カテゴリー「♖ 宝塚」の433件の記事

2023/01/16

Song For You.

2022年は宝塚の脆弱な部分が可視化されてしまったなと感じた年でした。

未成年の少女たちを集めて独特の価値観の中で育成する危うさ。
そして脚本力の弱さ。
どちらも人材の育成に関わることかと思います。

人こそ宝。
タカラジェンヌをはじめそこに働く人々が時代に沿った素養を培い更新していける場所でありますように。

大勢の人が本気で一つのことに向き合っていれば、衝突することもあれば反りが合わないと感じることもあると思います。一所懸命であればこそ。
その中で最良の解を見つけながら歩んで行っているであろう人たちを信じています。

たとえば、厳しさは愛情ととらえてストイックに上を目指している人にとっては当たり前のことや逆に許せないことがあると思いますが、けれどそうとらえる人ばかりではないはずで、それぞれにとっての当たり前や許せないことがあるのだということ。
いろんな考え方や価値観が存在する上で、各々が相手を尊重し信じて、力を合わせて一つのものを作りあげ、バトンをつないで新しい時代の宝塚を作って見せくれることが宝塚ファンとして私の願いです。

それから、コミュニケーション力のある人、発信力のある人の言葉や言動から憶測されたことのみが真実のように語り継がれて、そうでなかった人がずっと悪い印象のままなのも悲しいです。

劇団には時代に即して団員1人ひとりを守ってほしいと思います。
夢が見られなくなったらもうそれは宝塚じゃなくなってしまうから。

持ち場を与えられた各々がつねに良いパフォーマンスができる場所でありますように。

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2022/12/14

夜明け色に咲いた愛の物語を。

12月12日と13日に宝塚大劇場にて星組公演「ディミトリ~曙光に散る、紫の花~」「JAGUAR BEAT-ジャガービート-」を見てきました。
13日は千秋楽でした。

「ディミトリ」は、この1か月のあいだに個々の役を演じる人たちがそれぞれの解を見つけ出しそれを目指して深めていったんだなぁと感動する出来栄えでした。
時に涙したり見蕩れたりもしましたが芝居が正解を導き出すほどに、どうしても興が醒めてしまう部分が残りもやもやしました。

終演後ファン友さんに思いをぶつけて気づかせてもらったのですが(・・恐縮)、どうやら私は一段と生田先生には厳しいみたいです。
どうしてかな?と考えたところ、目にとまった(耳にとまった)ディテールで期待を膨らませた結果、それほどでもなく・・期待外れでプンスカ💢しているみたいです。

意図して置かれたにもかかわらず回収が拙いのか、無造作にそのへんにあったものをもってきて置いただけでどうする気もないものなのか、それすらもわからないものに期待しては裏切られている感覚とでもいいましょうか。
そういうことが何作も続いているかんじです。
それに勝手に憤っているみたいです。
相対評価は高いのですが、私憤が混ざって絶対評価になると辛口になってしまうようです。

もっと高い所に行けそうなのにと思うと口惜しさに地団駄を踏みたくなるのです。
いつもは封をしているけど、そのもっと高い所の作品を心の底では求めているんだなぁと思います。

それを一瞬見せてくれそうな気がしてしまうんですよね。生田先生のもったいぶった言い回しや演出は。

だいぶ話が飛んでしまいますが、劇場も舞台装置もとても豪華でそれに携わる人々も演じるタカラジェンヌたちも並々ならぬ努力で舞台を作っているのだから、それに相応しく脚本も一級品であってほしいなというのが心の奥にあります。
繰り返し再演できるような、また見たくなるようなオリジナル作品を作り上げることが宝塚歌劇の未来には必要なのではないかなと思います。
そのためには、これはという作品はブラッシュアップして再演していくこともあってもいいのじゃないかなと思います。再度、時間とお金をかけて人的にも劇団の総力をあげて元の脚本を磨き上げていくことも。
「ディミトリ」をそのようにして何年か後にまた見せてもらえたらなぁと思います。

そしてまさに見てきたばかりの「ディミトリ」についてですが。
まず礼真琴さんが演じたディミトリはこんなに簡単に描いて終わる人物じゃないだろうになぁと思います。
この役を演じるのはとても難しかっただろうなぁと思いました。
彼という人物を主役として描くなら、もっと深いところ触れてもよさそうなのになと思います。

幼くして異教の国に人質に出された少年の寄る辺なき心。
人質にされた国の王女に救いを見出しのちに彼女の王配となるも、その出自によって宮廷中から疎まれる身で自分の居場所を定めるまで。
たった1人の味方であり彼の人生の意味そのものであった愛する妻=女王の許しがたい裏切り(不貞)からの幽閉の身となったこと。
そして王配としては憎むべき敵国の帝王に命を助けられ、彼の慈悲と寵愛を受けて生かされる立場となり愛する国が蹂躙されるさまをその傍らで見る思い。
その恩義ある帝王を、自分を裏切り苦境におとしめた女王への愛のために命を捨てても裏切る決意にいたること。
オーストリア皇后やフランス王妃に劣らないドラマティックな人生の物語が見れそうなんですが。

この不安定な立場の中で彼がアイデンティティをどう形成していったかを見たかったなぁと思います。
ヒロインにとって都合の良い夫、ヒロインに都合の良いおとぎ話で終わってしまったのがもったいないなぁと思います。

ルスダンは、それが夫の命を奪うことになっても、それが自分自身の心を抉ることになっても、女王としての決断を重んじた。ジョージアの女王であることが彼女にとって自分の生きる意味にまでなっていた。
ディミトリは、ルーム・セルジュークの王子でもディミトリでもなく、ジョージアの王配だという言葉に満足して息絶える。
これは対称なのか非対称か、微妙に思えます。そうともとれるし、ちがうともとれる。
そこももやもやが残るところだったなぁと思います。

ディミトリのおかげでルスダンは背負うものが軽くなったよ、よりは、ディミトリの死を背負ってルスダンはその後の人生を苦しみながらも果敢に生きて死の時を迎えた、のほうが私は好きです。
原作にあった「狐の手袋」のエピソードにいちばん心が震えたのもそれかなと思います。

うまく言えないのですが、「ディミトリ」と「曙光に散る、紫の花」の中間ぐらいの物語を見たいなと思います。

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2022/12/06

明日を待つこの思い。

12月3日と4日に福岡市民会館にて、宝塚歌劇月組公演「ブラック・ジャック 危険な賭け」「FULL SWING!」を見てきました。

「ブラック・ジャック 危険な賭け」は、マサツカ作品あるあるで、主題歌や挿入歌がとても良くて歌詞を噛みしめて聞きたいと思う作品でした。
主題歌は良いけれど主人公がなんか腹立つなぁと思うのもあるあるで、とはいうものの男役さんのカッコよさに誤魔化されてしまうのもまたあるあるなのですが、今回は誤魔化されたわ~♡とならずに終わってしまって、あら。でした。

話の筋は通っていて演出もうまいなぁと思うところもあるし月組生の芝居は流石だなぁと感心しましたが、純粋にこれ面白いかな?となりました。
クスリとさせる芝居も織り込まれていて、そういうところは笑いましたし、これは芝居の呼吸がよいからできるんだなぁとも思いましたけど。

ブラック・ジャックの思想も主張も嫌いじゃなかったのだけど、なんでこんなに偉そうなんだろうなぁと思いました。
漫画のブラック・ジャックってこんなだったかな。
どちらかというとマサツカ作品の嫌なところが表に出ていた気がします。
そしてそれをカバーする何かも足りなかったなと。
真面目すぎなのかな。愛せる隙がないというか。

私はマサツカ作品の頭ごなしに相手に「馬鹿かおまえは!」と怒鳴りつける主人公が好きになれないのです。
威張るなら大病院の院長とかマフィアのボスにでも怒鳴ればいいのに。
反権力の無頼漢を気取った男性の中のセクシズムが露骨だったのも嫌だなぁと思ってしまいました。
そういうところが信頼できるキャラに見えなくて詰みました。

言い返してくる女性には、その自尊心をへし折って悔い改めさせたらいい気持ちになるのかなぁ。「おれが最高のオペというものを見せてやる」は失笑。
「今夜のことは忘れないと思います」と平伏させるのは何が狙いなのかな。
逆に自己肯定感が低く自分を卑下する女性がお好きなんだろうなぁと思いました。そんな女性を気遣い励ます自分が好きなのかなと。
ブラック・ジャックではない別の誰かが透けて見えてしらけてしまいました。

そこまで偉そうにしておきながらピノコに自分をケアさせるのもなんだかなぁと思いました。
ピノコもまた「愛される幼妻」のロールモデルをなぞっているんですよね。訳あってそうやって自分の居場所をみつけているキャラクターなんだけど、それを舞台で生身の女性が幼児語で演じるといたたまれない気分になりました。

