カテゴリー「♖宝塚バウホール」の12件の記事

2023/11/06

夢を見たの

10月25日と26日に宝塚バウホールにて星組公演「My Last Joke -虚構に生きる-」を見てきました。

天飛華音さんの初主演公演で主人公はエドガー・アラン・ポー、詩ちづるさんが彼の妻となるヒロインのヴァージニアを演じていました。
作演出は竹田悠一郎先生。場面ごとの登場人物たちの有様と言葉を追いながら読み解いていくような宝塚バウホールだからこそできる作品で、脚本は役者を得てはじめて命を宿すのだということがわかる公演でした。
手島恭子先生作曲の憂いを帯びた美しい音楽が舞台を包み込み物語世界に刹那の煌めきをつくり出していました。

肉親の縁に薄く愛着に問題を抱え誰とも信頼関係を築けぬまま、亡くなった母を理想化している青年の物語。
天飛さん演じるエドガー・アラン・ポーの印象は幼児性が抜けきれない癇癪持ち。
人としてしてはならないルールををすでに36破っています。とミーマイのディーン公爵夫人マリアの声が聞こえてきました。

相手に罪悪感を抱かせて行動や考えを支配してはいけません。
「離して」と言われたら離さなくてはいけません。
反論できないからといって癇癪を起こして怒鳴ってはいけません。
自死を示唆して恐喝してはいけません。
病に冒され心細がる妻を独りで放っておいてはいけません・・

独善的でどうしようもない人間でした。エドガー・アラン・ポーという人は。

エドガーに取り憑かれ命をすり減らしていくヴァージニアが不憫でなりませんでした。
最初は興味本位で近づいた年上の男性に手懐けられ、その寂しさに引き寄せられ、激しく責め立てられて彼の世界に取り込まれてしまう彼女が。
おそらく女手一つで娘を育てているヴァージニアの母マリアの心中を思うと心が痛みました。
彼女の真っ当な意見にも癇癪を起こし冷静な話もできない男に、まだまだ手許で愛しんでいたい年頃の娘を・・。委ねたくて委ねるのではないでしょう。

初見ではヒロインの母の心情に共鳴してしまい、エドガー・アラン・ポー、とんでもないやつだと思いました。
とはいえ娘の結婚相手を見つけるために観劇しているわけではないのだから、気持ちを新たに見てみようと翌日の観劇に臨みました。

2回目に見たエドガーも、やっぱりどうしようもない人でした。
恐ろしいほど幼くて純真で邪悪。

他人を陥れる企てに躊躇もなく、期待以上の才を発揮して相手を打ちのめしていました。
これには顔も人も好いロングフェローはひとたまりもない。豆鉄砲を食らった鳩みたいに立ち尽くすだけ。

初めて自分の領域に入り込んで来た人類であるヴァージニアを手放すことができず彼女が自分から離れることを恐れるあまりに無理な結婚をする、まるで孤独な冥王のようでした。

彼女を自分の世界に縛り付けておきながら自分の心の暗黒の淵から目を離すことができず現実の彼女を見ることができない。
ヴァージニアを伴侶に得たことでさらに彼の不安は大きくなってしまったみたいです。
喪失が耐えられなくて病に冒されたヴァージニアを抱きしめにも行けない。
ヴァージニアが彼に捧げる真の言葉も彼の耳には届かない。
かわいそうなヴァージニア。

物心ついてからずっとエドガーにとってのリアリティは憎しみや誹りや妬みに満ちた世界に立ち尽くす孤独で、愛とは儚く指の間からすり抜けるもの。
独りで見る夢の中にだけ在るものだったのかもしれません。
幼い頃に築けなかった愛着の関係が彼の人生に影を落としているように思いました。

幼い子どもが向き合うにはあまりに過酷な環境にいたから夢の世界、自分の内的世界に没入したのかもしれません。
夢想の中の母はやさしく儚く彼に微笑み彼に夢を見させる。
思い出を煌めくような言葉で書きつけておくことで自分の世界を作り出し、内的世界を広げて育っていった人なのではないかと思いました。

海原に浮かぶ砂上の机に向かい、ひとりペンを走らせている青年、そんな心の風景が浮かびました。
喪失の怯えに苛まれ続けた彼は、愛する人がこの世のものではなくなってやっと安心して愛せたのかもしれません。

誰しもが抱える心の奥に潜む影に怯えながらも目をそらさず見つめ続けた人だったのかなぁと舞台を見て考えました。
決して誉められはしない人生かもしれないけれど、だからと言って断罪して終わりにはできない。
そんなエドガー・アラン・ポーの魂の断片は、いまも世界のどこかで誰かの心に沁みているのだろうなと思います。

CAST

エドガー・アラン・ポー(天飛華音) 親切な脚本とはいえない分、天飛さんが繊細な芝居で時々の心情を表現しているのが凄いなぁと思いました。エドガーから感じられた幼さと純心は天飛さんに由来するものかもしれないなとも思います。いきなり感情を爆発させるところはびっくりでした。
ヴァージニア・クレム(詩ちづる) 生命力溢れる少女がおとなしい女性になってしまうのがせつなかったです。詩さんの透明感と安心感、すべてを包み込むような歌声が印象に残っています。
ルーファス・W・グリスウォルド(碧海さりお) 自分の感性に絶対的な自信があり創作物に対する見切りも異常に早い編集者。その裏には創作の苦しみを味わった経験と創作を続ける人への妬心もあるのかな。しかしそれゆえに素晴らしい創作物に出遭った時の衝撃も大きくそれを認めざるを得ない葛藤がある複雑な人物を碧海さんは絶妙に演じていました。個人的には「ベアタ・ベアトリクス」でダメダメな主人公を最後まで見捨てない好い人を演じていた碧海さんが真反対の役を演じられていた衝撃が大きかったです。
大鴉(鳳真斗愛) エドガーの心象が具現化したような役。登場が禍事の予兆であったり葛藤するエドガーの影のように踊ったり佇んだりという存在でした。セリフもない役でしたがその存在に自然と目が行き、とくに長い手足で禍々しくも美しく踊る姿には引き込まれて見てしまいました。
フランシス・S・オズグッド(瑠璃花夏) 自らも詩人でありエドガーが書く詩を心から愛しているという役どころ。現実のエドガーと恋愛したりともに暮らしたりすることがどれほど危ういことかを知っているくらい大人なのだと思いました。だからこそヴァージニアが心配なのだろうと思いますし、でもヴァージニアがエドガーの創作の源であることもわかっていて、エドガーの創作を愛しているゆえにエドガーから彼女を引き離すことができないのではないか、だから彼女がヴァージニアに寄り添うのは贖罪の意味もあるのかなと思いました。瑠璃さんの鈴の音のような声がとても心地よかったです。
ナサニエル・P・ウィリス(稀惺かずと) エドガーの同業者で理解者。エドガーとロングフェローとの文学的論争をけしかけたりする曲者でもあり、1840年代の米国文学界を簡単に説明する狂言回し役も担っていましたが、稀惺さんの流暢な説明セリフがとても聞き取りやすくてその口跡のよさ、話を聞かせる技量に驚きました。これからもさらに注目したいと思いました。
ヘンリー・W・ロングフェロー(大希颯) エドガーの同業者で顔も良い育ちも良い人物。グリスウォルドに気に入られて一躍有名人になったけれどもエドガーに一方的に批判されて豆鉄砲を食らった鳩のような顔がまた人の好さと育ちの良さを表していました。エドガーが「大鴉」で成功を収めたときも潔く負けを認め受容するところもまったく嫌味がない好人物に見える大希さんのお芝居がよかったです。

