カテゴリー「♖ 宝塚大劇場」の134件の記事

2018/10/16

罪の中で生まれた私の産声。

10月8日と9日に宝塚大劇場にて宙組公演「白鷺の城」と「異人たちのルネサンス」を見てきました。

「異人たちのルネサンス」は悲しいお話だけどどこか優しさを感じるのが私は気に入っています。
あれは主役のレオナルドを演じる真風さんの持つ優しさなのかな。
どうしても受け付けない箇所というのがないので、役者の芝居を通して物語に入っていけます。
もっと上手く描く手法もあるかもしれないけれど、私にはなによりも描かんとしているものが胸に響くかどうかが大切な気がします。
(宝塚らしいパフォーマンスがもっと挿入されていたらなぁとは思いますが)

初見では、登場人物たちのそれぞれの心の闇を想像しながらストーリーを追うのが面白かったです。
演者の内面の在り方で物語が広がる作品だなぁと思いました。
カテリーナが「ゆるしを請う」子になった具体的なエピソードがなかったので、そこがいちばん妄想ポイントでした。
グイドが意図的にそう育てたってことだよねと見終わってからもぐるぐると考えました。

2回目の観劇では、登場人物たちの心がぐっと近く見えた気がして、初見にはなかった感動を覚えました。
天才の青春を見た感じ。
田渕先生の作品に共通しているのは心傷つきうずくまっている人が人との関わりを経て彼(女)なりに立ち上がり前に進もうとする姿が描かれていることだけど、あらためて私はそこに惹かれるのだなぁと思いました。

葛藤の中でレオナルド(真風涼帆さん)が自分が絵を描くことの意味を見つめ、かつての自分に重なる者に心を寄せ、他者に心を縛られ身動きできなくなっている想い人を解放したいともがく、その彼の心の動き、在り様に惹かれました。

登場人物たちの心の有り様や過去は、セリフよりもアリアの歌詞に込められていることが多く、初見では気づかなかったことに、2回目以降の観劇でその歌詞が頭に入ってくることで気づいたように思います。
その点では1回しか見ない人にはやさしくないかもと思います。

庶子の生まれで兄弟とは分け隔てをうけて育ち、またその才ゆえに家族からも気味悪がられたレオナルド。
そんな傷ついた少年レオナルドが前を向いて歩けるようになったのは、芸術や研究への没頭、そしてヴェロッキオ夫妻の愛情と工房の仲間の存在のおかげなんだろうなと。
それがわかるヴェロッキオ(松風輝さん)の場面が好きでした。
「その才能を邪魔する優しさなどもう棄ててしまえ」という優しさ。
このあたりが凄く田渕先生の作品らしいなと思いました。

いつも工房に集う皆の心とお腹を満たすことを気にかけている優しい奥さん(花音舞さん)も。
寂しい子どもにとって「食べていくかい?」と優しく声をかけてもらうほどうれしいことはないのじゃないかな。
立派な大人になったレオナルドにも同じように「食べていくかい?」と。
なにを考えているのかはわからなくても、なにか重いものをレオナルドが心に抱えていることがきっと彼女にはわかるのだなぁ。

そんな夫妻に彼の優しさも育まれていったのではないかな。
だからこそ彼はサライ(天彩峰里さん)のことを見捨てられないのだろうな。
そして立派に成人し芸術家として才能を発揮しているいまでも、彼の心の中にはかつての傷ついた少年が住んでいるのだろうなと思います。
だから彼はあの後もきっといつかサライをゆるすのだろうと思います。

彼がカテリーナの瞳の中になにを見たのか。3回の観劇では曖昧だったので、次回の観劇ではそこをしっかりと感じたいなと思いました。
彼が求める『少女』とはなんなのか。
わたし的にはいまの彼女をそのまま受け止めてあげてほしいと思ったのだけど、そういうこととはまたちがうことなのかな。
芸術家の目は、本質を見抜くということなのかな。