ラストに女王を登場させるのも権威にちゃっかり擦り寄っているように見えて、組織に長くいる人はさすがだなと思ってしまいました。
(007ならああいうのも気が利いていると思えるけれど)

そういう一つ一つが支障になってしまって、世界観に入りきれなかったのかなと思います。

人の世に対する諦観のようなものがあればこそ、生きること生かすことに必死で、不可能なことに抗い挑む人。それがブラック・ジャックだと思うのだけど。
生き方そのものが弱きものを痛めつける世の中へのレジスタンス。抵抗なんだと。
でもこの作品のブラック・ジャックはそうは見えませんでした。

芝居の技術は5組の中でも一番かなぁと思うのに、何か巻き込まれるものがなかったなぁと思います。
硬い印象を受けたというか人間的な魅力が見えたらなぁ。

と思ったら、カーテンコールのご当地出身者の紹介やトップスターの月城かなとさんの挨拶が面白くてチャーミングで、なんとしたこと!と。
福岡出身者は今回美海そらさんお1人ということもあり、しっかりネタを仕込んで笑わせにくるのが流石「芝居の月組生」でした。
3日の夜公演は、博多弁のピノコを披露。4日の夜公演はライブ配信の回だったのですが、可愛い博多弁でご挨拶中に突然ピノコ宛てに電話が鳴ってピノコの小芝居も入れたりとひとり芝居状態で楽しませてもらいました。なかなか度胸のあるチャレンジャーだし可愛いし、お名前しっかり覚えました。

月城さんは月城さんで、3日の夜は組長の光月るうさんから「月組のお天気お兄さん月城かなとが——」とふられると耳元のイヤホンを探る仕草から入って「こちら福岡市民会館、明日のお天気は—— 」とお天気中継をはじめて、翌日のお天気や気温を淀みなく話し出して(ちゃんと仕込んでいたのですよね)会場が一気に和みました。
これまでいくども全国ツアーでのトップさんのご挨拶を聞いてきましたが、こんなの初めてじゃないかな笑。客席は一気に月城さんを好きになったと思います。
お芝居自体も演じている人々を愛せる演目だったらなぁと思ったりも。


「FULL SWING!」は、大劇場公演は見ることができなくて配信を見たのですが、月組らしいジャズの演目で全国ツアー版を楽しみにしていました。
三木先生で月組といえば「ジャズマニア」が好きだったので、ちょっと懐かしくもあり今のタカラジェンヌさんたちのリズム感に感心したりしながら楽しみました。
夢奈瑠音さんの「ジャズマニア」からのラインダンスは爆上がりました。

ジャズのビートを楽しんでいるうちにあっという間に終わってしまったショーでしたが、なかでも風間柚乃さんの活躍が印象的でした。
去年のバウ公演でもジャズを歌ってらっしゃったのが素敵だったので、また風間さんが歌うジャズが聞きたいなぁと思っていたので望みが叶いました。

礼華はるくんが公演を通して3番手ポジションにいたのもびっくりでした。「親孝行そうないい息子さん」と言いたくなる下級生だったのに、いつのまにかスターさんなんだなぁと感慨深かったです。

それから月組といえば私のイチオシ結愛かれんちゃん♡ 今回も表情豊かで素敵でした。
そしてデリシューの初舞台ロケットで気になっていた一輝翔琉さんを発見。月組配属だったんですね。やはり私の目線泥棒でずっと追いかけて見てしまいました。

ここのところ大人っぽいといいますか渋めの演目が多い月組ですが、来年は下級生の1人ひとりまで目が留まるような派手な演目が来たらいいなぁと思います。
芝居の月組なのは承知なのだけど、明るいショー作品を期待します。

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2022/11/29

マジ!マジ!マジック!

11月17日と18日に宝塚大劇場にて星組公演「ディミトリ~曙光に散る、紫の花~」「JAGUAR BEAT-ジャガービート-」を見てきました。

「JAGUAR BEAT」は外連味たっぷり、齋藤吉正先生ワールドてんこ盛りのショーでした。
ゴージャスなコスチュームがスタイルの良い星組生にはまって眼福。
サウンドエフェクトが強めで目眩く色彩の洪水。情報量が多くて目がぐるぐるしました。

猫耳の可愛い娘役さんたちがいたんだけど、どの場面だったっけ?
お顔を確認しようと思ったのに、かっこいい人たちにも気を取られているあいだにうたかたのように消えてしまいました。

キラッキラにキュートな舞空瞳さんに目を奪われ、胡散臭く発光してる瀬央ゆりあさんに思わずのけ反りそうになったり、超絶スタイルの極美慎さんの笑顔にクラクラしたり、美人な女豹の天華えまさんに釘付けになったり、なんかいっぱいキラキラの組子出た~!あっあそこに朝水りょうさん♡などと目まぐるしく視線を動かしているといつの間にか礼真琴さんが登場してて、え?こんなことってある?
ふつうトップさんの登場には拍手があるんじゃなかったっけ??
みたいな場面もあったりして、なんというか見知らぬ街のイルミネーションの眩惑と喧騒のクリスマスマーケットで迷子になってしまったようなそんな感覚に陥りました。

2回観劇したのに記憶がぐちゃぐちゃで、どの記憶がどの場面だったかさっぱりわからない状態です。
具体的な記憶より印象が勝る感じといいますか、わたし的には舞空瞳さん、瀬央さん、極美さんが最高に素敵に見えたショーでした。
舞空さんメインにしたダンシングショーを見てみたいなぁなんて思ったり。

前回「グランカンタンテ」を見て宝塚らしいショーに感動したのですが、今回の「JAGUAR BEAT」も真反対だけどこれもまた宝塚らしいショーだったと思います。
ただ「グランカンタンテ」みたいなショーが見られると思って客席にいたので、初見はショーのスピードに脳みそがついていけてなかったです。
翌日2回目を見るときにはちゃんと覚えていようと思ったのに、やっぱり無理でした。

ちょっと残念に思ったのは、音をいじりすぎて礼真琴さんの伸びのある歌声を堪能できなかったこと。
ジャガーの咆哮をかぶせるよりも、礼さんの歌声そのものをもっと聞きたかったなぁと思うけれど、作品的に無理な発声をしそうなので(無理をするとどんなシャウトでも出せそうな礼さんなので)、歌いまくるであろう次回作の「赤と黒」や「1789」までその伸びやかな歌声は温存してもらったほうがいいかなと思いました。

さらに言うと「グランカンタンテ」に大満足だったものの、礼さん以外の星組生の活躍をもっと見たいなぁとも思っていた私には、この「JAGUAR BEAT」はそこの部分が満たされているのが嬉しく楽しかったです。
あっちが満たされればこっちが足りない・・といろいろわがままな要求ばかりですね。

この作品で星組大劇場のショーデビューとなる暁千星さんの印象は「真面目だなぁ」でした。
月組の時よりも高く飛び跳ね踊り動きまわっている印象もあり、たくさん活躍できそう。
新しい環境に慣れてさらにこのマーリンという役割の悪の余裕と色気が増すのを楽しみにしています。

どの場面だったか、暁さんの手下のような役をしていた水乃ゆりさんの柄タイツの脚に目が釘付けになり頭がバグを起こしそうになりました。
マレーネ・ディートリッヒみたいな水乃ゆりちゃんが見たいなぁ。そう思いませんか齋藤先生。
悪い暁さんの隣には大輪の牡丹のような娘役さんが合うなぁと絶賛"ありゆり”推しになりました。

クラブみたいな場面で、パニエたっぷりミニドレスの舞空瞳ちゃんにも頭が爆発しそうになりました。可愛さ∞。「満天星大夜總会」のHANACHANG(花總まりさん)を彷彿しました。
この場面の後方でボーイ役の極美慎さんと水乃ゆりちゃんからも目が離せなくなって、どこを見ていいか困ったのでした。舞空瞳ちゃんと瀬央さんの勝負の行方も気になるのに!
瀬央さん、暁さん、極美さん、綺城ひか理さん、天華えまさんの五色のスタイル戦隊みたいなコスチューム場面も爆上がりました。
ほかにも猫耳、車いす、迷彩のミリタリーコスチューム等々、齋藤先生の趣味嗜好がてんこ盛りだなぁと思いました。
終演幕に映し出される礼さんの「See you!」も笑。