そのほかの演者の皆さんについても、それぞれが自分の役と向き合い作品世界での居方を考えて演じているのがつたわる舞台でした。
この経験はきっと実を結び次の作品につながるはずだと期待しています。
こういう作品を上演できることがバウホールという劇場が存在する意義なのだと思う公演でした。

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2022/11/11

これで災難もなかったとおんなじだす。

11月4日と5日に宝塚バウホールにて花組のバウ・ワークショップ「殉情」を見てきました。

今回見たのは、一之瀬航季さん主演のバージョンでした。
前回帆純まひろさん主演バージョンを見て、かなり宝塚ナイズされているなと思ったのですが、一之瀬さんバージョンはさらに「宝塚らしい」作品になっていました。
同じ脚本でこんなにもちがって見えるのか!と驚きました。

登場の瞬間からあたたかいオーラで劇場を包み、春琴のことが好きで好きでたまらない大型犬のような一之瀬さんの佐助。
自分に対して全力で愛を注ぐ佐助に思わず綻びそうになる笑みを必死でこらえてツンツンする美羽愛さんの春琴のなんと可愛らしいこと。
私はこの"かいらしいこいさん”に心を奪われて目が離せなくなりました。

春琴の相弟子となりさらに春琴から羽織をもらって舞い上がらんばかりの喜びを噛みしめる佐助は、まるで恋の翼に乗ったロミオみたいでしたし、そんな佐助の気配を感じて嬉しさを隠し切れず頬を緩ませる春琴もまたジュリエットみたいでした。
なんてハッピーな、なんていじらしくも微笑ましい「春琴抄」なの?と蕩けるような心地で1幕を見終わりました。

こんなにハッピーで1幕了で、2幕はいったいどうなるんだろう?と思っていたところ。
相思相愛の微笑ましい甘酒屋の場面にはじまり、厄災は起きるのですが、結局は1幕にもましてハッピーな気持ちで終幕を迎え、私の中の「春琴抄」の概念が行方不明になりました。
これは「春琴抄」をベースにした「殉情」というハートウォーミングな別作品なんだなということで納得しながら劇場を後にしました。

でもホテルに戻って思い返しているうちに、なにか背筋が冷たくなってきました。
すべて佐助の思い通りに事が運んでいたんじゃないかと。

一之瀬さんはとてもあたたかみのある佐助で、春琴への愛が温泉のごとく滔々と溢れだしていて、その思いを隠さないし、意外にも能動的に先回りをして春琴を率先して導いていたような。
とても真ん中らしい「宝塚」的な主役だったなぁと思います。

帆純さんの佐助が常に春琴を立て、気難しい彼女の心を察することに神経を研ぎ澄ませ、理不尽にも忍耐していたように感じたのとはまるで印象が異なりました。

一之瀬さんの佐助は、春琴のわがままに応えるたびに彼女からの気持ちをご褒美として受け取っているように見えました。
帆純さんの佐助はこの上なく春琴を崇拝していて、自分だけに向けられる彼女の嗜虐心に至上の喜びを感じていたのかもと思います。なかなかに特殊な愛かなという印象。傍目から見ると割に合わないように感じるのだけど。

最終的に春琴という宝玉を得るためにその才や輝かしい将来とか、あまたのものを引き換えにしたように見えた帆純さんの佐助に対して、一之瀬さんの佐助は都度都度清算できているというか、むしろ黒字決算の印象で、着実に春琴を自分の手の内に収めていっているようでした。
帆純さんバージョンは見ながらリアルタイムに闇が深いなぁと思うところがありましたが、一之瀬さんバージョンは見ているときには気づかなかった闇に、あとになって気づく感じ。

春琴の気位の高さが誇りの帆純さんの佐助。
春琴の愛らしさが誇りの一之瀬さんの佐助。
どちらの佐助も、自分だけの春琴を永遠に手に入れたんだなぁ。

「これで災難もなかったとおんなじだす。」(怖)。


春琴も、朝葉ことのさんと美羽愛さんとではまるで違った印象でした。

朝葉さんの春琴は気位が高く弱い自分を絶対に見せることができない女性。主人と奉公人という身分のちがいを絶対に越えられない、越えると自分が崩壊するような人に見えました。
それゆえに苦しみ苛立って、佐助に辛く当たっているようにも見えました。(佐助はそれが喜びのようでしたが)

美羽さんの春琴はいかにも甘やかされた10代の少女で、赤子を里子にという場面も子どもが子どもを産んでしまったゆえの無知による悲劇のよう。
鬼は鬼でも無邪気な小鬼。そして自分にはぐれて心細くて自分だけを見てくれる佐助を必死で探しているような。

わがままを言うことで、佐助がどれだけ自分に献身してくれるか試しているようにも感じました。
そのたびに溢れんばかりの愛で返す佐助に満たされ、自分の価値を再確認し自尊心を満たしているようでした。
まるで際限なく愛情をほしがる子どものように。

あんなに両親に愛されていてもなお、満たされない空虚が彼女の裡には存在しているのかもしれない。
いとけなく世間知らずのわがままに見えて、その実散々傷ついて育ってきたのかも。
目が見えない者として扱われる疎外感や憐れまれ尊厳を傷つけられる経験や、自分には決して得られないものを持つ者たちへの嫉妬や。
敏感に自分自身や他人のネガティブな感情にヒリヒリとして日々を過ごしていたのかもしれない。
そんな心の裡の埋めきれない空虚を佐助の愛情を確かめることで埋めていたのかもと思います。
佐助が春琴を求める以上に、佐助を必要としていた春琴だったように思います。

それに利太郎はん(峰果とわさん)も気づいたのでは。
天下茶屋の梅見のあとで利太郎はんが「台無しやなかったなぁ」とほくそ笑む理由を私なりに考えたのですが、あれは春琴の弱点がわかったということでしょうか。

高慢な彼女のか弱い一面を垣間見たことで、春琴もまた巷の女性と同じように佐助を男性として必要としていると勘づいたのでしょうか。
わざわざ淀屋橋の春琴宅に出向いて高額な謝礼をちらつかせた意図は、贅沢な暮らしでお金が必要な春琴の心をぐらつかせてお金(自分)を取るか佐助をとるかを試そうとしたのか。
結局きっぱりと断られたうえ、佐助とダッグを組んだ春琴に嬲られることになって沽券を傷つけられ激高した挙句に惨い意趣返しを企むことにいたったと。
そういう流れでしょうか。
このあたりはいろいろ考えてしまいます。

結果として春琴は惨い仕返しをされ美貌を失ってしまい、そのことで佐助との関係も変わってしまう不安に慄きますが、自ら盲になることを選んだ佐助の真情を確信することができて、ようやく埋められなかったものが埋まったと。

ラストシーンはロミオとジュリエットの天国でのデュエットダンスに匹敵する多幸感に溢れていて、このうえないハッピーエンドを見た気分だったのですが、冷静に考えると、春琴はここから新たな地獄がはじまったように思います。
文字通り、佐助がいなければ生きていけない人生になってしまったから。
「もうおまえしかおらへんのや」