それにしても芸術家の要求は高度で多大だなぁと銀橋での独唱を聴いていて思いました(笑)。
だからこそ尋常ではない深い飢えと苦悩を抱えてしまうのかな。

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2018/10/15

醒むることなく微睡みつづけていたい。

10月8日と9日に宝塚大劇場にて宙組公演「白鷺の城」と「異人たちのルネサンス」を見てきました。

「白鷺の城」は大野拓史先生作で、宙組誕生以来初の日本物のショーでした。

初見の感想は、すごく大野先生!でした。
そこはかとなく中世の匂いが漂う感じ。
転生、そして白拍子に狐さんたち。耳!!!(強調)
幽玄だけどときどき可愛いモノたちが微笑みを誘うかんじ。

ストーリー仕立てなので舞踊をがっつりというわけではありませんでしたが、とにかく目にうれしい作品でした。
ことに唐の国の吉備真備の真風さんのビジュアル♡
くるくるパニエ♡
お人形にしていつまでも眺めていたい。上から下まで完璧に最高。うっとり。(日本語崩壊)

吉備真備にはじまり、いにしえから狐にまつわる伝説のある者たちが真風涼帆さんのビジュアルで生まれ変わるストーリー。
星風まどかちゃん演じる妖狐(妲己そして玉藻前)に出逢うために。
なかには栗林義長さんのように一度もまみえないままに、戦に果ててしまうせつない人も(涙)。
(だってその前の安倍泰成さんが殺生石に封印してしまったから、玉藻ちゃん出てこれない・・・)

だからか、その後の幸徳井友景さんは、なにがなんでも玉藻前に逢う気なんだな・・・。
前世の想いを受け継いでいくこと。夢に呼ばれるままにつきすすまんとするその衝動は、合理的に現実を生きている現代の私には理解しがたくもあるけれども、だからこそ夢物語として輝くのだなぁという不思議な説得力がありました。
理屈ではなくそうせずにはいられないものが真風さんの友景の中に見えました。

考えたら、玉藻前はなにも悪いことはしていない気がします。
何千年ものあいだ封じられていた結界を解いてくれた人を慕って日本までついてきただけ。

でも慕った相手は人間で、寿命の長さが妖狐の彼女たちとはちがうから、その人がいなくなってしまっても彼女は彼女で生きつづけなくてはいけなくて。
そしてたぶん眷属を養わなくてはいけない妖狐の長として権力者に近づいて寵愛されていたのかと。
ただ野干(けもの)の本性を制御することができなくて訝しがられてたり、彼女が放つ瘴気で側にいる人が体調を崩すとか、人間からしたら禍々しいことが起きて忌み嫌われてしまうのかなと。
(玉藻前にうつつを抜かして政をおろそかにしたり私情を入れたとしたらそれは上皇さまの勝手だし)

そんな折に間の悪いことに、かつて慕った人が転生したその相手に正体を見破られてしまって。
『見忘れるものかや』という言葉を憎々し気に言ってしまうのもきっと野干だから。
野干(けもの)である彼女は、自分の執着が愛だと気づいていなかったのか。もしくは愛し方がちがったのか。
慕う相手に牙を剥いてしまう。
そこが野干(けもの)の悲しい性。

そのことを、なんどかの転生の末に、友景は悟ったのではないかなと思いました。
手負いの獣がどうしたら心を開くか・・・。
今生こそは、玉藻に手傷を負わされても放すものかと・・・。
その友景の固い決意に彼の優しさを感じて、それが私にはいちばんキュンポイントでした。


さいしょ不思議だったのは、上総介広常や三浦介義純が玉藻前を弓矢で射ようとしたら、そんなものは効きもうさんとかなんとか言って泰成は止めるんだけど、無三四の刀で斬られたら玉藻は息絶えるんですよね。
そもそも私が知っている殺生石のお話では上総介と三浦介の矢刀で玉藻は絶命するのだけども。
つまり妖狐といえど弓矢で急所を突かれたら絶命してしまうのではと。

もしかして、泰成は彼らをたばかって玉藻をかばったのかな? つまりはそれはもしかしてグランデアモーレ?
あ、なんだ~。ようするにめっちゃラブラブですやん。

そもそも唐に留学中の吉備真備が妲己を憐れに思って、何千年ものあいだ封印されていた結界を解いちゃったのがはじまりですもんね。
それで日本に連れてきちゃったんですもんね。
愛の前には理屈はいらない。愛こそがジャスティス!ってお話なのですものね。