なんだかんだ訳がわからなくなりながら夢中で見終わったショーでした。
さらに進化した舞台を、また見に行きたいです。

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2022/11/23

君と生きた夢を。

11月17日と18日に宝塚大劇場にて星組公演「ディミトリ~曙光に散る、紫の花~」「JAGUAR BEAT-ジャガービート-」を見てきました。

「ディミトリ」は、冒頭の物乞い(美稀千種さん)とリラの精たち(小桜ほのかさん、瑠璃花夏さん、詩ちづるさんほか)の場面から、愛ゆえの別れを語るバテシバ(有沙瞳さん)の場面までがとても秀逸で美しく盛り上がって、これは名作の予感!と期待したのですが、だんだんと尻すぼみに。
幕が下りた時には、スン・・(虚無)となっていました。
なぜこんなに盛り上がらなかったのだろう。題材はとてもいいのに。

翌日の2回目の観劇は、筋はわかっていたので登場人物の気持ちを自分なりに補完しながら見たせいかとても感動したのですが、よくよく考えたらこれってほぼ私の脳内劇場だったのかもしれません。
ネタはよいので、想像の翼はどんどん拡げられます。
美しい姿と属性をつかって勝手に夢を見られる。
盛り上がるであろう場面はやらずに、さほどでもない場面をセリフにしていくのはなぜだろう。
ゆえに見たいことは想像するしかなかったというのが正解かな。

それから初日があけて間もない頃にありがちな、役者個々の技量の差が顕著に出てしまっているのも大きかったように感じます。
導入の場面は力量のある人たちが魅了してくるのに対して、それを受けての場面に出てくる人たちがまだ役を掴めていないようなのも、何を描こうとしているのか行方不明にしていた要因かと思います。
ルスダン(舞空瞳さん)、ジャラルッディーン(瀬央ゆりあさん)、アヴァク(暁千星さん)に頑張ってもらわないとこの作品は面白くならないと思います。
足りない情報は芝居で埋めてもらうしかない。
そして物語が転じるきっかけを担うミヘイル(極美慎さん)にもなんとか役の肉付けを頑張っていただいて大きな見どころにしてほしいです。
せっかくのヒロインと絡む役ですから、これを美味しくしない手はないでしょう。

気になったところを上げると。

賢者(物乞い)が見掛け倒しだったなぁと思います。
もっと効果的に語り部&進行の役割を担えただろうに。
異教の国々との境目に位置するキリスト教国ジョージアの地理的、歴史的状況を紐解いて語らせてもよかったのでは。
モンゴルやホラズム朝の脅威がいかほどのものかわかるように。
冒頭の誰もいない土地は、いつのどこなのだろう。
王都トビリシならば、ジャラルッディーンに占領された後は再びジョージアが奪還して、ルスダンも王宮に戻った描写でラストシーンになっているので、舞台では描かれていないそれよりもっと後の再びモンゴルに攻められて灰燼となったトビリシでしょうか。
だとしたら、それを描くことに意味があるのでしょうか。ラストと繋がらないのに。
踏み出しと着地がちぐはぐな心地悪さが残りました。

それからルスダンが暴君に見えたこと。
とってつけたような名づけのシーンは何を見せたかったのか。横暴な王女とそれを許す母女王?
わざわざ挿入するならどうしてその名にしたのか、名付けたルスダンに好感を抱けるような理由がほしい。放置しないで。
異教の国に人質として送られた少年の心許なさを見せてほしかったし、彼がルスダンに惹かれる理由を見せてほしかったな。
男女を逆にしたら、古来から使い古された話だなぁと思いました。
異教の国から連れて来られて、暴君以外に寄る辺のないヒロインがすれ違いの末に愛に殉じたことで最終的に認められるという。
DV男をDV女に変換しただけに見えないように願いたい。

ジャラルッディーンの登場はもっとカッコよく演出できなかったのかな。
牢獄の登場も間が抜けたように感じたし。
もはやこれまでかという危機一髪で登場し、手負いのディミトリを抱き起すようなシーンが見たかったなと思います。ジャラルッディーンの下に身を置く以外に道はないディミトリの境遇が推し量れるように。
そしてトビリシを破壊するジャラルッディーンの下に身を寄せる自分をディミトリがどう思っているかも大事なところだと思うんだけどなぁ。
主人公は何をするか以上に何を感じるか、それを観客に届けられるかが大事だと思います。

モンゴルももっと猛々しく脅威として演出してほしかったです。
ジャラルッディーンのホラズム朝を滅ぼしジョージアまでも侵攻しようとするモンゴル。
国土を失ったジャラルッディーンがジョージアを狙うこととなった元凶であるモンゴルの脅威を。

アヴァクが手下にする指令も漠然としすぎだなぁと思いました。
ディミトリの暗殺も彼の指令だと印象づくように描けばラストのルスダンとのやりとりが感動の場面になるのにもったいないなと思いました。

再会のシーンも盛り上がりに欠けたなぁ。
別れた時とは何もかもが変わっている2人を見たかったです。なにより少女時代とは別人のようになったルスダンを。
相容れない関係になったディミトリにすがりつく娘の姿は泣ける場面になるはずなのに。幼子を挟んだ2人の姿も。

もったいなさすぎていろいろ言いたくなってしまい、ついには勝手に想像して脳内劇場に浸ってしまうこの感じは、「白夜の誓い」と同じだなぁと思いました。
来月も見る機会があるので、不足していた情報量が芝居の力で埋められていたらいいなと思います。

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2022/11/11

これで災難もなかったとおんなじだす。

11月4日と5日に宝塚バウホールにて花組のバウ・ワークショップ「殉情」を見てきました。

今回見たのは、一之瀬航季さん主演のバージョンでした。
前回帆純まひろさん主演バージョンを見て、かなり宝塚ナイズされているなと思ったのですが、一之瀬さんバージョンはさらに「宝塚らしい」作品になっていました。
同じ脚本でこんなにもちがって見えるのか!と驚きました。

登場の瞬間からあたたかいオーラで劇場を包み、春琴のことが好きで好きでたまらない大型犬のような一之瀬さんの佐助。
自分に対して全力で愛を注ぐ佐助に思わず綻びそうになる笑みを必死でこらえてツンツンする美羽愛さんの春琴のなんと可愛らしいこと。
私はこの"かいらしいこいさん”に心を奪われて目が離せなくなりました。

春琴の相弟子となりさらに春琴から羽織をもらって舞い上がらんばかりの喜びを噛みしめる佐助は、まるで恋の翼に乗ったロミオみたいでしたし、そんな佐助の気配を感じて嬉しさを隠し切れず頬を緩ませる春琴もまたジュリエットみたいでした。
なんてハッピーな、なんていじらしくも微笑ましい「春琴抄」なの?と蕩けるような心地で1幕を見終わりました。

こんなにハッピーで1幕了で、2幕はいったいどうなるんだろう?と思っていたところ。
相思相愛の微笑ましい甘酒屋の場面にはじまり、厄災は起きるのですが、結局は1幕にもましてハッピーな気持ちで終幕を迎え、私の中の「春琴抄」の概念が行方不明になりました。
これは「春琴抄」をベースにした「殉情」というハートウォーミングな別作品なんだなということで納得しながら劇場を後にしました。

でもホテルに戻って思い返しているうちに、なにか背筋が冷たくなってきました。
すべて佐助の思い通りに事が運んでいたんじゃないかと。

一之瀬さんはとてもあたたかみのある佐助で、春琴への愛が温泉のごとく滔々と溢れだしていて、その思いを隠さないし、意外にも能動的に先回りをして春琴を率先して導いていたような。
とても真ん中らしい「宝塚」的な主役だったなぁと思います。

帆純さんの佐助が常に春琴を立て、気難しい彼女の心を察することに神経を研ぎ澄ませ、理不尽にも忍耐していたように感じたのとはまるで印象が異なりました。

一之瀬さんの佐助は、春琴のわがままに応えるたびに彼女からの気持ちをご褒美として受け取っているように見えました。
帆純さんの佐助はこの上なく春琴を崇拝していて、自分だけに向けられる彼女の嗜虐心に至上の喜びを感じていたのかもと思います。なかなかに特殊な愛かなという印象。傍目から見ると割に合わないように感じるのだけど。

最終的に春琴という宝玉を得るためにその才や輝かしい将来とか、あまたのものを引き換えにしたように見えた帆純さんの佐助に対して、一之瀬さんの佐助は都度都度清算できているというか、むしろ黒字決算の印象で、着実に春琴を自分の手の内に収めていっているようでした。
帆純さんバージョンは見ながらリアルタイムに闇が深いなぁと思うところがありましたが、一之瀬さんバージョンは見ているときには気づかなかった闇に、あとになって気づく感じ。