佐助の望みどおりに。——と思うと深い闇に背筋が冷たくなりました。
これもまた「春琴抄」の世界だったのだなぁ。


マモルとユリコは、鏡星珠さんと二葉ゆゆさんが演じていました。
2022年版で大きく変わったマモルとユリコですが、なによりも観客に作品を自由に見させてくれたところがよかったと思います。
下世話な好奇心や偏見で語らないところがなにより。

前回の観劇で、「春琴抄」は世に出ていない世界線かと思ったのですが、しっかり「春琴抄」について調べているって言っていたのですね。
フィクションの中でそこだけはノンフィクションの設定なのですね。そこはちょっと混乱するなぁ。

2人で「春琴抄」についてYouTubeで発信しているという設定ですが、観客が見るのはその発信の内容ではなくて、明治の佐助と春琴の物語と並行してすすんでいく、令和のマモルとユリコのラブストーリー。
といってもラブストーリーというにはあまりに健やかで、明治の2人との対比に思いを馳せました。

とても育ちが良さそうな令和の2人ですが、マモルにとってユリコは都合がよすぎてなんだかな。
という印象を、前回見た希波らいとさんと美里玲菜さんのペア以上に強く受けました。

心をぶつけあう前に謝って感謝して問題を不可視化する。
極力軋轢を生まないのが令和流なのかな。


春琴の両親は、どちらのバージョンも羽立光希さんと美風舞良さんが演じていました。
夫婦で立って並ぶ姿は、身長差もあって男雛と女雛みたいで素敵でした。
父親役の羽立さんは上背があり着物姿も素敵。芝居にも大店の主人らしい人格者の風情と娘を思う父親の心情がよく表れていました。
母親役の美風さん、朝葉さんの春琴を叱るときには腫れ物を触るようなどこか困惑気味、遠慮がちなところがありましたが、美羽さんの春琴には遠慮なくピシャリと叱っていて、春琴のタイプによって変わっているのが面白かったです。
そして美風さんのごりょんさん言葉が世界観にぴったりで心地よかったです。

峰果とわさんの利太郎さんはますます自由過ぎて、いっときも目を離せませんでした。
4日は、前回見たときに続いて「冬霞の巴里」のご夫婦と観劇被りでした。退団された花組の娘役さんたちもご観劇で、利太郎さんがいっそう飛ばしていて楽しかったです。
幇間役の太凰旬さんもイキイキと利太郎さんを唆していました。

お蘭は糸月雪羽さんが演じられていました。
とても歌がお上手で聞き惚れました。利太郎さんの扱いもお上手な大人っぽい姐さんでした。

高峰潤さん演じる番頭さん、仕事ができる男前で注目でした。
鵙屋の女中さんや丁稚さんたちを演じる下級生にもたくさんセリフがあり、ワークショップとしても良い公演だったと思います。
この公演で覚えた生徒さんたちを本公演でも注目したいと思います。

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2022/10/20

ふたりだけの世界。

10月14日に宝塚バウホールにて花組のバウ・ワークショップ「殉情」を見てきました。

谷崎潤一郎の「春琴抄」を原作にしたミュージカルで、今回が4回目の上演。
キャストを変えて10月13日〜21日と10月30日〜11月7日に上演されることになっているものです。
2008年宙組公演までは、石田昌也先生が脚本と演出を担当されていましたが、今回は竹田悠一郎先生が潤色と演出を担当されました。
10月14日に見たのは、主演の佐助が帆純まひろさんのバージョンでした。

帆純さんの佐助はとても人柄がよく、少しの濁りもなく春琴が好き。
朝葉ことのさん演じる春琴も佐助のことが好き。
けれども他人から憐れまれることが耐えられない彼女は、奉公人の佐助と社会的に夫婦になることを受け入れられない。
安息よりも誇りを選ばずにいられない、そんなままならない自分の思いに苦しみながらもそれを決して誰にも打ち明けることのない人でした。

彼女が佐助を受け入れさえすれば、誰もが納得する幸せな結末になりそうなのに。
あくまでも女主人として峻烈な態度を貫いて、佐助も下僕のごとくまたそれを悦びであるように彼女に仕える。
2人が選んだ生き方を首を傾げながらも見続けて、春琴を見舞った災難の後の佐助の行動にも首を傾げずにいられなかったのですが、なぜかラストの幸せそうな佐助と春琴の姿を見て涙してしまいました。
一晩経ってみるとまるで狐につままれたような心地で、あれはなんだったのだろうと思い返しています。
思うのは、原作とは趣の異なる宝塚らしい作品になっていたなぁと。

この舞台の原作となる「春琴抄」では、「私」なる人物が、「鵙屋春琴伝」という種本と実際に春琴と佐助に仕えたという人物の話を照らし合わせながら、この世にも稀な2人の関係を考察していき、どう判じるかは読者にゆだねる筋になっています。

原作を読んだ私は、
みずから盲になることで佐助は自分の理想の世界を完成させたのだと思いました。それは究極の自己愛ではないのかと。
もともと嗜虐的な性格の春琴と被虐に恍惚となる佐助は合わさるべくして合わさった一対だと思うのですが、その
主導権は実は佐助にあったのではないか。
いつしか春琴は佐助に背かれないために高慢であり続けることを自分に課していったのではないか。
佐助は自らを盲にすることで永遠に春琴を美貌のまま自分の記憶の中に閉じ込め、現実の春琴ではなく観念の中の春琴を愛し続けたのではないかと。
それは春琴をどんな気持ちにさせていたのだろうと思うとなんだか複雑で、果たしてこの関係は是といえるのだろうかと心に小石が沈みます。
うんと若い時分に読んだ時は春琴の気持ちを考えるという視点に思い及ばず、佐助の気持ちのほうはわかるような気がして、これもありな関係なのかなと思っていたと記憶します。
と、あくまでも原作の「春琴抄」の感想です。

この舞台で原作の「私」の役割をするのが、現代に生きる者として春琴と佐助の墓を訪れるマモルとユリコ、そして石橋教授だと思います。
冒頭に、そして明治の大阪を生きる人々の物語の途中途中に登場して、現代の視点から佐助と春琴の思いを考察する彼ら。
正直これまでの公演の彼らの在り方は、観客におもねりわかりやすくしようとするあまりか、逆に芝居に没入しているところに冷水を浴びせるといいますか、芝居を真剣に味わおうとする気持ちを茶化されているようでモヤモヤしました。

そんな苦手意識もあったので、今回の公演も若干の不安を抱いて観劇したのですが、あらあらあら? なんかスルスルと見られるんですけど? となりました。(逆に相手の出方をうかがってしまっていた私・・)
それはマモルやユリコが、佐助や春琴のことを卑しめることなく人間として見ていたからかなと思います。
本人たちも「真面目か」と言っていたけれど。

むしろつい下世話なことが気になってしまう私の思考を補正してくれていたように思います。
流行りのYouTuberを志す軽い若者かと思いきや、その根っこは思う以上に真面目なんだなぁ。
YouTubeで発信しながら自分探しをするのかぁと目から鱗もポロポロ。知らず知らず若い人に対して色眼鏡で見ていたのは私のほうかも。
彼らが春琴と佐助についてどんなことを発信しどういう反応を得ていたのかは具体的にはわからなかったのですが、真面目に考察しているのだろうと思いました。
ちなみに、谷崎潤一郎の「春琴抄」は世に出ていなくて、「鵙屋春琴伝」を手に入れたマモルがはじめて世に春琴について発信するという世界線のお話なんですよね?