・・・みたいな能天気な気持ちで見ていたせいか2回目以降の観劇はとってもハッピーな気持ちで愉しんでしまいました(笑)。
ラストのみえこ先生(松本悠里さん)のあのニコニコ笑顔。あのお顏が私の心を象徴しているような気がします。

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2018/09/09

誰にも束縛されず自由に生きるの。

9月6日と7日に宝塚大劇場にて月組公演「エリザベート」を見てきました。
ちょうど役替わりの境目で、両方のルドルフを1回ずつ見ることができました。

期待以上に面白かったです。
とてもわかりやすく具体性が見えるエリザベートでした。
舞台センスの良い人たちが芝居で見せるエリザベートだなと思いました。

結婚式翌朝のシシィの「私だけに」に心の中で100万回肯きました。
この場面でこんなに納得できるなんて。

ゾフィーが強烈でなくても、フランツがシシィの心情に鈍感でも(むしろ今回のフランツはよく理解しているように見えました)、シシィには「あたりまえ」のことがもう窮屈で耐えられないのだと感じました。

世間からしたらどうしようもないワガママ女でしょう。
常識をわきまえ国母の責任を背負って生きてきたしゅうとめゾフィーの手にはとても負えない女性だと思いました。
まして彼女を心から愛しているフランツにはなおさら。
トートですら最後まで手を焼いてしまう。
そんな愛希れいかさん(ちゃぴちゃん)の自我の強いシシィが清々しくて、とっても好ましかったです。

「私だけに」の歌詞も内面の比喩ではなくて、ほんとうにそのまんまなのだと思いました。
ことの善悪なんかではない。正義感やモラルでは動かない。責任感も彼女を動かしはしない。
何ものにも束縛を受けずに「自由」に生きて行く ―― そう意志を固めた清々しさが全身から発せられる「私だけに」に私は心酔し、ただただ惹きつけられて見てしまいました。

シシィがこれだけ強いので、ほかの役が過剰にニュアンス付けをしなくても筋が通ってしまう。
もともとの楽曲、もともとのストーリーにかなり寄っているから頭の中を疑問符でいっぱいにすることがなく、ノンストレスで見られるエリザベートでした。

またほかの人びとも緩急のある芝居やセリフ回しで、カギとなる言葉、仕草、などがはっきりと印象づいてとてもわかりやすかったです。
とにもかくにも全部出し切る、というのではなく、引くところは引いている印象。
熱いパワーで圧倒されるという作風とは違う、とてもセンスの良いもの見ることができたと思いました。

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2018/08/28

いんへるの。

7月31日、宝塚大劇場にて花組公演「MESSIAH -異聞・天草四郎-」と「BEAUTIFUL GARDEN -百花繚乱-」を見ました。
同日の新人公演も見ることができました。

博多座の「あかねさす紫の花」であれほど夢中になった明日海りおさん主演のお芝居を楽しみに遠征したのですが。

「MESSIAH」は脚本がどうにもこうにもというかんじ。
3万7千もの人びとがなにゆえ死んでいったのか。
そこはすっとばして、ただ主人公を英雄にしたお話でした。
四郎に信仰がないことが全てを歪ませていると思いましたし、主人公が天草四郎である意味もキリシタンたちの物語である意味もなかったなと思いました。

見ていてなんども「それはないだろう」と思いましたが、とりわけありえないと思ったのは、藩の圧政に苦しむ天草のキリシタンに対して、彼らの信仰を全否定して四郎が蜂起を扇動したこと。
その四郎の言説に、キリシタンたちがたやすく感銘をうけて「メサイア!」と讃えだすところです。

地獄に堕ちることを恐れてなんになるのか。生きている人間さえ救えない神があなたがたを天国に導けるはずはない――― 四郎はそう言い切っていました。
死んだ後にはらいそに行ってなんになる。生きてこそではないかと。
四郎の言葉はまさしく悪魔の言葉です。

彼らの信仰をこてんぱんに貶しておいて、「神はいないのか?」と迷える彼らに、こんどはいきなり「神はいる!」と言い出す四郎。
あなたがたは漂着者である自分を救ってくれた。神にもできないことをしてくれたあながたの中にこそ神は宿っている――― と。
だから俺たちははらいそを築けるはずだ。皆が幸せになれる地を築こう。天草だけじゃなく島原の民にも呼び掛けて立ち上がろう!―――と。