春琴の気位の高さが誇りの帆純さんの佐助。
春琴の愛らしさが誇りの一之瀬さんの佐助。
どちらの佐助も、自分だけの春琴を永遠に手に入れたんだなぁ。

「これで災難もなかったとおんなじだす。」(怖)。


春琴も、朝葉ことのさんと美羽愛さんとではまるで違った印象でした。

朝葉さんの春琴は気位が高く弱い自分を絶対に見せることができない女性。主人と奉公人という身分のちがいを絶対に越えられない、越えると自分が崩壊するような人に見えました。
それゆえに苦しみ苛立って、佐助に辛く当たっているようにも見えました。(佐助はそれが喜びのようでしたが)

美羽さんの春琴はいかにも甘やかされた10代の少女で、赤子を里子にという場面も子どもが子どもを産んでしまったゆえの無知による悲劇のよう。
鬼は鬼でも無邪気な小鬼。そして自分にはぐれて心細くて自分だけを見てくれる佐助を必死で探しているような。

わがままを言うことで、佐助がどれだけ自分に献身してくれるか試しているようにも感じました。
そのたびに溢れんばかりの愛で返す佐助に満たされ、自分の価値を再確認し自尊心を満たしているようでした。
まるで際限なく愛情をほしがる子どものように。

あんなに両親に愛されていてもなお、満たされない空虚が彼女の裡には存在しているのかもしれない。
いとけなく世間知らずのわがままに見えて、その実散々傷ついて育ってきたのかも。
目が見えない者として扱われる疎外感や憐れまれ尊厳を傷つけられる経験や、自分には決して得られないものを持つ者たちへの嫉妬や。
敏感に自分自身や他人のネガティブな感情にヒリヒリとして日々を過ごしていたのかもしれない。
そんな心の裡の埋めきれない空虚を佐助の愛情を確かめることで埋めていたのかもと思います。
佐助が春琴を求める以上に、佐助を必要としていた春琴だったように思います。

それに利太郎はん(峰果とわさん)も気づいたのでは。
天下茶屋の梅見のあとで利太郎はんが「台無しやなかったなぁ」とほくそ笑む理由を私なりに考えたのですが、あれは春琴の弱点がわかったということでしょうか。

高慢な彼女のか弱い一面を垣間見たことで、春琴もまた巷の女性と同じように佐助を男性として必要としていると勘づいたのでしょうか。
わざわざ淀屋橋の春琴宅に出向いて高額な謝礼をちらつかせた意図は、贅沢な暮らしでお金が必要な春琴の心をぐらつかせてお金(自分)を取るか佐助をとるかを試そうとしたのか。
結局きっぱりと断られたうえ、佐助とダッグを組んだ春琴に嬲られることになって沽券を傷つけられ激高した挙句に惨い意趣返しを企むことにいたったと。
そういう流れでしょうか。
このあたりはいろいろ考えてしまいます。

結果として春琴は惨い仕返しをされ美貌を失ってしまい、そのことで佐助との関係も変わってしまう不安に慄きますが、自ら盲になることを選んだ佐助の真情を確信することができて、ようやく埋められなかったものが埋まったと。

ラストシーンはロミオとジュリエットの天国でのデュエットダンスに匹敵する多幸感に溢れていて、このうえないハッピーエンドを見た気分だったのですが、冷静に考えると、春琴はここから新たな地獄がはじまったように思います。
文字通り、佐助がいなければ生きていけない人生になってしまったから。
「もうおまえしかおらへんのや」

佐助の望みどおりに。——と思うと深い闇に背筋が冷たくなりました。
これもまた「春琴抄」の世界だったのだなぁ。


マモルとユリコは、鏡星珠さんと二葉ゆゆさんが演じていました。
2022年版で大きく変わったマモルとユリコですが、なによりも観客に作品を自由に見させてくれたところがよかったと思います。
下世話な好奇心や偏見で語らないところがなにより。

前回の観劇で、「春琴抄」は世に出ていない世界線かと思ったのですが、しっかり「春琴抄」について調べているって言っていたのですね。
フィクションの中でそこだけはノンフィクションの設定なのですね。そこはちょっと混乱するなぁ。

2人で「春琴抄」についてYouTubeで発信しているという設定ですが、観客が見るのはその発信の内容ではなくて、明治の佐助と春琴の物語と並行してすすんでいく、令和のマモルとユリコのラブストーリー。
といってもラブストーリーというにはあまりに健やかで、明治の2人との対比に思いを馳せました。

とても育ちが良さそうな令和の2人ですが、マモルにとってユリコは都合がよすぎてなんだかな。
という印象を、前回見た希波らいとさんと美里玲菜さんのペア以上に強く受けました。

心をぶつけあう前に謝って感謝して問題を不可視化する。
極力軋轢を生まないのが令和流なのかな。


春琴の両親は、どちらのバージョンも羽立光希さんと美風舞良さんが演じていました。
夫婦で立って並ぶ姿は、身長差もあって男雛と女雛みたいで素敵でした。
父親役の羽立さんは上背があり着物姿も素敵。芝居にも大店の主人らしい人格者の風情と娘を思う父親の心情がよく表れていました。
母親役の美風さん、朝葉さんの春琴を叱るときには腫れ物を触るようなどこか困惑気味、遠慮がちなところがありましたが、美羽さんの春琴には遠慮なくピシャリと叱っていて、春琴のタイプによって変わっているのが面白かったです。
そして美風さんのごりょんさん言葉が世界観にぴったりで心地よかったです。

峰果とわさんの利太郎さんはますます自由過ぎて、いっときも目を離せませんでした。
4日は、前回見たときに続いて「冬霞の巴里」のご夫婦と観劇被りでした。退団された花組の娘役さんたちもご観劇で、利太郎さんがいっそう飛ばしていて楽しかったです。
幇間役の太凰旬さんもイキイキと利太郎さんを唆していました。

お蘭は糸月雪羽さんが演じられていました。
とても歌がお上手で聞き惚れました。利太郎さんの扱いもお上手な大人っぽい姐さんでした。

高峰潤さん演じる番頭さん、仕事ができる男前で注目でした。
鵙屋の女中さんや丁稚さんたちを演じる下級生にもたくさんセリフがあり、ワークショップとしても良い公演だったと思います。
この公演で覚えた生徒さんたちを本公演でも注目したいと思います。

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2022/10/22

おおフィレンツェ。

10月15日に梅田芸術劇場メインホールにて宝塚歌劇花組公演「フィレンツェに燃える」「Fashionable Empire 」をマチソワしてきました。

「フィレンツェに燃える」はいまから47年前、1975年に上演された柴田侑宏先生の作演出の作品ということで、タイトルくらいは見たことがあるものの、CS放送でも見たことがない、周囲にも見たことがあるという話は聞いたことがない作品で、まっさらな状態での観劇となりました。

座席に着くと、両隣の方がそれぞれお連れ様と初演をご覧になったお話をされていて、さすが関西のマダムはちがうなぁ。幼い頃からふつうにレジャーの選択肢に宝塚がある世界を生きておられるのだなぁと感嘆しました。
(前日に宝塚バウホールで「殉情」を見たこともあり、絶賛関西リスペクト中の私です)

物語の舞台は1850年代、イタリア統一運動が盛り上がる前夜のフィレンツェ。
星風まどかちゃん演じる若き未亡人パメラの白いドレスがヴィスコンティの「山猫」のクラウディア・カルディナーレのようでした。
(「落陽のパレルモ」でふづき美世さんが着ていたドレスでしょうか)
(もしかしてまどかちゃんにこのドレスを着せるためにこの演目が選ばれたわけではないですよね・・?)