原作が提示しているのは、2人が幸せならそれで良い、ということではなく、これを読んでどう思うか。
そこを大切にすべき作品だと思うのです。
YouTuberのマモルたちも、彼ら自身も考察しながらこれをどう見るのかと真面目に提示していたように思います。

帆純まひろさん演じる佐助は、原作の佐助とは異なり、被虐に悦びを感じる人ではなかったように思いました。
心から春琴のことが好きで尊いものと敬ってもいて、献身することが悦びのようでした。現代でいうならスター(推しの対象)を崇拝するような感じでしょうか。
非も是として全肯定しまう危うさは大いにありますが、こういう関係は実は珍しくないのかもしれません。
帆純さんの涼やかな美貌と邪気のない瞳に私もまた目が眩んでしまったのかも。
だから役者には用心しなくちゃ💦

春琴役の朝葉ことのさんは初めて意識して拝見したのですが、芝居も歌も出来る娘役さんでした。103期なのかぁ。
春琴の硬質な美しさ、激しさの裏に秘めた脆さも表現されていて素晴らしかったです。

峰果とわさん演じる利太郎は、これまでの上演では白塗りのキャラでしたが、今回は白塗りではなくなっていました。
原作の春琴は宝塚版よりも遥かに気性激しく人を見下して、いろんなシーンで人の恨みを買う女性であったとされ、あの卑劣で陰惨な事件も利太郎が犯人だと断定されているわけではありません。
宝塚版では犯人を利太郎としていて、春琴に尋常ではない酷い所業におよぶ理由を利太郎のキャラクターに置いているのでいままでは白塗りで奇をてらった役作りをしていたのかもしれませんが、峰果さんは芝居でそれを見せていて幇間役の天城れいんさんとのタッグもあわせてなかなかよい塩梅だと思いました。
それにしても。
私は佐助が目を刺すシーンよりはるかに寝ている春琴が熱湯をかけられるシーンが恐ろしかったです。

芸者のお蘭さんを演じていた詩希すみれさん。芝居がとてもお上手、所作もとてもきれいで婀娜っぽくて見入ってしまいました。
観劇後すぐにヅカ友さんにお名前を確認。なんとこの方も103期なんですね~~。

マモル役の希波らいとさんは、第一場からはっちゃけてらして、ああ今回はこんなマモルなのねとなりました。
なにぶん初日にかなりアドリブをぶちかまされたようで、今日は尺をとっては怒られるからアドリブはしませんよとおっしゃりながらすでに面白かったです。
そんな軽い面を出しながら実はとても真面目に物事を考える青年で、つくづく若い人を自分の偏った見方で判断してはいけないと教えを授かりました。
飲んでいる缶飲料がレッドブルかと思いきや、『マジメブル』(真面目ぶる?)だったり。
ユリコとお揃いのマグカップが『
オシャレテイコク』だったり。持っているノートPCが🍎かと思いきや♛ だったり。
甘酒屋さんのポスターが石田先生だったり。(石田先生愛されてる笑)
マモルのシーンはいろいろと面白い発見がありました。
来月一之瀬航季さん主演バージョンを観劇するときにも楽しみにしたいと思います。

ユリコ役の美里玲菜さんはポニーテールも清々しい素敵な娘役さんで、あっもしかして?と思う面影がありましたが、やはり綺咲愛里さんの妹さんですね。
意識して見たのも初めてでセリフを言われているのも初めて聞きましたが初々しさが魅力的でこれから花組を見るときに楽しみにしたい娘役さんになりました。

そのほか、鵙屋の奉公人や丁稚の役の方たちも1人ひとりに個性があって(かといってけっしてキワモノ・イロモノキャラというわけではなく)それぞれ一貫した個性が見えて愛着がわきました。
若い方たちが一生懸命に舞台に生きている姿に、感動したのかなぁ。
ラストシーンで思わず涙したのは、そんなところにも理由があったのかなと思います。

来月の一之瀬さん主演バージョンの観劇ではどんな気づきがあり何を思うのか、今回との違いなども含めて楽しみです。

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2022/09/18

きっとやり遂げる。

400eac13b60a4e1585c74fe7520dbdd8 9月15日と16日に宝塚バウホールにて星組公演「ベアタ・ベアトリクス」を見てきました。
極美慎さんの初主演作であり演出家の熊倉飛鳥先生のデビュー作となる作品です。
なによりこの折柄、無事に観劇できてよかったです。

観劇前に付け焼刃で、ロセッティ、エヴァレット・ミレイ、エリザベス・シダルの絵画やエピソードを調べて臨んだのですが、この題材で希望を感じる作品になっていたのに驚きでした。
ロセッティの女性関係やリジー(エリザベス・シダル)の亡くなり方から悲劇性の強い作品になるのかなぁ。救いのある作品になっていたらいいなぁ。と思っていたもので。

男女の愛憎の部分を掘り下げるというかんじではなく、父親からの呪縛や権威に対する反発心、己の力量や優れた友に対する複雑な心情などといった青年が抱えるコンプレックスとブラザーフッドを素直に描いた作品になっていたと思います。
それがバウ初主演の極美さんに合っていたし、デビュー作らしいなぁ。若い作品だなぁと思いました。

C1699b459c8940a7b4cea9a63adb3f531幕は冒頭からテンポよく進行していく中で、あ、これ(付け焼刃で見たばかりの)あの絵を表現しているよね?と思うシーンが出てきて面白く見ました。
私が気づいた範囲では、エヴァレットの「ロレンツォとイザベラ」と「オフィーリア」、ロセッティの「プロセルピナ」そして「ベアタ・ベアトリクス」があったと思います。

F7981c0672a744e0aebdd8375571f06a「オフィーリア」の制作場面。
水辺の風景を現したと思われる幻想的なダンサーたち、そしてそこに浮かぶリジーが素敵でした。
天飛華音さん演じるエヴァレットの「オフィーリア」のモデルがロセッティの妻だったとは。
彼女はいろんな画家のモデルを務めた人気モデルだったようで。

B543ddba13384e189eb86248e693e3fb その人気モデルのリジー(小桜ほのかさん)を射止めたのがロセッティ。やっぱりイタリア男の血ですかねぇ。
私はその名前から勝手にロセッティはイタリア人画家だと思っていました。イタリア系の英国人だったんですね。ロイヤルアカデミー出身なんだ。
演じるのは極美慎さん。そりゃあモテモテだわ。納得でした。

「プロセルピナ」の場面はジェイン役の水乃ゆりさんに圧倒されました。
前作までの可憐な雰囲気とは打って変わった迫力で。
緑青のドレスを纏っての登場にこれはもしかして?と思っていたところ冥界の王とザクロと思しき果実が目に入り確信しました。
これはまちがいなくプロセルピナ(ペルセポネー)だと。

人生の半分を冥界に捕らわれたプロセルピナですが、青いドレスを脱ぎ捨てたとたんに能動的に獲物を捕らえる情熱のファムファタルへ。
捕らわれたのは?