凄い論法。凄いアジテーション。
これをあっさり受け入れ、「メサイア!」と讃えるキリシタンたち。――― これはどういう茶番かと思いました。

いったん相手の価値観をぶっ潰して、新たに途方もない考え方で上書きする。
それこそカルトのやり口。独裁者の手口ではないか。

扇動する四郎と、それを「メサイア」と讃える天草の民。
私にはとても気味の悪いものに映りました。

彼らがキリシタンだから、天草の民だから、そんな蒙昧な彼らを、海の向こうから漂着した四郎が啓蒙してやったということ?
その四郎の思いつきで3万7千もの領民が皆殺しになったことになるんですけど。

(それに地獄を「いんへるの」、天国を「はらいそ」と言っている人たちがなぜ救世主だけは英語読みの「メサイア」なんだろう)

誰かが四郎をメサイアにするために仕組んだという設定でも、いつかこの地に救い主が出現するという伝説が信じられていたという前提でもなく、信仰深いキリシタンとして描かれていた人々が、四郎のたったあれだけの言説で彼をメサイアと思いこむなんて、どれだけイノセントなの???

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2018/04/24

力をつけながら、その力を使わぬ自制心をもてと。

4月22日と23日に宝塚大劇場にて宙組公演「天は赤い河のほとり」と「シトラスの風-Sunrise-」前楽と千秋楽を見てきました。

「天は赤い河のほとり」は私にとってひたすら宙組を愛でる作品になっていました(笑)。

お祭りとかオロンテス河の戦いとか帰還した兵士と家族の再会を見るのが特に好きでした。
3月に観劇した時には芝居の見どころがわからなくて宙組芝居が見られないと暴れたくなりましたが、いつのまにか皆がちゃんと役づくりして物語世界に生きてた。
それを見ているだけで楽しくて感動してうるうるしてました。
そうそうこれ。ベルばらや王家でも見ていた懐かしいこれ。宙組らしいこれ。

また観劇回数を重ねる毎にまどかちゃんの成長を凄く感じました。
真風さんに安心してついていってる仔犬みたいな可愛さとたしかな頼もしさ。

マッティワザの「将は兵の前で不安な顔を見せるな、お前ならできる~」からのユーリの「ザナンザ皇子、ティト、私に力を」からの全軍への号令でブワッと涙腺が緩みます。
凛々しいまどかちゃんが素敵です。

その頃真風さんとキキちゃんは銀橋でドカッボカッってやっていてそれも好き。
楽は超下手席だったから銀橋の真風さんの表情が見えました。なんだユーリのこと好きなんじゃん、って思いました。なかなかわかりにくいキャラだから。

ユーリはカイルの母の昔語りから1人の女性を生涯愛し抜こうと心に誓った話しを聞きながらカイルに惹かれているのがわかります。
生まれて初めて間近で見る本物の王子様が自分にだけ語りかけてくれている。そりゃあ惹かれないわけがない。
でも好きになっちゃいけないって思っているような表情もしててせつな可愛いなと。
んで、カイルはどう思ってんねんと気になってました。表情が読み取りにくくて。

「たとえば妃となって私を喜ばせるとか」というカイルに誠実さはないですよね、あの時点では。
健気な女の子の心を弄んでて私の中では好感度↷

そんなカイルに心を伝えることを説くユーリはまっとう過ぎるくらいまっとう。狡猾さも汚さも知らない女の子。
のちに「綺麗事でやってみようと思います」という彼女の性格に初めからブレがないのが凄い子だなと思います。
厄介なタイプを好きになってしまう子だなとヒヤヒヤもさせられますが(ラムセスのどこが不満なの??)、この子実は相手の生き方考え方を変えられるエナジーがとてつもなくある子なんですよね。
それは後々わかるんだけど。
たしかに原作ではそうなんだけど、この舞台のカイルがユーリによってどれだけ変わったのかが見えにくいのが残念だったなぁと思います。
どのタイミングでどれくらいずつ傾いていったのかとか見えたらなぁ。

