カテゴリー「♖ 観劇」の481件の記事

2022/05/20

カオナシ。

5月14日に博多座にて舞台「千と千尋の神隠し」を見てきました。イープラスの貸切公演でした。

まず客席に20~30代と思しき人が圧倒的に多いことに驚きました。
貸切公演だったことも関係あるのかもしれませんが、やはり演目ゆえかな。お子さんの姿もいつもより見かけました。
ふだん私が観劇する演目は40~50代がコア層なかんじなので、若い人がたくさん足を運ぶ演目は演劇の未来を明るくするなぁと思いました。

開演前に、博多座製作の「前のめりは後方席の視界を想像以上に遮ります」動画が映し出されたのも良き趣向だなと思いました。
毎公演アナウンスで注意されていることではありますが、それがどういうことで、どれくらい迷惑かは、ご存じない方も多いと思うので、開演前にこの動画を見ていると気をつけてもらえそうです。
観劇慣れしている方も初めての方も、皆が気持ちよく舞台を見られるようにこうした配慮はありがたいなと思いました。

この日時のキャストは、千尋=上白石萌音さん、ハク=三浦宏規さん、カオナシ=菅原小春さん、リン/千尋の母=咲妃みゆさん、釜爺=橋本さとしさん、湯婆婆/銭婆=朴路美さん、でした。
メインキャストの方もアンサンブルの方も最高のパフォーマーばかりで、音楽も演奏もほんとうに贅沢なものを見たなぁと思いました。

私は1階前方の席だったのですが、舞台装置の組まれ方、そこを行き来する演者さんやススワタリや呪詛の虫などのパペットの演出などは、2階席からのほうがよく見えるのかもと思いました。この作品は2階席の満足度が高いのではないかなと。
同一席種内での不公平感が少ないというのも大切な気がします。

原作のアニメはかなり昔に見たことがありますが、アニメよりも筋道がわかりやすい脚本・演出になっているようで、そうだったのかーと思いました。
アニメを見ていた時はあっちにこっちに気持ちが寄り道してしまって本筋が掴めていなかったのかなと思います。そういう寄り道が愉しみだった人には物足りなさもあるのかなとは思いました。

アニメのキャラクターをパペットで表現しているので、役者さんを見るのを楽しみにしている人はえっ?って思うのかなとも。
私はアニメでも大好きだった坊ネズミがハエドリに運ばれたり、ハエドリを乗せて歩いたりしているのを見られて楽しかったです。パペット使い巧いなぁ。本職ではなくアンサンブルの方が操っているんですよね。

ハクが龍の姿になった時、そして千尋とともに空を飛びながら自分の名前を思い出す場面を舞台ではどう表現するのだろうと思っていたのですが、人力とは!
歌舞伎の黒衣や狂言においての後見のように、アンサンブルの方々の力で空を飛んだり姿を変えたりしていて、こういう表現をするのかと膝を打ちました。
それがちっとも不自然に感じられないステージングが素晴らしいなと思いました。

千尋役の上白石萌音さんは、舞台に出ずっぱりで階段や梯子を上ったり下りたり舞台を駆け回ったりともの凄い体力と身体能力に驚きました。
ハクにおにぎりを渡される場面の張りつめていた糸が途切れた時の大泣きも凄い。
体の重心の掛け方使い方も子どものそれで、まさにアニメの千尋が抜け出てきたみたいで世界観に引き込まれました。
これぞまさに“恐ろしい子”。と思いました。

ハク役の三浦宏規さんはまず声が良いのと、龍の姿に変わり身する時に跳躍しての回転は目を瞠りました。2回転半以上回ったのじゃないかな。凄い。
彼があの白龍とイコールなのもすんなりと受け入れられました。

湯婆婆と銭婆役の朴路美さんも一声で全員が震えあがるような迫力とコミカルさが湯婆婆そのもの。同じ顔なのに銭婆になるとすっとした品が出て、坊ネズミやカオナシたちに対する慈愛に溢れていて素敵だなぁと思いました。

咲妃みゆさん、声がいいなぁ。千尋のお母さんのあの突き放した感じは、扱いにくい娘をもつ母のリアリティがありました。夫は子どもみたいな人だし、彼女が大人でいないと家庭が回らなさそう。
リンはアニメでもきっぱりと潔くて素敵な人だったけど、咲妃さんのリンも素敵な人でした。
いつかどこかで千尋とまた逢えたらいいなぁ。

カオナシ役の菅原小春さん、どうしたらこんな体の使い方ができるの? 不思議で思わず凝っと見てしまいました。
お面をかぶっているのに、そのお面に心模様が映って喜怒哀楽が見える気がするのも不思議。
銭婆にここに残って手助けをしてほしいと言われた時は、なんだかうれしそうに見えました。
カオナシとは何の暗喩なのか。現代に生きる人間の自我そのものなのかなぁ。などなどいろいろと考えてしまうキャラクターでした。

舞台化と聞いた時は、あのアニメだからこその表現を舞台でどう見せるのだろうと思っていたのですが、古典的ともいえる舞台の手法で描き切っていたことが清々しくもありました。
古来よりの演劇の奥深さやこれからの可能性も見ることができた気がします。
本邦の商業演劇に何某か新しい風が吹いたのかも。そんなことを考えながら帰路をたどりました。

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2022/05/04

グランカンタンテ。

4月26日に宝塚大劇場にて星組公演「めぐり会いは再び next generation-真夜中の依頼人(ミッドナイト・ガールフレンド)-」「Gran Cantante(グラン カンタンテ)!!」をマチソワしてきました。

ショーはそのタイトルどおり、礼真琴さんが歌い歌い踊るショーでした。
懐かしいスペインものの柴田作品の主題歌や挿入歌を次々に歌い継いでいく場面は宝塚ファンとして心躍りました。
(わたし的にはタニウメで聴いたあの歌を、礼さんと美穂さんで聴いてることに妙なテンションの上がり方をしたり・・笑)
礼さんが大階段で「オンブラマイフ」を歌う場面は圧巻。
クオリティの高いショーを見たなぁ。これなら何回も見れるなぁ。と思いました。(といっても残るチケットはあと1枚なんですけど)

観劇から1週間たってしまったのですが、感想を書こうと思ったら、これが意外と細部を記憶していない・・涙。
全編スパニッシュだったせいかな。礼さんが凄かったのは間違いないんですけど。
鮮明に思い出せる場面は、瀬央ゆりあさんが銀橋で「ニンジン娘」を歌っていた場面。
瀬央さんの後ろで踊っていた極美慎さんの表情だったり。
それから礼さんが闘牛士の場面での牛さんの瀬央さんだったり。
ワッカのドレスの万里柚美さんだったり。太鼓を叩いてた華雪りらさんだったり。
天寿光希さんと音羽みのりさんが歌っている場面もあって、ああ退団されるんだなぁと思ったり。
フラメンコの掛け声がカッコイイと思ったり。
せり上がりして銀橋を渡る極美さんのお顏だったり。
見ている時は夢中で愉しんだんですが、場面の細部をほんとうに覚えていない自分に愕然。

ちょっと言い訳をさせてもらうと、「礼さんとその他大勢」か「礼さんと美穂圭子さんとその他大勢」なシーンが多くて、記憶力の弱い私には難易度が高くて・・。全編スパニッシュというのも記憶が混乱する原因かな。
礼さんだから成立してるショーだと思いますが、星組には素敵な人がいっぱいいたはずなのに、あまりピックアップされていなかった? されていたのに記憶がない?・・どっちだろう。
検証するためにも、もう1回見たいです。(どうか叶いますように・・涙)

美穂圭子さんの歌も素晴らしかったですが、ずっと歌われている印象で。ここぞという場面であの歌声を披露されるほうが記憶に残った気がします。
星組のいろんな人の歌声も聞きたかったなぁ。とくに娘役さんの。

パフォーマンスは本当に素晴らしかったのですが、礼さんと美穂さん以外のパフォーマーの顔があまり見えないショーだったかも・・と思いました。
でも、私の勘違いかもしれないので、もう1回絶対見たいです。
どうか早く公演が再開しますように。切に祈ります。

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2022/04/30

ハウダニット。

4月26日に宝塚大劇場にて星組公演「めぐり会いは再び next generation-真夜中の依頼人(ミッドナイト・ガールフレンド)-」「Gran Cantante(グラン カンタンテ)!!」をマチソワしてきました。

「めぐり会いは再び next generation-真夜中の依頼人(ミッドナイト・ガールフレンド)-」 (タイトル長いけど、どこを省いていいのかわからない!)は、2011年に柚希礼音さん主演で上演された「めぐり会いは再び」のシリーズ3作目で、2作目で登場した礼真琴さん演じる末っ子のルーチェの10年後を描いた作品になっていました。

1作目2作目は地方貴族オルゴン伯爵家のお嬢様の花婿選びの顛末を描いたものでしたが、今回はそのオルゴン家の次男で末っ子のルーチェが訳あって王女様の花婿選びに参加する物語。舞台を彼が住む王都に移して、なぜかスチームパンクの世界観に。この世界線では文明が発達するとこうなるってことかな。

今作の上演発表時にまず気になったのが、1・2作目に出てきた人たちはどうしているのかな?でした。
その気になる面々もちゃんと登場。
音羽みのりさん演じるレオニードがあの困難な恋を成就させてしっかり?ちゃっかり?オルゴン伯爵夫人になってた!(奇人のお兄様押し切られたか!)
持ち前の行動力は健在だし、なにより懐かしい姿が見られてうれしかったです。

万里柚美さん、役名が変わっている?と思ったら、リュシドールと再婚して伯爵夫人ではなくなったからか。お行儀指南というかもはや王家のご意見番ですね。
執事のユリウス(天寿光希さん)は変わらずオルゴン家に仕えてて安心しました。相変わらず女優がお好きなんだな。憧れのエメロード様(美穂圭子さん)にも会えてよかったです。