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大変魅力的なジェインに一目惚れするのはさもあらん。それにしてもロセッティ、恋に積極的だなぁ。
その半分でも仲間に・・ってわけにはいかないか。いつも不憫なのは碧海さりおさん演じるウィル(ウィリアム・ホルマン・ハント)。いいやつだなぁ。

1幕目がとても詰め込まれていたので、これって1幕ものだったっけ?と錯覚しそうになりました。
2幕は時間が行き来しながらリジーを失ったあとのロセッティが描かれていました。

登場人物の1人ひとりが劇的なエピソードを持っている人たちなので、それを繋ぐだけでもドラマになるとは思うのですが、そこに何を映しこむのだろうと思っていたら、ああこれだったのか。

描きたい対象があるうちは、それを描き続ければよい。
捕らわれたものがあるならば、それを追い続けたらいい。
きっと希望が見出せる。
どうしてもそれに向き合えない時期もあるけれど、結局それが支えになるよね。
と、私はこの作品を見て思いました。

極美慎さん演じるロセッティ、これは何をしてもゆるしてしまうよねぇと思いました。悪戯っぽい笑顔がとても魅力的。
父親ガブリエーレ・ロセッティ(朝水りょうさん)はダンテを愛するあまりに息子にダンテと名付けてしまうようなイタリアからの亡命詩人でイタリア語の教授。
重いですよね。ダンテというファーストネームもその期待も。
彼もまたダンテが描いた久遠の美少女ベアトリーチェに憧れ、彼女を絵画に描くことを夢見て画家を目指した。
父親、ダンテ、ベアトリーチェ(ベアトリクス)が彼の人生を呪縛しているのだなぁ。

画家を志しロイヤルアカデミーオブアーツに入学するも劣等生でなかなか筆を握らなくなっていたロセッティが、退学処分をかけてどうしても絵を描かなければならなくなったときにモデルに切望したのが帽子屋で働くリジー(エリザベス・シダル)。
一目見て自分のベアトリーチェだと直感して即アタック。この行動力たるや。
それにもかかわらず・・・なにやってるのよ!と思うことばかりなのに、憎めないよねぇ。困ったもんです。

ロセッティのヘアスタイルがずっと西城秀樹みたいだなぁと思って見ていました。
きれいなお顔立ちなのでもっと顔回りスッキリのほうがいいなぁと思ったのですが、あれは熊倉先生の指示なのかな。
リジーが亡くなったのは30代でそれから2年後くらいに「ベアタ・ベアトリクス」を描いていると思うのだけど、エヴァレットが病室に訪ねてきたのもその頃の設定でしょうか。
としたら彼がロセッティと競って描くつもりの家族の絵というのは「はじめての説教」になるのかな。
エヴァレットの言葉と眼差しに心を動かされていくロセッティの表情がとても感動的でした。
いつも陽気にふるまうか自堕落に悪びれてごまかしてきた彼が、やっと素直な自分の心を語ることができたなぁ。

この場面のすぐ後のウィリアム・モリス(大希颯さん)のケルムスコット・マナーのシーンは、ロセッティが亡くなった1882年、その次の場面はケルムスコット・マナーにアトリエを構えた1870年。
1幕が19歳から30代で、2幕は30代、50代(ロセッティはいない)、40代と場面ごとに年齢が一気に増したり若返ったり。
その割にみんな見た目に変化がないなぁと思いましたが、こんなに場面ごとに年代が行ったり来たりするとメイク替えも難しいかな。(登場人物たちもほぼロセッティと同じ年齢)

天飛華音さん演じるエヴァレットは、見るからに優等生でロセッティたちとは毛並みがちがうのがよくわかりました。
そして優等生の彼だからこそ愛した人に一途に大胆な行動に突っ走ってしまうのだろうなと。それによって名誉もキャリアのすべてをも投げ捨てることになってしまっても。
彼が駆け落ちしたエフィー(瑠璃花夏さん)は彼のパトロンであるジョン・ラスキン(ひろ香祐さん)の妻ですが、劇中でも言っていたように12歳で求婚され19歳で結婚したものの夫婦関係は一切なかったそうです。(のちにラスキンは9歳の少女に魅了され彼女が16歳で求婚するというようにエフィーの時とおなじことを繰り返しています)
そういうエフィーの寂しさに共感したのかなぁと思いました。ロイヤルアカデミーに史上最年少で入学した彼もまた孤独な人だったのだろうなと。

天飛さんは舞台センスがある人だなぁと思いました。
「オフィーリア」の制作場面の鬼気迫る雰囲気。そしてロセッティの病室を訪ねる場面は引き込まれました。
彼女を見ていてなんとなく新公時代の音月桂さんぽいなぁと。そして極美慎さんがおなじく新公時代の凰稀かなめさんぽいなぁと思いました。
これからの2人がどんなふうに成長していくのか、見届けずにはいられない気持ちです。

小桜ほのかさん演じるリジーは、私がイメージしてたエリザベス・シダルとはタイプがちがう可愛らしい女性でした。
私は薬物を過剰摂取してしまうような不安定な女性のイメージを抱いていたので。
小桜さんのリジーはアニメの少女みたいというか、名前がおなじせいか話し方のせいか「黒執事」に登場するリジーみたいだなぁと思いました。
ロセッティを鼓舞する姿もとても健気でロセッティを支える良妻になりそうだけど、芸術家たちのミューズになるようなモデルと言われるとちがうような。
自我が見えない人だなぁとも思いました。おかげで物語がサクサク進んだともいえるかなぁ。

水乃ゆりさん演じるジェインは、脈絡とか関係なしにファムファタルと言われて納得してしまう存在感がありました。
ロセッティが惹かれてしまうのもしょうがないし、モリスがゆるしてしまうのも納得してしまう。
奇妙な関係、奇妙な存在に説得力があるのがいいなぁと思いました。
そしてジェインの夫があの(有名なテキスタイルの)ウィリアム・モリスとは知らなくて。お芝居の途中で気づいてそうだったのかぁ~!と思いました。
(知っていたらモリスのワンピースを着て観劇したのに~)

碧海さりおさん演じるウィルは、なんていい人なんだぁ~~~と思いました。
彼がいなかったらロセッティはどうなっていたか。
手のかかるロセッティをいつもいつも気にかけて心配してあげて、ロセッティが死にかけたときはずっとつきっきりだったのに、あの場はエヴァレットに譲って自分は表に出ないんだ。ほんとになんて気がいい人なの。
絵の才能もロセッティたちに勝るとも劣らないと思うんだけど、そこを誇示したりしないし。
ジョン・ラスキンを大大大尊敬しているところも垣間見えてふふっとなりました。愛すべき人だなぁと思います。

作品自体にも希望を感じましたが、星組の若手の人たちにも希望を感じた舞台でした。
極美さんは決して器用な人ではなさそうなのでこれから先も幾年もダメ出しをうけたりするんだろうと思いますが、それだけの素材をもっている人だと実感しましたし、それだけの期待をされている人なんだとも思いました。
これからの星組も見続けたいと思いました。

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2021/10/16

スウィングしなけりゃ意味がない。

10月15日の宝塚バウホール月組公演「LOVE AND ALL THAT JAZZ」を見てきました。
風間柚乃さんのバウホール初主演作品です。

感じたのはひたすら「恐怖」でした。
これを書いた人に人の心があるのかと疑いました。
スウィング? 否、洗脳でしょ?
「恐怖による支配」を「善導」と勘違いしている人による。

独善と自己満足のために出逢った人々を次々と不幸に陥れていく主人公が怖かったです。
不穏な時代に突然店に飛び込んで来た娘のただならぬ様子にお構いもなく、訊かれもしない自分の正当性をべらべらと話し出し、相手の事情を察するや怒鳴りつけて叱りつけて自分のビジョンに従わせるところから嫌な予感はしていましたが、それは最後まで払拭されず、それどころかますます増長していく主人公が恐怖でした。