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2018/04/13

苦しみもその罪も私が作ったただ一つの人生。

4月9日と10日に宝塚大劇場にて宙組公演「天は赤い河のほとり」と「シトラスの風-Sunrise-」を見てきました。

「天は赤い河のほとり」は原作を読み終わってから見ると、小柳先生はあの長い原作のテイストを変えずに脚本化しているんだなぁと感じました。
いわゆる少コミな部分を宝塚らしく言い換えているところも小柳先生グッショブと思いましたし、長い原作を昇華させるセリフも見事だなと思いました。
駆け足ではあるけれど丁寧に演じれば感動できるように作られている。
宝塚において少々の脚本の粗はいつものことだし、大事なのは役者がその感動を伝える芝居ができるかどうかなんだとあたらめて感じました。

2週間前に見た時に感じたのは、主演のカイルを演じる真風さんが真ん中の場面がどうも締まらずぼんやりとしてしまうということでした。
それでか物語の前半は登場人物の誰にも共感できないまま耳障りの悪い言葉だけが印象に残っていました。
場面がすすみ星風まどかちゃん演じるヒロインのユーリがカイルのもとを離れてエジプトに行くと霧が晴れたように面白くなるなぁと思っていました。
9日に2週間ぶりに見て、やっぱり真風さんの芝居がピンと来ないなぁ。微妙にズレたまま噛み合わずに場面がおわっちゃうなぁ。こんどの新生宙組には芝居以外の楽しみを探したほうが楽しめるかなぁ。と思いましたです。正直。
ショーのほうは2週間前にくらべて余裕も感じられて歌も安定されてたのでショーを楽しめればいいかなと。

そうしたら翌10日の11時公演はなにかがカチッとはまったような気がしてあれれ? なんだか真風さん楽しそうです。
なんだか柔らかくて大きいカイルになっている気がしました。
真風さんって独特のテンポがあると思うんですけど、そのテンポに組子が合わせられるようになったのかな?
それとも真風さんが変わった? はたまた見ている私が真風さんのテンポを掴めるようになった?
なんだかわからないけど芝居の呼吸があっている気がして見ていて楽しくなりました。
物語りの中で皆が役として自由になった気がして。
なによりまどかちゃんのユーリの自由度が増している気がしました。そうするとよりカイルの器も大きく見えます。相乗効果かな。
終盤のユーリとカイルの銀橋場面もいたく感動してしまい、あれれ?
ラストの国を思うカイルとユーリの言葉がそのまま組を思う2人の気持ちに思えたりして。
(こうなった私はちょろいですからね・・笑)
どうやら私の中のズレが解消したようで、そうするとお芝居がどんどん面白くなり、15時公演ではさらに楽しくなり次の観劇を楽しみにムラを後にすることができました。

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2018/03/31

未来を託されたもの。

3月20日と21日に宝塚大劇場にて宙組公演「天は赤い河ほとり」「シトラスの風」を見てきました。

「シトラスの風」は再演が繰り返されてきたことでこなれた名場面がいくつもあるのがやはりいいなぁと思いました。
プロローグでシトロンカラーの衣装を身に着けた出演者が舞台いっぱに並ぶ場面は今回の大劇場版ゆえの見どころだと思いました。
幕開きと同時に華やかさにわくわくし、舞台上の出演者の笑顔が眩しくて誰がどこにいるのが探すのもたのしかったです。

気になっていた銀橋の夢・アモール(間奏曲)はこうなるのかーと思いました。
4人というイレギュラーな並び。まぁこれが妥当なのかなぁ。

ステート・フェアーは星風まどかちゃんがひたすら可愛い。歌えて踊れて可愛くて早期抜擢もさもあらんと思いました。
可愛くて見ているとニヤニヤデレデレしてしまって自分の顔から何かが出ているような気がして焦りました。でもニヤニヤをとめられなくて・・・(^^;
まどかちゃんも可愛かったけどあおいちゃん(美風舞良さん)の振り切り方も凄くて思わずくぎづけに。
この場面でパラソルくるくるしているヤングガールはまどかちゃんを除くと狙ったように上級生娘役さんたちなんですね。
皆さん凄いです。愛らしいです(笑)。
ヤングボーイたちも狙ったように澄輝さん、凜城さん、星吹さん、美月さん、春瀬さん、七生さんで。
肘を張って首を振って行進する姿がとっても愛らしくて見ている私の頬も緩みまくってしまいました。
青スーツの実羚さんも脚長さんで素敵だし、家族づれや水兵さんたちも微笑ましいし、大好きだぁと思って見ていました。全編通しても1、2を争うくらいに幸せになれる大好きな場面でした。