ていうか、あのエルモクラート(真風涼帆さん)が振り回されていた大女優のエメロード様はこの方だったのか!衝撃。(これは端から手玉にとられていたな)
当時モラトリアム全開だった彼はどうやら劇作家をやめて実家に戻り、いまや辺境伯のご領地を治めているらしい。
そしてそこには某弱小国第24王子の従者ケレス(芹香斗亜さん)がいるらしくて、人生なにかおきるかわかりませんねーという。
そんな細かいところも盛り込んでくれるのは、シリーズを見てきたファンにはうれしいです。
ただ一つだけ、オルゴン伯爵役で英真なおきさんが出演されていないのが本当に残念だなぁ。

さていつの世もどこの世も、都というのは若者が夢を抱いて屯しては失意を味わう場所らしくて。
ここでも萎んでしまいそうな夢を必死に守る若者や教わるべき先達を失い形骸に固執する者、大人や世間に傷ついて逃げ込んで来た者たちが戯れ言やため息を共有しあっている。
心に傷を抱えて前に進めないルーチェも。みんなこのままではいられないとわかっていながら子犬のようにグルーミングしあって巣穴の外をうかがっている。
そんなところから物語ははじまりました。

ストーリー運びは単純で、見ている観客は謎解きなどしなくても登場人物たちが勝手に王女様の正体も真犯人もバラしてくれる。それもけっこう早いうちに。
だから、あとは主人公たちがどうやって学びと覚悟を得て逃げていたものを受け容れるか、を見ていくことになるのだけど。

いちばんの見どころは役者のキャラ立ちだなぁと思いました。
でもそこがなかなか難しいのだなぁと。
私が初見で思ったのは、初演の方たちのキャラ立ちは尋常じゃなかったのだなぁということでした。
とはいえ、私が見たのは初日があけてまだ数日のところ。これから1人ひとりがどんどん個性を発揮していくともっと面白くなるはず!と思います。
このお芝居にかぎっては、意味もなくカッコイイとか、訳もなくラブリーとか、そういうのぜんぜんオッケーだと思うので。

オンブルのみなさんとか花婿候補のみなさんとか、もっともっと美味しくなると思いました。脚本にはそういう場面も用意してあるし。
力自慢の彼(役名お名前わからずすみません)とか騎士の彼(碧海さりおさんですよね)とか。自己紹介の伏線を回収する場面は見得を切るくらいの勢いでやっちゃってもいいのじゃないかなぁ。おお!あの人ね!って応援したいです。第128王子のリドル(咲城けいさん)は強いの?弱いの?笑。
オンブルの追手のみなさんも、せっかく銀橋を使うのだからもっと派手に照れてもいいような笑。
わちゃわちゃしてる場面が多いので、礼真琴とその他大勢にならないで芸名の自分をもっとアピールしてこ笑。と思いました。

私がいちばんもっと美味しくやれるはず、と思ったのは宰相オンブル(綺城ひか理さん)。
ギャップ萌えできるなんてこんなに美味しい役があるでしょうか。
最初はどれだけ憎々しく印象づけるか。
そこからの「気流の関係で機体が大きく揺れることが予想されます」的な気持ちを存分に味わわせることができるキャラ。
だって動機がアレですよ? こんなことで? こんなことある?みたいな。
なっ・・っ・・そんなにもコーラス王(朝水りょうさん)のことがっ???って見ていて照れちゃいました。
美味しくやれる余地がいっぱい残っていると思うんです。
あの脚本をどれだけ埋めたり足したりできるかが役者の手腕だし面白いところだと思います。
そしてラストのコーラス王には、オンブル様への愛をもっと見せてほしいなぁ。相思相愛よろしくお願いします。

息子のロナン(極美慎さん)も同じく。
もっといけ好かなくってもよろしくってよと思います。
オムツをしている時分から「向かうところ敵なし」だったみたいな印象を与える人に見えたらいいな。内心はどうあれ。
美貌はいうことなし。さらにもっと過剰なほどの自信を自分を守る鎧のように身にまとっているといいな。
でもほんとうは・・なんて。こんなに美味しく描かれているキャラがある?って思います。
でもでもどんなに健気な一面があろうとも小憎らしさだけは絶対に失わないで。それが最大の魅力だから♡

本来は宰相オンブルのようなキャラクターを得意とする輝咲玲央氏が今回は「ノンキな親戚」に回っているのも見どころだと思いました。
(オンブルがほんとに悪宰相なら輝咲さんにキャスティングされているのだろうなぁ)

ノンキな親戚チームはさすがだなと笑。
ローウェル公爵(輝咲玲央さん)、意地っ張りの若い2人を心配してこんな計画に手を染めるなんてほんとにノンキでお人好しなんだから。
しかも見込んで助言を求める相手があのレオニードだし。「国家機密」を担っているのにほんとうにお気楽な公爵様笑。
ローウェル公が能天気であればあるほど、オンブル様がムキ~ってなるのもわかる気がします。
王の甥ってだけでなんの取り柄もないくせに~!って。(ローウェル公がコーラス王の甥ってことは、王女様とはいとこ同士? コーラス王はずいぶん遅くに一人娘を授かったのだな。そりゃあ可愛くて心配もするかぁ)

フォションお兄様(ひろ香祐さん)はこんな方だったのかぁ。こりゃあかんたんに妹にクスリを盛られるなぁ笑。
クスリを盛られても目が覚めたら「爽やかな目覚めだわ♡」とかノンキに思っていそう。

こんな大らかで寛容な親戚に囲まれて育ったからレオニードも自分に正直に突き進める女性に育ったのだろうなぁ。
アンジェリーク(舞空瞳さん)も預けられたのがローウェル公でよかったのではないかな。
宰相のところだと窮屈で自由もなかったのじゃないかな。ルーチェとも出会えてなかったかも。

さてこの国では母親は早世しがちみたいで、コーラス家、オルゴン家もそうだったし、オンブル家も母親はどこ?でした。
新公外の星娘たちがひとまとめに花婿選びの審査員と仮プリ(仮のプリンセス)だったのは美味しくないなぁ。
顏覚えが致命的に苦手な私にはつらかったです。誰が誰だかになって。
といってもいまさら役は変わらないので、ならば星娘たるもの、半歩前へ押し出し強く主張してくださるとうれしいです。

中堅どころがわちゃわちゃしているなかで、105期が美味しいなと思いました。
双子のポルックス(詩ちづるさん)とカストル(稀惺かずとさん)、とっても可愛かったしお芝居もお上手だなぁと。
鳳花るりなさんも冒頭の回想シーンでの子ども時代のアルビレオ、お顏がよく見えてセリフも良いお声。(アルビレオは歌うまさんの役でしたね)
大希颯さんのフラーウスも、ルベル(天飛華音さん)やカエルレウス(奏碧タケルさん)と一緒の3人組で。双子と絡むところは長身が活きてました。

星組を見に行くと必ず目が吸い寄せられる水乃ゆりさん、今回はレグルス(瀬央ゆりあさん)、ティア(有沙瞳さん)、セシル(天華えまさん)と一緒に探偵事務所に屯するルーチェの大学時代からの友人アニス役。発明、実験、計算が大好きでかつちょっと生きづらそうなものを持っていそうなキャラが新鮮でした。ハネた三つ編み姿も可愛くて目がとろけました。

アージェマンド役の瑠璃花夏さんは、初演のリゼット役の白華れみちゃん味があってなんども目を凝らして見てしまいました。
(そしてそしてもしかしてまさかのアージェマンドがタイトルロール???笑)
可愛らしくてお芝居もお上手で良いキャラを出してて、これから注目したいなと思いました。

そしてけっきょく聖杯は怪盗ダアトに盗まれてしまったのですよね。
ダアトの正体と盗まれた聖杯のゆくえを追う物語は、いつか見ることができるのでしょうか。
その時は、バートル探偵事務所のみなさんと、ルーチェとアンジェリーク、そしてアージェマンドが活躍してくれるかなぁ。

終わってみるとみんなで大騒ぎした末に大団円という馬鹿馬鹿しいけど罪のない作品でした。
こんなお芝居を2500人もの観客が一緒に見てほっこり涙ぐんだり笑ったりしているって、なんて尊いんだろうとしみじみ思いました。

そしてこれを書いていた4月30日、公演関係者に新型コロナウィルス陽性者が確認されたということで公演中止となってしまいました。
宙組大劇場公演につづいて星組も・・・涙。
陽性になった方が罹患症状など残らず無事に復帰されますように。
一日も早い公演再開を心から祈っています。
(どうか2度目の観劇が叶いますように!)