柴田先生は貴族の継嗣を主人公にされることが多いですが、この「フィレンツェに燃える」で柚香光さん演じるアントニオも侯爵家の嫡男。時代が移り変わる中、家を守ることを自分の使命と考え疑わない人でした。
そんな彼が恋に落ちるのが元歌姫でいわくつきの若き公爵夫人パメラ。彼に思いを寄せるのがはねっ返りの伯爵令嬢アンジェラ(星空美咲さん)。
まったくちがう属性の女性2人から思われ揺れ動く主人公というのも柴田作品にはありがちですが、ほかの作品と様子がちがうのが、この主人公がきわめて純粋で容易く人から騙されてしまうような人物だと周りから思われていること。

この特性が曲者で、宝塚の主役がこれでいいのかと初見では戸惑ってしまいました。
柚香さんお得意の無条件に全方向カッコイイ人物では決してありません。
アントニオをよく知るアンジェラの身近の人たちはあきらかにその世間知らずぶりをもって、決して意地悪くではないけれども共通認識として彼を愛すべきお馬鹿さんだと思っているんだなとうかがえました。
彼のことを好きなアンジェラもそこは否定できないようでした。むしろ彼女にはそこが魅力なのかもしれません。

じっさい出会ったばかりの得体の知れない女性の身の上に同情し、打ち解け合ったから結婚する!と宣言してしまう人ですから、アントニオは。

そんな兄を心配して、パメラの正体を暴いて兄から手を引かせようとするのが、水美舞斗さん演じるレオナルド。兄とは違って自由奔放な弟という設定のよう。
パメラに対して、あんたは自分と同じ側の人間だと彼女の素性を見抜いていることを突きつける。それを聞いたパメラも我に返ってアントニオに自分を諦めさせる言動に及ぶ。

というのがヤマになる場面だと思うのですが、正直なところ水美さんのレオナルドが悪(ワル)に見えなくて。ん?そうなん?まぁそんならそういうことにしとこか、と思いましたし、パメラが観念するのも、そういう筋立てなのだと自分に言い聞かせて見ていました。
レオナルドがもっと粗野な人物に見えたらなぁ。
たとえば冒頭の夜会の場面でもっと下卑た雰囲気でパメラを見つめたり、父親と招待客の前で露悪的な態度をとって見せたり、ネガティブ方向の印象付けをしてほしかったなぁと思いました。
その印象があればこそ、旅立ちの日の父との和解と別れの感動が高まるのに。

理想を抱いて国家統一運動に参加する従兄弟のビットリオ(愛乃一真さん)に誘われ、断るところももっと何か見えてほしかったなぁ。
レオナルドは本心とはちがうことを口にする人物なはずなので。
彼の中で、何と何がせめぎ合っているのか。
ラストで義勇軍に参加するに至る心境につながっているはずだから。

彼のいちばん守りたいものは何なのか。
それは兄アントニオだと私は思うのです。穢れのない兄を守りたい。そのために自分がどんなに汚れても。
レオナルドとパメラに共通するのは、愛するアントニオのためには自分は悪者になってもよいと思っているところ。
だから2人は共犯になれるのだと思います。地獄までも。

木原敏江先生あたりの漫画を愛読していた私には、このセリフ、このシチュエーションでパッとイメージできる世界観があって。
どうかここまでたどり着いてーと、もどかしさで小走りしたくなる気持ちでした。
こんなに美味しい役なんだから、美味しくいただきたい欲でいっぱいになります。
美味しくなるはずの役と脚本なのにどうしてこんなにあっさりなのかと。エグ味はどこへ??
水美さんのレオナルドは冒頭から、自由だけれどとても兄思いの性格の良い弟に私には見えていました。

レオナルドは演技力で見せる難しい役だと思いますが、主役のアントニオは受け身の芝居で存在感を出さないといけないこれまた難しい役かなと思います。
純粋すぎて計算ではなく行動する。2人の女性に対しても。
まるで神の啓示を受けたかのように自分に使命を課す。
そんな理屈にはならないことを観客に納得させられる芝居を求められる役。
それでいながら愛すべき人物に見える芝居を求められる。

でも柚香さんにはその美貌という武器がある。
その瞳の揺らめき一つ微笑み一つで何百と想像をかきたてることができる人。
なのに、なにゆえ髭を生やした—!?と問い詰めたいです。
髭をつけることで動きに制約があるのか、口元が自由じゃなかったのが残念です。
髭がなかったらさらに見えるものがあったのじゃないかなぁ。もっと表情を読ませてほしかったなぁ。

星風まどかちゃんのパメラにももっとギャップがほしかったなぁ。
パメラの死に遣る瀬無さを感じさせてほしいです。
(欲しがり屋ですみません)

最も柴田作品らしさを味わえたのは、アンジェラたち三姉妹と母親のマルガレート(梨花ますみさん)の場面でした。
「バレンシアの熱い花」でもこんなふうに女性たちがパティオでお茶してたなぁとか。その会話で話題の人物や彼女たちの考え方などが知れるのが面白かったです。

カーニバルの場面では、アントニオとアンジェラの幸せを願うパメラのせつない本心を、同性の先達としてマルガレートは悟っているのだろうなぁと思いました。
おしゃべりで愉快だけれどもそういうところは心得ている頼もしい女性に思えました。
はねっ返りの娘アンジェラに向けられた「たまには自分の心に従わないと酷い目に遭いますよ」という言葉は、前日にバウホールで「殉情」を観劇したばかりの私の心に深く刺さりました。

そんなもののわかった女性なのに、長女のルチア(春妃うららさん)とレナート(聖乃あすかさん)のことに気づいていなかったのも笑いを誘いました。
マチネでは気づかなかったけれど、ソワレで注意してみているとレナートとルチアがさりげなく瞳を交わし合ったりしていて微笑ましかったです。

アンジェラ役の星空美咲さんはセリフを伝える力があるなぁと。言葉を発しながらどんどん気持ちが変化していくのがわかりました。
アンジェラのおしゃべりしながら自分の気持ちに気づいていくかんじは母親似なのだろうなとも思いました。

パメラ、そしてアントニオとレオナルドを付け狙う憲兵オテロを演じていたのは永久輝せあさん。
1人の女性に執着する昏い危ない眼をする役に説得力がありました。
彼をここまでさせるパメラという女性はいったい何をしてきた人なんでしょう。
オテロと一緒にフィレンツェに来たマチルド(咲乃深音さん)が酒場で男性客に絡みながら歌う姿は、冒頭のバルタザール侯爵家の夜会で好奇の目を浴びてパメラが歌っていた姿と重なって、パメラもこんなふうに酒場で歌っていたのだなぁと彷彿とさせられました。
こんな酒場の歌姫でオテロの情婦だった人が公爵夫人になったのかぁ。
そりゃあいろいろやってきただろうなぁと納得させる場面でもありました。

細部ではいろいろ楽しめたのですが物語のヤマがあっさりだったのがもったいなかったなぁと思います。
柚香さん、水美さん、星風さんの主要3人の本来の持ち味と役が合っていなかったのかもとも思います。
また、いまの音楽や舞台機構で隙間なく埋めている作品に慣れている目には、こんなふうに時間の流れと余白を役者と観客自身で埋めていく作品に戸惑いがあるのかもとも思いました。
さすがに50年近く上演されていなかった作品を再演するとなると超えなくてはならないハードルが高いなぁと思います。

つまらないわけではなかったのですが、なにかはまらない感覚に戸惑った観劇となりました。
公演を重ねてをいけばきっと良い方に変化すると思いますけど。
ということで千秋楽のライブ配信を楽しみにしたいと思います。


Fashionable Empire 」は大劇場で見た時も好みのショーでしたが、全国ツアーバージョンはさらに洗練されていてよかったです。
ビートが効いたかんじ、長尺のダンス場面はとくに好きでした。

大劇場と変わったところでは、MISTYの場面の侑輝大弥さんの女役のダンスがとても妖艶でスタイリッシュで印象に残っています。
大劇場では美風舞良さん、音くり寿さんが担当されていたところを歌われていた咲乃深音さん、湖春ひめ花さんの歌も素晴らしかったです。

「殉情」チームも全国ツアーチームも下級生が活躍されていて、お名前を覚えていくのもうれしいですし、これからの花組がさらに楽しみです。

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2022/10/20

ふたりだけの世界。

10月14日に宝塚バウホールにて花組のバウ・ワークショップ「殉情」を見てきました。

谷崎潤一郎の「春琴抄」を原作にしたミュージカルで、今回が4回目の上演。
キャストを変えて10月13日〜21日と10月30日〜11月7日に上演されることになっているものです。
2008年宙組公演までは、石田昌也先生が脚本と演出を担当されていましたが、今回は竹田悠一郎先生が潤色と演出を担当されました。
10月14日に見たのは、主演の佐助が帆純まひろさんのバージョンでした。

帆純さんの佐助はとても人柄がよく、少しの濁りもなく春琴が好き。
朝葉ことのさん演じる春琴も佐助のことが好き。
けれども他人から憐れまれることが耐えられない彼女は、奉公人の佐助と社会的に夫婦になることを受け入れられない。
安息よりも誇りを選ばずにいられない、そんなままならない自分の思いに苦しみながらもそれを決して誰にも打ち明けることのない人でした。

彼女が佐助を受け入れさえすれば、誰もが納得する幸せな結末になりそうなのに。
あくまでも女主人として峻烈な態度を貫いて、佐助も下僕のごとくまたそれを悦びであるように彼女に仕える。
2人が選んだ生き方を首を傾げながらも見続けて、春琴を見舞った災難の後の佐助の行動にも首を傾げずにいられなかったのですが、なぜかラストの幸せそうな佐助と春琴の姿を見て涙してしまいました。
一晩経ってみるとまるで狐につままれたような心地で、あれはなんだったのだろうと思い返しています。
思うのは、原作とは趣の異なる宝塚らしい作品になっていたなぁと。