愛とか人は誰もが違ってよいとか、どんなに立派なことを言っていても相手の心に寄り添わなければそれはただの独善では。
他人を自分の理想に巻き込み命をも懸けさせながら、この人はそれをどう思っているのだろう。
相手の同意を一度だってとっていたかな。若い娘には判断力も意思もないと思っているのかな。
仲間たちの憧れのジャズマンの自分だから、皆が諸手を挙げて賛同するのが当然と思っているのかな。

善良な仲間たちの前で、命に関わる重大な機微情報をするっと口にするヒロインも怖かったし、それを勝手に解釈して自分の主張のために取り込み自分の正義に利用する主人公も怖かったです。
仲間の命の意味や重さまでも彼が解釈して誰にも口を挟ませないことも。
恋人の死の報せを受けたばかりで錯乱する娘に微笑みを強要するのも怖かったし、その状況で彼の言葉(歌)に感銘を受けて娘が心を改めることも怖かったです。

彼の微笑みには不思議な魅力があるそうな。
だから皆彼のために瞳をキラキラ輝かせて、命まで懸けてくれるらしい。
強制労働の最中でもひとたび彼がジャズを歌い出せば、皆憑りつかれたように笑顔になって踊り出していました。
音楽は人の心を支配する手段なの?
彼の奏でるジャズは人の心を彼の思いのままに動かす技のよう。
ストーリーにお構いなくジャズナンバーになると客席からぜんぜんスウィングしていない平坦な集団手拍子が起きるのも怖かったです。
自由であるはずのジャズなのに全体主義のお手本みたいで。

私は何を見せられているのだろう? 人の心を思いのままに支配したい「教祖様になりたい男の夢」?
その主張は誰からも否定されずすべて受け入れられて、誰も彼もが自分のために命を懸けてくれる「不思議な魅力をもった俺」の夢?

本編が終わってフィナーレの「Sing,Sing,Sing」でようやく私はナイトメアから解放された気分になりました。
演じきった人たちに心から拍手を送りました。

主演の風間柚乃さんにジャズを歌わせたことは買います。どう歌えば聴く人が心地よくなるのかわかってらっしゃるなぁと思いました。
ストーリーを考えずにもっと聴きたいと思う歌声でした。
芝居をぐいぐいと引っ張っていく力も凄いなぁと思いました。
とくにあの雪山のソロを1人でもたせてしまう力は素晴らしいなと。

主演以外の出演者にも目に留まった若手の方が何人もいたのですが(風間さんより下級生ってことですよね)、プログラムを見ても誰が誰だかわからなくて。
とくにジャズナンバーを踊っている場面では役名ともちがって、月組さんについて履修不足の私には難易度高しでした・・汗。
博多座公演、バウ公演と見て、月組の芝居力に感服です。これからが楽しみです。
(来年からは組に偏らずに見ていきたいなと思い中・・です・・)

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2021/07/19

未来なんか君にやる今を僕にくれ。

7月5日と6日に宝塚バウホールにて星組公演「マノン」を見てきました。

愛ちゃん(愛月ひかるさん)の主演舞台を見るのは2018年の「不滅の棘」以来。星組での主演は初です。

1回目の観劇後に思ったのは、「なにゆえこのペアでマノンなんだろう?」でした。研15の愛ちゃんと研10の有沙瞳ちゃんで。
この2人の主演なら大人な恋愛を描いたものが見たかったなぁと。

愛ちゃん演じるロドリゴは貴族の若様。次男坊なので領地は継げないから将来は聖職者になるか軍人になるかかな。品行方正で将来を嘱望されている10代の学生。故郷に帰る途中で友人を待っている間に追われている少女を匿う。
少女の名はマノン(有沙瞳ちゃん)、自分を修道院に入れるという親の元から逃げ出し近衛兵の兄を頼ってマドリードに行くのだと言う。
出逢ったばかりのロドリゴに一緒にマドリードで暮らそうと誘ってしまう娘です。そりゃあ親は彼女を修道院へ入れようと考えるよねと思いました。

そんなことも思い至らないロドリゴ、純粋培養で育ったのか。出逢ったばかりの自分に躊躇もなく体を寄せてくる彼女にすっかりその気にさせられてしまって。
一目惚れなのはわかるけど、自分にかんたんに許すことをほかの男にだって許すだろうとは考えないのかな。
自分の気持ちを愛だと思っているけれど、支配欲と独占欲を勘違いしているだけじゃないのかな。
裏切り者のマノン!と罵るけれど支配させてくれないマノンに逆上しているだけじゃないのかな。
順風満帆な未来も自分を信じてくれる友人も家族もなにもかもすべて棄てて彼女のもとに奔る理由はなんなのかな。
すべては人としての未熟さゆえなんだろうか。

マノンはヒロインとしては面白味がないなぁと思いました。
カルメンのように強烈な自分を主張するわけでもない。貞操観念が希薄で享楽的で抑制がきかずに流されやすいだけ。魅力的とは思えないなぁ。男性には魅力的なんだろうか。都合がよいから?
その場面その場面でいちばん自分の欲望を叶えてくれる男性を見極める本能に長けていて、関心を引くのが巧い娘。
出逢ったあのとき、彼女の本能が選んだのがロドリゴ。若くてハンサムで見るからに裕福な名家の子息。
でもずっと彼女を満たし、いちばんであり続けるには彼はリソース不足だったから、その不足している部分を自分の働きで補おうとしたということだよね。ロドリゴと楽しく戯れて暮らせるならお金持ちの男の相手をしてもかまわなかった。
それをロドリゴが受け容れられれば彼女的には問題はなかった。彼がプライドと独占欲で計画をめちゃくちゃにさえしなければ。
今際の際でロドリゴに殊勝な口調で愛を告げるのは、自分のためにここまで来てくれた男性は彼しかいないからだよねと思います。

主演の2人が芝居ができるだけに綺麗事で誤魔化せないものが見えた気がします。
けっして純愛カップルではない、それぞれのエゴとエゴが招いた破滅が。
カタルシスはどこにもない作品だなぁ。
なにを描きたい作品だったのか。主演の2人は何を表現したかったのか。
見ればわかるという作品ではなく、見る人の心に問いを残す作品なのかなと思いました。

綺城ひか理さんが演じたロドリゴの友人ミゲル。
ロドリゴのために手を尽くす良き友なのに裏切られてしまう人。あのとき自分が遅れて来なければと責任を感じてしまっているのでしょうか。
彼が真摯であるほどロドリゴの不道徳さと後戻りが出来ないところまで来てしまった立ち位置が際立ちます。
綺城さんは前作のロミオ(礼真琴さん)に続いて今作ではロドリゴ(愛月ひかるさん)に裏切られてしまう親友の役なんだなぁ。
フィナーレ冒頭の歌とダンスがとてもカッコよかったです。

マノンの兄レスコー役の天飛華音さん、「エル・アルコン」のキャプテン・ブラックの人ですよね。今回も舞台センスの良い人だなぁと思いました。
それにしてもマノンといい、兄のレスコーといい、どうしたことでしょうこの兄妹は。レスコーは近衛士官だというしマノンの身なりにしても使用人たちがいることにしても、貴族ではないとしてもそれなりに良家の子女でしょうに。享楽的な性格ゆえに身を亡ぼして親はたまらないだろうなぁ。
でもロドリゴへの献身的ともいえる協力やマノンとの兄妹仲の良さを見ると、裕福でも家庭は複雑で頼りにくかったり露悪的にふるまってしまう訳があったりしたのかなぁと考えてしまいます。
本当に悪いやつならお金を仲間に渡さず着服してロドリゴを見捨てて遁走したでしょうに。命など懸けずに。