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2022/04/23

俺の生まれはバルセロナ。

4月8日に東京宝塚劇場にて宙組公演「NEVER SAY GOODBYE」を見てきました。

新型コロナウィルスの影響で宝塚大劇場での上演回数が半減して、私が見ることができたのは千秋楽を含めて3公演。
そして東京公演はこの1回きりの観劇となりました。

ジョルジュ(真風涼帆さん)については先に感想を書きましたのでそのほかの感想をと思いますが、書き出すと終わりが見えないほど次々に湧いてくるものがあるので、時代背景に想いを馳せながらムラと印象が変わったなと思ったことを交えながら書いていきたいと思います。

まずプロローグのエンリケ(奈央麗斗さん)がヴィセント(芹香斗亜さん)にそっくり!とびっくりしました。
おじいさん似だったのねー。
ムラではそれほど思わなかった気がします。東京公演ではお化粧や髪型で寄せてきたのかな。(もしかするとムラで私が気づいていなかっただけなこともあり得ますが)
ペギー(潤花ちゃん)もおばあさんにそっくりだし笑、紛れもなく2人の孫なんだなぁと思いました。
こうして孫たちがスペインの地で邂逅できてよかったなぁとしみじみしました。

物語ののち反乱軍が勝利してフランコ独裁政権になったスペインの地を、キャサリン(潤花ちゃん)は二度と踏むことはできなくて、ヴィセントに会うこともジョルジュ(真風涼帆さん)の最期について話を聴くこともできなかったことを思うと、こうして2人が平和な時代を生きて会えて話していることが感動でした。
これもフランコ独裁政権が終わったから実現したことなんだなぁ。

ペギーが言っている1992年のバルセロナ・オリンピック、開催当時はよくわかってはいなかったんだけどそれでも歴史的なことが起きているんだなぁと思ったものです。
そこにはたくさんの人びとの想いが詰まっていたんだなぁ。

余談ですが、その開会式ではフレディ・マーキュリーがバルセロナ出身のオペラ歌手モンセラート・カバリエと一緒に歌うはずだったんですよね。前年に亡くなってしまわなければ・・
オリンピックの公式サイトにフレディ・マーキュリーとカバリエが歌っている楽曲「バロセロナ」を使用したモンタージュビデオがあったのでリンクしておきます。
ビデオにはジョルジュたちが過ごしたサグラダファミリアの1992年当時の映像や、バルセロナオリンピックスタジアムも映っています。
このスタジアムは、1936年の人民オリンピックに使用されるはずだったものを改修したのだそうです。ヴィセントやビル(瑠風輝さん)たちがこの場所でリハーサルしたんだなぁ。
(こちらも→ Freddie Mercury ft. Montserrat Caballe - Barcelona (Live in Olimpiada Cultural)  )

初演の時は、世界史の中の出来事だなぁという捉え方しかしていなかったと思うのですが、2022年のいまのこの世界情勢の中だからこそ1992年のバルセロナの人びとの歓喜の意味に想いを馳せることができる気がします。
そんないまこの時に見る「NEVER SAY GOODBYE」となりました。

物語は1936年に遡り、舞台はきな臭いヨーロッパとは遠く離れたアメリカ、ハリウッドのクラブ「ココナツ・グルーヴ」。
前年には「TOP HAT」同年にはチャップリンの「モダン・タイムス」が公開されたそんな時代なんですね。
(「TOP HAT」では英米と南欧との格差が感じ取れますし、「モダン・タイムス」は労働者をただの歯車として消費する資本主義社会を批判的に描いているように見えます)

新作映画の製作発表パーティに集うセレブたち。そして紹介される出演者や関係者たち。
そのなかにラジオ・バルセロナのプロデューサーのパオロ・カルレス(松風輝さん)がいて、当時誕生したばかりの社会主義国スペイン共和国について歌い、海の向こうのヨーロッパでは労働者が国を動かす時代が到来したことを示唆。

私はパオロさんが片頬を上げて哂うのが好きで、見るたびに出た出たこれこれとニヤニヤしました。
人好きのする気さくな笑顔を相手に見せながら、見せていない方で哂ってる。同時に2つの顔をして同時に2つのことを考えているみたい。
言葉巧みに都合の悪い真実についてはすっとぼけて相手にとって耳障りの良い話を滔々としてその気にさせる。→スタイン氏(寿つかささん)はすっかりその気。
どんなピンチも言葉の言い換え、発想の転換で切り抜けていきそう。
いかにもやり手興行師な風情。いいキャラ作っているなーと思います。

時代の空気はハリウッドの若者たちにも影響を与えていて、キャサリンや仕事仲間のピーター(春瀬央季さん)も純粋に社会主義思想に理想を抱いているみたいで、ピーターはユニオンを作ろうと持ち掛けて仲間から渋い顔をされているし、キャサリンはそんな仲間たちに「情けない」と檄を飛ばしている。

この場面は都会に集う若い知識人のリアルが感じられるなぁと思いました。不満はこぼすけれど実際に行動を促されると尻込みしてしまう。とてもよくわかります。
彼らが歌い継ぐ洗練されたメロディもアメリカだなぁと思いました。こういう曲調は舞台がスペインに移ると聴けなくなるので噛みしめて聴きました。

そしてキャサリンが自分を鼓舞する勇ましい「ハッ!」が好き。この無謀で理想を食べて生きているキラキラしたかんじは嫌いじゃないなぁと。むしろ微笑ましくてフフッと笑ってしまいました。
当時の彼らにとって、ヨーロッパの情勢はどんなふうに映っていたのかな。自分たちとはかけ離れた遠い海の向こうの出来事? それとも共感? この頃はまさかスペインで内戦が起きるとは思っていなかったのだろうな。(だからこそマークたち一行もロケの下見を名目に物見遊山でスペインまで行ったのだろうし)

アニータ役の瀬戸花まりさんは歌うまさんなのは知っていましたが、ムラで見た時は曲調と声質が合っていないかなと思っていました。初演の毬穂えりなさんがとても豊かな声音で素晴らしかったので、どうしてもその記憶が呼び起こされて。
でも東京のアニータは歌い方から変わったみたいで、とても深みのある歌声が素晴らしくて聞き惚れました。
アジトをみつけてあげたり、ヴィセントの実家の片づけを手伝ったり、かと思うとキャサリンに出国の手配をしてあげたり、彼女が味方についていなかったら、彼らはもっと早くに破綻していたんじゃないかしら。
キリっとした頼もしさもあるのに、セリフのないところでは愛おしそうな眼差しでジョルジュたちをみつめているのもいいなと思います。
そもそもどうして彼女はジョルジュたちと行動をともにしているのかなと想像してしまいます。

テレサ役の水音志保さんは「夢千鳥」につづいての抜擢かな。ここ数年気になる娘役さんだったのでキャスト表にテレサとあるのを見てとても嬉しかったです。
2番手の芹香さんに寄り添っても遜色ないし、愛されている女性のきらめきや自分の踊りで生きていく強さとしなやかさも見て取れてとても好きでした。
美原志帆さんや音波みのりさんみたいな綺麗なお姉さま役ができる人になって、これからも楽しませてもらえたら嬉しいです。

キャスト表を見て楽しみにしていたもう1人、ラパッショナリア役の留依蒔世さん。歌声の迫力さすがでした。
ムラでの初見の時は、娘役さんのキーがちょっと苦しそうかな?と思ったのですが、ムラ千秋楽そして東京とどんどん声が安定して迫力が増していたので、東京千秋楽にはどうなっているのかと思います。(私はライビュでしか聞けないのが残念)
歌もさることながら、娘役さんたちを率いて、そして男役さんたちに交じっての市街戦も女性としてカッコよくて素敵でした。
フィナーレでもとてもしなやかで力強い娘役ダンスを披露していて、見応えのあるパフォーマーぶりで魅了されました。宙組になくてはならない存在だと思います。

そしてバルセロナ市長役の若翔りつさん。市長の内戦勃発を知らせる歌は初演では風莉じんさんの歌唱力に驚いた記憶がありますが、若翔さんもぶれることなく素晴らしかったです。こんなに歌える人とは知りませんでした。
「バルセロナの悲劇」でラパッショナリア役の留依蒔世さんと一緒に歌うところは聞いていて高揚しました。歌うまさんが合わさるとこうなるの??と。
あの場面はコーラスも最高で、その押し寄せるような歌声のうねりに涙を流して聴いていました。

故郷バルセロナを愛するヴィセントのソロ曲「俺にはできない」は、初演の「それでーもーおーれはのーこるー大切なーものをまーもるーためー」のほうがインパクトあって(いろんな意味で)わかりやすかったなぁと思います。
初演でヴィセントは脳みそ筋肉だけど愛すべき人、と強くインプットされている私はムラの初見で大いに混乱してしまいました。

ヴィセントは初演では2番手の役にしてはそこまで大きな役という印象ではなかったので(アギラールのほうが2番手っぽい役だなと思っていました)、ベテラン2番手芹香斗亜さんのために書き足しされるんじゃないかなーと思っていたのですが、場面として大きな書き足しはされていなかったようでした。
いちばん変わったと思ったのはソロ曲「俺にはできない」が、メロディも歌詞も別物になっていたこと。
ほかはココナツ・グルーヴの登場の場面で「オーレ!」と決めポーズをするだけだったところで、1フレーズ歌が入ったとかそんな感じ。戦場の場面が増えてくれたらいいなぁなんて思っていたのですが。

場面を増やさないかわりに、芹香さんのためにソロ曲で銀橋を渡ることにしたのだなと思うんですけど(初演では銀橋は渡っていないので)、そうするためには初演のナンバーでは長さが足りないし、芹香さんの歌唱力を活かすべくワイルドホーン氏に歌いあげ系の新曲を書いてもらったのだろうな。
曲のタイトルはそのまま、メロディアスな曲調に。歌詞も内容はほぼそのまま言葉数が倍以上増えてより抒情的に、感傷的になっていました。
そのためヴィセントという人が謎な人物になったように私には感じられました。

あの場面は、闘牛士たちがバックヤードで「闘牛の中心地のセビリアが反乱軍の手に落ちた」「俺たち闘牛士はこれからどうなる」と喧々囂々と言い合って「闘牛を続けるためになんとかして南部へ行こう」という話で纏まりつつある中で、ベンチに座ったままずっと黙りこくっていたヴィセントが「俺の生まれはバルセロナ」「俺は残る二度と闘牛できなくても」と闘牛士仲間と行動を共にしないで1人残ってバルセロナで反乱軍と戦う決意を言い放つんですよね。