この舞台の原作となる「春琴抄」では、「私」なる人物が、「鵙屋春琴伝」という種本と実際に春琴と佐助に仕えたという人物の話を照らし合わせながら、この世にも稀な2人の関係を考察していき、どう判じるかは読者にゆだねる筋になっています。

原作を読んだ私は、
みずから盲になることで佐助は自分の理想の世界を完成させたのだと思いました。それは究極の自己愛ではないのかと。
もともと嗜虐的な性格の春琴と被虐に恍惚となる佐助は合わさるべくして合わさった一対だと思うのですが、その
主導権は実は佐助にあったのではないか。
いつしか春琴は佐助に背かれないために高慢であり続けることを自分に課していったのではないか。
佐助は自らを盲にすることで永遠に春琴を美貌のまま自分の記憶の中に閉じ込め、現実の春琴ではなく観念の中の春琴を愛し続けたのではないかと。
それは春琴をどんな気持ちにさせていたのだろうと思うとなんだか複雑で、果たしてこの関係は是といえるのだろうかと心に小石が沈みます。
うんと若い時分に読んだ時は春琴の気持ちを考えるという視点に思い及ばず、佐助の気持ちのほうはわかるような気がして、これもありな関係なのかなと思っていたと記憶します。
と、あくまでも原作の「春琴抄」の感想です。

この舞台で原作の「私」の役割をするのが、現代に生きる者として春琴と佐助の墓を訪れるマモルとユリコ、そして石橋教授だと思います。
冒頭に、そして明治の大阪を生きる人々の物語の途中途中に登場して、現代の視点から佐助と春琴の思いを考察する彼ら。
正直これまでの公演の彼らの在り方は、観客におもねりわかりやすくしようとするあまりか、逆に芝居に没入しているところに冷水を浴びせるといいますか、芝居を真剣に味わおうとする気持ちを茶化されているようでモヤモヤしました。

そんな苦手意識もあったので、今回の公演も若干の不安を抱いて観劇したのですが、あらあらあら? なんかスルスルと見られるんですけど? となりました。(逆に相手の出方をうかがってしまっていた私・・)
それはマモルやユリコが、佐助や春琴のことを卑しめることなく人間として見ていたからかなと思います。
本人たちも「真面目か」と言っていたけれど。

むしろつい下世話なことが気になってしまう私の思考を補正してくれていたように思います。
流行りのYouTuberを志す軽い若者かと思いきや、その根っこは思う以上に真面目なんだなぁ。
YouTubeで発信しながら自分探しをするのかぁと目から鱗もポロポロ。知らず知らず若い人に対して色眼鏡で見ていたのは私のほうかも。
彼らが春琴と佐助についてどんなことを発信しどういう反応を得ていたのかは具体的にはわからなかったのですが、真面目に考察しているのだろうと思いました。
ちなみに、谷崎潤一郎の「春琴抄」は世に出ていなくて、「鵙屋春琴伝」を手に入れたマモルがはじめて世に春琴について発信するという世界線のお話なんですよね?

原作が提示しているのは、2人が幸せならそれで良い、ということではなく、これを読んでどう思うか。
そこを大切にすべき作品だと思うのです。
YouTuberのマモルたちも、彼ら自身も考察しながらこれをどう見るのかと真面目に提示していたように思います。

帆純まひろさん演じる佐助は、原作の佐助とは異なり、被虐に悦びを感じる人ではなかったように思いました。
心から春琴のことが好きで尊いものと敬ってもいて、献身することが悦びのようでした。現代でいうならスター(推しの対象)を崇拝するような感じでしょうか。
非も是として全肯定しまう危うさは大いにありますが、こういう関係は実は珍しくないのかもしれません。
帆純さんの涼やかな美貌と邪気のない瞳に私もまた目が眩んでしまったのかも。
だから役者には用心しなくちゃ💦

春琴役の朝葉ことのさんは初めて意識して拝見したのですが、芝居も歌も出来る娘役さんでした。103期なのかぁ。
春琴の硬質な美しさ、激しさの裏に秘めた脆さも表現されていて素晴らしかったです。

峰果とわさん演じる利太郎は、これまでの上演では白塗りのキャラでしたが、今回は白塗りではなくなっていました。
原作の春琴は宝塚版よりも遥かに気性激しく人を見下して、いろんなシーンで人の恨みを買う女性であったとされ、あの卑劣で陰惨な事件も利太郎が犯人だと断定されているわけではありません。
宝塚版では犯人を利太郎としていて、春琴に尋常ではない酷い所業におよぶ理由を利太郎のキャラクターに置いているのでいままでは白塗りで奇をてらった役作りをしていたのかもしれませんが、峰果さんは芝居でそれを見せていて幇間役の天城れいんさんとのタッグもあわせてなかなかよい塩梅だと思いました。
それにしても。
私は佐助が目を刺すシーンよりはるかに寝ている春琴が熱湯をかけられるシーンが恐ろしかったです。

芸者のお蘭さんを演じていた詩希すみれさん。芝居がとてもお上手、所作もとてもきれいで婀娜っぽくて見入ってしまいました。
観劇後すぐにヅカ友さんにお名前を確認。なんとこの方も103期なんですね~~。

マモル役の希波らいとさんは、第一場からはっちゃけてらして、ああ今回はこんなマモルなのねとなりました。
なにぶん初日にかなりアドリブをぶちかまされたようで、今日は尺をとっては怒られるからアドリブはしませんよとおっしゃりながらすでに面白かったです。
そんな軽い面を出しながら実はとても真面目に物事を考える青年で、つくづく若い人を自分の偏った見方で判断してはいけないと教えを授かりました。
飲んでいる缶飲料がレッドブルかと思いきや、『マジメブル』(真面目ぶる?)だったり。
ユリコとお揃いのマグカップが『
オシャレテイコク』だったり。持っているノートPCが🍎かと思いきや♛ だったり。
甘酒屋さんのポスターが石田先生だったり。(石田先生愛されてる笑)
マモルのシーンはいろいろと面白い発見がありました。
来月一之瀬航季さん主演バージョンを観劇するときにも楽しみにしたいと思います。

ユリコ役の美里玲菜さんはポニーテールも清々しい素敵な娘役さんで、あっもしかして?と思う面影がありましたが、やはり綺咲愛里さんの妹さんですね。
意識して見たのも初めてでセリフを言われているのも初めて聞きましたが初々しさが魅力的でこれから花組を見るときに楽しみにしたい娘役さんになりました。

そのほか、鵙屋の奉公人や丁稚の役の方たちも1人ひとりに個性があって(かといってけっしてキワモノ・イロモノキャラというわけではなく)それぞれ一貫した個性が見えて愛着がわきました。
若い方たちが一生懸命に舞台に生きている姿に、感動したのかなぁ。
ラストシーンで思わず涙したのは、そんなところにも理由があったのかなと思います。

来月の一之瀬さん主演バージョンの観劇ではどんな気づきがあり何を思うのか、今回との違いなども含めて楽しみです。

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2022/09/18

きっとやり遂げる。

400eac13b60a4e1585c74fe7520dbdd8 9月15日と16日に宝塚バウホールにて星組公演「ベアタ・ベアトリクス」を見てきました。
極美慎さんの初主演作であり演出家の熊倉飛鳥先生のデビュー作となる作品です。
なによりこの折柄、無事に観劇できてよかったです。

観劇前に付け焼刃で、ロセッティ、エヴァレット・ミレイ、エリザベス・シダルの絵画やエピソードを調べて臨んだのですが、この題材で希望を感じる作品になっていたのに驚きでした。
ロセッティの女性関係やリジー(エリザベス・シダル)の亡くなり方から悲劇性の強い作品になるのかなぁ。救いのある作品になっていたらいいなぁ。と思っていたもので。

男女の愛憎の部分を掘り下げるというかんじではなく、父親からの呪縛や権威に対する反発心、己の力量や優れた友に対する複雑な心情などといった青年が抱えるコンプレックスとブラザーフッドを素直に描いた作品になっていたと思います。
それがバウ初主演の極美さんに合っていたし、デビュー作らしいなぁ。若い作品だなぁと思いました。

C1699b459c8940a7b4cea9a63adb3f531幕は冒頭からテンポよく進行していく中で、あ、これ(付け焼刃で見たばかりの)あの絵を表現しているよね?と思うシーンが出てきて面白く見ました。
私が気づいた範囲では、エヴァレットの「ロレンツォとイザベラ」と「オフィーリア」、ロセッティの「プロセルピナ」そして「ベアタ・ベアトリクス」があったと思います。

F7981c0672a744e0aebdd8375571f06a「オフィーリア」の制作場面。
水辺の風景を現したと思われる幻想的なダンサーたち、そしてそこに浮かぶリジーが素敵でした。
天飛華音さん演じるエヴァレットの「オフィーリア」のモデルがロセッティの妻だったとは。
彼女はいろんな画家のモデルを務めた人気モデルだったようで。

B543ddba13384e189eb86248e693e3fb その人気モデルのリジー(小桜ほのかさん)を射止めたのがロセッティ。やっぱりイタリア男の血ですかねぇ。
私はその名前から勝手にロセッティはイタリア人画家だと思っていました。イタリア系の英国人だったんですね。ロイヤルアカデミー出身なんだ。
演じるのは極美慎さん。そりゃあモテモテだわ。納得でした。

「プロセルピナ」の場面はジェイン役の水乃ゆりさんに圧倒されました。
前作までの可憐な雰囲気とは打って変わった迫力で。
緑青のドレスを纏っての登場にこれはもしかして?と思っていたところ冥界の王とザクロと思しき果実が目に入り確信しました。
これはまちがいなくプロセルピナ(ペルセポネー)だと。

人生の半分を冥界に捕らわれたプロセルピナですが、青いドレスを脱ぎ捨てたとたんに能動的に獲物を捕らえる情熱のファムファタルへ。
捕らわれたのは?