上級生まで皆揃ってブンブンにヤングに徹している中、まどかちゃんが恋に落ちるのは大人っぽい真風さん(笑)。
そうか年上好みだったかとなっとくでした。
2人きりワールドも可愛すぎてたまりませんでした。皆に冷やかされるところも微笑ましくて良いカップルでした。

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2018/03/24

ふたり並んでミイラになるまで。

3月20日と21日に宝塚大劇場にて宙組公演「天は赤い河ほとり」「シトラスの風」を見てきました。

お芝居「天は赤い河のほとり」はネットのお試し版で3巻くらいまで流し読みをした程度の知識で臨んだのですが、序盤で世界観についていけずどうしたものかと思っていましたが、エジプトの場面以降は入り込んでおもしろく見ることができました。
ユーリとネフェルティティの場面ではうるっと感動も覚え、いまはもっと何度も見たいなぁという気持ちです。
ユーリ、ネフェルティティ、ナキアの3人を通していつしか私は女性の成長譚として作品を見ていたように思います。

物語りの序盤でキャッチの意図で使われたであろう「私の純潔を奪って」とか「お持ち帰り」とか、はたまた嫌がるヒロインに対する「そんなに喜ぶな」とかが私にはダメでしてぞわっと怖気だってしまい、そこから脱却するのに中盤までの時間を要してしまった気がします。
これは生理的なものなのでどうしようもないかな・・・。
また主人公が女性にモテることを表現するのに集団で主人公を追いかけまわす姫たち・・・という場面も古典的すぎてどうなの?と思います。私はあんまりいい気持にはなれないなぁ。

ストーリー上仕方がない純潔云々の場面も、その主体が他でもない真風涼帆さんであることが私には生々しく感じられてしまって、どうしても夢見心地になれないのです。
思わず心で悲鳴をあげずにいられなかったプログラムの表紙の真風さんの笑み。こんな×××しい口許をした男役さんがかつていたでしょうか?!(反語)。
こんな真風さんにこのカイルという役は禁じ手なんじゃないでしょうか・・・((汗))

ユーリというヒロインもまた序盤は娘役スキルを削ぎ落さないと成り立たない「現代日本のふつうの女の子」で、それを演じているのがまだ娘役として発展途上(体型も含めて)の星風まどかちゃんなので、そこもまた生々しいものを感じてしまっていたたまれない気持ちに陥っていました。
「えっちすけべへんたーい」で私の心は地の底まで落ちてしまってゼロではなくマイナスからのスタートとなってしまい浮上するのに時間を要したみたいです。
カイルと離れ離れになり彼女の成長が見え始めたあたりからは好感を抱けたのですが。それがちょうどエジプトの場面と重なるのかなぁ。

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2018/01/17

ひとりではさみしすぎる。

1月11日(木)に宝塚大劇場にて花組公演「ポーの一族」を見てきました。

シアタードラマシティで宙組公演「不滅の棘」を見た翌日でした。
同じ不老不死を描いていても置かれた立場がちがえばその意味もちがってくるのだなぁと思いました。

「不滅の棘」は一度は得たかけがえのないものを失った喪失の痛みが主人公のエロールを不信と孤独に陥らせ、癒えることのない愛の痛みが彼を苦しめていたように見えました。
この「ポーの一族」のエドガーはもう自分には手が届かなくなったものに飢えと憤りと絶望を抱いているように見えました。
肉体的に大人になって不老不死となったエロールと、永遠に未熟な少年のままでいるエドガーのちがいかなぁと思いました。

1回めは2階のセンターから見たのですが、冒頭の「ポーの一族」の大ナンバーに痺れました。
舞台の隅々にいたるまで華やかでダイナミックでこれぞ小池作品!と。
豪華な衣装を身にまとった美しい人びと。印象的なダンスのしぐさ。コーラスのフレーズ。
これから私が見ようとしているものこそまさに極上の美、永遠のいのちなのだと。
この作品を宝塚大劇場で見る意味を納得した瞬間でした。