「敵と味方か」ともヴィセントは言ってる。
闘牛士というのは王侯貴族や伝統と深く結びついている職業なのでしょう。
反乱軍は、社会主義国となったスペインで既得権益を失ってしまった王侯貴族や教会、ブルジョワたちに支持されて勢力を強めていったわけで、闘牛士たちはそうした反乱軍を支持する人びとの庇護下に入るために南部へ下ろうとしているということなのではと思います。
だからヴィセントの「俺にはできない」に繋がるんだと思うんですが、脚本上それに少しも言及しないので1人ヒロイックな妄想に耽って歌っているみたいな印象をうけてしまいました。

ヴィセントってジョルジュのことを子や孫に語り継ぎ、その命ともいえるカメラを、ジョルジュとキャサリンのあいだに宿った命に連なる孫のペギーに受け継ぐとても意味深いところを担うなど、ファンクションとしての役割は重要なのに、人物の肉付けや整合性に粗さが否めない描かれ方をしているので演じる芹香さんも作り上げるのに苦労したのではないかな。

セビリアはフランコ将軍たちが蜂起したモロッコからは目と鼻の先のスペイン南部の都市で、バルセロナはスペイン北部のフランス国境と接したカタルーニャ地方にある都市。整備された道路を通ってもおよそ1000Kmちかい道程。(Google map調べ)
セビリア生まれのファン(真名瀬みらさん)をはじめ、ホアキン(秋音光さん)、ラモン(秋奈るいさん)、カルロス(水香依千さん)、アントニオ(穂稀せりさん)、ペドロ(雪輝れんやさん)たちは、無事に戦火を掻い潜って南部に辿り着けたのでしょうか。

彼らにはイデオロギーなどどうでもよくて、純粋に人生を懸けた闘牛をつづけたいという一途な気持ちで命を懸けた行動を余儀なくされている。
どこをとっても戦争は残酷だと思います。
たとえそこに英雄がいたとしても美談にしてはいけないものだと思います。

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2022/04/17

ぼくはデラシネ。

4月8日に東京宝塚劇場にて宙組公演「NEVER SAY GOODBYE」を見てきました。

当初は東京公演の観劇は予定していなかったのですが、宝塚大劇場公演の上演日数が半減し私の観劇回数も大幅に減ってしまうとわかったので慌てて友の会の先行にエントリー。辛うじて1公演当選したので日帰り遠征と相成りました。

4月2日の東京公演初日から1週間ほどたったところでしたが、ムラの千秋楽より一段と凄いことになっていました。
舞台の上の誰もがこの瞬間に命を懸けている。そんな気迫を感じる舞台でした。

東京宝塚劇場はたしか昨年末にリニューアル工事をしたとのことですが、音響設備も変わったのかな?
セリフやソロ曲の聴こえが凄くいいなと思いました。逆にコーラスになると音を絞り過ぎてるんじゃないかな?と思うところも時々。
それでもどのコーラスナンバーも素晴らしくて、これを浴びるために来たのだと何度も舞台に向かって拝みたい気持ちになりました。
「バルセロナの悲劇」では歌声のうねりに圧倒されて気づくと涙が出ていました。

2幕のサンジョルディの祭り場面のジョルジュ(真風涼帆さん)とキャサリン(潤花さん)のデュエットダンスも息をのむほど美しくて光の中に溶けていってしまいそう・・と思っていたら自分の涙で滲んでいたせいでした。
舞台上の人びとに心を振るわせられどおしの観劇でした。

ジョルジュはココナツ・グルーヴで登場するときの雰囲気がムラで見た時と変わっていた気がしました。
足取りも軽やかで、真風さんには珍しく“チャラい”。銀橋でのソロの歌い方も変わった気がします。
都会のプレイボーイ感がすごく出ていて初演の和央ようかさんに寄っているかんじがしました。
それと真風さんかなり痩せられたかな?とも。

最初は軽くて軟派な印象だった彼が、ワルシャワの貧しい街角で育ち、内緒で故郷を飛び出しウィーンで苦学の末に賞をとり・・という思いがけない過去を語る効果はてきめん。知らず知らずその熱唱に引き込まれて聴き入っていました。ムラではこんなに歌詞を噛みしめて聴いてなかったな。

自分を根無し草だという彼にキャサリンが心をゆるしはじめているのも手に取るようにわかりました。これは恋に堕ちはじめているな。
と感じ入っているところに、さりげなく「ピーターって彼氏?」って訊いているのが耳に入ってきて、コノヒトハー!?ってなりました。
そういうところよね。カメラの腕ももちろん凄いんでしょうが、むしろ女性の扱いで上り詰めた人なんだなと思いました。
プレイボーイが生業みたいになっちゃっているんだな。
「ぼくはデラシネ」と過去の話をするのも手口だわね。マリブビーチに誘うのも。常套手段。

キャサリンはすっかり魅入られてしまっているみたいだなぁ。ジョルジュには彼女みたいな純粋な女性をぽうっとさせるのは朝飯前みたい。
そのくせ愛を鼻で嗤うような態度をとる。愛も女性も彼には重要ではない、とるに足らない人生のおまけみたいなものなんだろうなと思いました。
すくなくともこのときはそう感じていそう。

ムラで見た時に釈然としなかったのが、こんなに時代の先を行くような知的な人がなぜカメラを武器に持ち替えてヴィセント(芹香斗亜さん)たちと一緒に異国で戦う決意をするのかということでした。
結果あんまりジョルジュに好い印象を抱けなくて、今回もそうなるのかなと思ったのですが。豈図らんや。。。

今回感じたのは、彼は懸命に生きている1人の人間なんだなということでした。
「どんなに赤くルージュを引いても僕のこの眼は騙せない」
というけれど自分自身についてはどうなのかしら。
彼が自分を作らない女性に惹かれるのは、彼自身が自分を覆い隠して生きているからじゃないのかな。
あなたが女性に求めていることは、そのまま自分に求めていることなんじゃないの?と思いました。

見た目に反して、本当は田舎育ちのナイーブな人なんじゃないかな。とも感じて。
パリで出逢ったエレン(天彩峰里さん)は彼にはパリよりももっと都会から来た華やかで思ったことを臆せず口にする「自分を作らない人」に見えたのではないかしら。そんな彼女が魅力的に映ったのは肯ける気がします。

彼はとても苦労をしてきて生き抜くために過剰適応してしまった人に思えました。
そして時代の最先端を生きる都会的な人物に擬態していたのじゃないかな。
息を吐くようにキザにふるまったり口説き文句に近いことをさらりと言ったりと、とても優秀な人なので完璧に擬態できてしまっているけれど、心の奥の翳りが彼を苦しくさせているのではないかなとその姿を追いながら思いました。
それが彼の「人生の真実」探しにつながっているのかな。

そんな時にキャサリンに出逢ってしまった。
自分が涼しい笑顔の裏で誤魔化していることをずけずけと口にする女性。怒りの感情を素直に出せて、やりたいと思うことに猪突猛進できる人。そんなふうに生きて来れた人。
ジョルジュが彼女に惹かれるのもまた肯けました。
彼女の中に別の人生を生きてきた自分を見ているような眩しさを感じてる?
「おなじものを見ようとする」ことにこだわる理由も見えたような気がしました。
彼女はやっと出会えた自分、半身を得た感覚なんだろうなぁ。
そりゃあフィジカル的にも精神的にも高揚してしまうよなぁ。
「ぼくは君に出会うために生まれてきた」 
もう天国から音楽が降り注いでいましたね。

彼女との間に自他の区別がなくなっている状態のところに、彼女が彼女自身の意思で彼が望んでいないことをしようとする。
そりゃあ混乱してしまうよなぁ。このときの彼にとって彼女は自分なんだから。
いっときも離れがたい気持ちなのはわかります。彼女が自分とおなじテンションじゃないことに狼狽えるのも。
それを「男のエゴか」とか言っちゃうから誤解を招く。
ジョルジュが抱いているその気持ちには男も女もないものだから。自他を同一視して闇に落ちてしまうことはたとえば親子やファンとアイドルの間にも起こるものだから。
人は苦しみもがきながら他人も傷つけてしまう。

田舎の閉塞感に耐えきれずに都会に夢をもとめて飛び出したけれど、本当の自分の居場所をみつけられないまま自分を根無し草だと感じている。
そんな彼が、キャサリンに出会いその魂の中に、本来の自分を見出し取り戻す。
そうして自分の中にあった、無意識に蓋をしていた祖国と残してきた家族への罪悪感が、祖国ポーランドとおなじようにロシアとドイツの板挟みになっているスペインで戦っているヴィセントたちの姿をレンズを通して見ているうちに、かたちを成してきたのかなぁと思いました。
その贖いをしないと自分に筋を通すことができない。
祖国ポーランドを侵略しようとするナチスドイツ。
そのナチスドイツから軍事力の支援を受けてスペイン共和国を武力攻撃するフランコ将軍率いる反乱軍と戦うことは、彼にとって贖罪として整合性のとれることなんだろうなぁと思いました。
そこに自分自身の生きる意味を見出してしまった。
見た目のクールでリベラルな都会人とはかけ離れた、泥臭くてエモい人だったんだな。本来は。
他人も自分も欺いて生きてきて、このスペインでようやく真実の自分に辿り着いた。

彼は「人格者」でも聖人君主でもない。
迷える羊がやっと自分が属する群れをみつけたんだな。
「もうデラシネじゃあない」

「そしてその真実を共有できる君というひとに出会えた」
ちょっと待って? 
相変わらず自他の区別がついていないんだなぁ。
そのロジックはキャサリンを納得させるためのものではなくて、自分が満足するためのものだなぁ。

言われる側としては、そんな説明でどうして別れなくちゃいけないのか。になると思うんだけど。
でも彼を愛していて、デラシネであることがジョルジュの痛みだったことを知っているキャサリンには、やっと自分の生きる意味をみつけたというジョルジュを止めることはできないのだろうなぁ。
ホスピタリティ溢れるこの潤花ちゃんキャサリンは、彼を笑顔で見送ることが彼にとっての救いだという思いで受け入れたんだろうなぁと見ていて思いました。
その懐の深さに泣けました。

