しながらも最終的に彼女ではなかったのは、決定的に相容れないなにかがあったからではと思います。彼を救うためとはいえ目的のためにはお金に糸目をつけない彼女のやり方に遣る瀬無さそうな目をしたジュリアンが印象に残ります。
彼女がジュリアンの無罪を勝ち取ろうとするのは彼女自身の名誉のためでもある。マチルド・ド・ラ・モールの名に懸けてと。それ自体は悪いことではないけれど、ジュリアンを満たすものではなかったということなんだろうなぁ。
すべてを持っていたゆえに欠け落ちたピースを埋めるために行動した者と、持たざるがゆえにすべてを求めた者。

なにも持たないからすべてを手に入れようとした。
地位もお金も名誉も持っていなかったものすべてがその手の中に入る直前に、自分が本当に望んでいたものはレナーテ夫人の愛だったと悟るジュリアン。
彼のために駆け落ちも厭わず彼の無罪を勝ち取るために奔走するマチルドの愛とそれはどうちがうのか、それがわかればジュリアンが欲していたものの正体がわかるのだろうなと思います。

「なんという目で僕を見るんだ」と懊悩するジュリアンが見ていたレナーテ夫人の瞳とはどんなものだったのだろう。そこに答えがある気がしてなりません。
小さきものを見る憐憫か慈愛か、ジュリアンのコンプレックスを大いに刺激しつつも悩ませた目。
彼が望んだ「すべて」とは。自分を愛する者の瞳に映る自分なのかなと。

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