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大変魅力的なジェインに一目惚れするのはさもあらん。それにしてもロセッティ、恋に積極的だなぁ。
その半分でも仲間に・・ってわけにはいかないか。いつも不憫なのは碧海さりおさん演じるウィル(ウィリアム・ホルマン・ハント)。いいやつだなぁ。

1幕目がとても詰め込まれていたので、これって1幕ものだったっけ?と錯覚しそうになりました。
2幕は時間が行き来しながらリジーを失ったあとのロセッティが描かれていました。

登場人物の1人ひとりが劇的なエピソードを持っている人たちなので、それを繋ぐだけでもドラマになるとは思うのですが、そこに何を映しこむのだろうと思っていたら、ああこれだったのか。

描きたい対象があるうちは、それを描き続ければよい。
捕らわれたものがあるならば、それを追い続けたらいい。
きっと希望が見出せる。
どうしてもそれに向き合えない時期もあるけれど、結局それが支えになるよね。
と、私はこの作品を見て思いました。

極美慎さん演じるロセッティ、これは何をしてもゆるしてしまうよねぇと思いました。悪戯っぽい笑顔がとても魅力的。
父親ガブリエーレ・ロセッティ(朝水りょうさん)はダンテを愛するあまりに息子にダンテと名付けてしまうようなイタリアからの亡命詩人でイタリア語の教授。
重いですよね。ダンテというファーストネームもその期待も。
彼もまたダンテが描いた久遠の美少女ベアトリーチェに憧れ、彼女を絵画に描くことを夢見て画家を目指した。
父親、ダンテ、ベアトリーチェ(ベアトリクス)が彼の人生を呪縛しているのだなぁ。

画家を志しロイヤルアカデミーオブアーツに入学するも劣等生でなかなか筆を握らなくなっていたロセッティが、退学処分をかけてどうしても絵を描かなければならなくなったときにモデルに切望したのが帽子屋で働くリジー(エリザベス・シダル)。
一目見て自分のベアトリーチェだと直感して即アタック。この行動力たるや。
それにもかかわらず・・・なにやってるのよ!と思うことばかりなのに、憎めないよねぇ。困ったもんです。

ロセッティのヘアスタイルがずっと西城秀樹みたいだなぁと思って見ていました。
きれいなお顔立ちなのでもっと顔回りスッキリのほうがいいなぁと思ったのですが、あれは熊倉先生の指示なのかな。
リジーが亡くなったのは30代でそれから2年後くらいに「ベアタ・ベアトリクス」を描いていると思うのだけど、エヴァレットが病室に訪ねてきたのもその頃の設定でしょうか。
としたら彼がロセッティと競って描くつもりの家族の絵というのは「はじめての説教」になるのかな。
エヴァレットの言葉と眼差しに心を動かされていくロセッティの表情がとても感動的でした。
いつも陽気にふるまうか自堕落に悪びれてごまかしてきた彼が、やっと素直な自分の心を語ることができたなぁ。

この場面のすぐ後のウィリアム・モリス(大希颯さん)のケルムスコット・マナーのシーンは、ロセッティが亡くなった1882年、その次の場面はケルムスコット・マナーにアトリエを構えた1870年。
1幕が19歳から30代で、2幕は30代、50代(ロセッティはいない)、40代と場面ごとに年齢が一気に増したり若返ったり。
その割にみんな見た目に変化がないなぁと思いましたが、こんなに場面ごとに年代が行ったり来たりするとメイク替えも難しいかな。(登場人物たちもほぼロセッティと同じ年齢)

天飛華音さん演じるエヴァレットは、見るからに優等生でロセッティたちとは毛並みがちがうのがよくわかりました。
そして優等生の彼だからこそ愛した人に一途に大胆な行動に突っ走ってしまうのだろうなと。それによって名誉もキャリアのすべてをも投げ捨てることになってしまっても。
彼が駆け落ちしたエフィー(瑠璃花夏さん)は彼のパトロンであるジョン・ラスキン(ひろ香祐さん)の妻ですが、劇中でも言っていたように12歳で求婚され19歳で結婚したものの夫婦関係は一切なかったそうです。(のちにラスキンは9歳の少女に魅了され彼女が16歳で求婚するというようにエフィーの時とおなじことを繰り返しています)
そういうエフィーの寂しさに共感したのかなぁと思いました。ロイヤルアカデミーに史上最年少で入学した彼もまた孤独な人だったのだろうなと。

天飛さんは舞台センスがある人だなぁと思いました。
「オフィーリア」の制作場面の鬼気迫る雰囲気。そしてロセッティの病室を訪ねる場面は引き込まれました。
彼女を見ていてなんとなく新公時代の音月桂さんぽいなぁと。そして極美慎さんがおなじく新公時代の凰稀かなめさんぽいなぁと思いました。
これからの2人がどんなふうに成長していくのか、見届けずにはいられない気持ちです。

小桜ほのかさん演じるリジーは、私がイメージしてたエリザベス・シダルとはタイプがちがう可愛らしい女性でした。
私は薬物を過剰摂取してしまうような不安定な女性のイメージを抱いていたので。
小桜さんのリジーはアニメの少女みたいというか、名前がおなじせいか話し方のせいか「黒執事」に登場するリジーみたいだなぁと思いました。
ロセッティを鼓舞する姿もとても健気でロセッティを支える良妻になりそうだけど、芸術家たちのミューズになるようなモデルと言われるとちがうような。
自我が見えない人だなぁとも思いました。おかげで物語がサクサク進んだともいえるかなぁ。

水乃ゆりさん演じるジェインは、脈絡とか関係なしにファムファタルと言われて納得してしまう存在感がありました。
ロセッティが惹かれてしまうのもしょうがないし、モリスがゆるしてしまうのも納得してしまう。
奇妙な関係、奇妙な存在に説得力があるのがいいなぁと思いました。
そしてジェインの夫があの(有名なテキスタイルの)ウィリアム・モリスとは知らなくて。お芝居の途中で気づいてそうだったのかぁ~!と思いました。
(知っていたらモリスのワンピースを着て観劇したのに~)

碧海さりおさん演じるウィルは、なんていい人なんだぁ~~~と思いました。
彼がいなかったらロセッティはどうなっていたか。
手のかかるロセッティをいつもいつも気にかけて心配してあげて、ロセッティが死にかけたときはずっとつきっきりだったのに、あの場はエヴァレットに譲って自分は表に出ないんだ。ほんとになんて気がいい人なの。
絵の才能もロセッティたちに勝るとも劣らないと思うんだけど、そこを誇示したりしないし。
ジョン・ラスキンを大大大尊敬しているところも垣間見えてふふっとなりました。愛すべき人だなぁと思います。

作品自体にも希望を感じましたが、星組の若手の人たちにも希望を感じた舞台でした。
極美さんは決して器用な人ではなさそうなのでこれから先も幾年もダメ出しをうけたりするんだろうと思いますが、それだけの素材をもっている人だと実感しましたし、それだけの期待をされている人なんだとも思いました。
これからの星組も見続けたいと思いました。

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2022/09/11

キミは黙ってるほうがステキだよ。

9月1日と2日に宝塚大劇場にて宙組公演「HiGH&LOW」「Capricciosa!!」を見てきました。

正直なところ「HiGH&LOW」 は私の趣味の範疇ではなく、原作ドラマも公演解説も見ないで観劇したのですが、これが意外にもう1回見に行けないかなぁと思うくらいに楽しめました。
舞台上で所狭しと飛び跳ねる宙組生を愛でることができる作品になっているのがよかったです。
いつもの宝塚の演目とはちがうせいもあるかもですが、100期以下の皆さんがイキイキと活躍しているように感じました。
一言でまとめると「目が足りない!」