けっきょく自分の進む道を彼女にゆるされたことでジョルジュは救われたのだろうな。
あの瞬間がジョルジュには宝物なのだろうな。(キャサリンにはこれからの辛い現実のはじまりの瞬間だと思うけれど)

最後の最後まで女性に甘やかされて行ってしまった。
大人になって誰かを受容するのではなく少年の心のままで。
それともこれからの数か月で彼もまた誰かの心を受け容れ救ったかしら。
描かれていない時間をあれやこれやと想像してしまいます。

もう1人、ジョルジュが傷つけた女性エレン(天彩峰里ちゃん)。
彼の女性の好みは一貫して「自分を作らない人」だったのだろうと思います。
エレンもきっと心のままを口にし態度に出す人で、そういうところが眩しくて惹かれたのじゃないかなと思うけれども、でも彼女もまたハリウッドの美人女優という世間から求められる存在に擬態している人なのかもとも思います。
もしかしてエレンとジョルジュは似た者同士なんじゃないかなと。
だから一緒にいるのが辛くなったのじゃない?と。

そんなエレンの「真実」との乖離に彼が勝手にモヤっているところに、キャサリンに出遭ってしまったのだなぁ。
「あのひとのどこがわたしよりいいの?」と正面から問い質すエレンは、自分を作らない素敵な人だと思うけど。
そのプライドも素敵。
この再演のエレンが私はとっても好きで、会って話してみたいなぁ。一緒に大ジョルジュディスり大会を開催したいなぁと思ったりします。
キャサリンも参加してくれるなら大歓迎。

もしジョルジュがキャサリンとともに帰国して一緒に暮らしたとしても、彼があのまんまだったらいずれ大喧嘩になったんじゃないかな。
でも共に暮らして彼も彼女もすこしずつ変わって、しあわせに生涯を終える未来もあったはずだけど。
いま思うのは、どの選択もまちがいじゃない。
懸命に生きた人びとの物語だったなということです。

(感想を書いていたらあまりに長くなってしまったので、ジョルジュについてだけを残しました。ほかの部分はまたまとめられたらいいなぁ。でも千秋楽までに終わるかな・・)

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2022/04/10

俺たちだけの罪。

3月30日にシアター・ドラマシティにて宝塚歌劇花組公演「冬霞の巴里」をマチソワしてきました。
上階とは真逆の世界が繰り広げられていました。

公演に先駆けて公式hpにアップされた主演の永久輝せあさんのビジュアルに心臓を撃ち抜かれて観劇を楽しみにしていました。
まずは会場に入ってすぐに公演プログラムを購入。ページを開いた瞬間に視界が歪んだような? へんな脳内物質でた? という感覚に。
巻頭そして巻末の永久輝さんに魅入られて魂を抜かれそうな気がして、閉じては開き開いては閉じて眺めました。

幕が上がるとまずエリーニュスたちのビジュアルに目が釘付け。
耽美なクラウンみたいなメイク、シルバーアッシュ系の髪色、そして白地に血飛沫を浴びたようなプリントの衣装。いかにも人外のもののような身のこなし。
こういう世界観か!と体温があがる感覚がありました。

そういえば、本作の作演出の指田珠子先生がデビュー作として手掛けた星組の「龍の宮物語」も、これはCSで見たのですが、水怪たちのビジュアルと人ではない身のこなしに目が離せなかったことを思い出しました。
ことばでは表現しにくい快感と悍ましさのあわいにある感覚を引き摺りだされるような、なんともいえないところを表現する方みたいだなぁ。

「龍の宮物語」は『ネムキ』みたいだなぁと思ったのですが、「冬霞の巴里」は往年の『花とゆめ』の巻末あたりで読んだ作品っぽいかなとも思いました。(巻頭カラーとかではない、マニアックだけど一定の支持者もいるような)
少女漫画的なビジュアルを具現化したような世界観。これぞ宝塚歌劇でやるべき世界だと思います。
見終わった後には森川久美先生の短編漫画の読後感にも似た余韻が。

そしてあたらめて演出家の頭の中にあるイメージを具現化する宝塚のスタッフさんたちって凄いなぁと思いました。
その世界観に違和感なく息づくタカラジェンヌも。
役名からお顏を確認しようとプログラムを開くも、主演と10名のキャスト以外はホワイトタイや淡色のドレスでキラキラと微笑んでいる他作品と共通で使用するスチール写真が掲載されているので、花組初級者の私は混乱するばかりでした。(作品によってこうも変わるのかと驚きでした)
エリーニュスの中で歌が素晴らしかったのは咲乃深音さんかなぁ。

舞台メイクでいうと、主人公のオクターヴをはじめとするブルジョワ階級の人々は綺麗な宝塚メイクで、下町の下宿に棲む人々は目のまわりなどのシャドウの濃い独特のメイクだったのも不思議な世界観でした。
漫画でいうなら作画が違うかんじ。2人の描き手が1つの作品を描いているみたいな。
下宿の人びとの会話は演劇的で生き生きしているように感じられ、ブルジョワの人びとの会話は嘘っぽいような、そんな感じもうけました。
それはオクターヴに見えている世界観と関係があるのかなとも思いますが、彼の実家の人びとがどこか焦点がぶれているようでもどかしさもおぼえました。

この作品はギリシャ悲劇をモチーフにしているということなので、オクターヴ(永久輝せあ)=オレステス、アンブル(星空美咲)=エレクトラ、イネス(琴美うらら)=イピゲネイア、オーギュスト(和海しょう)=アガメムノン、クロエ(紫門ゆりや)=クリュタイムネストラ、ギョーム(飛龍つかさ)=アイギストスに相当するのだと思います。
元ネタではそれぞれが壮絶な生い立ちや罪を抱えており復讐の連鎖に至る理由もわかるのですが、この作品では親世代の罪やオクターヴとアンブルの受けた仕打ちなどがそれほど凄絶なものとして語られていなくて、ぼんやりしてしまったかな。

あのようにオクターヴを復讐に駆り立てるのが、姉のアンブルだと面白いのになぁと思います。
母親と叔父の会話を聴いてもにわかには信じられなかった幼いオクターヴに、彼らの罪を確信させたのはアンブルだったのでは。
それはどうしてか、彼女が母親を憎む理由が描かれていたらなぁと。
彼女のオクターヴへの執着の意味がキラリと光るともっと面白くなるのになぁと。
オクターヴのラストのセリフも生きてくるかと。

オクターヴ役の永久輝せあさん、まずはそのビジュアルで心臓を射抜かれました。
19世紀のデカダンがこれほど似合うとは。
世界観に合わせた芝居ができる人なんだな。どんどん物語世界に引き込まれました。
オクターヴというキャラは本来の永久輝さんが醸し出す雰囲気よりも内面的に子どもっぽい面があるので、そこを調和させるのが難しいところのように思いましたが、そこも巧く演じていて。
私は姉のアンブルに素直にタイを結んでもらう場面がとても好きでした。強がっているけど甘えん坊。それでもってあのビジュアル。かなりくすぐられました。
目が利くし、雰囲気のある良い芝居をするし、身のこなしも美しくてこれからが本当にたのしみな人だなと思いました。
彼女でオスカー・ワイルドの耽美な世界を見てみたいと思いました。

アンブル役の星空美咲さん、この学年でこの作品でこの永久輝さんの姉の役とは。かなりのハードルだったと思います。
彼女の初ヒロイン作品「PRINCE OF ROSES」のドキドキの初日を見ているので、今回はまずその堂々とした居住まいに目を瞠りました。頼もしくなったなぁ。
たとえばこの役をもっと上級生の娘役さん(私がイメージしているのは伶美うららさんですが)が演じたら、作品の雰囲気ががらりと変わるのではないかと思いました。ヒロインで作品の雰囲気が変わりそうな重要な役どころ。
星空さんが演じることでより少女漫画風になったなと思いました。
セリフの言い方一つでもっと意味を持たせられるんじゃないかなと思う場面があったのと、表情がワンパターンになりがちなのでもっといろんな顔が見られるといいなぁと思いました。(難しい言葉を言うとき険しい顏になりがちかな)
とはいえ彼女にしか演じられない雰囲気のアンブルで良かったなと思います。

ヴァランタン役の聖乃あすかさん、初主演作「PRINCE OF ROSES」のキラキラと光の中を歩んでいくヘンリーが彼女の持ち味にぴったりだったのだけど、それとはまるで逆の役どころ。
これが新境地で素晴らしかったです。含みのあるセリフも巧いなと思いました。永久輝さんとの芝居の相性も良いみたい。
クライマックスシーンの晩餐での迫真の演技が凄くよかったです。新事実を突きつけられたオクターヴの狼狽をテーブルの陰で嘲笑っていたのが印象的でした。
「黄土の奔流」の葉宗明みたいな役を彼女で見てみたくなりました。

クロエ役の紫門ゆりやさん、まずプログラムの写真に釘付けになりました。
名香智子先生が描く美女の雰囲気。とても少女漫画的。
男役が演じる女役だからなのか劇中でもいわくありげな貴婦人の雰囲気で、雰囲気こそが要のこの作品に重要な存在感を示していると思いました。

ギョーム役の飛龍つかささんも難しい役どころを大健闘。
最初からどういう人物なのかがわかりやす過ぎてもダメな役でその塩梅が難しそう。
それはクロエ、そして峰果とわさん演じるブノワも同様かな。
ギョームとブノワは2人でいる時は見分けがつくのですがちょっと似た感じだったので、ブノワが1人で登場する時に初見では少々混乱しました。モノクルを掛けるとか特徴的なアイテムで見分けが容易だとよかったなと思います。

エルミーヌ役の愛蘭みこさん、ただの世間知らずで明るいお嬢様ではない片鱗を見せているのが好きでした。
知らぬはミッシェル(希波らいとさん)ばかりなり??
純粋で真っ直ぐだからこそ、真っ直ぐに傷つくミッシェル。彼の持つ聖のエネルギーで未来を変えていけることを願わずにいられませんでした。

ジャコブ役の一樹千尋さんは、さすがの芝居。こんなふうにセリフに意味を含ませられるんだなぁ。
下宿の女将ルナール夫人役の美風舞良さんも良い味出ていて宙組時代より好きかも。(宙組時代はヒステリックな役が多かったのが持ち味に合わなかったのかな)
お2人ともいかにも「演劇」ってかんじ。舞台メイクもとても印象的で素敵でした。

作品としては、雰囲気やそれっぽさを愉しむかんじでそれ以上ではなかったけれど、その雰囲気が私にはたまりませんでした。
いずれ何かどえらい作品を見せてもらえそうで、指田先生には期待したいと思います。

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2022/04/06

And Music and Love and Romance.