舞台に息づく明日海りおさんのエドガー、柚香光さんのアラン、そして華優希さんのメリーベル。
ほんとうに少年少女にしか見えなくて。極上の美少年と美少女で。
手に入らないものをもとめて相手を傷つけずにいられないエドガーとアラン。
その血を流す心が見えるような苦しい2人の痛みへの共感。
そして見ているだけで幸福感に包まれるメリーベルの愛らしさと庇護の念を掻き立てられる脆弱さ。
この感じこそまさにかつて夢中になった「ポーの一族」だ・・・と思いました。

夢中になっていたのははるか昔のことで物語の細部はすっかり忘れてしまっているのに、メリーベルの「お兄ちゃま」で打ち震え、ほんとうにささいなセリフに、たとえばマーゴット(城妃美伶さん)の「やさしくしてあげてもいいわ」「かわいそうなお金持ちのみなしごになるんだもの」にあぁこれ、と思ったり。(覚えているものですねぇ)
クリフォード(鳳月杏さん)の言動に、そうそうこの人はこんな男だった!と思ったり。
エドガーが男爵(瀬戸かずやさん)に呼びかける「とうさま」に70年代の夢想家たちの自意識を思い出したり・・・。
彼らが生きて動いて言葉を話すことに感動し、かつてのあの時代の片鱗に触れ追憶し感慨無量でした。
こういう原作と宝塚歌劇のMixはいいものだとしみじみ思いました。

原作の記憶を呼び起こしてくれる役たちのなかでも、ことに仙名彩世さんのシーラが私はお気に入りとなりました。
「仮面のロマネスク」で彼女を見た時、なぜだかわからないけど花郁悠紀子さんの描く女性っぽいなぁと思ったのですが、その雰囲気が今回とてもシーラに合っている気がします。
そのもの腰や口調で大人の女性のやさしさや色香やにわかに醸す禍々しさを表現していて惚れました。
彼女がこの宝塚歌劇版「ポーの一族」に原作がもつ雰囲気―― 70年代の自意識に近づけてくれている気がしました。

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2017/10/11

オルタナティブス。

9月12日の観劇に続いて、9月18日に宝塚大劇場宙組公演「神々の土地」と「クラシカル・ビジュー」を見てきました。

「神々の土地」は1週間のインターバルを置いてからの観劇で、自分なりに見どころや好きな箇所などを噛みしめて見ることができました。
それぞれの登場人物の目線から出来事や主人公たちを見るとどう見えるのかなと考えながら見るのが楽しかったです。

ドミトリーは悪く言えば、根回しもしないで独善的に物事をおしすすめた挙句に失敗した見込みの甘い男で、彼によって心をかき乱された女性2人は、最終的には彼ではなくて自分が置かれている立場を選び、非業の最期を迎え、皮肉にも彼だけが生き残るんだなぁ。
そんなドミトリーを主人公に物語を描く意味とはなんだったんだろうなと思います。

ドミトリーは観念的なことには饒舌になるのに、イリナとの核心的な部分になると寡黙になってしまう。
「お互い自分の信念に従って生きよう」と言うけれど具体的なことは言わない。
彼の信念ってなんだったのか、イリナの信念ってなんだったのか、3回見たけれど(その後ライブビューイングを入れると4回)私にはわからないままでした。

イリナを愛しているのに正面からは一度もアプローチせず、イリナの言わんとすることを先取りして独りよがりに自己完結して、誰の気持ちもはっきりと確かめもせずにオリガとの結婚を決めてしまう。
それでいてラスプーチン暗殺に至るくだりでは、まったくオリガのことを忘れ去っていますよね。
オリガのことはその程度ってことなんだなと。
「俺を信じろ」と言っておいて、信じたオリガの心を踏み躙っている。
オリガはイリナに負けたのではなく、ドミトリーの未熟さと身勝手さに負けたのですよね。

そんなドミトリーとともに生きる道よりも、自分の置かれた立場のまま運命を受け入れることを選んだ2人の女性。
こうして時間を置いて考えると、2人の女性の決断は至極納得がいく気がします。
軽々しく信念とか言う男性を信じちゃダメってことですよね。
劇場ではまぁ様の麗しい見た目と切なげな歌に騙されていました。

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