開演前はヴェローナ(ロミ+ジュリ)みたいな世界観と思っていればいいのかな?と思っていたのですが、そこまで拗らせてはいなくて。
コブラ(真風涼帆さん)周辺の人々は邪気もなくて、ちゃんと勤労しててえらいねと思いました。親世代との関係も良好みたいだし。
「笑顔が可愛い得なやつ」(亜音有星さん)は私も好みです。
山王街=モンタギューと思えば、たしかに居心地が良さそうなのはわかる気はします。
敵の「舞踏会」に変装して潜入するのもロミジュリリスペクトですよね。

帰属意識に溢れた若者たちがチームごとにイズムやテリトリーを持っていて、互いに反目しあっているのはわかりました。90年代っぽくも感じました。
冒頭でコブラが言う「この街を守りたかっただけだ」とはなんだったんだろう。それはさいごまでわからず終いでした。

1回目の観劇はストーリーを追っていたのでえ?で終わってしまったのですが、2回目はこれはこういうパフォーマンスなんだと思って見ることで役になりきった彼らが舞台で
花を開かせる瞬間を目の中に収めることができて面白かったです。

潤花ちゃん演じるカナは、余命わずかと言いながら明るく元気にふるまうフレンドリーな女性で、潤花ちゃんはやっぱり可愛いなぁと心が潤いました。
小学生以来会ってなかった相手にいきなり「私死ぬの」って言うのはちょっと???でしたが。
あれはいま言わなくちゃって彼女なりに勇気を振り絞った結果なのかなぁ。でもすごく軽く宣っていて、絶対にシリアスにしたくないって決意の表れなのかな。

そして余命宣告されて「やりたいこと」っていうのがあれなんだなぁ。ほかのことを思い煩う必要がないくらい家族に愛されている人なんだなぁと思いました。
そんな愛されて育ち恵まれた人が、見捨てられた人々が棲む無名街の闇市で買い物をしたい♡と連れて行ってもらって嬉しそうにはしゃいでいる姿がぞわぞわしました。
そこで見て経験したことをワクワクした♡とニッコニコの彼女に困惑。私は野口先生の作品のこういうさりげなく挿入される描写が残酷でグロテスクに感じられて苦手なのだなぁ。

ロッキー(芹香斗亜さん)はちょっととぼけた雰囲気もあり紳士的なふるまいだけど一転して凄味のある人みたい。
舞台では上辺しか描かれていないけれど原作ではもっとイズムがある人なんだろうな。と勝手に思いました。
彼の舞踏会の客人や従業員を無個性にせずキャラクターをつけて見せてほしかったなぁ。エピソードがない分、1人ひとりの存在にストーリーを感じられたらいいのにと思いました。
ナンバー2役の風色日向さんは、カチッとした身なりとスマートな身のこなしながら得体の知れない雰囲気がよかったです。本家もこういう人なのかな。

スモーキー(桜木みなとさん)がとても心に刺さりました。
あの朧かながら存在感のあるなんともいえない雰囲気。異空間に迷い込んだような不思議な感覚に陥りました。
RUDE BOYSのナンバーがとても良かったです。歌が凄い。そして秋音光さんや優希しおんさんなど身体能力が高いメンバーによる同時多発的なパフォーマンス。本当に目が足りなくて、ぜったいに見逃してしまっていると思います涙。

お祭りの場面は着流しの浴衣姿の真風さんを見られてよかったです。
祭り太鼓も本格的で心が沸き立ちました。けど季節はいつなんだろう。浴衣だから夏祭り?? にしてはほかのシーンが夏っぽくないんだなぁ。
コブラは達磨一家が仕切っている祭りだとわかっていて出向いているのかな。だとしたらそうとうむちゃなリクエストを叶えてあげているんですね。カナのために。

殴り合いの場面を見ていると、アドレナリンと脳内麻薬物質に支配されてる状態だなぁさらに興奮状態を求めてエスカレートするやつやん。セルフコントロールが効く人ならいいけれど。と心配になりました。
コブラも限度ってものを知らないヤカラがいるって言っていたけど。

「キミは黙っているほうがステキだよ」というのはカナのセリフですが、これを「冷静さを保て」という意味だと自分に落とし込むコブラは深慮の人なんだなぁと思いました。
私には、カナは自分が聞きたくない言葉をコブラに言わせないためにそう言っているように思えたから。
でも状況を冷静に見る目こそが最良の生き残るすべだし、そんなコブラは決して暴力行為の依存症ではないのだなと思いました。

苦邪組のリン(留依蒔世さん)は5つのチームの本拠地に火を放ったりしてSWORDを敵に回して何か得することがあったのかな。
チーム同士で潰し合いをさせる方向でもっと緻密に計画実行すればよかったのに。いろいろ雑だなぁと思いました。
SWORDに火をつけて闘って敗れるまでがお仕事なんでしょうけど。なんか間尺に合わないなぁ。
宝塚オリジナルのチームらしいので、もうやりたい放題好き放題やっちゃって爪痕を残してほしいなと思いました。
春乃さくらさんをはじめとする七姉妹のチャイナドレスの着こなしがとても美しくて好きでした。
そういえばバイフー(小春乃さよさん)、メイナンツー(泉堂成さん)と、役名といい服装といい、苦邪組ってチャイニーズマフィアかなにかなのかな。

レディースの女の子たち。そんなにパワーに溢れているんだからもっと大きな夢が持てるよ。とは思うんだけど、それほどにここ(山王街)は居心地がいいのかなぁ。
女の子を傷つけるのは夜の街だけじゃないからなぁ。
純子さん(天彩峰里さん)も本気でなにがなんでも「コブラの女になってやる」っていうよりは、いまの状態でいることが大事なのかなと思いました。
仲間を気にかけてあげたりチームでいることが。
集まっているメンバーもどこかで寂しい思いをしてきた女の子たちなのかなと。

それぞれの登場人物たちの関係性を見る人の観点でさまざまに好きなように落し込んで愉しむ作品なのかなと思いました。


「Capricciosa!!」は大介先生のショーにしてはまったりしていた印象でした。
いつもだったら神妙にお芝居を見てショーで盛り上がるというのが定番ですが、今回は1幕目の「HiGH&LOW」 でアドレナリンをそうとう放出しちゃった後だったからでしょうか。
それぞれの場面は大介先生クオリティで楽しかったです。
チョンパはやっぱり良いですね。

宙組の歌上手さんたちが各所で活躍していた印象が強いです。
とくに天彩峰里さんが目立って活躍されていたように感じました。彼女が歌いだすと注目せずにいられません。
若翔りつさんと朝木陽彩さんのデュエットもこれ聞きたかったやつだぁと思いました。
留依蒔世さんはさすがのよい声。中詰めも、圧巻のエトワールも。退団されるのが残念でなりません。

私にとっての
心のスイーツ♡水音志保さんが目立つポジションにいたのがうれしかったです。
紫藤りゅうさんとのペア、2輪のバラのようで素敵でした。それから真風さん芹香さん桜木さんとのデュエットダンスの場面は組む相手ごとに異なった雰囲気を楽しめて至福でした。
「ミ・アモーレ」のドレスを翻すときのキュートな表情が鮮やかに記憶に残っています。

潤花ちゃんの笑顔には肯定されるような救われるような気持になります。まさに衆生を救う笑顔。
スカラ座の場面、白いドレスで真風さんと踊る姿は夢物語のようでした。
この場面はプリマドンナの春乃さくらさんも素敵でした。歌声も。

夢物語といえば、ヴェネツィアの場面も。
ゴンドリエーレ瑠風さんと帽子の美女桜木さんの絵がとても美しかったです。

「HiGH&LOW」の反動か、娘役さんたちに魅了されたショーでした。
宙組のすらりとして楚々と品の良い娘役さんたちを堪能しました。

スカラ座の場面からフィナーレに向けて、あれ?これは?と思う演出が心をざわつかせました。
まるで真風さんへのはなむけのような。
もしかして東京公演では客席の涙を誘うことになるのかしらと。

血潮が騒ぐというタイプの作品ではなかったけれど、パフォーマーの技量ともども質の良いショーという印象を受けました。
終演後のロビーの階段で「かっぷりちょ~ぉざ~ぁかっぷりちょ~ざ~♪」と小さな女の子が楽し気に歌いながら降りていた姿に遭遇し、良いショーだったのだと実感しました。
中詰めのお衣装が全体として見たときにのっぺりとしているように感じられていまいち気分が上がらなかったので、そこだけ改善されたらいいのになぁと思います。

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