3月28日と29日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇花組公演「TOP HAT」を見てきました。

見ているだけで幸福感に満たされる柚香光さんと星風まどかちゃんのデュエットダンスに夢見心地になりました。
いつまでも見ていたい。終わってしまわないで。そんな気持ちになりました。

恋するまどかちゃん(as デイル)、輝いてました。なんてまぁこんなに綺麗な女性になって(感嘆)。(研1さんから見ているもので感慨無量)
ジェリー役のれいちゃん(柚香さん)は組んでいる娘役さんを魅力的にする魔法をもっているみたい。
そして女性から平手打ちをされてこんなに素敵に見えるなんて只者じゃあないです。知ってたけど知ってた以上です。
毎晩夢で見たい2人だなぁ。目を閉じたられいちゃんとまどかちゃんが踊っている・・想像するだけで至福。

じつを言うと、初演を見ているのに1幕は細部をほとんど覚えていなくて、あれ?こんなだったっけ?そういえばこんなだったかも??などなど新鮮に見てしまいました。
CSで放送されることもなくて映像を見返すチャンスがなかったからかなぁ。
なんて思ったんですが、いやいやいや。2幕を見終わってわかりました。
たぶん初演の時も、2幕のまぁさま(朝夏まなとさん)とみりおん(実咲凜音さん)のダンスにうっとりして細かいことは全部忘れたんじゃないかな(笑)。あとは愛ちゃん(愛月ひかるさん)のべディーニの衝撃(笑)。
初演も再演もこの2幕のために1幕があったと言って過言じゃないかも。2幕を見たら1幕のことを忘れてしまう(笑)。

終演後に公演プログラム巻末の初演の写真を見て、あああこんなだった!と記憶がすこし戻りました。
かんたんな比較をすれば、宙組初演はシックでスタイリッシュで、花組再演版はキュートでスウィートかな。
(みりおんとまどかちゃんのドレスがまさにそんなかんじ)
初演はコメディが強めで、再演はロマンスが強めな印象かな。

翌日は劇場に着く前から楽しみで楽しみで。またあのペアダンスが見られるのかと思うと心ウキウキ顔面ニマニマしてました。(マスクよ今日もありがとう)
終演後は身も心もめろめろに溶けて液体になった私が客席の染みになっていたのではなかなと思います。
(送り出しのバンドが奏でる「TOP HAT, WHITE TIE~」を聞きながらなんとか人の形に戻れました)

ドリーミングな主演の2人に勝るとも劣らずラブリーだったのが、水美舞斗さんと音くり寿ちゃんが演じたホレス&マッジのカップル。
初演よりも若い役づくりだったかな。相手の言葉に対する表情などまだまだハネムーン感が漂ってました。
ホレスの貶し言葉に一瞬ズキッときてる表情のマッジにキュン。そこからさっと気を取り直して相手を貶す言葉を紡いでたような。
どこまでOKかまだまだ探り合いを残しているカップルの様子がちょっぴりスリリングで微笑ましかったです。
(初演はどこまでOKか熟知して戯れている大人のカップルだった記憶)

音くり寿ちゃんは芝居を引っ張る力があるなぁ。
デイル役のまどかちゃんと女同士の会話が面白くて可愛くて。2人同期ということもあって、なんか可愛い2人がわちゃわちゃしてる~♡ってとってもときめきました。
あんまり大人なマッジに作っていないところも効いていて、花組のこのキャストで演るならこれで正解な気がします。

れいちゃんジェリーと水美さんホレスのやりとりも同期ならではの気安さがいい感じに効いていました。
ジェリーってほんと自分本位でホレスの心配事に対しても上の空だったりするのに、そんなジェリーのために一生懸命になってくれるホレスってほんと好い人。
私の知らないところでホレスのために尽力してあげてないとジェリー許さんぞなレベルなのだけど、ホレス本人がいちばん気にしていなさそう。
とっても良いお金持ち。
デイルがハネムーンスイートに押し掛けてきた時のヘアーキャップとガウン姿のあれやこれ最高でした。

初演で愛月ひかるさんが怪演したべディーニ役の帆純まひろさん、面白可愛かったです。
デイルのことを真剣に幸せにしてあげようとしてたような気がします。人の好さが滲み出ててラストはちょっとお気の毒な気持ちになりました。
(初演の愛月べディーニは俺様感と変人感が強かったんだなと再認識・・笑)
「雨に唄えば」のリナ・ラモントにしてもこの「TOP HAT」のべディーニにしても、主人公たちのライバルがとんでもない目に遭わされながらも反撃しないから大団円で終われるんだけど、宝塚で上演するとなんともいえない後味も残るなぁ。演じた人への愛着もあるからかなぁ。

ハネムーンスイートで服を脱いでいく場面、スーツの下に着ているのは派手なインナーってことでいいのかな。
28日はイタリアのトリコローレにべディーニの顔入りで、29日マチネは甲冑の柄のようでした(騎士っぽいアドリブ付)。
デイルにあんな素敵なドレスをデザインする人なのに、自分のインナーはこうなの? 
盛り上がる場面にしたいのだろうけど方向性に疑問も感じました。
おなじことをやったとしても初演の衝撃は超えられないと思うし、だからといってエスカレーションするべきではないし、宝塚歌劇にとってもタカラジェンヌにとってもメリットがない気がして。

ベイツ役の輝月ゆうまさん、「プロミセス・プロミセス」に続いて特別出演を見ることができました。
不自然な役を自然に演じてるというか、客席に見せないといけないところは見せつつ、邪魔になってはならないところでは存在感を出さない、その塩梅が巧いなぁと思いました。
場面とリンクしないことを滔々としゃべる役でもあるので、何を言っているのかわからないと笑えなくなるのだけど、言葉がはっきりしていてセリフが生きていました。
大団円にもっていく場面も気持ちよかったです。

あと気になってプログラムでお名前を確認したのが2幕冒頭のウェイター役の愛乃一真さん。(で合ってるかな)
デイルに積極的にコナを掛けにくるかんじがイタリアーノらしくって、ベニスに来たんだなぁ感がしてニヤついてしまいました。
しかもいちいちキザな身振りで花組を見ている満足感もありました。美味しい役をここぞと愉しんでいるなぁ。
大劇場公演ではどんな役をされているのかな。

2幕は冒頭から、音楽もダンスも楽しくてここは天国なんじゃないかな?と思いました。「ピコリーノ」大好き。いよいよはじまるぞってかんじ。
ホテル・ベネチアのぜんぶが好きです。歌もダンスも小芝居も。タカラジェンヌの尊さをひしひしと感じる場面でした。

ここからラストまで名場面、名曲の連続で目も耳も心も大忙しでした。
いまの花組で「TOP HAT」を演ろうと思った人は天才だと思います。

(そして翌日私はドラマシティに花組別チームの「冬霞の巴里」を見に行きました。。。同じ場所の上と下で。。。花組の恐ろしさを思い知る私。。。)

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2022/03/23

OPEN YOUR EYES.

3月19日に博多座にて、ミュージカル「笑う男」を見てきました。

3年前に北九州ソレイユホールで日本初演を見て、とても惹かれるものがあったのですが消化不良も感じて、再演があったら見たいなぁと思っていました。

今回は博多座で上演されると知って公演日程を確認したところ、3回目の新型コロナワクチン接種や観劇遠征が重なる時期で前売りを買うことができないまま初日が開けてしまい、ワクチン接種の前日に「今日しかない」と意を決して博多座へ。当日券で観劇することができました。(2階前方ドセンのまったく私好みの席を買えてラッキーでした♡)
ワクチン接種後のぼんやりした頭でこれを書いています。

初演で惹かれたのは、山口祐一郎さんのウルシュス。そして夢咲ねねさんのデアでした。
この世界は残酷だと繰り返し言いながらもその言葉に反して、1人では生きる術をもたないデアを大切に育てるウルシュスの心のうちに惹かれました。
夢咲さんのデアは天使でした。猥雑な見世物小屋にいながら。見世物小屋の仲間たちもまた彼女を大切にしているのを見るのが泣きたくなるほど好きでした。

今回は博多座ということで、セリが上がり盆が回りとてもスペクタクルになっていました。
漠然と見えていた初演より、場面の見せどころがわかりやすくなったかなと思います。

とくにジョシアナ公爵(大塚千弘さん)の心の変遷がよく見えるようになったなぁと思いました。それによって本当の化け物は誰なのかがはっきり見えたなぁと。
なにもかもを持っていながら、自分の意に沿わないことを受け容れないとそれを享受できない苛立ち、自分が選べるものといったら火遊びの相手くらい。貴族社会の欺瞞を嫌悪しているのにそこから逃れられない。彼女はもっとも現代人の感覚に近い人だなと思いました。