ロドリゴとマノンの隣人でマノンの援助者フェルナンド役の輝咲玲央さん、レスコーがマノンのパトロンにとみつけてきたアルフォンゾ公爵役の朝水りょうさん。ともに色気のあるおじ様役が素敵でした。
フェルナンドはマノンにつれなくされても嬉しそうなちょっと卑屈で歪んだ感じのあるお金持ち。アルフォンゾ公爵は高慢で男の沽券を傷つけられたら執念深く相手を追い詰める自己愛の強いヤバイ人。とそれぞれいわくのありそうな人物造形が面白かったです。英真なおきさんのDNAを継いでいそうなデフォルメの効いた悪役っぷりが星組らしいなと思いました。

レスコーの恋人エレーナ役の水乃ゆりさんはどこにいても目に付く華のある娘役さんでした。
エレーナは享楽的で教養のない街の女という雰囲気ですが、きっと感性や性格は悪くない娘なのだなぁと思いました。レスコーに、お金のために自分がお金持ちの相手をしても平気かどうかと訊いて膨れる場面はとても好印象で、そのときのレスコー役の天飛さんのつれないけれど彼女を思っているのがわかるリアクションも良くて、ここからレスコーへの見方が変わった気がします。
主演の2人とは対照的ともいえるカップルで微笑ましく、このあとのエレーナを思うと胸が痛みました。

ロドリゴが誤って撃ち殺したロペス(彩葉玲央さん)をはじめ彼が愛と呼ぶエゴを貫こうとしたために何人もの人が不幸になっているのだなぁ。
マノンの心を手に入れたと満足したあの一瞬(それすら私には思い違いに思えるけれど)の代償として。

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2021/01/30

一緒に見た夢を一緒に叶えよう。

1月28日と29日に宝塚バウホールにて花組公演「PRINCE OF ROSES-王冠に導かれし男-」を見てきました。

作品を見ているうちに登場する人物たちが主人公ヘンリー・テューダーに向けるその思いに、私は宝塚を愛する人々の思いを重ねていました。
フィナーレで出演メンバーを従えてセンターで踊る主演の聖乃あすかさんが、客席に目線をやり髪を掻き上げた瞬間、胸が震えて涙が溢れ出てしまった自分に驚きました。

自分をとりまく人々の思いを受け取って前に進もうとする主人公と、聖乃さんの初主演舞台を支えた出演者たちや客席からの思いを受け取っていまそこに存在する聖乃さんが重なり、またその彼女にこれまで見てきた宝塚のスターさんたちの姿が何重にも重なって見えた気がしました。

なんという美しさ、なんと眩い生命の輝きかと——
―― もしかして、1幕1場でヘンリー・テューダー(聖乃あすかさん)のかんばせを見たヘンリー6世(冴月瑠那さん)やジャスパー・テューダー(高翔みずきさん)、そしてトマス・スタンリー(一之瀬航季さん)が言っていたことは、私がいま見たこの光景に近いものがあるのかもしれないと。
人が夢を託し希望と仰ぐ人は、こういう人なのだろうなぁという納得の存在感を感じました。

この作品は、演出家竹田悠一郎先生のバウホールデビュー作でもありましたが、若者によるテーゼとロジックを見せてもらった気がするというのがいちばんの印象でした。
まだ荒削りで散らかった部分はありましたが、伝えたい思いをこれほどストレートに表現できることへの羨望も感じました。
そして経験値が高い人ならばきっと手を出さないだろう「薔薇戦争」という七面倒くさい題材に挑んだことも。(おかげでこの年齢になって勉強というものをする機会をいただきました笑)
それからフィナーレに大変心躍りましたので、ぜひショーを作ってほしいなと思いました。

年齢的に私は主人公の親世代の登場人物に気持ちを寄せがちだったのですが、若い世代の彼らに何を渡せるのだろうと考えてしまう作品でもありました。
できることならもっと自由を。少なくとも若者の夢や未来を搾取しないようにしなければと、作品とは関係のないことを思い至ったり。

聖乃あすかさんについては、じつはこれまでは素顔の美しい男役さんという程度の認識しかありませんでした。たぶん私の好みだろうなと思ってはいましたが笑。
「MESSIAH」の新人公演を見ているのですが、あの時は「舞空瞳ちゃん凄っっ!!!」で頭がいっぱいでその記憶しか・・汗。
本公演では去年の「はいからさんが通る」の蘭丸の美しさに釘付けになったことが記憶に新しいのですが、これほど舞台で堂々と眩しく存在できる方とは知りませんでした。

好きだったところは、聖乃さん演じるヘンリー・テューダーが、ヘンリー・スタッフォード(希波らいとさん)の死の悲しみを忘れないようにして前に進もうとするところ。それがあるから目指す未来が明確になるのだなぁと。
辛い過去に蓋をすることなく、自分への思いを残した人のその思いを受け取って、その思いとともに進んでいこうとする彼の器の大きさがまさに王者になるべき人のものだなぁと思いました。
それからブルターニュのイザベル(星空美咲さん)のもとに戻ったときの一連。包容力が凄すぎて。そこからシルキーにラブシーンへもっていくところはまさにプリンス。

そしてやっぱり花男♡と思わせるフィナーレの黒燕尾のダンスは洒脱で大好物でありました。あれをもっと見たいです。


イザベル役の星空美咲さんはリトルちゃぴちゃん(愛希れいかさん)といった見た目で少女らしい可憐さがあるヒロインでした。ドレス姿も素敵ですし「えっ」と一声発するだけでも納得のヒロイン感があり、これもまた天性の素質だなぁと思いました。そしてお歌がとても良かったです。

バッキンガム公ヘンリー・スタッフォード役の希波らいとさんの存在感も印象的でした。103期なんですか。本当でしょうか。赤い髪、赤いコスチューム、誰よりもひときわ長身、で舞台のどこにいてもすぐにわかりました。(初日の幕間に、お名前と「花より男子」のメインキャストだったことを教えていただきました)
自分の血筋を紹介する場面が面白くて客席の笑いが起きていたのも印象的でした。魅力のある方だなと思いました。

キレ者トマス・スタンリー役の一之瀬航季さんも聖乃さんと同期の100期ですか。本当でしょうか。お髭のおじさまがお似合いなのに。
いろんな登場人物と関わり物語を動かす役でしたが、存在感もお芝居も不安要素がまるでなくて100期の方とは思えませんでした。
というかもう100期以下の生徒さんたちが活躍される時代なんだなぁということに、瞠目するばかりです・・汗。

演出の竹田先生も100期生と同期なんですよね。いやはや。
宝塚歌劇の未来が楽しみになった舞台でした。

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2018/08/11

明日をめざし歩いて行こう友を信じて。(ハッスルメイツ!)