吉野圭吾さんのデヴィッド・デイリー・ムーア卿も面白かったです。
彼はジョシアナ公爵が嫌悪しているものが欲しくてたまらない人なんだなぁ。庶子に生まれたばかりに手に入れられなかったものに執着してやまない人。そのためにはどんな卑劣な行為も正当化できてしまう。だって神様が恵んでくれなかったものを自分で手に入れてなにが悪いって思っていそう。神様への意趣返しの気持ちもあるのかも。
生まれながらにして手にしていた兄やジョシアナ公爵にはわからない気持ちかなと思いました。

石川禅さん演じるフェドロは、貴族たちに仕える身分でありながらどうやって彼らを思いのままに動かそうかと耽々と状況を見据えているのが面白いなぁと思いました。
自分に有利なカードを手に入れるためならなんだってするし、手に入れたカードは最大限に利用する。要らなくなったカードに情をかけることもない。単純な貴族たちを手玉にとって生き抜いていく人間なんだなぁ。はしこく慇懃に悪びれず裏切ったり味方になったり、すべては利で動いている。

富める側にいながらも心の飢えに喘ぐ人びとと、貧しくもいたわり合う見世物小屋の人びととの対比がそこには描かれているなと思いました。

ウルシュス(山口祐一郎さん)は、生まれの不幸や見た目の醜さを受け容れろと説く。
醜さを売り物にして、見る者の好奇心と優越感を満たし安堵と嘲笑をお金に換えて糧とする。

盲目のデア(真彩希帆さん)には彼らの見た目の醜さはわからない。彼らの心だけを見てその優しさに触れ1人1人を尊い人として接する。
おそらく醜い見た目ゆえに生まれた場所から弾き飛ばされてこの見世物小屋に辿り着いた彼らにとって、そんなデアは天使なのだと思いました。
白い衣を着せて髪を編んであげて。デアに自分には叶えられなかった夢を見ているのだと。デアが悲しむと彼らにとっては一大事。

そんな彼らの中で、グウィンプレン(浦井健治さん)だけは自分の見た目と自尊心の狭間で苦しんでいる。
それはウルシュスから愛情をかけて育てられたことと無関係ではないと思います。
そして目の前の美しいデアを愛しているから。
美しいデアに相応しい者になれるのではないかという夢を見てしまうからかなぁと思いました。
無残な現実から手の届かないところにある理想を求める姿は、とても若者らしくて愛おしくて悲しく思えました。

私は、ウルシュスとグウィンプレンが出逢った時の場面が大好きで、なんどもその場面の記憶を反芻してしまいます。
貨車を住処にし食べ物も満足にない1人暮らしのウルシュスのもとに飢えて凍えて辿り着いた子どものグウィンプレンに、鍋の中の腐ったじゃがいもを与えようとしたけれど、けっきょくは隠したパンを渡してしまう場面。
利己を考えて逡巡するけれど無慈悲になりきれないウルシュスがとても好きでした。
フェドロとは真逆だなぁと。
私にはウルシュスが希望に思えます。

ウルシュスが、この世界は残酷だ、自分以外は敵だ、信じられるのは自分だけと説くのは、彼なりの優しさなのだと思います。
グウィンプレンが他人に、人生に期待して傷つかないように、心を砕いて先回りして忠告しているのだと。
そういう彼自身が、グウィンプレンに無償の愛を注いで育ててきたのだから、彼の忠告はとても矛盾してる。
グウィンプレンに彼の忠告が実感できないのも当然だと思います。
極貧の暮らしだったけれど、愛されて育った子どもだったから。

ウルシュスのもとから飛び出して貴族社会に身を置いてみて、はじめてグウィンプレンは愛のない世界を知ったのだと思います。
愛を訴えても誰の心にも響かない虚しさを知ったのだと思います。
そして自分が育った場所がどれだけ愛と幸福に満ちていたかを。

自分の帰りを泣いて喜んでくれるウルシュス、仲間たち、そしてデア。
彼は愛されている。そのことがすべて。
自分の腕の中で逝ったデアを追うのはその幸福感ゆえなんだと思いました。

あなたに愛されてグウィンプレンもデアも幸せだったのだと、ウルシュスに伝えてあげたい。
そんな気持ちになるラストでした。

再再演があるならまた見に行きたいと思います。
貴族院の場面は、いま以上に彼ら貴族が醜悪に見える演出になるといいなぁ。この世界の残酷さがここに極まったくらいに。
グウィンプレンの心が一度屍になってしまうくらいに。
いっそうのブラッシュアップを期待したいと思います。

この地上がたくさんのウルシュスが生きる世界でありますように。

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2022/03/18

ぼくが見ているものを見ようとする。

3月14日に宝塚大劇場にて宙組公演「NEVER SAY GOODBYE」千秋楽を見てきました。

1週間前に見たときよりさらに、別のスイッチが入ったのかとさえ思うくらいの迫力ある宙組のコーラスを浴びることができました。
今回の舞台の主役は、このコーラスであり、宙組生全員だと思います。1人1人から発せられるパワーと音が合わさって生まれるハーモニーに圧倒されました。

終演後は目の周りがカピカピになっていました。
この作品に心を揺さぶられた後だったから、退団する5名の挨拶そして真風さんの言葉がいっそう胸に響いたのだと思います。
いつの間にか退団者が袴で大階段を降りて客席からの拍手を浴びることが当たり前のことではないのだと思う世の中になっていて、そんないま、この奇跡の瞬間をみんなで分ちあっていることになんともいえない気持ちが溢れました。
この瞬間が幻と消えてしまわないで本当に良かったです。春瀬さん、瀬戸花さん、水香さん、穂稀さん、愛海さん、大劇場ご卒業おめでとうございます。

楽曲もアレンジも素晴らしいなぁと思い、舞台でいまこの瞬間に湧きあがるコーラスに心を振るわせられつつも、冷静な自分が「おそらく私は一生ジョルジュとはわかりあえそうにないなぁ」と思ってもいました。
これは1人のエゴイストの生き様を描いた作品なんだなぁと思いました。

サグラダファミリアの外でエレンがジョルジュを問い詰める場面、エレン役の天彩峰里ちゃんに私は釘付けでした。
激しい言葉で詰るように歌いながらその心がジョルジュの愛を切望しているのが痛いほどつたわる天彩峰里ちゃんの熱演にこちらが泣きそうになりました。
よくこんな主人公がサイテーに見える場面を作ったなぁ。そのことにこそ価値がある場面だなぁと思ました。

「あのひとのどこがわたしよりいいの?」「ぼくが見ているものを見ようとする」
でも、彼女(キャサリン)が見ようとするものを、彼が見ようとはしないってことも私はもう知ってる。
彼にとって大事なのは「ぼくが見ているもの」だけだって。
自分に正直に求めるものを追いかけてそのためには人も傷つける。そういう人間の生き様が描かれているのだなぁと思います。

上昇志向だったパリ時代は、エレンも「ぼくが見ているもの」を見ている人だったのだと思います。高みを目指して彼女を追って新世界に渡ってきた。
あらゆるプライズを手に入れて何不自由のない身分になるともっと別のものに、華やかで享楽的なハリウッドでは見いだせないものが見たくなった。それを「人生の真実」と彼は言う。
エレンとはもう「見ているもの」がちがってしまった。

そんなときに、彼と同じように「人生の真実」をみつけようとしているというキャサリンと出逢う。
彼の理屈では、そんなキャサリンに気持ちが移るのは当然のことなんでしょう。
「君を傷つけたなら殴られてもいい」
人を傷つけたとしても自分が望むものを追い求める。心底自分に正直なエゴイストなんだなぁ彼は。

そしてキャサリンの視線が「ぼくが見ているもの」から逸れていくのを感じると、「彼女のどこに恋したのだろう?」と自問しはじめる。
やるべきことをみつけたという彼女を引き留めて、そばにいてほしいと思う。
でもそれを彼女に言うのはプライドがゆるさない。と葛藤する。
どこまでも勝手な人だなぁ。

「ぼく自身のプライドが」だとか「男のエゴイズムか」だとか四の五の言って彼女とのあいだに「渡れない河」を作っているのは彼自身でしょうに。
彼女を引き止める理由やそうしたい気持ちがあるのなら、それを言葉にすればいいのに、男のエゴイズムだと言われるのはプライドが傷つくから、必死になって引き止めたりはしない。
みっともないことはしたくない。
いっそ清々しいくらいのエゴイズムと自己愛。それこそがジョルジュの本質なんだなぁ。

さらに「ぼくが見ているもの」は変わっていき、キャサリンとも共有できないものになる。
自分がやりたいことをやるためには彼女が足手まといなのだけど、それをさとられるのは沽券にかかわる。
「だから——言いはしないサヨナラだけは、NEVER SAY GOODBYE」
そう言って自分の命だというフィルムを彼女に預ける。とても共有したとは思えない「人生の真実」を君と共有できたという。
欺瞞だなぁ。詭弁家だなぁ。

結局は男としてヴィセントたちに劣りたくないからキャサリンを残して前線に向かうのでしょうに。
子どもができるような関係になった女性と一緒に生き抜く未来ではなく、男同士の社会で誹られない自分になるほうを選びたくなったから。

ヴィセントはもともとそういう側の人間で、オリンピアーダたちとは共に闘う中で絆を深めていった。その仲間意識に憧れて、その絆から弾き出される疎外感に耐え切れず、その一体感に身を置く安心感を選んだ。そんなふうに私には見えました。 
それを「人生の真実」という言葉で誤魔化しているように。

リベラルを気取って知的で洗練された男性として生きてきたけど、自分を解放して本当にになりたい自分を突き詰めたら、女性を粗野に扱って荒々しく生きたい願望にぶち当たったんだな。

自分がやりたいことをするために別れようとしていること。なのにこれはサヨナラじゃないと言うこと。
ジョルジュは自分を正当化できていると思っているかもしれないけれど、潤花ちゃん演じるキャサリンはすべて見透かしたうえで、そのほうが2人にとってベターなんだと理解したから、受け入れたように見えました。

そういうところに男女のリアリティを醸し出すコンビだなぁと思います。
ロマンよりも真実を、このトップコンビに感じました。
面白い2人だなぁと。
男の真実を見せる真風さんと、人間のエゴイズムを包み込むそのホスピタリティが魅力の潤花ちゃん。
それぞれに1人で立っていることができる2人だからこその世界観。
初演のコンビが見せた悲壮感とは、見えるものがだいぶ違うなぁ。

そこまでの人間ドラマは面白かったのですが、その後の描き方がやっぱり物足りなかったなぁ。
私は塹壕の中で交わされるジョルジュとヴィセントとの深い友情の場面とか見たかったなぁ。ヴィセントが孫に語ったジョルジュの勇敢さとか、そりゃあ孫に語るわって納得できる場面を。
もっとヴィセントやオリンピアーダたちとの場面を書き込んで見せてくれたらなぁと。

初演は伝説のトップコンビの退団作品として、2人の別れの場面に全集中だったのは当然だし、そのシチュエーションだけで納得してしまえた部分はあったけれど。
再演にあたって、初演でも薄々感じていた2幕後半の作劇の薄さをもうすこしどうにかしてくれたらよかったのになぁ。
再演は初舞台公演でもないし、加筆してくれると期待したのになぁ。

余談ですが、キャサリンの「私は離婚経験者で、恋愛は3回、あなたで4人目」・・初演では花總さんにそれを言わせるんかい?でしたが(おそらくあえて言わせたなと)、再演ではジョルジュの「ぼくは君に会うために生まれてきた」にあーそれ言っちゃう?って思ってしまいました。
これに関してはジョルジュは悪くないし、当然真風さんも悪くない。(悪いのは小池修一郎)


芹香斗亜さんは、初演の大和悠河さんが演じた如何にもな「ハリウッドが期待するスペインのマタドール」(ラテンラバーとして華やかに登場)かつ「英米人から見たスペイン人」(好意を示すのも怒りをぶつけるのも直情的な人物)とはだいぶ異なるヴィセントを作っているなぁと思いました。

再演で追加されたソロ曲によるところも大きいですが、かなりペシミスティックで感傷的な印象を受けました。
初演だと、ジョルジュと真逆の人生を生きてきたキャラクターという対比が見えていましたが、今回はそんなに単純な感じではなさそうでした。

それゆえ、2幕でジョルジュにキレるところが、えええっそんなことを言う人には見えなかったのに~って思いました。じつは本心では誰にも心をゆるしていないのかしらこの人は?と。
大和ヴィセントは単純に、戦況思わしくなくイライラが募っている矢先にタリックのこともあり、心の闇をぶちまけてしまったんだなぁと見えたのですが。
そして彼が本音をぶつけたことでジョルジュも自分がずっと抱えてきたことを吐き出せたってかんじで、かえって雨降って地固まった印象で、とても単純な流れに見えたんですが。
再演ではそうは見えませんでした。

このシーンはもっと何度も見て考察してみたかったなぁ。返す返すも公演期間が短くなったことが口惜しいです。
オリンピアーダたちのことも、もっと1人1人注目して見たかったです。見えたものがたくさんあっただろうなぁ。
(Blu-rayを買い求めるしかないかぁ。この千秋楽が収録されているというのが唯一の救いかも)

私が持っている東京公演のチケットは1枚だけ。
あとは東京千秋楽を配信で見るのみ。
どうかどうかこれ以上見られる機会が減ることがありませんように。
退団する方たちが幸せに千秋楽を迎えられますように。切に祈っています。

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2022/03/12

たがいのぬくもり感じられたら憎しみも消え去る。

3月8日に宝塚大劇場にて宙組公演「NEVER SAY GOODBYE」の11時公演と午後の貸切公演を見てきました。

2月5日が初日のはずでしたが、いくどか延期を繰り返して28日に待ちに待った幕が開きました。
それまでに5枚のチケットにサヨナラを言い、やっとのやっとで8日に観劇が叶いました。

幕が開けばつぎつぎに流れてくるどのメロディも懐かしく、それをいまの宙組で聴ける感動と幸せも覚えつつ。こんなに大好きだった楽曲で溢れていたのに、再演を熱望とまではならなかった理由もうっすらとわかったような気がしました。

幕開きに流れてくるギターの音色ですでにうるうる。
その前に開演前のオケボックスから懐かしいフレーズの一部が聴こえただけでも胸が震えていました。

オリーヴの樹が見える丘を目指して2人の人物が花道から登場。これがヴィセントの孫(エンリケ)に抜擢の107期生の奈央麗斗くんかぁ。そしてキャサリンの孫(ペギー)は潤花ちゃん相変わらず見目好いなぁ。2人とも初演よりは大人びて見えるかな。
あれ?いまエンリケ80年前って言った? 初演は70年前って言っていたはずなので、2人が生きている時代が2020年前後にアップデートされたのかな。

初演のとき不思議に思っていたのですが、ペギーの祖父がジョルジュなら、その子は1940年生まれで初演の時でも65歳くらい、2022年のいまなら80歳を過ぎているはずなんだけど、親の年齢がそうならペギーが若過ぎないかな。50歳くらいで子どもを儲けたのかな。
エンリケはもっと若く見えるので、ヴィセントもヴィセントの子も、子どもができるのが遅めだったのかな。
人生さまざまだからなぁ。

真風涼帆さんのジョルジュはハリウッド時代もあまりスカしたプレイボーイという印象ではないのだなぁ。
初演の和央ようかさんのジョルジュがハイスペックなスノッブ野郎といった風情で登場して、キャサリンには第一印象最悪だろうな(苦笑)と思ったのに比べると、そこまでキザなフランス野郎の印象は受けないなと思いました。
むしろ最初から私はジョルジュに好感を持ってしまった。逆に酔っぱらっていきり立つ潤花キャサリンに「あらあらあら(笑)」ってなりました。

「キスしてくれたら」と言う和央ジョルジュには、いつも女性にこんなことを言ってきたのねこのひとはと思いましたが、真風ジョルジュには「えっなんでそんなこというの???」って思ってしまいました。
私は真風さんを全面的に信頼してるんだなー(笑)。
登場からしてジョルジュもキャサリンも初演と印象がまるでちがうので、これは新しいネバセイが見れそうだなと思いました。

再演はジョルジュだけでなくどの登場人物も弁えた好い人たちだなぁという印象で、エゴとエゴのぶつかり合いも控えめだなぁと思いました。
大和ヴィセントめっちゃ怒ってキレまくってたなぁとか、るいちゃんエレンの「ドロボー!!!」キツかったなぁとか、思い出していました。

なんというか、2022年版はみんな最初から纏まっててワンハートでした。たがいを思いやる気持ちが端々から伝わってきます。
楽曲の中でジョルジュの訴えに呼応して徐々に気持ちが1つになっていく感じではなくて。
そのせいか、期待していたダイナミックさには欠けたかなぁ。
ひとことで言うなら「調和」。これがいまの宙組なんだなぁ。

素晴らしいコーラスの纏まり、それでいて1人1人の顔が見える。
たがいに共鳴しあって、ワンハートを心の底から歌いあげたい思いが伝わってきました。
その溢れる思いに心から肯くことができ、そんな宙組がとても愛おしく思いました。その瞬間私の頭の中からは物語の状況は飛んでしまっていました。
そこに内戦を描いているカオスはなかったなぁと思います。

初演の時は和央さんそのものが「壮絶なドラマ」だったものなぁ。そのことと作品の悲壮感が相合わさって胸に迫っていた部分もあると思います。
ワンハートを歌いながら組のメンバーと眼差しを交し合う和央さんを見ているだけで心が震えたことが思い出されます。
2022年のいま、おなじこの宙組の舞台から受ける印象は「愛」と「喜び」でした。

考えるいとまもないような怒涛の勢いで押し切った初演。その作品を再演したことで、見えてしまったものがあるようにも思います。
私の中で流してしまっていたことを流せなくなってしまったというか。
いまのこの世界情勢から感じることも関係あるのかも。

いま目の前にいるオリンピアーダたちは戦況もちゃんと把握できてて冷静に判断できてそうで、それなのに?と思ってしまいました。
ヴィセントの言う愛する者たちを守るとはそういうこと?
自分を根無し草だと言うジョルジュが求めていた「人生の真実の時」ってそれ?
私には命のリアリティが描かれていない気がしました。
アメリカに戻って子どもを産み育てたキャサリンや、ヴィセントを待ち続けたテレサやビルが故郷に残してきた恋人の人生にある「真実」にこそ私は目を向けたい人間なんだなぁと。そんなことを突きつけられたように思いました。
なぜ、人民オリンピックに参加した彼らが祖国に帰らずスペインに残ったのか。どんな人生を生きてきて、その決断にいたったのか。それが知りたかった。
なぜ、ムレータやカメラを棄て銃を手にするのか。私にはわかりませんでした。
彼らはなにと戦っているのか。
無邪気に子どもたちが武器を持つのを見るのも胸が痛い。

1回目の観劇後、考えだすと辛くなってしまったので、2回目観劇の2幕からは考えるのはやめてパフォーマンスだけを愉しみました。
そんな自分も嫌だなぁと思ってしまって、ああだからだと思いました。どの楽曲も大好きだったのに再演を熱望しなかったのは。
初演のときに漠然と誤魔化してしまったものに向き合いたくなかったのかもしれないな。
フランク・ワイルドホーン氏の物悲しい音楽に数日経ったいまも胸のうちをかき乱されています。

 ※奈央麗斗くんの期を間違えていましたので訂正しました

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