8月9日(木)宝塚バウホールにて、宙組公演「ハッスルメイツ!」を見てきました。
宙組創立20周年の年に上演される和希そら君主演のソング&ダンス・エンターテイメントショーという宙組ファンにはたまらない趣向でした。

第1幕の海外ミュージカルコーナーでコパカバーナの前奏が流れてきた時からテンションが振り切ってしまい、ショーの主題歌メドレーでさらにボルテージが上がり、そして「明日へのエナジー」で幕が下りた直後にお隣の方に「凄く楽しんでいらっしゃたのが伝わりました(笑)」とご指摘を受ける始末(^^;

「コパカバーナ」の瑠風輝さん、「ファントム」の鷹翔千空さん、長身の立ち姿に独特の品、ザ・宙組の男役さん!ってかんじで素敵でした。これでお2人とも歌うまさんとは。このまま宙の中心で輝いていてください。

「ファントム」で鷹翔さんが歌っている時、背後に現れた幻想的な白燕尾のお2人が印象深く心に残っていて、プログラムで最下級生のなつ颯都さんと亜音有星さんだとわかりました。
なつさんはアカペラのコーナーでもパートをうけもっておられた歌うまさんですね。
亜音さんは笑顔が可愛らしい方で視線泥棒でした。客席降りで近くで拝見できて心が昂り、それからさらに目で追ってしまいました。(観劇後もあちこちで亜音さんが亜音さんがと言ってる・・・やばし私。笑)
お2人とも端正な宙組男役の片鱗がいまから漂っていて楽しみです。

若いメンバーが多い中で、あおいちゃん(美風舞良さん)とまっぷー(松風輝さん)の「TOP HAT」はやはり見せ方が綺麗だなぁと思いました。
まっぷーは歌もとても良いなぁと、2幕の雨男の場面でも思いました。
「NEVER SAY GOODBYE」の初舞ロケットで見ていた方がもはや宙組になくてならない人になっていらっしゃる(涙)。

「雨に唄えば」は娘役さんだけで歌っていたのが新鮮でした。
瀬戸花まりさん、華妃まいあちゃん、天彩峰里ちゃん、それぞれに持ち味のある歌うまさんの歌がとてもよかったです。
娘役さんたちが2人ずつペアで歌い継いでいく「私だけに」も聞惚れました。劇中ではないので、綺麗に歌われるのも新鮮にかんじました。
男役さんたちが2人ずつ歌い継ぐ「最後のダンス」もそれぞれに味があり、ラストに登場して歌いあげるそら君のリズムの乗り方が気持ちよくて最高でした。

そしてそら君のルイジ・ルキーニ。「キッチュ」。
新人公演の時以上にイキイキと客席をいじりまくっていました(笑)。
最前の小さいお客さんに顔を寄せて歌っていたのがとても微笑ましく、そら君が行ってしまった後の小さいお客さんの反応も可愛くて、しあわせな気分にさせていただきました。
(和希そらと小さいお客さんの隔たりのなさ、マッチングを認識)

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2017/01/21

兵の情は健やかなるを主とす。

1月17日宝塚バウホールにて星組公演「燃ゆる風-軍師・竹中半兵衛-」2公演を見てきました。
七海ひろきさんが主役の竹中半兵衛を演じていました。

これは時代物ではなく戦国ファンタジーなのだと思って見ました。なにもかもが半兵衛の手柄にされていて突っ込みだしたらキリがないので。
戦国BASARA同様にゲームのキャラクターだと思えばいいのかな。
このキャラにこの言葉を言わせたかったのねという感じ。そうよね、いまならあすなろ抱きさせたいよねとか。
ドラマにリアルはありません。リアルは役者の感情にありました。
で、まんまと泣かされました

バレバレのフラグを立てては回収を繰り返す脚本で、逆に言えば楽に回収できる以上のことはしていないので、もうちょっと意欲的でもいいのではという気持ちになりました。
知的な満足を求めるのではなく、気軽に見て泣いて笑って、あとで役者についてあーだこーだと話すのが楽しい作品かなと思います。

かいちゃん(七海ひろきさん)の竹中半兵衛は、竹中半兵衛の姿を借りたかいちゃんそのものでした。
主役なのに張りがないのはそのせいかな。せっかくコスチュームなのに中の人が素のままなので、大きさや華が足りないと思いました。
首から上と首から下の情報量の落差が気になりました。具足姿なのに重心所作が侍らしくなく手持無沙汰に見えました。
心はもの凄く入っているから客席も泣いちゃうけど。
でもその心はかいちゃん以上のものではなくて。かいちゃんがかいちゃんのまま具足や陣羽織を着てかいちゃんの感情のままに泣いている感じで、役としてはどうなの?と思います。
どういうスタンスで舞台に立っているのかな。最近のちょっと浮足立っている感じが私は苦手だな。
以前のようにもっとストイックに役作りをしてほしいと思うのですが。

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2016/12/10

あなたこそ待ち焦がれた愛しい死-“Azrael ”。

11月29日、宝塚バウホールにて宙組公演「双頭の鷲」を見てきました。

有名なジャン・コクトーの戯曲をミュージカルにした作品。面白くないはずがない。引き込まれて見てしまいました。
どうして彼はそう言うのだろう。あのときどうして彼女はああ言ったのだろう。たくさんの何故?を抱きながら見る作品の面白さ。そのわけは見終わった後にゆっくりと考えたい。
11時と14時半公演を続けて見てしまって、しまったと思いました。もっとゆっくりとインターバルを持ちたかった。そうでないなら1回だけ見てじっくりと浸っていたかった。
あのときの顔はそういうことだったのか。あのときあの言葉を選んだのは―― 考えれば考えるほどなるほどと思う、そんな作品でした。

それだけにパパラッチが憶測をごちゃごちゃと語るのが邪魔だなぁと感じてしまいました。
主役たちが心情を歌うのもいらないくらいだなぁと思いました。余白を埋めすぎな感が否めませんでした。見ている私に想像の余地を残してほしかったな。
歌詞が聞き取りにくい部分もあったりして、言葉の裏にあるものを覗くのが面白いのだからセリフで明瞭に聴きたかったと残念と思えるところもありました。
作品が良いのでこちらもより高いところを求めてしまいます。

舞台美術は脚本演出の植田景子先生の美意識そのものって感じ。ちょっと過多にも私には感じられました。(景子先生はまだ足りないわと思っているかも(^-^;)
2幕で、お互いを愛し愛されることを知った2人がこれまで受け入れられなかったものを受け入れると、それまで色のなかった世界(部屋)に色が加わる演出がわかりやすく素敵だなぁと思いました。

齋藤恒芳先生の音楽は作品にぴったりで盛り上げてくれましたが、彼の音楽にはあんまり言葉をいっぱい載せないほうがいいのになぁと思いました。気の利いた少量の美しい日本語が合うのにな。
音楽自体に魅力があるのだから、ちょっと情報が過剰だなぁと思いました。愉しむ余地がほしいなと。
それにしても、みりおん(実咲凜音さん)もずんちゃん(桜木みなとさん)もあの曲をよく歌いこなせるなぁと思いました。歌っているうちに迷子になりそうな曲ですよね。

作品はどう見ても王妃が主役だなぁと思いました。
王妃役のみりおんが相手役の轟さんに遠慮なく相対しているなぁと思いました。思いきりが素晴らしい。
そして王妃姿が彼女史上でもっとも美しくて感銘的でした。景子先生の美意識と相手役の轟さん、そして彼女のキャリアとこの作品に挑む緊張感等々のなせる仕業でしょうか。
ワンショルダーのブラックドレスの後ろ姿やヘアスタイルが彼女の魅力を引き立てていました。
ハープアップに乗馬服も魅力的でした。
(もしかすると高身長揃いの宙組が彼女には気の毒だったのかもしれないなという気もしてきました)

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